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談志が死んだ

以前書いた文章を再掲します。

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2005年3月1日(火)晴
■定時に職場を抜け出して桜木町へ向かう。野毛のにぎわい座で演藝研究会会長と待ち合わせ。今日は『立川談志不完全落語会』なのだ。

「チケット発売直後に予約しようと思って電話かけたんだけど、なかなかつながんなくてさ、15分後ですでに二階席(苦笑)」
「まあいいよ、ここはちょうどいい箱だから、、、こないだの練馬市民会館にくらべたらぜんぜんマシだよ」
「まったくなあ、、、ロックコンサートじゃねえっての(笑)」

めくりは最初から「立川談志」、、、今日は前座もなし、まったくの独演会だな。これは楽しみである。会場はコアな談志ファンで満員、ってわれわれもそうなんだけどネ。ロビーで家元自作手拭いを求める。わはは。

開演前に係員が携帯電話の電源を切ってくださいとアナウンス。「携帯電話を開くと電話の絵が書いてあるボタンがあります」客席失笑。「それをしばらく押したままにすると電源が切れるようになっております」客席爆笑。係員が笑いをとってどうする。下手な噺家より上手いネ、こりゃ。

お馴染み「木賊刈」の出囃子に乗って家元登場。仏頂面でよろよろと、まったくファンの期待を裏切らない出だ。理屈をこねながら延々と小咄を続ける家元ったらまったく憎めない。「今日はいままで演ったことない噺を演るヨ(拍手)、ナニ、あんまり好きじゃネエんだ(笑)」とかなんとか言い乍ら噺に入る。あきらかに落語ではなく講談調の語り、間合い、家元の講談好きはつとに知られるところ。幕末から文明開化の明治にかけて、青龍刀の刺青を彫ったチンピラと謎の怪紳士が繰り広げる活劇調の『青龍刀権次』。家元も次第に調子をあげてきて噺が佳境に入ったところで「ここから先はまだおぼえてネエ」。満場の拍手。

仲入りの後、高座に姿を現した家元は開口一番「不完全落語会って、最初から逃げ打ってあるんだ、ざまあみろ(笑)」客席は家元ファンだらけだからもう大喜び。ホリエモンをこきおろしたりして毒舌を吐きまくった後、お得意の『天災』に入る。女房と母親に三くだり半をつきつけようという乱暴者の八五郎と、長谷川町の心学のセンセイ紅羅坊名丸が繰り広げる珍妙な問答。ふつうは乱暴者の八五郎が、紅羅坊先生の理屈にぐうの音も出なくなるという演出なのだが、家元が演ると八五郎が屁理屈をこねまくり、常識派の紅羅坊先生が押されっぱなしになる。家元は異常なまでにハイテンションで屁理屈をこねまくってもうおかしいのなんの。自由自在の落語、立川談志の面目躍如。最後はこれまたお得意の『落語チャンチャカチャン』で幕。

「やっぱり談志は独演会に限るな」
「そうだね、一席目で調子が出てきて二席目の出来ときたら凄いよな」

まったく立川談志は天災、いや天才だ。
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大宮のらくだ

志らく・談笑二人会を聞きに大宮へ出かけた。小雨の降る旧中山道…1日中山道じゃない(笑)…を歩いて会場の大宮市民会館まで行く。

前座は立川志らくの弟子のらく兵で『子ほめ』、前座らしいきびきびした所作に好感が持てた、ってそれだけじゃダメなんだけどね。

まずは立川談笑が登場し『がまの油』を演じた。落ち着いたトーンで大らかな印象を与える。刀で腕を切る場面で袖をまくると赤いテープが…血の跡です…小ネタで笑わせる憎いヤツ(笑)がまの油売りの口上をスペイン語で演じて笑いを取るが、見事なモノだ。スペイン語だと大道芸人が尚更インチキ臭くなるのはなぜだろう。

一旦舞台を降りてからすぐに高座に戻り続いて演じたのが『片棒』。この噺は稀代のケチ、赤西屋ケチ兵衛の葬式をどのように執り行うか、という設定で三人の息子が父親の前でプレゼンをする。その三人の息子のキャラクターとプレゼンの内容を如何に面白可笑しく演じるか、というところに妙味があるのだが、談笑はオカマの長男、特撮オタクの次男、ユダヤ商人の血を引く三男という、奇天烈な演出で爆発。

熱心な、というかマニアックな談笑ファンが爆笑するなか、「今日は落語を楽しもう」という素直な気持ちで来たであろう善良なお客さんは呆気に取られていたはずだ。そりゃそうだ、きっと落語といえば古典落語、あるいは『笑点』という方々であろう。後で志らくがマクラで話したように、主催者が何かトチ狂ってこの二人を呼んだのだろう。

後半は志らくが登場して『子別れ』を演じた。志らくは立川談志の弟子のなかでも天才肌として知られる。しかし「談志の狂気を受け継ぐ」と自分で言う割にはあまりそういう印象は受けない。志らくはそのつもりなのかもしれないが…古典を演じる志らくはいつも古今亭志ん朝の雰囲気を感じさせてくれるのだ。

『子別れ』という噺は実はあまり好きではない。もともと「泣かせる」噺があまり好きではないのだが、私が聞いてきた『子別れ』はいつもクサくてひたすら泣かせよう泣かせようとする演出が殆ど。しかし今日聞いた志らくの『子別れ』はあまりクサくなく、それでいてしっとりと親子の情愛、夫婦の絆を感じさせてくれた。この親子の話に同情して泣く八百屋の存在が妙に可笑しい。後半のうなぎ屋でまた登場したときには笑った。秀逸なバイプレイヤー(笑)

やはり高齢のお客様は志らくの人情噺に感動したらしく、終演後、「最後の人はよかったわねえ、二人目の人(談笑)はなんだか声がよくなかったわ」と家路に着く老夫婦がいた。しかし志らくはマクラで、かつて楽太郎時代の現・三遊亭円楽がこのホールで『らくだ』を演じ、次に来たときには『目薬』を演じたというエピソードを披露。

「楽太郎師匠が演じた『らくだ』というのは落語の中の落語というべき噺ですが、次に来た時には『目薬』…これはエロ小咄ですよ。大宮で『らくだ』は無理だと思ったのでしょうか」と、さらりと皮肉を込めて語ったのだが、どれだけ大宮市民、いやさいたま市大宮区民のお客様に通じたのであろうか。いやきっと皮肉ではなかったのかもしれないが(苦笑)

円楽襲名披露興行

演藝研究会会長と末広亭前で落ち合うために新宿へ向かう。

どうせ並んでいるんだろうな、と思い乍ら行ったのだが、案の定長蛇の列。最後尾は末広通裏の喫茶『楽屋』の前で、ざっと人数を数えたら午後3時半の時点で約250人。こりゃ入れないな(苦笑)入れないことはないがずっと立ち見覚悟となる。後から来た会長と「立ち見はキツいね」ということになり、すぐに立ち飲み屋に行くことにした。

立ち飲み屋で行列を横目に焼きトンを齧って昼酒。延々と図書館問題を議論しつつビールと焼酎を飲む。やっぱり立ち見より立ち飲み(笑)

その後蕎麦屋に移動して蕎麦を手繰り、ビヤホール『ライオン』の上にある居酒屋で長崎の酒肴を楽しみつつ、図書館問題を延々と議論。

夜の9時過ぎ、会長に「iPodとは何か?」という説明をしている間、末広亭では六代名三遊亭円楽の高座が同時進行していたのだった。

志の輔らくご

友人に誘われて『志の輔らくごinパルコ2010』に行った。

劇場ロビーには開演を待つ老若男女で大賑わい、立川志の輔の幅広い人気の賜物である。落語の公演がこれほどの賑わいを見せるまでにした志の輔の努力と才能は凄い。パルコ劇場はほどよい大きさの箱で、後方の席だったのだが志の輔の表情も所作もよく見える。

最初は、ふるさと富山で見かけた造りかけの高速道路をマクラに振って、村長と建設会社社長、県会議員が公共事業と予算に一喜一憂する『身代わりポン太』。予算が凍結され、このままでは造りかけで放置される巨大な信楽焼の狸の運命や如何に! ここで登場するお婆ちゃんのトンデモナイ迷案に一縷の望みを託し、村長と建設会社社長は一発大逆転の奇策に打って出た。日本のいたるところできっとこういうことってあるんだろうなあ…と思わせる噺。

お次は名作『踊るファックス』、間違い電話ならぬ間違いファックスが巻き起こす珍騒動が爆笑を呼ぶ。間違いファックスに敢然と立ち向かう薬局の主人、おろおろし乍ら大ボケをかますお母さん、冷静な一人息子、そして謎の女マミコ…映像化するなら薬局の主人はイッセー尾形がいいと思う。サゲの直後に高座の後から巨大なファックス用紙がカタカタカタと出てくる趣向あり。

現在ならファックスじゃなくて携帯メールなんだよね。携帯メールだったら家族が大騒ぎじゃなくて個人が慌てることになる。90年代の新作落語なのにどこか古典落語風なのは、舞台が商店街の薬局一家という設定だからだろう。後半に登場する印刷屋や八百屋も長屋の住人そのものだ。仲入りのときに、友人が「ポン太せんべい」を買ってきてくれた。「数量限定ですよ!」さすが、素早い。

トリネタは芝居噺『中村仲蔵』、歌舞伎のマクラを振った瞬間、「あ…」と思ったら、やっぱり『中村仲蔵』だった。血筋が重要視される歌舞伎界にあって、才覚で大看板にまで出世した初代中村仲蔵が主人公。歌舞伎『忠臣蔵』五段目の斧定九郎を演じ、凄絶なまでに美しい悪の化身という演出を創造し、稀代の名優として後世に残る。

今日の高座は、舞台照明で花道を演出したり、音曲や柝を入れて芝居の型を演じたり、視覚にも訴える演出だった。それでもやはり凄いのは志の輔の演技である。先代の林家正蔵(彦六の正蔵ね)だとカチカチに演じてしまうが、随所にギャグを散りばめて客を笑わせつつ、基本はハードボイルドな志の輔の高座、次第に客は江戸の芝居小屋へ引きずり込まれて行く。途中から高座に『忠臣蔵』五段目の絵が見えてきた。凄い。正味90分近い熱演だった。

舞台が跳ねた後、友人と臺灣料理店『龍の髭』で食事。
お誘いいただき、謝々!

桃太郎

天気が良いので洗濯をし、部屋を大掃除しながら…いや小掃除だな、まあいいや(苦笑)、一息ついて珈琲を飲みながら落語のCDを聴いた。昔昔亭桃太郎の『寝床』である。もうなんだかなあ、可笑しくて可笑しくてクスクス笑ってしまう。

義太夫を語るのが何より好きな大店の主人が、酒肴を用意して長屋の住人や番頭、手代など店の奉公人を集めて義太夫の会を開く。ところが主人の義太夫たるや、下手の横好きを通り越しており、この義太夫をまともに受けると衝撃で寝込んでしまったり、はなはだしきは死に到るという(笑)、まるで生物兵器のような義太夫なのである。『寝床』はこの主人の義太夫を巡って大騒動が起きるという噺。寄席でも落語会でもよく演じられる噺なのだが、これを昔昔亭桃太郎が演じるとどうなるか? 

かつて落語会でまともに桃太郎の『寝床』を聴いたことがあるが、そのときもクスクスどころかところどころで爆笑失笑を禁じ得なかった。「提灯屋はどうした?、来ないのか?、豆腐屋は?、ガンモドキの大量注文が入って来られない?、鳶のカシラはどうした?…」というお馴染みの段は、さらに「ローカル岡はどうした?、高田先生はどうした?、昇太はどうした?」と延々と続く。もちろんローカル岡(故人)は漫談家、「高田先生」は放送作家の高田文夫、「昇太」というのは弟弟子の春風亭昇太である。

昔昔亭桃太郎といえば、知っている人は知っている、知らない人はまったく知らない、故春風亭柳昇の惣領弟子で、今や日本を代表するベテランの新作落語家。その桃太郎が古典落語を演じるのだが、これがちゃんとした古典落語になっているところが凄い。ちゃんとした、どころか、古典落語の作法をきっちりと踏まえたうえで、桃太郎独自のダジャレの絨毯爆撃とくだらなすぎるギャグを散りばめて、余人の追随を許さない桃太郎落語に仕上がっているのである。

それなりに綺麗になった部屋の中でぼんやりと落語を聴く。また今年もせわしなく過ぎていき、また慌ただしい来年が来るのだろう。まあ、いいか(苦笑)

ダラダラと15年

いつの間にやら冷たい木枯らしがぴゅうぴゅう吹き始めた。早いものでもう師走も半ばである。今日は演芸研究会納会なので新宿へ。昨日までは寒かったのが嘘のように暖かい。甲州街道沿いの増田屋で蕎麦をたぐって演芸研究会会長と与太話。早くもビールと板ワサでいい気分である。

新宿末広亭の木戸をくぐると国分健二がドスの利いた声で漫談を喋っていた。今日は芸協(落語芸術協会)なんだなあ。三遊亭右紋、北見マキ(奇術)、古今亭寿輔、三笑亭夢太朗、桂歌若、三遊亭円丸……今日は桂南なん『河豚鍋』、トリの春風亭小柳枝『抜け雀』がよかった。大神楽の翁家喜楽が演じた卵の芸、これは立川談志が若い頃、奇術師のアダチ龍光が高座で演じたというあの演目だ。へえ、初めて観たなあ。立川談志の『談志楽屋噺』(文春文庫)にも書いてある。木戸が跳ねて表に出ると深夜寄席の開場待ちの長い行列が新宿通りまで続いていた。深夜寄席目当ての行列が長くなってきたな、と感じたのはいつ頃だったろうか。以前はせいぜい50人も来れば盛況、という感じだったのに。

会長と近所の焼肉屋で忘年会…「来年は名古屋に行こう」「ああ、大須演芸場か、いいかもね」「韓国に行くってのはどうだ」「寄席なんかあるのかよ(笑)」「そうだなあ…金正日のそっくりサン芸人なんかいるんじゃない?」「平壌放送の女性アナウンサーの形態模写芸人なんかもいるかな」「あとは射撃場だな」「行くなよ、そんなとこ(苦笑)」「いま釜山が『熱い』ってね」「熱すぎだ」「焼肉は必須だよなあ、釜山焼肉…、あっという間に焼けます」「おいおい」…ロクな会話じゃない。

こんなダラダラとしまりのない演芸研究会もすでに15年続いているのであった。

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名人の弟子

演芸研究会梅雨の例会は横浜にぎわい座で『川柳・圓丈二人会~六代目三遊亭圓生譲りの古典&十八番新作共演』

三遊亭玉々丈 / 名古屋版・金明竹
オープニングトーク
川柳つくし / 少子化対策
三遊亭圓丈 / 居残り左平次
川柳川柳 / 首屋
三遊亭圓丈 / 夢一夜
川柳川柳 / 昭和の笑話

おそらく最後の破天荒な落語家・川柳川柳、現在の新作落語の開拓者・三遊亭圓丈の共演である。そしてこの二人はともに昭和の大名人・六代目三遊亭圓生の弟子、ということは二人は兄弟弟子なのである。特にここ数年ずっと三遊亭圓丈のCDを聴き込んでいるが、高座を見るのは久しぶりだ。

前座の玉々丈、師匠圓丈譲りの『名古屋版・金明竹』を軽やかにこなしてなかなか聴かせる。省略の仕方も巧い。次のめくりは…オープニングトーク…何かと思えば着物姿の圓丈とスポーツシャツ姿の川柳が登場。後から弟子の川柳つくしがついてきた。川柳師匠、どうやら遅刻したらしい(笑)

「アニさん(兄さん;兄弟子)の移動手段は都バスですから、多摩川越えられないんです…(三遊亭)圓生の弟子で元気なのは私とアニさんくらいなもので、圓楽さんはいなくなっちゃうし…残ったのは新作派のわれわれ…それにしてもこの二人会、これで最後でしょうねえ(笑)」
「オレは圓生を越えるよ、歳だけは(笑)」

六代目圓生は79歳で死んだ。川柳師匠は78歳、そして圓丈師匠は64歳。まだまだ元気。

つくしは小渕優子や麻生太郎が登場する『少子化対策』で笑いを取る。つくしちゃん、巧くなったなあ…エロネタもきれいにまとめるところは師匠の反面教師だね。マクラで「さっきのオープニングトーク、私は要らないですよねー、あの二人(川柳・圓丈)はとても仲よしなんですけど、二人だけだと照れくさいみたいで、直前に『つくし、お前も来い!』って(笑)」なんかイイ話です。

圓丈最初の高座は『居残り左平次』…マクラで自分が落語家になった頃はまだ吉原の話がリアリティを持っていたから観客の共感を得たのに、現在は吉原(遊廓)のことをそのまま話してもリアリティが持てない…つまり「古典落語を『そのまんま演じる』ヤツはダメ、古典落語を現代の観客にもわかるようにアレンジしなくちゃ」という自説を、吉原(遊廓)を例に取ってサラリと開陳する。解りにくいサゲを解りやすく、しかも違和感のないサゲに変えていたが、このへんも圓丈の心意気なんだろうな。

続いて川柳、今日は古典の滑稽噺『首屋』…これ圓生師匠も演じてましたな。川柳はやっぱり「声が良い」。侍のセリフや所作が綺麗で格好が良くてお見事でした。長い長いマクラで放送禁止用語の読み替えをバカにしたり、扇子に書いたカンペを読んだり…「いいですよねえアニさんは…高座でカンニングペーパー読んで…あれじゃ落語じゃなくて朗読だ(笑)」という圓丈の言に「70歳過ぎたら何やってもいいんだよ!」…なぜか納得(苦笑)

仲入りの後は圓丈の新作『夢一夜』…末期がん患者が病院を抜け出しタクシーに乗って羽田空港に行く。患者の夢は日本庭園が見える和室の畳の上で死ぬこと。というわけで羽田空港のロビーにプレハブのお座敷と庭を拵えて死ぬというストーリー。金に釣られて予約カウンターのおねえさんが藝者になったり機長が幇間になったりするギャグが笑える。患者がくだらないことを言って運転手がクサると「末期がんジョークだよっ!」というところが何とも可笑しい。さすが圓丈師匠、お見事の一席。

大トリは川柳で『昭和の笑話』…昭和庶民の娯楽の王様だった映画が、やがてテレビにその座を奪われていく過程を面白可笑しく語っていく。確か『TVグラフティ』という題でも演じていた噺だ。嵐寛寿郎や市川歌右衛門演じる鞍馬天狗や旗本退屈男の荒唐無稽さを茶化して笑わせる。時代劇映画いじりは林家木久翁よりオモシロい。

戦争に負けてアメリカに占領されていた日本人のルサンチマンを晴らしたのは力道山、というくだりで「彼は朝鮮人、今の北朝鮮です。その力道山が憎きアメリカ人を空手チョップで叩きのめす、それを見てわれわれ日本人はやんやの喝采を送ったのです。だから北朝鮮を悪く言っちゃあいけません…援助しようよ」

悲しいかな木久翁はこういうネタの展開ができない。さすが川柳師匠。

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幻想としての江戸

先日、渋谷のリブロで三遊亭圓丈の『ろんだいえん:21世紀落語論』(彩流社)を見つけた。渋谷のリブロで売られているあたりがかっこいい(笑)

圓丈は言うまでもなく新作落語のスター、というか実験落語の王様というか、とにかく日本の古い古い伝統社会であるところの落語界に身を置いて、しかも常に前衛であり続けている落語家である。昭和の大名人・六代目三遊亭圓生の弟子で、三遊亭圓楽や川柳川柳が兄弟子にあたる。その独特の個性とまさに圓丈ワールドと呼ぶしかない数々の新作(創作)落語で一部の落語ファンを惹き付けて止まない。斯く言う私もそうだが…何が良いといって圓丈の落語は古典に寄りかからないところが潔いと思うのである。

古典落語というのは言わば「大樹」であり、古典落語を演じていれば「寄らば大樹の陰」というか、少々下手な高座でも何となく済ませることが可能。客も「コレは八っあん、熊さんが出てくるから古典落語だナ、長屋のお内儀さんとか大家さんとか出てくるんだナ、で最後になんかオチがついて終わるんだナ」という、一種の安心感というか何も考えなくてもいいというか、まあそういう境地に安住することができる。ま、私はそういうの割と好きですけどネ。寄席だと二十人からそこらの藝人が出てきて入れ替わり立ち替わり落語を演じる。ひどいときは一時間くらい何も考えなくてもいいことがあるくらいだ。さらに寄席以外での落語会でもそういうことがある。

しかしそれはいくらなんでもアレじゃないかな。たまには垂れかけた目蓋をパチッと開かせてくれる高座があってもいいだろう。「寄席とは退屈を楽しむところである」というには色川武大の名言だが、私がこの境地に足を踏み入れたかナ?と感じられるようになったのは割と最近のことで、色川氏の名言を知らなかったら今頃まだボヤイていたことであろう。さて寄席の香盤に圓丈の名があるとこれは楽しい。前後に出てくる落語家とは雲泥の差がある、というか落差が凄い。八っつあん、熊さんどころの騒ぎではない。何を喋るのやら皆目見当がつかないところがスリリング。

いったい何が面白くて落語家をやっているのだろうと思わせる落語家は実に多い。圓丈もそう思っているようで哀切極まりない名作『横松和平』のマクラでも「東京には落語家が五百人もいるんですが…そんなに要りません。新聞配達じゃないんですから」と笑わせているがコレは圓丈の本音であろう。以前にも書いたような気がするが、江戸前の落語なんてものは今やもう無い。私は江戸の風情だとか江戸の人情だとか、そういうことには殆ど興味が無い。そういう落語を演じられたのは古今亭志ん朝が最後で、今やもうそういう落語家はいません。そんなものを求める客がまだいるという現状がすでにヘンだと思う。

まあこれは最近の落語ブームでマスメディアがこぞって落語や寄席を取り上げ「寄席に行くと着物を着た落語家が出てきます。八っつあん熊さん与太郎さん、江戸の風情です、江戸の人情ですねー、こういう趣味が今かっこいいんですよー」と言うのに乗せられている。つまり現代の観客は「幻想としての江戸」更に言えば「幻想としての江戸、のようなもの」を楽しんでいるわけだ。

もちろんそれが悪いと言っているのではない。しかし「江戸」は「もう無い」のである。そして「江戸」という冠を取っ払った「風情」とか「人情」を、現代の感覚で演じているのが立川談志であり、立川志の輔、柳家喬太郎、春風亭昇太、そして三遊亭圓丈だ。だからこそ彼らは他の落語家を凌駕し、かつ多くの落語ファンを魅了するのである…てなことを考えながら、こないだ川柳・圓丈二人会を聴きに行ってきた。

柳家喬太郎

もう10数年前、新宿末広亭でぼんやり落語を聴いていたら柳家喬太郎が高座にあがった。たぶん仲入り前だったか仲入り後だったと思う。演じたのは入れ替わり立ち替わり奇妙な婦人警官が登場する『派出所ビーナス』…寄席であんなに笑ったのも珍しいくらいのおかしさだった。ちょうど真打昇進を控えていた頃だったはずだが、まさに若手のホープといった実力を遺憾なく見せつける高座だった。

それからあちこちで喬太郎の落語を聴いたがハズレだったという記憶はあまり無い。『すみれ荘201号』『ほんとのこというと』『鍼医堀田とケンちゃんの石』『冬のそなた』『巣鴨の中心で、愛をさけぶ』…新作派のイメージが強い喬太郎だが古典落語もきちんと演じられる実力派。最近聴いた『竹の水仙』も抜群の面白さでiPodに入れて帰宅途中の電車のなかで疲れた身体を癒している(笑) 

極端にデフォルメされた異常な登場人物が頻出する演出も、ある意味で立川談志言うところの「イリュージョン」の範疇に入るだろう。女子大生から新妻、中年サラリーマン、魚屋のオッサン、長屋の住人から大家、町人、武士、殿様…登場人物の造形がまた巧い。いわゆる「キャラが立っている」のである。そして私にとってはこの非日常性がたまらなくおかしいのである。

喬太郎の落語が凄いのは、これらの非日常性が日常性のなかに自然に共存しているところだ。もともとフィクションである落語の中に、さらに異常なメタフィクションが突然立ち現れる。しかもそれらがいちいち「ああ、なんかこんな人いるよなあ…こんなことあるよなあ」と思わせる。そしてその繰り返しが聴くものの心を高揚させ一挙に笑いの坩堝に叩き込まれてしまう。

40代も半ばに達した喬太郎、やや末枯れた味わいも漂わせる雰囲気になってきたが、それでも新作に古典にその話藝はますます磨きがかかってきたと思う。落語を初めて聴く、あるいは聴こうとしている方には自信を持ってお薦めします。

くさやの茶漬け

『人生、成り行き〜談志一代記』(新潮社)を読んだ。落語会の巨人、立川談志の半生を最良の聞き手吉川潮がまとめたインタビュー。なぜ談志の落語が凄いのかをずっと考えてきたが、恥ずかし乍らこの本を読んでようやくその一端が理解できたような気がする。

そもそも私が落語が好きなのは、物語が好きでそれを面白可笑しく聞かせる藝だから、ということ。落語を聞き始めた小学生の頃はもう何がなんだかわからないけど、いい大人が着物を着て座布団に座り、扇子と手拭をあれこれ使って面白いことを言っているということに喜んでいた。

爾来30余年、だらだらと落語を聞き続けてくるとだんだんこちらも耳が肥えてくる。いや肥えてくるったってこちらもそれ相応に歳をとっているわけだ、子どもの頃にはわからなかった噺の意味とか登場人物の気持ちとか物語の背景とか、そういったものを自分のものとして嫌でも理解するようになる。そうじゃなければただのバカだ。まあこちらも相変わらずバカだけどさ(苦笑)

『芝浜』の魚屋みたいに仕事なんかしたくねえなあ、金のたんまり入った財布を拾ってみたいなあとか、『野ざらし』の八っつあんみたいに骸骨でもいいから良い女を抱いてみたいなあとか、それなりに大人として生きていると日常のなかのそういう願望だの妄想だのが生まれてくる。たまには『文七元結』の左官の長兵衛みたいに保身を無視した行動をしたりとか、オレここでこんな立場に立つと損なんじゃないか?などとわかっていても、もう自分の気持ちだけが先走って所謂「理屈」というものが後回しになってしまったりする。

周りからは「あんたバカじゃないの?」と言われても「言っちゃったものは仕方ねえじゃねえか」と嘯いて、それでも心の中では「あ〜あ、やっちゃったよお…まあいいか」なんてこともある。こういうことはしないのが所謂「大人」なのだろうが、そう言う意味では私はまだ「ガキ」であろう。それでも人間には必ず「ガキ」の顔があるに違いない。

周りの「大人」を見ているとたいてい「ガキ」の顔を隠している。ただ「大人」と「ガキ」の顔を上手に使い分けているところが私と違うところだ。さすがに私も、ここで「ガキ」の顔をしちゃいけないな、という勘所はだんだんわかってきたが、それでもまだまだ「大人」ですと言えるような人品骨柄ではない。


bookここで、<芸>はうまい/まずい、面白い/面白くない、などではなくてその演者の人間性、パーソナリティ、存在をいかに出すかなんだと気がついた。少なくも、それが現代における芸、だと思ったんです。いや、現代と言わずとも、パーソナリティに作品は負けるんです。それが証拠の(明治の四天王の一人で、ステテコの三遊亭)円遊であり、(大正から昭和初期にかけての柳家)三語楼であり、(三語楼の弟子で、兵隊落語と新作の柳家)金語楼でありという<爆笑王>の系譜ではなかったか。その一方、彼らのパーソナリティに負けちゃうんで、<落語研究会>といった作品を守る牙城ができたんじゃないのか。もう少し考えを進めると、演者の人間性を、非常識な、不明確な、ワケのわからない部分まで含めて、丸ごとさらけ出すことことが現代の芸かも知れませんナ。


bookそれに<イリュージョン>と繋がる話になりますが、人間にはどこにも帰属できない、ワケのわからない部分があって、そこを描くのが本当の芸術じゃないですか。でないと、ゴヤの自分の子を喰らう怪物の絵が良いとされている意味がわからないでしょう。あんな絵、貰ったって困るヨ。モジリアニの不気味に首の長い女の絵や、フェリーニの畸形がいっぱい出てくる映画だってあるいはゴッホだってピカソだって、見ていて不快になる人もいるでしょうが、それは常識の範疇をこえたもの、非常識とすら呼べないもの、人間の帰属しえない、イリュージョンの部分を捉えようとしているんじゃないですか。


古稀を過ぎて尚こんなことを考え乍ら高座に上がっている。こんな落語家はいない。私が漸く理解したのは、私たちは立川談志が演じる「落語」を聞いているのではなく、落語を演じる「立川談志」を聞いているのだ、ということだ。そうなんじゃないかなあ、と自分で薄々気がついてはいたが、恥ずかし乍らこの本を読んでそのことに確信を持った次第である。

落語は好きだしとりわけ古今亭志ん朝が好きだが、立川談志は嫌いだという場合、それは談志のパーソナリティが性に合わないということだろう。志ん朝は茶漬けを茶漬けとして食べさせてくれる。しかもその茶漬けは、米の炊き具合も茶の入れ具合もお新香の漬け具合もまことにけっこう。そんじょそこらの落語家の茶漬けとは訳が違う。

そして談志の茶漬けも最高級なのだが、その茶漬けは日によってタイ米だったりウーロン茶だったりくさやの干物が乗っかってたりする。こりゃ不味い、と思っても実はえも言われぬ味わいだったりするのだが、江戸前の茶漬けが最高と思っている人には、なんだこりゃ、という代物にしかならない。

結局「自分」なんだな、「自分」を殺して…「自己犠牲」なんて言葉があるけど、あれも「自分」を殺したつもりで結局「自分」をアピールしている、「無私の行為」ったって、そういう見方もあるんだヨ、てことを落語は教えてくれる、ということを私たちは談志から教わってきたわけだ。

こういう了見を「ひねくれている」というんだろう。しかし「ひねくれている」からこそ面白い。奥が深い。うーん、ナンダカまとまらない……