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サヨンの鐘

蘇澳から一駅の蘇澳新で降りて北廻線に乗り換える。蘇澳新はかつては南聖湖という駅だったそうだ。北廻線は主に自強號、莒光號、太魯閣號など特急列車が頻繁に往来するが區間車(普通列車)はあまり運行しない。
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複雑な地形のため海沿いや断崖絶壁、トンネルと車窓もバラエティに富んでいる。二年前には絶滅寸前の普快車に乗って花蓮まで行ったが、普快車の旧型オンボロ車輛での旅は今でも忘れがたい思い出である。
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(2007年夏に乗った普快車の車内)


もちろん北迴線での普快車運行は消滅しており今回はお馴染みのEMU500區間車での旅。蘇澳新を発車して永楽ー東澳ー南澳を過ぎて無人駅の武塔で下車。ここに何があるのか全然知らないのだが地図を見て武塔から南澳まで散策するのもいいかな、と思っていたのである。
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さて武塔であるがここは無人駅であるどころか駅舎すら無い。断崖絶壁の下にあるホームから外に出ると夏草そよぐ殺風景な所だった。一緒に下車した都会から来たらしい若者の一団がいたがキャンプにでも来たのだろうか。
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あてもなくうろうろと歩いているうちに北迴線の高架の先にある小さな集落にたどり着いた。歩いているうちに堤防らしき所の上にある小さな石碑が目に留まった。碑文には「愛国乙女○○遭難之碑」とあるが、うーん、何だろうこれ? なんで○○の部分が削り取られているのだろう? 
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夏の暑さにぼおっとし乍らまた歩き出す。武塔の駅に戻り更に南澳方面に進むと『莎韻紀念公園』という小さな公園があった。
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「莎韻之鐘」??? ああ、これは『サヨンの鐘』だ! そうかあ、するとさっきの石碑は「愛国乙女莎韻(サヨン)遭難之碑」だったのか! 
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昭和13(1938)年、南澳の辺りに駐在していた日本人の巡査に召集令状が届いた。彼はふだんから現地の人たち(当時は高砂族と呼ばれた臺灣原住民)の面倒をよく見ていたため村人から慕われていたそうである。彼が村を出るときに見送りに同行した青年たちのなかにサヨンという少女がいた。ところが悪天候の中、サヨンは足を滑らせて激流に転落し命を落としてしまう。この事件が愛国美談として伝わりサヨンを讃える石碑が建てられた。
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さらにこの美談は『サヨンの鐘』という流行歌(詞:西条八十/曲:古賀政男/歌:渡辺はま子)になり李香蘭主演で映画化(1943年)もされた。戦後、国民党支配下にあってこの石碑も「植民地時代の象徴」として碑銘を削られ川底に捨てられてしまったのだが、近年の民主化とともに石碑も川底から引き揚げられ元に戻されたのだという。そうかあ、それで○○の部分が削られていたのだな。

『サヨンの鐘』の故事は知っていたがまさかここに石碑や公園があるとは知らなかった。適当に降り立った駅からこういうドラマにたどり着くとゾクゾクするなあ。こんなところにも臺灣と日本を巡る近代史が脈々と生きているのである。
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