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私たちが諦めたもの

ジョン・クラカワー『荒野へ』(集英社文庫)を読む。

本のカバー写真を眺める。廃車になったバスが半ば雪に埋もれている。バスの後方には葉を落とした針葉樹が寒々と立っている。そしてアラスカ山中にあるこのバスの中で一人の青年が死んでいた。

ワシントンDC近郊の裕福な家庭に生まれ育ち優秀な成績で大学を卒業した青年は、大学を卒業してから家を飛び出しアメリカの各地を放浪してアラスカにたどり着いた。周囲と折り合いをつけることが苦手な、夢と理想に充ちた青年が、欺瞞と不条理な現代社会に背を向け、理想郷を大自然と荒野に求めて放浪の旅に出る。文字通り「青年は荒野をめざ」したのである。しかし幾つかの偶然と幾つかの必然が青年の人生に終止符を打った。

青年はなぜアラスカの荒野で死んだのか? 青年はなぜ荒野をめざしたのか? 青年を知る人々はみな彼を愛し、家族もまた青年を愛していた。しかし青年は彼らを愛していた(はずだ)が彼らのもとに留まることは好まなかった。周囲と折り合いをつけることが苦手な青年にはありがちなことである。著者はこの青年の人生をたどり、また自らの人生を重ね、そして感情に流されることなく、冷静に丹念にこの事件を掘り起こしていく。

この青年の行動に対しおそらく多くの読者は「自己責任」という言葉を想起するだろう。しかしやがて「この青年は私だ」と感じるようになるだろう。だからこそ当時この事件を報道したジャーナリズムに対して、青年の行動は無軌道で軽率で世間知らずのお坊っちゃん、という非難の声をあげた。たぶんこの青年の姿にかつて誰もが持っていた、そして大人になる過程で心ならずも諦め棄て去った「宝物」が垣間見えたからだろう。

青年というのはたいがい「無軌道で軽率で世間知らずのお坊っちゃんお嬢ちゃん」だ。ただその程度が個々に異なるだけで、だからこそ大人は青年の馬鹿げた行動に対して、半ば呆れながらも結局そのほとんどを許すのである。それは、今は慎重で世知に通じていると自認する大人はみんな「無軌道で軽率で世間知らずのお坊っちゃんお嬢ちゃんだった青年の成れの果て」だからだ。この本は年齢を超えた多くの人に読まれなくてはならない。

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コメント

管理人様

初めまして。
ネットサーフィンしている内に、管理人様が2003年8月10日に書かれた【女岩窟王】(1960新東宝) について書かれたエッセイに辿り着きました。
その中に「昭和の怪人・ホラ吹きコラムニストこと故久保田二郎は、戦前の湘南にはコカ・コーラもサーフィンも、今あるものはたいていあったんだ、と著書のなかで書いていた。」という一文がありました。
この久保田二郎の著書を知りたいと、手に入る文庫本を数冊購入してみたのですが、いずれも該当するものではありませんでした。
この原著を是非読んでみたく、タイトルをご教示いただけないでしょうか。大変失礼なお願いですが何卒よろしくお願い申し上げます。

ちうり様

お探しの本は『極楽島ただいま満員』(晶文社, 1976年初版)…私の記憶では文庫化されていないと思います。引用元は『キングコング』と『にんじん』と『どりこの饅頭』(同書 p78-108)です。ただ私の一文は正確な引用ではなく凄く大ざっぱに書いているので、ちうり様がご希望の内容と一致するかどうかは保証できかねます(スイマセン…)

久保田二郎が戦前の鎌倉由比ガ浜の、夏の浜辺はとても賑わっていた…という、とても素敵な、そしてどこまで本当なのかわからない話を展開しています。考証してみると面白いかもしれませんね。

手に入る文庫本というと『手のうちはいつもフルハウス』『最後の二十五セントまで』『そして天使は歌う』(いずれも角川文庫)あたりでしょうか。いまこういうハイブロウなウンチクをおもしろおかしく展開するコラムニストっていなくなりましたね。

古書店、アマゾン、あるいは公共図書館でも意外と所蔵していたりします。こんな回答でよろしいでしょうか?

管理人様

早々に御丁寧なご回答をいただきありがとうございました。
先ほどアマゾンで古書を見つけましたので早速注文致しました。
届くのが楽しみです。
重ね重ね本当にありがとうございました。

管理人様

『極楽島ただいま満員』がようやく手に届いたので、早速「『キング・コング』と『にんじん』と『どりこの饅頭』」に目を通しました。ところが。。。何度読み返しても「コカ・コーラ」に関しても記述が見当たりません。
実は、当方、戦前の日本におけるコカ・コーラについて長年調査をしておりまして、この新たな情報を目にして勝手な期待をしておりました。
管理人様は「私の一文は正確な引用ではなく凄く大ざっぱに書いている」とおっしゃっておられますが、戦前のコカ・コーラについて何らかの情報をお持ちだからこそ久保田二郎のこの著作をお読みになり「戦前の湘南にはコカ・コーラもサーフィンも、今あるものはたいていあった」と解釈することが可能であったのではないか、と察します。
どんな小さな情報でも結構でございますので、ご紹介いただけると大変ありがたく、しつこくて恐縮ではございますがよろしくお願い申し上げます。

ちうり様

ちと留守をしておりました。

そうでしたか…私のいいかげんな記事のせいでご迷惑をおかけしております…m(_ _)m

高村光太郎の初期の詩にコカコーラという言葉が出てきたのを記憶しておりますが…
これは有名なエピソードですね…何かとごっちゃになっているのかも…

記憶を整理してみます。
あまり期待しないでお待ちください。

管理人様

お返事ありがとうございます。
気長にお待ちしますのでよろしくお願いします。

管理人様
ご無沙汰しております。
その後、何か思い出されたことはございますでしょうか。
どんなことでも良いのでお知らせ下さい。
よろしくお願い致します。

ちうり様
ご無沙汰しております。
いいかげんな記事でご迷惑をおかけ致しまして恐縮です。
時折記憶をたどっているのですが出てきません。
たまに古い資料を調べたりもしているのですが、
何かわかりましたらお知らせ致します。
ご専門に調査なさっているとのこと、
お役にたてるかわかりませんが…

管理人様

ありがとうございます。
私もその後ずっと「湘南」のキーワードを元に、茅ヶ崎や鎌倉、横須賀に至るまで心当たりの資料に目を通しているのですが、未だ何も良い情報を得られていません。
引き続きお力添えを頂きたくよろしくお願い致します。

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