2008年7月24日 (木)

筒井康隆健在也

桐野夏生『東京島』(新潮社)
無人島に漂着したただ一人の女は、同様に漂着した多くの男たちから女神と崇められる。しかしその女神はまた娼婦でもあった。日本人たちはこの島を「東京島」と呼ぶようになる。やがて中国人たちが漂着し無人島はひとつの“社会”へと変貌する。日本人社会と中国人社会は対立の様相を呈し、あまつさえ日本人社会からはじき出される“同胞”まで現れる。

脱出と絶望、生と死、どこにも行くあてもない東京島を舞台に、熱に浮かされたような狂気が充ちていく…ひさしぶりに桐野夏生を読んだけど、やっぱり面白いなあ。


三崎亜記『鼓笛隊の襲来』(光文社)
遠く南洋海域から日本を襲う鼓笛隊の恐怖。覆面法が施行された世界。公園に現れたほんものの“象”の滑り台。家の中で異次元に入り込んだ男。校庭のまんなかに建つ家に住む家族……日常にスルリと入り込む怪異と恐怖は、いまどき珍しい岡本綺堂のホラーを思い出させてくれる。


筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』(新潮社)
「……さっきバッハの対位法の話が出たけれども、あれなんかベケットのやったことからだいぶ遅れているわけです。文学では誰もあれをやってない。つまりあれは反復するわけです。音楽には反復ということがある。いま聴いたばかりのメロディーを、あれはいいからもう一度聴きたいという聴衆の希望があるでしょう。音楽の場合、それをすぐ叶えてくれる。小説でなぜそれがないのか。つまり、いま読んだ文章がいいから、もう一度読みたいということはあると思うんですよ……」

というわけで、小説で“それ”を実現してしまうところが筒井康隆の筒井康隆たる所以。いやあ、さすが筒井康隆である。日常を遠く離れた“小説”の高みを存分に堪能させてくれます。

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2008年7月 6日 (日)

チャイ語?

書店に行くとついつい語学書コーナーを覗いてしまう。そしていつも中国語のテキストがたくさん出ているなあと思うのである。

私が中国語を学んでいた頃…1980年代半ば…はそれほど多くの種類は出ていなかったように思う。どれもこれも今から見れば堅苦しいテキストが大半を占めていたような気がする。イラストや写真も堅苦しくて、街角の中国人は人民服を着て自転車に跨がっていたような記憶がある。写真も天安門広場、天壇公園、頤和園、九龍壁…そんなもんでした。それがいまでは百花繚乱の如くさまざまな中国語テキストが出版されては消えて行く。

1980年から現在までを検索してみると、中国語のテキスト…厳密には辞書も含まれるがまあそのへんはご容赦…総数は1727件がヒットする。年代別に見てみると以下の如くだ。

1980年代 342件
1990年代 704件
2000年代 681件 ※2007年度まで

データベース:紀伊國屋書店BookWeb 
検索キーワード:中国 
NDC(日本十進分類):82△(言語:東洋諸語)

改革開放政策が始まった80年代に比べて、改革開放政策が全開になった1990年代はほぼ倍増しており、2000年代に入ってからも出版点数は上がるばかりだ。現在ではたとえばイラストひとつをとってもかつての堅苦しい挿絵からポップなものに変わり、天安門広場を行き交う中国人も人民服など着てはいない。紙質もよくなり(笑)付録CDもあたりまえのようについている。かつては別売のカセットテープ(しかも高価)だったのが昔日の感ありだ。

検索語を「中国語」ではなく「中国」としたのは、「中国語」以外に「チャイニーズ」「漢語」といったタイトルも少数だが標題に含まれているからだ。しかしどの本にも「中国語」という標題は含まれているので検索漏れはない(はず)。国内の出版物でまずお目にかかれないのが「華語」。これは臺灣や東南アジアで使われている単語だ。例外的に2冊だけ出版されていた。就中店頭で見つけて吃驚したのが標題に堂々と「チャイ語」と書かれたテキスト。そういえば学生たちが「チャイ語取ってる?」「チャイ語、単位落としそう…」などという会話を耳にして、チャイ語って何だ…としばし考えてから、ああ中国語のことかあ!とようやく気づいたことがあった。注意して聴いているとフランス語をフラ語などと言っていたっけ。

ちなみに同じ条件で「広東語」は58件、「台湾(臺灣)語」は22件がヒットする。広東語は1990年代の香港映画ブームの影響があるのだろうか。現在、中国に返還された香港では標準語(普通話)の学習熱が高まっているらしいが、香港では広東語が必須なので学ばないとダメ。臺灣語に至っては外国人が使う機会がほとんどなく、また臺灣では標準語(國語)が通用するためあまり需要はないからこんなもんだろう。

ついでに主な東南アジア諸語テキストについても調べてみた。ちなみに検索条件は同じ。

韓国・朝鮮語は全部で532件ヒット。そのうち「韓国語」を含むものが453件、「朝鮮語」を含むものが79件あった。ここでややこしいのが「ハングル」というキーワード。「ハングル」+「韓国語」と「ハングル」+「朝鮮語」といった、「ハングル」併記のものもあるのだが、分けて検索できない。検索キーワードを「ハングル」としてみると191件ヒットする。「ハングル」は文字のことであり言語のことではない。ハングル文字を学ぶためのテキストなら頷けるのだが、「ハングル」を冠して語学テキストとしているものも相当数あり、就中「ハングル語」などという噴飯ものの標記も散見される。それじゃ「ひらがな語」とか「アルファベット語」ってのもありか? 532件のうち2000年以降の出版が343件を占めており、これは間違いなく韓流ブームの影響であろう。その他「コリア語」1件、「コリアン」12件、「韓語」1件がヒット。まあこの言語は、日本に於いては主体の政治的立場が強く影響されるからしかたないですね。

タイ語は119件ヒットし、うち2000年以降が71件を占めている。ベトナム語は56件ヒットし、うち2000年代以降が30件を占めている。いずれも1990年代から出版点数が急増しているが、これは1990年代のアジアブーム、バックパッカーブームや、バブル経済崩壊後、東南アジアに生産拠点を移すなどして現地に在留する日本人が増えたこと、また東南アジアから就労や留学などで多くの外国人が流れ込んで来たことも関係していると思う。

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2008年7月 5日 (土)

岩波写真文庫

ここしばらく出張に出かけたりしてヘロヘロになりつつある。それでも出先に書店があればついつい入ってしまうし、手ぶらで出てくることなど殆どない。

『これが中国人だ!』(祥伝社新書)
『中国雑学団』(マガジンハウス)
『トンデモ大国中国の素顔』(彩図社)
『中国語基礎知識』(大修館書店)
『ソ連・中国の旅』(岩波写真文庫)
『汽車の窓から』(岩波写真文庫)
『ホテル・ニューハンプシャー』(新潮文庫)

以下3冊は古本…
『江戸川乱歩傑作選』(新潮文庫)
『旅の終わりは個室寝台車』(新潮文庫)
『全線全駅鉄道の旅4:関東1500キロ』(小学館)

それにしても最近は中国豆知識みたいな本が多いなあ。北京五輪もそうだけど四川大地震だのチベット暴動だの…最近だと貴州省プイ族自治県で起きた暴動もあるな…いったいこの大国がどうなるのだろうという興味と不安があるのだろう。

それはそうと復刻版岩波写真文庫がとても新鮮で面白い。すでに『汽車』『本の話』『ソ連・中国の旅』『汽車の窓から』を買ったが、どれもこれも興味深いものばかりだ。戦後間もない頃に活字主体から写真主体という、しかもコンパクトな新書サイズでシリーズ刊行された。当時はきっと斬新で新鮮なイメージを持って迎えられたのだろうなあ。

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2008年6月16日 (月)

赤の時代

洋書は滅多に買わないのだが面白いものがあるとつい買ってしまう。先日は『SOVIET POSTERS』(PRESTEL)を買った。

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簡単に言うとソビエト社会主義連邦時代のプロレタリアアート全開ポスターを集めた本。中身はこんなにポップでキッチュなデザインから写実的な絵画調まで多岐にわたっていて、ページを繰っていても飽きることがない。革命の風に帆を張るロシア・アヴァンギャルドの息吹が波打っている。ポストモダンも裸足で逃げ出すくらいの迫力だ。とはいえ今見ると少々うるさいかもしれないけどネ。

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こちらの『CHINESE POSTERS : Art from the Great Proletarian Cultural Revolution』(Lincoln Cushing and Ann Tompkins)は、1966年から1976年にかけて中国全土を揺るがしたプロレタリア文化大革命のポスターを集めた本。

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どうですか、ソ連のプロレタリアアートとは打って変わったこのわかりやすさ。写実的だったり山水画だったり伝統絵画だったりするけど、全体のトーンは一貫している。つまり藝術的なデザインは皆無に近い。

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やはり西欧文化の伝統があるソ連と中国四千年の伝統中華との違いなんだろう。ま、プロレタリアート文化大革命ってくらいだから、農民を代表とする労働者層に理解しやすいデザインじゃなくちゃいけなかった。それに変に“藝術的”になるとたちまち走資派(資本主義傾向の実権派)とみなされて打倒されてしまう恐れがあった。藝術は労働者や社会に貢献しなければいけない、というプロレタリア藝術運動を素直に採択した結果だろう。中華人民共和国が成立する以前の中国では、ロシア・アヴァンギャルドに影響を受けた絵画やポスターが多く発表されている。

毛沢東もスターリンも不必要に大きく描かれているが、これは社会主義プロパガンダの常套表現。労働者は繰り返し繰り返しこの種のポスターを見るうちに、カリスマは巨大な存在であるという意識を刷り込まれる。最近では朝鮮民主主義人民共和国の金日成を描いたポスターや絵画がこういう構図だ。

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社会主義の始祖ソビエト連邦と、ソビエト中央を指導者と仰ぐ中国が手をつないでいた時代のポスターがこれ。このあとにスターリン批判に端を発する中ソ対立が起こってしまうのである。いまじゃロシアも中国も金儲けに奔走してるしねー。レーニンもスターリンも毛沢東も周恩来も草葉の陰でどう思っているのだろう。

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2008年6月 9日 (月)

切符を買いに中国へ

星野博美『愚か者、中国をゆく』(光文社新書)を読む。

なんと心に響いてくる一冊であろう。著者は1966年生まれだから私と同世代だ。中国に興味を持って大学に入学したものの、周囲は欧米一色、青い目の西洋人に群がる日本人学生たちを眺めて「ここは植民地か?」と違和感を抱き、まだ見ぬ中国への憧憬を募らせていた若き日の著者。うーん、わかるわかる。私も似たようなものだった(笑)

1980年代初めに中国語だの中国文学だのを学ぼうとする連中は、おしなべてどこかひねくれていた、というか変わり者というか、とにかくまだまだ中国に対する日本人の認識は低かったと言わざるを得ない。1970年代後半の中国報道は私も憶えている。毛沢東の死去、四人組裁判、人民法廷で怒鳴り散らす江青、中国残留孤児の来日、そしてNHKの『シルクロード』放映開始……ついでに言えば藤原新也の写真&紀行文『全東洋街道』、短波放送から聞こえてくる北京放送と中国古典音楽、人民服を着たYMO『ソリッドステイト・サバイバー』のジャケット(笑)……中国文学科に在籍して真面目に中国語や中国文学を学ぼうとする志の高い学生から見れば、私のような学生はみごとにトンチンカンだ。

著者は1986年に香港へ語学留学に赴くが、香港は紛れもなく「植民地」だった。ここでも著者の違和感は続く。そして1987年の春、著者はクラスメートのアメリカ人マイケルとともに1ヶ月に渡る中国本土への旅に出かけた。1980年代の日本人とアメリカ人の若者が見た中国本土は、それはそれは驚天動地の国だった。ふたりは汽車を乗り継いで広州から西安経由でシルクロードの烏魯木斉(ウルムチ)を目指す。著者は初めて中国個人旅行を経験したものが必ず遭遇する「切符は何処だ?」問題に直面する。とにかく駅の窓口で求める切符を買うことの困難さに絶望し続ける。

「明日の北京行き寝台切符を一枚ください」
「没有!(ない)」

嗚呼「没有!」「没有!」「没有!」何処へ行っても「没有!」「没有!」「没有!」だ。それでも硬座(文字通りの木製の座席)切符を持って汽車に乗り込むと硬臥(やや固めの寝台)はいくつも空いている。人々は知恵を絞って友人知人のネットワークやコネを利用して長距離切符を手に入れる。況や外国人においておや。外国人特権を行使すればわりと簡単にいくこともあるのだが、なぜか若者はそれを行使したがらない。中国人民と同じ汽車に乗り同じ宿に泊まり同じものを食べることこそ、真に中国を知ることなのだ、と頑に信じている。資本主義バリバリの母国にいるときとは違い、なぜあれほどストイックな気持ちになれたのだろう?

「辛い修行をすればするほどステージが上がり、楽をした者はステージが下がる。ほとんど宗教と同じだった」(同書 p59)

いまでもバックパッカーたちはそうなのだろうが、とにかく貧乏でハードな旅をしてきたものは、旅の達人という称号を贈られ、ある種羨望の的となる。「哈爾濱(ハルビン)から上海まで硬臥で行ってきた」「おれなんか上海から西安まで硬座だぜ」「烏魯木斉からカシュガルへ行ってそこからアフガニスタンに抜けて戻ってきたんだ」「成都のドミトリーは値段が安くてよかったよ。でも半端なく汚いからなあ」延々と自慢合戦は続く。「辛い修行」を「辛い旅」と言い換えればあなたにもおわかりだろう。そう、1980年代の中国には修行に励む世界の若者がたくさんいたのである。

行く先々で切符確保に躍起になる日本人の著者と、たまには切符なんか忘れて旅を楽しもうとするマイケルは、ときに仲良くときに喧嘩し乍らシルクロードを目指す。著者はこの不条理な旅のなかで、嫌というほど中国という異文化に叩きのめされ、マイケルというアメリカ人とのコミュニケーションに悩み、そして自分の頭と身体で中国という国を、中国という異文化を、中国人という人々を理解したのだった。なんとすばらしい青春であろう! 同時代に同時期に中国というよくわからない国をうろつき回っていたかつての若者たち必読の一冊だ。

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2008年6月 7日 (土)

本馬鹿

こう毎日忙しいとストレスがたまる。ストレスがたまると本を買ってしまうのが悪い癖だ。癖というかもう病気だな。この10日間で買った本の一部がこれ。

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だってちくま学芸文庫の復刊フェアなんかしてるから『江戸の悪霊祓い師』『南方熊楠随筆集』を買わなくちゃいけないし、小島信夫の小説集が並んで置いてあったりするし、星野博美の中国本が新刊平台に積んであるし、小説コーナーに行くと筒井康隆に三崎亜記に古川日出男の新刊が置いてあるし、斎藤美奈子が二冊も置いてあるし、中公文庫の復刊なんか見つけちゃうし……魯迅や三国志の研究書も分厚いポル・ポトのノンフィクションも置いてあるし……どうしよう……仕事休んで読もうかなあ、有給休暇たくさん残ってるし(笑)

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2008年6月 3日 (火)

『蟹工船』再読

およそ20年ぶりに『蟹工船』を再読。

いま読むとその“面白さ”がよーくわかる。やはり社会経験がないといまいちピンとこないな……というか想像力の問題かもしれない。でもやはり社会経験を経るといろいろと細部まで理解できる。

若者が共感しているのは、労働者たちの素朴な連帯感といたわり合い、不当に搾取される労働者たちの悔しさと悲哀、権力への抵抗、勝利と敗北、そして明日につながる希望……といったところなのだろう。

人材派遣会社の不当就労斡旋行為が問題視されているいま、フリーターは使い捨てという現代社会の流れは、まさに『蟹工船』の世界とほぼ同じだ。これじゃ共感する若者が多い(らしい)のもむべなるかな。

とにかく使い捨てにされないためにも自ら学ぶことはだいじなんだよ。「大人はわかってくれない」とか「学校や先生はなにもしてくれない」と尾崎豊みたいなことを言うのも無駄とは思わないけど、いつまでも青春は続かない。

若者よ『蟹工船』を読め! って私ごときが言うことじゃないか(苦笑)

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2008年5月30日 (金)

古典の復権

小林多喜二の名作『蟹工船』が今年の増刷だけで累計20万部を越えたという。どうやらワーキングプア問題とのからみで20代~30代前半の世代に読まれているらしい。宮本顕治が生きていれば涙を流したことだろう。

私も人並みに大学生の頃に読みました『蟹工船』……なんか露悪的に暗い過酷な労働者の話だなあと思った記憶がある。まあ浮かれた80年代だったしバブルもすぐそこだったし“当時のフツーの大学生”としては特に変な読後感ではなかろう、と思う(苦笑)

たぶん中国語やロシア語にはいちはやく翻訳されていたはずである。私の好きな日本の小説は『蟹工船』です」と真面目に話す中国人もいた。「あなたはシャオリン・トゥオシーアルをどう思いますか?」と訊かれて、絶句したこともあった。「シャオリン・トゥオシーアル……ああ、小林多喜二かあ……どうって言われてもなあ……」

現在、『蟹工船/党生活者』(新潮文庫)と『蟹工船/一九二八・三・一五』(岩波文庫)のふたつの版があるが、装幀は断然新潮文庫版のほうがかっこいい。なんたって1929年に『定本日本プロレタリア作家叢書』の一冊として、戦旗社から発行された初版装幀をそのままカバーにしているのだ。かつてはなんだか薄暗い油絵みたいな装幀だったのでよけいかっこいい。プロレタリアアートってほんとポップでメッセージ色が強くて、私はコミュニストじゃないけど大好きだ……こういう見方は不遜なのであろうか?

しかしいまの若者が『蟹工船』に共感するというのがよくわからない。果たして共感しているのかどうかもわからないが、ほんとうに共感しているのなら日本共産党入党者が増えそうなものだが……増えてるのかな? だいたい『蟹工船』に描かれている不潔な悲惨さにどこまで共感できるのだろうか? 搾取される側の論理で共感しているのかなあ。

ま、なんにせよ古典がふたたび読まれるというのはいいことだと思う。誤解を恐れずに言えば、ね。

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2008年4月20日 (日)

赤めだか

立川談春『赤めだか』(扶桑社)を読む。

雑誌『en-taxi』の連載が本になった。連載中から興奮しつつ読んでいたので、書店で見つけて即購入した。帰りの電車のなかで読み始めたら止まらなくなった。本を持つ手が震える。苦笑爆笑、そしてため息が漏れ涙が滲む。談春といっしょにドキドキする。ホッとする。凄い、凄いぞ、談春。

帯に「サラリーマンより楽だと思った。とんでもない、誤算だった。落語家前座生活を綴った破天荒な名随筆」とあるが、なにより破天荒な談春が凄い。立川談志の高座に衝撃を受ける高校生というのも凄いし、古今亭志ん朝より立川談志のほうが凄いと理解した感性も恐ろしい。落語に賭けた青春などというとなんだか文部科学省推薦みたいだが、もしも文部科学省が『赤めだか』を推薦したとすればその了見やよし。まあそんな酔狂なやつは役人にはいないだろうが。

談春は私と同世代。だから談春の青春時代は私の青春時代だ。私が高校生から大学生、社会人になるまでの時代が強いリアリティとともに心に迫ってくる。この頃私は何をしていたのだろう、と記憶をたぐり寄せ乍ら読む。あの白々しい1980年代が蘇ってくる。いやどんな時代だったなんてことはどうでもいいのかもしれない。私の青春時代(苦笑)が白々しかったなどというのは寂しい。寂しかったとしてもそれは時代のせいではなく自分のせいだ。文章を追うたびにページをめくるたびにそんな思いが強くなっていく。

というわけで今年度随筆ベスト1は『赤めだか』に決定。たったいま私が決めた。四の五の言わずにいますぐ読みなさい。

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2008年3月 5日 (水)

町田の古本屋

某月某日
『ぐうたら好奇学』を三十年ぶりに再読したら面白くてしかたがない。というわけで遠藤周作『ぐうたらシリーズ』を探しに町田の古本屋巡りに出かける。

はじめに高原書店にて遠藤周作の『ぐうたら交友録』、『ぐうたら人間学』(講談社)、『狐狸庵閑話』(新潮文庫)、『狐狸庵交友録』(河出文庫)を購う。さすが町田市の古書店。遠藤周作邸(通称『狐狸庵』)は町田市玉川学園にあるからだ。勢いづいて遠藤周作の友人であり同じ「第三の新人」安岡章太郎の『良友・悪友』(角川文庫)、『へそまがりの思想』(角川文庫)、吉行淳之介『悪友のすすめ』(角川文庫)、小島信夫『墓碑銘』(講談社文芸文庫)を購う。その他、尾崎一雄『楠ノ木の箱』(旺文社文庫)、ねじめ正一『ねじめ正一詩集』(思潮社)を購う。鉄道関連書コーナーにて『全線全駅鉄道の旅6 中央・上信越2100キロ』(小学館)を見つけたのでついでに購う。

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高原書店はかつて小田急町田駅第一踏切前のPOPビル(その前はミドリヤビル)に入っていた。その後、現在の場所に移転して営業を続けている。雑居ビルの1階から4階に間借りしているため、部屋が細かく区切られていて、絶版文庫の部屋や社会科学の部屋なんて感じになっていて面白い。探索しがいのある大型店舗なので、町田へお越しの際はぜひ足を運ばれたし。きっとお探しの本が見つかるでしょう。


ジャバーウォックにて伊藤桂一『黄土の狼』(集英社文庫)、林京子『上海/ミッシェルの口紅』(講談社文芸文庫)、高橋源一郎『追憶の一九八九年』(角川文庫)、チャールズ・ブコウスキー『ブコウスキーの酔いどれ紀行』(河出書房新社)を購う。

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ここは町田では新しい古本屋で、古本のほか、絵本やフィギュア・骨董が置いてある、小さい乍らも賑やかな古本屋だ。ポストモダン、映画、ジャズ、アート系など思わず食指が動く品揃えも魅力的。


成美堂書店ではあまりめぼしいものはなかったが、荒川洋治『本を読む前に』(新書館)を一冊だけ購う。

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ここは上記3軒のうち最も渋い古本屋。インターネットで見てみると古い絵葉書が充実している。


町田市内には上記3軒の古本屋のほか、久美堂、有隣堂書店、リブロといった新刊書店、巨大店舗のBOOK OFF町田店があり、本好きにとってはかなり満足できる環境。かつては原町田1丁目のあたりに二の橋書店という渋い古本屋があったのだが、だいぶ前に移転してしまった。ここにも足しげく通ったものだったなあ…

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2008年3月 2日 (日)

狐狸庵先生の渋谷

某月某日
古本屋にて遠藤周作『ぐうたら好奇学』(講談社)を発見。懐かしくて思わず手に取る。ほかにも遠藤周作『ぐうたら生活入門』(角川文庫)、吉行淳之介/開高健『街に顔があった頃』(新潮文庫)、上前淳一郎『イカロスの翼 美空ひばりと日本人の40年』(文春文庫)を購う。

某月某日
本を探しに新刊書店に行く。探していた本は品切れらしく見当たらないので古本屋で探すことにする。都築響一『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(晶文社)、小牟田哲彦『今でも乗れる昭和の鉄道』(東京堂出版)、荒木経惟『さっちん』(新潮社)を購う。『さっちん』は若きアラーキーの魅力あふれる写真が文句なしに楽しい可笑しい。元気の出る写真集だ。

某月某日
近所の古本屋を覗くも収穫なし。もう一軒の古本屋を覗くと、宮脇俊三と原田勝正が編集委員を務めた『全線全駅鉄道の旅シリーズ』の端本があった。その中から思い入れのある路線部分の『東北2800キロ』(小学館)、『奥羽・羽越1700キロ』(小学館)を購う。昭和五十年代半ばの本なので国鉄時代の写真がふんだんに掲載されていて楽しい。


私が中学生の頃、家に遠藤周作の『ぐうたらシリーズ』があって熱心に読んだ。正直、子どもにはよくわからない大人のシャレたユーモアと、子どもにもわかるくだらないユーモアが混在して、楽しく読んだものである。今になってまた読み返したらこれが実に面白い。面白いと同時にユーモアのなかに人生の機微と哀感を描いた随筆が胸にしみてきた。

昭和三十年代の渋谷の街を舞台に綴られる随筆など、これぞ名文というすばらしいものであった。田舎の中学生にはぜんぜんわかるはずもない。だいたい渋谷がどういうところであるか知らないのだから。それでも大人になって上京してから渋谷を知り、渋谷を徘徊して酒を飲んだり飯を食ったりするようになった今、ひとつひとつの文章が心にしみてきて心地よい。遠藤周作が駒場の借家に暮らしていた昭和三十年代の話である。

この頃遠藤周作は三十代半ば、今の私よりずっと若かった。それでいてこの大人ぶり…我が身を省みて悄然としてしまう。


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2008年1月 3日 (木)

新年の読書

中島京子『FUTON』(講談社文庫)を読む。
日本自然主義文学の嚆矢といえば、田山花袋の『蒲団』ですが、これはそれから100年後に書かれた中島京子の『FUTON』です。『蒲団』では、主人公の小説家@田山花袋が、内弟子の文学志望の女学生@実在に恋をする。ところが女学生@実在は恋人の大学生と恋愛関係になり、小説家@田山花袋はいてもたってもいられない。小説家@田山花袋はこれを「恋ではなかったか」と自問自答するが、読者はこれを「オヤジの性欲にまみれた妄想@片思い」と言う。
『FUTON』では、日本文学を研究するアメリカ人教師デイブ・マッコーリーが、留学生の日系アメリカ娘エミに恋をする。ところが日系アメリカ娘は恋人の日本人留学生と恋愛関係になり、デイブはいてもたってもいられない。中年オヤジの恋と妄想は時空を超える。
学会にかこつけてはるばる東京までエミを追いかけてきたデイブは、エミの曽祖父ウメキチ、自称アーティストのイズミ、イズミの恋人で同性愛者のハナエ、バーガーショップの店長・タツゾー(ウメキチの息子でエミの祖父)たちと出会い・・・明治~大正~昭和~平成という時代が、東京を舞台に錯綜する。『蒲団』ではほとんど無視されている小説家@田山花袋の妻を主人公にした、デイブの『蒲団の打ち直し』というメタ小説が同時進行する仕掛けも面白く、それでいて実に哀しく刺激的。
近頃面白い小説がないとお嘆きの貴兄には絶対お奨めの一冊であります。・・・いやはや、こんな面白い小説を読んだのはひさしぶりだ。

小島信夫『アメリカン・スクール』(新潮文庫)を読む。
小島信夫の『抱擁家族』を読んだときの不思議な感覚から1年、今回手にとったこの初期短編集ときたら、またまた私を不思議な感覚世界に誘ってくれたのである。ちょっと梅崎春生を思わせる、私小説と幻想小説の境界線を行ったりきたりする作風が面白い。主人公の意識は常に現実と妄想、現実とフィクション、過去と現在を往来しつつ、読者に哄笑を催させ乍らも気がつくと腋の下に嫌な汗が・・・

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2008年1月 2日 (水)

年末の読書

文庫本をカバンに入れて年末恒例の放浪旅。

笙野頼子『笙野頼子三冠小説集』(河出文庫)を読む。
書店で立ち読みしたらJR鶴見線のことが書かれていたので読んでみたくなったのだ。収録作品は『タイムスリップ・コンビナート』(芥川賞受賞作)『二百回忌』(三島由紀夫賞受賞作)『なにもしてない』(野間文芸新人賞受賞作)の三本です。東北本線各駅停車の車中で読み乍ら吃驚仰天。まさにフィクション(小説)らしいフィクションではないか。絶頂期の筒井康隆を思わせる、ねじれた疾走感とよじれた言語感覚が、虚構の極北(といっても過言ではない)の縁を綱渡りしていてたまらない。しかしまあこのタイトルくらい圧倒的なタイトルは少ないのではないか。思わず拍手。

森奈津子『西城秀樹のおかげです』(ハヤカワJA文庫)を読む。
粉雪混じりの風が吹く東北地方の港町を歩いていたら古本屋に出くわした。何も迷うことなく店に入る。旅先で古本なんぞ買ってもしかたないのだが、もう病気だからしかたがない。マンガと文庫本とエロ本を眺めていたらこの本が目についた。森奈津子・・・誰だっけなあ、聞いたことあるなあ・・・列車の座席に座って読み始めたら突然思い出した。あ、そうか、オタクで変態の人だ。そしてこの短編集・・・最初から最後まで面白い。まるで頭から尻尾の先までアンコがつまった鯛焼きのよう。SFとエロスとギャグが縦横無尽に繰り出される。東北の港町での邂逅に感謝。

今年もよろしくお願い申し上げます。

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2007年12月 8日 (土)

歳末に悶絶する三冊

乃南アサ『凍える牙』(新潮文庫)
深夜のファミレスで男が突然炎上して死んだ。男の脚にはオオカミらしき獣に噛まれた痕があった。続いて天王洲アイルで若い男が、多摩川にほど近い丘陵地帯で若い主婦が、オオカミとおぼしき獣に噛み殺された。警視庁機動捜査隊の音道貴子は、相棒の中年オヤジ刑事滝沢と謎のオオカミを探す。どうやら獣はオオカミ犬らしい。そしてそのオオカミ犬を操る犯人は誰なのか? ファミレスで死んだ男はなぜ炎上したのか? 動機は何か? 被害者たちのつながりは? 一気呵成に読ませる筆力はさすが。都会を疾駆するオオカミ犬の美しさに魅せられる。後半の流れるような描写は感動的。1996年直木賞受賞作。

船戸与一『金門島流離譚』(新潮文庫)
『山猫の夏』『砂のクロニクル』などの冒険小説で知られる船戸与一が、台湾を舞台に描いたサスペンス小説。舞台は台湾と中国大陸のはざまに位置する金門島というところが渋い。台湾と中国大陸の関係を如実に体現している場所として、ここ以上の土地はないだろう。元エリート商社員の藤堂は、金門島で密貿易の仕事をしている。しかし彼の古い友人が白昼の飛行場で殺され状況は一変した。藤堂の周りに血なまぐさい人間たちが集まり始め、彼もその狂乱の渦に巻き込まれていく。もの悲しくも遣り切れぬ余韻が切ない併録の中編『瑞芳霧雨情話』も良い。臺北近郊の街、瑞芳や九分を舞台にした小説は、たぶんこれだけなのではあるまいか。

城山三郎『硫黄島に死す』(新潮文庫)
書店で立ち読みをしたら思わず惹き込まれてしまった。経済小説の大家として知られる著者のもうひとつの顔がここにある。1932年のロサンゼルス五輪馬術障碍競技の金メダリストであり、硫黄島の激戦で戦死した西竹一中佐を描いた表題作。スポーツと貴族性を体現した西中佐が、戦争という悲劇のなかで味わう苦悩を描いて秀逸。戦争を題材にして描かれた短編集なのだが、ひとつひとつが実に味わい深く、私の胸の奥にキリキリと突き刺さってくる。

最近は時刻表ばっかり読んでいるけど、ちゃんと読書もしている。それにしても読書は体力だ、とつくづく思いますね。三十代までは寸暇を惜しんでガシガシ本を読んでいたけど、さすがにだんだん読む気力がなくなってきた。いや、読みたい気持ちは満々なんですが…

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2007年10月16日 (火)

神保町を彷徨う

ひさしぶりに神保町へ出かけて書店巡り。

東京堂書店にて、内田樹『街場の中国論』(ミシマ社)、田村志津枝『李香蘭の恋人〜キネマと戦争』(筑摩書房)、立川談志『談志絶倒昭和落語家伝』(大和書房)、林哲夫『古本屋を怒らせる方法』(白水社)、喜多村拓『古本屋開業入門〜古本屋商売ウラオモテ』(燃焼社)、酒とつまみ編集部編『酔客万来』(酒とつまみ社)を購う。相変わらずここの魔法の新刊棚の威力は凄い。あれもこれも欲しくなってしまうじゃないか。

中国書籍専門書店の内山書店にて、周啓虹『日記で学ぶ中国語日常表現』(DHC)、鉄道部運輸局編『全国鉄路旅客列車時刻表』(中国鉄道出版社)を購う。さすが大陸の時刻表はたくさん載っているなあ。むかしからそうなのだが、中国の市販の時刻表はかなり省略されている。すべての運行表が掲載されたのは無いのかなあ?

ローカル出版社の本が揃う書肆アクセスにて、大穂耕一郎『東北ローカル線の旅』(無明舎出版)、林哲夫『喫茶店の時代〜あのときこんな店があった』(編集工房ノア)を購う。北海道から沖縄まで個性的な出版社はたくさんある。やっぱり書肆アクセスは良い本屋だ。

お腹が空いたのでキッチン南海にて盛り合わせ定食を食べる。うーん、美味しい。定食が来るまで『酔客万来』に目を通す。中島らものインタビュー(完全版)が無気味な迫力に満ちていた。

書泉グランデ6階鉄道書籍売場にて『岩波写真文庫復刻版:汽車』(岩波書店)を購う。赤瀬川原平セレクションの復刻版。岩波写真文庫は写真家の名取洋之助が編集長格だったのだなあ。

古本の小宮山書店にて、海野弘編『上海摩登(シャンハイモダン)』(冬樹社)、田村志津枝『台湾発見〜映画が描く「未知」の島』(朝日文庫)、村松伸『中華中毒』(ちくま学芸文庫)を購う。『上海摩登』は、たぶん1930年頃に刊行されていた諷刺漫画雑誌(『上海漫画』とか)あたりが元ネタなんだろうと思ったが、包装されているので中身がわからない。まあいいやと思ってレジに持って行くと、店員が「内容、確認しますか?」と言って見せてくれた。やっぱり思った通りでした。それにしても懐かしいです、冬樹社。

やっぱり寄らずにはいられない三省堂書店にて、池田清彦『他人と深く関わらずに生きるには』(新潮文庫)、梅棹忠夫『情報の文明学』(中公文庫)、大竹伸朗『既にそこにあるもの』(ちくま文庫)、岡崎武志『古本病のかかり方』(ちくま文庫)、小林信彦『回想の江戸川乱歩』(光文社文庫)を購う。『他人と深く関わらずに生きるには』『回想の江戸川乱歩』は単行本で持ってるんだけどまた買っちゃった。家にあるはずだけど何処にあるかわからないしね。

それにしてもほんとうにひさしぶりの書籍大人買い。リュックの紐が肩に食い込んで重かった…

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2007年2月21日 (水)

暗闇の古本屋

いつものようにくたびれ果てて家路に着く途中、川のほとりに一軒の古本屋をみつけた。以前はたしか食堂があったような気がするが、いつのまにか古本屋になっていた。これはいちど挨拶に行かねばならぬと扉を開ける。挨拶といってもようするに品定めをするだけだが。

文庫本中心の、それもこれといった目玉のない無難な品揃えである。まあこんな場末の街で黒っぽい本を揃えても商売にはならないだろう。旺文社文庫の内田百間がぞろりと揃っていたので値段を確認すると、予想通りどれも1000円以上の値がついていた。カウンターには初老のオジサンが無言で座っている。BGMは『I only have eyes for you』、女性ボーカルにテナーサックスが絡んでなかなか良い感じのトラックだが、誰が歌っているのかはわからない。

せっかく挨拶に来たのだから何か買って帰ろうと、棚の隅から開高健のルポルタージュ『ずばり東京』を抜いた。東京オリンピック直前の東京、新宿にサラリーマンと学生が群れ集い、東京の玄関だった上野駅に家出した少年少女が集まり、大手町に都庁があり、日本橋は首都高の高架に覆われたばかりで、練馬の畑で大根が作られ、佃島に渡し船があった頃の東京シチー(by 篠原勝之)だ。

まえがきによれば、芥川賞を受賞していちやく小説家の仲間入りをしたはいいが、お定まりのスランプに陥り鬱々としていた頃、大先輩の武田泰淳に「小説が書けなくなったらムリせずにルポルタージュを書け、書斎にこもって酒ばかり飲んでいちゃダメだ」と助言されての産物。開高健は東京のあちこちに棲むひとびとの生活とことばを活き活きと書きとめている。後年、硝煙たなびくベトナムやナイジェリアを彷徨い、大魚を釣りに世界のあちこちへ出かけた原点となる作品だ。

この店はほかに面白そうな本も置いていないので、もう二度と足を運ばないかというと実はそんなことはなく、また近いうちにくたびれ果てて家路に着く途中、私は住宅街の暗闇にぼんやりと浮ぶこの店の扉を開けるのである。

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2006年12月29日 (金)

硫黄島の陰に隠れて

稲垣武『沖縄 悲遇の作戦:異端の参謀八原博通』(光人社NF文庫)を読む。

クリント・イーストウッド監督の 『硫黄島からの手紙』が大ヒットしているらしい。太平洋戦争末期、辺境の激戦地硫黄島で、少数部隊にもかかわらず圧倒的な物量を誇る米軍に対し徹底抗戦、米軍に莫大な出血を強いて壮絶な戦死を遂げた栗林忠道中将(渡辺謙)率いる硫黄島守備隊を描いた作品。

栗林忠道(1891-1945)はアメリカ留学経験もある日本陸軍にあって数少ない知米派の軍人だった。日本陸軍は米軍の実力に対して過小評価しており、昭和18年に至っても対ソ戦研究に没頭していたという。栗林は米軍の圧倒的な物量と輸送力を早くから理解していたが、当時の陸軍にあっては少数派に過ぎなかった。

栗林忠道は島の天然洞窟をそのまま戦略基地として活用し、縦横につながる洞窟から昼夜を問わず奇襲攻撃をかけて、自軍の3倍近い米軍を40日に渡って戦い続けたのである。米軍は最初、硫黄島占領は数日でかたがつくと踏んでいたというが、ようやく占領を終えたときには戦死者・戦傷者2万名を超えていた。

栗林忠道が評価されているのは、米軍が「バンザイ・アタック」と称した、命を捨てて突撃してくる玉砕を兵士に禁じたことである。いたずらに命を捨てることなく、最後の最後まで知力を絞って米軍に立ち向かった姿勢が、ほとんどが全滅という結果に終わったとはいえ、米軍に対して恐怖と尊敬の念を抱かしめたのである。なお、日米の地上戦において、米軍の死傷者が日本軍のそれを上回ったのは、実にこの硫黄島だけだという。

『激動の昭和史 沖縄決戦』(1971東宝)という映画がある。これは太平洋戦争で唯一の地上戦の舞台となった沖縄本島で沖縄守備隊・第32軍が、少数部隊で圧倒的な物量を誇る米軍に対し徹底抗戦、莫大な出血を強いてほとんど全滅した戦いを描いている。軍人から民間人、ひめゆり部隊まで、さまざまな登場人物が織りなす群像劇。戦争映画といっても決して戦争を讃美してなどおらず、なかなか見応えのある映画なのだ。

数知れぬ沖縄の人々が老人から子ども、ひめゆり部隊として知られる女学生たちまでが命を奪われた。沖縄は本土に捨てられた、と沖縄人が恨むのは当然であろう。しかし軍人たちも実は同じなのであった。大規模な地上戦が予想された沖縄戦線だが、大本営が第32軍に与えた武器も資材も人数も、軍司令部をして甚だ失望させる貧弱さであったという。第32軍司令部はほとんど死を覚悟していた。戦争末期の大本営は混乱甚だしく、作戦や指示がころころと変わり、数多くの軍人は敗戦と死を予感していたという。

この映画の主要キャストは沖縄守備隊・第32軍司令官牛島満中将(小林桂樹)、長勇参謀長(丹波哲郎)、そして八原博通高級参謀(仲代達矢)である。高級参謀の八原博通(1902-1981)は日本陸軍にあって数少ない知米派の軍人。アメリカに留学しアメリカ人の気質や軍備について熟知していた。本人も合理的な理論派として知られ、精神主義が幅をきかせた陸軍において異端の軍人だったという。

第32軍は、沖縄の天然洞窟を戦略基地として活用し、いたずらに命を捨てる特攻を諌め、命ある限り戦い続けるという八原の作戦を実行し、質量ともに優位に立つ米軍に多大な損害を与え、徹底的に抗戦して壊滅した。珊瑚礁という天然の要塞は米軍の艦砲射撃をくい止め、米兵は姿の見えない日本兵と、闇に乗じて襲いくる砲弾に恐怖のどん底に叩き込まれた。日本兵は「バンザイ・アタック」をしかけてくる、という思い込みがあっただけに、八原の作戦は実に効果的だったという。

そう、八原博通は栗林忠道とほとんど同じ立場にあるのだ。しかし栗林忠道は戦史に残る名将として讃美されているが、八原博通を知る人は少ない。それはとりもなおさず、第32軍壊滅後、民間人に変装して脱出しようとして捕虜となったからである。

八原博通は自決した牛島・長両将軍の命を受け、戦訓伝達のために脱出を試みた。上官の命を受けた行動であり断じて敵前逃亡したわけではない。しかし日本軍には「生きて虜囚の辱を受けず」という軍人訓があり、一兵卒に至るまで「捕虜となるくらいなら自決せよ」と教えられていた。一兵卒ならともかく八原博通のような将校クラスが捕虜となったわけで、これが八原博通の評価を貶める原因になっていることは想像に難くない。

硫黄島戦は辺境の地(住民はいたにせよ)が舞台だった。それゆえ一般的には純粋な軍隊どうしの戦いという印象がある。それに比べ沖縄戦では多くの島民が犠牲になり、その悲惨さがいまも語り続けられている。『ひめゆりの塔』などがいい例だ。そういう背景がある以上、沖縄戦で戦った日本軍人を讃美するようなことははばかられるということもあるのだろう。

また硫黄島の栗林忠道の場合は彼が全権の責任者であったのに対し、八原博通は牛島司令官と長参謀長という上官がいた。また大本営からの要請であくまで攻撃作戦をとらざるを得なかった事情もある。八原は軍備の手薄な第32軍では手堅く持久戦に持ち込むことを肝要としていたが、牛島・長両将軍は結局大本営に従い、八原は断腸の思いで攻撃作戦に転じ、その結果は無残なものであった。ここにきて牛島中将は、漸く八原の作戦が効果的であると判断したが、ときすでに遅かったのである。

ともに知米派であり、ともに命を大切にする戦略を採り、ともに島嶼戦を繰り広げ、ともに少数部隊で何倍もの兵力を誇る米軍に多大な損害を与えた栗林忠道と八原博通。ただ違っていたのは、栗林忠道は壮絶な戦死を遂げ、八原博通は米軍の捕虜になったことだった。

内地の長男に宛てて、この戦争で日本が敗れたらきっと新しい世界が来る、そのためにおまえは家族を守ってしっかり生きてゆけ、という意味の手紙を書いたという八原博通は、偏狭な日本陸軍において真に先見の明を持っていた、数少ない軍人のひとりだった。

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2006年11月21日 (火)

ドジでノロマなジェルヴェーズ

先週からゾラの『居酒屋』を読んでいる。

十九世紀のパリを舞台に繰り広げられる、なんともはやドロドロの愛欲ドラマ、昼メロも真っ青という感じの小説。不幸と貧困から脱出したジェルヴェーズがどうしようもないダメ男、それもふたりにまとわりつかれて、ふたたび沈没してゆくというお話である。

ジェルヴェーズと再婚したクーポーは、もとは真面目な働き者だったのだが、不幸な事故に遭ってから酒浸りになっていく。ジェルヴェーズを捨てていった、悪魔のような最初の夫ランチエは、ある日ふたたびジェルヴェーズの前に現れて、彼女をふたたび堕落させていく。もっともずるずるとこのふたりの夫と同居することになるジェルヴェーズもダメ女なのであるが……

毎日泥のように疲れて帰宅する途中、電車のなかでこのドロドロ小説を読んでいると、これが実に面白い。疲れが吹っ飛ぶ、というほどではないが、登場人物のあまりのバカっぷりに、爽快な気分にさえなってくるところが面白い。

さてこれからこの話、どうなっていくのであろうか。まるで大映ドラマみたいな小説だ。

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2006年10月10日 (火)

ハードボイルドは男のセンチメンタル

矢作俊彦『ららら科學の子』を読む。

学生運動の真っ最中、殺人未遂で指名手配を受けた男は、謎の組織の手を借りて中国大陸へ密入国した。その頃、中国で起ったプロレタリア文化大革命が全世界を震撼させていた。毛沢東思想こそすべてであり、毛沢東という後ろ楯を得た紅衛兵が、これに反する旧社会の遺物をすべて打倒していた。年端も行かぬ少年少女が毛沢東語録を振りかざして、知識人や資本主義者とみなされたおとなたちを残酷に殴打、殺害した。数え切れぬ文化遺産が破壊され、中国社会は十年の長きに渡って停滞し、数億の人民は一生消えぬ傷を負った。

男は外国から来たプロレタリア革命戦士として華々しく迎えられ、まもなく無用の人間となって南方の農村に幽閉される。以来、三十年の時を経て男は中国の農民として日本に密入国した。蛇頭と呼ばれる人買いに生涯かかって稼ぐだけの金を払って故国に向かった。

帰ってきた男の目に映るものは平和そのものの東京。若者たちは奇妙な化粧とファッションに身を包み、子どもまでもが携帯電話を駆使して二十四時間うろついている。三十年の空白を埋めるには、あまりにも多くのものが変り過ぎていた。両親はとうにこの世を去りたったひとりの妹は何処にいるのかわからない。男はかつての学生運動の同志が差し向けた裏社会の男たちに庇護され、男にとっては“未来の街”東京を歩く。

男は追いかけてきた蛇頭に襲われるが、ボディガードの青年ジェイに救われる。同志とは携帯電話で話をするだけでついに会うこともない。渋谷で出会った少女から現代日本社会について講議を受け、その代わりにランチやディナーを供する。生き別れた妹と携帯電話で話をしたあと、ふいに中国に残してきた妻に会いたいと思う。男はジェイが用意した偽造パスポートを手に中国へ向かう。

矢作俊彦らしいハードボイルドタッチの文章が小気味良い。文革時代の下放の様子もけっこうそれらしく描かれている。学生が学ぶべきものは大学にはなく、それは農村における労働から学ばねばならない、という毛沢東の命令のもと、数知れぬ知識青年が中国全土の農村に幽閉された。この一連の運動を「下放」という。現在、中国で活躍する五十代の作家や芸術家、知識人のほとんどは、この「下放」で青春の日々を苦い思い出に染めている。

ところで男が受け取った偽造パスポートの名前は、、、杉浦五郎。
「わあお!」私はここで思わず声をあげてしまった! 大友克洋の傑作コミック『気分はもう戦争』(原作は矢作俊彦)に出て来る元傭兵の日本人が、ブルックリン橋で狙撃されて死ぬときに呟く。「俺の名はゴロウ、、、ゴロウ、スギウラ、、、忘れるな、、、」 ま、これももとをたどれば日活アクション映画『紅の流れ星』(1967)で渡哲也が演じた主人公の名前なんだけどネ。矢作俊彦のこだわりを感じた一瞬でありました。

ハードボイルドは男のセンチメンタル。さすが、矢作俊彦。

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2006年10月 7日 (土)

9月の読書

まずは荻原浩三連発。

書店で何気なく買った荻原浩の『神様からひと言』、あまりの面白さに一気通読。
一流広告会社を辞めて三流食品会社に転職した佐倉涼平。旧態依然とした会社、石頭の上司たちに疎まれてさっそく飛ばされたのは「お客様相談室」。つまりクレーム処理専門部署であり、ついでにいえば左遷も左遷、窓際も窓際、ようするにリストラ要員の吹きだまり。ここにいるのはパソコンおたくで社会性ゼロの羽沢、身につけているものの値段を即座に言い当てる元社長秘書・宍戸、クレーム処理の天才のくせに競艇狂いのダメ社員・篠崎、失語症の大男・神保、嫌味な上司の本間。そして佐倉は数々の目の覚めるような仕事を体験することになる。いやあ面白いわあ。上質のサラリーマン・エンターテインメントだ。

続けて『母恋旅烏』を読む。
レンタル家族派遣業という摩訶不思議な商売で糊口をしのぐ花菱清太郎。元々は旅回わりの花形役者だった清太郎は、いつかふたたび板の上に立つことを夢見て今日も行く。行くのはいいがついていくのはたいへんだ。糟糠の妻、アニメーターを目指す長男、十九歳子持ちの長女、うすぼんやりした次男。借金がかさんでどうにもならなくなった清太郎は、かつて自分が飛び出した旅一座に復帰し、夢にまで見た家族で芝居一座を組むことになる。しかし前途は多難。長女は新人演歌歌手としてデビューし、長男は家を出てアニメーターの学校に通い始めた。はたして花菱一家の行く先にあるものは?

さらに『誘拐ラプソディー』を読む。
「犯人はどこの馬鹿だ?」それは伊達秀吉、男、三十八歳、無職、所持金六百三十五円。切羽詰まった男が最期の大逆転を夢見て誘拐した小学生は、街でいちばんの暴力団組長のひとり息子だった。そうとは知らぬ伊達は呑気に身代金をせしめようと奔走する。暴力団組長に恨みのある中国人マフィアはこれを好機と反撃ののろしをあげた。知らぬ間に暴力団と中国人マフィアに追われる身となった伊達はしだいに不穏な空気を感じはじめる。いつのまにか県警の敏腕警部補までが伊達を追いかけはじめた。このうえなくマヌケで不運な誘拐犯の傍で無邪気にはしゃぐ人質。明日はどっちだ?

三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』を読む。
東京のはずれ、神奈川県境に位置するまほろ市を舞台に、便利屋を営む多田と行天の迷コンビがさまざまな事件を相手に活躍する。まほろ市は町田市のことで著者も町田市在住らしい。私も町田市に住んでいたことがあるので、ここは小田急駅前広場だ、闇市起源の商店街だ、あの奇天烈な喫茶店だと、街角の描写がリアリティを持って受け止めることができる。それはそうと、これ絶対映画化されるんだろうなあ。

バーバラ・エーレンライク『ニッケル・アンド・ダイムド:アメリカ下流社会の現実』を読む。
うーん、なんというかよくわからない。現場潜入ルポという手法は古典的(これは著者も書いている)なのだが、なんというか驚きがあまり無い。アメリカの貧困層は凄いことになっているというのは周知の事実なので、もっと目新しい事実が見えて来るのかと期待していたのだが、、、まあそれはそうと世界に冠たる“自由の国”がなんと不自由であることか。

NHK「東海村臨界事故」取材班『朽ちていった命:被爆治療83日間の記録』を読む。
1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料施設で起った臨界事故のことを、いまどれだけの人が記憶にとどめているだろう。かくいう私も書店でこの本を見るまで忘れていた。放射線被爆事故の恐怖がひしひしと伝わってきて総毛立つ。そして100%無駄であることがわかっている治療に専念した医療チーム、死を待つだけの患者を励まし続ける家族の葛藤。いまこそ読まれるべき一冊。

北尾トロ『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』を読む。
いろいろな雑誌で雑多な記事を書き続けていた北尾トロも、いまや何冊も著作を出している中堅ライターになった。その北尾トロが裁判傍聴の面白さにハマり、裁判所に通いつめて目にした人間ドラマを軽快に描き出す。裁判所で出会った傍聴マニアのみなさんも凄い。マニア道とは奥深いものよのお。

斎藤由香『窓際OL トホホな朝ウフフの夜』を読む。
トンデモナイ天才ライター出現。父は北杜夫、伯父は斎藤茂太、祖父は斎藤茂吉、祖母は斎藤輝子。血は争えない。

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2006年9月28日 (木)

古川日出男はいま最高にクール&ホットでロックンロールなブンガクである

古川日出男『サウンドトラック』を読む。

野生化した山羊の群れが棲む無人島に流れ着いたふたりの子ども。男の子の名はトウタ、女の子の名はヒツジコ。野生の暮らしをしていたふたりはやがてオトナたちに“発見”され小笠原島で成長した。

トウタは小学校の教師から無数の音楽を与えられる。ヒツジコは本能に突き動かされて無意識に踊る。やがてヒツジコは小学校教師夫妻の養子となってトウキョウへ移住した。トウタは高校卒業を待ってトウキョウへ渡った。

近未来のトウキョウは、ヒートアイランド化の果てに熱帯へと変貌を遂げ、無数の外国人が棲む多国籍の街である。西荻窪は外国人排斥運動が頂点に達した日本人の居住区。この街でヒツジコは女子校に通い“ダンス”で学校を支配する。ヒツジコは踊り続け信奉者は陸続と増え続けた。

トウタは廃虚と化した結婚式場に棲む。ここには社会からはじき出されたものたちが棲んでいる。トウタはひょんなことからヤクザを殺して追われる身となった。トウタが潜伏する神楽坂界隈はヤクザも入り込めないアジアスラム。

カラスと交信するレバノン人の少女レニは、カラスを虐殺する傾斜人たちに復讐することを誓った。レニは映画を武器にカラスを覚醒させ傾斜人を翻弄する。レニが撮る映画に音は無い。レニの復讐に力を貸すのはトウタだ。やがて神楽坂を中心に起るカタストロフィ、西荻窪から発せられた独立宣言。そして三人は邂逅することになる。映画とサウンドとダンスが世界を、トウキョウを変えていく。

古川日出男はいま最高にクール&ホットでロックンロールなブンガクである。何言ってんだかよくワカンナイけど、私は強くそう思う。

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2006年9月16日 (土)

日本の女優

四方田犬彦『日本の女優』(岩波書店)を読む。

原節子と李香蘭(山口淑子)、日本映画史に残るこの二人の女優の、戦前から戦後にかけての活動を丹念に追いかけ詳細に分析した、知的興奮を誘う一冊。

原節子は“永遠の処女”と賞讃され、戦前は山中貞雄、伊丹万作、島津保次郎、戦後は木下恵介、黒澤明、小津安二郎、成瀬巳喜男と、日本映画の巨匠たちにこぞってキャスティングされ、押しも押されぬ大女優となった後、突然映画界から引退し、世間との交渉をいっさい絶ってすでに半世紀が経とうとしている。そのストイックな風貌と相俟って彼女の生涯は厚いベールに覆われ、いまだに評価に値する原節子の伝記というものは存在しない。その容貌から原節子混血説がいまだに根強く流布されているが、それを証明する事実というものもまた判明していない。1937年、ドイツ人の映画監督アーノルド・ファンクが製作した『新しき土』の主役に抜擢され、ドイツで大絶賛されたことから、原節子はスターダムにのしあがる。彼女のある種日本人離れした容貌と体格がドイツで好評を博したのだろうか。このへんに原節子=混血説の根があるのかもしれない。

李香蘭は日本人・山口淑子として満州に生まれ育った。父親の方針で幼い頃から中国語を学び、少女時代に“歌う映画スター、中国人・李香蘭”として映画スターへの道を歩み出した。戦前は幻の満州映画協会(満映)で中国人スタッフとともに映画に出演、戦時中は好日映画に多く起用されたが、敗戦の後、漢奸(戦争中、日本に協力した中国人)としてあわや処刑されそうになるが、日本人であることが証明され無罪となり帰国。戦後は女優・歌手として活躍したが昭和30年代初めに引退。アメリカに渡り彫刻家イサム・ノグチと結婚したがすぐに離婚、その後外交官の大鷹弘と再婚。天性の語学と政治の才に恵まれ、政治ジャーナリストから政治家に転身したことは記憶に新しい。

日本にあって日本人離れした女優として評された原節子と、日本人でありながら中国人として生きてきた李香蘭。このふたりの女優を比較分析した本のタイトルが『日本の女優』というところが、さすが四方田犬彦と唸らざるを得ない。

余談二題

その1 高峰秀子が中国映画界に留学し損ねたという話。

「北京生まれの「山口淑子」を、中国人、李香蘭という女優に仕立てて「支那の夜」を歌わせ、長谷川一夫とコンビを組ませて「白蘭の歌」「熱砂の誓ひ」と、矢つぎ早にラブ・ロマンス映画を製作上映した東宝は、北京の「中華電影公司」から「王洋」という若い女優を三年の期限つきで東宝映画へ招き、そのかわりに東宝からは私が三年間、「中華電影公司」へ勉強に行くという計画を立てた。今で言う交換留学生であった」(『わたしの渡世日記』文春文庫)

結局この話は流れてしまったのだが、もし実現していたらどうなっていだろう。映画ファンとしては興味をかき立てられるところだが、そこは高峰秀子は冷静に話を結ぶ。

「もしも、あの時、私も兵隊さんのように中国へ輸出されていたら、今頃、中国語くらいはペラペラで、日中平和条約締結のお役に立っていただろうに、と考えるのは女の浅はかさで、敗戦後、無事に帰ることも出来ず、親切な中国人に拾われて太太(奥さん)となり、恥ずかしながらと「日本への里帰り」を申請する身となっていたかもしれない。人間の運命なんて、アミダのくじを引くようなものだ」

その2 原節子の久我美子評

「原節子さんがお辞めになるって宣言なさったとき、沢村貞子さんの家で、原さんとか中北千枝子さんとか、乙羽(信子)さんもたまにいらっしゃって、麻雀をよくやったんですよ。そのときに『原さんみたいな女優がお辞めになるなんて、もったいないからもうちょっとやって下さい』ってお願いしたのね。そしたら『だって、わたしには何もないんだもん』っておっしゃるから、『なにが何もないんですか。演技賞だっておとりになったりしていらっしゃるし』『それに、美しくないもん。あんなにしわだらけの顔が醜悪!』、それで『そんなこといわないで下さいよ。わたしたちだって何もないじゃないですか』っていったら、原さんが『いいえ、久我ちゃんはね、特殊児童という素晴らしい役柄があるわよ』っておっしゃるのね」(川本三郎著『君美わしく〜戦後日本映画女優讃』文春文庫)

“永遠の処女”もずいぶんと辛辣なことをおっしゃる。
それにしても日本映画を代表する錚々たる女優たちが雀卓を囲んで、ポンだのロンだの、リーチドラドラ、ちょいと点棒数えてよ、ちぇっ、五千円の負けかあ、などと連呼している場面を想像すると、なんだか可笑しい。

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2006年9月10日 (日)

夏の読書

中国行きの準備も兼ねて読売新聞中国取材団『膨張中国』(中公新書)を読んで予習した。読売新聞というとどうしてもプロ野球と“あの社長”のイメージが強すぎるが、メディアとしてはなかなか良い取材をしているという印象がある。天下の朝日はエリート臭をぬぐい切れないし、毎日は全体的にインパクトが弱い。産経は確信犯的右派なのでこれはこれでいいと思う。日経はビジネスマンじゃないのでよく知りません。ここに書かれている情報は、インターネットでだいたい知っていることだったが、あらためて本というかたちで読むとまた違った取込み方ができる。思わぬところで電子媒体と紙媒体の違いを感じさせられた。

帰国してから劉文兵『中国10億人の日本映画熱愛史』(集英社新書)を読んだ。いままでに私が経験してきた中国における日本文化の受容のタイプと背景がよく理解できた。日中関係が良好だったこのときによりよい国交を結んでおけば、いまのような捻れた状態をかなり回避できたのではないか。まあそのとき日本はバブル経済に向かってまっしぐらだったから、そんな謙虚なことはできなかったのだろう。ああ、これは事前に読んでおけばよかったなあ、と思ったのが相原茂『話すための中国語』(PHP新書)旅先のあちこちでいろいろと起ったトラブル……だいたいが私の無知によることだったが、やはり浦島太郎だったことを痛感。

中薗英助『何日君再来物語』(河出書房新社)は、近代中華文化圏における藝能史研究の嚆矢ともいえる古典的名著。「ホーリーチュンツァイライ」とか「いつの日か君また帰る」という呼び方で知られる「何日君再来」が作られた歴史を遡る。李香蘭(山口淑子)、渡辺はま子、黎莉莉、テレサ・テン……錚々たる名花たちに歌い継がれたこの曲を、最初に歌ったのは周旋(ただしくは王へんに旋)、1930年代の中国歌謡の名花とうたわれる伝説の大歌手。この本が書かれた当時(1980年初頭)にはまだ存命だった作詞者と作曲者に手紙で問い合わせをしたり、中国返還などはるか先のことだった香港の友人を通じて情報収集をしているところが時代を感じさせる。著者が中華街の小さなレコード屋で香港や臺灣製のカセットテープを買うくだり、ここは当時のアジアンポップス愛好家にはお馴染み「発三電機商会」だ。カセットテープとアナログレコードに埋もれていた小さな店も、今じゃあたりまえだがCD、DVDばっかり。

林芙美子『北岸部隊 伏字復元版』 を読む。日中戦争開始当時、戦時下の民論昂揚のため、内閣情報局の命により多くの作家たちが戦場に赴き、内地の雑誌や新聞に戦地のルポを送り続けた。林芙美子もそのひとりとして上海に入り、ある部隊とともに漢口(現在の湖北省武漢)を目指す。一読して無邪気な女性作家の中国観が横溢しており、現代の視点からみると差別的な文章が頻出している。批判されてもしかるべき従軍記だが、まあ当時の日本人の中国観はおしなべてこのようなものだったのだろう。むしろ変に自分を繕わずに堂々と「私は兵隊が好きだ」「中国兵は気持が悪い」などと書く林芙美子は正直な人だと思う。女は強し。

上原善広『コリアン部落 幻の韓国被差別民・白丁を探して』(ミリオン出版)を読む。在日韓国・朝鮮人差別、同和問題という根深い差別はいつ果てるともなく続いている。被差別部落出身の著者は、さらに韓国における被差別民・白丁(ペクチョン)の存在を確かめるために韓国を歩く。「無かったことにしてしまえば差別など無くなる」という韓国人の意識には正直とまどってしまう。どうやら韓国では人権意識が低いようだ。まあイケイケドンドンの高度経済成長時期の国だから、過去の暗部を捨て去っていかざるを得ないのだろうが、それにしても過去の侵略者に対する反日意識・反日運動は途切れない。このへんがいまいちよくわからないところだ。著者の正直な筆致が強い印象を残す佳作。

長山靖生『「人間嫌い」の言い分』(光文社新書)近代大衆文学やSF小説研究で知られる長山靖生は、最近は家族問題、若者問題に対して発言が増えている。他人とのつきあいが苦手な私としてはなかなか興味深い一冊。子どもの頃から“仲間とつるまない”という生き方を自分で発見・実践してきた私は、長山氏に言わせればじょうずに生きてきたと言えるのだろうか。いまの子どもたち、みんなと仲良くしなければいけません、という脅迫などに負けてはいけないぞ。ところが人間嫌いを実践していると異性とのつきあいが苦手になってくる。酒井順子『負け犬の遠吠え』以来、30代未婚女性問題がブームになった。結婚しない女性たちの問題は以前から問題にはなっていたが、30代未婚男性問題についてはあまり言及されてこなかった印象がある。もっとも近年、大久保幸夫・畑谷圭子・大宮冬洋『30代未婚男』(NHK出版)のような本の出版が最近目立ちはじめ、ようやくこれで30代男女の未婚・非婚問題がセットで語られるようになった、などと私がシャアシャアと書いている場合ではないのだが(苦笑)。30代未婚女性なんて珍しくもなんともないこの時代、いま最も力のある女性作歌のひとりが絲山秋子。芥川賞受賞作『沖で待つ』、最新エッセイ『絲的メイソウ』はひさびさのヒット。パトリック・マシアス『オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史』(太田出版)のように、アメリカにおけるオタクたちも受難の歴史を生きてきた。フジヤマとゲイシャガールとスキヤキとアニメで知られる極東の小国に果てしない憧れを抱く在米オタクの熱い思いが横溢する一冊。

同世代による同世代向け・若者向けの本ばかり読んでいてはいけないので、おとなの本も読みましょう。というわけで東海林さだお『偉いぞ!立ち食いそば』(文藝春秋)を読む。東海林さだおの立ち食いそばに向けられる情熱はファンにはよく知られている。立ち食いそばの名店「富士そば」チェーン社長との対談が面白い。わたしは富士そばにはあまり行かないのだが、こないだ富士そばに入ってみると、店内にこの本の小さなポスターが貼られていた。畏るべしショージ君。エッセイストとしても知られる俳優・池部良『風の食いもの』(文春文庫)は、戦前から戦後にかけての日本人の食生活が丁寧に描写されて面白い。とうとう落語協会会長に就任してしまった鈴々舎馬風『会長への道』(小学館文庫)。初版はまだ会長に就任していない1996年に刊行されているが、2006年の会長就任に合わせて今回加筆訂正されて文庫化された。中学生の頃、傑作爆笑落語「会長への道」に転げ回って笑っていた私としては、とうとう馬風師匠が落語協会会長に就任した事実に隔世の感もひとしお。同書329pの新旧会長2ショットは爆笑モノ。

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