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その街のこども

1995年1月17日早朝、私は布団の中で半ば覚醒していた。窓の外はまだ暗く、起きるには早いなあとうすらぼんやりと考えていたら、部屋がユラリ、と揺れた。私は(あ、地震だ…)と思った。当時私は築50年以上の、それこそ表通りをダンプカーが通るだけでも窓枠がカタカタ鳴るようなボロ家に棲んでいた。枕元の時計を見たら、蛍光色の針が午前5時45前後を示していたことを覚えている。それからまた眠りに落ちて7時ちょっと前に起きた。トーストを焼いて珈琲を啜り乍らテレビのスイッチを入れたら、街のあちこちから煙が上がり高速道路が倒壊している映像が映し出された。ちょっとの間、何のことなのかよくわからなかったが、早朝に京阪神地区を襲った大地震で壊滅的な被害を受けた神戸市の映像だということを、アナウンサーが落ち着いた声で伝えていた。「…本日午前5時46分頃、神戸を中心とする地震が発生…マグニチュードは7と推定され…」(あ、今朝の地震…)後で知ったことだが東京の震度は1を記録していた。

『その街のこども』(2010)を観た。阪神淡路大震災から15年が経った冬、神戸の街で出逢ったふたりの男女(森山未來、佐藤江梨子)が、お互いの震災体験を語り乍ら地震が起きた日から15年目の早朝を迎える。美夏(佐藤)は神戸で行われる震災追悼集会に参列するため、13年ぶりに神戸の地を踏んだ。建設会社に勤める勇治(森山)は広島へ出張する途中で神戸に途中下車した。勇治と美夏はともに神戸で震災を経験し、ふたりともその後神戸を離れて東京に移り住んだ。そしてあの日から15年、ふたりはふとしたことから神戸の街で初めて出逢った。勇治も美夏も震災の記憶に背を向けてきた。ふたりとも震災で家族や友人、生活を失い傷つき故郷を離れた。終電を逃したふたりは美夏の祖母が住む御影まで夜の街を歩く。歩き乍らふたりは震災の記憶を語り合う。歩き乍ら語り乍らふたりは再び震災に神戸に向き合い始める。

殆ど森山未來と佐藤江梨子…どちらも当時神戸に住んでいて震災を経験している…ふたりの語りでドラマは進行していく。ふたりは過去に背を向けてきたが、次第にふたりの気持ちは辛かった過去に向き合い始める。喪失と再生の夜は過ぎ夜明けはもうすぐそこまで来ている。鼻の奥がツーンとして、ふと涙が出そうになる。東日本大震災からそろそろ1年が経つ。再び「その街のこども」がおおぜい生み出されてしまったことを憂うとともに、いつの日かあの日のあの記憶に向き合い乗り越えていってほしいと思う。そのために、残された私たちには何ができるだろうか。

オフィシャルサイト http://sonomachi.com/

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