2008年1月20日 (日)

今年の一本目…

下高井戸シネマにて『長江哀歌』(2006中国)を観る。

三峡ダム建設工事が進む三峡の街にひとりの男がやってきた。山西省からやってきたハン・サンミンは、16年前に別れたきりの妻子を探している。船から降りると同時にマジックショーの呼び込みに引きずり込まれたりする。バイクタクシーの男に連れて行かれた住所は、もうダムの底に沈んでしまっていた。男はサンミンを住民管理局に連れて行ってくれたが、役所は立ち退き騒ぎで苦情を言い立てる住民でごった返していた。

サンミンは安宿に腰を落ち着けるが、そこでマジックショーの呼び込みをしていたチンピラ、マークに出会う。マークは香港の映画スター、チョウ・ユンファに憧れて真似ばかりしている脳天気な若者。サンミンとはなぜか気が合う。翌日からサンミンは解体工事の職を得て、三峡ダム工事で立ち退きとなった建物を壊してまわる。義兄に会って妻子の行方を尋ねるが、南方で働いているというだけで会うことはできない。

またひとりの女が三峡にやってきた。女の名はシェン・ホンといい、彼女もまた山西省から2年間音信不通の夫グォ・ビンを探しにやってきた。シェン・ホンは夫の友人のワン・トンミンに会い、グォ・ビンの行方を尋ねるが、夫の携帯電話は電源が切られていて会うことができない。親切なトンミンはいろいろとシェン・ホンの世話を焼いてくれるが、何だか奥歯にモノが挟まったような感じ。しがない工員だったはずのグォ・ビンは何故かダンスホールを経営しており、どうもその経営者の女と関係があるらしいことがわかる。

サンミンはようやく妻のヤオ・メイと会うことができたが、ヤオ・メイはもう山西省に戻る気はないようだ。もともとふたりは売買婚で結ばれたので、ヤオ・メイのほうは愛情も何も薄れ切っていて、サンミンの気持は通じない。シェン・ホンもグォ・ビンと会うことができたが、彼女はグォ・ビンと別れて新しい恋人と上海に行くことを告げに来たのだった。

山西省から来たふたりの男女は、三峡の街でそれぞれの愛情を清算しふたたび新しい人生を歩み始める。マークはケンカであっけなく殺され、安宿の主人は立ち退きで橋の下に居を移した。古いものが壊され新しいものが造られ、人々は散り散りになっていく。そして二千年の歴史を刻む三峡の街もまた、もうすぐダムの底に沈んでいく。

滔々と流れる三峡の風景と、瓦礫と化した住宅の残骸。黙々と解体工事に励む労働者たち。役所から有無を言わさず立ち退きを迫られる人々。商魂逞しくのしあがる人々。現代中国社会を淡々と描写しながらこの映像美は素晴らしい。ロングショットも退屈さを感じさせずむしろ画面に惹き込まれてしまう。静かにしみじみと心に残る映画だった。それにしても四川訛りの中国語の凄いこと。発音も四声も標準語からほど遠い。

質の良い映画を上映してくれる下高井戸シネマだが、この日はお年寄りが大挙押しかけて満員御礼になってしまった。お年寄りが興味ありそうな中国映画がシニア料金で…ということもあったのだろう。補助席まで出していたが、お年寄りが補助席に座っていると、席を譲ったほうがいいのかどうかが気になってしょうがない。結局譲らなかったけどネ…これから老人にも気を遣って映画を観にゃならんのかなあ…嗚呼、老人大国(苦笑)

さて今年はどれだけ映画を観ることができるかな…昨年も正月に映画を観て以来、ほとんど観ることなく終わってしまったし…

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2007年5月 2日 (水)

掃溜めに鶴

長野から上京した千曲川さん曰く。浅草名画座で『日本大侠客』(1966東映)を観たい。しかしこの映画館には行ったことがない。それに場所が浅草でしかもヤクザ映画である。女ひとりで行くのがちょっと怖いからつきあってはくれないか云々。

友人であり、彼女の東京の保護者でもあるサワコさんも同道くださるということだが、なんといってもここは浅草名画座。ふたりといえど、妙齢の女性だけで行くのは危険(笑)。相も変わらぬ彼女の趣向はさておき、私も案内人として浅草に出向くことにした。

浅草の匂いをプンプン漂わせるオヤジたちは、千曲川さんの存在に気づいて、みな意外そうな顔をする。なかにはニヤリ、と相好を崩すオヤジもいる。緊張気味の千曲川さんは何も気づいていない。私とサワコさんで顔を見合わせて苦笑い。掃溜めに鶴というかなんというか。恵比須ガーデンシネマに浅草のオヤジがひとり紛れ込んだと言えば、例えが適切かどうかよくわからないのだが、おわかりいただけるだろうか。まあそういうことです。

ここは相変わらず奇声独言飲酒喫煙なんでもありの映画館。それでも愛して止まぬ岡田英次が登場するやいなや、千曲川さんは身悶えしつつ、拍手はするわ椅子から身を乗り出して画面を凝視するわ…千曲川さん、入れ込み過ぎです。まあ、なんでもありだからいいのか。それにしても刺客の岡田英次、明治時代なのに着流しで労咳病みときたもんだ。おまえは平手造酒か。

ところで『日本大侠客』だが、鶴田浩二、藤純子、大木実、近衛十四郎、木暮実千代、岡田英次、内田朝雄、河野秋武…東映仁侠映画の常連から、フリーの名脇役まで見応えのある映画だった。情念の脚本家・笠原和夫の筆も冴えている。スクリーンを観ながら、これはヤクザ映画っぽくないなあ、と思う。なにしろ鶴田浩二演じる吉田磯吉は、ヤクザでもなんでもなく、沖仲仕たちからアニキと慕われる、キップの良さと人の良さが売り物の、北九州若松の料亭のボンボン。まあ最後は大木実、岡田英次たちと、悪役内田朝雄の屋敷に殴り込みに行くんだけどネ。

左巻き評論家風に書けば、非搾取階級である港湾労働者たちが、かれらから不当に搾取する資本家(ヤクザの内田朝雄たち)および資本家と癒着する官吏(柳川某という代議士だが、内田朝雄と義兄弟という設定)の横暴に耐えかねて、資産階級でありながら、無産階級に正しく転向した革命の英雄=鶴田浩二のもとに一斉蜂起、悪の資本家と腐敗した官吏は打倒される、という映画。惜しむらくは、鶴田浩二以外の脇役に、革命理論と主体性が缺如している(笑)。

プロレタリア映画として問題があるとすれば(なんだそりゃ)、資本家である内田朝雄たちは実は一幇流氓(ごろつき)であり、かれらは別の資本家(企業)の弱腰につけこんで、利権を一手に握ろうと画策し、自分達と癒着している官吏に裁定を仰ぐ。当然、官吏は一幇流氓に有利な裁定を降し、別の資本家(企業)は権力には逆らえない。という設定。最終的に、資本家のなかに一幇流氓と企業、つまり悪役とそうでないのがおり、悪の資本家である一幇流氓は打倒されるが、資本家そのものである企業の反動性は糾弾されない。このへんの描写がプロレタリア映画(違うって)としては詰めが甘い、と批判されても然るべきである(何が「然るべき」だ)。資本家はなんであれすべて反動である。このあたりを徹底的に改良すれば、無産階級の正しい指導につながる作品となったであろう。そして(以下、省略)

かつてのソ連や中国ならけっこうウケたんだろうなあ。それにしても藤純子の艶やかさったら、ない。

笠原和夫も、この作品はあまりやくざ映画っぽくない、という指摘に答えて、次のように述べている。

笠原「だから、どちらかというと西部劇ですよね。西部の流れ者がある町にやってきて、家族をつくって牧場を開いたら、そこにインディアンが襲ってきて必死に守るという、そういうスタイルですよね」(『昭和の劇;映画脚本家 笠原和夫』太田出版, 2002)

上映後、伝法院沿いの煮込み通りで酎ハイ片手にバカ話。東京の保護者たる私とサワコさんで、長野に岩波ホールならぬ千曲川ホール(時代劇専門館)を開きなさいとけしかける。まずはこういう手順でこことあそこに渡りをつけて、それからどこそこに話を持ちかけて…他人のことだから言いたい放題である。

つくばエキスプレスで秋葉原に出て駅前のメイド服のオネエサンを見物し、山手線で目黒に出てサワコさん御推薦の沖縄料理屋で飲む。オリオンビール、泡盛を飲み、ゴーヤチャンプル、ヒラヤーチ、ラフティー、豆腐よう、島らっきょうをつまみにふたたびバカ話で夜が更けた。

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2007年3月27日 (火)

植木等のいない世界

植木等死去。合掌。
植木さんやクレージーキャッツのナンバーでは『だまって俺について来い』(そのうちなんとかなるだろう〜♪)が大好きでした。あの突き抜けるような明るさこそ、昭和という時代の輝きだったのではないだろうか。谷啓、犬塚弘、桜井センリのみなさんには、まだまだお元気でいてほしいものです。
ああ、明日から私たちは、植木等のいない世界を生きるのですね。

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2007年1月 7日 (日)

今年最初に観た映画

日劇七周り半事件
1941年2月11日、日本劇場(日劇)で「歌ふ李香蘭」という公演が開催された。満洲映画の人気スター李香蘭が来演するとあって、会場である日劇の周囲を七周り半もの観客が取り巻いた。またこのときには消防車が出動して散水し、群衆を移動させるという大騒動となった。この事件は「日劇七周り半事件」と呼ばれ、語り草となっている・・・

『支那の夜』(1940東宝)を観ようと東京国立近代美術館フィルムセンター(NFC)に出かけた。ここは国立の映画館なので500円で映画が観られる。さすがにフィルムセンターだけあって内外の貴重なフィルムが数多く収集保管されており、これらの特集上映は熱心なファンや研究者、映画関係者が群れ集い、作品によってはロードショーもかくやというばかりの大盛況となる。今日は長谷川一夫と李香蘭主演の『支那の夜』が上映されるので、たぶん観客も多いんだろうなあと思い、上映1時間ほど前に京橋に到着した。

NFCに行ってみると、さほど広くもないロビーにぎっしりと人、人、人。整理係のお姉さんが「列の最後尾はこちらでーす」と案内してくれたが、私の前にはすでに200人近い客が呆然と並んでいる。行列の約9割は推定年齢60〜 70歳以上、残りは私のような中年や熱心なファンの青年。ここはシニア料金300円ということもあり、懐かしの邦画特集のときなどは、かつての映画ファン=ご老人が群れ集うことが常態となっている。今日も行列の後の方から「李香蘭が日劇に来たときも、あの日劇の周りに七周り半の行列ができて、いやあ大騒ぎだったねえ」というご老人の声が聞こえてきた。日劇七周り半に比べたらこれくらいはしょうがないか…

以前は知る人ぞ知る映画館だったのだが、口コミなどで広まったのであろう、ご老人の集会所と化してしまった。いや、別に非難しているのではない。わずか300円でご老人が楽しい時を過ごせるのだから、国立の施設としては表彰されてしかるべきだと思う。とうとう今日は満員御礼、約300の座席が埋まり立ち見も出ている。

上海租界で武器弾薬を輸送する船員の長谷(長谷川一夫)は、戦火で家と家族を失った支那人の娘・桂蘭(李香蘭)を暴漢の手から救う。ところが桂蘭は日本人に助けられたのが悔しくて、長谷の暮すホテルに住み込んで世話をして借りを返そうとする。長谷は日本人を嫌悪する桂蘭の心を開かせようと熱心に彼女に優しくする。桂蘭は長谷や同僚たち(藤原鶏太、嵯峨善兵)、ホテルの主人夫婦たちの優しさに触れ、侵略者である日本人にも優しい人たちがいることを知る。長谷を慕う歌手のとし子(服部富子)は、あなたたち日本人が私の家を燃やし家族を殺したと言う桂蘭に「私の兄も支那人の兵隊に殺されたけど、兄は日本と支那が仲良くなるための戦争の犠牲になったのだから、あなたたち支那人を恨んではいない」と諭す。

ところが桂蘭は抗日集団の一味だったため、一味は彼女を拉致監禁して長谷たちが武器弾薬を輸送する情報を知ろうとする。拉致監禁された桂蘭を救うために、長谷たちは獅子奮迅の活躍をして危機を脱した。このあたり長谷川一夫が拳銃を乱射して、バタ臭いギャング映画の雰囲気濃厚。ここでなぜか唐突に長谷と桂蘭は結婚することになるが、結婚式の最中に長谷に出動命令が下り、婚礼の夜に花婿と花嫁は別れ別れになってしまった。輸送の最中に抗日集団の攻撃に遭った長谷は行方不明になり桂蘭は嘆き悲しむ。そして桂蘭はかつて長谷と遊んだ蘇州を訪れ、絶望のあまり運河に身を投げようとしたとき、負傷して帰って来た長谷が馬車を飛ばして現れた。めでたしめでたし。

それにしても…無駄に長い映画。一種のシンデレラストーリー的ラブロマンスであり、大東亜共栄圏の正統性を強調する国策映画である。当時の上海の街並や蘇州の風景がふんだんに記録されているところが興味深い。この映画の名を後世に残しているのは、服部良一作曲による挿入歌『蘇州夜曲』のせいだ。日本流行歌史上の最高傑作とされるこの歌はあまりにも完璧で、渡辺はま子の澄んだ歌声とともに余韻嫋嫋。ケチをつければ、上海娘の李香蘭が話す支那語が上海方言ではなく綺麗な北京官話だということ。まあこのへんは映画の約束ごとなのでケチをつけるのが無粋というものだ。

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2006年12月25日 (月)

犬神家の一族(3)

『犬神家の一族』は、家族の愛情を生涯拒絶し続けた犬神佐兵衛、親子の愛情には薄かったが実の息子たちには惜しみなく愛情を注いだ松子、竹子、梅子の娘たちの親子愛、莫大な遺産相続に巻き込まれた佐清、佐智、佐武、そして謎の男・青沼静馬、犬神佐兵衛の異常な性愛と野々宮珠世の秘められた関係…これらがみごとにつなぎ合わされ、本格推理と怪奇趣味がみごとに織り込まれた横溝正史ミステリの傑作。

青沼静馬と犬神佐清は戦地で宿命的な邂逅をする。静馬はあらためて犬神家に復讐を誓い、佐清は自分の不注意で部隊を全滅に追い込んでしまった負い目から復員を躊躇う。この時間差と親子の愛情が致命的となり惨劇の扉を開けてしまった。

犬神家の一族は揃って古い因習のなかに生きている。日本の近代化の節目節目に起こった戦争と、戦争によって大きくなっていった犬神財閥は、そのままポジとネガの関係にある。もう戦争は終わったはずなのに、戦地から悪魔が牙を磨いで犬神家に舞い降りてきた。そしてこの惨劇のなかでただひとり冷静に戦後を生きているのは野々宮珠世だけだ。

珠世は冷静にゴムの仮面を被った男が誰なのかを見極めている。しかし松子以下、圧倒的な因習の群れの前で孤独に立ち尽くしていた。その彼女の前に現れたのが近代合理的精神の権化・名探偵金田一耕助なのである。

ある意味で珠世は『青い山脈』の原節子と同じ戦後女性の象徴であろう。松子も佐清も戦争を引き摺っている。佐清に至っては戦争責任をひとりで背負い続け、戦後を生きる気力を失いかけている。珠世はそんな佐清に「戦争は終わったのに、なぜあなたは今でも戦争を引き摺っているのですか」と問いかけ続けているのである。

映画のなかで珠世が佐清に「この時計は戦争中に狂ってしまいました。この時計を直せるのは佐清さんだけです」と言って懐中時計を手渡すシーンがある。戦争中に何もかもが狂ってしまった。その狂ってしまった何もかもを直せるのは佐清をおいて他にはいない。それを冷静に指摘するのは珠世だけなのである。珠世だけがそのことを理解しているのだ。

しかし松子も竹子も梅子も、わが子可愛さのあまり、佐清にすべてをまかせるということに気づかなかった。佐智も佐武も金と情慾に駆られて盲目になってしまった。それが故に犬神家に悪魔を招き入れることになってしまったのだ。

信州の美しい自然と街並(いまだにこの古い街並が遺されているところに感心)、大野雄二の前作を踏襲した美しい音楽がみごとに溶け合って効果をあげている。名匠・市川崑監督も90歳を超えてなおこの映画に心血を注ぎ、新旧の名優たちが熱演をみせるこの映画は、『犬神家の一族』ファンとしては実に嬉しい年末の贈り物だった。

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2006年12月24日 (日)

犬神家の一族(2)

竹子の夫・犬神寅之助は岸部一徳(前作は金田龍之介)が演じている。デブの金田龍之介からヤセの岸部一徳という対比が面白い。遺産相続に執着が薄いという印象だが、実はそのうちに狂的な執着心を秘めているという、複雑な性格を演じて絶妙。さすが巧いねえ。そういえば前作では役名が寅之助で役者が龍之介というシャレか?

梅子の夫・犬神幸吉は蛍雪次朗だが印象は薄い。もともと前作の小林昭二もうだつのあがらない入り婿という設定なので、そういうところは前作を踏襲している。前作で小林昭二が見せたふすまの演技(ご存じかな)が省略されているところが惜しい!

犬神家財産相続権者その1・犬神佐清は尾上菊之助(前作はあおい輝彦)。戦争で顔面を損傷しゴムの仮面を被ったあの佐清だ。仮面を被っているので演技も何もない、というところだが、前作に比べてより気味の悪い雰囲気を醸し出しているあたりは評価できる。ぜひ映画をご覧になってもらいたい。

犬神家財産相続権者その2・犬神佐武は葛山信吾。前作は地井武男が演じていた、ということは意外に知らない人が多いかも知れない。地井武男がブレイクしたのは前作からだいぶ後のことだからね。気持悪さではいい勝負かもしれないが、武骨な地井武男よりも葛山信吾のほうがやさ男なので、そのへんで損?をしているかも。

犬神家財産相続権者その3・犬神佐智は池内万作。前作はパッとしない役者の川口恒だから池内万作のほうが良い? いやいやそんなことはありません。たしかに川口恒はパッとしない役者ではあるが、彼の狡猾さと粗暴さ(演技ではない可能性大)は池内万作の及ぶところではない。このへんが作品全体のなかでの評価(認識)というところだ。だからリメイクは難しい。

佐清の実の妹で従兄である佐智の恋人という複雑な役・小夜子を演じたのが奥菜恵。映画のなかで兄と恋人を殺されて、最後は発狂してしまうという汚れ役を演じて評価に値する。徹頭徹尾クールビューティーの体当たり演技はお見事だ。最後はちゃんとデカい食用蛙を抱いてました。気持悪くなかったのかなあ…。ところで前作で小夜子を演じたのは川口晶。川口晶は川口松太郎(小説家)と三益愛子(女優)の娘で、兄が川口浩、川口恒、川口厚という役者兄妹。だから前作で佐智を演じた川口恒は実の兄。長兄の浩は名優として名を成したが恒、厚、晶はパッとしない役者で終わった。

余談だが、川口恒、川口厚、川口晶は揃って大麻所持で逮捕され藝能界から消えた。クスリ三兄妹! 前作のスポンサーでありプロデューサーであり、刑事役で出演して旦那藝を披露した角川春樹も、後に大麻所持で逮捕され角川書店社長の座を追われている。犬神製薬も麻薬製造で巨万の富を築いたという設定になっているから、実は前作はクスリ映画でもあるのだ(笑)

古館弁護士は中村敦夫(前作は小沢榮太郎)。小沢榮太郎の渋さとはいちがいに比較できないが、一貫して名脇役だった小沢榮太郎に対し、中村敦夫はしばらく政治の世界にいたので、そのへんがどうなんだろう。まあただの観客である私にはよくわからない。もともと老けていた小沢榮太郎と、老け役に挑んだ中村敦夫では、その渋さもおのずと違っていることは当然。飄々とした小沢榮太郎のほうが似合っていると思うなあ。

那須ホテルの女中・おはるは深田恭子(前作は坂口良子)だが、これはもうフカキョンには申し訳ないけど坂口良子に軍配を上げよう。フカキョンもかわいくてけなげでいいんだけどネ。私たちの世代にとって、坂口良子のおはるは永久に不滅です! もうほんとにかわいくてかわいくて…前作では石坂浩二と坂口良子は実際の年齢も近く、映画でも金田一耕助に対してほのかな恋心を匂わせる演出がたまらなくよかった。今の石坂浩二とフカキョンではほとんど父と娘だからなあ…

那須ホテルの主人は作家の三谷幸喜。なにしろ前作は原作者の横溝正史翁が飄々と演じていて、演技ともなんとも言えぬ旦那藝だった。これはもう、三谷幸喜が良いとか横溝翁が良いとかそういう問題ではない。なんというか“いてもいなくてもいい”役なのだ。いまどきの映画ファンならこんな場面に三谷幸喜が!と喜ぶことであろうが、横溝正史ブームをモロに経験している私たちの世代にとっては、あの映画であの場面で横溝正史翁があの役を演じているだけで嬉しいのである。

商人宿柏屋の主人は林家木久蔵。この配役は完全に前作の三木のり平を踏襲している。当代随一の名喜劇役者と木久蔵師匠を比べるのが無理というものだ。何気ないしぐさのひとつひとつがどうしようもなく可笑しいという、三木のり平はほんとに凄い役者だったのだ。

今回の配役の妙として柏屋の女房を演じた中村玉緒がいる。前作は沼田カズ子という無名の役者さん。強力にパワーアップした役どころだ。前作ではほとんど存在感のない役だったが、そこは中村玉緒である。金田一耕助とのやりとりでしっかり笑いを取っていた。しかも強引(笑)。

仙波刑事は尾藤イサオ。これはちょっとひねってあって、前作では井上刑事という役を辻萬長が、渡辺刑事という役を角川“スポンサー”春樹が演じていた。もともと刑事役は1人でいいのだが、角川春樹の旦那藝のために2人になったのだろう。

指紋の鑑定をおこなう藤崎鑑識課員は石倉三郎。前作は怪優・三谷昇だったので印象が100%違う。三谷昇は白衣が似合う指紋マニアのマッドサイエンティストぶり全開でハマり役なのだが、石倉三郎は白衣が似合わずちっとも科学者っぽくない。なんとなく指紋鑑定に来た御用聞きみたい。

猿蔵は永澤俊矢、長身でワイルドな野生児である猿蔵、という役どころは前作の寺田稔と同じだ。ああ、なるほどねえ、というくらいの印象かな。

冒頭でさっさと死んでしまう犬神佐兵衛は仲代達矢。臨終シーンのほかには、亡霊のように顔がスクリーンに映るシーン、あとは大広間に掲げられた肖像写真くらいの出番しかない。だからといって一代で財閥にのしあがった怪物的キャラクターだから、仲代達矢くらいの役者じゃないとインパクトは薄い。たとえば西村晃(故人)ならけっこう良い感じではあるが、如何せん小柄だからちょっと違う気もする。小林桂樹でも善人すぎて怪物というイメージはない。だから前作の三國連太郎〜仲代達矢というラインはベストキャスティングなのだ。

前作はいたけど今回は消えた配役のひとつとして「犬神奉公会の人」というのがある。前作を観ていない人にはなんだかわかんないだろう。観ている人もよく憶えていないかもしれない。犬神佐兵衛翁の衝撃的な遺言状が披露されるシーン、小沢榮太郎の古館弁護士が「すべての相続権者が相続権を失うかまた死亡せる場合、犬神家の全事業全財産は、犬神奉公会に全納されるものとす」と読み上げたとき、ババーン!というSEととともにペコリ、と御辞儀をする紋付き袴、黒眼鏡の人物。登場シーンはここだけで映画には何の影響も及ぼさない配役。これもまた“いてもいなくてもいい役”なのだが、私はなんだかこの役が好きなのである。今回は誰がやるんだろう?と興味津々だったのだが、今回はまるまるカットされていてちょっと残念。まあどうでもいいことだが…(続く)

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2006年12月23日 (土)

犬神家の一族

『犬神家の一族』を観てきた。

私は1976年に製作された市川崑〜石坂浩二版『犬神家の一族』(以下、前作)の大ファンで、いつでも頭の中でまるごとリプレイできるくらい大好きだ。今回は実に30年ぶり(!)のリメイクということで、この話題が発表されてからいままでずっと楽しみにしてきた。リメイクと言っても監督も主役も同じだし、前作でも名演技を披露した橘警察署長こと加藤武も「リメイクというよりニューメイク」と言っている。

前作の素晴らしさと言っても30年のうちに何人もの名優がこの世を去っている。富司純子が高峰三枝子を超えられるのか? などという議論は意味がない。例えば前作で犬神佐智を演じた川口恒はパッとしない役者だったが、評価が定着している前作という作品全体において「佐智は川口恒」という評価(というか認識)をされている、と考える。つまりその役者が名優であれどうであれ、その作品のなかではずせないパーツ、あの役はあの役者じゃなくちゃね、ということになるのだ。ストーリーはみなご存じだろうし、ネタばらしは御法度なので、ここでは前作と新作の役者比較をしてみよう。

主役の金田一耕助は石坂浩二。前作から数えてたっぷり30歳は老けている。一見して「歳とったねえ」というのが正直な感想。走るシーンがつらそうだった(苦笑)。それでも円熟した金田一耕助を観ることができるのは犬神ファンとしては嬉しいかぎり。

石坂浩二と同じく前作に引き続き出演しているのは加藤武。しきりに粉薬を飲み(これは映画では言及されていないが犬神製薬の薬だろう)、難事件捜査の随所で「よおし、わかった!」と先走る県警の署長である。石坂浩二も60代だが加藤武はすでに80歳を超えている。前作と同じ演技や雰囲気を求めるのが無理というもの。印象的なギョロ目も影をひそめ、声にも張りが無くなっているけど、さすがに大ベテランだけあって、観ているだけで嬉しくなってしまう。

犬神家の秘密を知る大山神官を演じる大滝秀治に至ってはもう90歳近い。画面で観られるだけで僥倖であろう。常に変わらぬ飄々とした演技は涙モノ。

上記3人は前回と同じ役を演じているが、前回とは違った役で出演している人もいる。前作で犬神三姉妹の三女・梅子を演じた草笛光子は、前作で岸田今日子が演じた盲目の琴の師匠を演じている。こういうのはやりにくいだろうなあ。岸田今日子はご存じ個性派中の個性派。その彼女が演じた盲目の琴の師匠というこれまた個性的な役を演じるのである。それでも印象はズバリ「巧い!」のひとこと。

同じく犬神三姉妹の次女・竹子を演じた三条美紀は、前作で原泉が演じた犬神松子の母・お園を演じている。原泉(故人)も個性派中の個性派だ。原泉とは違って実にあっさりとした出番なので比較も何もない。みすぼらしい老婆の扮装だったし、本人もすっかり老けていたので、一瞬、北林谷栄かと思った(笑)

悲劇のヒロイン野々宮珠世は松嶋奈々子。前作は島田陽子が演じていた。どちらも清楚で理性的な美女という設定なのだが、まあこれはどっちもどっちということになるかな。島田陽子の雰囲気と松嶋奈々子の雰囲気はぜんぜん違うし、どちらが美しいかと言ってもタイプが違うからなあ。だいたい私はこの野々宮珠世って女がどうも好きになれない。

そして犬神三姉妹…今にして思えば前作は、高峰三枝子〜三条美紀〜草笛光子という王〜長嶋〜末次という黄金のクリーンアップというか、ゴジラ〜モスラ〜ラドンという怪獣大行進というか…凄い女優陣だったなあ。

長女・松子は富司純子。前作は大女優の高峰三枝子(故人)が演じた重要な役どころだ。何しろ前作での高峰三枝子は風格も体格(失礼)も迫力満点、彼女が発する「凄み」は時に観客を慄然とさせた。ところで富司純子は細身だが、実は原作の松子に近いのである。そして富司純子が高峰三枝子と決定的に違うところは、その艶やかさ、色気という部分なのだ。何があっても動じない鬼女のごとき高峰三枝子も凄いけど、強靱な意志のなかに崩れ落ちそうな弱さを秘めた母親、という演技が良い。お約束の血まみれシーンもどこか色っぽくてよかった。

次女・竹子は松坂慶子(前作は三条美紀)。かつてのスレンダーぶりは何処へやら、すっかりふくよかになってしまった松坂慶子だが、息子を殺されて狂乱する母親の演技はさすがに堂に入っている。

三女・梅子は萬田久子(前作は草笛光子)。竹子に比べて理性的な梅子を巧く演じていたが、如何せんこの人、演技が硬い。息子を殺されたときの狂乱ぶりは、前作の草笛光子のほうが巧かった。(続く)

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2006年10月18日 (水)

戯夢人生

『戯夢人生』 (1993)を観た。

『恋恋風塵』『悲情城市』などで飄々とした演技を披露した、侯孝賢作品の名脇役・李天祿の半生を綴った作品。ここで侯孝賢監督は、臺灣が日本に統治されていた時代を、布袋戯(ポテヒ)と呼ばれる人形劇(臺灣の伝統藝能)の名手である李天祿の半生を題材に描いてみせる。

清朝末期に生まれた李天祿は幼くして母を亡くし冷たい継母に育てられた。幼い頃から布袋戯の才能を見込まれて旅回わりの劇団で働く天祿の前半生は、そのまま大日本帝国の臺灣統治時代と重なっている。布袋戯の題材も中国の古典劇から、鬼畜米英をやっつける戦争劇に変わっていく。天祿が家族を連れて臺北から田舎に“疎開”したとたん、終戦の詔勅がくだり日本の長い臺灣統治は終りを告げた。ところが疎開したおかげで天祿の父はマラリアを患って死に、天祿たちもマラリアで苦しみ、臺北に戻ったあとで幼い次男もこの世を去る。疎開なんて日本だけかと思っていたが、臺灣でも疎開なんてやっていたのである。なんということだ。

この映画では、日本の臺灣統治時代が良かったとか悪かったとか、日本帝国主義を肯定・否定するとか、とにかく政治的なイデオロギーはほとんど描かれない。侯孝賢監督は李天祿という“老臺灣(オールド・タイワニーズ)”の回想を淡々と描いているだけだ。しかしイデオロギーを主張せず淡々と描くことで、日本統治下の臺灣の苦しみや悲しみがうっすらと、しかも新鮮に浮かび上がってくるという効果を生んでいる。要所要所で画面に登場して往時を回想する李天祿の飄々とした姿がなんとも味わい深い。

切符を買うとき、モギリ嬢が「今回の『戯夢人生』は、オリジナルプリントの35ミリフィルムではなくDVDでの上映になっているんですけど、よろしいですか?」と聞いてきた。まあそのへんは別に気にはしないが、なんでまたオリジナルプリントが手に入らなかったのか、と尋ねると「もともとその予定だったのですが、直前になってキャンセルになってしまいまして、、、」と言う。まあいろいろあるのだろう。それでも映画を観たあとではやはり35ミリフィルムのワイドスクリーンで観たいなあと思ってしまった。

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2006年10月16日 (月)

冬冬(トントン)の夏休み

『冬冬(トントン)の夏休み』(1984)を観た。

臺北の小学校を卒業したトントンは妹のティンティンとともに祖父の住む銅鑼へ出かける。病弱な母は手術を控えており父は仕事がある。幼い兄妹は地元の少年たちと仲良くなり自然のなかで元気いっぱい遊び回る。『川の流れに草は青々』と同様のプロットでもあり、泥だらけになって遊ぶ子どもたちの描写と演出はお手のもの。

母の病気と手術が幼い兄妹の心に不安な影を落し、母の両親も同様に心を痛める。トントンたちの叔父(母の弟)は恋人を妊娠させてしまったことがバレて両親から家をたたき出される。村の開業医で頑固なおじいさんを演じる古軍が良い味わい。ちょっと嵐寛寿郎に似てるし。

村にはちょっと頭の弱い寒子(楊麗音)という女がいて、いつでも変な格好をして日傘をさして歩き回っている。村の雀取りの男がこの寒子にちょっかいを出して妊娠させてしまい、おじいさんたちは激高する父親をなだめる。そんな周囲の心配をよそに寒子はいつものように歩き回る。ある日、線路で転んでしまったティンティンは間一髪のところで寒子に救出された。それからしばらくして寒子は樹から落ちて流産してしまった。

夏休みのあいだ、幼い兄妹は村の子どもたちとの友情を育み、不思議なおとなたちの世界を垣間見た。やがて母の手術は無事成功し臺北から父親が迎えに来た。途中で車を降りたトントンは村の子どもたちに別れを告げ、また来年も来るからね!と叫び臺北へと戻っていった。ちなみに父親役を演じているのは、侯孝賢監督と同世代で臺灣映画界の名匠エドワード・ヤン(楊徳昌)監督。

ラジコンカーと亀を交換してくれたトントンのもとに、村の子どもたちがみんなで亀を持参する場面がおかしい。亀なんかそんなにたくさんいらないよ(笑)。

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2006年10月11日 (水)

お悔やみ二題

多々良純死去。享年89。

なんといっても山田五十鈴の強烈な悪女っぷりが凄い『現代人』(1952)で、最後は池部良に殺される役が傑出していたと思う。あとは、若きジェリー藤尾が狂犬のように暴れまくる『地平線がぎらぎらっ』(1961)の牢名主、通称カポネ。

藝歴は古い。なんたって1936(昭和11)年に新築地劇団で初舞台を踏んでいる。同期が殿山泰司に千秋実。催眠術の達人?としても知られ、催眠体操なる独特の健康法を紹介する本も出版している。殿山泰司のエッセイにも催眠術を操る怪人として登場。


柳家小せん死去。享年83。

大正生まれの噺家がまたひとり逝った。何度か寄席で見かけたがぼそぼそ喋るいかにも古い藝人、という印象だった。柳家一門ばかりか春風亭柳昇亡きあと、落語会の最長老だった。

「次から次へと男ばかりが登場いたしまして、、、さぞかしお力落しのことでございましょう」
こんな古い古いくすぐりが似合う噺家であった。

小せん師匠が高座にあがるたびに「待ってました、色男! 小せんさん!」と叫んでいた熱心なファンのおじさん(そういう人がいたのである)も、さぞお力落しのことでございましょう。

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2006年10月 9日 (月)

風櫃の少年

『風櫃の少年』(1983)を観た。

大陸にほど近い澎湖島の街・風櫃(フォンクイ)。この街で阿清(鈕承澤)と友人たちは喧嘩と悪戯の毎日を送っている。家には父と母、兄がいるが、父は野球の試合で負傷し廃人同然となっている。ある日、阿清たちは対立するグループとの諍いから警察沙汰の騒ぎを引き起こしてしまい、友人の姉を頼りに家出同然のまま高雄の街に向かう。風櫃とはまったく違う大都会の高雄で阿清たちは、友人の姉、美麗(張純芳)のはからいで仕事と住いを得た。

阿清たちの住むアパートには、美麗の友人で夜間部に学ぶ黄錦和(陳博正)と、恋人の小杏(李秀玲)が暮している。阿清たちは工場で単調な仕事をこなし乍ら少しずつ都会暮らしに慣れていく。錦和は機械の部品を横流ししていたことがバレて工場を馘首になってしまい、小杏を置いて何処かへ行ってしまった。小杏に思いを寄せていた阿清はいろいろと彼女を気遣う。風櫃で喧嘩と悪戯に明け暮れていた輝ける日々は、彼らがおとなになっていくにつれて遠い過去へと消えていく。やがて父が亡くなったという知らせが届き、阿清は風櫃に戻った。阿清は家の入り口に座って、優しく頼もしかった父や若く美しかった母に守られていた日々を回想するのだった。

阿清は高雄を去って臺北に向かうという小杏を見送る。彼女を乗せた長距離バスとともに阿清の青春も去ってしまった。阿清にもそろそろ兵役に着く年齢が近づいてきた。阿清は工場を辞めて露店でカセットテープを売っている友人とともに、兵役記念の叩き売りを始めた。「兵役記念の大安売り! 三本で五十元だよ!」いつもと変らぬ高雄の露地に阿清の声が響き渡る。

楽しかった少年時代が終わり長くて退屈なおとなの時代が始まる。おとなの世界へ足を踏み入れる不安と期待、わけのわからない鬱屈、溢れるエネルギーの遣り場にとまどう。何処にでもある青春の物語。侯孝賢監督が好んで描いた題材だが、現代の高校生たちにも観てほしい映画だと思う。

風櫃の港で美少女の気を惹こうと、波の飛沫でびしょ濡れになってダンスを踊る阿清たちの馬鹿っぷり。いやあ、青春ってほんとうに、かっこわるいですねえ。

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2006年10月 8日 (日)

悲情城市

『悲情城市』(1989)を観た。

1945年、長い日本統治が終りを告げ臺灣は解放された。慌ただしく帰国の途に着く日本人たちと、新しい時代を迎えて喜びのなかにも戸惑いをみせる臺灣人。彼らは大陸からやってきた国民党政府たちを歓迎したがやがてそれは深い失望に変る。問屋の長男林文雄(陳松勇)には三人の弟がいる。次男は日本軍に徴用されて南洋に行ったまま行方知れず、三男の文良は精神を病んで帰郷し、四男の文清(梁朝偉)は耳が聞こえず言葉を話せない。

文良は上海からやってきたヤクザと組んで阿片の密輸に手を出すが、それを知った文雄は文良を怒鳴りつけ、やがて旧知の阿城との争うハメになってしまった。何者かの密告により漢奸の汚名を着せられた文良は逮捕されてしまうが、文雄は上海のヤクザたちに頭を下げて文良を救い出してもらう。しかし家に帰ってきた文良は拷問のため完全に気が狂ってしまっていた。

やがて1947年、本省人(臺灣人)と外省人(大陸から来た中国人)が争う二・二八事件が起る。小さな写真館を営む文清は、同居している呉寛榮(呉義芳)とともに戒厳令下の臺北に向かうが、寛榮は大怪我をして帰ってきた。国民党政府は本省人を弾圧しはじめ、ある日文清も逮捕されてしまった。文清は処刑された仲間の遺品を遺族に届ける旅に出て、山奥でゲリラ活動をしている寛榮に出会った。そこで文清は寛榮の妹寛美(辛樹芬)をよろしく頼むと告げる。文雄は賭場で起った諍いに巻き込まれ命を落した。林家にはもう文清しか残っていない。やがて文清と寛美は結婚し男の子が生まれた。

臺灣はあらたな激動の時代を迎え人々は弾圧に怯える。ある日、寛榮たちは国民軍に逮捕され銃殺されてしまう。逃げ延びた男が文清にも逃げることを勧めるが、それも虚しく文清は逮捕され妻と幼い息子を残して消息を絶ってしまった。運命を予感していたかのように文清は家族写真を撮影してから間もなくのことだった。そして1949年、中国大陸では共産党が勝利し、敗北した国民党政府は臺灣を占領し、南方の島国は時代の波に翻弄され続けるのであった。

言葉が話せない文清と寛美は筆談で会話する。兄・寛榮を気遣う寛美の想いは文清への思慕に変ってゆく。筆談で想いを伝えあうふたりの姿は美しい。香港映画のスターである梁朝偉(トニー・レオンという名前のほうが有名だろう)は臺灣語が話せない。しかし侯孝賢監督はどうしても彼を起用したかったのでセリフを話さなくてもいいこの役を与えたという。

この映画の主要なロケ地となった九分(にんべんに分)の街は、いまや『悲情城市』を売りにした観光地である。昨年初めてこの街を訪れたとき、山の斜面に沿って家が立ち並ぶ特異な街並を堪能したが、高台から基隆の街を眺めたときの風景がたっぷりとスクリーンに映し出されて懐かしい気持になる。

戦争がもたらした臺灣の悲劇を、ある家族の悲劇に置き換えて描き出した、まさに現代臺灣映画の傑作。陰翳を駆使した映像がこのうえなく美しい。

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2006年10月 5日 (木)

恋恋風塵

『恋恋風塵』(1987)を観た。

炭坑の街で育ったワン(王晶文)とホン(辛樹芬)は兄妹のように仲がよい。ワンは中学を出ると臺北に出て印刷工場で働きはじめる。やがてワンの後を追うようにホンも臺北に出て洋装店で働きはじめる。ワンの下宿は映画館の裏の狭い部屋だ。ここでも主人公は映画館に住んでいる。ワンは印刷工場を辞めてオートバイで配達する仕事を始めたが、ある日オートバイを盗まれて海辺の街から帰れなくなってしまった。警察に保護されたワンはテレビを観ているうちに、落盤事故の映像を観て気を失ってしまう。父親の事故を思い出してしまったのだ。ホンは下宿で寝込んでいるワンを献身的に看病する。

やがてワンは兵役につくために臺北を離れた。頻繁に届いていたホンからの手紙がやがてぱったり届かなくなってしまい、ワンが送った手紙は宛先不明で戻されてきた。やがてワンは、ホンが郵便配達の青年と結婚してしまったことを知り、兵舎のベッドで悲痛なうめき声をあげて泣く。やがて兵役が終わってワンは家に戻ってきた。祖父(李天祿)はワンに向かって「薬用ニンジンよりもイモを作るほうが難しいんじゃ」と呟く。海を見下ろす炭坑街の風景は何ひとつ変らず、ワンの周りにはゆるやかに時が流れていた。

映画の冒頭、列車はいくつものトンネルを抜け炭坑街の小さな駅に到着する。この映画はこのシーンですべてが言い尽くされている。 余計な説明は何ひとつない。むやみに背景を語る言葉もない。そこにあるのは、ひとりの少年とひとりの少女の、淡い恋のような、仲良しの兄妹のような静かな思い。少年と少女がやがておとなになっていく過程にある、どこにでもあるような青春の光と影。まるで一篇の長篇叙事詩のような映画。もう一度観たい。何度でも観たい。そんな映画。侯孝賢監督、というか臺灣映画独特の長回しの撮影もいい効果をあげている。

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2006年10月 3日 (火)

川の流れに草は青々

臺灣映画界の巨匠・侯孝賢映画祭が始まった。

『川の流れに草は青々』(1982)

臨時採用でのどかな田舎町の小学校に赴任してきた青年教師・廬大年(鐘鎮濤)。クラスのワンパク三人組は初日から騒動を巻き起こし大年もびっくりである。大年の下宿は、同僚の音楽教師・陳素雲(江玲)の実家が経営するおんぼろ映画館の二階。映画館の二階に住むなんて羨ましい。大年と素雲はなんとなく良い雰囲気で彼女の両親はちょっと心配気味だ。ある日大年は、川に毒を流して魚を捕っていた男を注意して逆にやっつけられたしまった。翌日、教室でこの話を聞いた級長が、その男はワンパク三人組のひとり周興旺の父親だと言い出して取っ組み合いのケンカになる。

大年と素雲の仲が良い雰囲気になっているとき、臺北から大年のガールフレンドが突然やってきた。いかにもはすっぱなガールフレンドの登場で村は大騒ぎ。素雲は嫉妬して怒ってしまう。やがて大年が正式に素雲にプロポーズして悶着も収まり、ある日大年と素雲は子どもたちを連れて川遊びに出かけた。そこに川に電気を流して魚を捕っている興旺の父が現れ、興旺はいたたまれなくなって逃げ出した。傷ついた興旺は母恋しさに幼い妹を連れて家出してしまい、途中で保護されてしまう。興旺の母親は離婚して家を出ていき、父親は子どもたちを養うために魚を捕っていたのだ。

大年は“愛川護魚”(川を愛し魚を保護しよう)運動を開始して奔走し、ついに村は環境保護区の指定を受けることになった。改心した興旺の父親も保護運動に協力し、みんなは楽しそうに稚魚を放流する。臨時採用期間が終わり大年は素雲といっしょに村を去った。田園地帯を走る列車を追いかけて、子どもたちがいつまでも別れを惜しんでいた。

かつては日本の何処にでもあったようなのどかな農村風景と、真っ黒になって遊び回る子どもたちがとてもかわいい。子どもたちは基本的に子どもたちの世界で遊びまくっているが、少しづつおとなの世界の入り口を垣間見る。ワンパク三人組のいたずらや失敗には大笑いさせられる。川で思いきり遊ぶ子どもたちの姿がとても良い。なんとなく70年代の松竹が濫作した青春ドラマを観ているようだ。熱血青年教師とマドンナ教師のさわやかな恋愛劇を軸にして映画は進行するのだが、暴れ回る子どもたちのサイドストーリーにかすみがち。

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2006年9月30日 (土)

丹波哲郎逝く

私の世代で丹波哲郎といえばなんといっても『キイハンター』、千葉真一、野際陽子、谷隼人、松岡きっこ、大川栄子、川口浩と、実に濃い顔の役者ばかり揃えたものだと今にして思う。部下を束ねるボス丹波哲郎が渋くて渋くて、子ども心にもかっこいいなあと思っていた。

『Gメン75』のオープニング、丹波哲郎を中心にした役者連が滑走路を横並びに歩いて来るシーン、酔っ払って仲間たちと真似をしたのも懐かしい。あのソフト帽とコートがあれだけ似合う役者もそうそういなかっただろう。片岡千恵蔵の多羅尾伴内ってのもあるが、あれはどちらかというと奇妙な似合い方である。

『軍旗はためく下に』(1972)で上官殺害の嫌疑をかけられて処刑された軍人を、まだまだ勢いのあった東宝が爆薬をふんだんに使って製作した『激動の昭和史 沖縄決戦』(1971)では自決する軍人を演じ、場面は少ないのだが『八甲田山』の弘前歩兵第31連隊長などが印象に強く残っている。幕末の策士清河八郎を演じた『暗殺』(1964)で、最後に刺客の刃に倒れるシーンの凄絶さは鳥肌モノ。

そうそう、清楚で美しい夏目雅子主演『鬼龍院花子の生涯』(1982)でもヤクザの顔役で出ていたし、『日本沈没』(1973)で総理大臣を演じたと思えば『宇宙からのメッセージ』(1978)では銀河連邦大統領(!)を演じていた。軍人や政治家、親分など大物が似合う残り少ない役者のひとりであった。殘るは三國連太郎と鈴木瑞穂くらいなものだろうか。

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2006年9月 8日 (金)

秋の注目映画情報(偏向)

東京名物カルト映画特集上映 in シネマ・ヴェーラ渋谷

◆妄執、異形の人々 期間:9/2〜29
上映作品は『黒蜥蜴』『九十九本目の生娘』『くノ一忍法』『獣人雪男』『マタンゴ』『盲獣』『好色源平絵巻』『怪猫トルコ風呂』『犬神の悪霊』『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』『おんな獄門帖 引き裂かれた尼僧』『ゆきゆきて、神軍』……タイトルを眺めているだけでぐったりしてしまいます。確認してみると、私は今回の上映作品のうち半分くらいは観ていました。私もこまめによく観てるもんだなあ(苦笑)……全部観てたらマニア、全作について語りまくるのがヲタク、私なんかただの邦画ファンでございます。

臺灣映画界の名匠・ホウ・シャオシエン(侯孝賢/Hou, Xiaoxian)監督特集上映 in シネマ・ヴェーラ渋谷

◆ホウ・シャオシエン映画祭 期間:9/30〜10/20
上映作品は『童年往時』『風櫃の少年』『恋恋風塵』『冬冬の夏休み』『悲情城市』『戯夢人生』『憂鬱な楽園』『好男好女』『ミレニアム・マンボ』……このラインアップ、今からゾクゾクしてしまいます。全17本のうち『恋恋風塵』『風櫃の少年』『冬冬の夏休み』『悲情城市』『戯夢人生』の5本は個人的に必見。 

こちらは池袋の雄・新文芸座の時代劇特集続編

◆第2回時代劇(チャンバラ)グラフティ 期間:9/9〜22
上映作品は『侍』『斬る』『座頭市物語』『丹下左膳餘話 百万両の壺』『十三人の刺客』……時代劇ファンにはこたえられないラインアップです。でも私はホウ・シャオシエン映画祭に備えてこっちはパスかな……1本くらい観るかもしれないけど。


中国滞在中にテレビを観ていると映画『東京審判』(東京裁判)のCMがこれでもかとばかりに流れていた。一瞬、邦画かと思ったがそんなわけはなく、いま中国で話題の最新映画である。裁判の最中、大川周明が前に座っている東条英機のハゲ頭をピシャリ、と叩くシーンまで再現されているのが凄い。もちろんそんなくだらぬことに喜んでいる場合ではないのだが、うーん、これ日本で公開されないのかなあ……

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2006年9月 4日 (月)

吸血鬼ゴケミドロ

シネマ・ヴェーラにて『吸血鬼ゴケミドロ』(1968松竹)を観る。

映画館は道玄坂をテクテクと登り、セブンイレブンの角を曲がってホテル街を歩き、東急文化村に抜ける途中にあった。あまりにもシンプルな外観のためよく見ないと気がつかない。ちなみにこのシネマ・ヴェーラはQ-AXシネマという映画館ビルの3Fにある。B1および2FがQ-AXシネマ、4Fがユーロスペースである。ユーロスペースは桜ヶ丘からここに移転したのだがまだ行ってない。このビルには映画館が3館入っているのだが、これら3館が経営母体が別なのかそんなことは知りません。

渋谷の名画座といえば渋谷マークシティの裏側にある渋谷シネマ・ソサエティ。ここは開館当初、邦画の名画座として営業していたのだけれど、いつのまにか邦画の特集上映をやらなくなってしまった。邦画ファンとしては期待していただけに残念だったのだが、シネマ・ヴェーラは邦画の名画座たらんとして開館したので、今後もその意志を貫いてほしいものである。

さて『吸血鬼ゴケミドロ』の話だが……この映画、昔から観る機会はあったのだけれど、そのたびに外せない用事があったりスケジュール的に行けなかったり、ずっと観たいと思っていた一本だった。カルトSFホラーとして有名な映画で、けっこうあちこちで上映されており、まあそのうち行けばいいや、とのんびり構えていたが、まあ今回はどうやら観ることができたという次第。けっこう期待して上映を待つ。

後期新東宝バッタもの映画の名優・吉田輝雄が副操縦士をつとめる飛行機が、金色に輝くUFOに襲撃されて墜落。生き残ったのは吉田輝雄とスチュワーデスの佐藤友美のほか、威張り散らす代議士、成り上がりの武器商人とその妻(代議士の愛人)、精神分裂気味の心理学者、パラノイアの宇宙生物学者、爆弾狂の青年、性格の悪い外人女、殺し屋……ほとんどロクなやつがいない。さっさと救助隊を呼びたまえ、と怒鳴り散らす代議士と武器商人、極限状態の人間心理に興味津々の心理学者、慌てて爆弾を隠す青年、事態はどんどん悪化していく。乗客たちは互いに罵りあい人間性をむき出しにして醜い諍いを繰り広げる。このへんは先行する和製SFホラーの傑作『マタンゴ』(1963東宝)と同じく、ドラマにはお馴染みのシチュエーションだ。

そのうちUFOに連れ込まれた殺し屋が、アメーバ状の生命体(こいつがゴケミドロ)に寄生されて吸血鬼と化し、生き残った乗客たちに襲いかかる。まず心理学者と武器商人の妻が犠牲になり、乗客たちのパニックは頂点に達する。爆弾狂の青年は恐怖のあまり自爆、武器商人もゴケミドロに殺される。吉田輝雄が機転をきかせ、ゴケミドロにガソリンをかけて火だるまにして倒すのだが、間一髪で逃げ出した生命体は宇宙生物学者に寄生する。逃げる乗客、追うゴケミドロ。とうとう代議士と外人女もゴケミドロに殺されるが、吉田輝雄と佐藤友美はまたも機転をきかせ、ゴケミドロを倒して危機を脱した。ところが……

この時代のSFXだからしかたがないのだが、パックリと割れた殺し屋の額からアメーバ状の生命体がずるずるずる、と脳内に侵入していく場面が可笑しい。いちおう怖い場面なんだろうけど、当時ならいざ知らずいまの私たちからみればチープで可笑しい。この場面の殺し屋はおもいっきり人形です。またこの人形の造型が往年のドリフのコントを彷彿とさせて二重に笑わせてくれる。特撮の東宝だったらもう少しなんとかなったのかもしれないが、人情ドラマの松竹だからしかたないのかもしれない。代議士に媚び諂い妻を愛人に差し出した武器商人を金子信雄が演じているが、さすがネコさん、この屈折した小悪党の性格をみごとに表現している。またそれに妻を演じた楠侑子がイイ女なんだよなあ。冷酷そうで虚無的で実にイイ女である。殺し屋はシャンソン歌手の高英男。奇妙に無国籍で大仰で実にハマり役。

ようやく観ることができた一本だったが、一度観ればもういいや。

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2006年7月16日 (日)

やわらかい生活

『やわらかい生活』を観た。上映館が少ないうえに封切から時間がたってしまったので、渋谷では朝10時から1日1回になってしまった。しょうがないのでレイトショーを観に行くことにした。実にひさしぶりにキネカ大森を訪れたら、受付に「アジア映画サポーターズ倶楽部が廃止になりました」という掲示が出ていた。アジア映画のブームも終わった、というよりはもう日本でも普通に上映されるようになって、専門館という稀少価値がなくなったからだろう。ここはアジア映画専門館として売り出したところで、当時は中国、香港その他アジア映画をいろいろと上映して重宝させてもらった。北朝鮮のゴジラ映画として知られる『プルガサリ』もここで観たなあ。

私が学生の頃にアジア映画を観ようと思ったら、フィルムセンターや各国大使館などの施設や一部の映画館での特集上映(中国映画祭とかネ)に出かけるしかなかった。そこにはいつもマニアや研究者が群れ集い、一種異様な雰囲気を醸し出していたものだった。それほど観るのは大変だったのである。もう20年も昔のことだ。それから比べると1990年前後の中国、香港映画ブームに始まり、韓国、ベトナム、イラン、インド映画が少しずつ注目され始め、今ではアジア映画は至極当然に封切館で観られるようになった。上映館も増えてゆき、『ぴあ』を丹念に調べなくともけっこうあちこちで観られるようになった。時代は変わったのである。

欧米(特にアメリカ)偏重の反語としてあったエスニック・ブームは、1980年代はまだまだ一部の好事家しか知らない風潮だった。何しろ80年代ってのはポップでクールでスカスカな時代だった。これは私の持論だが、この頃から家庭や職場、公共施設に空調が普及し、日本人はアジア的な温度感を見失っていた。システムによる集中管理で温度差を喪失した時代だったのである。ところが、日本人が快適な空調の効いた島国に閉じこもっていた頃、中国や韓国では熱い熱い政治の風が吹き荒れていた。冷戦構造の終焉と社会主義体制の崩壊、封じ込められていた自由のエネルギーが少しずつ外へ向かって発信されてゆき、とうとう殻を破って爆発した。

いまではすっかりロリコン映画の巨匠(笑)となった張藝謀監督の『赤いコーリャン』(1987)を初めて観たときは、画面から吹き出すエネルギーにそれこそ腰を抜かすほど驚いた。画面から濃厚に吹き出す生と死、性、暴力、喜怒哀楽の匂い、むせかえるような温度と湿度、強烈な色彩と広大な空間に圧倒された。例えは適切ではないかもしらんが、かつての日本のヤクザ映画が持っていたあの強烈なエネルギーがそこにあった。ああ、いまの日本はスカスカだなあ、絶対中国にはかなわないなあ、と実感したことをいまでも憶えている。

で『やわらかい生活』だが、バリバリのキャリアOLだったが精神を病んでいまは無職、家族も友人もなく東京の場末の街・蒲田のアパートにひっそりと住んでいる橘優子(寺島しのぶ)の生活を、どこか懐かしい風景のなかで優しく淡々と描いた映画。原作は絲山秋子の短篇小説『イッツ・オンリー・トーク』。

ある日、駅前の街頭演説をしている区議の本間(伊藤俊介)に声をかけられた。本間は優子の学生時代の友人で、ふたりは再会を祝して飲み歩き優子の部屋に泊る。しかしEDの本間は優子を抱くことができない。ネットの掲示板で知り合った痴漢のKさん(田口トモロヲ)と映画館で身体を弄られ恍惚となる。優子は痴漢のKさんと高級レストランやドライブに出かけては身体を弄られる。Kさんは礼儀正しい痴漢なのだ。優子がネットで紹介した公園を訪れたいとうつ病のヤクザ(妻夫木聡)が蒲田を訪れる。ヤクザと優子は居酒屋で「どんな薬飲んでるの?」と意気投合する。福岡からやってきた従兄(豊川悦史)は妻子と別居中で現在無職の四十歳。優子の部屋に居候して何くれとなく彼女の面倒をみてくれる。炊事洗濯から優子の看病までするその献身ぶりは、女性からみたらなんと素敵な存在であろう。

その従兄も田舎に戻ってから事故で死んでしまう。ある日優子は娘とふたりで買い物をしているKさんを見かけた。うつ病のヤクザは塀の向こうに行ってしまった。本間は恋人ができたようだ。居心地の良い街で居心地の良い男たちと過ごし、うつ病から少しずつ立ち直りかけている優子は、また独りになってしまった。優子は夕日を浴び乍ら銭湯で独り涙を流す。

いまの日本映画の普遍的なテーマである「痛み」を廣木隆一監督が丹念に描き出している。前作『ヴァイブレーター』でコンビを組んだ寺島しのぶも期待に違わぬ好演。豊川悦史とのコンビが絶妙だ。

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2006年7月10日 (月)

松子ふたたび

「スイスイスーダラダッタと、あんな生き方ができたらそりゃ楽ですヨ」
真面目一徹な性格だという植木等も自作を振り返って述べている。人生はそう簡単にスイスイスーダラダッタとはいかない。むしろ「ひとつ山越しゃホンダララッタホイホイ、もひとつ山越しゃホンダララッタホイホイ」なのである。ナンダカワカンナイって? いいからわかりなさい。

時間が取れたので漸く『嫌われ松子の一生』を観に行ってきた。そして淀川長治センセイに敬意を表してイイことばかり書く。
原作をどうやって映像化しているのか興味津々だったが、なんともはや見応えのある映画になっていて満足。原作に忠実にすると深刻さだけが目立つので、あちこちにギャグをちりばめていて、これがかなり救いになっている。ミュージカル仕立てという点も、丁寧かつクールでポップで演歌調で実に良い。CGを駆使してしかも違和感がないところが良い。転落していく松子の一生を実に幅の広い演技で表現しきった中谷美紀が凄かった。熱演。

いかにも若者向けのような映画だが、これは人生の先輩であるオトウサンやオカアサン、オジイサン、オバアサンにも観てもらいたい。松子が不幸だったのは不器用だったからだ。すべてのことに対して全身全霊を集中する性分、つまり適当に手を抜けない性分だったからだ。良い子でなければならない、と自分で自分の生き方を決めてしまった。そのために全力投球したのに人生はいつも不公平。子どもは大きくなっていく過程で人生の不公平さ、不条理さを体感していく。そして自分のなかで葛藤し乍らいつしかおとなになる。松子はただ、それが要所要所で自己消化できなかっただけだ。いつも後になってちょっとだけズレていたことに気づく。この映画を観て面白がっていた若い娘さんたちは、この映画から何を感じとったのだろう。松子はあなたであり、あなたは松子である、という惹句は実に奥が深いのだ。

ラストシーンのなんと哀しいことよ。思わず涙が滲んでしまう。

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2006年6月19日 (月)

あと一歩で映画館

松子ブームは続く。

Iさん曰く「『嫌われ松子の一生』観ましたよ。監督の演出がとても巧かったです」
Y姐曰く「ミュージカル仕立てで綺麗で面白くて哀しくて、、、良かったわよお」
N君曰く「原作読みました。いやあ一晩で読んでしまいましたあ。映画も観に行きます」

私も観たいぞ。

絲山秋子『イッツ・オンリー・トーク』読む。

女、三十五歳、元新聞記者。海外支局勤務のあと、精神を病み退職。職業、絵描き〔ただし無職同然)、大田区蒲田在住。彼女の身体と心を通り過ぎたりいじったりするのはヒモ稼業の従兄、EDの都議会議員、礼儀正しい痴漢、鬱病のヤクザ、、、なんとなく読んでいるうちに、なんとなく心にしみてくるモノがある。ムダのない文章、おみごと。

最近映画が公開されて主演は寺島しのぶ。なるほどのキャスティング。うーん、なるほどこの女優しかいない。

映画館、行きたいなあ、、、

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2006年5月30日 (火)

巨星、墜つ

今村昌平死去。享年79。

岡田真澄が亡くなったばかりというのに、こんどは今村昌平監督が逝ってしまった。
「盗まれた欲情」 「果てしなき欲望」 「豚と軍艦」 「にっぽん昆虫記」「エロ事師たちより・人類学入門」「赤い殺意」「復讐するは我にあり」「楢山節考」「ええじゃないか」「黒い雨」「うなぎ」、、、今村昌平の映画は常に衝撃だった。

異才・川島雄三の弟子だったことはよく知られているが、その前は小津安二郎監督の弟子でもあったのだ。神話的で土俗的で、それでいて妙に宗教的で、人間の暗い欲望をゾロリと剥き出しにした、そしてスケベでユーモラスな作品群は、絨毯爆撃のように私を叩きのめしてくれた。可惜。

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2006年5月19日 (金)

田村高廣=『泥の河』=マルセ太郎

田村高廣死去。父・阪東妻三郎とはひと味違った渋い俳優だった。

小栗康平監督の名作『泥の河』のお父ちゃん役など、今となっては田村高廣以外には考えられない。人生の機微をすべて包み込んでしまうような、優しくてちょっともの悲しい表情がとても良かった。

今は亡きコメディアン、マルセ太郎の舞台「スクリーンの無い映画館」を、これも今は無き渋谷ジァンジァンで観たときも、この『泥の河』が題材だった。

この舞台がまた、涙が出るほど可笑しくて感動的だったおかげで、私の記憶のなかでは『泥の河』とマルセ太郎はセットになっている。

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2006年5月18日 (木)

フランキー堺もチョイ役で出演

家でぼんやりと『嵐を呼ぶ男』のDVDを観る。

あらためて感じたことだがこれは日本映画の伝統である母子モノ。母親=小夜福子はヤクザなドラマーの兄=裕次郎を嫌い、真面目な音楽家志望の弟=青山恭二を偏愛している。母が銀行員=固い職業になってほしいと思っていた弟は、兄を英雄視して音楽家=ヤクザな仕事に足を踏み入れようとしている。しかし最後に母は、弟の栄達を願ってみずからの才能を封印した兄の気持を覚って懺悔する。

ローワークラスの裕次郎とアッパークラスの北原三枝、岡田真澄兄妹との対比。かたや五反田のオンボロアパート、かたや自宅にスタジオまである高級住宅だ。(朝食はフレッシュジュースにトースト!)今流行りの下流社会なんてのが当たり前だった時代だね。

この映画が純粋に面白いのは前半。裕次郎がドラムを叩いてクラブやキャバレーを渡り歩き、ネオンぎらぎらの世界でドロドロと蠢く有象無象の連中、、、北原三枝(女性マネージャー)や金子信雄(胡散臭いジャズ評論家)などが登場し、ドラム合戦で頂上に登り詰めるまでだ。後は母子モノ、浪花節、愛憎劇に雪崩れ込んでいく。まあそのあたりが映画として大ヒットした大きな理由でもあるのだが。

よくよく考えると「ドラム合戦」てのも凄い。要するに drum battle を和訳したらドラム合戦なんだが。「おいらはドラマー、ヤクザなドラマー♪」おいおいそれじゃドラム合戦じゃねーっての(笑)。ちなみにドラム合戦の吹き替えは天才ドラマーと言われた白木秀雄(笈田敏夫の吹き替えはフランキー堺という説がある)。ついでに笈田敏夫側のサックス奏者は若きスリーピー松本英彦だ。

映画の最後、青山恭二がシンフォニックジャズを指揮する場面で、精悍な表情でドラムを叩いているのが白木秀雄。日本一のジャズドラマーとしてスターダムを登り詰め、最後は落ちぶれ果てて安アパートで孤独死。発見されたとき死体はすでに腐乱していたという、まさに天国から地獄に堕ちた男だ。こっちのほうがよっぽど凄い。

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2006年5月 2日 (火)

寝ずの番を観た

横浜シネマリンで『寝ずの番』(2006)を観る。
関内駅から伊勢佐木モールをとぼとぼと横浜シネマリンまで歩く。裏通りにある小さな映画館。中は鰻の寝床のような細長い造りで、これも廃業した横浜西口名画座のような感じだ。関内には長いこと映画を観に通っているが、この映画館に来るのは初めてだ。ほとんど黄金町のシネマジャック&ベティか横浜日劇、あるいは有隣堂の裏手にあった関内アカデミー2にしか行かなかった。しかしジャック&ベティも日劇も関内アカデミー2も廃業してしまい、いまではとんと関内詣でもしなくなってしまった。ジャック&ベティはその後復活したが、以前の名画座ではなくなったようなので行っていない。

上方落語界の重鎮、笑満亭橋鶴(長門裕之)が亡くなった。臨終を迎えた橋鶴は一番弟子の橋次(笹野高史)に向かって「そそが見たい、、、」と呟いた。弟子の橋太(中井貴一)は妻の茂子(木村佳乃)に、師匠の末期の頼みを叶えてくれと懇願。茂子は橋鶴のベッドに上りスカートをめくりあげた。「師匠、どうでした?」耳もとで囁く橋次に、瀕死の橋鶴は最後の力をふりしぼって叫ぶ。「そ、そと(外)見たい、言うたんや、、、アホッ!」面喰らった橋太は茂子に後頭部を思いきりどつかれる。そして橋鶴は、息を、引きとった。

通夜という故人の思い出を語る場が大半を占める。通夜の席では故人のいいことも悪いこともみな思い出話になる。そして藝人の通夜らしい艶歌猥歌のオンパレードに突入。オ●コ、チ●ポとこれほど猥語が飛び交う映画も珍しい。綺麗な木村佳乃が三味線弾き弾き「おそそかっぴろげて〜♪」だなんてよくやるよ。岸部一徳は春歌版軍艦マーチを熱唱し、堺正章と中井貴一は三味線弾き弾き春歌合戦。美しくも艶やかな富司純子が春歌を歌い乍ら舞う場面、はんなりとした美しさに魅せられる。「死人の『かんかんのう踊り』や!」(古典落語『らくだ』のワンシーン)と叫んだ岸部一徳が、橋鶴の亡骸を抱えて「かんかんのう」を歌い踊る。死体と遊ぶ珍場面、イギリスやフランスでは絶対ウケるなあ、こりゃ。末弟子の橋七の女房を演じた真由子、どこかで見たような顔だなあ、と思っていたら、津川雅彦の愛娘だった。どうりで朝丘雪路に似ているはずだ。

落語の演技指導をしたのは、昨年惜しまれて逝った桂吉朝。噺家の通夜という映画ということを考えると感慨深い。すでに病に侵され余命幾許もないことを知っていたであろう吉朝が、いったいどんな気持で演技をつけたのか。原作者の中島らもは映画製作中に事故死。マキノ雅彦(津川雅彦)監督、なんというデビューであろう。

先生堂書店にて長谷川伸『狼』『ある市井の徒/新コ半代記』(旺文社文庫)を購い帰宅。

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2006年4月23日 (日)

ちゃんら〜ん♪

脳硬塞で倒れて療養中だった三遊亭圓楽。『笑点』への復帰は難しいと思っていたが、やっぱり降番することになったようだ。圓楽よりも先に倒れた(失礼)林家こん平も復帰しないまま降番の可能性が濃厚。というわけで、立川談志〜前田武彦〜三波伸介〜三遊亭圓楽に続く五代目司会者に最長老の桂歌丸が就任するらしい、とスポーツ新聞に書いてあった。

私が記憶している『笑点』メンバーは司会が三波伸介(故人)、圓楽、歌丸、こん平、林家木久蔵のほか、三遊亭小圓遊(故人)、三遊亭圓窓、古今亭朝次(現・桂才賀)、三遊亭楽太郎といったあたりだ。そういえば三笑亭