2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 蟹田から三厩へ | トップページ | 冬の五能線と太宰の宿 »

鉄道の記憶

今日は青森を発って秋田へ向かう。青森738発奥羽本線弘前行きに乗ると、巨大な新青森の駅舎が見えてきた。やがて東北新幹線がここに停車するようになるのである。そうなると青森駅は寂れてしまうのであろうか? 続いて津軽新城では青森行き列車の通過待ちで暫し停車。おお、この津軽新城の木造駅舎たるや実に味わい深い。長い津軽の風雪に耐えて来たのであろう。なんとがっしりと暖かな駅舎であろうか。ものの本によれば津軽新城駅は明治27(1894)年開業、駅舎も築100年を越えるというからお見事。次回は是非ここで下車してじっくりと歴史を味わってみたい。
Dsc_0692


浪岡でも青森行き列車の通過待ちで停車。浪岡といえば、私にとっては第59代横綱隆の里の出身地として記憶されている。「横綱隆の里、青森県南津軽郡浪岡町出身、二子山部屋」という場内アナウンスも耳に懐かしい。やがて列車は川部に到着。ここは五能線の終点でもある。ふと気がつくと五能線は奥羽本線の弘前方面から分岐している。あ、そういうことなのか・・・やがて難読駅名として知られる撫牛子を経て列車は弘前に到着。ここで1時間程待ち合わせて924発五能線深浦行きに乗るのである。
Dsc_0715


列車待ちの間に弘前駅に併設されている弘南鉄道弘前駅を見学に行く。見慣れた元東急車輛7000系がホームに停車していた。今回は時間が無いのだが、次回は弘南鉄道弘南線と大鰐線に乗らなければならない。
Dsc_0701


クリーム色の車体に青の帯をまとった五能線キハ40系が弘前駅を発車した。いったん撫牛子を経て川部まで戻りここから五能線に入り五所川原~鯵ヶ沢方面に向けて進行していく。ということはこの列車はここ川部の駅でスイッチバックするのである。先ほど川部の駅でこのことに気がついたので楽しみにしていたのだ。
Csc_0940


川部から五所川原までは津軽平野を粛々と進んでいく。天気が良いと岩木山が一望できるということだが、今日は生憎雲がかかっていて岩木山を眺めることはできなかった。五所川原で津軽鉄道ホームと津軽鉄道車輌をちらと見送って列車は大きく海側へカーブして木造を通過する。
Dsc_0717


木造と言えば、私にとっては1982年高校野球夏の甲子園大会で、佐賀商業高校のエース新谷博(後に西武ライオンズ)が、9回2死まで走者を1人も許さず、あと1人で完全試合達成というところで27人目の打者に死球を与え、惜しくも夏の甲子園大会初の完全試合を逃したものの、ノーヒットノーランを達成した対戦相手の木造高校がある町、として記憶されている。

« 蟹田から三厩へ | トップページ | 冬の五能線と太宰の宿 »

鉄道」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 鉄道の記憶:

« 蟹田から三厩へ | トップページ | 冬の五能線と太宰の宿 »