堤さんちの晩酌

昨晩は嵐かと思うような木枯らしが吹き寒さに震え乍ら帰宅。今日は朝から空気がひんやりとして気持ち良い。そろそろ立冬だから一足早い冬晴れってところか。

ふらりと神保町に出かけて古書店巡り。今日は神保町古本まつりの最終日ということで、靖国通り沿いには古書店の露店が立ち並び通り抜けるのもひと苦労だ。血眼になって古本を探すような情熱もすっかり薄れてしまったなあ。ひとまずぶらりと古書店巡りでもしよう。

小宮山書店で獅子文六の『海軍』を見つける。ひとまずこれを買おうと棚から抜いたら、すぐ近くに『箱根山』を見つけてしまう。数年前に巻き起こった獅子文六マイブーム再燃か?と思う間もなく持病の発作が起きてしまった…

獅子文六『海軍』(中公文庫)、『箱根山』(講談社大衆文学館)、今日出海『山中放浪』(中公文庫)、カフカ『ある流刑地の話』(角川文庫)、小松左京『地球になった男』(新潮文庫)、幸田文『闘』(新潮文庫)、佐伯一麦『ア・ルース・ボーイ』(新潮文庫)、ジョンストン『紫禁城の黄昏』(岩波文庫)、平山蘆江『蘆江怪談集』(ウェッジ文庫)、秦孝治郎『露店市・縁日市』(中公文庫)、朝日新聞新潟支局『越後の停車場』(朝日新聞社)、宮脇俊三/原田勝正編『奥羽・羽越JR私鉄1800キロ』『関東JR私鉄2100キロ』(小学館)、月刊カドカワ編『少女漫画家は眠れない:私の日常生活1』(角川文庫)、芳崎せいむ『鞄図書館』(東京創元社)、小池昌代編著『通勤電車で読む詩集』(NHK新書)、竹内一正『グーグルが本を殺す』(飛鳥新社)、稲葉振一郎『経済学という教養』(ちくま文庫)、橋本健二『「格差」の戦後史:階級社会日本の履歴書』(河出書房新社)、『四元康祐詩集』(思潮社)……

古本新本取り混ぜて以上が本日の収穫。いつものことですが病気です、病気。

小松左京の短編集は新潮文庫や角川文庫でたくさん出ていたのに、今ではすっかり絶版になってしまったなあ。私が中学生の頃は小松左京、筒井康隆、星新一、眉村卓、光瀬龍と日本SF黄金時代の名作・傑作がふんだんに読めた。おかげでハマったハマった。現在は角川春樹のハルキ文庫で過去の傑作群が復刊されているのでそちらでも読めるのだが、やはり新潮文庫版の装幀や手触りが懐かしい。

『少女漫画家は眠れない:私の日常生活1』は、昭和60年から『月刊カドカワ』に連載されていた、当時の女性著名人の日記をまとめたもの。執筆陣は楠田枝里子、大貫妙子、矢野顕子、沢口靖子、山田詠美、戸川純、原律子、松苗あけみ、新井素子、群ようこ、氷室冴子、黒木香、EPO、松任谷由実……黄金の80年代です。他には堤麻子(西武グループ・堤清二代表夫人)石原典子(石原慎太郎夫人)、大宅映子、芳村真理に宇野千代女史まで登場。堤麻子は、主人(堤清二)を門まで送り、経営に携わっていた六本木WAVEにあるカフェバーに行き、地唄舞の勉強会の準備をし、帰宅した主人(少々ゴキゲン)といつもどおり、二人でビールをお飲みになられている。優雅ですねえ。

凄いラインアップだなあと思っていたら、当時の『月刊カドカワ』編集長は見城徹(現在の幻冬舎社長)だった。なるほどねー、と納得する文化の日でありました。

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私たちが諦めたもの

ジョン・クラカワー『荒野へ』(集英社文庫)を読む。

本のカバー写真を眺める。廃車になったバスが半ば雪に埋もれている。バスの後方には葉を落とした針葉樹が寒々と立っている。そしてアラスカ山中にあるこのバスの中で一人の青年が死んでいた。

ワシントンDC近郊の裕福な家庭に生まれ育ち優秀な成績で大学を卒業した青年は、大学を卒業してから家を飛び出しアメリカの各地を放浪してアラスカにたどり着いた。周囲と折り合いをつけることが苦手な、夢と理想に充ちた青年が、欺瞞と不条理な現代社会に背を向け、理想郷を大自然と荒野に求めて放浪の旅に出る。文字通り「青年は荒野をめざ」したのである。しかし幾つかの偶然と幾つかの必然が青年の人生に終止符を打った。

青年はなぜアラスカの荒野で死んだのか? 青年はなぜ荒野をめざしたのか? 青年を知る人々はみな彼を愛し、家族もまた青年を愛していた。しかし青年は彼らを愛していた(はずだ)が彼らのもとに留まることは好まなかった。周囲と折り合いをつけることが苦手な青年にはありがちなことである。著者はこの青年の人生をたどり、また自らの人生を重ね、そして感情に流されることなく、冷静に丹念にこの事件を掘り起こしていく。

この青年の行動に対しおそらく多くの読者は「自己責任」という言葉を想起するだろう。しかしやがて「この青年は私だ」と感じるようになるだろう。だからこそ当時この事件を報道したジャーナリズムに対して、青年の行動は無軌道で軽率で世間知らずのお坊っちゃん、という非難の声をあげた。たぶんこの青年の姿にかつて誰もが持っていた、そして大人になる過程で心ならずも諦め棄て去った「宝物」が垣間見えたからだろう。

青年というのはたいがい「無軌道で軽率で世間知らずのお坊っちゃんお嬢ちゃん」だ。ただその程度が個々に異なるだけで、だからこそ大人は青年の馬鹿げた行動に対して、半ば呆れながらも結局そのほとんどを許すのである。それは、今は慎重で世知に通じていると自認する大人はみんな「無軌道で軽率で世間知らずのお坊っちゃんお嬢ちゃんだった青年の成れの果て」だからだ。この本は年齢を超えた多くの人に読まれなくてはならない。

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正しい国際交流

佐藤亜紀『外人術』(ちくま文庫)を読む。

「『外人』などと言うやばい語を題に使ったのは他でもない、世の中にはどうしても理解できない事柄が幾つか存在するが、そのうちのひとつに、新聞の投書で『外人と呼ばないで欲しい』と訴える外人の存在があるからである。何年暮らしても日本人として扱ってもらえないのは確かに辛かろう。悲しいかもしれない。が、これはそもそも最初の意図に誤りがあるがゆえの故の哀しみであって、どこの誰であろうと、余所の国へ行ったら何十年暮らしても外人なのである。日本だけが特殊と思ってはいけない」…いきなり冒頭からこう宣言されてしまったら反応は三つ。

1 なんて酷いことを言うのだこいつは! 
2 マジメに暮らしている外人さんがかわいそう! 
3 ああ、そうだなあ、そのとおりだなあ 

私はもちろん3である。なぜか。それは論理的に正しいから。だから読んだ。うーん、これは面白い旅行記であり旅のガイドブックであり旅行論である。

金のない外人はただの不良外人である/善良なる国際交流がうっとうしいむきは、二等車には乗るな/善良な人々との諍いの物語/観光地でもない村で英語を話す奴は怪しい/外国で友達を作ろうと思うな/ヨーロッパ圏での英語は日本並にしか通じない/重要なのは、語学なしで意思を疎通させる技術および覚悟である…目次を眺めるだけでますます面白そうだ。

要するに(要するな、と著者には罵られるだろう)旅には日常から離れることに起因する期待と憧れが付帯しているのだが、ゆめゆめ過大な期待と憧れを持ってはならず、多少の期待と憧れとともに常に冷静でなければならない、ということが、著者の豊富な経験及び一流のレトリックを駆使して綴られているのである。だからこれを読んで怒ってはいけない。別に本の内容についてどのような感情を持とうがそれは読者の自由だが、できれば怒らないほうが面白いし役に立つ。これ、国際交流の教科書にしてもいいな。

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空に向かって立つ梨の木

内堀弘『ボン書店の幻 モダニズム出版社の光と影』(ちくま文庫)を読む。

「1930年代、自分で活字を組み、印刷をし、好きな本を刊行していた小さな小さな出版社があった。著者の顔ぶれはモダニズム詩の中心人物北園克衛、春山行夫、安西冬衛ら。いまその出版社の記録はない…」という惹句が読書欲をそそること夥しいではないか。しかも著者は古書マニアには有名な『石神井書林』の店主でもある内堀弘。これは読まずにはいられない。

カバーに配されているボン書店の刊行物の装幀がなんとも昭和モダニズムの香りに溢れてセンスが良い。ボン書店の経営者は鳥羽茂。故郷岡山で中学生の頃から詩作を始め、上京して慶応義塾に学ぶも中退してボン書店を興した。出版社といっても鳥羽と妻ふたりだけという殆ど家内制手工業である。北園克衛や安西冬衛という、現在でも親しまれている詩人たちの詩集を刊行した鳥羽茂のポリシーは、自分が出したい本を出す、というその一点であったろう。まさに出版人の理想郷であると同時にいずれ経営が行き詰まることは明々白々だ。

内堀弘は殆ど知られることがないボン書店の関係者を丹念に訪ね歩き、鳥羽茂が出版した趣味の良い本を求め続けこの本を上梓した。一人の理想に燃えた若き文学青年の光と影、ドラマは戦前の東京と岡山を彷徨う。そしてまさにドラマのようなエピローグ。本好きなら読まねばならない一冊だと言えよう。

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粋な学者

書店で徳永康元『ブダペストの古本屋』(ちくま文庫)を見つけてすぐに購入。生前に出された数冊の著作に収録された随筆から編まれたアンソロジーだが、ひとつひとつが実に滋味あふれ、戦前モダニズムの香り漂う粋な1冊。このタイトルが秀逸である。

ハンガリー文学者の徳永康元(1912~2003)は東京帝国大学文学部言語学科に学び、卒業後、東京帝国大学付属図書館勤務を経てブダペスト大学に留学した。ちなみにハンガリー語は独学。戦後は長く東京外国語大学で教鞭を取り後進を育成した。

ハンガリーの作家モルナールの戯曲『リリオム』は初期新劇の主要な演目だった。徳永康元は戦前の築地座でこの『リリオム』の舞台に魅せられハンガリー文学を志した。築地小劇場と築地座のスタッフ対照表が掲載されていて、築地小劇場バージョンは友田恭助、山本安英、高橋豊子、東山千栄子…築地座バージョンでは友田恭助は同じだがその他配役は田村秋子、清川玉枝、杉村春子…となっている。演劇に疎い私はこれらの役者たちの殆どを映画俳優として認識しているがそれにしても錚々たる顔ぶれ。片岡千恵蔵の映画『金的力太郎』(1931日活)や榎本健一の『天国と地獄』(1954新東宝)も『リリオム』の翻案ものだった(「リリオム」の俳優たち)という文章を読むだけでもこの本の価値はある。

欧州の古本屋巡りや古書にまつわる話題も小粋にサラリと語って秀逸。ブダペスト留学時代に買いそろえた本を戦火で失い、帰国後も空襲で蔵書を焼かれ、それでも古本屋通いを止められない相当のビブリオマニアである。駄本ばかり集めている私が情けなくなってきた(苦笑) 

戦前の東京帝国大学附属図書館勤務の頃、ブダペスト留学の頃、そして独ソ開戦にともない欧州の孤島と化したハンガリーからユーラシア大陸を横断して帰国の途についた回想など、戦前のリベラリズムやリベラルアーツの芳香が、古本屋の微かな匂いの向こう側に漂っている。

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楽しい読書生活

何しろ本を読むのが好きなもので家には本が山積みになっている。といってもちゃんと本棚に入れればいいわけだが…ところが本棚がいっぱいなのでしかたなく床に積んであるわけだ。当然この次のステップとしては、1:本棚を増設して収納する 2:処分する 3:現状維持 ということが考えられる。

1については多少考えてもいるのだが際限が無くなる恐れがあるため躊躇しているところだ。わが家は図書館ではないし、私は貴重本のコレクターでもない。

2はいちばん現実的な方法である。読んだら処分する。なんとすがすがしいことであろう。たぶんこの方法が一番いい。古本屋に売るという方法があるが、これはブックオフなどの新古書店に頼むのが現実的。というのは街場の古本屋はウチにあるような駄本を山ほど引き取ってはくれないからだ。

街場の古本屋に電話を入れても「ウチはご自宅まで買い取りには行きません。持ってきてくれたら引き取りますよ。あ、全部引き取るかどうかは見てみないとね」「文庫本が数百冊? ああダメダメ、他をあたってください」などと言われるのがオチ。

更に本好きの友人にいきなり送りつけるという荒技がある。ただしこの方法には

ア:感謝される 
イ:怒られる 
ウ:お返しに本が送られてくる 

という副作用がある。

3 まあ当面これでいくことになるだろう。

世の中には読書好きがたくさんいて、そのため読書を楽しむためのグッズというものがたくさん売られている。売られているということは買う人がいるということだ。かくいう私も革製を含めて数種類のブックカバー(文庫用、新書用、四六判など)を持っていて実際に使っている。ブックカバー、しおり、読書用ライト、本棚、書見台などなど、なんとまあ世の中にはかくも多くの読書グッズがあるものだ。

ページを開いたままにしてデータ入力をしたりするのに便利な「ブックストッパー」というのがあって、これは便利なので実際に職場で使っている。これを見た同僚が「あ、これいいですねえ」といって早速購入してきた。

通勤電車の中で立ったまま本を読むときに便利、というふれこみの「サムシング」…あ、これは something じゃなくて thumbthing です。親指サムってことですな。私も買ってはみたもののどうも馴染めなくて放ったらかし。すでに立ったまま片手で本を読む技術については十数年の蓄積が、つまり自分の「型」が出来上がっているため、一見便利に見えるこのサムシングはかえって使いにくいのである。ま、いろいろあるわナ。

本のカバーにバーコードが印字してあるが、あれがISBNである。ISBNというのは International Standard Book Number : 国際標準図書番号 の略である。グループ記号(国別あるいは言語圏別)+出版社記号+書名記号+チェックデジットからなる13桁(2006年以前は10桁)の数字。

手もとにあるリチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』(新潮文庫)を例に取ると、978-4-10-214702-3と印字してある。978という数字は、それまでの10桁では対応しきれなくなったため、あらたに先頭に付与された番号である。その次の 4 が日本(日本語圏)、10 が新潮社の番号である。ちなみに0は岩波書店。なぜか納得。 214702 というのは新潮社がこの文庫本に与えた固有の番号、最後の 3 がチェックデジット。

で、このISBNを個人でデータ入力するための「バーコードリーダ」なんてもの売られている。個人蔵書をパソコンに入力して蔵書管理をしたい人にはうってつけのアイテムなのだそうだ。私に言わせれば個人でこんなことをしないほうがいいです。まあ楽しんでいるならそれはそれでけっこうなことだが。

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過剰な物語

池上永一『シャングリ・ラ(上・下)』(角川文庫)を読む。

舞台は近未来、地球は温暖化が加速しCO2削減がキーワードとなっていた。世界は資本主義経済から、炭素を削減することで利益を生み出すから炭素経済に移行した。CO2排出国の株価は下落し排出を削減した国の株価は上がる。カーボニストと呼ばれるトレーダーはCO2の状況に一喜一憂している。東京は都市機能を平地からアトラスと呼ばれる超高層建築に移した。東京の中心地には摩天楼が聳え立ち、渋谷や池袋は深い森に覆われていた。

アトラスに住めるのはあらかじめ恩恵を受けている富裕層と抽選に当たった恵まれた市民、それ以外の人々は森林に取り残され難民と化していた。政府はCO2削減のために東京を森林に変えた。ところが森林は急速にかつての街を呑み込み、瘴気を発する暗黒の森と化して難民を恐れさせた。やがて政府の反政府ゲリラたちが政府に向かって攻撃を開始した。

元・女子高生の北条國子は反政府ゲリラメタル・エイジの拠点ドゥオモの若き総統だ。モモコは武術の達人でニューハーフで國子の“母親”、祖母の凪子、ドゥオモの武闘派リーダー・武彦、牛車に乗った十二単の謎の少女美邦と彼女に付き従う医学博士・小夜子、炭素経済市場に殴り込みをかける少女・香凛、政府軍の若き兵士・草薙、その他さまざまなキャラクターがそれぞれの都合と利益のために凄絶な闘いを繰り広げる。

香凛が生み出した電子頭脳メデューサは香凛たちに莫大な利益をもたらすのだが、やがてメデューサは自らの知能を獲得し世界を破滅に追いつめていく。アトラスを司る電子頭脳ゼウスと國子たちメタル・エイジの死闘、やがて國子の出生の謎にまつわる鍵が東京を世界を変えていく。

いやはやトンデモナイ物語である。何もかもが過剰だ。情報量も描写も爆撃も死者も負傷者も、そして面白さも何もかもが過剰。鬱陶しい梅雨の入り口で読むにはなかなかの近未来SFの佳作である。

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失われた世界

コナン・ドイル『失われた世界』(創元SF文庫)を読む。

SFの古典中の古典、ひさしぶりに読んだが面白い。龍口直太郎の翻訳も時代がかっておりちょっと読みにくいのも味わいのひとつ。村上春樹や池澤夏樹あたりの新訳が読みたいところだ。

ただいま文庫創刊50周年記念フェア開催中。今なら楽しいアランジアロンゾの限定カバーで絶賛発売中…って私は営業か(笑)

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辰巳ヨシヒロ

辰巳ヨシヒロ『大発掘』(青林工藝社)を読む。

私が中学生の頃だが隣町の本屋でつげ義春『ねじ式』(小学館文庫)を買った。当時ダリやマグリット、キリコといった超現実主義絵画が好きだったので、超現実主義的マンガにも興味を持って買ったのだと思う。とはいえそれは表題作の「ねじ式」「ゲンセンカン主人」くらいなもので、後はユーモアと不安に彩られたつげ義春の世界。これが私のつげ義春体験ですぐに『紅い花』も読んだ。

この頃続けて読んだのが辰巳ヨシヒロ『鳥葬』と『コップの中の太陽』、林静一『赤色エレジー』(小学館文庫)、山上たつひこ『喜劇新思想体系』(秋田漫画文庫)……だいたい小学校低学年の頃に床屋で『ゲゲゲの鬼太郎』、『河童の三平』、『漂流教室』を読むのが好きな子どもだったわけで、こういうチョイスになるのも当然かと……

辰巳ヨシヒロは1935年大阪生まれの漫画家。最近まで知らなかったが「劇画」という言葉を最初に考案・使用した人である。その作風を一言でいえば「場末のうらぶれ感」だろうか。登場人物はおしなべて工員、店員、チンピラ、定年間際のサラリーマン、無職といったいわゆる下層階級の人々。たまにファッションモデルや歌手なども登場するが、みな二流、三流あるいはすでに盛りを過ぎた過去の人、みな陰鬱で暗くて孤独で苦悩に喘いでいる。よく読めばユーモラスなギャグも微かに感じられるのだが、まあ中学生が熱心に読むようなマンガではない。

それもそのはず彼の作品は青年マンガ雑誌に掲載されるもので、乾いた大都会、日が当たらない都会の四畳半、饐えた匂いが漂う場末の連れ込み宿、何処にも行き場のない男女のセックス、誰からも顧みられることのない死…当時の私は何故こういうマンガに惹かれたのだろう。近年再評価が高まっており『大発掘』『大発見』『劇画漂流』(いずれも青林工藝社)といった作品集が刊行されている。

絶対お薦め…とは言わないけれど、興味があったら読んでみると面白い…かもしれません。保証はしかねます(苦笑)

ここ数日Macの調子が悪くアプリは開かないわ、レスポンスは悪いわ、どうしようもないのでOSを再インストールしてあちこち設定しなおして漸く復旧。パソコンは苦手(苦笑)


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都筑道夫から岡本綺堂へ

都筑道夫『都筑道夫ポケミス全解説』(フリースタイル)を読む。

都筑道夫(1929-2003)といってもミステリファンでなければ知らないかもしれない。戦後の翻訳ミステリ、サスペンス、SF、ホラーに関する評論、エッセイを読めば、その大半に都筑道夫という名前を目にすることができる。

都筑道夫自身も推理小説家/翻訳家としてよく知られた存在だった。私は熱心なミステリファンではないが、時代小説と落語とミステリを絶妙にブレンドした『なめくじ長屋捕物さわぎ』(岡本綺堂『半七捕物帳』へのオマージュ?)や『悪魔はあくまで悪魔である』『黒い招き猫』という優れたホラー小説集で都筑道夫に親しんだクチである。

都筑道夫が早川書房に編集者として在籍していた1956年から1960年頃までに執筆したポケミスの解説を集めた1冊。ポケミスというのは早川書房から現在も刊行されている『ハヤカワ・ミステリ・シリーズ(A HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK)』の愛称。新書判サイズでビニールカバーが着いていて、天・地・小口が黄色に塗られている特徴的な装幀。書店で見たことがある人もいるかもね。

ともかく本書は戦後の翻訳ミステリ史をたどる一級の資料と言えるだろう。どこから読んでもいいし知っていても知らなくても面白い。欧米の出版界ゴシップ的覗き見的要素も垣間見える。海外が遠い遠い時代だったのだなあ。ちなみに本書はポケミスそっくりの装幀というところが洒落ている。私はてっきりポケミスだと思って買ってしまった(笑)

余談だが『推理作家の出来るまで(上・下)』(フリースタイル , 2000)という本がある。作家都筑道夫の自伝であり、日本ミステリ史、東京っ子の昭和庶民史という超一級の史料。上下合わせて1200頁を超える厚さにゲンナリする人もいざ読み始めると止められない面白さだ。

さらに余談だが最近『読んで、「半七」! 半七捕物帳傑作選(1)』(ちくま文庫)が刊行された。編者は北村薫と宮部みゆき。推理小説と時代小説、怪談に加えて江戸や明治の風俗をみごとに活写した名作『半七捕物帳』はぜひ読んでほしい。『半七捕物帳』や岡本綺堂についてはまた後日…

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1973年のピンボール

村上春樹『1973年のピンボール』(講談社文庫)を読む。

ひさしぶりに再読し、あらためてじわじわと青春の終りというテーマが胸に突き刺さってくる。かつて西日の当たるアパートの窓辺でタバコを吸い乍ら“煙草を買い忘れたので共同経営者からセブンスターを一箱もらい、フィルターをちぎりとって反対側に火を点けて吸った”というくだりで、わざわざセブンスターを買いに行き(私はマイルドセブンを吸っていた)「フィルターをちぎりとって」吸ったりした。“カセットテープで古いスタン・ゲッツを聴きながら”というくだりで、当時1枚だけ持っていたスタン・ゲッツのLPをターンテーブルに乗せてみた。でも私の周りにはシャレたバーもレストランも海が見える丘もなかった。私はそんな小説の雰囲気と小道具だけに浸っていたロクでもない読者だったのである。

村上春樹は1990年代後半から臺灣、中国、韓国といった周辺国の若者たちに圧倒的な支持を受けている。村上春樹作品を数多く翻訳している青島海洋大学の林少華教授は、村上春樹は従来の日本文学特有の「どろどろとした、すっきりしない」文体を採用しなかったことで「かえって中国の読者の眼には、彼の小説は日本の小説ではないように見える。そして日本の小説臭さが希薄であるからこそ、中国の読者が自然に彼の作品を受け入れ、たちまちその中に引き込まれてしまうのである」と述べている。村上春樹が特定の国民性にとらわれない世界文学として2006年にフランツ・カフカ賞を受賞したことは象徴的だ。

住みなれた街を出る決心をした鼠がジェイズ・バーのバーテンに向かって言う。
「なあ、ジェイ、だめだよ。みんながそんな風に問わず語らずに理解し合ったって何処にもいけやしないんだ。こんなこと言いたくないんだがね……、俺はどうも余りにそういった世界に留まりすぎたような気がするんだ」「ずいぶん考えたんだ。何処に行ったって結局は同じじゃないかともね。でも、やはり俺は行くよ。同じでもいい」

「もう帰って来ないのかい?」と問うジェイに対して「もちろんいつかは帰って来るさ。いつかはね。別に逃げ出すわけじゃないんだもの」と鼠は答える。たぶんこれは日本(日本文学)からの決別宣言とも読めるだろう。そんな解釈をしたところで村上春樹は何も答えてはくれないだろうが…

『1973年のピンボール』は日本文学史のなかに軽やかに打ち込まれた「村上春樹以前/以後」という楔。郊外の元養鶏場だった倉庫で古いピンボール台たちと再会するシーンは圧巻。失われた青春との邂逅はほんのわずかな時間にとどめることが望ましい。

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小説の楽しさ

村上春樹『風の歌を聴け』(講談社文庫)を読む。

『1973年のピンボール』の前にこちらを読んだ。たぶん二十年ぶりに再読…当時の私はこの感性が理解できなかったのだろう。リアリティが感じられなかった、というかフィクションの楽しみ方がよくわかっていなかったのだろう。今になって楽しんで読むことができた。

「誰もが知っていることを小説に書いて、いったい何の意味がある?」
まさにこの感覚が理解できていなかったのだ。私はロクでもない読者だったのである。それでもこの作品が日本文学の大きなターニングポイントになったことは当然だろう。これはまさに日本文学の枠組みを軽々と超えている。


ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』(新潮文庫)を読む。

これも十数年ぶりに再読…こちらも最初に読んだときとは違った深い感銘を受けた。孤島に不時着した子どもたちが子どもならではの獣性によって闘い傷つけあうという寓話。これは何処にだってある人間社会の持つ闇なんだ。救いのないところもたまらない。

私はアメリカよりもイギリスの映画のほうがどちらかといえば好きなのだが、それはイギリスの伝統でもある重厚さと過激さが好きなんだと思う。もちろんアメリカ映画だって重厚なものや過激なものはある。たぶん私は、たとえばニューヨークの頽廃よりロンドンの頽廃のほうが好きなんだと思う。若い移民国家であるアメリカが社会に要求する自由と救心性よりも、老いた伝統国家が社会に要求する自由と規律が好きなんだろう。そして伝統。

伝統からはより過激な自由が生まれる。たとえば『モンティパイソン』のような過激さ、ローリングストーンズのような猥雑さ、いずれにも共通するカリフォルニアの青い空とは正反対な陰鬱さが好き…うーんなんだかうまく言えないな。

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自分探しが止まらない

湯浅学『あなのかなたに』(扶桑社)
幻の名盤解放同盟のメンバーとして知られる著者の自伝的小説。時代背景が1980年代ということもあり、あの無闇に明るかったあの時代の雰囲気がしみじみと身にしみる。主人公が中古レコードを漁る場面はまさに自分と同じではないか。主人公が知り合いのDJに頼まれ、オシャレでスカシた店でレッド・ツェッペリン、春日八郎、ジョン・リー・フッカー、郷ひろみ、ボブ・ディラン、南沙織、チョー・ヨンピル…とレコードを回して顰蹙を買う(笑)心休まる小説。

絲山秋子『絲的サバイバル』(講談社)
絲山秋子は芥川賞作家で鬱病で大酒飲みで独身で無頼派、彼女が書く小説はとても良い。そしてエッセイもまた良し。前作『絲的メイソウ』に続くこのエッセイ集は、絲山秋子が毎回さまざまな場所で野外キャンプをするという内容。ひとりキャンプと引っ越しは少しだけ似ている、というところに共感。私はキャンプなどしないのだが、ときどき出かける独り旅と基本的な部分は共通している。

竹内実『中国という世界:人・風土・近代』(岩波新書)
中国について他の人より詳しいと認識されると、必ず「どうして中国は……なんですか?」「中国人は何故……なんですか?」「中国では……なんですか?」と尋ねられることが多い。これが中国文学・中国学の泰斗である竹内実であれば尚更である。著者が軽くボヤいてみせる「序章」は何とも可笑しい。中国入門としても優れた一冊であると思う。

速水健朗『自分探しが止まらない』(ソフトバンク新書)
「自分探し」なるものがもてはやされて久しいが、最近はそんな風潮は廃れてしまったのかと思っていた。しかしそんなことはなく今も若い人たちは自分を捜しているらしい。たぶん自分探しというものは生き方のことなのだろう。生き方とは職業と不可分だから、自分探しをすごく大雑把に言うと、今の職業とそれにともなう日常に満足できないということだろう。自分探しに邁進するのは別に悪いとは思わないが、自分ばかり可愛く思うのもたいがいにしてもらいたい、とも思う。なんかオヤジだなあ、オレ(笑)

島田裕巳『平成宗教20年史』(幻冬舎新書)
「自分探し」と不可分なものとして宗教がある。特に1980年代後半から現在まで、つまり昭和末期から平成にかけて日本社会を揺さぶった新宗教、スピリチュアルブームは、若者の自分探しとぴたりとリンクしている。オウム真理教に代表される新宗教があれだけ若者をターゲットにしたのがその証拠。新宗教はスピリチュアルというかたちに変わって今も自分探しに奔走する迷える子羊を絡めとっている。ま、それで本人が幸せになれるならいいんだけどね、そうじゃないところが難しい。

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もうオジサンなんだなあ

私が定期的に読んでいる雑誌は『週刊文春』と『ビッグコミック』、うーんオジサン一直線だなあ(苦笑)

最近『ビッグコミック』で連載中のマンガ『上京花日』(いわしげ孝)が気に入っている。主人公は鹿児島の書店で店長を勤めているが、新規開店の大店舗を手伝うため単身赴任で東京にやってきた。九州男児丸出しの、暑苦しくて、うざったくて、おせっかいな46歳のオヤジである。最初は「ウザいオヤジがやってきた」と若い書店員たちは敬遠していたのだが、彼の暑苦しくてアナクロな、しかし圧倒的なヴァイタリティーと優しさが、やがて周囲からの信頼を得ていく。

以前書店員だった私としては何とも懐かしい。今でもほぼ毎日書店に立ち寄る癖のある書店好きのため気に入っている。毎回いわくありげな人物が登場したり、迷惑客とのトラブルが起きたり、基本的には中年オヤジ讃歌。ああ、私はやっぱりこういう世界が好きなんだなあ…人間がアナクロでアナログだし(苦笑)

単行本第1巻を読んでいてわかったこと。

その1 主人公が勤める書店がある「東京郊外M市」は町田市である。
第1話に「この街は、昔からの地元書店が駅前とデパートに二つあり、コミックス専門店に新古書店も多い」というセリフがある。「昔からの地元書店」は『久美堂』のこと、コミックス専門店は『まんがの森』『福家書店』『ジュンク堂』、新古書店の『ブックオフ町田店』は最近まで日本一のフロアを誇っていた。その他にも町田駅周辺には『有隣堂』と『LIBLO』などがシノギを削っている。第2話ではJR町田駅前のデッキから小田急線町田方面を描いたカットがあり、ほかにも町田駅周辺の風景が描かれている。

その2 主人公は和泉多摩川から小田急線で通勤している。
単身赴任者寮『リバーサイドハウス』は多摩川沿いにある。第2話に主人公が通勤する電車のカットがあるが、これは小田急線4000形車輛。それから主人公が窓から多摩川を眺めるカット、多摩川の向こう側に山が描かれているが、これはおそらく丹沢山系だ。ということは主人公は小田急線の和泉多摩川(世田谷区)から町田へ通勤している。

主人公が通勤ラッシュに辟易する場面があるが、小田急線の下り列車は上り列車に比べて混雑は緩和されているはず。まあ書店員の出勤が午前10時という設定なので通学する大学生たちで混雑することはある。また鹿児島から20年ぶりに上京したという設定なので、これくらいでも混雑していると感じるのだろう。

その3 主人公は毎日定刻ギリギリに出社している。
第6話で、主人公は単身赴任者寮の仲間から「書店は10時出社でうらやましいね」と言われている。ということは主人公は10時少し前には町田駅に到着しなければならない。そして和泉多摩川から町田へ通勤する場合、主人公は和泉多摩川駅9時26分発の各駅停車本厚木行きに乗って9時55分に町田駅着というのが順当。1本後の和泉多摩川発9時32分各駅停車本厚木行きに乗っても、新百合ケ丘駅で後から来る9時47分急行小田原行きに乗り換えれば、9時57分に町田駅に到着する。
また第2話の冒頭、主人公は遅刻しそうだ、と慌てて駅まで走って行くが、そのとき部屋の時計は9時25分を指している。ということは単身赴任者寮は和泉多摩川駅まで徒歩3〜4分、走って1〜2分ということになる(笑)

クサいマンガではあるがオジサンには絶対ウケそうなマンガ。興味がある人はご一読ください。

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王さん

鈴木洋史『百年目の帰郷 王貞治と父・仕福』(小学館文庫)を読む。

王貞治といえば世界のホームラン王。タイガースファンの私も子どもの頃は王さんには一目置いていた。ピッチャーの投げるボールが、1本足で立つ王さんのバットに吸い込まれていき、王さんのバットが一閃、後楽園球場のライトスタンドへ飛び込んでいく。江夏豊、上田次朗、江本孟紀、山本和行…タイガースが誇るエース級のピッチャーも王さんの餌食だった。

王さんが打席に立つ姿はとても迫力があった。夏場は半袖でもちろん手袋などはしない。素手でバットを握り肩から肘にかけて鋼のような筋肉が盛り上がる。あの印象的な目がテレビの向こうから私たちを睨みつける。あの頃の子どもたちならみんな真似した1本足打法。真似してわかったその凄さ。王さんのようにピタリと静止、なんてしていられないのである。

ベーブ・ルースの記録を抜いた715号、ハンク・アーロンの記録を抜いた756号。特に756号のカウントダウンは大騒ぎだった。いつ出るかいつ出るか、私も毎晩オヤジといっしょにテレビを観ていた。後楽園球場でのヤクルト・スワローズ戦、マウンドにいたのは鈴木康二朗。190㎝を超える身長なのに眼鏡をかけた姿はあまりプロ野球選手らしくないピッチャーだった。

当時スワローズには安田猛という名投手がいた。公称170㎝の身長のサウスポー、針の穴を通す精密なコントロールと七色の変化球を投げ、手足が短いその姿からペンギンとあだ名されていた。左のサイドスローから投げる超スローボールは絶品だった。いしいひさいちの『がんばれ!タブチくん!』ではタブチの親友として有名(笑)安田猛は王さんの好敵手として知られており、756号騒動のときも安田猛は王さん相手に敬遠などせず真っ向勝負を挑んだのは有名な話。当時のスワローズには速球派のエース松岡弘、ぼおっとした井原慎一郎、老練な神部年男と、なかなかユニークなピッチャーが多かったなあ。

閑話休題。王さんはその姓からもわかるように中国籍、さらに言うなら中華民国籍である。私もずっと王さんは臺灣の人なんだと思っていた。王さんは臺灣の少年野球チームの英雄だったし、何度も臺灣を訪れている。後に日本プロ野球界で活躍した郭源治(中日ドラゴンズ)、郭泰源(西武ライオンズ)、呂明賜(読売ジャイアンツ)にとっても王さんは祖国の英雄だった。

しかし王さんの父、王仕福氏は大陸の出身なのだ。現在で言うなら中華人民共和国浙江省青田県の小さな村から日本へ渡った。1922年のことである。ご承知のように日本は中国と泥沼の戦争を繰り広げた。そして敗戦。大日本帝国はアメリカの占領下に置かれ、陽気な進駐軍兵士がジャズとベースボールとラッキーストライクとともにやって来た。日本軍が一掃された大陸では国民党と中国共産党が内戦を続けた。国民党は共産党に圧倒されて臺灣に逃げ込んだ。そして1949年10月、北京の天安門に五星紅旗が翻りアジアの赤い巨龍が誕生した。

王仕福は中華民国の国籍を持っていた。王仕福が日本に渡ってきた頃は中国といえば中華民国だった。1949年に中華人民共和国が建国されても日本と外交関係は1972年まで断たれていたからである。このへんの王仕福の立ち居振る舞いはそのまま在日華僑のアイデンティティの混乱に重なる。ましてや王さんの母は日本人(後に中国国籍になる)、王さん自身は東京の墨田区で生まれ育ち、もちろん中国語は喋ることができない。しかも母が中国国籍を取得するまでは母の実家の姓を名乗っていた。だから“在日華僑之英雄”「王貞治」が誕生するのは戦後になってからのこと。そして王さんは未だに中華民国のパスポートを持ち続けている。ここにも王さんの誠実な人間性が表れているのだ。

王貞治という昭和を代表するスーパースターを巡る二つの祖国と彼の葛藤、同じく二つの祖国を巧みに使い分けた王仕福。祖国という言葉には共感を覚えるものの、国籍については殆ど意識することがない私たち日本人にとって、このノンフィクションは重くのしかかってくる。

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Yes, We...Can?

門倉貴史『貧困ビジネス』(幻冬舎新書)を読む。

だいぶ以前のことだが、実力主義社会を歓迎する若者たちのトーク番組があった。そこに登場する一流大学の学生たちは真剣な表情で実力主義社会待望論を語っていたが、それを聞いていたパネラー(俳優)の発言が印象的だった。

「君たちさあ、みな実力主義社会は良い良いって言うけどね、君たちはみんなそのなかで生き残れるわけじゃないよ。君たちの半分、いやそれ以上はどんどん脱落していくんだよ、それでも君たちは良いのかな? 君たちの世代はみな君たちと同じエリートじゃないし、生き残る人はほんの一握りだよ。自分たちだけじゃなく周りの普通の若者もそれを歓迎しているのかな? そもそもそういう視点を君たちは持っているの?」

「貧困ビジネス」とは何か? 著者は「NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長の湯浅誠さんは、『貧困ビジネス』を『貧困層をターゲットにしていて、かつ貧困からの脱却に資することなく、貧困を固定化するビジネス(『世界』2008年10月号)と定義しています。本書では、湯浅誠さんの定義をもう少し緩めて、貧困層をメインのターゲットにして、短期的な利益を追求するビジネス全般を「貧困ビジネス」と呼ぶことにしたいと思います」と書く。貧困ビジネスのターゲットになりやすい層は…ワーキングプア、(日雇いを含む)短期派遣労働者、生活保護受給者、ホームレス、ネットカフェ難民、(5件以上の)多重債務者なのだそうだ。いずれも最近耳にすることが劇的に増えた言葉である。

かつては貧乏人からむしり取ることは卑しいとする意識があったと思う。鼠小僧次郎吉などに代表されるいわゆる義賊が講談などでもてはやされたことがその証拠だ。しかし穿って考えてみれば、こういう義賊が英雄視されたということは、それだけ貧乏人から金をむしり取る現実があったということの裏返しでもあろう。まあそれにしても貧困ビジネスの多種多様さには改めて驚くばかりである。ゼロゼロ物件、保証人ビジネス、リセット屋、名簿屋、紹介屋、整理屋、ホームレスの生活保護のピンハネ、ホストクラブにハマった女性を風俗に売り飛ばす、多重債務者からさらに搾り取るレンタル屋と質屋の共謀、慈善募金を装った詐欺……よくもまあこれだけ知恵をしぼって法律や制度の裏の裏をかくビジネスを考え出すものである。不謹慎ながらここまでくると却って感心してしまう。このへんは『難波金融伝ミナミの帝王』や『ナニワ金融道』のディティールの細かさと同じだ。

現在の世界不況の導火線に火をつけたサブプライムローン問題も貧困層をターゲットにしているし、アメリカ南部を壊滅させたハリケーンに乗じて募金詐欺のウェブサイトがネットに乱立、これは中国四川大地震でも同様の募金詐欺サイトが乱立して中国国内でも問題になった。海外、特に東南アジアで顕著なのはプロの乞食であろう。インドやパキスタンでは人為的に足や腕を切断してより哀れみを乞う乞食がいるという。しかもまだ幼い頃に親により足や腕を切断されてしまうというからなんとも陰惨な話だ。しかも彼らを多く抱える組織があり、彼らは時間になるとトラックに乗せられて何処へともなく去って行く。こうなると物乞いタレントを抱えるプロダクションである。そういえば『角兵衛獅子』の子どもたちもそうかもしれない。子どもたちは常に貧困の犠牲になるようで、フィリピンに代表される臓器売買ビジネス界でも貧困層の子どもの臓器が高値で売買されている。

専門技術者から一般労働者にまでステイタスが落ちた派遣労働者も貧困ビジネスと言える。一般企業の社員では養成困難だった、システムエンジニアに代表される専門技術者を派遣でまかなっていた頃はまだよかったのだが、派遣の範囲が一般事務まで拡大されたことにより派遣労働者は単なる人件費抑制の道具と化した。非正規雇用問題についても1980年代から欧米では普遍的に存在しており、職にあぶれる若者たちを描く映画もたくさんあった。本書のあとがきにも記されているようにゴーゴリの『外套』も貧困ビジネスの構図を持っているし、小林多喜二の『蟹工船』や老舎の『駱駝の祥子』も貧困層を描いて後世に残る不朽の名作である。かつて石川啄木が「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢつと手を見る」と読んだ頃から、世界はほとんど何にも変わってはいないように見える。

いま安定した生活を得ている人々ですら定年後は貧困ビジネスの餌食になるおそれがじゅうぶんにある。比較的裕福な老後を送る団塊より上の世代も、振り込め詐欺に蓄えを根こそぎ奪われる事態が続いており、今後もさまざまな手口で裕福な高齢者から財産を騙し取る手をいくつも編み出すことであろう。知り合いの中国人が「私が育った頃の中国は今より貧しかったけどのんびりしていて楽しかったよ…文化大革命の頃はよくわからないけどね(笑)…でも今の中国は生活も忙しなく人の心も世知辛くなってきて、なんだか疲れるね、ニッポンと同じだよ(苦笑)」と笑って話してくれたことがあるが、現在の私たちは「船に乗り遅れまい」としてみな必死に走り続けているのだろう。

アメリカは自由の国だが、それは国民が権力から自由だということで、だからこそ権力は国民を基本的には守ってはくれず、国民は自助努力で自分たちの生活を守らねばならない。1990年代以降のニッポンには、アメリカ型市場主義を喧伝する一部の経済人とそれに乗じた一部の権力者の政策によって現在の状況が生まれた。北欧諸国のように公共福祉が充実した国家の実現を期待する声が高まるなか、政府がそれを拒否し続けているのはアメリカ型市場主義路線に乗っている以上しかたない。しかしこのままだと確実にニッポンは崩壊への道を歩むだろう。

「人間は万物の霊長だっていいますがね」「ンなこたアないよ、人間なんざロクなことしねえんだから、人間がいなくなりゃ地球もよくなるよ」とは立川談志が演じるご隠居の言葉だが、まあそうなんだろうなあ…ナンダカワカンナイなあ…どうすりゃいいんだろうなあ…私たちに何ができるんだろうなあ…

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ローランド・カーク

ラサーン・ローランド・カーク(1936-1977)というミュージシャンがいた。盲目であるがゆえに黒いサングラスをかけ、一度に三本の管楽器を吹くため首から三本の管楽器をぶら下げている。その他ホイッスルやら何やらをあちこちにぶら下げている。ジャズシーンに話題になった1960年代当時はその音楽性や見た目から「グロテスク・ジャズ」と紹介されたこともあるという。

しかしその音楽性は、大衆性から離れ始めた当時のジャズが置き去った「大道藝的」なギミックやスピリチュアルブルースの要素を秘めており、一部に熱狂的なファンを生んだ。必殺1人三管アンサンブル(例えばテナーサックスとマンゼロとストリッチ)と言っても単なる曲藝ではなくその音楽性は高い。また主要楽器のテナーサックスは凡百のミュージシャンを凌駕する。1970年代からはリズム&ブルースやファンク寄りのコンセプトに移行していく。

私が好きなアルバムはジャッキー・バイアード(p)リチャード・デイビス(b)エルビン・ジョーンズ(ds)という強力無比なリズムセクションを従えた傑作『リップ、リグ&パニック』、力強く暖かい音楽性が詰め込まれた『溢れ出る涙』、ゴリゴリと熱いパフォーマンスを繰り広げる『ヴォランティアード・スレイヴリー』あたりだ。

林建紀『週刊ラサーン』(プリズム)という新刊を読んだ。呆れた(笑)。カークの録音から使用楽器解説からリズムセクション比較から、ローランド・カーク好きにはたまらない1冊に仕上がっている。言わば『磯野家の謎』ローランド・カーク版と言ったところだ。例えばカークが多用した管楽器「マンゼロ」と「ストリッチ」と「サキソフォニウム」とは何か? 「サーロルオフォン」って知ってる? うーん、ナンダカワカンナイでしょう、ってわからなくってもだいじょうぶです。私もよくわかってません。それにわからなくてもあなたの人生に何の問題もありません(笑) 

これはジャズ評論家の中山康樹のウェブサイトに連載されたものが本になった。このようなマニアな話題は『ジャズ批評』…最近全然読んでないなあ…の独壇場なのだが、まさかこれだけで1冊刊行できるとは思えない。ペーパーバック装幀で1000円という値段なら納得。まさにインターネット時代ならではの刊行物である。どれだけ売れるのか知らないが、きっと私のようなヤツが書店で見つけて「おおっ!なんじゃこりゃ!」と呟き乍ら買うのだろう。興味のある方はどうぞ、といってもいないよね(爆笑)

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時をかける国

リービ英雄『我的中国』(岩波書店)を読む。著者は1950年、ユダヤ系アメリカ人の父とポーランド移民の母とのあいだに生まれた。外交官だった父の赴任先の臺灣、香港、香港で幼少期を過ごし、60年代後半には家出して新宿をうろついていたらしい。アメリカに戻ったあとプリンストン大学・大学院で日本文学を学び「柿本人麻呂」で博士号取得、スタンフォード大学等で教鞭をとったあとに来日。日本語を母語とせず日本語で創作活動を続ける希有な作家。

ずっとリービ英雄というのは日系アメリカ人の作家なのかと思っていたが、実はリービ・ヒデオ・イアン(Ian, Levy Hideo)なのだった。ミドルネームの「英雄」は父の友人だった日本人に因んでいるという。書店でこの本を見つけて、なぜリービ英雄が中国?と疑問が湧いたのだが、実はこういう経歴の持ち主であり、日本語も中国語も話せるということを知った。ぱらぱらと立ち読みしたら面白かったので読む。リービ英雄とは逆に、日本語(母国語)以外の外国語で創作を続ける日本人作家というと、私は多和田葉子(ドイツ語)しか知らない。

国際都市北京や上海ならいざ知らず、いまだに中国の内陸部に行けば外国人はまだまだ珍しい。日本人であればまだ東洋人だから特に珍しがられることも少ないし、そもそも中国人にとって日本人や韓国人は偉大なる中華の属国だから、あまり気にとめられもしないのかもしれない。しかしどう見ても「老外」(西洋人)の風貌をしながら、日本に住んでいて、しかも中国語を話すリービ英雄は、中国人にとってはなんとも不思議な存在なのだろう。

ちょうどエドガー・スノーの『中国の赤い星』を再読していたところだったので、この中国革命の聖地・延安を訪れるルポルタージュ的エッセイは実に面白かった。なんだか延安に行ってみたくなってしまった。それにしても中国という国は、未だに時間の壁を超えたモノがあちらこちらに存在するのだなあ。面白い国である。

中国を題材とした作品『天安門』(講談社)、『ヘンリーたけしレウィツキーの夏の紀行』(講談社)も一読の価値あり。

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真実を記録すること

ふとしたことから高杉一郎『極光のかげに』(岩波文庫)を読み返した。戦前の有力な文藝雑誌『改造』の編集者であり、同時に優れたジャーナリストだった高杉一郎(本名:小川五郎 1908-2008)が、戦後シベリアに抑留された4年間の収容所生活を描いた記録文学。同書には、軍事俘虜たちがシベリア鉃道建設のための労働力として劣悪な環境の下で酷使され、極寒の地に次々と倒れていった事実が淡々と綴られている。高杉一郎が体験した捕虜収容所(ラーゲリ)と、「偉大なる同志スターリン」が頂点に立つ社会主義ソヴィエトの実像が記録され、輝ける社会主義国家の光と影を伝える優れた記録となっている。私が大好きな長谷川四郎『シベリア物語』(旺文社文庫→講談社文芸文庫)と同様、想像を絶する苛酷なシベリア抑留生活を静謐な筆致で描いた名著だ。

敗戦後の日本では、戦前に弾圧されていた社会主義が、日本を戦争へと導いた軍国主義への反動から大きく躍進を遂げていた。同時にソヴィエト中央の最高指導者であり社会主義の輝ける星としての「偉大なるスターリン同志」は、日本の社会主義者にとっては神聖にして侵すべからざる存在だったのだ。しかし当時のソ連ではスターリンはすでに独裁者であり、ロシア革命の同志たちを次々と弾圧・処刑し恐怖政治をほしいままにしていた。ところが当時の日本共産党中央はそのことを認識せず、スターリンを貶めることは社会主義を貶めることとして激しい拒否反応を示したのである。そのため『極光のかげに』が刊行されるとその評価は二分され、激しく批判したのは日本の社会主義者たちだった。特に日本共産党中央、プロレタリア作家から市井の社会主義青年たちまでが激しくこの書を批判したという。つまり「われら社会主義者の優れた領袖である偉大なスターリン同志の指導の下、この書に描かれるような軍事俘虜を虐待するような事実は社会主義ソヴィエトにはあり得ない!」という批判である。

『極光のかげに』に続いて、太田哲男『若き高杉一郎:改造社の時代』(未来社)を読んだ。ここではこれまで紹介されなかった高杉一郎の前半生から『改造』の編集者を経て応召されるまでを詳しく描いていて秀逸。高杉一郎がエスペランティストだったことは『極光のかげに』でも記されているが、エスペランティストの国境を越えた連帯がなんと強固なものだったのかと初めて知らされた。『私のスターリン体験』(岩波現代文庫)でエスペラント語を学んだ青春時代が回想されているが、この経験が『極光のかげに』でスターリンのエスペランティスト弾圧を敏感に感じ取ることになる。

また当時はマイナーだった同時代の中国文学者たちとの交遊にも驚かされた。増田渉、竹内好、松枝茂夫といった日本の中国文学者はもとより、郭沫若、郁達夫、田漢、蕭軍など中国の作家たちとの交遊が、戦後の中国視察団としての訪中で巴金、老舎らとの交遊にも繋がっていく。この他アグネス・スメドレー『中国の歌ごえ』の翻訳や、盲目の詩人エロシェンコの紹介、朝鮮人作家たちから、中野重治、宮本百合子との交遊と、高杉一郎のやってきたことはもうただの編集者の業績ではなく超一級のジャーナリストの業績と言うべきものだ。

『征きて還りし兵の記憶』(岩波現代文庫)では『極光のかげに』以後の高杉一郎を知ることができる。あまりの面白さに夜が更けるのも忘れてページを繰る手が止まらない一冊だが、ここでは高杉一郎と中国文学者との深い交遊が印象的だった。エスペランティストの胡愈之、葉君健、葉籟士、劇作家の田漢、その他郭沫若、老舎、巴金など錚々たる名前が陸続と出てくる。

また『若き高杉一郎』でも少しだけふれているが『極光のかげに』を読んだ宮本百合子と宮本顕治それぞれの反応が興味深い。高杉一郎は宮本百合子の家を訪れた際、宮本百合子から『極光のかげに』について質問をされた。その質問に誠実に答えた高杉一郎に向かい、宮本百合子は「やっぱり、こういうことがあるのねえ」とつぶやいた。その直後、二階から降りてきたのが宮本顕治である。

book すると、その戸口に立ったままのひとは、いきなり「あの本は偉大な政治家スターリンをけがすものだ」と言い、間をおいて「こんどだけは見のがしてやるが」とつけ加えた。私は啞然とした。返すことばをしらなかった。(『征きて還りし兵の記憶』より)

この宮本顕治といい、「スターリンは偉大な政治家だ」と呟いた中野重治といい、ことの善し悪しはともかく二十世紀という時代においてスターリンとはかくも巨大なる存在であったのかと嘆息せざるを得ない。確かにスターリンはことの善し悪しを無視して「偉大な政治家」であった。二十世紀における社会主義とはなんだったのか? 二十一世紀における資本主義は終焉に向かうのか? 政治と国家、国家と個人について私たちはもっと真剣に考える必要がある。

高杉一郎はシベリア復員後、静岡大学、和光大学教授を歴任し、翻訳や評論でも大きな業績を残した。2008年1月死去。享年99。

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言語と国家

通勤電車のなかでつらつらと『内村剛介ロングインタビュー:生き急ぎ、感じせく 私の二十世紀』(恵雅堂出版)を読んだ。

内村剛介といえばロシア文学者としてだけでなくロシア学/ソ連学の巨人として知られている。書店の棚から抜き出してみると、ジャケットに写るのは何処かの水辺に立つ内村氏のポートレート、がっしりとした体躯、オールバックの髪に太い眉、大きな鼻の下にはへの字に結ばれた口、意志の強そうな眼がこちらを見つめている。(これは読まなくてはならない)と直感した私はすぐに手に取ってページを捲った。

内村剛介(本名:内藤操)は1920年栃木県生まれ。15歳で満洲に渡り1940年に満洲国立大学哈爾濱(ハルビン)学院に入学しロシア語、ロシア文学に触れる。卒業後は関東軍でロシア語翻訳などを手がけ、1945年の敗戦直後、避難民の世話やソ連進駐軍との交渉通訳などに忙殺されるうち、ソ連軍の捕虜となり悪名高きラーゲリ(強制収容所)で11年間を過ごす。1956年に帰国の後、商事会社で対ソ貿易に携わり、その後は北海道大学、上智大学で教授を勤めた。近現代ロシア文学の翻訳や評論でも大きな業績を残した。2009年1月死去。享年88。内村氏の語るロシア人・ソ連観は眼からウロコが落ちるものの連続、まさに端倪すべからざる知識ばかりであり、その洞察力は人をして彼を巨人と呼ばしめるだけのものである。

ソ連の担当将校から「ロシア共和国警報第五十八条第六項及び第四項により二十五年の禁錮刑」を言い渡された内村氏は腹の中でこう考えた。

book (前略)自分が日本人として生を享けたことは、僕自身の選択外なわけですから、その存在を存在たらしめた日本国こそがこの不条理を引き受けるべきなのに、私と言う個人が今それを負わされているということ。これはやはり大問題なんですよね。しかし、その責を日本国が負うにせよ内村個人が負うにせよ、僕は、僕自身をここまで拉致してきたところの理論をそもそも正しいと認めたくないわけですよ。そして、ここから僕は彼らの理論が間違っているということを自分なりに論証してやろうと決意するわけですね。「レーニンをしてレーニンを論破してみせる」という、前々回述べたカザフ人トロツキスト囚人との獄中でのやりとりはこのことに関連しています。そして、こうも考えました。二十五年の刑を彼らが言い出した。しかし、自分はここで二十五年を生き永らえるとは思えない。すると、この二十五年のうちに、俺が死ぬかソ連が無くなるか、どちらかだろう。ソ連が永遠に生きてみせると豪語するのは勝手だが、このソ連帝国だっていつかは滅びるんだ。二十五年だって? よし、その間に俺が滅びるかお前が滅びるかであって、二十五年に限って言えば、問題の形式は何も変わらんということだ、と。何で俺がここにいるのか、いなきゃならんのかということにケリをつけるのは、それしかないと思いました。つまり、原理的なレベルで、ソ連はあっていけないか、あるいは自分があってはいけないか、どっちかだということです(§4 スターリン、燦惨(サンザン)たる無)

生き延びるためとはいえにわか社会主義者が頻出した捕虜のなかで、ソ連をソ連帝国(何たる洞察力!)と決めつけ翻って祖国と同胞について深い考察を巡らせるところも凄い。帰国後、松田道雄(評論家)に、当時公式には存在しないとされていた「ラーゲリ」について問われたときも、ラーゲリのことを説明し、ついでにこのようなことも説明している。

book 「ラーゲリ」とは、ロシア語では「ゾーナ」(英語の「ゾーン」)と言っていますと。さらに言えば、小さいゾーナと大きいゾーナがありまして、「マーラヤ・ゾーナ(小さいゾーナ)」がラーゲリで、「ボリシャイヤ・ゾーナ(大きいゾーナ)」がソ連邦ですと。それはもうしっかり定着していて、ラーゲリの住民のみならずソ連ならどこにでも通る用語として誰でも周知のことです。「じゃあ権力に対して一般民衆はどのように立ち向かうのか?」と問う。ソ連社会は完全な面従腹背ですから、彼ら民衆はいつひっくり返ってもケロッとして「ラーゲリなんてあったのかよ」という顔をするでしょうと僕は答える(§5 帰国。ただし十一年後の)

おそらく戦後日本において盛り上がった社会主義運動と社会主義者たちはこのようなソ連観を持ってはいなかった、あるいは眼をつぶっていたはずだ。社会主義の総本山であるところのソビエト連邦においてこのような “何処にでもあるような不正義” はその存在を許されるものではない。あたかも虚像とされた「ラーゲリ」同様に。

話はいったん横にそれるが西原理恵子の名著『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(理論社)・・・サイバラ版『君たちはどう生きるか』・・・を読んでいたら、競争社会や日本から落ちこぼれても絶望したり死んだりせずに逃げちゃえ、と語る部分があった。日本ではまだ数少ない「アジア人」たる西原理恵子らしい言葉であるが、同じようなことを内村氏も語っている。

book 勇者なるが故に圧制から逃亡する。つまり、圧制から逃亡する者は、なべて「勇者」なんですね。だからそれに対しては敬意を払うというのがロシアです。ロシア語で「ベジャーチ」と言いまして、これは「逃げる」ということ、「走り去る」ということです。日本では「逃亡者」「敗残兵」とかいうのは不名誉ですが、ロシアでは「英雄」なんですよ。つまり真正面に反抗できないような強大な権力と対峙したとき、それに反抗はできないとしても、しかし自分は「逃げる力」だけはもっていると、そこで、彼は断固として決断し、そこから逃亡する。つまり、権力に背を向けては知る。権力のない世界を求めて走るわけです。これは言わばアナーキズム、しかもアナーキズムの権化です。極端な無制限な権力の集中に対する、無制限な権力からの解放です。したがって、「逃亡する」とは、自分の自由を守るための英雄的な行為なんですよ。ロシアでは今でも「逃亡した」というのは肯定的な意味に使われています。ひところ流行った浅田彰流の「逃亡」じゃないんです(笑い)。ロシアでは「逃亡者」、「逃亡囚」、「逃亡兵」といった存在はみな偉いとされ、尊敬されるんですね。(§8 プラトノイ、あるいは「逃亡は美徳である」について)

言語を学ぶということはすなわち人間を学ぶということ。それを体現した内村剛介の書はもっと読まれて然るべきである。

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地雷原を行く

寄り合いがあって神保町に出かけたら『神保町ブックフェスティバル』が開催されていた。これは危険だと思ってなるべく立ち寄らないように会場へ向かう。でもやっぱり買っちゃいました、本。

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角英夫著『中国 夢と流転 : 庶民たちの改革開放』(NHK出版)、京都大学人文科学研究所付属漢字情報研究センター編『漢籍はおもしろい(京大人文研漢籍セミナー1)』(研文出版)、張小鋼著『中国人と書物 その歴史と文化』(あるむ)、上海文化協力機構編著『中国の「なぜ?」に答える本』(三笠書房)、斎藤君子編訳『シベリア民話集』、大津栄一郎編訳『ビアス短編集』、スウィフト作/深町弘三訳『桶物語・書物戦争』(以上、岩波文庫)、辻由美著『読書教育 フランスの活気ある現場から』(みすず書房)、『小松和彦対談集 逸脱の精神史』、井上貴子他著『ヴィジュアル系の時代 ロック・化粧・ジェンダー』(以上、青弓社)…

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寄り合いの後、喫茶店で今日の収穫を確かめながら飲む珈琲は美味しかったナ(苦笑)

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筒井康隆健在也

桐野夏生『東京島』(新潮社)
無人島に漂着したただ一人の女は、同様に漂着した多くの男たちから女神と崇められる。しかしその女神はまた娼婦でもあった。日本人たちはこの島を「東京島」と呼ぶようになる。やがて中国人たちが漂着し無人島はひとつの“社会”へと変貌する。日本人社会と中国人社会は対立の様相を呈し、あまつさえ日本人社会からはじき出される“同胞”まで現れる。

脱出と絶望、生と死、どこにも行くあてもない東京島を舞台に、熱に浮かされたような狂気が充ちていく…ひさしぶりに桐野夏生を読んだけど、やっぱり面白いなあ。


三崎亜記『鼓笛隊の襲来』(光文社)
遠く南洋海域から日本を襲う鼓笛隊の恐怖。覆面法が施行された世界。公園に現れたほんものの“象”の滑り台。家の中で異次元に入り込んだ男。校庭のまんなかに建つ家に住む家族……日常にスルリと入り込む怪異と恐怖は、いまどき珍しい岡本綺堂のホラーを思い出させてくれる。


筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』(新潮社)
「……さっきバッハの対位法の話が出たけれども、あれなんかベケットのやったことからだいぶ遅れているわけです。文学では誰もあれをやってない。つまりあれは反復するわけです。音楽には反復ということがある。いま聴いたばかりのメロディーを、あれはいいからもう一度聴きたいという聴衆の希望があるでしょう。音楽の場合、それをすぐ叶えてくれる。小説でなぜそれがないのか。つまり、いま読んだ文章がいいから、もう一度読みたいということはあると思うんですよ……」

というわけで、小説で“それ”を実現してしまうところが筒井康隆の筒井康隆たる所以。いやあ、さすが筒井康隆である。日常を遠く離れた“小説”の高みを存分に堪能させてくれます。

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チャイ語?

書店に行くとついつい語学書コーナーを覗いてしまう。そしていつも中国語のテキストがたくさん出ているなあと思うのである。

私が中国語を学んでいた頃…1980年代半ば…はそれほど多くの種類は出ていなかったように思う。どれもこれも今から見れば堅苦しいテキストが大半を占めていたような気がする。イラストや写真も堅苦しくて、街角の中国人は人民服を着て自転車に跨がっていたような記憶がある。写真も天安門広場、天壇公園、頤和園、九龍壁…そんなもんでした。それがいまでは百花繚乱の如くさまざまな中国語テキストが出版されては消えて行く。

1980年から現在までを検索してみると、中国語のテキスト…厳密には辞書も含まれるがまあそのへんはご容赦…総数は1727件がヒットする。年代別に見てみると以下の如くだ。

1980年代 342件
1990年代 704件
2000年代 681件 ※2007年度まで

データベース:紀伊國屋書店BookWeb 
検索キーワード:中国 
NDC(日本十進分類):82△(言語:東洋諸語)

改革開放政策が始まった80年代に比べて、改革開放政策が全開になった1990年代はほぼ倍増しており、2000年代に入ってからも出版点数は上がるばかりだ。現在ではたとえばイラストひとつをとってもかつての堅苦しい挿絵からポップなものに変わり、天安門広場を行き交う中国人も人民服など着てはいない。紙質もよくなり(笑)付録CDもあたりまえのようについている。かつては別売のカセットテープ(しかも高価)だったのが昔日の感ありだ。

検索語を「中国語」ではなく「中国」としたのは、「中国語」以外に「チャイニーズ」「漢語」といったタイトルも少数だが標題に含まれているからだ。しかしどの本にも「中国語」という標題は含まれているので検索漏れはない(はず)。国内の出版物でまずお目にかかれないのが「華語」。これは臺灣や東南アジアで使われている単語だ。例外的に2冊だけ出版されていた。就中店頭で見つけて吃驚したのが標題に堂々と「チャイ語」と書かれたテキスト。そういえば学生たちが「チャイ語取ってる?」「チャイ語、単位落としそう…」などという会話を耳にして、チャイ語って何だ…としばし考えてから、ああ中国語のことかあ!とようやく気づいたことがあった。注意して聴いているとフランス語をフラ語などと言っていたっけ。

ちなみに同じ条件で「広東語」は58件、「台湾(臺灣)語」は22件がヒットする。広東語は1990年代の香港映画ブームの影響があるのだろうか。現在、中国に返還された香港では標準語(普通話)の学習熱が高まっているらしいが、香港では広東語が必須なので学ばないとダメ。臺灣語に至っては外国人が使う機会がほとんどなく、また臺灣では標準語(國語)が通用するためあまり需要はないからこんなもんだろう。

ついでに主な東南アジア諸語テキストについても調べてみた。ちなみに検索条件は同じ。

韓国・朝鮮語は全部で532件ヒット。そのうち「韓国語」を含むものが453件、「朝鮮語」を含むものが79件あった。ここでややこしいのが「ハングル」というキーワード。「ハングル」+「韓国語」と「ハングル」+「朝鮮語」といった、「ハングル」併記のものもあるのだが、分けて検索できない。検索キーワードを「ハングル」としてみると191件ヒットする。「ハングル」は文字のことであり言語のことではない。ハングル文字を学ぶためのテキストなら頷けるのだが、「ハングル」を冠して語学テキストとしているものも相当数あり、就中「ハングル語」などという噴飯ものの標記も散見される。それじゃ「ひらがな語」とか「アルファベット語」ってのもありか? 532件のうち2000年以降の出版が343件を占めており、これは間違いなく韓流ブームの影響であろう。その他「コリア語」1件、「コリアン」12件、「韓語」1件がヒット。まあこの言語は、日本に於いては主体の政治的立場が強く影響されるからしかたないですね。

タイ語は119件ヒットし、うち2000年以降が71件を占めている。ベトナム語は56件ヒットし、うち2000年代以降が30件を占めている。いずれも1990年代から出版点数が急増しているが、これは1990年代のアジアブーム、バックパッカーブームや、バブル経済崩壊後、東南アジアに生産拠点を移すなどして現地に在留する日本人が増えたこと、また東南アジアから就労や留学などで多くの外国人が流れ込んで来たことも関係していると思う。

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岩波写真文庫

ここしばらく出張に出かけたりしてヘロヘロになりつつある。それでも出先に書店があればついつい入ってしまうし、手ぶらで出てくることなど殆どない。

『これが中国人だ!』(祥伝社新書)
『中国雑学団』(マガジンハウス)
『トンデモ大国中国の素顔』(彩図社)
『中国語基礎知識』(大修館書店)
『ソ連・中国の旅』(岩波写真文庫)
『汽車の窓から』(岩波写真文庫)
『ホテル・ニューハンプシャー』(新潮文庫)

以下3冊は古本…
『江戸川乱歩傑作選』(新潮文庫)
『旅の終わりは個室寝台車』(新潮文庫)
『全線全駅鉄道の旅4:関東1500キロ』(小学館)

それにしても最近は中国豆知識みたいな本が多いなあ。北京五輪もそうだけど四川大地震だのチベット暴動だの…最近だと貴州省プイ族自治県で起きた暴動もあるな…いったいこの大国がどうなるのだろうという興味と不安があるのだろう。

それはそうと復刻版岩波写真文庫がとても新鮮で面白い。すでに『汽車』『本の話』『ソ連・中国の旅』『汽車の窓から』を買ったが、どれもこれも興味深いものばかりだ。戦後間もない頃に活字主体から写真主体という、しかもコンパクトな新書サイズでシリーズ刊行された。当時はきっと斬新で新鮮なイメージを持って迎えられたのだろうなあ。

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赤の時代

洋書は滅多に買わないのだが面白いものがあるとつい買ってしまう。先日は『SOVIET POSTERS』(PRESTEL)を買った。

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簡単に言うとソビエト社会主義連邦時代のプロレタリアアート全開ポスターを集めた本。中身はこんなにポップでキッチュなデザインから写実的な絵画調まで多岐にわたっていて、ページを繰っていても飽きることがない。革命の風に帆を張るロシア・アヴァンギャルドの息吹が波打っている。ポストモダンも裸足で逃げ出すくらいの迫力だ。とはいえ今見ると少々うるさいかもしれないけどネ。

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こちらの『CHINESE POSTERS : Art from the Great Proletarian Cultural Revolution』(Lincoln Cushing and Ann Tompkins)は、1966年から1976年にかけて中国全土を揺るがしたプロレタリア文化大革命のポスターを集めた本。

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どうですか、ソ連のプロレタリアアートとは打って変わったこのわかりやすさ。写実的だったり山水画だったり伝統絵画だったりするけど、全体のトーンは一貫している。つまり藝術的なデザインは皆無に近い。

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やはり西欧文化の伝統があるソ連と中国四千年の伝統中華との違いなんだろう。ま、プロレタリアート文化大革命ってくらいだから、農民を代表とする労働者層に理解しやすいデザインじゃなくちゃいけなかった。それに変に“藝術的”になるとたちまち走資派(資本主義傾向の実権派)とみなされて打倒されてしまう恐れがあった。藝術は労働者や社会に貢献しなければいけない、というプロレタリア藝術運動を素直に採択した結果だろう。中華人民共和国が成立する以前の中国では、ロシア・アヴァンギャルドに影響を受けた絵画やポスターが多く発表されている。

毛沢東もスターリンも不必要に大きく描かれているが、これは社会主義プロパガンダの常套表現。労働者は繰り返し繰り返しこの種のポスターを見るうちに、カリスマは巨大な存在であるという意識を刷り込まれる。最近では朝鮮民主主義人民共和国の金日成を描いたポスターや絵画がこういう構図だ。

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社会主義の始祖ソビエト連邦と、ソビエト中央を指導者と仰ぐ中国が手をつないでいた時代のポスターがこれ。このあとにスターリン批判に端を発する中ソ対立が起こってしまうのである。いまじゃロシアも中国も金儲けに奔走してるしねー。レーニンもスターリンも毛沢東も周恩来も草葉の陰でどう思っているのだろう。

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切符を買いに中国へ

星野博美『愚か者、中国をゆく』(光文社新書)を読む。

なんと心に響いてくる一冊であろう。著者は1966年生まれだから私と同世代だ。中国に興味を持って大学に入学したものの、周囲は欧米一色、青い目の西洋人に群がる日本人学生たちを眺めて「ここは植民地か?」と違和感を抱き、まだ見ぬ中国への憧憬を募らせていた若き日の著者。うーん、わかるわかる。私も似たようなものだった(笑)

1980年代初めに中国語だの中国文学だのを学ぼうとする連中は、おしなべてどこかひねくれていた、というか変わり者というか、とにかくまだまだ中国に対する日本人の認識は低かったと言わざるを得ない。1970年代後半の中国報道は私も憶えている。毛沢東の死去、四人組裁判、人民法廷で怒鳴り散らす江青、中国残留孤児の来日、そしてNHKの『シルクロード』放映開始……ついでに言えば藤原新也の写真&紀行文『全東洋街道』、短波放送から聞こえてくる北京放送と中国古典音楽、人民服を着たYMO『ソリッドステイト・サバイバー』のジャケット(笑)……中国文学科に在籍して真面目に中国語や中国文学を学ぼうとする志の高い学生から見れば、私のような学生はみごとにトンチンカンだ。

著者は1986年に香港へ語学留学に赴くが、香港は紛れもなく「植民地」だった。ここでも著者の違和感は続く。そして1987年の春、著者はクラスメートのアメリカ人マイケルとともに1ヶ月に渡る中国本土への旅に出かけた。1980年代の日本人とアメリカ人の若者が見た中国本土は、それはそれは驚天動地の国だった。ふたりは汽車を乗り継いで広州から西安経由でシルクロードの烏魯木斉(ウルムチ)を目指す。著者は初めて中国個人旅行を経験したものが必ず遭遇する「切符は何処だ?」問題に直面する。とにかく駅の窓口で求める切符を買うことの困難さに絶望し続ける。

「明日の北京行き寝台切符を一枚ください」
「没有!(ない)」

嗚呼「没有!」「没有!」「没有!」何処へ行っても「没有!」「没有!」「没有!」だ。それでも硬座(文字通りの木製の座席)切符を持って汽車に乗り込むと硬臥(やや固めの寝台)はいくつも空いている。人々は知恵を絞って友人知人のネットワークやコネを利用して長距離切符を手に入れる。況や外国人においておや。外国人特権を行使すればわりと簡単にいくこともあるのだが、なぜか若者はそれを行使したがらない。中国人民と同じ汽車に乗り同じ宿に泊まり同じものを食べることこそ、真に中国を知ることなのだ、と頑に信じている。資本主義バリバリの母国にいるときとは違い、なぜあれほどストイックな気持ちになれたのだろう?

「辛い修行をすればするほどステージが上がり、楽をした者はステージが下がる。ほとんど宗教と同じだった」(同書 p59)

いまでもバックパッカーたちはそうなのだろうが、とにかく貧乏でハードな旅をしてきたものは、旅の達人という称号を贈られ、ある種羨望の的となる。「哈爾濱(ハルビン)から上海まで硬臥で行ってきた」「おれなんか上海から西安まで硬座だぜ」「烏魯木斉からカシュガルへ行ってそこからアフガニスタンに抜けて戻ってきたんだ」「成都のドミトリーは値段が安くてよかったよ。でも半端なく汚いからなあ」延々と自慢合戦は続く。「辛い修行」を「辛い旅」と言い換えればあなたにもおわかりだろう。そう、1980年代の中国には修行に励む世界の若者がたくさんいたのである。

行く先々で切符確保に躍起になる日本人の著者と、たまには切符なんか忘れて旅を楽しもうとするマイケルは、ときに仲良くときに喧嘩し乍らシルクロードを目指す。著者はこの不条理な旅のなかで、嫌というほど中国という異文化に叩きのめされ、マイケルというアメリカ人とのコミュニケーションに悩み、そして自分の頭と身体で中国という国を、中国という異文化を、中国人という人々を理解したのだった。なんとすばらしい青春であろう! 同時代に同時期に中国というよくわからない国をうろつき回っていたかつての若者たち必読の一冊だ。

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本馬鹿

こう毎日忙しいとストレスがたまる。ストレスがたまると本を買ってしまうのが悪い癖だ。癖というかもう病気だな。この10日間で買った本の一部がこれ。

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だってちくま学芸文庫の復刊フェアなんかしてるから『江戸の悪霊祓い師』『南方熊楠随筆集』を買わなくちゃいけないし、小島信夫の小説集が並んで置いてあったりするし、星野博美の中国本が新刊平台に積んであるし、小説コーナーに行くと筒井康隆に三崎亜記に古川日出男の新刊が置いてあるし、斎藤美奈子が二冊も置いてあるし、中公文庫の復刊なんか見つけちゃうし……魯迅や三国志の研究書も分厚いポル・ポトのノンフィクションも置いてあるし……どうしよう……仕事休んで読もうかなあ、有給休暇たくさん残ってるし(笑)

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『蟹工船』再読

およそ20年ぶりに『蟹工船』を再読。

いま読むとその“面白さ”がよーくわかる。やはり社会経験がないといまいちピンとこないな……というか想像力の問題かもしれない。でもやはり社会経験を経るといろいろと細部まで理解できる。

若者が共感しているのは、労働者たちの素朴な連帯感といたわり合い、不当に搾取される労働者たちの悔しさと悲哀、権力への抵抗、勝利と敗北、そして明日につながる希望……といったところなのだろう。

人材派遣会社の不当就労斡旋行為が問題視されているいま、フリーターは使い捨てという現代社会の流れは、まさに『蟹工船』の世界とほぼ同じだ。これじゃ共感する若者が多い(らしい)のもむべなるかな。

とにかく使い捨てにされないためにも自ら学ぶことはだいじなんだよ。「大人はわかってくれない」とか「学校や先生はなにもしてくれない」と尾崎豊みたいなことを言うのも無駄とは思わないけど、いつまでも青春は続かない。

若者よ『蟹工船』を読め! って私ごときが言うことじゃないか(苦笑)

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古典の復権

小林多喜二の名作『蟹工船』が今年の増刷だけで累計20万部を越えたという。どうやらワーキングプア問題とのからみで20代~30代前半の世代に読まれているらしい。宮本顕治が生きていれば涙を流したことだろう。

私も人並みに大学生の頃に読みました『蟹工船』……なんか露悪的に暗い過酷な労働者の話だなあと思った記憶がある。まあ浮かれた80年代だったしバブルもすぐそこだったし“当時のフツーの大学生”としては特に変な読後感ではなかろう、と思う(苦笑)

たぶん中国語やロシア語にはいちはやく翻訳されていたはずである。私の好きな日本の小説は『蟹工船』です」と真面目に話す中国人もいた。「あなたはシャオリン・トゥオシーアルをどう思いますか?」と訊かれて、絶句したこともあった。「シャオリン・トゥオシーアル……ああ、小林多喜二かあ……どうって言われてもなあ……」

現在、『蟹工船/党生活者』(新潮文庫)と『蟹工船/一九二八・三・一五』(岩波文庫)のふたつの版があるが、装幀は断然新潮文庫版のほうがかっこいい。なんたって1929年に『定本日本プロレタリア作家叢書』の一冊として、戦旗社から発行された初版装幀をそのままカバーにしているのだ。かつてはなんだか薄暗い油絵みたいな装幀だったのでよけいかっこいい。プロレタリアアートってほんとポップでメッセージ色が強くて、私はコミュニストじゃないけど大好きだ……こういう見方は不遜なのであろうか?

しかしいまの若者が『蟹工船』に共感するというのがよくわからない。果たして共感しているのかどうかもわからないが、ほんとうに共感しているのなら日本共産党入党者が増えそうなものだが……増えてるのかな? だいたい『蟹工船』に描かれている不潔な悲惨さにどこまで共感できるのだろうか? 搾取される側の論理で共感しているのかなあ。

ま、なんにせよ古典がふたたび読まれるというのはいいことだと思う。誤解を恐れずに言えば、ね。

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赤めだか

立川談春『赤めだか』(扶桑社)を読む。

雑誌『en-taxi』の連載が本になった。連載中から興奮しつつ読んでいたので、書店で見つけて即購入した。帰りの電車のなかで読み始めたら止まらなくなった。本を持つ手が震える。苦笑爆笑、そしてため息が漏れ涙が滲む。談春といっしょにドキドキする。ホッとする。凄い、凄いぞ、談春。

帯に「サラリーマンより楽だと思った。とんでもない、誤算だった。落語家前座生活を綴った破天荒な名随筆」とあるが、なにより破天荒な談春が凄い。立川談志の高座に衝撃を受ける高校生というのも凄いし、古今亭志ん朝より立川談志のほうが凄いと理解した感性も恐ろしい。落語に賭けた青春などというとなんだか文部科学省推薦みたいだが、もしも文部科学省が『赤めだか』を推薦したとすればその了見やよし。まあそんな酔狂なやつは役人にはいないだろうが。

談春は私と同世代。だから談春の青春時代は私の青春時代だ。私が高校生から大学生、社会人になるまでの時代が強いリアリティとともに心に迫ってくる。この頃私は何をしていたのだろう、と記憶をたぐり寄せ乍ら読む。あの白々しい1980年代が蘇ってくる。いやどんな時代だったなんてことはどうでもいいのかもしれない。私の青春時代(苦笑)が白々しかったなどというのは寂しい。寂しかったとしてもそれは時代のせいではなく自分のせいだ。文章を追うたびにページをめくるたびにそんな思いが強くなっていく。

というわけで今年度随筆ベスト1は『赤めだか』に決定。たったいま私が決めた。四の五の言わずにいますぐ読みなさい。

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町田の古本屋

某月某日
『ぐうたら好奇学』を三十年ぶりに再読したら面白くてしかたがない。というわけで遠藤周作『ぐうたらシリーズ』を探しに町田の古本屋巡りに出かける。

はじめに高原書店にて遠藤周作の『ぐうたら交友録』、『ぐうたら人間学』(講談社)、『狐狸庵閑話』(新潮文庫)、『狐狸庵交友録』(河出文庫)を購う。さすが町田市の古書店。遠藤周作邸(通称『狐狸庵』)は町田市玉川学園にあるからだ。勢いづいて遠藤周作の友人であり同じ「第三の新人」安岡章太郎の『良友・悪友』(角川文庫)、『へそまがりの思想』(角川文庫)、吉行淳之介『悪友のすすめ』(角川文庫)、小島信夫『墓碑銘』(講談社文芸文庫)を購う。その他、尾崎一雄『楠ノ木の箱』(旺文社文庫)、ねじめ正一『ねじめ正一詩集』(思潮社)を購う。鉄道関連書コーナーにて『全線全駅鉄道の旅6 中央・上信越2100キロ』(小学館)を見つけたのでついでに購う。

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高原書店はかつて小田急町田駅第一踏切前のPOPビル(その前はミドリヤビル)に入っていた。その後、現在の場所に移転して営業を続けている。雑居ビルの1階から4階に間借りしているため、部屋が細かく区切られていて、絶版文庫の部屋や社会科学の部屋なんて感じになっていて面白い。探索しがいのある大型店舗なので、町田へお越しの際はぜひ足を運ばれたし。きっとお探しの本が見つかるでしょう。


ジャバーウォックにて伊藤桂一『黄土の狼』(集英社文庫)、林京子『上海/ミッシェルの口紅』(講談社文芸文庫)、高橋源一郎『追憶の一九八九年』(角川文庫)、チャールズ・ブコウスキー『ブコウスキーの酔いどれ紀行』(河出書房新社)を購う。

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ここは町田では新しい古本屋で、古本のほか、絵本やフィギュア・骨董が置いてある、小さい乍らも賑やかな古本屋だ。ポストモダン、映画、ジャズ、アート系など思わず食指が動く品揃えも魅力的。


成美堂書店ではあまりめぼしいものはなかったが、荒川洋治『本を読む前に』(新書館)を一冊だけ購う。

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ここは上記3軒のうち最も渋い古本屋。インターネットで見てみると古い絵葉書が充実している。


町田市内には上記3軒の古本屋のほか、久美堂、有隣堂書店、リブロといった新刊書店、巨大店舗のBOOK OFF町田店があり、本好きにとってはかなり満足できる環境。かつては原町田1丁目のあたりに二の橋書店という渋い古本屋があったのだが、だいぶ前に移転してしまった。ここにも足しげく通ったものだったなあ…

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狐狸庵先生の渋谷

某月某日
古本屋にて遠藤周作『ぐうたら好奇学』(講談社)を発見。懐かしくて思わず手に取る。ほかにも遠藤周作『ぐうたら生活入門』(角川文庫)、吉行淳之介/開高健『街に顔があった頃』(新潮文庫)、上前淳一郎『イカロスの翼 美空ひばりと日本人の40年』(文春文庫)を購う。

某月某日
本を探しに新刊書店に行く。探していた本は品切れらしく見当たらないので古本屋で探すことにする。都築響一『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(晶文社)、小牟田哲彦『今でも乗れる昭和の鉄道』(東京堂出版)、荒木経惟『さっちん』(新潮社)を購う。『さっちん』は若きアラーキーの魅力あふれる写真が文句なしに楽しい可笑しい。元気の出る写真集だ。

某月某日
近所の古本屋を覗くも収穫なし。もう一軒の古本屋を覗くと、宮脇俊三と原田勝正が編集委員を務めた『全線全駅鉄道の旅シリーズ』の端本があった。その中から思い入れのある路線部分の『東北2800キロ』(小学館)、『奥羽・羽越1700キロ』(小学館)を購う。昭和五十年代半ばの本なので国鉄時代の写真がふんだんに掲載されていて楽しい。


私が中学生の頃、家に遠藤周作の『ぐうたらシリーズ』があって熱心に読んだ。正直、子どもにはよくわからない大人のシャレたユーモアと、子どもにもわかるくだらないユーモアが混在して、楽しく読んだものである。今になってまた読み返したらこれが実に面白い。面白いと同時にユーモアのなかに人生の機微と哀感を描いた随筆が胸にしみてきた。

昭和三十年代の渋谷の街を舞台に綴られる随筆など、これぞ名文というすばらしいものであった。田舎の中学生にはぜんぜんわかるはずもない。だいたい渋谷がどういうところであるか知らないのだから。それでも大人になって上京してから渋谷を知り、渋谷を徘徊して酒を飲んだり飯を食ったりするようになった今、ひとつひとつの文章が心にしみてきて心地よい。遠藤周作が駒場の借家に暮らしていた昭和三十年代の話である。

この頃遠藤周作は三十代半ば、今の私よりずっと若かった。それでいてこの大人ぶり…我が身を省みて悄然としてしまう。


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新年の読書

中島京子『FUTON』(講談社文庫)を読む。
日本自然主義文学の嚆矢といえば、田山花袋の『蒲団』ですが、これはそれから100年後に書かれた中島京子の『FUTON』です。『蒲団』では、主人公の小説家@田山花袋が、内弟子の文学志望の女学生@実在に恋をする。ところが女学生@実在は恋人の大学生と恋愛関係になり、小説家@田山花袋はいてもたってもいられない。小説家@田山花袋はこれを「恋ではなかったか」と自問自答するが、読者はこれを「オヤジの性欲にまみれた妄想@片思い」と言う。
『FUTON』では、日本文学を研究するアメリカ人教師デイブ・マッコーリーが、留学生の日系アメリカ娘エミに恋をする。ところが日系アメリカ娘は恋人の日本人留学生と恋愛関係になり、デイブはいてもたってもいられない。中年オヤジの恋と妄想は時空を超える。
学会にかこつけてはるばる東京までエミを追いかけてきたデイブは、エミの曽祖父ウメキチ、自称アーティストのイズミ、イズミの恋人で同性愛者のハナエ、バーガーショップの店長・タツゾー(ウメキチの息子でエミの祖父)たちと出会い・・・明治~大正~昭和~平成という時代が、東京を舞台に錯綜する。『蒲団』ではほとんど無視されている小説家@田山花袋の妻を主人公にした、デイブの『蒲団の打ち直し』というメタ小説が同時進行する仕掛けも面白く、それでいて実に哀しく刺激的。
近頃面白い小説がないとお嘆きの貴兄には絶対お奨めの一冊であります。・・・いやはや、こんな面白い小説を読んだのはひさしぶりだ。

小島信夫『アメリカン・スクール』(新潮文庫)を読む。
小島信夫の『抱擁家族』を読んだときの不思議な感覚から1年、今回手にとったこの初期短編集ときたら、またまた私を不思議な感覚世界に誘ってくれたのである。ちょっと梅崎春生を思わせる、私小説と幻想小説の境界線を行ったりきたりする作風が面白い。主人公の意識は常に現実と妄想、現実とフィクション、過去と現在を往来しつつ、読者に哄笑を催させ乍らも気がつくと腋の下に嫌な汗が・・・

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年末の読書

文庫本をカバンに入れて年末恒例の放浪旅。

笙野頼子『笙野頼子三冠小説集』(河出文庫)を読む。
書店で立ち読みしたらJR鶴見線のことが書かれていたので読んでみたくなったのだ。収録作品は『タイムスリップ・コンビナート』(芥川賞受賞作)『二百回忌』(三島由紀夫賞受賞作)『なにもしてない』(野間文芸新人賞受賞作)の三本です。東北本線各駅停車の車中で読み乍ら吃驚仰天。まさにフィクション(小説)らしいフィクションではないか。絶頂期の筒井康隆を思わせる、ねじれた疾走感とよじれた言語感覚が、虚構の極北(といっても過言ではない)の縁を綱渡りしていてたまらない。しかしまあこのタイトルくらい圧倒的なタイトルは少ないのではないか。思わず拍手。

森奈津子『西城秀樹のおかげです』(ハヤカワJA文庫)を読む。
粉雪混じりの風が吹く東北地方の港町を歩いていたら古本屋に出くわした。何も迷うことなく店に入る。旅先で古本なんぞ買ってもしかたないのだが、もう病気だからしかたがない。マンガと文庫本とエロ本を眺めていたらこの本が目についた。森奈津子・・・誰だっけなあ、聞いたことあるなあ・・・列車の座席に座って読み始めたら突然思い出した。あ、そうか、オタクで変態の人だ。そしてこの短編集・・・最初から最後まで面白い。まるで頭から尻尾の先までアンコがつまった鯛焼きのよう。SFとエロスとギャグが縦横無尽に繰り出される。東北の港町での邂逅に感謝。

今年もよろしくお願い申し上げます。

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歳末に悶絶する三冊

乃南アサ『凍える牙』(新潮文庫)
深夜のファミレスで男が突然炎上して死んだ。男の脚にはオオカミらしき獣に噛まれた痕があった。続いて天王洲アイルで若い男が、多摩川にほど近い丘陵地帯で若い主婦が、オオカミとおぼしき獣に噛み殺された。警視庁機動捜査隊の音道貴子は、相棒の中年オヤジ刑事滝沢と謎のオオカミを探す。どうやら獣はオオカミ犬らしい。そしてそのオオカミ犬を操る犯人は誰なのか? ファミレスで死んだ男はなぜ炎上したのか? 動機は何か? 被害者たちのつながりは? 一気呵成に読ませる筆力はさすが。都会を疾駆するオオカミ犬の美しさに魅せられる。後半の流れるような描写は感動的。1996年直木賞受賞作。

船戸与一『金門島流離譚』(新潮文庫)
『山猫の夏』『砂のクロニクル』などの冒険小説で知られる船戸与一が、台湾を舞台に描いたサスペンス小説。舞台は台湾と中国大陸のはざまに位置する金門島というところが渋い。台湾と中国大陸の関係を如実に体現している場所として、ここ以上の土地はないだろう。元エリート商社員の藤堂は、金門島で密貿易の仕事をしている。しかし彼の古い友人が白昼の飛行場で殺され状況は一変した。藤堂の周りに血なまぐさい人間たちが集まり始め、彼もその狂乱の渦に巻き込まれていく。もの悲しくも遣り切れぬ余韻が切ない併録の中編『瑞芳霧雨情話』も良い。臺北近郊の街、瑞芳や九分を舞台にした小説は、たぶんこれだけなのではあるまいか。

城山三郎『硫黄島に死す』(新潮文庫)
書店で立ち読みをしたら思わず惹き込まれてしまった。経済小説の大家として知られる著者のもうひとつの顔がここにある。1932年のロサンゼルス五輪馬術障碍競技の金メダリストであり、硫黄島の激戦で戦死した西竹一中佐を描いた表題作。スポーツと貴族性を体現した西中佐が、戦争という悲劇のなかで味わう苦悩を描いて秀逸。戦争を題材にして描かれた短編集なのだが、ひとつひとつが実に味わい深く、私の胸の奥にキリキリと突き刺さってくる。

最近は時刻表ばっかり読んでいるけど、ちゃんと読書もしている。それにしても読書は体力だ、とつくづく思いますね。三十代までは寸暇を惜しんでガシガシ本を読んでいたけど、さすがにだんだん読む気力がなくなってきた。いや、読みたい気持ちは満々なんですが…

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神保町を彷徨う

ひさしぶりに神保町へ出かけて書店巡り。

東京堂書店にて、内田樹『街場の中国論』(ミシマ社)、田村志津枝『李香蘭の恋人〜キネマと戦争』(筑摩書房)、立川談志『談志絶倒昭和落語家伝』(大和書房)、林哲夫『古本屋を怒らせる方法』(白水社)、喜多村拓『古本屋開業入門〜古本屋商売ウラオモテ』(燃焼社)、酒とつまみ編集部編『酔客万来』(酒とつまみ社)を購う。相変わらずここの魔法の新刊棚の威力は凄い。あれもこれも欲しくなってしまうじゃないか。

中国書籍専門書店の内山書店にて、周啓虹『日記で学ぶ中国語日常表現』(DHC)、鉄道部運輸局編『全国鉄路旅客列車時刻表』(中国鉄道出版社)を購う。さすが大陸の時刻表はたくさん載っているなあ。むかしからそうなのだが、中国の市販の時刻表はかなり省略されている。すべての運行表が掲載されたのは無いのかなあ?

ローカル出版社の本が揃う書肆アクセスにて、大穂耕一郎『東北ローカル線の旅』(無明舎出版)、林哲夫『喫茶店の時代〜あのときこんな店があった』(編集工房ノア)を購う。北海道から沖縄まで個性的な出版社はたくさんある。やっぱり書肆アクセスは良い本屋だ。

お腹が空いたのでキッチン南海にて盛り合わせ定食を食べる。うーん、美味しい。定食が来るまで『酔客万来』に目を通す。中島らものインタビュー(完全版)が無気味な迫力に満ちていた。

書泉グランデ6階鉄道書籍売場にて『岩波写真文庫復刻版:汽車』(岩波書店)を購う。赤瀬川原平セレクションの復刻版。岩波写真文庫は写真家の名取洋之助が編集長格だったのだなあ。

古本の小宮山書店にて、海野弘編『上海摩登(シャンハイモダン)』(冬樹社)、田村志津枝『台湾発見〜映画が描く「未知」の島』(朝日文庫)、村松伸『中華中毒』(ちくま学芸文庫)を購う。『上海摩登』は、たぶん1930年頃に刊行されていた諷刺漫画雑誌(『上海漫画』とか)あたりが元ネタなんだろうと思ったが、包装されているので中身がわからない。まあいいやと思ってレジに持って行くと、店員が「内容、確認しますか?」と言って見せてくれた。やっぱり思った通りでした。それにしても懐かしいです、冬樹社。

やっぱり寄らずにはいられない三省堂書店にて、池田清彦『他人と深く関わらずに生きるには』(新潮文庫)、梅棹忠夫『情報の文明学』(中公文庫)、大竹伸朗『既にそこにあるもの』(ちくま文庫)、岡崎武志『古本病のかかり方』(ちくま文庫)、小林信彦『回想の江戸川乱歩』(光文社文庫)を購う。『他人と深く関わらずに生きるには』『回想の江戸川乱歩』は単行本で持ってるんだけどまた買っちゃった。家にあるはずだけど何処にあるかわからないしね。

それにしてもほんとうにひさしぶりの書籍大人買い。リュックの紐が肩に食い込んで重かった…

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暗闇の古本屋

いつものようにくたびれ果てて家路に着く途中、川のほとりに一軒の古本屋をみつけた。以前はたしか食堂があったような気がするが、いつのまにか古本屋になっていた。これはいちど挨拶に行かねばならぬと扉を開ける。挨拶といってもようするに品定めをするだけだが。

文庫本中心の、それもこれといった目玉のない無難な品揃えである。まあこんな場末の街で黒っぽい本を揃えても商売にはならないだろう。旺文社文庫の内田百間がぞろりと揃っていたので値段を確認すると、予想通りどれも1000円以上の値がついていた。カウンターには初老のオジサンが無言で座っている。BGMは『I only have eyes for you』、女性ボーカルにテナーサックスが絡んでなかなか良い感じのトラックだが、誰が歌っているのかはわからない。

せっかく挨拶に来たのだから何か買って帰ろうと、棚の隅から開高健のルポルタージュ『ずばり東京』を抜いた。東京オリンピック直前の東京、新宿にサラリーマンと学生が群れ集い、東京の玄関だった上野駅に家出した少年少女が集まり、大手町に都庁があり、日本橋は首都高の高架に覆われたばかりで、練馬の畑で大根が作られ、佃島に渡し船があった頃の東京シチー(by 篠原勝之)だ。

まえがきによれば、芥川賞を受賞していちやく小説家の仲間入りをしたはいいが、お定まりのスランプに陥り鬱々としていた頃、大先輩の武田泰淳に「小説が書けなくなったらムリせずにルポルタージュを書け、書斎にこもって酒ばかり飲んでいちゃダメだ」と助言されての産物。開高健は東京のあちこちに棲むひとびとの生活とことばを活き活きと書きとめている。後年、硝煙たなびくベトナムやナイジェリアを彷徨い、大魚を釣りに世界のあちこちへ出かけた原点となる作品だ。

この店はほかに面白そうな本も置いていないので、もう二度と足を運ばないかというと実はそんなことはなく、また近いうちにくたびれ果てて家路に着く途中、私は住宅街の暗闇にぼんやりと浮ぶこの店の扉を開けるのである。

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硫黄島の陰に隠れて

稲垣武『沖縄 悲遇の作戦:異端の参謀八原博通』(光人社NF文庫)を読む。

クリント・イーストウッド監督の 『硫黄島からの手紙』が大ヒットしているらしい。太平洋戦争末期、辺境の激戦地硫黄島で、少数部隊にもかかわらず圧倒的な物量を誇る米軍に対し徹底抗戦、米軍に莫大な出血を強いて壮絶な戦死を遂げた栗林忠道中将(渡辺謙)率いる硫黄島守備隊を描いた作品。

栗林忠道(1891-1945)はアメリカ留学経験もある日本陸軍にあって数少ない知米派の軍人だった。日本陸軍は米軍の実力に対して過小評価しており、昭和18年に至っても対ソ戦研究に没頭していたという。栗林は米軍の圧倒的な物量と輸送力を早くから理解していたが、当時の陸軍にあっては少数派に過ぎなかった。

栗林忠道は島の天然洞窟をそのまま戦略基地として活用し、縦横につながる洞窟から昼夜を問わず奇襲攻撃をかけて、自軍の3倍近い米軍を40日に渡って戦い続けたのである。米軍は最初、硫黄島占領は数日でかたがつくと踏んでいたというが、ようやく占領を終えたときには戦死者・戦傷者2万名を超えていた。

栗林忠道が評価されているのは、米軍が「バンザイ・アタック」と称した、命を捨てて突撃してくる玉砕を兵士に禁じたことである。いたずらに命を捨てることなく、最後の最後まで知力を絞って米軍に立ち向かった姿勢が、ほとんどが全滅という結果に終わったとはいえ、米軍に対して恐怖と尊敬の念を抱かしめたのである。なお、日米の地上戦において、米軍の死傷者が日本軍のそれを上回ったのは、実にこの硫黄島だけだという。

『激動の昭和史 沖縄決戦』(1971東宝)という映画がある。これは太平洋戦争で唯一の地上戦の舞台となった沖縄本島で沖縄守備隊・第32軍が、少数部隊で圧倒的な物量を誇る米軍に対し徹底抗戦、莫大な出血を強いてほとんど全滅した戦いを描いている。軍人から民間人、ひめゆり部隊まで、さまざまな登場人物が織りなす群像劇。戦争映画といっても決して戦争を讃美してなどおらず、なかなか見応えのある映画なのだ。

数知れぬ沖縄の人々が老人から子ども、ひめゆり部隊として知られる女学生たちまでが命を奪われた。沖縄は本土に捨てられた、と沖縄人が恨むのは当然であろう。しかし軍人たちも実は同じなのであった。大規模な地上戦が予想された沖縄戦線だが、大本営が第32軍に与えた武器も資材も人数も、軍司令部をして甚だ失望させる貧弱さであったという。第32軍司令部はほとんど死を覚悟していた。戦争末期の大本営は混乱甚だしく、作戦や指示がころころと変わり、数多くの軍人は敗戦と死を予感していたという。

この映画の主要キャストは沖縄守備隊・第32軍司令官牛島満中将(小林桂樹)、長勇参謀長(丹波哲郎)、そして八原博通高級参謀(仲代達矢)である。高級参謀の八原博通(1902-1981)は日本陸軍にあって数少ない知米派の軍人。アメリカに留学しアメリカ人の気質や軍備について熟知していた。本人も合理的な理論派として知られ、精神主義が幅をきかせた陸軍において異端の軍人だったという。

第32軍は、沖縄の天然洞窟を戦略基地として活用し、いたずらに命を捨てる特攻を諌め、命ある限り戦い続けるという八原の作戦を実行し、質量ともに優位に立つ米軍に多大な損害を与え、徹底的に抗戦して壊滅した。珊瑚礁という天然の要塞は米軍の艦砲射撃をくい止め、米兵は姿の見えない日本兵と、闇に乗じて襲いくる砲弾に恐怖のどん底に叩き込まれた。日本兵は「バンザイ・アタック」をしかけてくる、という思い込みがあっただけに、八原の作戦は実に効果的だったという。

そう、八原博通は栗林忠道とほとんど同じ立場にあるのだ。しかし栗林忠道は戦史に残る名将として讃美されているが、八原博通を知る人は少ない。それはとりもなおさず、第32軍壊滅後、民間人に変装して脱出しようとして捕虜となったからである。

八原博通は自決した牛島・長両将軍の命を受け、戦訓伝達のために脱出を試みた。上官の命を受けた行動であり断じて敵前逃亡したわけではない。しかし日本軍には「生きて虜囚の辱を受けず」という軍人訓があり、一兵卒に至るまで「捕虜となるくらいなら自決せよ」と教えられていた。一兵卒ならともかく八原博通のような将校クラスが捕虜となったわけで、これが八原博通の評価を貶める原因になっていることは想像に難くない。

硫黄島戦は辺境の地(住民はいたにせよ)が舞台だった。それゆえ一般的には純粋な軍隊どうしの戦いという印象がある。それに比べ沖縄戦では多くの島民が犠牲になり、その悲惨さがいまも語り続けられている。『ひめゆりの塔』などがいい例だ。そういう背景がある以上、沖縄戦で戦った日本軍人を讃美するようなことははばかられるということもあるのだろう。

また硫黄島の栗林忠道の場合は彼が全権の責任者であったのに対し、八原博通は牛島司令官と長参謀長という上官がいた。また大本営からの要請であくまで攻撃作戦をとらざるを得なかった事情もある。八原は軍備の手薄な第32軍では手堅く持久戦に持ち込むことを肝要としていたが、牛島・長両将軍は結局大本営に従い、八原は断腸の思いで攻撃作戦に転じ、その結果は無残なものであった。ここにきて牛島中将は、漸く八原の作戦が効果的であると判断したが、ときすでに遅かったのである。

ともに知米派であり、ともに命を大切にする戦略を採り、ともに島嶼戦を繰り広げ、ともに少数部隊で何倍もの兵力を誇る米軍に多大な損害を与えた栗林忠道と八原博通。ただ違っていたのは、栗林忠道は壮絶な戦死を遂げ、八原博通は米軍の捕虜になったことだった。

内地の長男に宛てて、この戦争で日本が敗れたらきっと新しい世界が来る、そのためにおまえは家族を守ってしっかり生きてゆけ、という意味の手紙を書いたという八原博通は、偏狭な日本陸軍において真に先見の明を持っていた、数少ない軍人のひとりだった。

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ドジでノロマなジェルヴェーズ

先週からゾラの『居酒屋』を読んでいる。

十九世紀のパリを舞台に繰り広げられる、なんともはやドロドロの愛欲ドラマ、昼メロも真っ青という感じの小説。不幸と貧困から脱出したジェルヴェーズがどうしようもないダメ男、それもふたりにまとわりつかれて、ふたたび沈没してゆくというお話である。

ジェルヴェーズと再婚したクーポーは、もとは真面目な働き者だったのだが、不幸な事故に遭ってから酒浸りになっていく。ジェルヴェーズを捨てていった、悪魔のような最初の夫ランチエは、ある日ふたたびジェルヴェーズの前に現れて、彼女をふたたび堕落させていく。もっともずるずるとこのふたりの夫と同居することになるジェルヴェーズもダメ女なのであるが……

毎日泥のように疲れて帰宅する途中、電車のなかでこのドロドロ小説を読んでいると、これが実に面白い。疲れが吹っ飛ぶ、というほどではないが、登場人物のあまりのバカっぷりに、爽快な気分にさえなってくるところが面白い。

さてこれからこの話、どうなっていくのであろうか。まるで大映ドラマみたいな小説だ。

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ハードボイルドは男のセンチメンタル

矢作俊彦『ららら科學の子』を読む。

学生運動の真っ最中、殺人未遂で指名手配を受けた男は、謎の組織の手を借りて中国大陸へ密入国した。その頃、中国で起ったプロレタリア文化大革命が全世界を震撼させていた。毛沢東思想こそすべてであり、毛沢東という後ろ楯を得た紅衛兵が、これに反する旧社会の遺物をすべて打倒していた。年端も行かぬ少年少女が毛沢東語録を振りかざして、知識人や資本主義者とみなされたおとなたちを残酷に殴打、殺害した。数え切れぬ文化遺産が破壊され、中国社会は十年の長きに渡って停滞し、数億の人民は一生消えぬ傷を負った。

男は外国から来たプロレタリア革命戦士として華々しく迎えられ、まもなく無用の人間となって南方の農村に幽閉される。以来、三十年の時を経て男は中国の農民として日本に密入国した。蛇頭と呼ばれる人買いに生涯かかって稼ぐだけの金を払って故国に向かった。

帰ってきた男の目に映るものは平和そのものの東京。若者たちは奇妙な化粧とファッションに身を包み、子どもまでもが携帯電話を駆使して二十四時間うろついている。三十年の空白を埋めるには、あまりにも多くのものが変り過ぎていた。両親はとうにこの世を去りたったひとりの妹は何処にいるのかわからない。男はかつての学生運動の同志が差し向けた裏社会の男たちに庇護され、男にとっては“未来の街”東京を歩く。

男は追いかけてきた蛇頭に襲われるが、ボディガードの青年ジェイに救われる。同志とは携帯電話で話をするだけでついに会うこともない。渋谷で出会った少女から現代日本社会について講議を受け、その代わりにランチやディナーを供する。生き別れた妹と携帯電話で話をしたあと、ふいに中国に残してきた妻に会いたいと思う。男はジェイが用意した偽造パスポートを手に中国へ向かう。

矢作俊彦らしいハードボイルドタッチの文章が小気味良い。文革時代の下放の様子もけっこうそれらしく描かれている。学生が学ぶべきものは大学にはなく、それは農村における労働から学ばねばならない、という毛沢東の命令のもと、数知れぬ知識青年が中国全土の農村に幽閉された。この一連の運動を「下放」という。現在、中国で活躍する五十代の作家や芸術家、知識人のほとんどは、この「下放」で青春の日々を苦い思い出に染めている。

ところで男が受け取った偽造パスポートの名前は、、、杉浦五郎。
「わあお!」私はここで思わず声をあげてしまった! 大友克洋の傑作コミック『気分はもう戦争』(原作は矢作俊彦)に出て来る元傭兵の日本人が、ブルックリン橋で狙撃されて死ぬときに呟く。「俺の名はゴロウ、、、ゴロウ、スギウラ、、、忘れるな、、、」 ま、これももとをたどれば日活アクション映画『紅の流れ星』(1967)で渡哲也が演じた主人公の名前なんだけどネ。矢作俊彦のこだわりを感じた一瞬でありました。

ハードボイルドは男のセンチメンタル。さすが、矢作俊彦。

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9月の読書

まずは荻原浩三連発。

書店で何気なく買った荻原浩の『神様からひと言』、あまりの面白さに一気通読。
一流広告会社を辞めて三流食品会社に転職した佐倉涼平。旧態依然とした会社、石頭の上司たちに疎まれてさっそく飛ばされたのは「お客様相談室」。つまりクレーム処理専門部署であり、ついでにいえば左遷も左遷、窓際も窓際、ようするにリストラ要員の吹きだまり。ここにいるのはパソコンおたくで社会性ゼロの羽沢、身につけているものの値段を即座に言い当てる元社長秘書・宍戸、クレーム処理の天才のくせに競艇狂いのダメ社員・篠崎、失語症の大男・神保、嫌味な上司の本間。そして佐倉は数々の目の覚めるような仕事を体験することになる。いやあ面白いわあ。上質のサラリーマン・エンターテインメントだ。

続けて『母恋旅烏』を読む。
レンタル家族派遣業という摩訶不思議な商売で糊口をしのぐ花菱清太郎。元々は旅回わりの花形役者だった清太郎は、いつかふたたび板の上に立つことを夢見て今日も行く。行くのはいいがついていくのはたいへんだ。糟糠の妻、アニメーターを目指す長男、十九歳子持ちの長女、うすぼんやりした次男。借金がかさんでどうにもならなくなった清太郎は、かつて自分が飛び出した旅一座に復帰し、夢にまで見た家族で芝居一座を組むことになる。しかし前途は多難。長女は新人演歌歌手としてデビューし、長男は家を出てアニメーターの学校に通い始めた。はたして花菱一家の行く先にあるものは?

さらに『誘拐ラプソディー』を読む。
「犯人はどこの馬鹿だ?」それは伊達秀吉、男、三十八歳、無職、所持金六百三十五円。切羽詰まった男が最期の大逆転を夢見て誘拐した小学生は、街でいちばんの暴力団組長のひとり息子だった。そうとは知らぬ伊達は呑気に身代金をせしめようと奔走する。暴力団組長に恨みのある中国人マフィアはこれを好機と反撃ののろしをあげた。知らぬ間に暴力団と中国人マフィアに追われる身となった伊達はしだいに不穏な空気を感じはじめる。いつのまにか県警の敏腕警部補までが伊達を追いかけはじめた。このうえなくマヌケで不運な誘拐犯の傍で無邪気にはしゃぐ人質。明日はどっちだ?

三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』を読む。
東京のはずれ、神奈川県境に位置するまほろ市を舞台に、便利屋を営む多田と行天の迷コンビがさまざまな事件を相手に活躍する。まほろ市は町田市のことで著者も町田市在住らしい。私も町田市に住んでいたことがあるので、ここは小田急駅前広場だ、闇市起源の商店街だ、あの奇天烈な喫茶店だと、街角の描写がリアリティを持って受け止めることができる。それはそうと、これ絶対映画化されるんだろうなあ。

バーバラ・エーレンライク『ニッケル・アンド・ダイムド:アメリカ下流社会の現実』を読む。
うーん、なんというかよくわからない。現場潜入ルポという手法は古典的(これは著者も書いている)なのだが、なんというか驚きがあまり無い。アメリカの貧困層は凄いことになっているというのは周知の事実なので、もっと目新しい事実が見えて来るのかと期待していたのだが、、、まあそれはそうと世界に冠たる“自由の国”がなんと不自由であることか。

NHK「東海村臨界事故」取材班『朽ちていった命:被爆治療83日間の記録』を読む。
1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料施設で起った臨界事故のことを、いまどれだけの人が記憶にとどめているだろう。かくいう私も書店でこの本を見るまで忘れていた。放射線被爆事故の恐怖がひしひしと伝わってきて総毛立つ。そして100%無駄であることがわかっている治療に専念した医療チーム、死を待つだけの患者を励まし続ける家族の葛藤。いまこそ読まれるべき一冊。

北尾トロ『裁判長! ここは懲役4年でどうすか』を読む。
いろいろな雑誌で雑多な記事を書き続けていた北尾トロも、いまや何冊も著作を出している中堅ライターになった。その北尾トロが裁判傍聴の面白さにハマり、裁判所に通いつめて目にした人間ドラマを軽快に描き出す。裁判所で出会った傍聴マニアのみなさんも凄い。マニア道とは奥深いものよのお。

斎藤由香『窓際OL トホホな朝ウフフの夜』を読む。
トンデモナイ天才ライター出現。父は北杜夫、伯父は斎藤茂太、祖父は斎藤茂吉、祖母は斎藤輝子。血は争えない。

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古川日出男はいま最高にクール&ホットでロックンロールなブンガクである

古川日出男『サウンドトラック』を読む。

野生化した山羊の群れが棲む無人島に流れ着いたふたりの子ども。男の子の名はトウタ、女の子の名はヒツジコ。野生の暮らしをしていたふたりはやがてオトナたちに“発見”され小笠原島で成長した。

トウタは小学校の教師から無数の音楽を与えられる。ヒツジコは本能に突き動かされて無意識に踊る。やがてヒツジコは小学校教師夫妻の養子となってトウキョウへ移住した。トウタは高校卒業を待ってトウキョウへ渡った。

近未来のトウキョウは、ヒートアイランド化の果てに熱帯へと変貌を遂げ、無数の外国人が棲む多国籍の街である。西荻窪は外国人排斥運動が頂点に達した日本人の居住区。この街でヒツジコは女子校に通い“ダンス”で学校を支配する。ヒツジコは踊り続け信奉者は陸続と増え続けた。

トウタは廃虚と化した結婚式場に棲む。ここには社会からはじき出されたものたちが棲んでいる。トウタはひょんなことからヤクザを殺して追われる身となった。トウタが潜伏する神楽坂界隈はヤクザも入り込めないアジアスラム。

カラスと交信するレバノン人の少女レニは、カラスを虐殺する傾斜人たちに復讐することを誓った。レニは映画を武器にカラスを覚醒させ傾斜人を翻弄する。レニが撮る映画に音は無い。レニの復讐に力を貸すのはトウタだ。やがて神楽坂を中心に起るカタストロフィ、西荻窪から発せられた独立宣言。そして三人は邂逅することになる。映画とサウンドとダンスが世界を、トウキョウを変えていく。

古川日出男はいま最高にクール&ホットでロックンロールなブンガクである。何言ってんだかよくワカンナイけど、私は強くそう思う。

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日本の女優

四方田犬彦『日本の女優』(岩波書店)を読む。

原節子と李香蘭(山口淑子)、日本映画史に残るこの二人の女優の、戦前から戦後にかけての活動を丹念に追いかけ詳細に分析した、知的興奮を誘う一冊。

原節子は“永遠の処女”と賞讃され、戦前は山中貞雄、伊丹万作、島津保次郎、戦後は木下恵介、黒澤明、小津安二郎、成瀬巳喜男と、日本映画の巨匠たちにこぞってキャスティングされ、押しも押されぬ大女優となった後、突然映画界から引退し、世間との交渉をいっさい絶ってすでに半世紀が経とうとしている。そのストイックな風貌と相俟って彼女の生涯は厚いベールに覆われ、いまだに評価に値する原節子の伝記というものは存在しない。その容貌から原節子混血説がいまだに根強く流布されているが、それを証明する事実というものもまた判明していない。1937年、ドイツ人の映画監督アーノルド・ファンクが製作した『新しき土』の主役に抜擢され、ドイツで大絶賛されたことから、原節子はスターダムにのしあがる。彼女のある種日本人離れした容貌と体格がドイツで好評を博したのだろうか。このへんに原節子=混血説の根があるのかもしれない。

李香蘭は日本人・山口淑子として満州に生まれ育った。父親の方針で幼い頃から中国語を学び、少女時代に“歌う映画スター、中国人・李香蘭”として映画スターへの道を歩み出した。戦前は幻の満州映画協会(満映)で中国人スタッフとともに映画に出演、戦時中は好日映画に多く起用されたが、敗戦の後、漢奸(戦争中、日本に協力した中国人)としてあわや処刑されそうになるが、日本人であることが証明され無罪となり帰国。戦後は女優・歌手として活躍したが昭和30年代初めに引退。アメリカに渡り彫刻家イサム・ノグチと結婚したがすぐに離婚、その後外交官の大鷹弘と再婚。天性の語学と政治の才に恵まれ、政治ジャーナリストから政治家に転身したことは記憶に新しい。

日本にあって日本人離れした女優として評された原節子と、日本人でありながら中国人として生きてきた李香蘭。このふたりの女優を比較分析した本のタイトルが『日本の女優』というところが、さすが四方田犬彦と唸らざるを得ない。

余談二題

その1 高峰秀子が中国映画界に留学し損ねたという話。

「北京生まれの「山口淑子」を、中国人、李香蘭という女優に仕立てて「支那の夜」を歌わせ、長谷川一夫とコンビを組ませて「白蘭の歌」「熱砂の誓ひ」と、矢つぎ早にラブ・ロマンス映画を製作上映した東宝は、北京の「中華電影公司」から「王洋」という若い女優を三年の期限つきで東宝映画へ招き、そのかわりに東宝からは私が三年間、「中華電影公司」へ勉強に行くという計画を立てた。今で言う交換留学生であった」(『わたしの渡世日記』文春文庫)

結局この話は流れてしまったのだが、もし実現していたらどうなっていだろう。映画ファンとしては興味をかき立てられるところだが、そこは高峰秀子は冷静に話を結ぶ。

「もしも、あの時、私も兵隊さんのように中国へ輸出されていたら、今頃、中国語くらいはペラペラで、日中平和条約締結のお役に立っていただろうに、と考えるのは女の浅はかさで、敗戦後、無事に帰ることも出来ず、親切な中国人に拾われて太太(奥さん)となり、恥ずかしながらと「日本への里帰り」を申請する身となっていたかもしれない。人間の運命なんて、アミダのくじを引くようなものだ」

その2 原節子の久我美子評

「原節子さんがお辞めになるって宣言なさったとき、沢村貞子さんの家で、原さんとか中北千枝子さんとか、乙羽(信子)さんもたまにいらっしゃって、麻雀をよくやったんですよ。そのときに『原さんみたいな女優がお辞めになるなんて、もったいないからもうちょっとやって下さい』ってお願いしたのね。そしたら『だって、わたしには何もないんだもん』っておっしゃるから、『なにが何もないんですか。演技賞だっておとりになったりしていらっしゃるし』『それに、美しくないもん。あんなにしわだらけの顔が醜悪!』、それで『そんなこといわないで下さいよ。わたしたちだって何もないじゃないですか』っていったら、原さんが『いいえ、久我ちゃんはね、特殊児童という素晴らしい役柄があるわよ』っておっしゃるのね」(川本三郎著『君美わしく〜戦後日本映画女優讃』文春文庫)

“永遠の処女”もずいぶんと辛辣なことをおっしゃる。
それにしても日本映画を代表する錚々たる女優たちが雀卓を囲んで、ポンだのロンだの、リーチドラドラ、ちょいと点棒数えてよ、ちぇっ、五千円の負けかあ、などと連呼している場面を想像すると、なんだか可笑しい。

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夏の読書

中国行きの準備も兼ねて読売新聞中国取材団『膨張中国』(中公新書)を読んで予習した。読売新聞というとどうしてもプロ野球と“あの社長”のイメージが強すぎるが、メディアとしてはなかなか良い取材をしているという印象がある。天下の朝日はエリート臭をぬぐい切れないし、毎日は全体的にインパクトが弱い。産経は確信犯的右派なのでこれはこれでいいと思う。日経はビジネスマンじゃないのでよく知りません。ここに書かれている情報は、インターネットでだいたい知っていることだったが、あらためて本というかたちで読むとまた違った取込み方ができる。思わぬところで電子媒体と紙媒体の違いを感じさせられた。

帰国してから劉文兵『中国10億人の日本映画熱愛史』(集英社新書)を読んだ。いままでに私が経験してきた中国における日本文化の受容のタイプと背景がよく理解できた。日中関係が良好だったこのときによりよい国交を結んでおけば、いまのような捻れた状態をかなり回避できたのではないか。まあそのとき日本はバブル経済に向かってまっしぐらだったから、そんな謙虚なことはできなかったのだろう。ああ、これは事前に読んでおけばよかったなあ、と思ったのが相原茂『話すための中国語』(PHP新書)旅先のあちこちでいろいろと起ったトラブル……だいたいが私の無知によることだったが、やはり浦島太郎だったことを痛感。

中薗英助『何日君再来物語』(河出書房新社)は、近代中華文化圏における藝能史研究の嚆矢ともいえる古典的名著。「ホーリーチュンツァイライ」とか「いつの日か君また帰る」という呼び方で知られる「何日君再来」が作られた歴史を遡る。李香蘭(山口淑子)、渡辺はま子、黎莉莉、テレサ・テン……錚々たる名花たちに歌い継がれたこの曲を、最初に歌ったのは周旋(ただしくは王へんに旋)、1930年代の中国歌謡の名花とうたわれる伝説の大歌手。この本が書かれた当時(1980年初頭)にはまだ存命だった作詞者と作曲者に手紙で問い合わせをしたり、中国返還などはるか先のことだった香港の友人を通じて情報収集をしているところが時代を感じさせる。著者が中華街の小さなレコード屋で香港や臺灣製のカセットテープを買うくだり、ここは当時のアジアンポップス愛好家にはお馴染み「発三電機商会」だ。カセットテープとアナログレコードに埋もれていた小さな店も、今じゃあたりまえだがCD、DVDばっかり。

林芙美子『北岸部隊 伏字復元版』 を読む。日中戦争開始当時、戦時下の民論昂揚のため、内閣情報局の命により多くの作家たちが戦場に赴き、内地の雑誌や新聞に戦地のルポを送り続けた。林芙美子もそのひとりとして上海に入り、ある部隊とともに漢口(現在の湖北省武漢)を目指す。一読して無邪気な女性作家の中国観が横溢しており、現代の視点からみると差別的な文章が頻出している。批判されてもしかるべき従軍記だが、まあ当時の日本人の中国観はおしなべてこのようなものだったのだろう。むしろ変に自分を繕わずに堂々と「私は兵隊が好きだ」「中国兵は気持が悪い」などと書く林芙美子は正直な人だと思う。女は強し。

上原善広『コリアン部落 幻の韓国被差別民・白丁を探して』(ミリオン出版)を読む。在日韓国・朝鮮人差別、同和問題という根深い差別はいつ果てるともなく続いている。被差別部落出身の著者は、さらに韓国における被差別民・白丁(ペクチョン)の存在を確かめるために韓国を歩く。「無かったことにしてしまえば差別など無くなる」という韓国人の意識には正直とまどってしまう。どうやら韓国では人権意識が低いようだ。まあイケイケドンドンの高度経済成長時期の国だから、過去の暗部を捨て去っていかざるを得ないのだろうが、それにしても過去の侵略者に対する反日意識・反日運動は途切れない。このへんがいまいちよくわからないところだ。著者の正直な筆致が強い印象を残す佳作。

長山靖生『「人間嫌い」の言い分』(光文社新書)近代大衆文学やSF小説研究で知られる長山靖生は、最近は家族問題、若者問題に対して発言が増えている。他人とのつきあいが苦手な私としてはなかなか興味深い一冊。子どもの頃から“仲間とつるまない”という生き方を自分で発見・実践してきた私は、長山氏に言わせればじょうずに生きてきたと言えるのだろうか。いまの子どもたち、みんなと仲良くしなければいけません、という脅迫などに負けてはいけないぞ。ところが人間嫌いを実践していると異性とのつきあいが苦手になってくる。酒井順子『負け犬の遠吠え』以来、30代未婚女性問題がブームになった。結婚しない女性たちの問題は以前から問題にはなっていたが、30代未婚男性問題についてはあまり言及されてこなかった印象がある。もっとも近年、大久保幸夫・畑谷圭子・大宮冬洋『30代未婚男』(NHK出版)のような本の出版が最近目立ちはじめ、ようやくこれで30代男女の未婚・非婚問題がセットで語られるようになった、などと私がシャアシャアと書いている場合ではないのだが(苦笑)。30代未婚女性なんて珍しくもなんともないこの時代、いま最も力のある女性作歌のひとりが絲山秋子。芥川賞受賞作『沖で待つ』、最新エッセイ『絲的メイソウ』はひさびさのヒット。パトリック・マシアス『オタク・イン・USA 愛と誤解のAnime輸入史』(太田出版)のように、アメリカにおけるオタクたちも受難の歴史を生きてきた。フジヤマとゲイシャガールとスキヤキとアニメで知られる極東の小国に果てしない憧れを抱く在米オタクの熱い思いが横溢する一冊。

同世代による同世代向け・若者向けの本ばかり読んでいてはいけないので、おとなの本も読みましょう。というわけで東海林さだお『偉いぞ!立ち食いそば』(文藝春秋)を読む。東海林さだおの立ち食いそばに向けられる情熱はファンにはよく知られている。立ち食いそばの名店「富士そば」チェーン社長との対談が面白い。わたしは富士そばにはあまり行かないのだが、こないだ富士そばに入ってみると、店内にこの本の小さなポスターが貼られていた。畏るべしショージ君。エッセイストとしても知られる俳優・池部良『風の食いもの』(文春文庫)は、戦前から戦後にかけての日本人の食生活が丁寧に描写されて面白い。とうとう落語協会会長に就任してしまった鈴々舎馬風『会長への道』(小学館文庫)。初版はまだ会長に就任していない1996年に刊行されているが、2006年の会長就任に合わせて今回加筆訂正されて文庫化された。中学生の頃、傑作爆笑落語「会長への道」に転げ回って笑っていた私としては、とうとう馬風師匠が落語協会会長に就任した事実に隔世の感もひとしお。同書329pの新旧会長2ショットは爆笑モノ。

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本日の戦死者

三崎亜記『となり町戦争』を読む。

ある日、町の広報誌にとなり町との戦争が開始されたというお知らせが掲載される。そして主人公の北原は町から偵察要員に任命されることになった。その後「総務課となり町戦争係」(!)の香西さんと“夫婦”としてとなり町に潜伏することになる。北原と香西さんは“夫婦”なので、いっしょに食事をし、買い物に出かけ、たまにはセックスもする。

この戦争は決して市民の目に触れない。誰も知らないところで戦闘がおこなわれ、広報誌には今日の戦死者が報告されるだけだ。町役場と町民とのあいだで戦争補償に関する説明会がおこなわれ、平和運動グループと論戦がおこなわれる。ほんとうに戦争なんて起っているのだろうか。

ある日香西さんから、いますぐアパートから逃げるようにと指示がある。見えない戦争が突然身近に迫ってきた。ふつうの主婦にしかみえない“協力者”の手引きで、危機を乗り越えて検問を突破することができた。しかし戦争はいぜんとして目に見えるかたちで迫ってはこない。戦車も兵士も空襲も爆撃もない。そしてある日突然戦争は終結し、北原にも平穏(?)な日常が戻ってきた。

不思議で新鮮な、まったく新しい戦争小説。戦争小説であり乍ら戦争のリアリティが感じられないところが実に新鮮。思えばイラク戦争や中東紛争、ちょっと前ならボスニア・ヘルツェゴビナ民族紛争の映像に、リアリティを感じろというのが無理な話。湾岸戦争を伝えるニュース映像のなかで、闇夜に光るミサイルの光跡と爆発の炎を観たとき、まるで作り物のショーを観ているような気分になったのを憶えている。

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ケンチャナヨ!(なんとかなるさ!)

梁石日『シネマ・シネマ・シネマ』を読む。

中年の在日小説家ソン・ヨンスのもとに原作を映画化したいという怪しげな男がやってきた。みるからに胡散臭い男はソン・ヨンスの日常を引っ掻き回しあちこちから数千万円もの出資金を掻き集めて行方をくらました。これがこれから起るドタバタ喜劇の序章。

韓国人の映画監督が在日の若い女性作家の小説を映画化したいとやってくる。おまけにソン・ヨンスに主演をしてくれというのだ。わけもわからぬうちに映画主演が決まり、日韓の俳優が集められ、韓国映画スタッフが大挙して日本にやって来る。計画性のない韓国映画スタッフの滅茶苦茶な仕事ぶりに業を煮やした在日スタッフがロケ現場を仕切りまくる。韓流とは「じぶんたちのやり方が世界中どこでも通用すると思っている」という、いわば「オレ流」のことらしい。

素人俳優のソン・ヨンスは忙しい。なにしろ本業は連載を四つ抱えている小説家なのである。慣れない撮影現場で心身共に疲れ果て乍ら、宿舎に戻ると原稿用紙を前に苦吟呻吟、〆切が近づくと出版者から情け容赦のない催促の電話が入る。映画製作に関わるスタッフ、出資者、協力者、出演者の私利私欲がもうカオスのように混ざりあって、行間から物凄い勢いで読者を叩きのめす。それにしても何百万、何千万という金が借りたり借りられたり、泡のように消えていったりする様には呆れてしまう。私がのほほんと映画を観てあーだこーだと言っているが、銀幕の向う側では恐ろしいほど金がかかっているのだなあ。

こうまでして人は映画製作に人生を賭けるものなのか。映画とはいったいどれほどの文化あるいは産業なのであろうか。そもそも映画がこの世に存在する理由とはいったいなんなのか。いやあ、映画ってホントーにいいもんですねー。

現実の小説を映画化する過程をフィクションとして描いたメタフィクション。ソン・ヨンスが出演する映画『ファミリー』は実際に梁石日が主演した柳美里の 『家族シネマ』(1998韓国)。柳美里も家族の一員として出演している。小説の後半は梁石日の傑作小説を映画化した『夜を賭けて』(2002)の製作事情が描かれる。この映画も日韓共同製作として話題になった映画。それにしても梁石日の小説は相変わらずパワーがある。『血と骨』『夜を賭けて』で数百万の読者を捩じ伏せた圧倒的な迫力はまだまだ健在。

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お前のことは忘れていないよバッハ

古川日出男『ルート350』読む。

いつものように残業を終えてヘロヘロになりつつ駅に向かう。疲れているんだからさっさと帰ればいいのに、駅のなかにある書店にふらふらと吸い込まれる。これはもう「書店があったらとりあえず入ってみる病」という不治の病。平積みになっている本の表紙を眺めているとこの本が目に入った。21世紀を代表するであろう傑作『ベルカ、吠えないのか?』(犬好きの人は必読)の著者初の短編集。目次を眺めて一発で気に入って購入。何が気に入ったかというと「お前のことは忘れていないよバッハ」という短篇の題名だ。タイトルのつけ方が秀逸。絶対に面白いと確信して電車に乗る。

少女が語る奇妙な物語。彼女の父(父A)と友だちハナの母(母B)が手に手をとって失踪してしまう。次に残されたハナの父(父B)のもとに、彼女とハナの共通の友だちマユの母(母C)が駆け落ちしてくる。そして夫に逃げられた彼女の母(母A)は妻に逃げられたマユの父(父C)の家に家出してしまう。やがてからっぽになってしまった彼女の家に、友だちのハナとマユが入り浸るようになり、三人の奇妙な共同生活が始まった。そしてバッハというのは彼女が飼っていたハムスターの名前。バッハもゲージから逃走して家の中を自由に走り回る。三人の少女はからっぽの家をバッハの保護区に認定する。バッハが目撃された場所にシリア、中国、パプアニューギニア、、、世界の地名をつけた。そしてバッハは一日のうちに地球を駆け巡る。

虚構の幸福に充たされた家に、虚構の家族を持つ少女が住み、バッハと名付けられたハムスターが虚構の地球を駆け巡る。なんというイマジネーション! なんという虚構! 短篇小説であり乍ら壮大な物語に結実していく。畏るべし、古川日出男。

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本棚に柳美里

ポカリスエットのペットボトルを持ち込み、半身浴をし乍ら古今亭志ん朝の『愛宕山』を聴く。
汗が出るそばから水分補給をするのでどんどん汗が出る。
名人藝が耳に心地よい。

めったに人に会わない私だがたまには会うこともある。

先日、同世代の女性たちと都内某所で雑談。
話題は、若い女性の本棚にありそうな作家の本ってなんだろう?
名前が挙がった作家は、江國香織、柳美里、村上春樹、辻仁成、リリー・フランキー、角田光代、吉本ばなな、恩田陸、小野不由美、綿矢りさ、、
「本棚に柳美里の本がずらっと並んでいたら引くよね」「 江國香織は高飛車だよ」「吉本ばななは自意識過剰」、、、手厳しい言葉が並ぶ。
ひさびさに名前を聞いたのが椎名桜子。「バブル経済の象徴として作り上げられた“スター”だったよね」

帰りの電車のなかでぼんやりと考えていたが、赤坂真理、川上弘美、唯川恵、絲山秋子、山田詠美なんかも、若い女性の本棚にありそうな気がする。

駅に降り立ったら土砂降りの雨はほとんど止んでいた。

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『嫌われ松子の一生』

いま映画館を満員にしている話題作。映画を観に行く時間も気力もないのでとりあえず原作を読んでみたら、これがまたなんとも凄い小説。読み始めたら一気通読、途中で止めることができないくらいの出来栄だ。吉村昭の名作『漂流』以来かもしれない。

CMでご存じの方も多いだろうが、国立大学卒業の才媛が、中学校の教師→教え子と上司に裏切られ辞職→トルコ嬢に転身して大成功→愛人を殺して刑務所へ→出所後、銀座の美容室で売れっ子になる→ヤクザな男と同棲→覚醒剤使用により逮捕→また男に逃げられる→廃人同然で中年になる、、、でも、、、往年の大映ドラマを思わせるようなジェットコースター的展開。

読んでいくうちにだんだん涙が滲んでくる。人生とはなんとドラマチックでミステリアスなものか、ということをたっぷり考えさせてくれる。原作を超えた映画というのはなかなかないので、映画を観るときは別物というスタンスで臨むべし。映画は観ていないけどミュージカル仕立てらしい。ますます映画を観たくなってきた。

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幻想の図書館

図書館が舞台となる、あるいは司書が主人公となるジャンルの小説?がある。作家の阿刀田高はかつて国立国会図書館の司書だったので、その小説には図書館がよく出てくる。篠田節子も元市立図書館勤務だったが、その作品に図書館が出てきたかよく憶えていない。まあともかく世の中には図書館が舞台となる小説がけっこうある。図書館というと本好きには天国のような迷宮のようなイメージが投影されるからか、SFやファンタジー小説が目立つようだ。私はファンタジー小説はまず読まないのだが、最近書店で見つけて思わず手にとってしまった本を2冊紹介する。

十月ユウ『その本、持ち出しを禁ず』(富士見ファンタジア文庫)
(あらすじ)命が惜しかったら図書館内では月詠読破に逆らってはいけない。それが私立永命学園高校の暗黙のルールである。図書館の規則を守らない者には、容赦なく正義の鉄槌をふるう学園最強の図書部長として、月詠読破は全校生徒から一目置かれていた。だがそれは彼の表の顔でしかなかった、、、

山形石雄『恋する司書と戦う爆弾』(集英社スーパーダッシュ文庫)
(あらすじ)「ハミュッツ=メセタを、殺せ」——死者の全てが『本』になり、図書館に収められる世界の話。記憶を奪われ、胸に爆弾を埋め込まれた少年コリオ=トニス。彼の生きる目的は、世界最強の武装司書、ハミュッツ=メセタを殺すこと。だが、ある日手に入れた美しい姫の『本』に、彼は一目で恋をする。その恋が、コリオを更に壮大な争いに巻き込んでいく、、、

どちらもやたらと図書館が聖域化されている。しかも「学園最強の図書部長」だの「世界最強の武装司書」だの、やたらと司書が強力。世界最強の武装司書ハミュッツ=メセタは、音速の五倍を超え射程距離は35キロメートルという投石機を操り敵を殲滅する。学園最強の図書部長(高校の図書部ってことだ)月詠読破は、図書館の本を粗末に扱う不良を、鎖を絡めた革装の分厚い本で一撃で叩きのめす。うーん、なんだそれは。現実では図書館は聖域じゃなくて、なんだか古い本がたくさん詰め込まれている場所と思われている。司書というのは青白くて柔弱でオタクな人びと、ってのが一般的なイメージではないか。だいたい他部署や学生からはこういう声を聞くことが多い。

司書や学藝員という職業は、だいたいがひねもす資料をいじくりまわすことに至福の笑みを浮かべるタイプと、利用者に図書館や博物館の素晴らしさを説いてまわり、利用者へ奉仕することに至福の笑みを浮かべる、というタイプに二分される、ような気がする。私はどちらかというと前者だが、実は毎日毎日請求書と統計資料と予算書しか見ていない。毎日仕事に追われている、強くもなんともない庶務係長だからしかたないなあ。

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疲れたときにこの一冊

堀江敏幸『雪沼とその周辺』(新潮社)を読む。

帯に書かれた谷崎潤一郎賞受賞、川端康成文学賞受賞よりも、木山捷平文学賞受賞というコピーに強く惹かれる。読んでみたらなんとも心のやすらぐ小説だった。

廃業寸前のボウリング場のオーナーはレーンの前でボウルを構え、自分の人生の立ち位置(スタンス・ドット)はこれでよかったのだろうか、とおのれに問う。時間が止まったような商店街のレコード店の主人は、自分がかけるレコードに反応する客のほんのわずかな表情の変化に気づく。箱を作る小さな工場の主人は、職人かたぎの機械工の生き方に人生の機微を感じる。街はずれに佇む書道教室の先生夫婦は、幼くして亡くした息子のことを思って日々を送る。

山あいの静かな雪沼という架空の街に暮す人びとの、静かな暮しと静かな生き方が、まるで肌理のこまかい木綿織りのような文体で綴られている。まさに市井の暮しを淡々と飄々と、そして滋味豊かに描き続けた木山捷平の名を冠した文学賞に相応しい連作集。疲れた身体と心によく効きます。

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蒲田の西口、ビックリカメラ〜♪

本棚の隅から『カジノ・フォーリー』の創刊号が出てきた。なにそれ?という人も多いだろう。1983(昭和58)年10月に発売された、100頁に満たないミニコミみたいな雑誌。例えて言うなら、季刊誌のくせにいつ出るかさっぱりわからなかった頃の『本の雑誌』を思い起こしてくれればよい、ってどっちも知らない人が多いんだろうなあ。

安っぽい装幀の背表紙には「日本初の毒入りお笑い・マガジン 一九八三●秋だ!笑いの嵐だ!」、表紙には「JAPANESE NO.1 MAD MAGAZINE 笑いのマリファナでバカさわぎするワリコミ雑誌」と堂々たるコピー。創刊号の特集記事は、特集1 ハチャメチャ人間 たこ八郎(20年くらい前、浜辺でウッドベースを弾いて歌うという意味不明なコンセプトのカメラ屋のCMに出ていた、カルト藝人の「いか八郎」じゃないよ)、篠原勝之、山本麟一、英国屋志笑(現在の快楽亭ブラック)ほか/特集2 おしんに負けるな、過激に生きろ! サラリーマンを過激にする方法(立川談之助)ほか/野坂センセイの小説 講談本にソックリや! 悟道軒圓玉/「談志脱退」マル秘特集 ついにでた!問題の真打昇進試験の全貌 立川談四楼・・・うーん時代だ。執筆陣も豪華で、安いザラ紙の誌面には上杉清文、寺脇研、梅林敏彦、宮沢章夫、佐藤克之、立川談四楼、木村万里・・・当時すでにメジャー?だった人もいまではメジャー?になった人もいる。若手のお笑い藝人紹介ページでは「顔面20面相 竹中直人(27歳)」だ。若いぞー、竹中直人。

しかしこの雑誌、何号続いたのかよくわからない。創刊号から1986(昭和61)年に出た5号まで出て休眠状態に入り、そして1992(平成4)年に新春創刊号(実質の6号)が突如発売されて吃驚したなあモウ。その直後に2号が出てその後は知らない。持っている私も私だ。そもそもこの創刊号、発売されたときは私はまだ田舎の高校生だった。しかしこの創刊号を何処で買ったのかさっぱり憶えていない。たぶん高校の近くにあった小さな本屋——ここは田舎街の本屋であり乍ら(現在のメジャーな存在ではない時代の)『本の雑誌』も売っていたという変な店だった——だと思うのだが、それもいまとなってはさだかではない。もしかすると受験で上京したときに買ったのかも知れない。いずれにしろ、篠原勝之のインタビューが掲載されていたから買ったのではないか。そういえばこの頃、クマさん(篠原勝之)のエッセイを愛読していたなあ。

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海外より遠い首都

ピエール・アスキ『中国の血』(文藝春秋)を読む。

河南省でHIV患者が多発しているということは何かの記事で読んで知っていた。しかしこれほど猖獗をきわめており、なおかつこれが省政府による“犯罪”であったとは知らなかった。頁を繰るにつれてなんとも暗い気持になっていく。血を売ってお金を儲けよう!という省政府の呼びかけで、貧しい農民たちは何度も何度も注射針を腕に突き立てた。衛生管理も汚染された血液の管理もずさんのひとこと。その結果、数百万とも言われる農民がHIVウィルスに感染し、なすすべもなく死に追いやられてゆく。あろうことか河南省政府もこの事実をまったく認めない。

下流社会などという言葉が流行っているが、現代中国の貧富の格差に比べたら、なんともはや可愛げのある話だ。富める者は果てしもなく金持ちで、貧しき者はそれこそ極貧に喘いでいる。昨年の今ごろ、上海で勃発した反日デモで大騒ぎしていた連中の多くは、みなきれいな格好をして血色の良さそうな若者たちだった。しかしあのような若者たちは、都市部に住んでいるというだけで、それこそ中国社会では上流に属するといえるのだ。ビジネスチャンスもあり、情報も豊富で、海外に出てゆける機会にも恵まれている。しかし内陸部の農村に暮す人びとは、いくら貧しい生活をしていても都市部に移住する権利を与えられていない。インターネットすら国家で検閲する情報統制国家に暮すかれらは、おそらく上海のデモというニュースすらほとんど知らないはずだ。

いま、北京オリンピックを目前にした中国は、ちょうどバブル経済のまっただなかにある。しかしオリンピックの後、まずまちがいなくバブルは崩壊する。そのとき中国はどうなるか? まさか中国が崩壊するなんてことはないだろうが、ひどい混乱に陥ることはまちがいないと思う。

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This is a pen、なんだバカヤロー

薬師院仁志『英語を学べばバカになる グローバル思考という妄想』(集英社新書)を読む。

小学校で英語の授業を取り入れ子どもたちの英語能力を向上させようと、日本の教育をどんどんダメにしている文部科学省があらたな施策を打ち出した。英語の授業が小学校に取り入れられるのである。これだけを取ってみたら特段悪いことだとは思えない。まあそういうのもありだわなあ、と思う。しかし私にはとても短絡的な調子のいい施策なのではないか、と思える。

早い話が、中学校から高校と六年間英語を学んでも会話ひとつできないのは如何なものか、大学を卒業しても英会話ができないやつらばかり、これではグローバル化する国際社会に対応できない、だから社会人になっても英会話学校に通う社会人が後を絶たない、だから小学生の頃から英語に接する機会を増やし、身体に英語を覚えさせようということだ。

外国語の勉強なんぞ必要になったらやればいいのである。英語ができなきゃ出世できない会社に入るなら、はじめから英語を学んでスキルを身につければいい。外国語で会話するために一番必要なことは母国語の能力なのだ。日本語表現、文法能力があり、語彙が豊富で、じぶんの伝えたいことを表現し、相手の言っていることを理解し、また言わんとすることを理解する能力。これらがきちんとできる人は、たとえ外国語の発音がしょうしょういいかげんでもネイティブのような表現ができなくても、優れたコミュニケーターとしてやっていける。

日本語能力すらおぼつかない日本人がいくら英会話を学んだとしても、よほどの努力と才能がなければいわゆる国際社会で通用するような人材には育たない。だいじなのはふだんの日本語の文章表現能力やコミュニケーション能力、想像力を豊かにすることだと思う。そっちが先だろう、文部科学省。

東京都教育庁が、職員会議で教職員による「挙手」や「採決」を行ってはならない、と都立高校に向けて通知した。教育現場から議論を排除して何が早期英語教育か。議論や思考を伴わない自己表現など存在しない。そんな社会で小学校で英語教育を導入しても無意味だとは思わないのかね?

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妖しき密林

高野潤『アマゾン源流生活』(平凡社)を読む。

まずは目次が凄い。第一章「ヘビと虫の洗礼」の小見出しは、熱帯の空気/バクの蚊/雲霞のごときマンタ・ブランカ/ネジ型の幼虫/火のアリ、、、もうウヒャウヒャである(変かナ) 

以下、適当に列挙すると、毒ヘビ対策/タランチュラ/幼虫スリの不思議/暴風ベンタロン/巨大ナマズ/毒エイとカネロ/デンキウナギ/マラリア/目に見えない恐怖/アナコンダの気配/森の怪音/妖怪チュナチャキ、、、気がつくとレジでお金を払っていた(笑)。

私、こういう秘境のルポが大好きなのである。
ベンタロンとは熱帯の密林で突如襲ってくる小型颱風。川を遡上していると後方から轟音を立てて追いかけてくるというあたりが不気味。まさに魔物だ。
ネジ型の幼虫というのは、蛾と思われる虫が人間の皮膚に卵を産みつけ、それが体内で孵化して肉を喰いつつ成長するという、まあなんとも想像するだに身の毛もよだつシロモノ(笑)。

「夜、熟睡していても、幾度かベッドからとび上がる。幼虫が体液を吸うだけではなく、肉をかじって活発に動きはじめていたのである」

こういう箇所を読んで身をよじりながらも、ウヒャヒャと喜んでしまう私はやはり変かナ。

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