2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 花輪線 | トップページ | 蟹田から三厩へ »

陸奥湾周遊

といっても大湊線と津軽線に乗ったわけだが…

青森710発東北本線八戸行きに乗る。早朝の青森駅構内は薄く雪に覆われていたが、浅虫温泉から狩場沢の辺りまで来ると積雪が多い。青森駅では立っている乗客もいたが、矢田前でどっと高校生が降りてしまい、車内はすっかり空いてしまった。
Dsc_0596


野辺地で下りて大湊線キハ110系に乗り換え、終点の大湊を目指して下北半島を北上。有戸から吹越まではかなりの距離があり、車窓からは鉛色の陸奥湾を眺めることができる。それにしても荒涼とした風景である。
Dsc_0598


吹越から数人の客が乗り込み、陸奥横浜では数人が降りた。有畑、近川、金谷沢でも数人ずつ降りてゆき、むつ市の中心地に近い下北では殆どの乗客が降り、車内は一気にガラガラになってしまう。やがて陸奥湾に沿って進行方向内側にカーブしながら終点大湊に到着。粉雪が舞うプラットホームから陸奥湾と港が見える。いったん駅舎の外に出て大湊駅舎を見学。質実剛健といった風情だ。
Dsc_0607_2


待合室には石油ストーブが設置されていて乗車を待つ人々が暖を取っている。私が高校生の頃、地元の駅舎でも同じ光景があった。老いも若きも1時間に1本あるかないかの到着列車を待っていた。私も友人ととりとめのない話をした。やがて駅長が列車の到着を告げ、人々はのそのそと改札を抜けて雪に埋もれたプラットホームに出ていった。今ではその駅も寒々とした無人駅になり、かつての懐かしい光景は永遠に失われた。

さて大湊線の上り列車は大入り満員に近いほど混んでいた。それもそのはず、これは快速列車なので下北、陸奥横浜、野辺地にしか停車しない。青森や八戸に用がある人にはうってつけの列車なのだ。野辺地から奥羽本線に乗り換えて再び青森に戻る。
Csc_0938


青森に向かう奥羽本線は線路の状況が悪いらしく、定刻より数分遅れて青森に到着した。私はここから津軽線蟹田行きに乗り換えるのだが、青森到着が遅れたため構内を小走りで移動することになった。津軽線701系は、私とともに駆け込んだ数名の乗客を待って青森駅を静かに発車した。

こんどは陸奥湾を右手に見て蟹田へ向けて走り出す。郷沢を過ぎて瀬辺地辺りから海岸すれすれに走る。津軽平野の端っこというわけなのか、人家も集落もあり広々としているが、それほど寒々しいという印象は受けない。先ほどまでいた下北半島の、荒涼とした寒々しい光景とはあきらかに異なっている。陸奥湾を挟む下北半島と津軽半島は、同じ半島でもこんなにも様相を異にするのかと嘆息する思いがした。
Dsc_0676


蟹田は私にとっては蟹と太宰治の街である。ま、これも『津軽』の影響なのであるが、おそらくこの作品によって蟹田という地名は多くの読者に記憶されているのであろう。津軽線は青森から三厩直通の1往復を除いて青森から蟹田までの区間運転なので、ここから終点の三厩までは蟹田で乗り換える必要がある。乗り換えまでの間、何か売店でもないかと駅を出てみたが何もない。朝からのタイトなスケジュールのためおにぎりを二つしか食べていない。青森での乗り換え時間があまりなかったので食料の調達もできていないのである。私はいい歳をしていったい何をしているのであろうか(苦笑)

やがて蟹田行きのキハ40系が入線してきた。おお、これこそ東北の赤鬼、これに乗りたかったのである。しかしこれ、八戸の辺りを走っている赤鬼と違って頭の部分が赤くない。これも赤鬼なのであろうか。津軽の赤鬼とも言うべきキハ40系なのかもしれない。
Dsc_0625_2


« 花輪線 | トップページ | 蟹田から三厩へ »

鉄道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 陸奥湾周遊:

« 花輪線 | トップページ | 蟹田から三厩へ »