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王さんの映画

臺北のDVDショップで『感恩歳月(Honor Thy Father)』(1990)というDVDを見つけた。コレは何かというとあの王貞治の伝記映画だ。正確に言うと王さんの父、王仕福の伝記映画であり、王家の伝記映画でもある。原作は王さんの母、王登美著『ありがとうの歳月を生きて』なので、王さんファンにはたまらない映画。私はタイガースファンでアンチジャイアンツなのだが、王さんは別。


昭和15(1940)年、東京の下町墨田区で「五十番」という中華そば屋を営んでいた王仕福(午馬)と登美(鈴鹿景子)のあいだに双子が誕生、姉は広子、弟は貞治と名付けられた。すくすくと育つ広子に対して貞治は病弱で両親を心配させていた。ある日貞治は高熱を出し医者にも匙を投げられた両親は途方に暮れて帝釈天の住職から祈祷をしてもらい奇跡的に貞治は回復した。ところが貞治が1歳半になった頃、姉の広子が悪性の麻疹で急死、その後広子の魂が乗り移ったかのように貞治はメキメキと元気に育っていく。

やがて戦争が終り兄の鉄城(梁修治)の影響もあって貞治(馬景濤)は野球にのめり込んで行く。地元の野球チームで「王というすごいヤツがいる」と噂になった頃、ある日の試合中に一人の男が姿を現した。男の名は荒川博(石雋)。当時毎日オリオンズ(現在の千葉ロッテ・マリーンズ)の選手であり実家が浅草だった荒川はスカウトの意味も込めて少年野球チームに注目していたのである。荒川は王が左投げなのに右打席に立つのが気になり、試合中にもかかわらず左打席で打ってみるよう指導…この演出はやり過ぎかなと思ったが事実(鈴木洋史著『百年目の帰郷 王貞治と父・仕福』)である。首を傾げ乍らも素直に従った王は強烈なヒットを打つのであった。後に一本足打法を生み出す師弟コンビの邂逅である。


王仕福は中華民国(当時)浙江省青田縣から日本へやって来た。死にものぐるいで働いて小さい乍らも自分の店を持ち日本人の登美と所帯を持った。長男の鉄城はじめ子どもたちにも恵まれた。戦争中は苦労もしたがしたたかな仕福は空襲で焼けた店も戦後に復興させた。仕福の夢は兄の鉄城を医者に、弟の貞治を電気技師にして故郷に連れて行き、故郷のために恩返しをするというものだった。

兄の鉄城は仕福の期待どおり慶應大学医学部に入学しやがて医者になったが、弟の貞治は野球に夢中になり周囲も認める才能を開花させつつあった。最初は貞治の野球狂いに渋い顔をしていた仕福だったが、やがて貞治が早稲田実業に入学し甲子園大会で大活躍するようになると、近所の人々とともに貞治の活躍に目を細めるようになる。


仕福を悩ませたのは家族の国籍である。言うまでもなく仕福は中国人、妻の登美は日本人だ。前述の『百年目の故郷』によれば、中華民国籍だったのは仕福だけで、登美と子どもたちは日本国籍のままだったという。もちろん戦前の日本に於いて中華民国籍による不利益を被ることを回避するという理由もあった。しかし戦争が終り登美の兄弟が相次いで戦死、戦前に両親もこの世を去っているため、登美は子どもとともに仕福と同じ中華民国籍を取得したという。

戦争中も中国人、支那人と侮蔑の言葉を投げつけられることもあったが仕福はじっと耐えてきた。しかし戦争は終り中国人は戦勝国民になった。もちろんそれで増長する仕福ではない。仕福の夢は子どもたちを故郷のために働く人として育てあげることであった。王家はみな中華民国籍になり仕福の夢は一歩前進したかに見えた。しかし兄の鉄城は中華民国籍という理由で慶應大学医学部の試験を受けられない。仕福は医学部を訪ねて平身低頭し受験させてくれるよう頼み込む。甲子園大会で活躍した貞治も「日本国籍を有するもの」という大会規則に阻まれ秋の国体に出場できなかった。仕福は悩み兄の鉄城を訪ねて勤務先の大学病院に行く。


「ワシはおまえたちに国籍のことで迷惑をかけているのかな、ワシはどうすればいいんだろう・・・」苦悩する父に鉄城は困惑するが、父さんが貞治のことを想っているならプロ野球選手にしてはどうだろう、プロ野球なら国籍なんか関係ないさ…でも貞治を技師として祖国に連れていくという父さんの夢は…と呟いた。わかったよ、それじゃあな、と立ち去ろうとする父に向かって鉄城は叫ぶ。「父さん、ホームランを打てば日本人も中国人も関係ないよ。立ち上がって手を叩く観客には国籍の区別なんかないんだ!」心無しか安堵の表情を浮かべて帰路に着く仕福。

そして貞治は読売ジャイアンツに入団するがプロの壁に阻まれてなかなか芽が出ない。そこにジャイアンツの打撃コーチに就任した荒川が現れた。荒川は王を徹底的に鍛える。何千回もバットを振ったため足下の畳が擦り切れた…精神集中のための日本刀での素振りなど、伝説の猛練習が再現される。ついにあの一本足打法が完成。下町の野球少年は世界のホームラン王へと成長してくのであった。


臺灣映画なので登場人物(日本人)が全員中国語を話しているとか、ロケ地がどう見ても東京の下町ではない(京都みたいだ)とか、「日本」をアピールするためか、何かというと村田英雄の『王将』(考えようによってはいい選曲)がバックに流れるとか、荒川博が目つきの鋭い求道者みたいだ(実際の荒川博は中小企業の課長みたいな人)とか、貞治が甲子園から凱旋してくる小さな小さな「上野駅」(どこのローカル線だよ)とか…いろいろとツッコミどころは満載。

王仕福が日本にやって来た背景とか、戦後の中華民国と中華人民共和国の政治的対立とか、そういう生々しいところは描かれていない。もっと詳しく描いてもよかったかな、とも思う。でもなぜか私は観ているうちに涙が滲んできた。国籍のはざまで揺れ動く王仕福。家族を愛して止まない王仕福。望郷への想い断ちがたい王仕福…お涙頂戴のホームドラマと言ってもいい映画なのだが、とても暖かい気持ちになる映画。興味があれば是非ご覧あれ……と言ってもDVDを入手するほかにまず観られる機会はないけど(苦笑)

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コメント

はじめまして

王さんのファンの者です。そのDVDは日本の再生装置で観られますか?教えて頂けましたら幸いです。

やりちゃん様

はじめまして。
これはDVDなので再生可能ですよ。うちのDVDプレイヤーが調子悪いので、いつもパソコンで観ていますが、何も問題ありませんでした。手に入るといいですね。

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