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雨が空から降れば…

「たとえ飢えに苦しもうと、ここは田舎よりよかった。ここには見るものもあったし、聞くものもあった。光があふれ、音があふれていた。働きさえすれば、金はつぎつぎにはいってき、食おうが着ようがなくなることのないすばらしいものが無限にあるのだった。乞食だって、ここならほっぺたがおちるようなものにありつけるのに、田舎ではとうもろこしパンにしかありつけないのだ」(老舎著『駱駝祥子』第4章 立間祥介訳)

ひさしぶりに老舎の『駱駝祥子』を読んだのだが、およそ70数年前に書かれたこの文章は、いまの中国にぴったりと当てはまるではないか。

農村を離れ北平(現在の北京)で働きづめに働いて報われることの無い貧しい車曳きのシャンズ(祥子)は、貧しい農村を離れきらびやかな都市部の工場で黙々と働き続ける現代の農民工と、さして変わるところが無い。

時は中華民国、戦争(政治)に明け暮れる政府、革命を叫ぶ知識人(学生)、どちらにも距離を置き、したたかに日々の労働に励む民衆…現代のシャンズたちはこれからの中国で報われていくのだろうか? 

シャンズが堕ちていったのは彼の誠実さと純朴さ故である。否、誠実さ純朴さのみならず、彼のそれらから来る頑迷さと無学も没落に拍車をかけた。シャンズは己の若さを過信し、そしてしたたかさが欠けていた。

上海からのニュースによれば「誠実」は「損をする」ということだと捉える人が圧倒的に多いという。現代のシャンズたちは『駱駝祥子』を踏まえてシャンズの轍を踏まぬ智恵を身につけているらしい。

「雨は金持ちの上にも降れば、貧乏人の上にも降る。善人の上にも降れば、悪人の上にも降る。とはいえ、雨はけっして公平とはいえぬ。もともとが不公平な世の中の上に降るからだ」(同書第18章)

先の四川省地震の被害を思い起こすにつけ、この言葉が胸に残る。そこに住む人々は金持ちも貧乏人も平等に地震で揺さぶられたが、その被害の多寡は「不公平な」現実によっていたからである。

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