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2009年11月

駅舎の記憶

早朝から長野新幹線に乗って上田へ。今日は上田交通別所線の魅力的な駅舎を探訪するのである。

まずは終点の別所温泉の手前、八木沢で下車。別所線の駅で古い駅舎が残っているのは別所温泉、中塩田とここ八木沢である。水色のペンキがいい具合に色褪せている。早朝の薄曇りだが夏の午後あたりだと雰囲気がありそうだ。
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別所温泉から折り返して来た列車に乗って中塩田で下車。きれいに修復されているが駅舎じたいは昔ながらだろう。事務室は閉鎖されており、切符売り場の痕跡しか残っていないが、広々とした待合室はかつての風景を彷彿とさせる。
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上り列車に乗って大学前で10分ほど待ち、下り列車で終点の別所温泉に向かう。別所温泉は昔ながらの駅舎が残り事務取扱いもしている。駅舎は中塩田と同形で、これが別所線駅舎の標準だったのであろうか。
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しなの鉃道で小諸。駅前の食堂で昼食を取ってから小諸始発の軽井沢行きに乗る。
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軽井沢の大賀ホールで親友つたえつが所属する「マンドリン合奏団 玄」の演奏会。開演前のロビーでずいぶんとひさしぶりに古い親友のタマコに会う。

バレエ組曲「眠れる森の美女」ワルツ
交響曲第9番「新世界より」第2楽章
歌劇「魔笛」序曲
交響譚詩 第一譚詩
彷徨える霊〜間奏曲〜
幻想曲「華燭の祭典」

演目で印象に残ったのが伊福部昭の「交響譚詩 第一譚詩」だ。近代日本音楽史に聳え立つ巨人、伊福部昭(1914〜2006)は北海道出身。幼い頃よりアイヌ音楽や文化習俗に親しみ、土俗的かつ民族主義的な重厚なオーケストレーションを得意とした。特撮SF映画音楽も得意とし『ゴジラ』(1954)の音楽も担当している。

今回演奏されたこの作品はその他の演目とは異色の雰囲気、おお、ここには『ゴジラ』のモチーフがふんだんに盛り込まれている。土俗的なリズムとリフレインのなかにエンターテインメント要素もある。ロシアと蝦夷はやはり相通じるものがあるのかなあ。

タマコと軽井沢駅のカフェで暫し歓談。赤ん坊だった息子は高校1年生だそうな。今回つたえつはこちらも同じ高校1年生の息子と舞台で共演。嗚呼、光陰矢の如しとはまさにこのことである。呵々。
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鐵路便當

臺灣では駅弁(便當)を食べるのも楽しみのひとつ。もちろん日本のようなバラエティに富んだ駅弁はなく、ほとんどがパターン化されている。豚角煮または排骨肉(揚げたバラ肉)、香腸(ソーセージ)、揚げた豆腐、ゆで卵、炒めた野菜、高菜漬けなど、だいたいこういうものがご飯のうえにどかん、と乗っている。これは臺灣何処に行ってもだいたい同じである。ただし日本の駅弁と決定的に違うのはご飯もおかずも暖かいこと。これは嬉しい。どうも列車の運行ダイヤに合わせて作っているらしい。乗客はもとよりお昼時だと乗務員も買っている。ときどき先頭車輛で車掌のオッチャンがワシワシと便當をかっこんでいる風景が見られる。


福隆駅の便當売り風景
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ここは『福隆便當』という有名な駅弁があり乗客はだいたい買い込んでいる。


瑞芳駅の便當売り
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ここでは若い便當売りの「べーんとー」という売り声が聞ける。なんだか懐かしい…

ああ、便當食べたいなあ…

床屋のチントンシャン

森繁久彌が96歳で大往生したわけだが、きっとこれからミニシアターやBS、CSでは森繁映画特集が企画されるだろう。

『社長シリーズ』『駅前シリーズ』『次郎長シリーズ』といった定番から東宝、新東宝、東京映画、日活などのカルト作品、『夫婦善哉』『猫と庄造とふたりのをんな』『小早川家の秋』といった文藝作品、映画産業が斜陽になった70年代以降の『小説吉田学校』とか…作品を選定するだけで骨が折れるだろうなあ。

楽しさとバカバカしさでは『駅前シリーズ』に軍配があがるが、笑いのなかにシニカルな視点がある『社長シリーズ』も良い。『喜劇駅前旅館』は井伏鱒二の原作をもとに豊田四郎監督が当時の風俗を大胆に取り入れた意欲作。もちろん原作者の井伏鱒二は大激怒したそうである。映画と原作は別物だから怒るこたぁないのだが、当時の小説家は権威があったからしょうがないだろう。その後の『駅前シリーズ』は森繁・伴淳三郎・フランキー堺のトリオに三木のり平が絡んでどんどん脱線していく。

『喜劇駅前飯店』では中華街の華僑に扮し怪しげなポコペン言葉を駆使して大騒動。ゲスト出演した当時売り出し中の王貞治に向かって、床屋に扮した三木のり平が「ワタシ、床屋ノチントンシャン、王サンノ頭刈リタイヨ!」と迫るところはいつ観ても吹き出してしまう。

しかし森繁久彌、伴淳三郎、フランキー堺、三木のり平、加東大介、山茶花究、みんな逝ってしまったのだなあ…健在なのは淡島千景、淡路恵子、小林桂樹……嗚呼、昭和は遠くなりにけり…

ところで『スラバヤ殿下』『グラマ島の誘惑』『伴淳・森繁の糞尿譚』などは、映画館ならともかくテレビ放映はできるのだろうか?

堤さんちの晩酌

昨晩は嵐かと思うような木枯らしが吹き寒さに震え乍ら帰宅。今日は朝から空気がひんやりとして気持ち良い。そろそろ立冬だから一足早い冬晴れってところか。

ふらりと神保町に出かけて古書店巡り。今日は神保町古本まつりの最終日ということで、靖国通り沿いには古書店の露店が立ち並び通り抜けるのもひと苦労だ。血眼になって古本を探すような情熱もすっかり薄れてしまったなあ。ひとまずぶらりと古書店巡りでもしよう。

小宮山書店で獅子文六の『海軍』を見つける。ひとまずこれを買おうと棚から抜いたら、すぐ近くに『箱根山』を見つけてしまう。数年前に巻き起こった獅子文六マイブーム再燃か?と思う間もなく持病の発作が起きてしまった…

獅子文六『海軍』(中公文庫)、『箱根山』(講談社大衆文学館)、今日出海『山中放浪』(中公文庫)、カフカ『ある流刑地の話』(角川文庫)、小松左京『地球になった男』(新潮文庫)、幸田文『闘』(新潮文庫)、佐伯一麦『ア・ルース・ボーイ』(新潮文庫)、ジョンストン『紫禁城の黄昏』(岩波文庫)、平山蘆江『蘆江怪談集』(ウェッジ文庫)、秦孝治郎『露店市・縁日市』(中公文庫)、朝日新聞新潟支局『越後の停車場』(朝日新聞社)、宮脇俊三/原田勝正編『奥羽・羽越JR私鉄1800キロ』『関東JR私鉄2100キロ』(小学館)、月刊カドカワ編『少女漫画家は眠れない:私の日常生活1』(角川文庫)、芳崎せいむ『鞄図書館』(東京創元社)、小池昌代編著『通勤電車で読む詩集』(NHK新書)、竹内一正『グーグルが本を殺す』(飛鳥新社)、稲葉振一郎『経済学という教養』(ちくま文庫)、橋本健二『「格差」の戦後史:階級社会日本の履歴書』(河出書房新社)、『四元康祐詩集』(思潮社)……

古本新本取り混ぜて以上が本日の収穫。いつものことですが病気です、病気。

小松左京の短編集は新潮文庫や角川文庫でたくさん出ていたのに、今ではすっかり絶版になってしまったなあ。私が中学生の頃は小松左京、筒井康隆、星新一、眉村卓、光瀬龍と日本SF黄金時代の名作・傑作がふんだんに読めた。おかげでハマったハマった。現在は角川春樹のハルキ文庫で過去の傑作群が復刊されているのでそちらでも読めるのだが、やはり新潮文庫版の装幀や手触りが懐かしい。

『少女漫画家は眠れない:私の日常生活1』は、昭和60年から『月刊カドカワ』に連載されていた、当時の女性著名人の日記をまとめたもの。執筆陣は楠田枝里子、大貫妙子、矢野顕子、沢口靖子、山田詠美、戸川純、原律子、松苗あけみ、新井素子、群ようこ、氷室冴子、黒木香、EPO、松任谷由実……黄金の80年代です。他には堤麻子(西武グループ・堤清二代表夫人)石原典子(石原慎太郎夫人)、大宅映子、芳村真理に宇野千代女史まで登場。堤麻子は、主人(堤清二)を門まで送り、経営に携わっていた六本木WAVEにあるカフェバーに行き、地唄舞の勉強会の準備をし、帰宅した主人(少々ゴキゲン)といつもどおり、二人でビールをお飲みになられている。優雅ですねえ。

凄いラインアップだなあと思っていたら、当時の『月刊カドカワ』編集長は見城徹(現在の幻冬舎社長)だった。なるほどねー、と納得する文化の日でありました。

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