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ROMANTIQUE

いやはや更新がパタッと途絶えてしまった。

ひさしぶりに音楽のことを書く。
ある日、オットー・クレンペラーの『皇帝円舞曲〜巨匠クレンペラーの世界』というアルバムを聴いた。クレンペラーがどういう人かも知らないし、「皇帝円舞曲」もよく知らないけど、クルト・ヴァイルの「三文オペラ」が収録されている。更に言えばクルト・ヴァイルも「三文オペラ」もよく知らないけど、このブレヒトが書いたオペラの中の「Moritat」という曲が好きなのである。ジャズファンならすぐにお分かりだが、これは別名を「Mack The Knife」といい、巨匠ソニー・ロリンズの超有名盤『サキソフォン・コロサス』に収録されている。しかもこのアルバムは1961年録音で、フィルハーモニア管弦楽団の、ちょうど1930年代の酒場のような雰囲気の演奏が気持ち良い。

ある日、エリカ・モリーニという女性ヴァイオリニストのアルバムを聴いた。これまたどういう人か全然知らないのだが、雰囲気がとても良い。チャイコフスキー、ブラームス、ヴィヴァルディの曲を取り上げた1952年のベルリン録音。それにしてもクラシックの古い音源って、どうしてこんなに耳に心地良いのだろう。

ある日、大貫妙子の「若き日の望楼」が頭の中をリフレインするようになり、どうしても聴きたくなって名盤『ROMANTIQUE』を買った。1980年の録音で、このアルバムに収録された「CARNAVAL」や「BOHEMIAN」という曲が、あの頃ラジオからさんざん流れていた。浴びるように聴いていると、ほんとうに心がリラックスする。ああ名盤。バックはYMOが固めていて、大村憲司や加藤和彦も参加している。そしてこのふたりとも、今この世にはいないという事実に暫し呆然とするのである。

iTunesでお買い物

『MIDDLE CLASS WHITE BOY』 (Discovery)
歌うピアニスト、モーズ・アリソンである。実に久しぶりに聴いたが、この人やっぱりカントリーブルースっぽいところが良い。元々はジャズピアニストで、特徴のある軽く鼻歌っぽい歌い方が印象的。ウチには『Back country suite』(1957)、『Local color』(1957)という2枚のアルバム(OJC)があるのだが、アナログ盤なのでもうだいぶ久しく聴いていない。やっぱりアナログセット組まなくちゃダメだな、こりゃ(苦笑)

名手フィル・アップチャーチ…ダニー・ハザウェイのアルバムでもお馴染み…の渋いギターと、ジョー・ファレルのかっこいいテナーが聴ける。端正なウッドベースはパター・スミス、この人は俳優も兼業していてロジャー・ムーアの『007シリーズ』にも出ている。ドラムのジョン・デンツはビル・エヴァンスやアーニー・ワッツとも共演している。ロン・パウエルは今ではケニーGバンドのレギュラーメンバー。かつて参加ミュージシャンの名前や経歴などは、レコードの解説や輸入盤裏面の英文を読んで知識を得たものだが、今じゃインターネットで調べられる。まあ、良い時代…なのかな?

MOSE ALLISON(vo, p)
PHIL UPCHURCH(g)
JOE FARRELL(ts, fi)
PUTTER SMITH(b)
JOHN DENTZ(ds)
RON POWELL(perc)
1982


『SLAM BAM』(Black&Blue)
歌うベーシスト、スラム・スチュワートである。だいぶ前にアナログで復刻されたのだが買い逃してしまい、更にCDも買い逃してしまい、漸くiTunesで手に入れたというわけだ。ブロックコードの名手・ミルト・バックナーと、言わずもがなの名手パパ・ジョーことジョー・ジョーンズと組んだ小粋なトリオ作品。ひたすら明るく衒いの無いバックナーのブロックコード、背筋がピンと伸びたキレのいいパパ・ジョーのドラムと相まって聴きやすいアルバム。

スラム・スチュワートの芸歴は古く、1930年代からスリム・ゲイラードと『スリム&スラム』というコンビを組んでジャイブミュージックを演奏、その後ライオネル・ハンプトン、ディジー・ガレスピーらと共演している。ウッドベースを弓弾き(Bowing)しながらメロディーと1オクターブユニゾンで歌うという藝を持ち、フォロワーとしてメジャー・ホリーJr.、ジェイ・レオンハートがいる。私が一番好きなスラムのアルバムは、バッキー・ビザレリ(g)とのデュオ『ダイアローグ』(1978)、これぞ名人藝という粋なアルバムだ。これもアナログは持っているのだが、CDを買い逃してしまって聴けない(トホホ)

SLAM STEWART(b, vo)
MILT BUCKNER(p)
JO JONES(ds)
1971

郭英男

郭英男『Voice of Life-Difang』を聴く。

郭英男は臺灣先住民族アミ族の長老、その卓越した歌声で一躍世界的に有名になった爺さん。民族名はDifang、郭英男というのは漢族風の姓名である。アミ族は臺灣の東部(花蓮から臺東、塀東辺り)に広く居住している。日本統治時代には高砂族という名称で他の民族(タイヤル族、プユマ族など)と一括りにされていた。ちなみにかつて中日ドラゴンズで活躍した郭源治もアミ族出身である。

臺灣に出向くようになってから郭英男という名を知ったが、その時にはもうCDは店頭では見かけなくなり、郭英男も2002年には81歳でこの世を去ってしまった。というわけでいまその歌声を聴いているわけだ。郭英男がソロを取った後、コーラスが入ってまた郭英男のソロに戻る、というのを繰り返すのが基本。この微妙な節回しとハーモニーが絶妙なのである。ちょっと聴くと気仙沼あたりの漁師が歌っているようだが、日本の民謡はハモリがなくあったとしてもユニゾンなのですぐわかる。

しかしまあこの爺さんの歌声ときたら、いやはやなんとも心に沁みる。まさに神の声、いやいやそんなことを言うと言い過ぎだ、大自然の声だ。それにしてもいいなあ、この歌声。

中華の歌ごえ

『ザ・ベスト・オブ・アーメイ』
臺灣のスーパースター、アーメイ(張惠妹)のベスト盤。臺灣に行くとテレビや新聞記事でアーメイがどうしたこうしたというニュースをやたらと目にした。陳水偏総統の就任式で中華民国国歌を歌ったら(当然なのだが)、中華人民共和国政府が怒って大陸進出を妨害したとか、臺灣独立阻止の学生デモに遭って大陸でのコンサートが中止になったとか、中共を指示していると中傷されたとか、臺灣の歌手は大変だなあと思った。というよりは一挙手一投足がそこまで注目されるのだから、こりゃたいしたスターなんだなと思ったものだ。で、今回初めてまともにアルバムを聴いてみたら…これが凄い。巧い、かっこいい、素敵! バラード、ラブソングにラテンロック、これだけの歌唱力と表現力は凄い。しかも見目麗しきDIVAときた。こりゃスーパースターだわな。

『為你含情』
香港のインディーズバンド my little airport の最新作。と言っても全然聴いたことなかったのですが、男女二人組のユニットでフォークソング、フレンチポップスみたいな曲や、ユル~いパンキッシュな曲など、全体的に爽やかなんだけど何処かネジレてるアルバム。これは面白い。林一峰なる歌手とのコラボということですがこの人も知りません。香港ポップスはフェイ・ウォン(王霏)とサンディ・ラム(林憶蓮)くらいしか知らないもんなオレ。広東語の抑揚がまた良い味出しています。アコースティックギターとリズムボックスのユルさも良い。

『甜蜜的負荷ー吳晟詩、歌』
臺灣で買ったCD。試聴したらいっぺんに気に入って買った。冒頭から羅大佑の嗄れた歌声が流れてくる。臺灣の高名な詩人・吳晟の詩に、彼をリスペクトする羅大佑、陳珊妮らが曲をつけ、自ら歌ったこのアルバムは、臺灣の暑い夏、木陰から吹いてくる涼しげな風、雨の調べが心に染みてくる素敵なアルバム。中華ポップスだけじゃなくてこういう音楽があることも知ってほしいなあ。

美は形式に非ず

片山広明…といってもジャズファンじゃなければ知らないだろうが、1980年代のロック小僧ならRCサクセションのステージ、忌野清志郎のバックでサックスを吹きまくっていた二人の男に見覚えがあるだろう。スキンヘッドに眼鏡をかけていたのが梅津和時(アルトサックス)、モジャモジャ頭の大男が片山広明(テナーサックス)だ。

1970年代、梅津和時らとともに大編成フリージャズコンボ『生活向上委員会大管弦楽団』に参加。その圧倒的なテナーサックス演奏により(一部ジャズファンの間で)有名になる。1980年代は盟友である梅津和時と『どくとる梅津バンド(D.U.B)』で活躍、1990年代からは『渋さ知らズ』(メンバー総数不定。舞台にはミュージシャンからダンサーまで登場する形容しがたい巨大楽団)、林栄一と組んだ『デ・ガ・ショー』でますますその存在感を高めている。

というわけで片山広明『キャトル』を聴いた。

くたびれ果てて家路に着く。立春は過ぎたとはいえ2月の夜はまだ寒く風は冷たい。iPodの中から最近買った片山広明の『キャトル』をチョイス。フラフラし乍ら夜道を歩き出す。板橋文夫の美しいピアノが聴こえてきた。ああ、良いなあ…なんて美しい音なんだ…やがて太く厚く暖かく鋭いテナーサックスが美しいメロディを奏で始めた。思わずため息が漏れる。静かに盛り上がる演奏にだんだん疲れた身体と心がほぐれてきた。片山広明の演奏は次第に熱を帯びて絶叫し始める。井野信義のベースは殆どラインを刻まない。アルコ弾きで縦横無尽にフリーキーなそして美しい音を響かせている。咆哮するテナーの周りを星雲のように取り囲むベースの向こうで、ピアノがキラキラと銀河のように鳴っている。ふと顔を上げると街灯に照らされた公園の空の上に丸い白い満月が輝いていた。

奇跡のように美しい1曲目「For You」から始まるこのアルバムを名盤と呼ばずして何と呼ぼう。続く「パリの空の下」はシャンソンの名曲、オシャレな雰囲気はカケラもない場末のキャバレーのようなテナーサックスが絶叫する。美しいということは形式ではないんだ、ということがよーくわかるこのアルバム、実は2002年に発売されていたんだ、片山広明、畏るべし…

くだらぬ歌なんて誰が決めた

日本流行歌史に興味のある方なら『アラビアの唄』をご存知であろう。1928年に流行ったジャズソング、もともとはアメリカのダンス音楽として作られたもので、原題を『Sing me a song of Araby』(by Fred Fisher)という。歌ったのは榎本健一とともに浅草オペラのスターだった二村定一。


沙漠に日が落ちて 夜となるころ 
恋人よなつかしい 唄をうたおうよ

あの淋しい調べに 今日も涙流そう
恋人よアラビアの 唄をうたおうよ(訳詞 堀内敬三)


『アラビアの唄』を初めて聴いたのは子どもの頃、たぶんNHKのラジオだと思うが、二村定一の調子の良い歌声とちょっともの悲しいメロディーが印象的だった。加藤登紀子が1983年に発表した戦前流行歌カバーアルバム『夢の人魚』にも収録されていた。これはなぜか坂田明とのデュエットという不思議なバージョン(笑) 最近では遊佐未森が日本の流行歌をカバーした『檸檬』で秀逸なバージョンを聴くことができる。

話は転じて渥美清である。
かつて渥美清が古賀政男を演じたテレビドラマがあった。調べてみると1979年にNHKが制作した『幾山河は越えたれど〜昭和のこころ 古賀政男』だった。私の記憶によれば、昭和初期のカフェで若き古賀政男(渥美清)が店に流れる『アラビアの唄』に聴き惚れる女給たちを眺めて「…日本人がアメリカの歌を聴いて喜んでいる…日本の…日本人の心を打つ歌を作らなければ…」と苦悩する場面があった。そして青年古賀政男は『影を慕いて』を発表するのである……蓄音機から流れるのが『アラビアの唄』だったどうかはいまいち確信が持てないが、たぶんそうだったような気がする。

日本流行歌史を語るとき、必ずと言っていいほど使われる紋切り型がある。古賀政男=演歌=日本人の心の歌/服部良一=ポップス=明るい都会的な歌というもの。まあこの世は何でも二つに分けたほうがわかりやすいのだが、今となってはこの紋切り型はずいぶんと乱暴な物言いである。

古賀政男は明治大学マンドリンクラブの創始者の一人であり、若い頃はボッタキアーリなどのマンドリン曲を演奏していたというからけっこうなハイカラ青年だったわけで、演歌の巨匠と言われるのは後年のことだ。服部良一もジャズ出身で戦前の和製ジャズ〜ポピュラーソングを数多く手がけた人だが、言われるほどポピュラーばっかり作曲していわけではない。

遊佐未森の『檸檬』は『青空』(原曲は『My blue heaven』作曲は前述の Fred Fisher )、『南の花嫁さん』(戦時中に流行した南方ソング。作曲は中国人の任光)、『月がとっても青いから』(ごぞんじ菅原都々子!)、『小さな喫茶店』(原曲はコンチネンタルタンゴ)、『夜来香』(中華ポップスの名曲)、『蘇州夜曲』(作詞:西条八十、作曲:服部良一。永遠のエバーグリーン)など、主に戦前の流行歌を採り上げて殆ど完璧な仕上がりになっている。そしてこれらが実にみごとに日本人の心を打つ。だいたい明治以降の日本の歌は西洋音楽抜きには語れないし、演歌だって西洋音楽抜きには成立し得ないジャンルだ。

私の守備範囲で言えば、かつてはこれはジャズだとかこれはジャズではないとか、いろいろと面倒くさいことを言い合っていたらしいが、今ではそんな論争じたいが無意味になっている。ジャンルにこだわることはだいじだが、ジャンルにこだわってもあまり意味がない。

戦争末期、特攻隊として死地に赴く兵士たちが出撃前夜、酒を浴びるように飲み乍ら歌ったのは軍歌ではなく、軍部から軟弱と罵られた灰田勝彦の『森の小径』だったという。


ほろほろこぼれる 白い花を
うけて泣いていた 愛らしい あなたよ

おぼえているかい 森の小径
僕もかなしくて 青い空 仰いだ

なんにも言わずに いつか寄せた
小さな肩だった 白い花 夢かよ(作詞:佐伯孝夫 作曲:灰田有紀彦)


歌の良さなんてジャーナリズムやお役所、ましてや国家などに決められてたまるものか、と思う。

UMEZU KAZUTOKI PLAYS THE ENKA

のっけから激情のアルトサックスが迸る。のたうち回るようなフリーキーなメロディのなかから、やがて立ち上がってくるのは「唐獅子牡丹」。「花と蝶」「夢は夜ひらく」といった演歌の名曲から「ざんげの値打ちもない」「北帰行」「リンゴの唄」といった流行歌、韓国民謡とバラエティに富んだ選曲だ。

『Show the Frog』に続く木管無伴奏ソロアルバム『梅津和時、演歌を吹く』。今回の梅津和時はアルトサックス、クラリネット、バスクラリネットを次々と持ち替えて、ときに激しくときに淡々と木管楽器を響かせる。

仕事帰り、冷たい雨が降る駅のガード下でタバコを吸い乍ら、iPodでこのアルバムを聴いた。ぼんやりと街灯に照らされた線路を電車が走り過ぎていくときに「女の操」が聴こえてきた。情念がうねる、まさにブルース、背中がゾクッとしたのは寒さのせいだけではないだろう。

バスクラリネット

私がバスクラリネットの音色を初めて耳にしたのは天才エリック・ドルフィーの『ラスト・デイト』、A面1曲目の“エピストロフィー”、あの立体的な音の塊がスピーカーから飛び出してきた瞬間だ。もちろんセロニアス・モンクの曲ということもあるのだが、エリック・ドルフィーという希有な音楽家の奏でるバスクラリネットの印象は強烈だった。木管楽器特有のあの暖かみのある深い深い音色と、腹の底までズズン、と響き渡る音圧に圧倒された。

日本が世界に誇るサックス奏者・梅津和時はアルトサックスのほかにバスクラリネットも吹く。この『Show the Flog』は全編これバスクラリネット1本で吹き込まれたソロアルバム。ジャズのスタンダードナンバーからオリジナル、果てはアイヌ音楽までバラエティに富んだ内容。バスクラリネットという楽器の魅力が存分に堪能できる。耳馴れた“I want to talk about you”のバラード演奏は名演と言い切ってしまおう。梅津さん、凄いよお。

夜がおとなのものだった頃

静かな夜に聴くジャズはボーカルに限る。などと言い始めるのは私も歳をとったせいか(苦笑)・・・最近ずっと聴いているのが『ナンシー梅木アーリー・デイズ1950-1954』(VICJ-60714)

ナンシー梅木は本名梅木美代志といい1924年に北海道小樽市で生まれた。若い頃から音楽のレッスンを受けた彼女は、終戦後にアメリカのポピュラーソングに興味を持ち、札幌の放送局などで舞台に立つようになる。

やがて1948年に上京、角田孝(g)のバンドで歌っていたが1950年にレイモンド・コンデ(cl)がリーダーの名門コンボ『ゲイ・セプテット』に参加し一躍花形歌手となり、その後も『渡辺弘とスターダスターズ』『小原重徳とブルーコーツ』といった当時の名門バンドや、ラジオ放送などその活動の場を広げていった。

1955年に駐留軍兵士の勧めで渡米、ロスアンジェルスのクラブなどで活躍した後、1957年には『サヨナラ』という映画で東洋人の女性を演じてアカデミー助演女優賞を受賞することになる。そしてリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世によって『フラワー・ドラムソング』のヒロイン役に抜擢され、彼女は一流スターへの階段を上っていく。2007年8月逝去。

もう20年以上前のことだが、私は徒然なるままに日本のジャズ史を調べていた時期があり、その過程でナンシー梅木の存在を知ったが、その頃は戦後の日本ジャズの音源を気軽に聴くことはできず、どんな歌手なんだろうなあ・・・と思っていただけである。

この復刻版を静かな夜に聴いているとなんとも巧い歌手だということがわかる。柔らかなビブラート、ビロードのような声、夜がおとなのものだった時代の雰囲気がしみじみと伝わってくる。

Dsc05855

幻の名盤

CDショップで見つけた『DANISH JAZZMAN 1967』(DEBUT 1149) を聴いてひさびさにジャズにハマった。

1曲目、仄暗い音色のフルートとトランペットがユニゾンでテーマを奏でる「B's Waltz」でもう心が躍る。ベント・イェーディックのフルートが絶妙な響きでカッコいい。

アラン・ボッチンスキーといえば、ジャズベースの巨人オスカー・ペティフォードがデンマークのジャズマンと共演した『BLUE BROTHERS』にも参加している。これも良いアルバムだったなあ。

ちょっと酔っぱらったバド・パウエルみたいなベント・アクセンのピアノも面白いが、なんといっても凄いのがニールス・ヘニング・オルステッド・ペデルセンのベースだ。

低音から高音まで、太い音から鋭い音まで、弦がギリギリとフレットを刻むかのように唸り、4ビートでラインを刻むだけではなく、まさに自由自在縦横無尽にソロを繰り広げて(これはもうベースソロ!)バンド全体をリードしている。まさに欧州が生んだ天才ジャズベーシスト。それだけにピアノソロの後に来るベースソロは余計、だってもうソロを取る必要ないから(笑)

ラテンリズムのテーマがハードバップらしい「Doo's Bluse」、イェーディックのテナーサックスがブリブリ唸ります。そしてキレの良い演奏がかっこいい「Atlicity」と続いて静かなバラード「I Remember O.P.」でアルバムは終わる。名手ダスコ・ゴイコヴィッチはこの曲のみ参加。

いやあ、このアルバムは凄いわ。1960年代、北欧の地デンマークでこんなにも熱い演奏が繰り広げられていたとは驚きである。ひさしぶりにジャズの凄さをじっくりと堪能させられた。

『DANISH JAZZMAN 1967』(DEBUT 1149)
BENT JADIG (ts,fl)
ALLAN BOTSCHINSKY(tp)
DUSKO GOYKOVICH(tp)
BENT AXEN(p)
NIELS HENNIG ORSTED PERERSEN(b)
ALEX RIEL(ds)
Feb. 8, 9, 20, 1967