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2009年12月

桃太郎

天気が良いので洗濯をし、部屋を大掃除しながら…いや小掃除だな、まあいいや(苦笑)、一息ついて珈琲を飲みながら落語のCDを聴いた。昔昔亭桃太郎の『寝床』である。もうなんだかなあ、可笑しくて可笑しくてクスクス笑ってしまう。

義太夫を語るのが何より好きな大店の主人が、酒肴を用意して長屋の住人や番頭、手代など店の奉公人を集めて義太夫の会を開く。ところが主人の義太夫たるや、下手の横好きを通り越しており、この義太夫をまともに受けると衝撃で寝込んでしまったり、はなはだしきは死に到るという(笑)、まるで生物兵器のような義太夫なのである。『寝床』はこの主人の義太夫を巡って大騒動が起きるという噺。寄席でも落語会でもよく演じられる噺なのだが、これを昔昔亭桃太郎が演じるとどうなるか? 

かつて落語会でまともに桃太郎の『寝床』を聴いたことがあるが、そのときもクスクスどころかところどころで爆笑失笑を禁じ得なかった。「提灯屋はどうした?、来ないのか?、豆腐屋は?、ガンモドキの大量注文が入って来られない?、鳶のカシラはどうした?…」というお馴染みの段は、さらに「ローカル岡はどうした?、高田先生はどうした?、昇太はどうした?」と延々と続く。もちろんローカル岡(故人)は漫談家、「高田先生」は放送作家の高田文夫、「昇太」というのは弟弟子の春風亭昇太である。

昔昔亭桃太郎といえば、知っている人は知っている、知らない人はまったく知らない、故春風亭柳昇の惣領弟子で、今や日本を代表するベテランの新作落語家。その桃太郎が古典落語を演じるのだが、これがちゃんとした古典落語になっているところが凄い。ちゃんとした、どころか、古典落語の作法をきっちりと踏まえたうえで、桃太郎独自のダジャレの絨毯爆撃とくだらなすぎるギャグを散りばめて、余人の追随を許さない桃太郎落語に仕上がっているのである。

それなりに綺麗になった部屋の中でぼんやりと落語を聴く。また今年もせわしなく過ぎていき、また慌ただしい来年が来るのだろう。まあ、いいか(苦笑)

ダラダラと15年

いつの間にやら冷たい木枯らしがぴゅうぴゅう吹き始めた。早いものでもう師走も半ばである。今日は演芸研究会納会なので新宿へ。昨日までは寒かったのが嘘のように暖かい。甲州街道沿いの増田屋で蕎麦をたぐって演芸研究会会長と与太話。早くもビールと板ワサでいい気分である。

新宿末広亭の木戸をくぐると国分健二がドスの利いた声で漫談を喋っていた。今日は芸協(落語芸術協会)なんだなあ。三遊亭右紋、北見マキ(奇術)、古今亭寿輔、三笑亭夢太朗、桂歌若、三遊亭円丸……今日は桂南なん『河豚鍋』、トリの春風亭小柳枝『抜け雀』がよかった。大神楽の翁家喜楽が演じた卵の芸、これは立川談志が若い頃、奇術師のアダチ龍光が高座で演じたというあの演目だ。へえ、初めて観たなあ。立川談志の『談志楽屋噺』(文春文庫)にも書いてある。木戸が跳ねて表に出ると深夜寄席の開場待ちの長い行列が新宿通りまで続いていた。深夜寄席目当ての行列が長くなってきたな、と感じたのはいつ頃だったろうか。以前はせいぜい50人も来れば盛況、という感じだったのに。

会長と近所の焼肉屋で忘年会…「来年は名古屋に行こう」「ああ、大須演芸場か、いいかもね」「韓国に行くってのはどうだ」「寄席なんかあるのかよ(笑)」「そうだなあ…金正日のそっくりサン芸人なんかいるんじゃない?」「平壌放送の女性アナウンサーの形態模写芸人なんかもいるかな」「あとは射撃場だな」「行くなよ、そんなとこ(苦笑)」「いま釜山が『熱い』ってね」「熱すぎだ」「焼肉は必須だよなあ、釜山焼肉…、あっという間に焼けます」「おいおい」…ロクな会話じゃない。

こんなダラダラとしまりのない演芸研究会もすでに15年続いているのであった。

Dsc00203

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