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2012年7月

この夏に読もうと思っている本

龍應台『台湾海峡 一九四九』(白水社)
赤坂真理『東京プリズン』(河出書房新社)
ヤロスラフ・ハシェク『プラハ冗談党レポート:法の枠内における穏健なる進歩の党の政治的・社会的歴史』(トランスビュー)
アラン・ムーアヘッド『恐るべき空白』(早川書房)
増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(新潮社)
邱永漢『象牙の箸』(中公文庫)
堀田善衛『上海にて』(ちくま学芸文庫)
ルース・ベネディクト『菊と刀』(講談社学術文庫)

浮かれて出ましたディック・ミネ

ディック・ミネが昭和10から15年にかけて吹き込んだジャズソングの数々を収録したディック・ミネの『エンパイヤ・オブ・ジャズ』(テイチク/TECH-37270/71)…これは凄いです。驚異的です。サザンオールスターズの桑田佳祐のデビューよりも衝撃的。

レバ刺し

夕方から都内で用事を済ませて新宿三丁目界隈でいっぱい引っ掛けた。先月まであったレバ刺しがみごとにメニューから消えている。表面を炙って中身はレアというレバテキもない。訊いたらレバ刺しはもちろんのことレバテキも自粛したとのこと。レバ串も「中までしっかり焼きますので…」と言われてしまう。私はどっちでもいいんだけどご苦労なことである。蒸し暑い梅雨の夜に酎ハイと焼きとんで飲んだくれ。でもこの店だけじゃないがメニューにレバ刺しはないけどガツ刺しとかタン刺しはあるんだよな。なんだかよくわからないレバ刺し禁止である。

夜の散歩

13日の金曜日の夜。地下鉄永田町1番出口から地上に上がると警察官があっちの方向へ行ってくれと指示。なんで自分の行きたいところへ行けないのか。警察官はうようよと歩道を封鎖している。金曜日の夜に国会周辺を散歩したいだけなんだけどな。散歩したいのに警官はあっちから行けこっちはダメとうるさい。とうとう人の流れは停まってしまった。多くの警察官たちが交差点を封鎖して渡らせてくれないのである。何をそんなに恐れている?何をそんなに焦っている。世界にこの醜態をさらけ出してまでもデモを制圧する。さすがに公権力。警察は治安と秩序を維持する組織であり治安と秩序の維持とはとりもなおさず国民が国家に服従することを意味する。仕事はイヤなものでありつまらないものでもある。職務に忠実な警察官の諸君ごくろうさま。まあそんなことを現場の警察官に言っても無理だ。かれらは上層部の決定と指示で動いているのである。それはそうと人混みのなかでトラメガを抱えて大音量で「再稼働反対!」という文句を繰り返す爺さんうるさいからやめてくれないか。マイクを握った青年が叫ぶ。「ここに集まったみなさんは“原発反対か賛成か”という二者択一の意見を持っている人ではありませんね?もちろん私たちには“原発反対”しかあり得ません!」おいおい私は違うよ。二者択一という前提を自ら棄ててはいけない。どちらを選ぶかがだいじなんだよ。でも私たちは主張するんだよ。黙っていては認めたことになる。私は嫌だ。だからこの蒸し暑い夜に国会周辺を散歩しに来たのさ。

世界が滅びる日に

『世界が滅びる日に』石原吉郎

世界が滅びる日に
かぜをひくな
ビールスに気をつけろ
ベランダに
ふとんを干しておけ
ガスの元栓を忘れるな
電気釜は
八時に仕掛けておけ

雨の降る品川駅

『雨の降る品川駅』
               中野重治
辛よ さようなら
金よ さようなら
君らは雨の降る品川駅から乗車する

李よ さようなら
も一人の李よ さようなら
君らは君らの父母の国にかえる

君らの国の川はさむい冬に凍る
君らの叛逆する心は別れの一瞬に凍る

海は夕ぐれのなかに海鳴りの声をたかめる
鳩は雨にぬれて車庫の屋根からまいおりる

君らは雨にぬれて君らを追う日本天皇を思い出す
君らは雨にぬれて 鬚 眼鏡 猫脊の彼を思い出す

ふりしぶく雨のなかに綠のシグナルはあがる
ふりしぶく雨のなかに君らの瞳はとがる

雨は敷石にそそぎ暗い海面におちかかる
雨は君らの熱い頰にきえる

君らのくろい影は改札口をよぎる
君らの白いモスソは步廊の闇にひるがえる

シグナルは色をかえる
君らは乗りこむ
君らは出発する
君らは去る

さようなら 辛
さようなら 金
さようなら 李
さようなら 女の李

行ってあのかたい 厚い なめらかな氷をたたきわれ
ながく堰かれていた水をしてほとばしらしめよ
日本プロレタリア-トのうしろ盾まえ盾
さようなら
報復の歡喜に泣きわらう日まで

アーネスト・ボーグナイン

米国の映画俳優アーネスト・ボーグナイン死去。岩の塊みたいな強烈な面構えの名傍役。『地上より永遠に』『ワイルドバンチ』『北国の帝王』『ポセイドン・アドベンチャー』などなど…私の大好きな役者のひとりだった。享年95。アーメン。

尖閣諸島と大熊猫

上野動物園のパンダといえばリーリー(力力)とシンシン(真真)。これは来日後に日本国内で公募されて命名されたのだが、本来の名前はビーリー(比力:bili)とシェンニュィ(仙女:xiannü)。リーリーとシンシンは言わば日本国内で営業するための藝名であり、いずれ中国へ帰国したら本名の比力と仙女に戻るわけだ。まあ言ってみれば東南アジアから興行ビザで来日したタレントみたいなものである。

ところで二頭のあいだに生まれた幼獣の命名についても、民間から公募されることになりそうとのこと。しかし幼獣の命名については中国の了承が必要という一項があるため、あまり日本的な命名は見送られる可能性が高い。まあシンシンという名前も「真」という漢字音が「シン」だからだが、漢語音では「真」は zhen である。子音のzh-は日本語には存在せず、むりやりカタカナ表記すれば「ジェン」であり「シン」(shin)ではない。だから「真真」は shinshin ではなく zhenzhen なので、いずれ帰国すれば「シンシン」という存在は消滅してしまう。どうせシンシンにするなら、例えば「杏杏:xingxing」、「幸幸:xingxing」などにしておけばよかったと強く思う。上野動物園側には、中国産の稀少動物の命名に関する知識も配慮も不足していたということだ。

ところで最近、東京都知事の石原慎太郎が「パンダの名前なんかどうでもいい、どうせなら(尖閣諸島由来の)『センセン、カクカク』にしろ」と吠えて、これに喜ぶバカな嫌中派が大喝采しているが、実にくだらない。まあそれはそうと尖閣(jiange)という命名について考えてみる。まず「尖:jian」だが「尖」(とがる)という漢字を重ねて「尖尖(センセン)」というのは意味がわからない。次に「閣:ge」だが、母音の e は曖昧母音でありこれも日本語音には無い。よってカタカナ表記ができない。むりやり表記すればグー、またはゴーだが gu と go と ge は全く違う発音なのである。そもそも「閣」とは「高い建物」という意味なので、これを重ねて「閣閣」とする理由が不明。よって石原都知事の命名方法は全く無意味というか意味不明ということになる。

上野動物園に在籍した歴代のパンダたちだが、カンカン(康康:kangkang)、ランラン(蘭蘭:lanlan)、ホアンホアン(歓歓:huanhuan)、フェイフェイ(飛飛:feifei)トントン(童童:tongtong)、ユウユウ(悠悠:youyou)は漢字も音も巧い組み合わせとなっていた。今回生まれた幼獣についても、無理矢理な日本漢字音など採用することなく、漢字の意味と漢語の発音を巧く組み合わせた命名が求められる。

書店ばかり目につく

雨。昼から一橋大学。委員会、会議など。大学近くにある増田書店の品揃えは相変わらず素晴らしい。顧客が店を育てるんだろうな。西国分寺にてしずちゃんと飲む。たぶん7〜8年ぶりの再会。フェイスブックってすごいねwなどと飲みつつ話す。ひさしぶりに会ったので『第一阿房列車』をおみやげにあげる。中央線〜南武線を乗り継いで帰宅。立川駅構内にPaper Wallがオープンしていた。

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