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2010年3月

円楽襲名披露興行

演藝研究会会長と末広亭前で落ち合うために新宿へ向かう。

どうせ並んでいるんだろうな、と思い乍ら行ったのだが、案の定長蛇の列。最後尾は末広通裏の喫茶『楽屋』の前で、ざっと人数を数えたら午後3時半の時点で約250人。こりゃ入れないな(苦笑)入れないことはないがずっと立ち見覚悟となる。後から来た会長と「立ち見はキツいね」ということになり、すぐに立ち飲み屋に行くことにした。

立ち飲み屋で行列を横目に焼きトンを齧って昼酒。延々と図書館問題を議論しつつビールと焼酎を飲む。やっぱり立ち見より立ち飲み(笑)

その後蕎麦屋に移動して蕎麦を手繰り、ビヤホール『ライオン』の上にある居酒屋で長崎の酒肴を楽しみつつ、図書館問題を延々と議論。

夜の9時過ぎ、会長に「iPodとは何か?」という説明をしている間、末広亭では六代名三遊亭円楽の高座が同時進行していたのだった。

武蔵小杉から武蔵小杉へ

2010年3月13日、JR横須賀線の武蔵小杉駅が開業し、JR南武線の武蔵小杉駅と連絡通路を通じて乗り換えが出来るようになった。
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まあ確かに「連絡通路を通じて乗り換え」はできるのだが、この連絡通路が長い。もともとJR横須賀線はJR南武線武蔵小杉駅の比較的近くを通っていたため、将来的にJR横須賀線に武蔵小杉駅を設置する計画はあったのである。

ちなみにJR南武線の鹿島田駅とJR横須賀線の新川崎駅は「300m」しか離れていないため、事実上乗り換え駅(改札は出なければならないが)と言える。これはJR南武線の稲田堤駅と京王線稲田堤駅も同様。

さあそれでは出発進行!
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JR南武線の武蔵小杉駅ホームから465m。
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あと405m
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成田にも高崎にも平塚にも行けるぞ。
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あと145m
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ようやくJR横須賀線ホームに到着。
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看板もピッカピカ。
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しかしこれだけ長い連絡通路だから、将来はここに商店街を設置するといいかもしれない。究極のエキナカだ(笑)定食屋と立ち飲み屋があったら絶対行くね、私。

東急田園都市線の車窓から

毎日東急田園都市線で通勤しているのだが、この路線、地味だけどなかなか面白い。

東急田園都市線は渋谷駅から中央林間駅(神奈川県大和市)を走る東京急行電鉄運営路線の総称。渋谷から東京メトロ半蔵門線に乗り入れて押上(東京都墨田区)まで運転されている。これもかつては水天宮前が終点だったのだが、押上まで延伸されたことにより東武伊勢崎線との相互乗り入れが可能となり、今では中央林間から東武伊勢崎線南栗橋駅(栃木県栗橋市)まで98.5キロもの長距離を走る編成がある。

さらに今まで大井町駅と二子玉川駅間を走っていた東急大井町線が、溝の口駅までの直通運転を開始したことにより、大井町線車輛もやって来る。だからホームでボケッと列車を待っていると、東急車輛の8500系、2000系、5000系、大井町線8090系、6000系、東京メトロの営団8000系、08系、東武線30000系、50000系と、まあなんとも様々な車輛がやって来る。

最新型のメタリックな東急5000系や大井町線6000系はあまり好みではなく、今となっては野暮ったい東急2000系や8500系のほうが好き。実は営団8000系のすっきりしたフォルムがいちばん好きなんだけどね。東武線車輛は北関東から出稼ぎに来ている感があって、最初はあの東武カラーに違和感があったのだが、最近は残業帰りの夜のプラットホームで東武線車輛がやって来ると「君たちは遥か南栗橋、東武動物公園の辺りからやって来たのだねえ…ご苦労さん」と肩を叩きたくなる。

終点の中央林間駅から歩いてすぐ小田急江の島線の中央林間駅がある。長津田駅ではJR横浜線、東急こどもの国線と、あざみ野駅では横浜市営地下鉄線と、溝の口駅では東急大井町線と乗り換えができ、また徒歩でJR南武線の武蔵溝ノ口駅がある。二子玉川駅では東急大井町線と、三軒茶屋では東急世田谷線に乗り換えができる。そして渋谷では東京メトロ副都心線の開通により改札を出ずに乗り換え可能となった。しかも副都心線は東武東上線と西武池袋線に乗り入れている。もしかしたら将来、西武線車輛が多摩川を越えてやってくるかも知れないな。

6.4級

台湾南部の高雄縣甲仙郷を震源地とするマグニチュード6.4の地震発生。臺灣高速鐵道(臺灣新幹線)も一時運行を見合わせたとのこと。

あの辺は昨年の8月に、記録的な集中豪雨による大規模な土石流災害で被害を受けたところだが、今度は地震の被害に遭うとは…地図を開いてみたら、高雄縣甲仙郷はあの小林村のあるところではないか。小林村は土石流によって村ごと流失してしまい、家族も家も故郷さえも瞬時に亡くしてしまった村民の悲痛な叫びは今も記憶に新しい。なんともはや運が悪いというか何と言うか…

新竹市に住む朋友にメールをしたら、揺れたけどこの辺は何ともないとのこと。まあ、臺北〜新竹〜臺中辺りが大地震に見舞われたら大変だ。

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