長野電鉄長野線

長野電鉄1000系ゆけむり号=小田急ロマンスカーに乗った。
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平日の昼間なので前面展望席ゲット!
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しかし駅には東急電鉄8500系が停まっている。ここは何処だ?
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湯田中駅舎は臺灣の駅舎の雰囲気がある。
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改札の雰囲気なんかとてもよく似ている。
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長野電鉄2000系マルーン色に乗り換えて長野へ戻る。
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素晴らしき篠ノ井線

諏訪に住む先輩を訪ねる旅に出た。と言っても最初に向かったのは長野だけど…(笑)

長野で一泊してから翌日篠ノ井線で諏訪へ向かう。今日も姨捨でスイッチバックだあ、と楽しみに長野を出発。列車は篠ノ井からしなの鉃道と別れて稲荷山を過ぎる。すると何と桑ノ原信号場で特急の通過待ちでスイッチバック! ウヒャヒャ、と独りで喜ぶ私。

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向こう側に見えるのが本線。


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スイッチバック線はこの先で途切れている。


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長野行き特急電車が走り去って行った。


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もちろんこの先の姨捨でも当然のごとくスイッチバック。

これだから篠ノ井線通いは止められない。

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日本の車窓から

小田急線下北沢駅にて

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駅長「わが駅でもマスコットキャラクターを作ってはどうか」
助役「は、まことにけっこうなご発案と存じます」
主任「それではさっそく駅員に命令いたします」
山田「えー、忙しいのになあ…」
主任「山田君、どうかね? こないだの件」
山田「時間無いんで…こんなもんですけど」
主任「(なんだこりゃ)まあいいんじゃないか」
助役「(なんだこりゃ)今日が締切だしなあ」
駅長「(なんだこりゃ)ま、とりあえずってことでいいんじゃないか」
まさか…ね


JR武蔵溝ノ口駅にて
大東北特集です。
米沢牛にさくらんぼ、玉こんにゃく…山形っていいところです。

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世田谷線三軒茶屋駅にて
こうして見るとヨーロッパの鉃道みたいです。

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飯山線のふたり

ほくほく大島を後にして十日町でJR飯山線に乗り換える。
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最初はJR六日町で上越線に乗り換えて長岡に出ようと思っていたのだが、ふと思いついて時刻表を調べてみたら飯山線で越後川口まで行きそこで本来乗る予定だった上越線に乗ることができる。飯山線も私が好きな路線なので急遽予定を変更。十日町で飯山線に乗り換えてキハ110系に乗り込んだら、ロングシートの向かい側に地元の高校生の男子と女子がふたり、ちょっと間を空けて座っていた。
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ふたりとも美男美女と言ってもいいだろう。そしてホームには友だちらしき女子が数人キャアキャア騒いでいる。どうもこの子たちは同級生で男子と女子は越後川口方面へ、ホームで騒いでいる女子たちは津南方面へ帰るらしい。で、ホームの女子たちはふたりで列車に乗ったカップル(?)を「あのふたり、あやしぐねえ? つぎ合ってるんでねえか? キャアキャア」とはやしているらしい。で、こっちの女の子は「ちょっとやだオレー、ちゃんと説明してよー」と困った顔で男子に言っている。男子はちょっとテレながら「んでも別に誤解されることねえろー、オレなんもしてねえし…」とまんざらでもない様子。
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この光景を眺め乍らかつて高校生だったオジサンは(オレが高校生の頃は女の子とつきあうこともなかったんだよネ、なんかいいよネ、しかしふたりとも田舎の高校生って顔じゃないネ、時代は変わったなあ…)などと心中で呟く昼下がりなのであった。
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飯山線キハ110系は終点の越後川口駅に滑り込んだ。飯山線のふたりは、相変わらずちょっと間を空けて改札を出て行き、私はホームでぼんやりしているうちに六日町方面から上越線115系長岡行きがやってきた。
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北越急行

くびき駅で1時間ほどぶらぶらしてからほくほく大島へ向かう。
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ほくほく大島でほくほくしようと駅に降りたらトンネルとトンネルに挟まれた無人駅だった。
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駅を出ると丘陵に囲まれたのどかな風景で清流が滔々と流れている。ここでも1時間ほど待つので清流の護岸で昼寝。青い空、雲雀の鳴き声、水の音、初夏を思わせる陽気で身も心も弛緩する。
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駅舎の裏にはほくほく清水があった。冷たくて微かに甘くて美味しい清水。
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駅舎に戻って列車を待っていると天井から懐かしいモノが…アース製薬の強力殺虫剤バポナだ。昔は家の台所から吊るされていたけど、今じゃ劇薬指定のため買うのに署名捺印が必要なんだってね。ちなみに黒いスーツのおねえさんは北越急行の乗務員さん。JTB時刻表的に言えば鉄おとめだナ。
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越後平野の秘密基地

GWに新潟へ行ってきた。始発の上越新幹線とき301号に乗ったのだが予想どおり丸い鼻の200系がホームに入ってきた。
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上越新幹線開業のときにデビューした200系も流線型のMax号に圧されて花形の座を降りた。昨年引退した0系の姿を伝える唯一の車輛なのだが、やっぱり新幹線っていえばこれだよねえ。
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越後湯沢で北越急行に乗り換える。大河ドラマ『天地人』で脚光を浴びている直江兼続、というか妻夫木聡ラッピング車輛。ヘッドマークが愛だよ、愛(笑)まずは越後湯沢から犀潟まで乗ってみた。
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犀潟はJRと駅舎を共有。ここから折り返して次のくびきへ行ってみた。
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くびき駅のホームから奇妙な銀色の球体が見える。
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まるでSF特撮ドラマの秘密基地のようだ。
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実はコレ、北越急行くびき駅の駅舎なのである。
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中はこんな感じになっていてしかも無人駅というところがまた可笑しい。
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なんか有名な建築家の設計だそうだが地元の人はどう思っているのだろう。
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ちなみに北越急行は特急列車が最高時速160㎞で走るので駅のホームでは気をつけましょう。
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新潟地区限定

年末、実家でぼんやりしているうちにどうしても列車に乗りたくなり、ターミナル駅の新津まで出かけて磐越西線に乗って来た。

新津は信越本線、羽越本線と磐越西線の分岐駅。かつて新津は鉃道の街として発展したのだが、上越新幹線開通にともない寂れてしまった。私が高校生の頃は新津の駅舎も味がある古い建築だったのに、数年前に改築されてしまった。

駅のホームでぼんやりと佇んでいると新潟方面からE127系がやってきた。県民にはおなじみのE127系は私の大好きな車輛のひとつ。羽越本線、白新線、越後線、信越本線と大糸線という新潟地区限定(笑)と言ってもいい車輛。ね、目がちっちゃくてなんかかわいいでしょ? 

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新津駅停車中のE127系


磐越西線に乗って馬下(まおろし)まで行き、誰もいないホームで1時間ほどぼんやりしてから新津に戻った。

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冬枯れの馬下駅


磐越西線もキハ40系がだんだん少なくなって、新型のキハ110系が目立つようになってきた。

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新型の割にはちょっと…(苦笑)


がんばれ、キハ40系…また会いたいなあ…最近は忙しくて鉃道旅もできない…

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新津駅構内で待機中のキハ40系新潟色

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年末鉄道放浪記

東京から名古屋経由で長野へ。恵那で明知鉄道を望見、いつか乗りに来るからね~。塩尻~辰野間を走る2ドアロングシートの123系ミニエコーは車輌も景色もステキ。

そんなこんなで漸く長野に到着し友人たちと忘年会。まずは長野電鉄長野線で権堂まで行き、年末電撃入籍の千曲川女史に長野の山幸をたっぷりご馳走になる。前途に幸あれ!多謝!その後、一仕事終えたつたえつ姐さんも合流しひさしぶりに歓談。しかし姐さんとも長いつきあいだなあ(笑)またゆっくりと飲もうね。

翌朝は市内一面の雪景色、駅では長野新幹線がトラブルで運行停止のためちょっとした騒ぎに。私は長野から飯山線に乗ったが大雪でダイヤは遅れ気味、でも雪の山道をキハ110系はガタクリガタコンと走る。可愛いやつじゃ(笑)

十日町から北越急行に乗り換えたらこれがまた雪と強風で遅延。六日町に着いたら上越線が乗り換え客を待っていた。長岡に着いたら信越線も強風で遅延。羽越本線も強風で遅延だったし、どうやら2005年12月の羽越本線砂越~北余目間の突風による列車転覆事故で、JRはまだかなりナーバスになっている模様。

年末の越後はどうやら雪模様らしい。ま、それが越後の冬だけどさ・・・

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みちのく鉄道独り旅拾遺

仙台駅にて快速リゾートみのりに遭遇。和風の塗装がシックでいい感じ。いつか乗ってみたいなあ。
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仙台駅で購入した『こだわり弁当幕の内各駅停車』
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そして包装紙にこんな人が…これは本人了解なのか?
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新庄駅の車庫にリゾートみのりが停車していた。今朝仙台で出逢ったヤツかなあ?
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東北新幹線ならではの光景(新庄駅にて)
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秋田でなまはげに遭遇。男鹿線車体ペイントです。
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マタギの里を行く

JR鷹ノ巣駅の端に1輛編成の列車が停まっている。
これが秋田内陸縦貫鉄道線だ。
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ちなみにJRと秋田内陸縦貫鉄道の駅名は表記が違う。
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山小屋風の待合室で終点までの切符を買いAN8800(昭和63年新潟鐵工製)に乗り込む。ちんまりとした車内はがら空きだったが、発車の頃には半分くらいが乗客で埋まる。ほとんどが地元の人々で、物見の客は鉄道マニアとおぼしき初老の男性と青年と私の三人だけ。
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やがてブルルルルーとエンジンの音も高らかに鷹巣駅を発車。暫く奥羽本線と並走したあと列車は雪原の中へと分かれて行く。いよいよマタギの里への列車旅が始まる。

西鷹巣、小ケ田と小さな無人駅で地元の人々が乗ったり降りたり、地元の大事な足になっていることがよくわかる。米内沢~桂瀬を過ぎた辺りからいっそう深山の色が濃くなってきた。
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鬱蒼とした秋田杉の中を走るとまるで杉のトンネルを走っているようだ。途中の主要駅である阿仁合では多くの人々が乗り降りした。ここは車輛基地になっていて色とりどりの列車が停まっていた。
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岩野目の辺りで大館で買った鶏めし弁当を開く。うーん、美味しい美味しい。阿仁合から羽後長戸呂までは山また山雪また雪の區間。こんな山の中の雪深い土地土地に家があり人々は暮らしているのだなあ。
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上桧木内で行き違いのため10分間停車。駅の周囲は一面の雪。駅はまるで雪の海に浮かぶ島のよう、列車は舟のようだ。
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羽後長戸呂を過ぎて山を下って行きトンネルを抜けるとまるで魔法のように雪景色が消滅。逆『雪国』だな。やがて列車は田沢湖線と並走し終点の角館に到着。なんとも素晴らしい秋田内陸縦貫鉄道の旅でありました。
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秋田から大館へ

秋田の朝は寒かった。寒いはずだよ雪が降っている。まだ暗いうちから宿を出て駅へ向かう。

早朝の秋田駅構内にはキハ40男鹿線色が停まっていた。ああこんどはこれに乗って男鹿半島へ行きたいなあ。
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高校生を満載した701系は秋田駅から奥羽本線を北上する。高校生たちは渋谷辺りと同じ若者言葉で喋っているが、その中に素朴な秋田弁のイントネーションが見え隠れ。学校がある駅で高校生たちがどどっと降りて八郎潟を過ぎると車内はがら空きになる。車窓はどこもかしこも雪景色。次第に雪は深くなっていく。いいぞいいぞ、これこそ日本の冬だあ。

東能代で数分間停車。反対側に五能線キハ40が停まっていた。ああ五能線にも乗りたいなあ。
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五能線キハ40を見送り701系は内陸側へ大きく曲がって弘前方面へ。
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もう外はずっと雪景色。白神山地の玄関口でもある二ツ井辺りから先は雪が深くなる。
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鷹ノ巣~糠沢~早口~下川沿を過ぎて大館到着。なぜここで降りるかというと名物鶏めし弁当を買うためである。
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駅前の元祖ハチ公像にご挨拶。
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再び上り列車に乗って鷹ノ巣へ。いよいよここから秋田内陸縦貫鉄道に乗り換えるのである。

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いぶりがっこの夜

仙台の朝は列車から始まる(笑)
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まずは東北本線利府支線。もともとこちらが東北本線だったのに、輸送の関係から盲腸支線に転落してしまった悲しい支線。丹那トンネル開通にともない東海道本線から支線に転落した御殿場線と同じ運命だ。
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それから仙台空港線に乗ってそのまま仙台へUターン。ほんとは石巻線や仙石線にも乗りたかったのだが、今回は奥羽本線で秋田へ行くのだ。

東北本線の小牛田で陸羽東線に乗り換えて新庄へ向かう。太平洋側は空がきれいに晴れて気持ちいい。途中の最上で行き違いのため数分間停車。このへんは宮城県と山形県の境目、奥羽山脈の中ほどにあるからさすがに空気が冷たい。
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新庄駅から奥羽本線で秋田へ向かう。東北の各路線を走る701系がちんまりと停車していた。さすが奥羽山脈を越えるとどんよりとした曇り空、線路の辺りは雪が…これこそ日本海側の冬だあ。
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真室川を過ぎた辺りから次第に勾配がきつくなり、大滝~及位~院内あたりは嶮しい山間部を走る。もちろん辺りは雪景色。ちなみに難読駅名として知られる及位(のぞき)は、三遊亭圓歌師匠が岩倉鉄道学校を受験したときの駅名読み方問題だった、って落語のネタだよお(笑)
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横手で北上線と分かれ大曲で田沢湖線と分かれ701系は暗闇の中を秋田へ向かう。秋田は冷たい氷雨が降っていた。寒いなあ。宿に荷物を放り込み夜の街へ夕飯を食べに出る。とりあえず適当な居酒屋に入って刺身を食べてしょっつる鍋とハタハタ塩焼き、いぶりがっこが美味かった。うーむ、スモークチーズのような香りなのにタクアン。秋田銘酒をちびちび飲んで良い気持ち。秋田は良いところだなあ。

秋田は山形の次に好きな県に昇格!
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阿武隈急行線

今年もよく働いた。そんな自分にご褒美を…というわけでもないが要するに乗りたいから行ってきた東北冬の旅2008。

まずは東北新幹線で福島まで行き阿武隈急行線に乗る。JR福島駅から少し歩くと阿武隈急行線と福島交通飯坂線の共有駅がある。
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お得な一日周遊券を買っていざ出発。今回はあぶくま駅に降りてみたが、さすがに阿武隈川沿いにぽつんとある駅は寂しそう。併設されている物産館では地元のオバちゃんがストーブにあたってました。
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線路沿いの道でぼおっとしていたら遠くから汽笛の音が…あれ?まだ列車が来る時刻じゃないのにおかしいな? と思ったら槻木方面から列車がやって来た! ええ?何で? 
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よく見ると方向幕に『試運転』と書いてある。実はこれ、試運転列車だったのだ。ああ吃驚した。慌てて撮ったのでブレてます(笑)

あぶくまから梁川に戻って行き違いの下り列車に乗り換えてそのまま仙台へ。宿に荷物を放り込んで夕飯を食べに街へ出た。お約束の仙台牛タンを食べて大満足でありました。

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上田発桜木町行き?

上田に泊まった翌朝、まずは上田交通別所線に乗りに行く。今日は昼過ぎまでに軽井沢へ行かねばならないのであまり時間はない。それでも別所線はいつもと変わらず駅に佇んでいた。
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終点の別所温泉に行ってすぐに折り返し途中の下之郷で下車。ここは車輛基地があり列車の行き違いが行われる。かつては西丸子線が分岐していたそうでかつてのホームが今も残っている。
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別所線の車輛は東急車輛である。クリーム色に紺色の帯が入った7200系と東急池上線や多摩川線を走っていた1000系が走っているが、下之郷の車輛基地にはかつての東急旧6000系車輛が1台停まっている。数年前に見たときには方向幕が「桜木町」となっている銀色の車輛が田園のなかにいて吃驚した。今日も車窓から眺めたらヤツはあいかわらずそこにいたのだが、なぜか前面がビニールシートで覆われている。なんでかな? 田んぼの畦道を歩いて近くまで行くとヤツは倉庫と化していた(笑)
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上田からしなの鉄道に乗り換えて小諸へ向かい、小諸でさらに乗り換えて軽井沢へ向かう。駅の近くで昼飯を食べてから大賀ホールまで歩く。

今日はマンドリン合奏団「玄」の第2回演奏会が軽井沢大賀ホールで行われる。老朋友も出演するので今年も観に来たというわけだ。楽団の関係者や友人知人家族のみなさんで客席も8割方埋まっているようだ。昨年よりも盛況で恭賀なことである。本日の演目は・・・

第1部
組曲『ホルベアの時代より』前奏曲
パストラルファンタジー
歌劇『南の港より』間奏曲
交響曲第6番『田園』第1楽章

第2部
バレエ組曲『くるみ割り人形』

アンコールは『ロンドンデリーの歌』と『くるみ割り人形』の中から『トレパーク』

編曲もこなすわが老朋友は目立つ位置に陣取り、曲によっては長めのソロを弾き、いつの間にかすっかり楽団の大物になっているのであった。
終演後、ホールにて老朋友と再会を賀す。
お互い元気そうで恭喜、恭喜。
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スイッチバック馬鹿

二本木は信越線で唯一残るスイッチバック駅。私の大好きな駅のひとつ。上り下りのスイッチバックを楽しんだ後、長野行きの妙高号を見送ってから駅を出てスイッチバックの現状を確認しに行く。
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二本木の駅舎は屋根がスレート葺きになったりといろいろ改修されているが、建物財産票で確認すると建物じたいは明治43(1910)年建造だから100年近い歴史を誇る。プラットホームへつながる地下道も古色蒼然として歴史を感じさせる。
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ご覧の通り二本木の駅は急勾配にあることがわかる。
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長野方面から直江津方面を見るとこういうふうになっている。右側が本線、左側が二本木駅である。本線とスイッチバック線の高低差がおわかりになるだろう。
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ちょっと面白かったのが駅名票。まずこれは旧タイプの駅名票だ。
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これは現在の駅名票。
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さらにもうひとつ。
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これは境界駅にあるタイプの駅名票なのだが二本木は境界駅なのか? 確かに駅舎と本線の位置関係を忠実に表しているが、旧タイプも入れて全部で3種類も駅名票がある駅も珍しいのではないだろうか?

この後長野に戻って篠ノ井線を松本まで往復し姨捨駅で2度のスイッチバックを堪能。今日は1日で6度もスイッチバックしたのであった。

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鱈めし

関山から二本木を通過して…3度目のスイッチバック(笑)…直江津まで行く。下り電車も『妙高号』、特急使用なので車内はこのとおり、でも各駅停車の普通列車なのだ。
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直江津に到着するとプラットホームにキハ58が。なぜここにキハ58? 
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と思ってよく見ると『急行ひめかわ』だった。
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名物駅弁の『鱈めし』を食べる。うーん、これは美味しいなあ。
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大振りの鱈の甘露煮が2つ、内側がレアな焼き鱈子、干鱈の酢締めと鱈づくし。ワサビ漬けがアクセントになっている。
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直江津からまたも長野行き上り『妙高号』に乗って、二本木駅で4度目のスイッチバック(バカだねー)
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晩秋のスイッチバック遺跡

老朋友の演奏会を聴きに行くついでに1泊2日の旅に出た。

早朝から新幹線で長野へ直行。さすがに眠くて目が覚めたら高崎だった。長野駅に着くとホームがなんだか凄い人だかり。信越線開業120周年記念でD51が走るのだ。私はSL鐵ではないがせっかくだから見物見物。汽笛一声黒姫方面へ発車していったが幼い頃の記憶が蘇りとても懐かしかった。
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D51を見送った後は信越線に乗って関山に向かう。関山駅はかつてスイッチバック駅だったのだが廃止されて久しい。今日は廃止されたスイッチバック遺跡を見物に行くのだ。それにしてもさすがに寒い。古間から黒姫の辺りでは沿線いったいに雪が残っていた。

妙高高原から新潟県に入る。まずは二本木駅のスイッチバックを楽しみたかったので(笑)、関山を通過して二本木駅でスイッチバックを堪能して新井で2分後に来る上り列車に乗り換える。特急使用の妙高号…ちなみに普通列車です…に乗って関山へ戻る。もちろん二本木を通過したので2度目のスイッチバック(笑) 
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関山駅のプラットホームから新潟方面を見ると右側に本線、左側に旧スイッチバック線が見える。
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改札を出て、新潟方面に5分ほど歩くと田んぼの中に草に覆われた旧プラットホームが現れた。
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駅名看板はすでに真っ赤に錆び付いて『せきやま』の4文字がかろうじて読み取れる。
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もう列車が停まらない、誰も降りる人がいないプラットホームの後に雪化粧した妙高山がそびえていた。
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総武流山線

連休なのに特に用事もないので総武流山電鉄に乗りに行った。

地下鉄東京メトロ千代田線は北千住からJR常磐線に乗り入れる。そのまま綾瀬ー亀有ー金町ー松戸を経て馬橋という駅で降りて、西口を歩くとすぐに流山線乗り場がある。JR線に併設された馬橋駅は木造の鄙びたホームがローカル気分満点。

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流山線の車輛はかつての西武電車。なぜか車輛ごとに名前がつけられているところが面白い。

青空…この列車に乗って流山へ
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なの花…車輛基地で待機中
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若葉…イベント会場と化してました
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流星…これも車輛基地で待機中
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明星…これから出発します
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車内はこんな感じ
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馬橋を出てから幸谷ー小金城趾ー鰭ケ崎ー平和台ー流山と、全長5.7kmと短い路線なのに、住宅地あり野原あり、小川を越えたりしていい雰囲気。

ぜんぜん知らなかったのだが今日は「鉄道の日」というイベントが行われており、終点の流山駅構内や車輛基地が開放されて子どもたちが楽しそうにはしゃいでいました。もちろんテツ100%の若者や興奮気味のテツオヤジも目をギラギラさせて徘徊中。ちょっと気持ち悪かった(笑)

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米坂線の夏

米沢駅に到着しそそくさと米坂線ホームに向かう。すでに運行を終えた1126D米沢―羽前椿が待機していた。おおこれはキハ47新潟色とキハ52国鉄色の2輛編成。これにも乗りたかったな。10:29発1129D坂町行きの発車まで時間があるのでとりあえず駅弁を買いに行く。今回は栄太郎弁当を購入。ふたたび米坂線ホームでぼんやりするがとにかく暑い。とっくに30度を超えているだろう。

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坂町行きはキハ47新潟色(赤)+キハ58新潟色(青)+キハ47首都圏色の3輛編成という、なんともカラフルな取り合わせ。先頭と最後の車輛は気持ちよく冷房されているが、真ん中のキハ58はエンジンを2台搭載していて冷房装置もついているけど、ただ扇風機だけが回っている。電力不足なのかな? 

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まあこれなら車窓全開で米坂線の旅が楽しめる。だいたい昔は暑いときは窓を開けていたのだ。冷房といえば扇風機と車窓からの風だけだったのだ。これでいいのだ。地元の人々は冷房車輛に集まっているようで、この車輛にはテツの皆様大集合。まあそういうもんだよな(苦笑)

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定刻通りに米沢を発車。窓枠に肘をかけ車窓を眺める。モーター音を聴き乍ら吹き込む風に目を細める。空は果てしなく青く夏の米沢盆地を走る米坂線。ああなんという幸福であろう…南米沢を過ぎてから田園地帯を走る。稲穂はもう実り始めており、初夏の頃に比べて収穫の色に染まりつつある。

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中郡~羽前小松~犬川を過ぎて今泉に到着。ここで坂町からやってきた快速べにばな号と行き違う。

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手ノ子を過ぎる辺りから米坂線は宇津峠越えに差しかかる。しだいに傾斜は厳しくなりガッタンゴーガッタンゴーとキハ47&58は唸りをあげる。羽前沼沢〜伊佐領~羽前松岡を経て山形県最後の駅である小国に到着した。比較的大きな町で観光地でもあり駅も立派だ。米坂線はこの先から新潟県に入る。

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12:05越後金丸到着。私はここで降りて坂町行きを見送った。次の坂町行きは14:04。暫く誰も来ないこの山奥の無人駅で弁当を食べてのんびり。越後金丸は比較的大きな駅舎のくせに無人駅。跨線橋や待合室のあちこちには蜘蛛の巣がたくさんあり、饐えたカビくさい臭いも漂うので、ホームに座り込んで栄太郎弁当を広げた。

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誰もいない駅、誰もいないホーム、一本の列車も来ない時間…駅のすぐそばには荒川の深い流れが並走しており、人家はだいぶ離れたところにあって、幹線道路はひっきりなしに大型トラックが行き交っている。この駅のそばをたくさんの車が通り過ぎるのに、この駅を訪れる人は誰もいない。

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線路に降りて暫く歩いたり、ホームに腰掛けてぼんやりしたり、駅を出て荒川にかかる前瀬橋まで歩いたり、汗が滝のように流れ落ちる。ホームに寝転がって見上げる空には薄い雲が流れていた。

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やがて小国方面から、踏切の警報機の音とともに1131D坂町行きがやってきて、ここで米沢行きの1130D2輛編成としばしの待ち合わせ。私は越後金丸に別れを告げて一路坂町へと向かうのであった。

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こんどは坂町〜米沢の往復をしてみたくなってしまった米坂線の夏。

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過去の記憶

お盆休みを利用して山形まで出かけてきた。山形経由で実家に帰るわけだが今回は米坂線の非冷房車輛に乗るのが目的。それは明日の楽しみにとっておいて…今日の最大の目的は奥羽本線の神町駅に降り立つことである。

山形駅から30分足らずで神町駅に到着する。以前山形から新庄経由で陸羽西線に乗ったときにこの神町駅を通過した。車窓から見えるその駅舎の異様さが目に焼き付いた。他の駅舎は新しく建て替えられているか、小さな小屋の無人駅なのだが、神町駅だけは違っていた。まるで倉庫のように巨大で殺風景、その荒んだようななんとも厳しい風体の駅舎なのである。しかも巨大な無人駅。うーん、ここはいつか降りねばならぬ。駅舎を探訪せねばならぬ。そう心に誓ったのでありました。

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神町駅は1901(明治34)年に開業、今の駅舎は戦後に建てられたもので、ものの本によれば戦前は海軍の航空基地が置かれ、戦後は米軍がこの基地に進駐し航空基地内にキャンプを設けたことに始まるという。この駅にはRTO(連合軍鉄道運輸司令部事務所)が置かれた関係で、多くの米軍兵士や物資が輸送され、将校クラスの専用乗降口も設けられた。そのせいかまるで他の駅舎とは様相を異にした、妙にバタ臭い風体の駅舎としても知られている。

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二階の窓の模様もウエスタン風というかなんというか、さらのその窓の上に描かれた「JIMMACHI STATION」という大きな文字も印象的だ。がらんとした待合室はだだっ広いだけではなく、その天井の異様な高さにも驚かされる。その高い天井から蛍光灯が吊り下がっているがそのチェーンも異様に長い。

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真夏の昼下がり、待合室には老婆がひとり椅子に座っていた。かつてはたくさんの陽気な進駐軍兵士がここを行き来し、外套に身を包んだ将校たちが悠然と列車に乗り降りしたのだろう。また多くの物資もここから積み降ろしされたのだろう。そんな光景を、まだ若かったこの老婆は眺めてきたのだろうか。とにかく今は真夏の昼下がり、ここにいるのは私と老婆と携帯電話に夢中の若い娘の三人だけ。プラットホームに立つ私を真夏の太陽がギラギラと照らしていた。

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高原は招くよ

暑い。そうだ、高原に行こう。

というわけでJR高崎線に乗って高崎駅に到着。ここからJR吾妻線に乗り換える。吾妻線は渋川から終点の大前を結ぶローカル線なのですが、列車は高崎駅から発車します。入線してきたのは首都圏では消滅した湘南色の115系。高崎駅で購入した群馬特産焼豚チャーシュー弁当を片手にいざ乗車。高崎駅を出てからしばらく上越線を走り、渋川駅から上越線と分かれて吾妻線に入ると胸が高鳴る。嗚呼、いよいよ私は高原に向かうのだ。頭がぼおっとするような暑さとも暫しの別れだあ(笑)

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金島を過ぎると上越新幹線の高架の下をくぐる。あらためて下から眺めるとなんとも高くそびえ立つ高架線。祖母島~小野上の辺りは青青とした水田が夢のように美しい。小野上温泉で多くの乗客が降りて行く。みんな温泉に入りに行くのだろう。市城を過ぎて中之条に停車。渋川以来の大きな駅だが駅舎は綺麗であまり面白くはない。群馬原町から郷原のあたりも水田が美しいし、並走する吾妻川の流れも涼しげだ。矢倉~岩島を過ぎるとトンネルが多くなる。そうそう、岩島の先に”日本一短い鉄道トンネル”として名高い?樽沢トンネルがあるのだった。心して通らねば…と車窓を眺めているうちに、あっという間にくぐり抜けたのでした樽沢トンネル。あまりにあっけないので笑ってしまう。何しろ7.2mしかないのだ。

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川原湯温泉から長野原草津口までは温泉がたくさんある。草津温泉は長野原草津口からバスで約30分。ここでもたくさんの乗客が降りて行き、ここから先まで乗るのは地元民とテツだけだろう。群馬大津~羽根尾~袋倉を過ぎると万座・鹿沢口に到着。万座高原スキー場で名高いところです。ま、私はスキーなんぞやらないので関係ないですけどね。そうそう、吾妻線のほとんどはここ万座・鹿沢口と長野原草津口で折り返し、終点の大前まで行くのは一日に5本だけ。

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終着駅を満喫したあとは長野原草津口駅で途中下車して高原のソバに舌鼓を打つ。ホームの温度計は35度もあってゲンナリ。高原なのになあ。

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その後は川原湯温泉駅で下車。駅から徒歩5分くらいの川原湯温泉街まで歩き足湯に浸かり共同浴場でのんびり。火照った身体も川原湯温泉駅の待合室を吹き抜ける涼風でクールダウン。心の日曜日を満喫したのでありました。

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祝・副都心線開業

月曜からずっと働き続けてきて終末…いや週末になるともうくたびれ果ててしまい、今日は一歩も家を出ずに寝倒してやろうかとか、寝床のなかで本を読みまくろうとか、そんなことを考える。でも平日は働きづめで週末は引きこもりというのもつまらない。しかも今日は東京メトロ副都心線の開業日。家に引きこもってはいられないのだ。というわけで副都心線に乗りに行ってきた(馬鹿まるだし)

田園都市線渋谷駅ホームに降りるとすでに副都心線乗り場への案内板が設置されており、ホームの中ほどに副都心線への階段が…エスカレーターを降りて真新しい通路を歩いていくとここは副都心線渋谷駅改札。おお、渋谷から池袋を通って和光市や飯能まで行けるぞ。


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だだっ広い地下ホームには人、人、人…そんなに人気があるのか副都心線。東京メトロ10000系が入線してくるたびにデジカメとケータイを持つ手が伸びる、伸びる、伸びる! ま、それはともかくまずは列車に乗らなくちゃいかん。というわけでやってきた各駅停車に乗って出発進行。おお、新品車輛だ。吊革も座席も新品。適度に満員の車輛は走る。それにしても新型車輛は加速がいいねえ。スーッと走り出したらあっという間にトップギアって感じ。こんどは急行に乗らなくちゃ(笑) 

渋谷から明治神宮前、北参道を経て新宿三丁目に到着。ここでたくさんの人が降りて行く。新宿駅から離れている伊勢丹もこれで勢いを盛り返すのかも。東新宿を経て西早稲田で降りる。昨夜の『タモリ倶楽部』で紹介されていた「壁から生えている椅子」を見物するのである。人目をひく椅子なのでみんな写真を撮っている。「これこれ、昨日『タモリ倶楽部』に出てた」という声もちらほら。マニア番組の王道だな、まったく。私もしっかり座ってきたが思いのほかしっかりしていて、ベンチに座り込むのが辛い腰痛持ちの人にはいいかもしれない。

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ここは急行通過駅なので急行が凄い勢いで走りすぎるのを眺めてから、次にやって来た各駅停車で雑司ヶ谷に降りる。暫くホームをうろついてから今度は池袋へ向かう。ホームの椅子があの西早稲田にあったものと同じだ。そうか、西早稲田ではこれが壁から生えているのかあ…

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さてやって来ました急行列車。これに乗って渋谷まで直行だ。おお速い速い! いやあ加速が良いなあ。新宿三丁目の次はもう渋谷。さて私もここらで10000系の写真でも撮るか、と歩き出したが、撮影スポットには黒山の人だかりでなかなか思うように写真が撮れない。ちょっと前まではこういう場面には鉄ヲタしかいなかったのだが、電車ブームとケータイ撮影の普及でオジサンオバサンや若い女性もたくさんいて、なんかヘンな感じ(笑)それでもなんとか写真を撮った。それでも10000系じゃない西武6000系や東武9000系がやって来て拍子抜けしたりする。乗り入れ路線だからなあ。それにしても同じ乗り場に東京メトロと西武と東武の列車が入れ替わり立ち替わり入線してくるのが面白い。なんかどこかで見たことがあるなあ、と思ったら名鉄名古屋駅のホームみたいだ。


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いまのところ渋谷駅が終着駅なのだが将来は東急東横線乗り入れに備えて2面ホームで4線(1番線〜4番線)を使うことになる。しかし当面は両端の2線(1番線と4番線)のみ使用なので2番線と3番線はこういうふうになっている。遺跡発掘現場か(笑)

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透明なアクリル板が効果的に使われていたり、ホームから改札まで吹き抜けになっている箇所があったりして開放感のある駅になっている。うーん、面白いぞ東京メトロ副都心線。

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どこまで続く『鉄子の旅』

上野駅で『鉄子の旅プロデュース 日本縦断弁当〜こだわり東日本編』を買った。それにしても長い名前だ。

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中身はこんな感じで、おかずのメインは山形県のいもこ煮(牛肉、里芋、ねぎ、こんにゃく)だそうな。菜の花の辛子和えやいぶりがっこといった意表を突いた脇役もいい感じ。目玉は駅弁には珍しいアンコウの味噌煮。ぷりぷりした食感が面白かった。デザートのずんだ餅がとっても美味しかった。でもこの弁当の良い点は、ゴマを散らした白米が美味しいということ。名前負けしない駅弁でした。

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ちなみに包装紙に描かれたJR久留里線下郡駅はホントにこんな駅です。

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ノルウェーの森

東海道線のJR吉原駅から岳南鉄道という地方民鉄に乗り換える。岳南鉄道吉原駅はまるで古い倉庫みたいな駅舎。

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京王電鉄から譲渡された車輛は街のなかをゴトゴトと走る。まるで東急世田谷線の雰囲気だ。車窓からは家並みに富士山が見え隠れして楽しい。

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発車のベルが鳴り終わっても駅員がホームの後方を見て声をかけている。なんだろうと思ったら杖をついたおばあちゃんがのそのそと乗ってきた。こういうところがローカル線の良いところなんだよなあ。

終点の岳南江尾駅はおんぼろ駅舎の無人駅。前面が緑に塗装された車輛と赤に塗装された車輛が走っているが、こうして並んでいると『ノルウェーの森』を思い出す。後方を斜めに走っているのは東海道新幹線。車窓から岳南鉄道が見えるんだなあ。こんど東海道新幹線に乗る機会があったら注意してみよう。

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堤さんちの都合?

最近乗った路線……東武東上線、東武越生線、西武豊島園線、西武有楽町線、西武山口線、西武西武園線、京王競馬場線、多摩都市モノレール線……ようやく西武線は西武秩父線を残してすべて乗りつぶし完了。京王線もこれにて完了。これより東武線乗りつぶし大作戦は、東武野田線、東武伊勢崎線、東武小泉線、東武佐野線、東武桐生線、東武宇都宮線、東武鬼怒川線と、北関東方面鉄路網へと進撃を開始する。

それにしても西武線の乗りつぶしにはひと苦労であった。なんなんだ、あの無秩序な路線は? 西武新宿線と西武池袋線はいいとして、西武多摩湖線、西武山口線、西武国分寺線のあたりの無秩序さときたら…地元住民は慣れているのかスイスイと乗り換えていたが、私は時刻表と路線図を見比べて神経使ったぞ(笑) まあ西武グループの事業と連動してるんだろうけどね(笑) 

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京王競馬場線は東府中から伸びているたった一駅の盲腸線だが、さすが競馬ファン御用達の路線らしく、8輛編成の長い列車が停まるホームは、それはそれは長くて広々としていました。レースが終わった頃に行くとあまりの寂しさに感無量でしたが…

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JR香取駅のダルマ駅舎消滅

JR成田線香取駅の駅舎は、廃車になった貨車を代用して作られた、いわゆる「ダルマ駅舎」として知られている。成田線と鹿島線の分岐する駅なのに無人駅。おまけにダルマ駅舎という不思議なスポット。

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ところが先日、成田線香取駅に降り立ってみて驚いた。
駅舎が新しくなっている! 
赤壁、格子窓の駅舎で、近くにある香取神宮をイメージしているらしい。ダルマ駅舎のほうが味わい深くてよかったのだが、案外地元では不評だったのかもしれない。とはいえこれもどうかと思うんだけどね(苦笑)

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旅の終わり

山形鉄道、福島交通飯坂線、阿武隈急行線乗車ミッションを完了した私は、いよいよ東北の旅を終えて東京へ向かう。最後の旅は磐越東線乗車ミッションである。

朝早く福島を離れて郡山へ向かう。郡山駅は東北新幹線、東北本線、磐越東線、磐越西線、水郡線が分岐するターミナル駅。水郡線もそそられるのだが今日は磐越東線でいわきまで向かうことにした。今日は期間限定運行の『快速あぶくま』が走っているからである。発車まで時間があったので駅ホームを散策。水郡線車輛は最新鋭のキハE130系である。ごらんのとおりカッコイイ車輛だ。

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こちらは停車中の磐越西線719系「あかべぇ(赤べこ)」仕様。決して日本テレビのキャラクターではない。

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それにしても郡山駅構内はとても広い。これだけ広いと壮観である。

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『快速あぶくま』…といってもキハ110系なのだが…に乗って福島牛弁当を食べる。米沢牛弁当よりもあっさりしているがなかなか美味しい。快速列車なので停車駅は郡山、三春、船引、大越、神俣、小野新町、小川郷と終点のいわきだけ。各駅停車ののんびりさも良いが、典型的なローカル線なのにびゅんびゅん飛ばすのも気持ちが良い。うららかな陽射しが暖かく、私は車内が空いているのをいいことに、ロングシートに寝転んで空を眺め乍ら揺られていた。

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いわき駅まで来るとそろそろ首都圏が近い。なにしろ見慣れた常磐線車輛が走っているのである。ロングシートでうとうとしているうちに列車は水戸に到着した。水戸駅からは鹿島臨海鉄道に乗り換える。この路線は水戸を出てからずっと高架線を走るので眺めが良い。新鉾田を過ぎて北浦湖畔、大洋、鹿島灘あたりは霞ヶ浦がよく見える。車中、いわき駅で購入した『いわきウニピラフ弁当』を食べる。ウニがふんだんに入ったピラフなのだが、温めるとより美味しいかもしれない。

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もうここから先は適当に乗り継いでいくことにした。鹿島神宮駅からJR鹿島線に乗り継いで潮来を過ぎて香取で成田線に乗り換える。成田から常磐線の我孫子へ向かう頃にはだいぶ陽も傾いてきた。我孫子駅についたらもう首都圏である。あとはだらだらと上野まで行くだけだ。

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年末年始の東北鉄道旅、これにて終了。
おつきあいいただいたみなさま、どうもご退屈さまでした(笑)

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福島交通飯坂線〜阿武隈急行線

雪の米沢から戻った私はすぐに福島交通飯坂線(以下、飯坂線)に乗らねばならない。ああ忙しい。福島駅から少し歩いたところに飯坂線乗り場がある。飯坂線は福島から飯坂温泉を結ぶ9.2キロのローカル線。車輛は東急7000系である。かつて東急目蒲線(懐かしい)や東急こどもの国線で走っていた車輛だ。

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飯坂線は福島市郊外をガタゴトと走りあっという間に飯坂温泉に到着。このまま折り返してもいいのだがせっかく飯坂温泉に来たのである。アレを見に行かなければならぬ。そう、飯坂温泉といえば『ホテル聚落』。私たちの世代には懐かしい深夜のテレビCM「聚落よ~ん」でお馴染みの『ホテル聚落』である。

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摺上川沿いにホテルや旅館が建ち並んでいるが、すでに廃墟と化している建物も目立つ。建物が大きいだけに廃墟ぶりが凄まじい。

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正月の温泉街は閑散としているがそんなことはどうでもよく、とにかく『ホテル聚落』にたどり着くために歩く。ようやく『ホテル聚落』の前に立った。うーん、もっと俗な風景を期待していたのだが、なんだかつまらないなあ(笑) 

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さてこれで目的は達成された。ふたたび飯坂線に乗り福島へ戻る。ここから私はどうするのかというと、阿武隈急行線に乗らねばならない。ああ忙しい。

阿武隈急行線は飯坂線の反対ホームから発着する。改札は同じなので切符売り場は飯坂線と阿武隈急行線の二種類があるのだった。

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阿武隈急行線の8100系に乗って夕方の福島を後にする。私が乗ったのは途中の梁川駅行きなのでそこから先は乗り換えになる。市街地からやがて山の中を通ったり平原を通ったりしてなかなか風情のある路線。阿武隈急行は福島市~伊達市を経て宮城県に入り、角田市からJR東北本線の槻木駅まで行く。さらにこのまま東北本線に入って仙台まで行くのである。途中、高子という駅に停まるのだが、私の友人に高子というやつがいるので駅名看板を撮影。あとで見せたら面白がっていた。

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閑話休題…って全編閑話だ(笑)…秘境駅として名高いあぶくま駅を過ぎる頃から車窓はとっぷりと闇に包まれた。そのまま仙台に到着し、ようやく山形鉄道と福島交通飯坂線、阿武隈急行線乗車ミッションを完了。さすがにおなかがすいたので、仙台の駅前の路地裏でラーメンを食べ、東北本線に乗って福島に戻る。ああ、なんとも忙しい一日だった。

おまけ 飯坂温泉にいた犬

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山形鉄道〜米坂線

福島駅周辺は雪がまったく無い。市内に用事はないので朝早くから宿を出て駅へ向かった。あたりはまだ夜が明けきっておらず吹く風も冷たい。7:12福島発米沢行きに乗り早朝の奥羽本線を走る。笹木野から庭坂に至ると車窓の風景はすっかり山の中に変わる。赤岩の駅はなんとも凄まじい。こんなところで乗り降りする客がいるのだろうか? 年末に続いてふたたび訪れた米沢駅構内は雪に覆われていた。ほんと、福島から1時間足らずなのに全然雪の量が違う。

さて私はここからどこへ向かうのかというと…山形鉄道フラワー長井線に乗るのである。米沢から数えて4つ目の赤湯駅から山形鉄道に乗り換える。跨線橋を渡ると山形鉄道のYR-880スウィングガールズ号が停まっていた。そう、ここはあの映画『スウィングガールズ』(2004)のロケ地なのだ。駅舎にも車輛内にも、ここが『スウィングガールズ』のロケ地であることをアピールしまくっていた。映画のなかにも山形鉄道が登場するのだ。

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山形鉄道YR-880スウィングガールズ号は一面の雪のなかを走る。なんとものんびりとしたローカル線でほのぼのしてしまう。ああずっとこの列車に乗っていたい…JR米坂線の今泉駅を過ぎて終点の荒砥駅に到着。早朝の荒砥駅は雪に埋もれて静かだった。ここから私はまた折り返して今泉駅に向かうのである。

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今泉駅は鉄道ファンには有名な駅だ。鉄道に関する著作で知られる紀行作家の宮脇俊三(1926 - 2003)が、終戦を告げる玉音放送を聴いたのがこの今泉駅前なのである。戦前の鉄道事情を時刻表から回想する名著『時刻表昭和史』(角川文庫)は鉄道ファンならずとも必読の書。宮脇俊三が玉音放送を聴いたという今泉駅前広場に立つ。往時とはすっかり変わっているのだろうが、それでもここで鉄道好きの青年が昭和史の大きな転換期を経験したのかと思うと感慨もひとしおだ。

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米坂線ホームに立っているとやがて坂町方面から米坂線キハ40系が入線してきた。このかわいい列車が豪雪地帯の小国峠を越えて来たのかと思うとなんともいじらしい。私は米坂線が大好きなのである。

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キハ40系のボックスシートに座ってぼんやりしているうちに列車は米沢駅に滑り込んだ。米坂線ホームには色とりどりのキハ40系が停車していてなんとも嬉しい風景だ。しかも反対側ホームには山形新幹線車輛が停まっている。この対比がなんともおかしい。

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ふたたび福島に戻るのだがだいぶ時間があるので駅前の食堂で米沢牛焼肉定食を食べる。最初からソース味がついているところが面白い。私としては醤油味か生姜焼きにしてほしいところだ。河川敷が雪化粧した最上川を眺めてから駅に戻り奥羽本線で福島へ向かう。福島駅に到着すると雪はまったく無くなんとも殺風景。うーん、面白くないなあ。

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冬の只見線

実家でぼんやりと年末年始を過ごしたあと、新潟から信越本線、上越線を乗り継いで小出駅に向かう。ここから只見線に乗って会津若松へ向かうのだ。年末からの大雪で只見線は連日運休が続いていたが、今日は幸い降雪も少なく出がけに確認したら無事運行していた。もしも運休していたら磐越西線で会津若松へ向かおうと思っていたのだが、予定どおり只見線に乗ることにする。

小出駅の只見線ホームにちんまりと停車しているキハ40系2輛編成は見たところ7割がたの乗車率。その殆どが鉄および年配の旅客と見受けられる。私は運良くボックスシート窓側に座ることができた。小出駅構内は連日の雪が積もって真っ白。やはり冬の新潟はこうでなくちゃ、などと故郷を離れたくせに調子が良い(笑)

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エンジンが暖まったキハ40系はゴットン、と動き出した。いよいよ会津若松まで4時間の旅が始まる。薮神、越後広瀬、魚沼田中と見渡す限りの雪のなかに点在する小さな駅を過ぎると、やがて新潟県境の大白川駅に到着し、ここから先、只見線は福島県に入る。

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近くのボックスシートでは年期の入った鉄オヤジたちが盛り上がっている。どうやら彼らが学生時代の頃の只見線の思い出を語り合っているらしい。よくよく注意してみると、語り合っているというよりは、それぞれ勝手に大声で喋り散らしているだけで、みな殆ど人の話を聞いていない。さすが鉄(笑) 隣のボックスシートにはおばちゃん3人とリーダー格らしいオヤジ1人の旅客が乗っている。オヤジは鉄らしく只見線の魅力やローカル線の蘊蓄を喋りまくっていてうるさい。まあ、只見線はローカル線とはいえ人気も高く、鉄道ブーム(?)に煽られた団塊世代にも人気があるようだから、こんなもんだろうなあ。

冬の間は閉鎖される田子倉駅を過ぎて只見駅に到着。ここでは5分ほど停車するので乗客はみな雪の積もったホームに降りて写真撮影に大忙しである。

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そのうちにアナウンスが入り、保線区員の到着が遅れているのでもう暫く停車することになった。雪で線路が埋もれたり、雪の重みで折れた木の枝を取り除いたりするのは保線区員の仕事。ここから保線区員が車輛に乗車してくるのだが、その保線区員が雪のために到着が遅れたのであろう。結局ここで10数分の停車になってしまった。

ここから先は会津蒲生、会津塩沢、会津大塩、会津横田、会津越川、本名、会津川口、会津中川、会津水沼、早戸、会津宮下、会津西方…やたらと「会津」を冠した駅名が続く。それにしてもこのあたりはさすがに雪、雪、雪…車窓から見える只見川の雪景色も雰囲気だ。さすがにこのあたりになると、元気だった鉄オヤジも蘊蓄オヤジも静かになった。よしよし。

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会津坂下を過ぎたあたりから車窓の風景も会津盆地へと移ってゆき、やがて終点の会津若松駅に到着した頃は、あたりはすっかり暗くなっていた。乗客はぞろぞろと改札や乗り換えホームへと去ってゆく。私もここから磐越西線で郡山へ向かい、そこから東北本線に乗り換えて福島へ向かう。

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三陸鉄道南リアス線〜釜石線〜東北本線〜仙山線

気仙沼から大船渡線に乗り換えて終点の盛まで来た。さて予定ではここから一関まで戻るつもりだったのだが、実はここから第三セクター三陸鉄道が釜石まで走っている。どうしようなかあ、と考えていると『三陸鉄道赤字せんべい』という貼紙が目に入った。赤字経営を逆手に取った自虐的なグッズ販売戦略だ。面白いので三陸鉄道に乗ることにし、釜石までのキップを買ってホームへ。ついでに三陸鉄道チョロQなども買う。これは親友の息子へのお土産にするのである。

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釜石までのキップを買ってホームへ行くと釜石行き36系が発車を待っていた。JRの盛駅と直結しているのでさきほどまで乗っていたキハ110系が見える。三陸鉄道は旧国鉄盛線、宮古線、久慈線を引き継いだかたちで第三セクターとして発足した。盛〜釜石間を南リアス線、釜石から宮古まではJR山田線、宮古から久慈までは三陸鉄道北リアス線という。つまりJR大船渡線と山田線と八戸線は三陸鉄道を経由することで繋がっているのである。

盛=(北リアス線)=釜石=(JR山田線)=宮古=(南リアス線)=久慈

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盛から釜石まではとにかくトンネルが多い。やはりリアス式海岸ならではなのであろう。トンネルを抜けると海辺、海辺を抜けるとトンネルという感じ。乗客は私以外は地元の方ばかりらしく方言が飛び交ってかなり賑やかだ。特にお年寄りの会話はかなり訛っていてほとんど聴き取れない。やや小型の車輌はアットホームな雰囲気でガタクリガタコンと走る。もう何も考えることなくただただレールの響きに身を任せるだけ。

何が入っているのか身に余る大きな風呂敷包みを背負ったオジサンが、椅子に座ったまま立ち上がれなくなって慌てている。連れのオジサンが笑い乍ら手をひいて立ち上がらせていたが、この一部始終を眺めていた乗客からいっせいに笑い声があがった。隣に座っていた地元のオバチャンも顔を見合わせて(あれあれ、あの人、だいじょうぶだべか)というような会話をしている。なんだ、こののんびりさ加減は(笑)

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やがて釜石行き36系は釜石駅に到着した。釜石駅は三陸鉄道とJR釜石線、山田線の分岐駅でホーム間は地下道で繋がっている。反対側ホームには盛行き36系青色塗装が停まっていた。

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三陸鉄道の改札を出てこんどは釜石線で花巻へ向かうのだが、発車まで1時間ほど間があるので駅の蕎麦屋に入ってみた。なにか地元らしい蕎麦はないかと品書きを見ていたら『ホタテ蕎麦』というのがあった。食べてみたらこれがまたなんとも…不味い。熱々の蕎麦の上にホタテとめかぶが乗っているのだが、蕎麦とホタテとめかぶの風味がみごとにバラバラで美味しくない。冷やしで食べたら美味しいのだろうが、これはイカン。

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釜石駅前を暫し歩き、駅前の商業施設の古本屋を覗く。よくみるとここの1階にちゃんとした蕎麦屋があるじゃないか。釜石にお越しの際はここで蕎麦を食べることをお薦めする。私の釜石に関する知識は『新日鉄釜石』と『新日鉄釜石ラグビー部』くらいなものだ。今日も新日鉄釜石製鉄所は操業中。

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釜石から釜石線で花巻へ出る。途中、柳田国男翁の『遠野物語』の舞台となった遠野を過ぎる。花巻に到着したときはすでに夕闇が濃くなっていた。駅前で「ここが宮沢賢治の故郷かあ」と感慨にふけること暫し。しかしあまりの寒さにすぐに駅構内に戻る。

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花巻から東北本線で一関へ向かい、一関で仙台行きに乗り換える。もう車窓は真っ暗なので『西城秀樹のおかげです』を読みふける。仙台から仙山線に乗り換えて山形へ戻り宿のベッドに倒れ込むように眠る。今日は山形〜宮城〜岩手を渡り歩いた一日であった。明日はいよいよ陸羽西線経由羽越本線で新潟へ向かう。

 山形 
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 仙台−−小牛田−−一関−−花巻
              |
              遠野
              |
           盛−−釜石

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奥羽本線〜陸羽東線〜気仙沼線〜大船渡線

朝まだ暗いうちにホテルを出て山形から奥羽本線で新庄へ。今日はここから陸羽東線に乗り換えて小牛田へ向かうのだ。山形駅を発車した列車は天童〜村山〜大石田を過ぎて新庄駅に到着。途中の神町駅の古い駅舎がとても魅力的。いつか降り立ってみたいと思う。新庄から先は奥羽本線が大曲〜秋田〜大館を経て青森まで続いている。また陸羽西線が酒田へ、陸羽東線が小牛田へと延びており、山形新幹線の終着駅でもある。ご存じのとおり山形新幹線は福島駅から在来線を走る。だからのんびりと719系電車に乗っていると、向うからやって来る東京行きの山形新幹線とすれ違ったりするのである。なんとものどかな雰囲気で私は好きですね、奥羽本線。

駅構内では、新幹線で帰省してくる帰省客と、鳴子温泉辺りに出かける行商のお婆ちゃんと、野球帽をかぶって長靴を履いたオジサンと、補修でも受けに行くらしい高校生が歩いている。いい雰囲気だ。小雨降るなか、陸羽東線鳴子温泉行きキハ110系は新庄駅を発車した。奥羽山脈を越えて走る車窓は次第に雪が深くなっていく。大きな荷物を背負ったお婆ちゃんが寂しい駅で降りていく。山中にポツンとある小さな駅から女子高生が乗り込んでくる。大きなカバンを持った若い娘が駅に降りて出迎えの青年といっしょに歩いていく。帰省した妹を迎えに来た兄らしい。列車は瀬見温泉〜最上を経て鳴子温泉駅に到着。ここで小牛田行きに乗り換える。ふつうならここで温泉に浸かってのんびりするのだろうが、あいにく私はただの無粋な乗り鉄なのでこのまま小牛田へ向かうだけだ。

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さて私は陸羽東線の車中で、小牛田から気仙沼へ行こうかそれとも石巻へ行こうかと考えていた。石巻線に乗り換えてそこから仙石線で仙台へ出ようか、それとも気仙沼まで行ってそこから大船渡線で一関へ出ようか。石巻で新鮮な魚介を肴に昼飯…というのも考えたのだが、せっかくだから遠いところへ行ってみようと気仙沼へ向かうことにした。そうこうしているうちにキハ110系は小牛田駅に到着した。小牛田は東北本線の駅。ここから陸羽東線、気仙沼線、石巻線が分岐しており、貨物線のターミナル駅でもあるので、レールがたくさんあってやたらと構内が広い。駅舎は広大なレールの海にポツンと浮ぶ小島のようだ。

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小牛田から気仙沼線気仙沼行きキハ110系に乗り換える。列車はリアス式海岸をくねくねと走り続けて終点の気仙沼駅に向かってひた走る。気仙沼が近くなるにつれて車窓から海が見え隠れしてきた。薄曇りの空に見える大平洋もまた鉛色をしている。そしてキハ110系は気仙沼に到着。かつて後輩の結婚式で訪れて以来の気仙沼だ。とりあえず改札を出て駅前をウロウロする。

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朝からパンしか食べていないのでここで昼飯を食べることにし、キオスクで売られていた『纜(ともづな)弁当』を購入。「纜」は船を岸壁に繋留しておくための太い綱のことだそうな。気仙沼の食材をふんだんに盛り込んで1000円。割高感の高い駅弁にしてはたいそうリーズナブル。さて弁当も買ったことだし、ここから大船渡線に乗り換えて終点の盛へ行ってみることにした。

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ガタゴト揺れる車中で弁当を食べ車窓を眺める。気仙沼〜大船渡の辺りは地形が面白い。一関を発車した気仙沼線は延々と山の中を走り、海へ向かうという雰囲気が微塵もない。これがもうすぐ気仙沼というところで突然景色が一変し海が見えてくるところが面白い。気仙沼駅を発車した大船渡線も同様で、鹿折唐桑〜陸前矢作〜竹駒の辺りは山里という雰囲気だ。陸前高田の辺りから海が見えてきた。そういえば陸前高田には『ジョニー』という有名なジャズ喫茶があることで、ジャズファンにはよく知られた地名だ。駅の古い琺瑯看板も良い味を出している。

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やがて大船渡線キハ110系は静かに終点の盛駅に到着した。さあここから先、私はどうすればいいのだろう(笑)

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 山形−−新庄
     |
     鳴子温泉
     |
     小牛田−−前谷地−−気仙沼−−盛

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東北本線〜仙山線〜左沢線〜奥羽本線

朝まだ暗いうちから家を出て上野に向かう。東北本線を宇都宮〜黒磯〜郡山〜福島と北上し仙台に到着。たぶん初めて仙台駅に降り立ったのだがさすがに空気が冷たい。仙台駅を発車した仙山線はガタンゴトンと山形へ向かう。山形県境の辺りから沿線に雪が目立ち始め、面白山高原を過ぎて車窓に山寺が見えてきたが乗り鐵なので降りない(笑) そろそろ山から平地へ降りてきた仙山線は山形の手前で大きくカーブし、列車は静かに山形駅に滑り込んだ。

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山形駅は県庁所在地とはいえこじんまりとした駅舎。ホームの端っこに山形新幹線が停まっている。在来線と同じ路線を走るんだから凄いな。さてここから私は左沢線に乗らなくてはならないので、そのままホームで待つこと暫し。それにしてもさすが山形は仙台よりも寒い。左沢線ディーゼル車輌は綺麗なロングシート。夕暮れの山形駅を発車した左沢線ディーゼル車輌が終点の左沢駅に到着した頃は、すでに車窓は真っ暗になっていた。左沢駅の駅名表示板は名産の洋梨を模していてお茶目。そのまま山形に戻って、今日初めて改札の外に出た(笑)

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予約しておいたビジネスホテルにチェックインし、駅前で山形ラーメンを食べて居酒屋でホッピーを飲んで良い気持。徒然なるままに時刻表を眺めていたら、まだ奥羽本線米沢行きがあるじゃないか。ほろ酔いのまま駅に向かい奥羽本線で米沢へ行ってすぐに折り返して山形に戻る。今日は朝から晩まで列車に乗って、そのあいまに駅弁を食べてラーメンを食べてホッピーを飲んだ一日。

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                 左沢
                 | 
         米沢−−赤湯−−山形
                 | 
             福島−−仙台
             |
上野−−宇都宮−−黒磯−−郡山

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冬の鉄道行脚

年末年始の休みを利用して山形〜宮城〜岩手〜福島〜新潟を彷徨ってきた。もう朝から晩まで列車乗りまくりなので、観光名所も温泉も行ってないけど…
ぼちぼちと冬の鉄道旅をアップしていきます。

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羽越本線神山駅を発車するキハ40系

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おや、こんなところにタマ公が

新潟まで来たというのに実家には寄らず、新潟駅前のビジネスホテルに宿泊。新潟の名物料理に舌鼓…といきたいところだが、あいにく県民なので特に珍しいものもない。翌日は朝早くから新潟駅へ向かう。改札の向こうに旧国鉄色のキハ50系車輌が停車しているのが見えた。慌てて改札を抜けてプラットホームに出てみたら、おお、米坂線快速べにばな号だ。しかもキハ50系と20系の2輛連結だ。こいつぁ朝から縁起が良い。これから快速べにばな号は新潟から白新線を経て新発田へ、新発田から羽越本線に入り、坂町から米坂線に入り、急峻な小国峠をウントコドッコイショと越えて米沢へ向かうのである。なんともいじらしいではないか。

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私は信越本線新津経由長岡行きに乗り東三条で降りた。ここから弥彦線に乗り換えて終点の弥彦へ向かうのである。小学生の頃に弥彦神社に来たことがあるのだが、それ以来だから実に30年近く昔のことだ。何しに行ったのかすらもう憶えていないくらいひさしぶりの乗車である。弥彦線はここ東三条から越後線の吉田まで行き、ここで暫く停車してから終点の弥彦へ向かう。東三条〜北三条〜燕三条〜燕〜西燕〜吉田〜矢作〜弥彦という、わずか8駅しかない全長17.3kmのローカル線。山手線の新宿〜東京間の距離とほぼ同じである。東三条駅は明治時代から続く歴史のある駅で、そこかしこに昭和の香りが漂っている。東三条駅の0番線ホームに弥彦線115系車輌が停まっていた。弥彦線独特の白い車体に薄い黄色のツートンに薄い緑色のライン。信越本線や上越線のきまじめさとは異なり、なんともほんわかとした彩色だ。新潟車輌区はほとんどが115系なのだが、色が異なるだけでこんなに印象が変わる。

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平行する信越本線と越後線を繋ぎ、弥彦神社に詣でる人々が利用する路線なので、東三条を発車したときには満員電車並みの混雑ぶりだ。あちこちからのんびりとした新潟弁の会話が聞こえてくる。若い人はさすがに標準語に近いが、年輩者はおしなべて新潟弁で話している。燕三条でたくさんの人が降りて行き、燕から吉田までは街のなかをガタクリガタコンと走って行く。燕三条は上越新幹線の乗り換え駅でもあり、駅周辺には大型店鋪が並び賑やかな雰囲気。燕の辺りの線路の両側には民家が続き、まるで路面電車のような雰囲気だ。私は小学校に入学するまで燕市に住んでいた。かつて燕から新潟市内まで新潟交通の路面電車が走っており、幼い私は母に連れられて何度もこの路面電車に乗ったものだ。昭和40年代前半のことである。緑とオレンジの車輌がとても懐かしい。

吉田で10分ほど停車して弥彦へ向かう。のどかな田園風景の中を走っていくうちに弥彦山が迫ってくる。海岸線に近いところにこんなに大きな山があるというのも考えてみれば不思議な話だ。弥彦駅は神社を模した駅舎が印象的で、改札では若い女性の駅員さんが参詣客を迎えていた。

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今日私は午後の新幹線で東京へ戻らねばならない。ところが次の弥彦発東三条行きは2時間後なのである。弥彦神社へ詣でるのも一興だがあいにくそういうつもりはない。すぐにタクシーに乗って吉田へ戻り30分ほど待って越後線下りで新潟へ。新潟駅の新幹線改札へ向かうと、笹団子売場のそばに忠犬タマ公の像があった。新潟駅に来るたびにあちこちに移転されているタマ公像だが、こんどはこんなところに置かれているのか。同じ忠犬でもハチ公とは待遇に差があるなあ(苦笑)

    弥彦
    |
    矢作  
    |
  −−吉田−−−内野−−新潟−−
    |        |
    燕三条      亀田
    |        |
  −−東三条−−加茂−−新津−−
             |

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筒石駅に行ってきた

JR北陸本線筒石駅のプラットホームは地下深くにある。同じ地下駅としてJR上越線の土合(どあい)駅が有名だが、こちらも鐵道ファンにはお馴染みの駅。能生(のう)〜筒石(つついし)〜名立(なだち)……ちなみにこれらの駅名、新潟県民ならスラスラ読める、って県民は私だけか……の辺りは鐵路が日本海ぎりぎりに走る。急峻で複雑な地形のため、筒石駅のホームは地下に作られることになった。駅舎とホームの高低差は実に40m。

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トンネル内のプラットホームを降りるとドアで区切られた待合室がある。走っているのは直江津行き普通列車。

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ここから階段(66段)を登る。

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登り切って左に曲がると緩やかに傾斜した勾配を歩く。

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ホッとするのもつかのま、またここから長い長い階段(224段)が待っている。

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運動不足の不健康オヤジにはけっこうきつい行程で息があがりっぱなし。

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「はいはい、どうもお疲れさまでした!」漸く地上の改札にたどり着くと、初老の駅員さんが出迎えてキップを受け取ってくれた。

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駅員さんから駅の構造についてガイドしてもらい、附近の地図を貰って筒石の街を散策する。時折、小雨降る筒石の街はとても寂しい。さすが新潟県!

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ふたたび筒石駅に戻ると駅員さんが「港まで行って来られましたか?」と声をかけてくれた。「また来てくださいね」という声に送られ、ふたたび長い階段を降りて直江津行き普通列車に乗り込んだ。

直江津から特急北越5号に乗り込んでそのまま新潟駅へ向かう。車中でエチゴビールを飲みつつウトウトしているうちに、特急北越5号は夕闇の越後平野をひた走るのであった。

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筒石駅はとても有名なので、たくさんの本や雑誌記事、ウェブサイトなどに紹介されている。なのでわざわざ私が詳しく紹介するほどのことはないが、それでも百聞は一見に如かず、興味のある方は訪れてみることをお薦めする。

糸魚川−−筒石−−直江津−−柏崎        新潟
                \      /
                 長岡−−新津

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晩秋の大糸線を行く

早朝の上田駅からしなの鉄道に乗り、篠ノ井駅で篠ノ井線に乗り換えて、姨捨駅のスイッチバックを堪能してから松本へ。松本駅で駅弁を購い大糸線に乗り換える。

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真っ白に雪化粧した穂高を車窓に眺め乍ら長野色115系は安曇野をひた走る。信濃大町駅を過ぎると車窓の風景が雪景色になってきた。車窓から眺める木崎湖は実に良い感じだ。ここからどんどん雪が深くなっていき、電化区間の終点である南小谷駅に降り立つと寒さが肌を突く。今日は晴天なのだが数日前の雪の日はよほど寒かったのだろう。つくづくこんな山奥でひっそりと暮してみたいと思う。冬は深い雪に埋もれて本を読み、春の訪れとともに畑を耕す。私は田舎者なので、田舎暮しは実際にはとても厳しい暮らしだということはわかるが、都会の人が憧れてしまうのもよくわかるなあ。

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暫く駅構内を散策しているうちに糸魚川方面からオレンジラインのキハ52系がやってきた。旧国鉄色の1輛編成が、よっこらしょと山を登って来る姿に感動。小さな車輌は地元の人々や鐵道ファンであっという間に満員となった。

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ヒスイの産地としても知られる姫川沿いを、キハ52系はゴットンゴットンと走っていく。根知駅で糸魚川方面から来る2輛編成とすれ違った。こちらは濃紺ラインと、首都圏色のオレンジ単色キハ52系の2輛編成だ。うーん、これにも乗ってみたい。

頸城大野あたりから車窓は水田地帯に変わって行き、いよいよ終点の糸魚川が近くなってきたことを実感。糸魚川駅構内には鐵道ファンにはお馴染みのみごとなレンガ車庫が建っている。 歴史を感じさせるこのレンガ車庫も保存運動が持ち上がっているそうだ。

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富山方面から来る直江津行き列車を待ち乍ら、駅前でざる蕎麦を食べる。糸魚川駅前は閑散として、晩秋の薄い陽射しが寂しく駅前ロータリーを照らしていた。


    糸魚川 
   /    
南小谷     
|            
信濃大町  姨捨−−篠ノ井
   | /       \
   松本         上田

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房総半島鉄道之旅

週末の早朝、品川から総武線快速に乗って千葉に向かう。うつらうつらしていると7時過ぎに千葉到着。さっさと内房線に乗り換えて木更津で久留里線に乗り換える。

木更津駅4番線ホームで久留里線キハ37・38形の2輛編成が発車を待っていた。キハ37・38形は全国でもここ久留里線のみの運用だ。

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久留里線では今でもタブレット(通行証)交換が行なわれている。この光景も今では貴重。

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久留里駅で1時間待ち、終点の上総亀山に十数分滞在してから木更津に戻る。まるで小津安二郎の映画みたいな光景だ。

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久留里線を堪能したあと、木更津から五井に戻り小湊鉄道に乗り換える。階段の下にある事務所で小湊鉄道フリーキップ1700円購入。往復可能で途中下車し放題のお得なキップだ。

終点の上総中野で降りて十数分滞在。ここからいすみ鉄道に乗り換えて外房の大原まで行けるのだが、今日はこのまま折り返し。よく晴れた暖かな日に房総半島でのんびりする贅沢。それにしてもこの旧国鉄色キハ200形は良い雰囲気。

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途中の上総久保で途中下車。申し訳ていどの小さな待合室の後ろに聳える巨大な銀杏の樹がおみごと。これが黄色く色づいたら絶景だろうなあ。

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1時間に1本のダイヤなので上総鶴舞まで歩く。大正末期に建てられたという駅舎がすばらしい。それにしてもここは西部の大平原か(笑)

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千葉に戻って京成線に乗り換える。京成千原線の終点ちはら台からそのまま京成船橋まで行き、そこからJR船橋駅まで歩いて総武線快速に乗り換えて錦糸町で降りる。駅ナカのネパールレストランでネパール風カレーを食べたら辛くて美味しかった。

品川

東京

錦糸町

船橋−−京成船橋
|   | 
千葉−−京成千葉−−ちはら台

五井−−上総鶴舞−−上総久保−−上総中野

木更津−−久留里−−上総亀山

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東武日光線を行く

東武日光線に乗って日光まで行ってきた。といっても東照宮にも行ってないし、そもそも駅舎から出ていない。いつものように電車に乗りに行ってきたわけだ。今日の目的は、東武日光線のなかでも絶滅寸前の木造駅舎、知る人ぞ知る北鹿沼駅探訪である。

朝も早くから東武伊勢崎線に乗り、荒川を越え利根川を越えて栃木に入り、東武動物公園駅で後発の東武日光行きに乗り込む。窓の外は雨。もともと無計画の旅だからどうしようもない。そもそも私の人生が無計画無目的だからどうってことはないのである。東武日光駅まで来たはいいが外は雨だし折り返しの浅草行き区間快速に乗らねばならぬ。したがって雨に煙る駅前の風景を眺めただけで、早々と日光を後にするのであった。せっかく来たので日光自慢の駅弁「味わい街道」を頂く。

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下今市を過ぎて区間快速は北鹿沼駅に停車し、私はそそくさと駅に降り立つ。後に続く人は…誰ひとりとしていない。まあ当然だナ。浅草行き区間快速は小雨のなかに消えてゆき、私はひとりホームに残る。そして…北鹿沼駅。いやはやなんとも、期待通りの素晴らしい駅舎でありました。

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窓枠が一部アルミサッシになっているところが惜しいが、それでも堂々たる風格の木造駅舎であります。資料によれば昭和4(1929)年開業当時そのまんまということだ。人間でいえばもう喜寿を過ぎていらっしゃる。無人駅なのでICカード対応機器が無粋に立っているが、これとアルミサッシを除けばまさに戦前の香り漂う木造駅舎である。

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今日の目的は北鹿沼駅だけだったのだが、東武日光に向かう車窓から意外なものを見つけた。それは楡木駅の駅舎。噂によればすでに改築が始まっているとのことだったが、車窓をぼんやりと眺めていたら、なんと木造駅舎がまだ健在の様子。というわけでこのまま栃木まで戻る予定を変更して、北鹿沼の後に楡木駅で下車したのである。

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なんとなんと、ここは北鹿沼駅以上の素晴らしさでありましたよ。窓枠はどこもかしこも木枠でICカード対応機器以外は、北鹿沼駅舎を凌駕してあまりある素晴らしさでした。ふだんは無人駅らしいのだが今日はなぜか臨時に駅員さんが詰めていた。やはり人がいる駅舎は生きている感じがするなあ。ここも昭和4(1929)年開業当時の面影をそのまま残している。

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駅員さんに「この駅舎も改築されちゃんですねえ」と話しかけたら、朴訥な北関東訛りで「いやあ、なにしろ古くてネ、開業当時からほとんど変わってませんから…それだけにイメージも悪いし…(苦笑)」そんなことはないと思うのだが、まあこれも会社の方針だからしかたない。改築はこれから始まるということで、まさにギリギリセーフ。僥倖、僥倖。駅舎ファンよ、楡木に行くなら今のうちだ!

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やがて日光方面からやってきた各駅停車に乗り込んで、さてあとはガタゴトと浅草まで出るかと思っていたが、突然栃木駅に降りてみようという気になった。繁華街でもぶらついてみようと思ったのだ。どうせいきあたりばったりの人生だし(笑) ところが駅前に出てみて愕然としてしまう。なんと寂しい駅前なのだろう。栃木駅なのに……賢明なみなさんはもうお気づきであろう。そうです。栃木県の県庁所在地は宇都宮なのでした。朝が早くて睡眠不足のせいもあり、私は迂闊にもここで降りてしまったのである。

ここで20分ほど待てばJR新宿行きの特急列車があるのに気づいた。東武からJR乗入れ? 鬼怒川から栗橋を経てJR区間に乗り入れ、大宮経由で新宿まで行く特急なのだった。これを逃せばもう二度と乗る機会などないだろう。特急きぬがわ号はあっという間に新宿に到着したのでありました。

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屈託阿房列車

「阿房と云ふのは、人の思はくに調子を合はせてさう云ふだけの話で、自分で勿論阿房だなどと考えてはゐない。用事がなければどこへも行つてはいけないと云ふわけはない。なんにも用事がないけれど、汽車に乗つて大阪へ行つて来ようと思ふ(内田百間「特別阿房列車」)

疲れて屈託しているときは電車に乗るに限る。映画を観ても本を読んでも内容が頭に入らない。時刻表を読んで乗り換えを調べてあとはひたすら電車に乗り続けるのが良い。家でぼんやりしていても屈託が続くだけだ。最近読み返している内田百間の名随筆『阿房列車』のなかに御殿場線のことが出てくる。百間先生に倣い私も「なんにも用事がないけれど」御殿場線に乗りに出かけることにしよう。

朝から川崎に出て、薄曇りの空の下、東海道本線に乗って国府津で御殿場線に乗り換える。国府津〜御殿場〜沼津を結ぶ御殿場線はかつて東海道本線であった。しかし昭和9年の丹那トンネル開通により、東海道本線は現在の熱海経由ルートになった。そのとたん、かつての国府津〜御殿場〜沼津を結ぶ路線は、本線からはずれて御殿場線という迂回路線になってしまった。早い話が表舞台から転落したのである。

国府津駅の長いホームで御殿場線を待つ。ここは「区間阿房列車」のなかで、百間先生とヒマラヤ山系(内田百間の汽車旅行のお供をつとめた平山三郎氏)が、御殿場線に乗り遅れて雨の降るなか延々と待ち続けたところ。百間好きとしては感慨もひとしおである。

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やがて沼津方面からやってきた列車に乗り込む。御殿場線はJR東海なので車掌の雰囲気も違う。ハイキングに出かけるバアサンがやけに多く、ついでに地元のバアサンもたくさん乗っている。ついでにハイキングに出かけるらしいガキがうじゃうじゃ。なんだか騒がしいかぎりだ。谷峨でガキはたちいっせいに降りた。谷峨は谷川沿いにある山のなかの駅。ガキたちはこのへんでハイキングをするらしい。駿河小山ではバアサンたちがどどっと降りていき、車内はいっきょに寂しくなる。何かあるのかしらん。

御殿場で降りて沼津行きを見送り、ホームで国府津で買った弁当を食べる。人気のない御殿場駅で独り駅弁を食べていると、このまま誰も知らない土地へ行ってしまいたくなった。相当疲れているらしい(苦笑)。やがて沼津からやってきた御殿場止まり列車が入線してきた。これがそのまま折り返しの沼津行きになるのである。車窓から見える富士山がおみごと。やがて列車は静かに沼津駅に滑り込んだ。

わずかな乗り換え時間のあいだ、沼津駅のホームを散策。キオスクと喫茶店と立ち飲みを兼ねたスタンドがあり、日曜の昼間からオッサンがふたりで良い気分になっていた。なんとなく昭和の雰囲気が濃厚に漂っているのを感じる。

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間もなくやってきた三島行きに乗り換える。三島の駅舎は風格のあるいい駅舎だ。

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JR東海は発車ベルが鳴らない。「三島行きはまもなく発車いたします」というアナウンスの後、列車は静かに静かにホームを離れて走り出すのだ。首都圏の駅に慣れてしまっているとなんとなく新鮮。しばらく三島駅舎を観察したあと、衝動的に伊豆箱根鉄道駿豆線に乗った。伊豆箱根鉄道駿豆線は、住宅街と田園地帯を走る江ノ島電鉄みたいな電車だ。

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終点はかの有名な修善寺。岡本綺堂の『修善寺物語』でも知られる観光地だ。修善寺に15分滞在し、駅舎や看板を観察してからすぐに三島に戻る。せっかく修善寺に来たのに何も見ないで帰るのだが、これがいつもの私の旅なのである。

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あとはただただ惰性で列車に乗り続ける。三島の隣の函南に降りてみたが殺風景な駅だった。駅舎とホームを観察し、15分後にやってきた熱海行きに乗る。熱海で東京行きに乗り換えて小田原で降りる。小田原から小田急ロマンスカーに乗って相模大野まで出る。ロマンスカーに乗るのは実にひさしぶりだ。相模大野から中央林間に出て東急田園都市線に乗り換えて帰宅。

沼津−−−御殿場−−−駿河小山−−谷峨
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|           相模大野−−−−中央林間
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|           |    |
三島−−函南−−熱海−−小田原  国府津−−川崎
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修善寺

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JR鶴見線大川支線制覇の巻

毎年GWにはロクなことをしていない。たいがい仕事してたり、疲れて家で寝てたり、なんとまあしょうがないことである。というわけで今年もあいかわらず連休の半分以上は仕事(在宅含む)、あとの数日は疲れて寝てたり洗濯してたり家でゴロゴロしてたりである。まあ1日くらいは何かしようと思い立ち、時刻表を眺めてはたと膝を打った。そうだ、鶴見線大川支線を制覇しよう! これが本日のハイライト、GWのハイライトだ。これで鶴見線完全乗車達成だあ。鶴見に行こう!と叫んで家を出た。途中、昨年も同じ理由で東海道線に乗って熱海に出かけたことを思い出した。なんと進歩のない人生であることかと、車中独りで嘆息。

鶴見に行くまでにあちこち回り道。尻手から南武線支線に乗り換えて、八丁畷で京急線に乗り換えて京急川崎下車。JR川崎まで歩いてそこから横浜に出て崎陽軒の駅弁を買い、なぜか東神奈川のホームで食べていると、根岸線でボヤ騒ぎが発生し京浜東北線が停まってしまう。うーん、これじゃ鶴見に行けないなあ。というわけで、東神奈川の真ん前にある京浜急行の仲木戸から生麦駅へ出て、いったん電車を降り横浜市営バスに乗って国道駅前で下車。

さて賢明な読者のみなさまにおかれては、そのまま京急鶴見へ行ってJR鶴見まで歩けばいいじゃないか、あるいは横浜市営バスで鶴見駅前まで行けばいいじゃないか、とお思いだろうが、そういうことは質問しないでいただきたい。さて、ここでJR鶴見線について簡単に説明しておこう。

【JR鶴見線路線図】 ※( )内は南武線・南武支線

 鶴見                (武蔵溝ノ口)
 |                  |
 国道                (武蔵小杉)
 |                  |
 鶴見小野              (尻手)−−(川崎)
 |                  |
 弁天橋−−浅野−−安善−−武蔵白石−−浜川崎
      |   |         |
      新芝浦 大川        昭和
      |             |
      海芝浦           扇町

鶴見線は1926年に私鉄の鶴見臨港鉄道として発足し、紆余曲折を経て1943年に国有化されて国鉄鶴見線、1987年にJR東日本鶴見線となった。鶴見〜扇町間が本線として運行されており、海芝浦支線(浅野〜海芝浦)と大川支線(武蔵白石〜大川)がある。

海芝浦支線は、鶴見駅から海芝浦まで1時間に1本の割合で往復運行されているが、大川支線(鶴見〜大川往復)は平日なら6〜7時台に5本、18〜20時台に6本、つまり早朝と夕方しか運行されていない。早い話が日清製粉や昭和電工など工場に通勤する人のため支線だ。当然休日ともなると運行本数は更に少なくなり、朝は7時と8時台にそれぞれ1本、夕方は1745鶴見発の1本だけになる。

また浜川崎はJR南武支線(尻手〜浜川崎)との乗り換え駅で、路線図で見るとあたかも相互乗り入れしているように見える。ところが実は駅舎が別なうえに、いったん外に出て道路を渡らなければならないという不思議な駅だ。

国道から鶴見線に乗る。国道はJR鶴見線の駅である。高架駅舎であり、高架下は一杯呑み屋などがちんまりと詰まっていて、戦前にタイムスリップしたような独特の雰囲気で有名。コンクリート部分に戦時中の機銃掃射の弾痕が残っている。ちなみに駅名の由来は国道(第1京浜)の真ん前にあるから(ホント)。

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ここから1637発扇町行きに乗り浅野で下車。大川行きの運行時刻まで時間があるので、ひとまず浅野から海芝浦に行こうというのである。海芝浦はもう何度も行っているので説明はしない。説明はしないが、なぜ同じ駅に何度も、しかも独りで行っているのか、ということは質問しないでいただきたい。浅野駅は本線と海芝浦支線が分岐しており、特異な三角ホーム(海芝浦支線ホーム)があることでも有名だ。

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やがて鶴見方面から海芝浦行きがやってきたので、乗る。最近は海(運河?)の上にある駅としてすっかり有名になったようで、乗りに来るたびに鉄道好きの老紳士や若いアベックを見かける。海芝浦でしばらく停車ののち発車。浅野には1717着なのだが、本線の扇町行きも1717着。海芝浦支線の三角ホームと本線のホームは離れているので乗り換えは不可能。しかし私は慌てず騒がず次の弁天橋で降り、すぐに鶴見方面からやってきた1720武蔵白石行きに乗り換える。しかしこの改札、味があるなあ。

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大川支線は路線図では安善から分岐しているのだが、実際は武蔵白石の直前で分岐している。だから武蔵白石のホームで、ああ大川行きが来たあ!と喜んでも、ホントに直前で (^0^)/~ と去っていく様子が、容易に想像できるのである。実は大川支線は正式には武蔵白石〜大川間なのだが、なぜか武蔵白石では乗り換え不可能という不思議なことになっている。かつては武蔵白石駅に大川支線用のホームがあったのだが、カーブしているために専用車輌でないと通過できなかった。この車輌が老朽化して引退するにあたり、ついでにこのホームも撤去されてしまったため、支線の起点でありながら乗り換え不可能という珍妙なことになってしまったという。これを確認するために武蔵白石まで来たので、すぐに扇町方面から来た鶴見行きに乗ってお隣の安善まで行く。あとは大川行きを待つだけだ。

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独りせわしなく安善駅のホームを行ったり来たりする。怪しい行動に見えるかもしれないが、鶴見線では珍しくないので誰ひとり気にする様子はない。それにしてもこの夕方に安善では5〜6人の男女が大川行きを待っている。なぜだ? みな鉄なのか? いやしかし鉄とおぼしき輩はカメラバッグを提げた兄ちゃんだけだ。あとはみな鶴見線沿線のオジサン(全員罐ビール持参)。しかし1人だけ垢抜けたオネエチャンがいる。鉄子か? しかしこのオネエチャン(推定30歳)も罐ビールをグビグビ呷っている。謎は深まるばかりだ。

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閑話休題。そうこうしているうちに鶴見方面から大川行きがやってきた! 大川行きに乗り込むと、意外にもけっこう人が乗っている。こんな休日の夕方にどういうつもりだ。まあそれはおいといて、さっそく車輌の先頭に立ち武蔵白石の直前でググっとカーブしていくのを堪能。オジイチャンオバアチャンに連れられたチビが「大川に突入!」とはしゃいでいる。なんともお手軽なGW行楽であることよ。安善の次はすぐに大川なので3分くらいの乗車時間。大川駅は想像どおりのショボイ駅舎で大満足。気がつくと5〜6人の兄チャンが、ダンゴ虫のようにわらわらとまろび出て、デジカメ片手に写真を撮り始めた。なんだ、みんな鉄か。

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3分停車ののち、折り返し鶴見行きとなる列車に乗り込んで終点へ。1時間半も鶴見線内でウロウロしていたので、鶴見駅の賑わいに呆然としてしまった。さて賢明な読者のみなさまにおかれては、最初から1745鶴見発大川行きに乗ればよかったじゃないか、とお思いであろう。しかし、行きがかり上こういうことになったのであるから、そこのところは誰も問いつめないでいただきたい。

それはそうと、これで長らく懸案であった鶴見線完全乗車がぶじ達成された。鶴見線は総延長9.7キロ(山手線なら新宿〜品川間が約10キロ)なのに、乗りつぶすには2時間近くかかる(新宿〜品川間は所要時間約20分)という、都会にあり乍ら意外と手強い路線なのである。お手軽な鉄道旅としてぜひお薦めする次第。

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哀愁の長野電鉄屋代線

別所温泉から上田交通別所線に乗って上田に着いた〜♪
上田駅の蕎麦屋に入る。いわゆる駅蕎麦ではあるのだが、立ち食い蕎麦ではなくちょっとした蕎麦屋。もり蕎麦を手繰ったけどさすがに美味しい。さすが長野の蕎麦は美味しいなあ。これから先は出たとこ勝負で帰宅するだけだが、頭の中にはすでにいくつかのプランが妄想されている。こういうのが鉄道旅の醍醐味(笑)

上田〜(長野新幹線)〜東京
上田〜(しなの鉄道)〜屋代〜(長野電鉄屋代線)〜須坂〜(長野電鉄長野線)〜長野〜(長野新幹線)〜東京
上田〜(しなの鉄道)〜篠ノ井〜(篠ノ井線)〜松本〜(中央本線)〜八王子
上田〜(しなの鉄道)〜軽井沢〜(西武高原バス)〜万座温泉〜(吾妻線)〜高崎〜(信越本線)〜上野
上田〜(しなの鉄道)〜軽井沢〜(JRバス)〜横川〜(信越本線)〜高崎〜(八高線)〜八王子
上田〜(しなの鉄道)〜小諸〜(小海線)〜小淵沢〜(中央本線)〜八王子
上田〜(しなの鉄道)〜小諸〜(小海線)〜小淵沢〜(中央本線)〜甲府〜(身延線)〜富士〜(東海道本線)〜横浜(バカだねー)


長野−−−須坂           万座温泉−−−−−渋川
|    |            |        |
篠ノ井−−屋代−−上田−−小諸−−−軽井沢−−横川−−高崎−−上野−−東京
|            |             |       |
松本−−−−−−−−−−−小淵沢−−甲府−−−−−−−八王子−−−−−川崎
                  |                | 
                  富士−−−熱海−−−−−−−−−−横浜


そしてリュックからJR時刻表を取り出して十分ほど検討し、私はふたたびしなの鉄道の改札を通ったのである。

ちなみに鉄はJTB時刻表派とJR時刻表派に二分されるが、私はJR時刻表派である。理由は…特にない。余談だが(全編これ余談だア)交通新聞社から『MY LINE 東京時刻表』というのが刊行されている。東京・神奈川・埼玉・千葉全域と、静岡・山梨・群馬・栃木・茨城の一部を網羅しているので、近場の電車旅にはもってこいだ。私鉄と地下鉄の全時刻表が掲載されているところもいい。

閑話休題。上田からしなの鉄道に乗り、屋代で長野電鉄屋代線に乗り換える。昨日の朝までは、このまま長野新幹線か、小海線〜中央本線経由で帰ろうかと考えていたのだが、昨日しなの鉄道車窓から目に入った屋代駅ホームの風景が心に残っていた。こぎれいなホームのいちばん向こうに見えた掘建て小屋は何だ? これが名高い?長野電鉄屋代線乗り場だということがわかり、俄然この電車に乗りたくなったのである。

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屋代駅の跨線橋を渡る。すると4番線から先が突然木の床に変貌した。

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それでもずんずん進んでいくと長野電鉄屋代線乗り場。

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しなの鉄道に比べてあきらかにオンボロな階段を降りるとそこには驚愕の光景が…私は跨線橋を渡るあいだに時空を超えたのか。

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5番線長野電鉄屋代線ホームの凄さったら、ない。まるで明治時代を思わせる柱、屋根、待合室…幾度もの風雪に耐えてきたであろう、長い間に蒸気機関車の煤に燻されたのだろう。真っ黒に日焼けした柱も屋根も待合室も、すべて木で出来ている。

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柱の琺瑯看板もこのとおり、とっくに廃線となった長野電鉄木島線まで存在している。

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入線してきた長野電鉄屋代線に乗って終点の須坂に向かう。屋代から乗った客は十人にも満たない。千曲川が流れる長野盆地をひたすら走る長野電鉄屋代線はのんびりしている。屋代から終点の須坂まで乗っていたのは結局私ひとりだった。須坂で長野電鉄長野線に乗り換える。構内に長野電鉄オリジナル車輌が停まっていた。

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JR長野駅で長野新幹線に乗り換える。最後は車内で独り酒盛りをしようと、駅の売店で『おらほビール』という地ビールを買った。走り出した新幹線のシートに深く座り、ビールをうぐうぐ飲んでぼんやりする。

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早春の上田〜篠ノ井はちょっと寒かったけど良かったなあ。篠ノ井線と上田交通別所線、ほんとに良い路線だった。地ビールの酔いでぼんやりしているうちに、長野新幹線は上田を過ぎて一路東京へ向かうのであった。

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郷愁の上田交通別所線

上田駅は長野新幹線と第三セクターのしなの鉄道が入っている。しなの鉄道は旧JR信越本線。しなの鉄道改札から少し先に、上田交通別所線乗り場がある。別所線乗り場は、藤沢駅に併設されている湘南モノレール乗り場みたいな雰囲気だ。ホームに停まっている2輛編成電車に乗りこむとなんとなく見覚えのある車内。これは東急電車じゃないのか? 

すでに夕方の5時を過ぎており、しかも午後から曇り始めてすっかり薄暗くなっている。車窓を楽しむなら明朝また乗らなくてはならないなあ。そんなことをぼんやりと考え乍ら、ごとごとと電車に揺られて終点の別所温泉駅へ向かう。上田を出てから約30分で別所温泉駅到着。駅舎から看板から待合室から、すべてが古き良き時代の遺物がそのまま残されている。季節外れの小雨の夜、待合室には誰もいない。駅員も帰ってしまったようである。

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さて、別所温泉に来たからには温泉に入らねばならぬ。もともとこれが目的で来たわけだが、どうも温泉街は駅からだいぶ離れたところにあるらしい。調べてみたら駅から数分のところに共同浴場があるとのことなので、小雨そぼ降る真っ暗な夜道を歩き出す。共同浴場は地元の人たちがやってくる。要するに銭湯だ。硫黄の香りが身体の隅々まで揉みほぐし、日常のなにもかも忘れて身も心も放心状態。(写真は翌日撮影)

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心地よい疲れとともにふたたび別所温泉駅に戻り、上田行き電車に乗り込む。たったひとりの乗客を乗せた別所線は、雨の田園地帯をゴトゴトと上田に向かって走り出した。季節外れの小雨降るひなびた温泉街を後にして、別所線に独りで揺られていると、このままどこか遠いところに行ってしまうような、行ってしまいたくなるような、そんな気持になる。ホテルに戻り罐ビールをうぐうぐと飲んで眠る。

翌日、ホテルをチェックアウトしたあと、ふたたび別所線に乗り終点の別所温泉駅で降りる。昨夜は雨が降っていて外も見えなかったのだが、今日はよく晴れて暖かく、別所線の長閑な車窓が心をなごませてくれる。下ノ郷駅にはささやかな車輌区があり、はじっこに東急東横線がぽつんと放置されていた。しかも行き先標示板が桜木町になったまま。おお、いまは無き東急東横線桜木町行きではないか!

電車は別所温泉駅に到着。昼間に見る駅はいちだんとすばらしい。駅舎からホームから隅々まで散策し尽くす。なにしろラッチ(改札)までが木製だ。これはすばらしい。

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別所温泉駅で上田行きの発車を待つあいだ、駅事務所で別所線オリジナルマグカップを購入。事務所にいるオネエサンは着物に袴着用。駅ぜんたいでレトロな雰囲気を醸し出す作戦らしい。ホームの端にはかつて別所線を走っていたモハ5250系車輌が展示されている。丸窓が印象的なレトロ車輌だ。

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上田に向かう電車のなかで、たっぷりと上田郊外の風景を堪能。結局二日にかけて別所線を2往復したのであった。

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早春の篠ノ井線

東京から長野新幹線に乗って上田に着いた〜♪
ここからしなの鉄道に乗り換えて篠ノ井へ向かう。篠ノ井線乗り換えまで時間があったので、いったん外に出てみたら、私の記憶にある篠ノ井駅はデラックスな駅舎に変貌していた。篠ノ井駅に降りるのは、ほぼ二十年ぶり。あのときは長野に住む友人を訪ねて、善光寺などあちこち遊びに出かけたのだった。あのとき君は若かった〜♪ 時の流れを感じた一瞬。

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貨物列車も停車する長いホームで篠ノ井線を待つ。やや薄雲がかかっているがぽかぽかと暖かく、街の騒音も聞こえない長閑な気分。やがて長野方面からやって来た115系電車に乗り込み姨捨(おばすて)に向かう。稲荷山を過ぎたあたりから善光寺平の絶景が見えてきた。おお、これは凄い。そして電車は桑ノ原信号場を過ぎて姨捨駅に到着。

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減速していったん停車した後、ゴットン!という震動とともに、電車はゆっくりとバックして姨捨駅ホームに入線していく。スイッチバックだ。篠ノ井線のすばらしいところは、桑ノ原信号場〜姨捨駅〜羽尾信号場と、いまや全国でも珍しいスイッチバックが三箇所も連続する、という点にある。もちろん姨捨駅ホームから見える善光寺平の絶景もすばらしい。姨捨駅以外は特別な場合を除いてそのまま通過するのだが、運がよければスイッチバック三連チャンを味わえるのである。

写真の手前が篠ノ井方面、奥が松本方面である。左側の線路を走る電車は篠ノ井方面行き。松本方面から来た篠ノ井方面行き電車はまず右側の姨捨駅に入線し、その後いったん松本方面に向かって戻ってから、ふたたび篠ノ井方面に向かって走り出す。松本方面行きは姨捨駅を行き過ぎて、それからスイッチバックで姨捨駅に入線してくる。写真で見ると上り線と下り線の高低差がよくわかる。

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姨捨駅では上下線のすれ違いのためしばらく停車。観光客はそのあいだにホームに降りて、善光寺平の絶景を思う存分堪能している。やがて長野行きの列車が入線し、松本行きは姨捨駅を発車する。ホームで出発する電車を見送り姨捨駅周辺を散策。急斜面の上にある駅から集落を抜けて下まで降りてみる。

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三分咲きの桜が信濃路の遅い春を彩っていた。かなりの急斜面の上に姨捨駅舎が見える。集落の家々は急斜面にへばりつくように建ち並んでいるが、茶の間に居乍らにして善光寺平の絶景が見えるなんて、なんとも贅沢なことである。やがて俳句で有名な長楽寺が見えてきた。ここからはもう姨捨駅ははるか遠くに見える。あまり下まで降りてしまうと、ふたたび駅まで戻るのがたいへんそうなので、テクテクと急斜面を登り始めた。さすがに登りはキツイ。

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姨捨駅を出発した115系電車は羽尾信号場を過ぎて松本へ向かう。冠着(かむりき)を過ぎると電車は山の中を走る。全長約2キロの冠着トンネルや、坂北〜明科間の連続する長いトンネルを抜け、車窓はどんどん寂しくなり、やがて松本に到着した頃は、空もすっかり曇って肌寒い信濃の風が肌を刺した。昼飯を食べ損ねたので鶏肉弁当を購いホームでワシワシと食べていると、オレンジラインの313系中津川行き電車が目の前を通り過ぎていく。このあたりはもう岐阜が近いのだと実感。松本駅構内を散策し、憧れのJR大糸線南小谷行きや、松本電気鉄道を目の当たりにする。また乗りに来るぞ。

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ふたたび篠ノ井線115系に乗り込む。ちょっと疲れが出てうとうとしているうちに、電車は冠着を過ぎてふたたび姨捨駅に到着した。行きとは打って変わってすっかり曇ってしまったので、善光寺平もやや寂しげであった。コートの衿を立ててしなの鉄道に乗り換え上田に戻る。上田でホテルにチェックインした後、荷物を解いてひと休みしてから、上田交通別所線乗り場に向かった。

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春は名のみの

週末を利用して長野の鉄道旅に出かけてきた。いずれゆっくりとルポをアップするとして、今回の鉄道旅は、JR篠ノ井線の姨捨駅でスイッチバックと善光寺平の絶景を堪能、上田電鉄別所線に乗って別所温泉で湯治、というのが主たる目的。上田を拠点にあちこち出かけた二日間だった。
せっかくの春の長野なのでいろいろと美味しいものもあるのだろうが、なにしろ電車に乗るのが忙しいので駅弁と蕎麦しか食べていない(苦笑)それでもやはり信州蕎麦はひと味もふた味も違って美味しかった。あとはスーパーマーケットにふつうにある馬肉コーナー。これも信州らしい。
土曜日は夕方から小雨模様だったが、日曜日は陽気に恵まれてぽかぽかと暖かい日だった。やっぱり電車旅は楽しいなあ。

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春は来ているけど水はまだまだ冷たい(姨捨駅周辺にて)

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遠回りについて考える

あいもかわらず電車のお噂であります(なぜか小沢昭一調)。

いつものようにのんべんだらりと電車を適当に乗り継いで、いつのまにか横須賀線の逗子に来ていたのでありますよ。まったくもう、なんで逗子まで来るかなあ、と内心あきれつつ、、、あきれるったって自分のことなんですが、、、あきれつつも小腹が空いてまいりました。

なにかないかなあ、と駅の売店を物色しておりましたら、ありましたよ「鯵の押し寿司弁当」。なんだかこれが食べたいという気持になりましたなァ。さっそくこれを買いまして、さてこれからあたくしは京急新逗子まで歩きました。すでに陽はとっぷりと暮れ、せっかく逗子まで来たのに海すら見えません。まあ、あたくしは海を見に来たわけじゃありません。電車に乗ってれば楽しいのですから、まったくもう中年鉄オヤジとは困ったものであります。

京急線といえばいまどき珍しい四人掛けクロスシート。あたくしはこのクロスシートというのが好きなんであります。二人掛けの席が向かい合わせになってて、こういう座席は旅情がありますなあ。あたくしもご多聞に漏れず、クロスシートで鯵の押し寿司弁当を広げて、ええ、もちろん隣にはだァれもおりません。かわいいお嬢さんもあだな年増もおりません。むさくるしいオヤジ独りなんでございます。まあそれでもつかのまの行楽気分を満喫、って夜の京急逗子線で行楽も何もないんでありますが。

あたくしはここから金沢八景まで行きまして、ここから横浜新都市交通シーサイドラインに乗ったんでございます。金沢八景からとぼとぼと歩いて、到着したのは実にもう殺風景な駅でありました。シーサイドラインと申しますのは、要するに、あの「ゆりかもめ」、浜松町から海の上を走ってお台場に行く、あの運転手がいない自動運転のアレですなァ。それにしても運転手がいない電車ってのは、ちょっと気持悪いですねェ。まあ鉄オヤジですからなんでもいいんでございます。 

このシーサイドラインというのは、ひたすら海の上や海岸べりを走ります。昼間なら車窓からの眺めもいいのでありましょうが、なにしろ夜です。景色もなにも、あったものじゃあございません。遠くのほうに、赤い灯青い灯がチラチラしておりまして、あそこらへんには楽しい歓楽の巷があるんだろうなあ、なんて俗なことを思いながら、がらーんとした車輌でぼんやりしておりました。

すると、どこかからハモニカの音色が聞こえてきたんでありますよ。車内放送でも、携帯電話の着メロでもありません。ハモニカです。んー? なんだなんだ? あたくしはキョロキョロいたしましたよ。音色の出所は隣の車輌でした。隣の車輌に乗ってるオジサンが、ハモニカをお吹きになっていたんであります。ほかに客はおりません。オジサンひとりです。

齢の頃なら七十前後でしょうか。恰幅の良い、まあ失礼ながら身綺麗なオジサンじゃァ、ありません。といって、浅草や北千住、隅田川の川べりなんかにお暮らしの、街角の紳士でもございません。見たところ、横浜港あたりで長年お働きになって赤銅色に日焼けしたような、ええ、そんな感じのオジサンでございます。

そのオジサンがハモニカを鳴らしていたんでありますよ。それも菅原都々子さんの大ヒット曲、あの『月がとっても青いから』なんであります。驚いたことに前奏から吹いているんであります。「チャンチャカ、チャンチャカ、チャラララランラン、チャンチャカチャンチャンチャン♪」実にこの、お上手なんですなあ、これが。

しばらく思わぬ独演会を楽しんでいたんですが、なにせ電車ですから、駅に停まるたびにオジサンは、いや巨匠は演奏をお止めになるんでございます。やっぱり、誰か同じ車輌に乗り込んできたら、こっ恥ずかしいんでしょうか。それでも時間帯が時間帯ですので巨匠のいる車輌には誰も乗ってきません。電車が発車すると、また演奏会は再開されるんでありますよ。巨匠は律儀にまた前奏から吹き始めるのでありますなあ、これが。

やがて巨匠は途中の駅で、ずだ袋背負ってハモニカをポッケに入れて、巨匠は電車を降りてゆかれました。巨匠の背中は、広くて大きくて、がっしりとしておりました。巨匠の背中に向かって、私は小さく拍手をいたしました。いよっ、巨匠! 

このあと私は『月がとっても青いから』を鼻唄で歌って終点まで乗りました、ハハハ。「月がとっても、青いからァ、遠回りして……私の人生、とっくに遠回りだァ!」というようなお話は、また明日のココロだァ。

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鉄道と私

車輌マニア、寝台車マニア、特急マニア、地下鉄マニア、蒸気機関車マニア、撮影マニア、録音(走行音・アナウンス)マニア、駅舎マニア、線路(廃線含む)マニア、乗車マニア、時刻表マニア、乗車券マニア、鉄道グッズ蒐集マニア、鉄道模型マニア、駅名標示板マニア、駅弁マニア、制服マニア、海外鉄道マニア…世にはさまざまな鉄道マニア(以下、鉄)が存在する。乗車マニアには、JR私鉄全線をすべてに乗ることを目指したり、なかにはすべての駅に降りることを目指すというつわものまでいる。先日はスイッチバックマニアのサイトを発見。ディープな世界だ。

思えば昔から鉄道や踏切が好きな子どもだった。とっくに廃止されてしまった新潟交通電鉄の路面電車にも郷愁を感じる世代だ。あの湘南カラーみたいな緑と黄色の車輌! ちなみに緑とオレンジの湘南カラー車輌も、3/18のダイヤ改正にともない東海道線から姿を消した。

子どもの頃、私は新潟平野の一角に住んでいた。遠くに羽越本線がまっすぐに走っており、夜中に目を覚ますと貨物列車の走る音が遠くから響いてきた。線路は遥か遠くにあるのに、あたりにはただ水田が広がっているだけで音を遮る建物がまったくない。ガタンゴトンというレールの音が、深夜の澄んだ空気を通して真っ暗な部屋のなかまで響いてきた。

北へ向かう貨物列車、南へ向かう貨物列車。あの貨物列車には何が積まれているのだろう。機関士はどこへ向かうのだろう。あの列車に乗れば明日の朝には何処へ着くのだろう。そこにはきっと私のような子どもがいて、朝焼けの信号所を通り過ぎる貨物列車を眺めているのだ。布団のなかの私は暗闇のなかにそんな光景を想像し、ガタンゴトンというレールの響きを聞き乍ら、いつしか眠ってしまうのであった。

私は時刻表を丹念に読んで鉄道に乗るのが好きな、いわゆる「乗り鉄」である。私の鉄行動を分析すると「時刻表を読み、乗車計画を立て、2つ以上の路線に乗ることを厳守し、魅力的な駅舎があれば見物し、余裕があれば駅弁を食べる」という点に集約される。これ以外の事象にはほとんど執着しない。また全国鉄道制覇などということも考えていない。せいぜい関東甲信越の鉄道路線を乗りつぶせばいいや、くらいなものだ。水木しげる風に言えば「なんと中途半端な野望であろう!」

私はローカル路線廃止最終運行だの、○○形車輌最終運行だの、そういうイベントにはほとんど行かないが、それでもときおり目にする一部のバカ鉄の行動にはいつも驚かされる。ローカル線の終焉を思い乍ら、あくまで「鉄的にはふつうに」乗車している人がほとんどだろう。しかしなかには度を越したバカ鉄が必ず存在する。

今回の鹿島鉄道騒ぎでも、撮影するために乗降を繰り返して発車を遅らせたり、どうみてもそこは個人の敷地内だろう、という場所で三脚を構えたりしていた。なかには駅員や乗客に注意されて逆ギレしたりするバカもいる。車輌のなかで三脚を立てるな、そこのバカ鉄! いやはや凄いものである。こういうバカ鉄は心ある鉄から思いきりバカにされている。

鉾田でタイ焼きを焼いていたオバサンは、陸続とやってくる鉄をさばくのに必死の形相だったが、そのオバサンに向かって「いつもより忙しいんですかあ?」「初めて来たんですけど、美味しいですねえ」などと、のんきに話しかけていく鉄には呆れた。オバサン忙しいんだってば。そういうときは黙って買って帰りなさいね。オバサンと会話したかったら廃線が決まる前に来なさいね。ただでさえ鉄は迷惑がられているんだから、静かに整然と乗車しようね。

鹿島鉄道の駅員さんたちも、度を越した鉄を迷惑に感じているのだろう。乗ってくれるのはありがたいけど、もう廃止は決まったことだし、それより沿線住民に迷惑がかかったり、思わぬ事故につながったりしないよう、きっと普段にもまして気を遣っていた。まあそれでも少しでも売り上げは上がるし、最後まで正常運行に努めようとしているのである。廃止の1ヶ月前でこの騒ぎだから、きっと最終運行日(3/31)はたいへんなことになりそうだ。

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オレンジカラーの中央線201系も引退の日が近い…(JR中野駅にて)


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鹿島鉄道風景点描

石岡駅鹿島鉄道ホームの屋根がすばらしい。梁といい屋根板といい木組みの美しさに魅せられる。

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危険物持ち込み禁止の琺瑯看板。火薬、マッチはともかく「揮発油」というところが時代を感じさせる。

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くず入れもこのとおり。ペットボトルなんてものは存在しない。

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待合室のなかにある地元の酒造会社の看板だが、なぜ英文? 外人観光客にアピールしたかったのか。

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高圧2万ボルトはたしかに危険。こんなふうに具体的に書いてあると危険さが肌身に感じられる。科学の時代だったんだなあ。

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鉾田駅はいまでは半分しか機能していないようだ。現在の改札と窓口、事務所部分以外は倉庫になっているようで、正面向かって右側の小屋は、現在は鉄道模型展示ギャラリーになっている。

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駅舎正面右側の自動販売機設置スペースの裏には、かつての切符売場の窓口が隠れていた。二箇所の窓口が往時の賑わいを忍ばせている。

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駅舎じたいは切妻屋根の伝統的な日本建築だが、駅の天井や窓枠、看板に白ペンキが塗られていて、アメリカっぽい感じがする。

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STATION HOKOTA という英文が隠し味。そういえば茨城らしい荒涼とした平原風景も、なんとなくアメリカを思い起こさせる。

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香取乗換銚子行き

香取は成田線と鹿島線が分岐する駅なので、大きな駅を想像していたのだが、なんてことはない無人駅だった。さすがにホームは長大で広々としているが、駅舎は小さな貨車を改造して作られており、それはそれで味のある駅舎だ。

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乗り換え電車を待つ高校生が、ホームのあちこちで本を読んでいる。首都圏やターミナル駅では味わえないローカル線らしい風景に、こちらものんびりしてしまう。

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駅の周辺を30分ほどぶらぶらしているうちに13:43発銚子行きが入線してきた。

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この電車に乗り換えて14:33銚子着。車内に射し込むうららかな午後の陽光が心地よく、いつのまにか眠ってしまい、銚子に着いたら駅員に起されてしまった。

JR銚子駅ホームのはじっこにあるオランダ風車小屋みたいなのが、旅行雑誌などでもお馴染みの銚子電気鉄道乗り場。今日は週末ということもあり、たくさんの乗客が電車の到着を待っていた。

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到着したのは新しいデハ1002形だった。前回乗ったのは古いデハ800形だったのでちょっと残念。だってデハ1002形は床が木じゃないし。

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今日の目的は未乗車の犬吠〜外川間に乗ること。犬吠で多くの乗客が降りたあと、まもなく終点の外川に到着、さっそく駅舎を撮影する。うーん、すばらしいとしか言いようがないなあ。これで目的は達成されたので、すぐに折り返しの銚子行きに乗り込んで外川を後にする。

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ここで気が変わって銚子のひとつ手前の仲ノ町駅で下車し、銚子電鉄直営のぬれ煎餅を買う。時間が停まったような古い古い駅舎のなかに売場があり、そこでぬれ煎餅を買うのだが、駅の売店というよりは老舗の煎餅屋という雰囲気。そもそもここは駅舎というよりはまるで戦前の商家みたい。

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仲ノ町から銚子までの距離はわずか500メートル。歩いて行ける距離だ。JR銚子駅はいつのまにか改装されてきれいになっていたのでつまらない。季節はずれの日暮れどき、銚子駅前は閑散としていて土産物店のオバサンもヒマそうであった。

私はさっさとみどりの窓口で16:38発特急しおさい14号の切符を買い、売店でイシガミのぬれ煎餅とラベルが銚子電鉄のコップ酒を買う。車窓から夕暮れの田園風景を眺め乍ら、ぬれ煎餅をつまにコップ酒を飲み、良い気分でぼんやりする。そして特急しおさい14号は、夕暮れの田園地帯を快調に東京へ向かうのであった。

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JR成田線 香取〜銚子
  ↓
銚子電気鉄道 銚子〜外川
  ↓
JR総武本線 銚子〜東京

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鉾田〜新鉾田経由

10:46に終点の鉾田到着。鉄たちはいっせいにホームに飛び出すと、車輌撮影のために走る、走る、走る! 駅では地元商店街のみなさんが出迎えてくれ、ついでに鉾田の農産物をお土産に手渡してくれる。旅の途中でミズナと漬物用メロンを貰ってしまった(ちなみにミズナは家に帰ってからパスタに散らしてみました。春パスタ)。鉾田駅舎は風格漂う木造で実にすばらしい。

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駅舎のなかにある立喰そば屋では名物タイ焼きを焼いている。せっかくなので私も天ぷらそばを食べ、名物タイ焼きを買って食べる。尻尾までアンコが詰まっている。焼き立てホカホカ、美味。

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タイ焼き担当のオバサンは、後から後からタイ焼きを買いにやってくる鉄の群れをさばくのに必死。気のせいか眉間にしわが寄っているぞ。料理の写真を載せてくれと言われたので撮影してみました。といってもタイ焼きと立ち喰いの天ぷらそばですが…

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石岡から乗って来た鉄の多くは、そのまま折り返しの10:53石岡行きに乗って鉾田を後にした。そして私はこれからどうしたかというと、鉾田市外にある鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の新鉾田まで向かったのである。鹿島鉄道の鉾田駅と鹿島臨海鉄道の新鉾田駅は、徒歩20分以上かかるほど離れているという。地理不案内だし、あまり時間もないので、駅前に停まっていたタクシーに乗った。

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運ちゃんは発車するなり「最近の週末はいっつもこんなんですよ(笑)、ふだんからこんだけ乗ってりゃあ、廃線になることもなかったのにネ(苦笑)」と朴訥な茨城訛りで話し出す。「廃線になると困るでしょう?」「うーん、そんなこともないですよ、今後はバスが走るってことだし、本数も多いそうだからねえ、そんなに困らないよネ、地元は」まあそんなものかも知れないな。

新鉾田までは初乗り料金で着いた。車だとすぐだが確かに歩くとけっこうな距離だ。新鉾田駅は味も素っ気もない高架駅舎。

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水戸からとことことやってきた12:04発1輛編成に乗って終点の鹿島神宮に到着。途中、鹿島サッカースタジアム駅を通過する。ここは鹿島アントラーズのゲームが開催されるときだけの臨時停車駅。

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鹿島神宮でJR成田線12:58発電車に乗り換えて香取へ向かう。

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潮来はいかにも水郷らしく電車は利根川をはじめ幾筋もの河川を渡る。森繁久彌主演の『雨情』(1957東京映画)でも、潮来の水郷風景がふんだんに映し出されていた。

鹿島臨海鉄道 新鉾田
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JR鹿島線鹿島神宮

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鹿島鉄道から

上野8:30発フレッシュひたち9号に乗って茨城へ向かった。常磐線を北へひた走る車内で駅弁を食べ乍ら車窓を眺める……あれ? こないだも同じこと書いたような気が…? 

前回に引き続き、今回もフレッシュひたち9号に乗って茨城へ行ってきた。今回は鹿島鉄道に乗車するためである。ニュースでもご存じのように(鉄道好きしか知らないか)、石岡と鉾田を結ぶ関東私鉄ローカル線の鹿島鉄道が、4月1日をもって廃線になることが決まった。前回乗って来た関東私鉄ローカル線が実に面白かったので、せっかくだから鹿島鉄道にも乗ってみようと思ったのである。

E653系特急フレッシュひたちは全部で5色ある。前回乗った青緑色(グリーンレイク)は霞ヶ浦のイメージで、今回乗った黄色(イエロージョンキルというそうな。ジョンイルじゃないよ)は、海浜公園のスイセンをイメージしているとのこと。あと3色にうまいこと乗れるといいな。

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石岡で降りるとすでに鹿島鉄道発着ホームは予想通り賑わっている様子。はるかに長いJR線のホームのほうが閑散としている。跨線橋を渡って鹿島鉄道発着ホームに降りると、いるわいるわ鉄、鉄、鉄…鉄だらけ。まあ、私もそうだけどネ(苦笑)。いつものように乗りにきたお年寄りたちも、あまりの人の多さに吃驚している。

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オレンジラインのキハ431形とグリーンラインのキハ432形の2輛編成が入線してくると、鉄たちはいっせいに一眼レフやデジカメ、ハンディカムを構えて、撮る、撮る、撮る!

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車内はまるでラッシュアワーのような混雑ぶり、それでも気動車が走り出すとあちこちで撮影が始まる。先頭部分には筋金入りの鉄氏が、まるで獲物を追い詰める猟師のような気魄を放射し乍ら、始発から終点までビデオ撮影に没頭していた。もうひとりの鉄氏は先頭部分にどっかと座り込み、終点まで腕組みをし乍ら微動だにせず前方を見つめていた。きっと万感胸に迫るものがあるのだろう。

それにしてもなんと郷愁に満ち満ちた車輌だろう。1957年東急車輌製造というから当然か。なんといっても網棚が正真正銘の網。

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懐かしい木の床で、子どもの頃にタイムスリップしたような気がする。

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天井を見上げれば、かわいい扇風機が乗客を見下ろしている。

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全体的にこじんまりとした、なんともかわいらしい車輌ではないか。

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2輛編成気動車は常陸小川を過ぎると霞ヶ浦の岸辺を走る。初めて霞ヶ浦を見たけど大河のような大きさ。

鉄のみなさんはいろいろと都合があるらしく、途中駅で乗ったり降りたり忙しそうだ。よく見るとみんな「鹿島鉄道一日乗車券」を手にしている。この点、私はインチキ鉄なので、石岡から鉾田までの片道切符でただただ終点まで乗るだけである。

線路沿いのあちこちには大量の鉄が撮影のために待機しており、線路沿いの田んぼの畦や踏切附近に、カメラと三脚の花が咲き誇っていた。

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JR常磐線 上野〜石岡
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鹿島鉄道 石岡〜鉾田

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鉄の伝承

電車に父親と小学校低学年の男の子が乗っていた。父親は年季の入った鉄で「ナントカ形のデザインが変更されちゃったのはつまらないね」と息子に語りかけている。鉄道好きの息子(まあ男の子はたいてい乗り物好きだが)は、専門用語がよくわからないようで「ナントカって? 何それ?」と父親に問い返す。父親は「車輌の前にある○○の部分が変更されちゃったんだよ」息子はますます???という表情。会話はこれでおしまい。

私はこの光景を見て思った。いまここで親から子へ鉄の伝承が行なわれている。子どもには専門用語など理解できない。それでも父親が発した「ナントカ形」「○○の部分」という言葉は記憶に残る。そしていつの日か、父親から聞いたあの言葉の意味がわかる日がくるのだ。

高校生の頃、私は数学が苦手だった。数学は嫌いではない。ただ時間内にこの問題を解く、というテクニックがなく、いつも赤点ばかり取っていた。ある日、数学の教師が「これは余談ですが…」と前置きして、ある証明問題を黒板に書き始めた。なんだかよくわからない高等数学の証明問題なので、みなポカンとして黒板を眺めている。そして教師は証明を終えると呟いた。「とても、美しい証明ですね…」

数学の証明が美しい、と感じられる教師の感性に、私は少なからず衝撃を受けた。わたしにはなんだかわからないものが世の中にはたくさんあり、そういうものを美しいと感じられる人がこの世にいると、知った瞬間であった。まあ、これで私が数学の成績があがったかというと、そんなことはなかったのだが…

ここには教育の原点があると思う。子どもに対して、すべてをわかりやすく教えることはしなくてもいい。わからないものはわからないし、わかる年齢、わかる時期というのがある。だから子どもに対して専門用語を駆使してでも言葉を浴びせかければいい。「難しいことをわかりやすく説明することはできない。難しいものはやはり難しいのである」という養老孟司の言葉どおり、人はなんでもわかろうとすると破綻するのである。換言すれば「人はなんでもわからせようとするから破綻する」とも言える。

いつの日か、この子は将来りっぱな鉄に成長するだろう。そして鉄の遺伝子は脈々と受け継がれてゆくのである。

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関東地方ローカル線の旅(3)

那珂湊から勝田に戻り、常磐線に乗り換えて友部から水戸線で下館まで行き、さらに関東鉄道常総線に乗り換えて終点の取手へ向かう。このまま勝田から常磐線に乗っていれば取手に着くのだが、敢えて関東鉄道常総線を完乗、つまり友部から西南方面にぐるっと迂回して常磐線に合流するというコースである。

さすがに疲れが出たようで、うとうとしているうちに電車は友部から水戸線に入り、ふと気がつくとあたりの景色は山里に変わっていた。このまま乗っていれば小山から佐野を経て、両毛線に接続して桐生、前橋、高崎に着く。いっそのこと小山で両毛線に乗り換えて佐野まで行き、佐野から東武佐野線終点の葛生まで行き、折り返して館林から久喜に出て、そのまま東武伊勢崎線で都心に戻ろうかとも考えた。または下館から真岡鐵道に乗るのもいいかなあ、とも考えたが、今日は初志貫徹ということにして、真岡鐵道は次回に譲ることとした。

下館で降りて、これまた駅のはじっこにある関東鉄道常総線乗り場に向かうと、新型車輌のキハ2200形がちんまりと短いホームに停まっていた。ここから一両編成の気動車に乗り終点の取手まで1時間半の旅だ。とはいえ下館〜水海道までは単線だが、水海道〜取手間が複線化されている。直通運転もあるが多くは水海道で車輌交換が行なわれ乗客も乗り換える。

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下館を出て太田郷、黒子、騰波ノ江を経て水海道で取手行きに乗り換えるが、ここで特筆すべきは騰波ノ江の駅舎だ。あまりの古さに風格すら漂っていて壮観。駅に停車したときにあまりの素晴らしさに呆然としてしまい、走り出した車窓から慌てて撮影したので変なアングルになっているが、その素晴らしさがお分かりになるだろうか? 調べてみたら1926年開業時の駅舎がほとんどそのまま残されているとのこと。さすが関東の駅百選に選ばれているだけのことはある。いやあこれだけでもわざわざ迂回しただけの価値はあった。

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このあたりからキハ2200形は平坦な関東平野をひた走る。下妻、水海道を過ぎて守谷のあたりから駅舎も立派になってゆく。下妻で上りと下りがすれ違う。駅舎も格段に立派?で乗降客も比較的多い。

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水海道で2両編成に乗り換えふたたび取手に向かって走り出す。守谷は首都圏新都市鉄道(つくばエクスプレス)との乗り換え駅なので立派だった。戸頭あたりから周囲の風景も住宅街に変わってゆく。下館〜水海道間は駅も沿線風景もローカル色濃厚だが、水海道〜取手間は新興住宅地が目立つ。やがてキハ2200形は終点の取手に到着し常磐線に乗り換える。おお、ホームの端には東京メトロ千代田線代々木上原行きが停まっているではないか。ここはもう東京への通勤圏なのでローカル気分はきれいさっぱり無くなった。常磐線で金町まで行きここで京成金町線に乗り換える。

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京成金町線は京成金町、柴又、京成高砂のわずか3駅しかない短い路線。京成高砂で京成押上線に乗り換え、地下鉄を乗り継いで帰宅。最寄りの駅に降りたときにはちょうど午後の7時過ぎ。所要12時間の関東地方ローカル線の旅でありました。(完)

★今回乗りつぶした路線
JR常磐線 上野〜勝田  茨城交通湊線 勝田〜阿字ケ浦
JR水戸線 友部〜下館  関東鉄道常総線 下館〜取手
京成金町線 京成金町〜京成高砂

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関東地方ローカル線の旅(2)

那珂湊を発車した気動車は殿山、平磯、磯崎を経て終点の阿字ヶ浦に到着。終点の阿字ヶ浦は静かな駅。いい具合に古ぼけてなんともいえぬ味わいがある。

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とはいえ阿字ヶ浦で降りてもすることはない。ちょっと歩けば砂浜があって、夏は海水浴客で賑わうそうだが、めんどくさいから行かない。ホームのはじっこに古ぼけた車輌が放置されていた。海水浴シーズンには更衣室になるらしい…ここで着替えるのか?

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ここで鉄オヤジたちは全員下車し、海岸に上陸した某国特殊工作員のように、それぞれ迅速に行動を開始した。気動車の写真を撮りまくる、ホーム周辺の写真を撮りまくる、駅舎の隅から隅まで写真を撮りまくる、何やらを熱心にメモする、足早に海の方向へ去って行く……車内でも異様な熱意を発散していた小太りの鉄氏がいたが、彼は見た目にも顔を紅潮させ、せわしなく木造駅舎の写真を撮りまくり、放置車輌を撮りまくり、何を思ったか突然走り出して林の奥に消えていった。きっと特別任務をおびているのだろう。そして暫くのあいだゆっくりとした時間が流れ、発車時刻が近づいてくると、特殊工作員はひとり残らず阿字ヶ浦駅に戻ってくるのであった。

10:44に阿字ヶ浦を発車した気動車は那珂湊に到着。ここで降りてまずは駅舎探訪。古い木造の建物で屋根が高くて広々とした良い駅舎である。

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ここは湊線のターミナル駅(といってもささやかだが)なので、他の駅に比べて駅前は格段に賑わっている。かつては貨物線の停まる駅だったのか、ホームも天井が高く開放感が感じられる。なんとなく台湾鉄道の駅を彷彿とさせるが、戦前の駅というのはこんな感じだったのだろうか。

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裏通りを歩いて暫く行くと海が見えてきた。魚市場があって観光客で賑わっており、観光バスも停まっていた。市場らしい大量の海産物を眺めているうちに腹が減ってきた。そろそろここらで昼飯にしようと、適当な食堂に入って刺身定食を食べる。マグロ、スズキ、アジ、イカなどの刺身がテンコ盛り、大振りのお椀にアサリたっぷりの潮汁がついて、これで1500円は絶対に安い。しかも美味しい。お腹いっぱいである。

満足して那珂湊駅に戻り、窓口で記念乗車券と復刻版時刻表、茨城交通チョロQ、そして駅名キーホルダーを購入。駅名キーホルダーは『殿山』にした。もちろん私が敬愛する役者、殿山泰司にあやかってのことである。ふつうは那珂湊あたりにするのだろうけどね。ウチの近所で茨城交通駅名キーホルダー、しかも『殿山』を持っているやつは、それほど多くはいないだろう。

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それにしても茨城交通湊線は相当なローカル線である。最新型のキハ3710形には車内の電子掲示板で次の駅名を表示させる機能がついている。ところが阿字ヶ浦から折り返してきた勝田行き上り電車に乗ったら、駅名表示の切り替えを忘れていたようで、下り電車の駅名表示順のままになっていた。運転手も忘れているが乗客も誰ひとり気にしてない。ということはあってもなくてもいいのである。

阿字ヶ浦の乗車券売場でこんな貼紙を発見した。新千円札が使えないのはご愛嬌だが、新500円玉が使えないのはさすがに珍しいかも。しかも乗務員に申し出れば旧札に交換してくれるそうだ。さすがに今じゃそんなことはないだろうが吃驚である。

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殿山を過ぎて那珂湊に近づくと線路は大きくカーブするので気動車は徐行運転になる。突然視界に白いものが横切った。よく見ると、白い猫が徐行運転の気動車を追い抜いて、線路を横切って隣の家の露地に消えていった。徐行運転にもほどがある。ついでにいえば車内にゴミ箱が設置されていた。まったくローカル線にもほどがある(笑)

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茨城交通湊線は主力車輌のキハ3710形が走っているが、たまにキハ22形を走らせて鉄道ファンにアピールしている。かつてはあちこちの路線から、払い下げになったキハ20形気動車をかき集めていたそうだが、さすがにいまではそれもままならず、新製車輌のキハ3710形が主力になっている。それでも駅舎といい沿線風景といい、典型的なローカル線の雰囲気が濃密な茨城交通湊線であった。(まだ続く)

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関東地方ローカル線の旅(1)

上野8:30発フレッシュひたち9号に乗って茨城へ向かった。

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常磐線を北へひた走る車内で駅弁を食べ乍ら車窓を眺める。柏、土浦、石岡、友部、水戸を経て終点の勝田に到着するのだが、2月24日から3月17日の土曜と休日は、梅林で有名な偕楽園に臨時停車することになっていて、時刻表にも(臨)と書いてある。この列車もちゃんと偕楽園に臨時停車してほとんどの乗客が降りていった。次の水戸でも人が降りてゆき、どうやら勝田までの乗客はほんのわずからしい。

で、私は勝田まで何をしに来たのかというと、勝田と阿字ヶ浦を結ぶ、超ローカル線の茨城交通湊線に乗りに来たのである。なにしろあまりの赤字路線なので、近いうちに廃線となる可能性濃厚と噂されているくらいだ。

フレッシュひたち9号の勝田駅到着予定時刻は9:57なのだが、今日は偕楽園に臨時停車するため、結局10:00になってしまった。茨城交通湊線は10:00発車なので当然間に合わない。しょうがないからまずは乗り場を確認しようと、駅のはじっこにある湊線乗り場を目指す。跨線橋を渡って1番ホームに降りると目の前に小さな小さな小屋があった。これが湊線の改札。そして更に視線を伸ばすと、なんとキハ3710形が停車しており、しかも駅員が私に向かって手を振っているではないか。
「乗るんでしょ? もう出ますから早く乗ってください!」
慌てて駆け足で改札を抜けて、ホームに停まっている1両きりのキハ3710形に飛び乗った。まさか見透かされているとは…ああ吃驚した。

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冷静に考えてみると、いつもなら乗り換えができる時間があるのに、いまは臨時ダイヤなのでギリギリになる。しかしこのローカル線を目指してくる酔狂な客は必ずいるので、駅員もそれなりに注意して観察しているということか。少しくらい運行が遅れてもどうってことないし、1人でも多く旅客運賃を稼ぐにこしたことはないのだろう。それにしてものっけから妙なことになってしまった(苦笑)。

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落ちついて車内を見渡すと私以外に10人ほどの客が乗っている。しかもよくよく見ると地元感が希薄で、すぐに(ああ、こいつらみんな鉄だな…)と納得。全員が男性でしかも若者はひとりもいなくて、みんな40代以上のオジサンばっかりだ。揃ってジャンパーにリュックサック、ウォーキングシューズを履いてデジカメや一眼レフを隠し持っている。せっかくの休みだというのに他に行くところはないのかね? しかも走行中の車輌をウロウロし、写真を撮りまくり、時刻表を眺め何やらメモをしている。まったくもって笑止千万。

70歳オーバーと思われるジイサンがいたので、このジイサンは沿線住民かな?と思っていたら、おもむろにリュックから鉄道マニアの必需品『JTB時刻表』(しかも大判)を取り出した。鉄ジジイだっ!  ひとりだけ沿線住民らしい若い女の子がいたが、もう慣れっこになっているようで、車内の鉄オヤジの群れを完全に無視していた。

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全員が進行方向を向いていることに注目(笑)

勝田を出発した気動車(ディーゼルカー)はすぐに日工前に停車する。駅舎というにはあんまりな仮小屋があるだけの駅。日工前はもともと日立工機の工場で働く従業員のための駅。JR鶴見線の海芝浦駅みたいなもんだな。当然今日ここで乗降する客は皆無。だいたい歩いても行ける距離だし。 気動車は日工前を過ぎて金上、中根を経て那珂湊に着き、すれ違いのために気動車はここで数分間停車する。那珂湊は上りと下りがすれ違う複線区間で、駅もちゃんとしていて興味深い。後で降りてみよう。停車中にホームから車輌区を眺めると、ふるぼけた車輌数台が停まっていた。もう現役を退いてスクラップ目前の車輌もある。壮観。(続く)

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2007年西武の旅

『西武新宿線〜西武拝島線乗りつぶしプロジェクト』を実行すべく南武線で立川へ向かう。登戸の駅舎は建て直されてすっかりきれいになってしまったが、中野島、稲田堤はあいかわらずショボい駅舎のまま。しかし油断は禁物、どこのローカル線かと見まごうばかりのだった矢野口の駅舎は、いつのまにか高架線の駅舎に建て直されてしまった。いよいよJRも南武線に金をかける気になったのか。

立川で青梅線に乗り換えて拝島で降りる。拝島にはJR青梅線、五日市線、八高線と西武新宿線が乗り入れている。乗り換えがよくわからないので、いったんJRの改札を出て、パスネットで西武線改札から入り直す。西武新宿行き急行が発車するまで時間があったので、北口の西武線改札のあたりまで行ってみた。

「あのよお、拝島まで来たんだけどさ、うん、いま寂しいほうの改札にいるよ、こっちでいいんだよなあ、寂しいほうの改札」推定身長190センチ、推定体重100キロはありそうな、みるからに健康的なオジサンが、あたりに響き渡るデカい声で寂しいほう、寂しいほうと連呼していた。たしかに“寂しい駅前”であることはまちがいない。

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西武新宿行き急行に乗って拝島を後にする。西武電車は途中から玉川上水と平行して走り、なんともいい感じの雑木林も雰囲気だ。雲ひとつない晴天で車窓から秩父山系がよく見える。それにしても西武線はなんとも複雑に交錯している。たとえば途中駅の小川には西武拝島線、西武国分寺線が乗り入れているが、拝島から発車する西武新宿行きも乗り入れている。路線図をみる度になんとも複雑なものであるなあと思う。

小川を過ぎて小平で西武新宿線本川越行き(下り)に乗り換える。さすが下り電車なので車内はガラガラ。所沢、新所沢を過ぎるとだんだん車窓から見えるのも田園風景になってくる。近くの座席では喪服のオニイチャンとオネエチャンがさっきから話し続けている。どうやら今日は葬儀に参列するために都内から川越くんだりまで来たらしい。いい天気だというのにごくろうなことだ。もっとも人の生き死になんてのはいつだって突然。

正午過ぎに終点の本川越到着。西武線の本川越駅とJRの川越駅はけっこう離れていて徒歩で10分くらいかかる。川越という街は蔵の街なんだそうだが、私は蔵を見に来たわけではないのでJR川越駅までだらだらと歩く。途中で三連休で天候にも恵まれたせいか年輩の夫婦連れや仲良しグループとたくさんすれ違った。

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八高線や東武電車が走って行くのを眺め乍らふたたび本川越に戻り、始発の西武新宿行き急行電車に乗る。電車はふたたび小平に戻り(戻ってるのは私だが)上石神井、鷺ノ宮を経て西武新宿駅に滑り込んだ。これでめでたく『西武新宿線〜西武拝島線乗りつぶしプロジェクト』終了である。川越滞在時間も含めて所要時間4時間の大プロジェクトでありました。

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中年は西武をめざす

今日はひさびさにさっさと職場を後にして早めに帰宅。部屋で静かに珈琲を飲み乍ら、戯れに首都圏の鉄道路線図を眺めているうちに、いままで乗車した路線を塗りつぶし始めたところ、東京〜神奈川のJRと私鉄各線の8割くらいは乗車していることが判明した。

JRでは鶴見線と青梅線の一部区間が未乗車。意外な盲点としてJR根岸線の新杉田から大船間が未乗車だった。それから五日市線、御殿場線の全区間、常磐線の金町までだが、これらもまあぼちぼちと乗りつぶしていこう。ほかにも忘れているのがあるかもしれないが、それにしてもけっこう乗っているものだなあ。

鶴見線といえば本線の安善からわずかひと駅の大川につながる支線区間が未乗車。なにしろ大川行き電車は、鶴見発8:26の次は16:58発までまったくないのだ。歩いていける距離なのだけれどいつか乗ってみよう。

私鉄では東急こどもの国線、京王高尾線、京王競馬場線、京急本線、京急逗子線、相鉄本線、相鉄いずみ野線、江ノ島電鉄の一部区間。それから湘南モノレールと横浜新都市交通、伊豆箱根鉄道大雄山線、箱根登山鉄道全区間だ。まあこのへんもそのうち乗りつぶしておけばいい。

ところで問題は西武線と東武線だ。西武線では西武新宿線、西武拝島線、西武秩父線、西武園線、西武豊島線、西武多摩川線に乗っていない。東武線では東武東上線のときわ台から先と東武越生線、東武大師線に乗っていない。やはり用がないのといつでも乗れるのにきっかけがない、というのが理由だ。

それを言うならその他の鉄道路線も同じではないか、というツッコミを入れられそうである(誰に?) 埼玉地域に足を踏み入れる用がない、と言ったところで、東京・神奈川地域の鉄道を乗りつぶすことに用がある、というわけでもないから、ただ単純に行動半径外ということなのだろう。

いま計画しているのは『西武新宿線〜西武拝島線乗りつぶしプロジェクト』。最寄りの南武線に乗って立川へ行き、立川から青梅線で拝島へ出る。拝島を降り出しに西武拝島線で小平へ向かい、小平から西武新宿線に乗り換えて終点の本川越へ行く。そのまま本川越から西武新宿駅に戻ればよいのだ。

今週末は連休なので天候と体調がよければちょっくら出かけてみようと思っている。

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東武東上線沿線

今日は東武東上線に乗って板橋区に行ってきた、といっても駅舎見物が目的(笑)

私は上京してからもう20年以上たつが東武線という路線に縁がない。だいたい移り住んできた街が東京の南西部地区と横浜近辺だったので、東京の北東部にはあまり足を踏み入れる機会がなく、そのへんに住んでいる知り合いもいなかった。

西武線もずっと縁がなかったのだが、沿線に住む友人と知り合ったのがきっかけで割と乗るようになった。しかし東武線だけは依然として未知の領域。池袋に行くことはよくあったのに、そこから東武東上線の改札を通る…ということにはならなかった。というわけで今日は生涯初の東武東上線乗車。

ときわ台駅は昭和10年開業というから人間でいえば72歳。長嶋茂雄と同い年だ。

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この駅舎と駅前は、なんとなく昭和モダニズムの匂いがする。円形の駅前広場から放射状に道が伸びているあたりが、いかにも戦前に開発された分譲地といった風情。ま、写真でみると「GAME」の看板が雰囲気ぶち壊しだが(笑)  

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屋根の瀟洒な青瓦がオシャレ。

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こちらはホーム側から見たところ。

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券売機附近もよく見ればもとの木枠がそのまま残されている。

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駅舎も木造なのに外壁はレンガ積みだし、屋根を支える庇のアールデコっぽいデザインもオシャレだ。

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ついでに北池袋駅にも降りてみた。この駅は昭和9年開業だからときわ台より1年古い。よく見ると屋根が見える。

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だいたいターミナル駅のひとつ手前という駅は影が薄い。例えば小田急線の南新宿駅。新宿から歩いてすぐなのでここで乗降する客は附近の住民しかいない。

この北池袋駅も同様で、ホームも凄まじく日に焼けて荒んだ感じがする。駅前の木陰に埋もれて石碑が建っていたので、近づいてみたら『北池袋駅開業記念碑』と刻んであった。

それにしても冬の夕方というシチュエーションも相俟って、なんとももの寂しい北池袋駅前でありました。

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長野 ⇒ 東京

早朝の長野駅から軽井沢へ向かう。早朝の長野はさすがにキリリと寒い。千曲川さんは「今年は暖かいです」と言っていたがやはり他県の人間としては寒い。

7:02長野発しなの鉄道小諸行きに乗り、長野駅で買ったサンドイッチを食べる。正月早朝のしなの鉄道だがそれなりに乗客はいる。昨年は車窓から雪景色が見えたのだが、今年は雪などほとんど積もっていない。

安茂里、川中島、今井、篠ノ井、屋代、戸倉、坂城…すっかり耳に馴染んだ駅名だ。列車は8:02に小諸に着き8:10発軽井沢行きに乗り換える。このあたりからは御代田、信濃追分、北軽井沢と冬枯れの高原風景が続く。

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8:34軽井沢着。シーズンオフの軽井沢駅前は早朝であり閑散として寂しいことこのうえない。さすがに軽井沢まで来ると寒さもひとしお。橋上駅舎のデッキから眺めると山々はところどころ白くなっている。それでも雪は少ない。

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かつて軽井沢〜横川間は信越本線が走っていたのだが、長野新幹線開業のともない在来線は廃止されてしまった。今はJRバスが軽井沢〜横川間を運行している。なかなか来ないバスを待っているあいだに身体が凍えきってしまうが、ようやくやって来たバスに乗り込んで座席に座ってほっとひといき。

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バスは9:10に定刻発車。碓氷峠をくねくねと曲がって越える。群馬県側に出ると晴れ間が見えてきてあっという間に晴天になった。途中、女性客が「あー、サルがいる!」と歓声をあげる。見ると待避所に停車した車の周りにニホンザルが群がっていて、運転手が車に乗ったまま餌を与えていた。

「あんなことするからサルが人里にまでやってくるんだよ、サルにとってもよくないことなので、ああいうことはしないでくださいね」バスの運転手はさも迷惑だというように乗客に向けてアナウンスをした。

バスは峠を降り定刻より早くJR横川駅に着いたので、高崎行きが出るまで十数分の余裕ができた。そして横川に来たら峠の釜めしを買わねばならぬ。「釜めし釜めし」と叫び乍ら意気揚々と閑散としたホームの端に行ってみると、みごとに軽井沢方面のレールが撤去されており、かつての信越本線横川駅がただの盲腸線の終着駅になっていた。哀れなものである。それでも峠の釜めし元祖おぎのや本舗はしっかりと釜めしを売ってくれた。早い時間だったせいか詰めたてホカホカであった。

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ひさしぶりに来た横川駅舎は木造の柱や梁が鄙びた感じで雰囲気満点。9:55横川発信越本線高崎行きに乗り発車してから釜めしを食べる。ホカホカなので実に美味しい。西松井田、松井田、磯部、安中と過ぎて乗客が少しづつ増えてくる。高崎に遊びにいくのだろう、典型的な北関東のヤンキー少年たちは元気いっぱい。

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10:26高崎着。ここで10:34高崎発八高線高麗川行きに乗り換える。さすがに疲れが出て倉賀野、北藤岡を過ぎたあたりからうとうとと眠り、目がさめると小川の手前だった。このへんは東武東上線が走っているため東京に近づいてきた気分になる。

11:58高麗川着。さらにこのへんまで来ると東武越生線、JR川越線が走っているので旅情もすっかり薄れてしまう。12:09高麗川発八高線八王子行きが入線してきたときは決定的。八王子……すっかり日常に戻ってしまった。

高麗川〜東飯能間は単線が雑木林のなかを走る。なかなか良い雰囲気。12:15東飯能着。ここから西武線を乗り継ぎ友人宅へ向かう。それにしても西武線は錯綜していてまごついてしまう。乗り馴れていないせいもあるのだろうが、どの列車にどこで乗り換えたらいいのかよくわからない。旅先で聞く駅名よりも都内なのに耳馴染まない駅名。東武線とともに西武線は私にとって未知なる路線だ。


……鉄道は私に、「移動」という冒険をさせてくれます。しかしそれは全く先の見えない冒険ではない。行きつく先は絶対に駅で、走るのは絶対に線路の上。知らない駅から鉄道に乗る度に覚える、「冒険をしているのだ」という不安感と、駅と線路とが必ず与えてくれる安心感。両者を同時に得ることができるが故に、鉄道は魅力的なのです。(中略)鉄道は全てを自由にさせてくれるわけではありません。ダイヤは決まっているので、車のようにいつでも出発できるわけではない。レールの上しか走れないし、駅でしか乗降することができない。鉄道側に決められたことには乗る側が絶対に従わなければならないところも、「何でも自由」な今を生きる者にとってはかえって新鮮……(酒井順子『女子と鉄道』)

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今回も昨年に引き続きローカル線乗り継ぎの独り旅だった。ローカル線に乗るのは楽しい、各駅停車は楽しい、ということを改めて感じた独り旅。酒井氏の書くように私が鉄道に求めるものは“安心感”なんだろう。

かつて少年だった頃、私は“自由”に憧れていた。親からも家からも田舎からも遠く離れて、何でも独りでやって生きていくことに憧れていた。しばらくのあいだ独りで“自由”に生きてきたつもりだったが、最近はいささか“自由”に疲れてきたのかもしれない。これが“老い”というものであろうか。

私が車に乗らない(たまに運転はするが)のは、どこに行くのも自分で運転しなければならないのが面倒くさいからでもある。そのかわり鉄道は乗れば必ず目的地に行ける。そのうえ乗り換えという“自由”もある。“決められたレール”などというとマイナスイメージに偏りがちだが、決められたレール以外の人生を生きることは、強靱な意志が不可欠なので、私のようなイイカゲンな人間にとっては、かえってローカル線に揺られているほうがいいのかもしれない。

土日にもうひとつ休みをつけ足して三日もあればそれなりに独り旅が楽しめる。私は“鉄”でいえば“乗り鉄”のようなものなので、列車に乗っていればそれで満足。時刻表をひねくりまわして乗り換えや接続を調べ、それが正しいことを確認してニンマリしている独り旅。

リュックサックを網棚に乗せ、クロスシートに身を沈め、コップ酒をちびちび飲み乍らぼんやりと車窓を眺める快楽。私にとってはそれで満足、満足。同行者も話相手もいないけど、そういうことを犠牲にしてこその独り旅……単なるひとづきあいの苦手な偏屈オヤジだナ(苦笑)


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柏崎 ⇒ 長野

「今年は雪が無いからスキー場もたいへんだろうねえ、どちらまで行きなさるの? 長野! あらー、あたしも連れてってほしいわあ(笑)、毎年戸隠に行くんですよ、友だちがいるからね……昨日は天気悪かったけど今日は晴れ間があるからよかった、昨日乗られたお客さん、老夫婦でいらしたけど、半日貸しきりで柏崎近辺を案内してくれってんですよ、観光案内は慣れてるんだけど、それでも半日も狭い車のなかであそこはどうだここはどうだっても、いやあくたびれてねえ(笑)、正月だからあちこちの施設が休みなんですよ、まあそれでも喜んでくれたようでよかったですけどね……『柏崎トルコ文化村』ですか? ああ、あれは潰れました、だいたいあんなもんやってけるわけないですよ、あんときの市長がバカだったんだね、無駄なもん作ってさあ(笑)

青海川駅前でオバチャンに礼を言ってタクシーを降りた。駅前といってもふるぼけた電話ボックスがあるだけであとはなーんにも無い。当然だが無人駅で、しかも正月の午後という時間帯のせいか誰もいない。 青海川駅の柏崎方面行きホームは海岸の真上にある。海に注ぐ細い川が谷間になって両側は高い崖になっていて、その川に沿って十数軒の民家が、谷間の底に沈み込むように並んでいる。はるか上には赤い橋桁の大きな鉄橋がかかっていて、主要幹線道路となっているようだ。このあたりまで降りてくるのは、ほとんどがこの家々の住民なのであろう。

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乗降客のほとんどは最寄りの住民で、夏には海水浴客と釣り人、それ以外は鉄ちゃんと、そして私のようなローカル線好きだと思われる。待合室を兼ねた駅舎からホームに出て、感動するくらい古ぼけた跨線橋を渡って柏崎方面ホームに降りる。曇天、みぞれ混じりの小雨、シベリアから吹いてくる耳の切れそうな寒風、日本海の荒波の飛沫が塩っぱい。いま青海川駅にいるのは私ひとりきり。ホームの端から端まで思う存分歩き回り青海川駅を堪能する。

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ホームの端から線路沿いに下り、海岸べりを歩き崖の下で冬の日本海を眺めていると、風に乗って子どもの笑い声が聞こえてきたのでギョッとする。慌てて辺りを見回しても誰もいない。ただ荒涼とした風景が広がっているだけ。また聞こえる。だんだん近づいてくる。さては妖怪「児泣き爺」か、と思ってキョロキョロしていると、崖の上から降りてくる細い道があるようで、若い父親と幼い女の子がふたりの姿が見えてきた。きっと谷間の家の住民なのだろう。

しかし田舎の子どもというのは純朴なものである。リュックを背負った怪しい中年オヤジを見つけたふたりは、元気良く「おじちゃん、こんにちわ!」と満面の笑顔で挨拶をしてくれた。後ろで若い父親が照れくさそうに俯いている。私も笑顔で「こんにちわ!」と挨拶を返す。この寒風のなか幼い女の子ふたりは元気良くスキップしながら去って行った。

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さすがに寒さに嫌気がさしてきた頃、ようやく入線してきた15:27青海川発信越本線直江津行きに乗る。土底浜、犀潟あたりから晴れてきて柔らかい西日が射してきた。なかなか奇蹟的な光景である。なにしろ冬の新潟だからね。16:02直江津着。長野行きに乗り換えるまで30分ほど時間があるので、名物の鱈めしを買おうと弁当売場を探す。夕方なので駅弁も残り少なくなっていて、見るからに旅行者である私を見つけた売り子のおばちゃんは「鱈めしはこれが最後ですよー」と迫る。もちろん購入。

16:38直江津発。高田、新井と名だたる豪雪地帯も駅の周りにほとんど雪が無い。今年は暖冬なんだなあ。といっても油断は禁物。旧正月から二月にかけて雪は突然降り始めるのである。車窓はだんだん暗くなっていく。そして今日ふたつめの目的地であるニ本木に17:12到着。暗闇のなか列車はゆっくりと停車し「ゴットン!」と車体を震わせてから逆方向に戻りはじめる。

おお、スイッチバックだ! いまや数少ないスイッチバックの駅がここニ本木なのだ。いやあスイッチバックっていいなあ、ワクワクするなあ。願わくは夜ではなく昼間に通りたかった。次回の宿題としよう。満足して鱈めしの包みを開いて食べる。甘辛く煮付けた鱈の干物、焼き鱈子、きりきりと辛いわさび漬けがアクセントになって実に美味しい駅弁。

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妙高高原を過ぎて列車は長野県に入る。黒姫、古間、牟礼、豊野、三才、北長野を経て列車は18:17長野着。ビジネスホテルに荷物を放り込み、千曲川さんと落ち合って新年会。宴たけなわの真っ最中に「ながでん(長野電鉄)……乗りますか?」というので、勘定もそこそこに夜の長野電鉄に乗りに行く。なにも夜まで電車に乗るこたあない…それでも桐原の駅舎がすばらしく古ぼけていて大満足だった。

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新潟 ⇒ 柏崎

午前中に新潟駅到着。新潟市は政令指定都市に昇格したので、市民が慣れ親しんだこの駅舎も建て替えるという話である。それにしても、なりふりかまわぬ市町村合併で政令指定都市になっても、行政区の半分が田んぼじゃねえか(笑)わが故郷乍らバカじゃないの、と思ってしまう。もちろん地元民も同じだ。忠犬タマ公(県民でも知る人は少ない)の像もまた別な場所に移されているが、まあそんなことはどうでもいい。

11:40発越後線吉田行きに乗車して吉田へ向かう。越後線は新潟市の下町をのろのろと走る。最初は海岸に近い地域を走るので、沿線風景は砂地と松林と下町。私が小学生の頃、北朝鮮の拉致工作員はこのへんに出没していたのだ。新潟で買った鮭の焼漬弁当を食べようと思うが、この列車はロングシートなので食べにくい。しかも白山、関屋、小針、寺尾といった住宅地を通るので、私以外は年始回りの乗客がほとんどのようだ。しかたないから吉田で乗り換えたあとにしようと思う。

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12:31に吉田着。ここは東三条と弥彦を結ぶ弥彦線の乗り換え駅で、競輪開催日と年末年始の弥彦神社参詣でそれなりに重要な路線。この列車は吉田止まりなので柏崎行きに乗り換える。向い側の番線に停車している12:38柏崎行き列車はクロスシートだった。乗客もまばらな列車のなかで鮭の焼漬弁当を食べる。美味。妙法寺、出雲崎、小木ノ城あたりから車窓の風景がどんどん鄙びてくる。このあたりは海沿いであり乍ら里山の風情が漂っている。礼拝(らいはい)という駅があるのだが、この駅名を聞くたびに敬虔な信者が祈っている姿が浮ぶ。

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冬の新潟らしい曇天のもと列車は凄絶な冬枯れの景色のなかを走る。13:45柏崎着。

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柏崎は母の実家があった街で、祖母が亡くなったときに訪れて以来である。といっても私がまだ小学校にもあがっていない頃なのでほとんど記憶はない。とりあえず閑散とした冬枯れの柏崎駅前を散策。そういえば柏崎トルコ文化村はどうなったんだろう。

柏崎トルコ文化村は新潟ロシア村(すでに閉鎖)と並ぶ新潟へっぽこテーマパーク。同郷の友人によれば「まだ潰れたとは聞いてないから、あるんじゃないですか?」ということだ。そんなことを考え乍らうろうろしていたら、中近東の顔だちをした男性が乳飲み子を抱いた日本人の女性といっしょに歩いていた。おお、柏崎にトルコ人がいる! ということは…まだ柏崎トルコ文化村は存続しているのか? 

今日の目的地のひとつは柏崎から信越本線でふたつめの駅・青海川である。ここは“日本一、海に近い駅”として有名。海に近い駅はいくらもあるのだが……鶴見線の海芝浦は駅舎が海の上……この青海川のホームから眺める日本海、というロケーションが抜群なのである。

ところが次の直江津行きは15:20なのでだいぶ時間があるうえに、途中下車すると青海川で次の列車を1時間ほど待たなくてはならない。しかしそれではこれから先の旅程が狂ってしまう。少し考えてからタクシーで青海川に先乗りして15:27青海川発に乗ることに決めた。どれくらいかかるか知らないが30分はかからないだろう。それなら青海川に30分ほど滞在できるうえに、この列車は15:20に柏崎を発車するので予定通り直江津に着ける。

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駅前に停まっていたタクシーの運転手に「青海川の駅までどれくらいかかりますか?」と尋ねる。
「青海川ですか、うーん、3000円は出ちゃうねえ」
「いえ、時間なんですけど…」
「あ、時間…そうねえ、20分くらいかねえ…」
運転手は年輩の女性だった。こんな客は少なくないのだろう。対応も手慣れたものである。

予定が立ったのでタクシーに乗り込み青海川に向かう。私の祖母が柏崎にいたこと、35年ぶりで訪れたこと、海が見える場所に祖母の家があったことなどを話すと、運転手は気を効かせて「それじゃあ海が見える道を走ろうかね、どうせこれが今日最後の仕事だわあ、もうヒマでヒマで(笑)」といって、バイパスを避け昔からの住宅街に向けてハンドルを切った。

漁師町らしい風情の家々が立ち並ぶ、曲がりくねった道を暫く走ると、ぱあっと視界が開けて冬の日本海が見えた。その瞬間、記憶の底から幼い頃に見たであろう夏の日本海の映像が甦る。今となってはよくわからないが、たぶん祖母の家の近くから見た風景なのだろう。ギラギラと輝く夏の太陽と、青黒い夏の日本海、茶色っぽい砂浜と賑やかな浜辺の風景。何かの記憶が混在しているのかもしれないが、私はとても懐かしい気持になったまま、眼前に広がる鉛色の冬の日本海を見つめていた。

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世界遺産登録申請中(仮)

正月、帰京する途中で長野に寄って千曲川さんと新年会をした。
その夜、千曲川さんに案内してもらった長野電鉄桐原駅がとても素敵だった。
しかし夜だったのでうまく撮影ができず、後日写真を送ってくれと頼んだら、さっそく送ってきてくれた。

なんとも言えずいい佇まいの駅舎
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木の柱と琺瑯のプレートがいい感じ
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実に味のある待合室
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まるで『三丁目の夕日』みたいな風景
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窓口で長野電鉄1000系ゆけむり号携帯ストラップを買ったのだが、そのときにいらした年輩の駅員さんに「初めて来たんですが、実に良い駅舎ですねえ、感激しました」と声をかけた。

すると駅員さんは照れくさそうに「いやあ、ただ古いだけで、、、(長野電鉄)開業の頃からほとんど変わってないと聞いてます(苦笑)」と話してくれた。

千曲川さん、ありがとうございました。

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上毛電気鉄道の旅

東急田園都市線は2003年から東武伊勢崎線・日光線と相互直通運転が開始された。それまでこの路線の終点は水天宮前だったのだが、ある日いきなり行き先表示板に「東武動物公園」だの「北越谷」という文字が現れた。 おいおい何処まで行くんだこの電車は? だいたい「南栗橋」ってのはいったい何処だ? うっかり寝過ごしたら何処に連れて行かれるんだ? 沿線住民はみなこのような思いを抱いたのである。

ま、それはそうと今日は新潟の実家に帰省するのであるが、師走の帰省ラッシュ最高潮のこの日、どうせならぐるりと大回りして帰ってみようと思い立つ。いつものように計画性ゼロ、思いつきでGO! 東急田園都市線久喜行きに乗って、終点まで行ってみることにした。いつものように最寄り駅で電車を待つうちに、やってきました各駅停車久喜行き。久喜というのは埼玉県久喜市のことらしい。さて行ってみよう。

渋谷と表参道でどどっと人が降りて急に乗客が少なくなる。私もたいていは渋谷か神保町で降りるのだが、今日は何も心配せずに最後まで座っていればいいのだ。やがてかつての終点水天宮前を過ぎて電車は押上に到着。ここから先は東武伊勢崎線電車区になるため、乗務員が東急電鉄から東武電鉄に交替する。全身茶色の制服に身を包んだ東武電鉄の乗務員登場。電車が出発してまもなく地下から地上に出る。曳舟〜鐘ヶ淵〜堀切と、電車は下町を抜けてどんどん郊外へ荒川土手を右に見て堀切駅の古びた駅舎はいつ見ても良い。

北千住ではJR常磐線が停まっている。関東北部は私にとって未知のエリア、緊張に身が引き締まる思いがする。 車窓から見える風景も、下町や町工場からだんだんと農地が目立ち始める。都心から1時間ほどでもう旅情満点だ。やがて北越谷〜春日部を過ぎ、電車は東武動物公園に到着。おおここが東武動物公園駅か。うっかり寝過ごすとこんなとこまで来てしまうんだなあ。気をつけよう。ここは東武伊勢崎線と東武日光線の分岐点。それにしてもこのへんには古びた駅舎がたくさんあって嬉しい。和戸では思わず降りてしまいそうになる。危ないところであった。

やがて電車は久喜に到着。所要時間は実に2時間近い。上越新幹線ならとっくに新潟に着いている。それなのにまだ埼玉県と群馬県の境にいる私。小腹も空いたのでの立ち食いそば屋に行く。「久喜ラーメン」? なんだこりゃ? てんぷらそばはないのか? ここは駅そばではなくラーメンの看板がでかでかと掲げられている。それでもちゃんとてんぷらそばはあった。あったが、私以外の客はみな久喜ラーメンを食べている。うーん、わからん。しかし今日は調査している時間はない。

まもなく入線してきた東武伊勢崎線館林行きに乗り込む。いやまたこの沿線にもステキな駅舎が目白押し。駅舎愛好家にとってはたまらない。茂林寺駅前という駅があったが、ひょっとしてこの茂林寺というのは、草創期の東京巨人軍が、ライバル大阪タイガースに打ち勝つために、選手が猛特訓…通称『茂林寺の特訓』をおこなったという、あの茂林寺なのであろうか? しかしこの駅舎もたまらない風情があるなあ。(※後で調べたらここは分福茶釜伝説でお馴染みのお寺。巨人軍の猛特訓はこの近くの分福球場でおこなわれたという)

館林で東武佐野線に乗り換える。ホームには東武浅草行き200系りょうもう号が発車を待っていた。

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館林駅は跨線橋もあるが地下通路もあるのでこれまた嬉しい。私は跨線橋よりも地下通路を愛する「駅舎系地下通路派」なのである。もしも仮に「どっちで乗り換えまショー」という番組があったなら、迷うことなく「地下通路」に手を挙げるつもりだ。さて東武佐野線は2両編成ワンマンカーの葛生行き東武800系が走る典型的なローカル線。

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渡瀬〜田島〜佐野市と過ぎてJR佐野到着。ここが関東の三大師、かの有名な「佐野厄除け大師」がある佐野かあ。それにしても田島と佐野市はいい駅舎だったなあ(こればっかり)。 佐野駅で30分待ってJR両毛線に乗り換える。両毛線はおなじみ緑とオレンジの車輌、東海道線や高崎線を走る旧国鉄115系セミクロスシート。旅情はいやがうえにも盛り上がるのであった。電車は富田〜足利〜山前〜小俣を過ぎて桐生に到着。ここから上毛電気鉄道の西桐生駅まで徒歩。途中で地元のおっちゃんに西桐生駅までの道順を尋ねた。「駅? 国鉄じゃなくて上電(じょうでん)の? 上電の駅はあの信号の先だよ、うん、すぐそこだよお(笑)」そうかあ、地元の人は上毛電気鉄道を上電っていうのか。おっちゃん、ありがとう。

そして見えてきました西桐生駅。歴史のある古くてモダンな駅舎、雰囲気はJR国立駅によく似ている。西桐生の駅舎は昭和3年建築当時のまま、関東名駅100選にも選ばれている。そういえばJR国立駅は大正15年建築というから、当時はこういう駅舎建築が流行りだったのだろうか? それにしてもいい駅舎だ。

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上毛電気鉄道の車輌は東急世田谷線のような2両編成のワンマンカー700型で、もともとは京王電車3000系らしい。そういえば井の頭線車輌のような雰囲気が濃硬だ。

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上毛電気鉄道は車窓から赤城山を見ながら田園地帯を走る走る。どこまで行っても田園地帯、時はちょうど夕暮れ、進行方向に真っ赤な夕陽が沈んでいく。夕陽に向かって走る上電は最高。夏の昼間なんかに乗るのもよさそうだなあ。よく見るとドアに「自転車は後部車輌へ」というシールが貼ってある。

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どういうこと? 自転車乗り入れ可? なんて不思議に思っていたら、途中から自転車とともに乗り込んでくる若者が! 「おおっ!」と吃驚しているうちに、さらに次の駅からさらなる自転車が乗り込んでくる。そうかあ、自転車でそのまま乗車して、下車駅からすぐに自転車で家に帰れるというわけか。うーん、すごいぞ、上電。

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さらにすばらしいのはお年寄りにやさしい電車だということ。まるで路線バスのような電車なので乗客は地元の常連さんがほとんど、そして私のような電車好きやさらにディープな「鉄」のみなさんなのだろう。まあよそ者はおいといて、、、押し車とともに乗り込んできたお婆さんが下車するとき、運転手は運転席から出てきて、お婆さんが料金を払うと、押し車をえいやっと持ち上げてホームに運んであげたのである。

「よっこらしょっと、、、さあてこれでいいかな? それじゃ気をつけてねえ」 お婆さんはホームでじっと佇んで運転手を見詰めている。運転手は後ろを振り返ることなく、すでに業務に戻っている。動き出す電車に向かってお婆さんは深々と頭を下げた。 運転手エライ! 一連の動作がほーんと、ごく自然な感じだったところがエライ。上電、エライ! 

ほのぼのとした気分になったまま電車は終点の中央前橋駅到着。車輌が京王電車のおさがりということもあり、京王井の頭線吉祥寺駅のホームを思わせる雰囲気だ。

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すでにとっぷりと日も暮れてJR前橋駅まで運行しているシャトルバスに乗る。チンチン電車を模した木造りの車内がまたいい感じである。JR両毛線前橋駅から高崎駅へ出て、上越新幹線で新潟へ向かう。30日だというのにデッキまで乗客が立っている混雑ぶりだ。まあここから新潟なら1時間ちょっとなのでなんてことはない。それにしても上毛電気鉄道は良い路線だった。こんどはもっと良い季節に乗りたいものである。

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