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2010年6月

雨が空から降れば…

「たとえ飢えに苦しもうと、ここは田舎よりよかった。ここには見るものもあったし、聞くものもあった。光があふれ、音があふれていた。働きさえすれば、金はつぎつぎにはいってき、食おうが着ようがなくなることのないすばらしいものが無限にあるのだった。乞食だって、ここならほっぺたがおちるようなものにありつけるのに、田舎ではとうもろこしパンにしかありつけないのだ」(老舎著『駱駝祥子』第4章 立間祥介訳)

ひさしぶりに老舎の『駱駝祥子』を読んだのだが、およそ70数年前に書かれたこの文章は、いまの中国にぴったりと当てはまるではないか。

農村を離れ北平(現在の北京)で働きづめに働いて報われることの無い貧しい車曳きのシャンズ(祥子)は、貧しい農村を離れきらびやかな都市部の工場で黙々と働き続ける現代の農民工と、さして変わるところが無い。

時は中華民国、戦争(政治)に明け暮れる政府、革命を叫ぶ知識人(学生)、どちらにも距離を置き、したたかに日々の労働に励む民衆…現代のシャンズたちはこれからの中国で報われていくのだろうか? 

シャンズが堕ちていったのは彼の誠実さと純朴さ故である。否、誠実さ純朴さのみならず、彼のそれらから来る頑迷さと無学も没落に拍車をかけた。シャンズは己の若さを過信し、そしてしたたかさが欠けていた。

上海からのニュースによれば「誠実」は「損をする」ということだと捉える人が圧倒的に多いという。現代のシャンズたちは『駱駝祥子』を踏まえてシャンズの轍を踏まぬ智恵を身につけているらしい。

「雨は金持ちの上にも降れば、貧乏人の上にも降る。善人の上にも降れば、悪人の上にも降る。とはいえ、雨はけっして公平とはいえぬ。もともとが不公平な世の中の上に降るからだ」(同書第18章)

先の四川省地震の被害を思い起こすにつけ、この言葉が胸に残る。そこに住む人々は金持ちも貧乏人も平等に地震で揺さぶられたが、その被害の多寡は「不公平な」現実によっていたからである。

4年に1度のサポーター(笑)

4年ぶりのワールドカップが始まった。

無敵艦隊スペインは早々に黒星、アメリカは予想外の大健闘を見せ、日本はカメルーン相手にまさかの勝利ときた。イングランドGKのミスは見ていて辛いがこれも勝負だ。

アルゼンチンは韓国に貫禄勝ち、しかしわがドイツは2戦目でセルビアに黒星を喫す…得点王バラックが欠場に加えてクローゼ退場が響いた。ドイツサポーターとしてはちと不安だが今後に期待しよう。

オウンゴールはヤメてね

鳩山政権がこれだけ脆弱だとは思わなかった。首相が鳩山由紀夫で、幹事長、というか“黒幕”が小沢一郎という時点で、こりゃダメだ、長いことはないだろうと思っていたが…沖縄の基地問題といえば、大田昌秀元沖縄県知事の、あの底知れぬ迫力を思い出す。最果ての地からヤマトの首相に対して軍用地代理署名拒否という態度を示し、当時の橋本龍太郎首相と対峙したあの迫力は、今思えば相当のものであった。当時は橋本龍太郎もマンガチックな印象であったが、現在の鳩山由紀夫ら一連の政治家に比べたら、ずっとまともな面構えをしていたように思う。

で、鳩山由紀夫は、最後の最後に小沢“黒幕”一郎を道連れにするという手柄(?)を立てて退陣し、菅直人が新首相に就任することになった。新聞報道によれば菅直人新首相は実に16年ぶりに登場した非世襲の首相ということになるそうだ。この場合の非世襲とは、親が国会議員というだけでなく、親族にも議員(国会、県、市町村議会)がいない…つまり誰かの選挙基盤を引き継いでいないということ。

さて16年前の非世襲の首相は誰だったかというと、あの村山富市首相であった。思いもかけぬ政変から首相に任命されたものの、万年野党から一転して与党の領袖になったための心労に加え、阪神淡路大震災、地下鉄サリン事件という天変地異の試練を受け、ずいぶん大変だったと思う。今じゃ地元の爺様としてホントに普通に暮らしているそうである。

菅直人も市民運動からスタートして宰相になったということで、“庶民派の星的扱い”を受けているような気がする。でも菅直人が庶民派であるとしても、国家元首が庶民派でホントにいいんだろうか? かつて田中角栄が庶民派として国民の支持を受けたが、結局土建屋政治を日本に蔓延させた元凶という扱いだ。沖縄返還を成し遂げた佐藤栄作を意識したのか、日中国交回復の立役者として名を馳せたものの、ロッキード事件(アメリカ謀略説もあるが真相は不明)で政治生命を断たれてしまった。

菅直人も首相になったら、時には国民に嫌われるくらいの政治家にならねばダメでしょう。例えば増税を断行しても、その税金が、例えば福祉や教育最優先に確実に還元されるのであれば国民も納得する。願わくは短命内閣に終わることなく、地道に時に大胆に今後数年の日本政治をリードしてほしいものである。何しろサッカーの監督じゃあるまいし、短期間でコロコロと一国の首相が交替する事態に、国民は呆れるどころかもう絶望寸前なのである。

私は、首相の責務とはその国の国益を最優先に守ること、だと思っている。日本国民が、自国の国益よりも世界平和や地球環境を最優先することを望む、というならともかく、自国と他国のバランスを取りつつその国の平和や環境を維持しなければならない。まあ、こういうご時勢だから世界平和や地球環境を守ることも大切だけど、まずは自国の安定ありきだからね。さて菅直人首相、どうなりますやら。

21年前

「中国:天安門事件から21年 評価変えず」
 中国外務省の姜瑜副報道局長は3日の定例会見で、民主化を求める学生らを武力鎮圧した天安門事件(89年)について「(共産党・政府が)すでに明確な結論を出している」と述べ、評価を変えていないことを明らかにした。
 4日で事件から21年。犠牲者の遺族らは学生らの行動を「愛国運動」として再評価するよう求めているが、姜副局長は「中国の発展ぶりをみれば、(武力鎮圧が)中国の国情と最も幅広い国民の根本利益に合致していたことが分かる」と主張した。(毎日新聞 2010年6月3日)
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民主化を封じ込めて共産党の独裁を維持し、愛国教育の名の下に反日教育を推進し、急激な経済成長を押し進め上海万博開催にこぎつけた。だからあの時点での武力鎮圧は正しかった、というわけだ。

しかし、しかしなあ、あのときの中国を変革しようとしていた若者たちの情熱に、少しでも敬意を表することはできないものか…ま、するわけはないな。

私が出会った「80後(ba ling hou)」(1980年以降に生まれた世代。それまでの社会主義体制で育った世代と異なり、消費社会にどっぷり浸かった新人類と呼ばれる世代)の中国人たちは、北京五輪を誇らしげに語り、中国は世界の大国であることを誇りに思うと語る。私はそれに異を唱えるつもりはないが、彼らはおしなべて、より個人の世界に入り込んでいる印象がある。

彼らがこれからの中国を、よりよい国に変えていくことを、一人の中国ウォッチャーとして心から願う。

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