2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

私たちが諦めたもの

ジョン・クラカワー『荒野へ』(集英社文庫)を読む。

本のカバー写真を眺める。廃車になったバスが半ば雪に埋もれている。バスの後方には葉を落とした針葉樹が寒々と立っている。そしてアラスカ山中にあるこのバスの中で一人の青年が死んでいた。

ワシントンDC近郊の裕福な家庭に生まれ育ち優秀な成績で大学を卒業した青年は、大学を卒業してから家を飛び出しアメリカの各地を放浪してアラスカにたどり着いた。周囲と折り合いをつけることが苦手な、夢と理想に充ちた青年が、欺瞞と不条理な現代社会に背を向け、理想郷を大自然と荒野に求めて放浪の旅に出る。文字通り「青年は荒野をめざ」したのである。しかし幾つかの偶然と幾つかの必然が青年の人生に終止符を打った。

青年はなぜアラスカの荒野で死んだのか? 青年はなぜ荒野をめざしたのか? 青年を知る人々はみな彼を愛し、家族もまた青年を愛していた。しかし青年は彼らを愛していた(はずだ)が彼らのもとに留まることは好まなかった。周囲と折り合いをつけることが苦手な青年にはありがちなことである。著者はこの青年の人生をたどり、また自らの人生を重ね、そして感情に流されることなく、冷静に丹念にこの事件を掘り起こしていく。

この青年の行動に対しおそらく多くの読者は「自己責任」という言葉を想起するだろう。しかしやがて「この青年は私だ」と感じるようになるだろう。だからこそ当時この事件を報道したジャーナリズムに対して、青年の行動は無軌道で軽率で世間知らずのお坊っちゃん、という非難の声をあげた。たぶんこの青年の姿にかつて誰もが持っていた、そして大人になる過程で心ならずも諦め棄て去った「宝物」が垣間見えたからだろう。

青年というのはたいがい「無軌道で軽率で世間知らずのお坊っちゃんお嬢ちゃん」だ。ただその程度が個々に異なるだけで、だからこそ大人は青年の馬鹿げた行動に対して、半ば呆れながらも結局そのほとんどを許すのである。それは、今は慎重で世知に通じていると自認する大人はみんな「無軌道で軽率で世間知らずのお坊っちゃんお嬢ちゃんだった青年の成れの果て」だからだ。この本は年齢を超えた多くの人に読まれなくてはならない。

正しい国際交流

佐藤亜紀『外人術』(ちくま文庫)を読む。

「『外人』などと言うやばい語を題に使ったのは他でもない、世の中にはどうしても理解できない事柄が幾つか存在するが、そのうちのひとつに、新聞の投書で『外人と呼ばないで欲しい』と訴える外人の存在があるからである。何年暮らしても日本人として扱ってもらえないのは確かに辛かろう。悲しいかもしれない。が、これはそもそも最初の意図に誤りがあるがゆえの故の哀しみであって、どこの誰であろうと、余所の国へ行ったら何十年暮らしても外人なのである。日本だけが特殊と思ってはいけない」…いきなり冒頭からこう宣言されてしまったら反応は三つ。

1 なんて酷いことを言うのだこいつは! 
2 マジメに暮らしている外人さんがかわいそう! 
3 ああ、そうだなあ、そのとおりだなあ 

私はもちろん3である。なぜか。それは論理的に正しいから。だから読んだ。うーん、これは面白い旅行記であり旅のガイドブックであり旅行論である。

金のない外人はただの不良外人である/善良なる国際交流がうっとうしいむきは、二等車には乗るな/善良な人々との諍いの物語/観光地でもない村で英語を話す奴は怪しい/外国で友達を作ろうと思うな/ヨーロッパ圏での英語は日本並にしか通じない/重要なのは、語学なしで意思を疎通させる技術および覚悟である…目次を眺めるだけでますます面白そうだ。

要するに(要するな、と著者には罵られるだろう)旅には日常から離れることに起因する期待と憧れが付帯しているのだが、ゆめゆめ過大な期待と憧れを持ってはならず、多少の期待と憧れとともに常に冷静でなければならない、ということが、著者の豊富な経験及び一流のレトリックを駆使して綴られているのである。だからこれを読んで怒ってはいけない。別に本の内容についてどのような感情を持とうがそれは読者の自由だが、できれば怒らないほうが面白いし役に立つ。これ、国際交流の教科書にしてもいいな。

空に向かって立つ梨の木

内堀弘『ボン書店の幻 モダニズム出版社の光と影』(ちくま文庫)を読む。

「1930年代、自分で活字を組み、印刷をし、好きな本を刊行していた小さな小さな出版社があった。著者の顔ぶれはモダニズム詩の中心人物北園克衛、春山行夫、安西冬衛ら。いまその出版社の記録はない…」という惹句が読書欲をそそること夥しいではないか。しかも著者は古書マニアには有名な『石神井書林』の店主でもある内堀弘。これは読まずにはいられない。

カバーに配されているボン書店の刊行物の装幀がなんとも昭和モダニズムの香りに溢れてセンスが良い。ボン書店の経営者は鳥羽茂。故郷岡山で中学生の頃から詩作を始め、上京して慶応義塾に学ぶも中退してボン書店を興した。出版社といっても鳥羽と妻ふたりだけという殆ど家内制手工業である。北園克衛や安西冬衛という、現在でも親しまれている詩人たちの詩集を刊行した鳥羽茂のポリシーは、自分が出したい本を出す、というその一点であったろう。まさに出版人の理想郷であると同時にいずれ経営が行き詰まることは明々白々だ。

内堀弘は殆ど知られることがないボン書店の関係者を丹念に訪ね歩き、鳥羽茂が出版した趣味の良い本を求め続けこの本を上梓した。一人の理想に燃えた若き文学青年の光と影、ドラマは戦前の東京と岡山を彷徨う。そしてまさにドラマのようなエピローグ。本好きなら読まねばならない一冊だと言えよう。

日々の戯れ

横浜に行く途中でシウマイ弁当を買って電車の中で食べる。何処の田舎者だ…でも美味しいから好きです。
Dsc06278


ごぞんじ玉川カルテット…でも初代リーダーはすでに逝き、他のメンバーも老けたなあ。(横浜にぎわい座にて)
Dsc06281


桜木町で食べたサザエの壷焼き。巻貝って身が途中で切れちゃうのがイヤなんだよな。でも美味しかったっス。
Dsc06283_2


夕暮れのお台場でガンダムにお参りする群衆。私的には夕暮れに立つ等身大ウルトラマンがよかったな。もしくはちゃぶ台をはさんで座るウルトラセブンとメトロン星人(笑)
Dsc06310

夕焼けガンダム

今年も国際ブックフェアに行ってきた。筑摩書房のブースで大量に本を仕入れたりしてブラブラする。「今日は我が社の本が2割引でーす!」という声があちこちから聞こえてくる。再販制なんか止めればいいのに…

仕事を終えた友人一家と落ち合い国際会議場を後にしてお台場へ向かう。なぜ私たちは夕暮れのお台場へ向かうのか?それはそこに等身大ガンダムがいるからだっ…て別に私はガンダムには何の思い入れもないのだが(笑)

いつの間にか小学生になった友人の息子トシ君は、成長した分だけ私に対して素っ気ない(苦笑)まあそんなもんだろうな。

「おまえガンダム知ってるのか?」
「…知ってるよ」
「好きなのか?」
「…別に」
「…(苦笑)」

それに対して妹はいつのまにかお喋りで勝ち気な子どもになっていた。
「ガンダムかっこいいよ! ガンダム大きいネ! ガンダムこわい!」
とてもかわいいんだけど…絶対わかってないな、まあまだ赤ん坊同然だし。

友人たちの晩餐にヘンなオヤジが紛れ込んでワイワイ騒ぐ。トシ君がクワガタムシやカミキリムシの話をしてくれたので、虫取りの裏技をいろいろと教えてあげた。オジサンたちは子どもの頃に大きなヘビを捕まえて遊んでいたんだぞ、という話をしたら「…ヘビ、こわい…」と怯えていた。わはは、やっぱり子どもだなあ。オジサンはホントはバカなんだからね。新橋駅でトシ君と仮面ライダーごっこをしたら息があがる。うーむ…

別れ際、トシ君が手を振って「オジサン、また来てね!」と言ってくれた。
私も手を振って「おお、オジサンはまた来るぞ」と挨拶をかわす。
うん、おまえはいいヤツだ(笑)

Dsc06312

名人の弟子

演芸研究会梅雨の例会は横浜にぎわい座で『川柳・圓丈二人会~六代目三遊亭圓生譲りの古典&十八番新作共演』

三遊亭玉々丈 / 名古屋版・金明竹
オープニングトーク
川柳つくし / 少子化対策
三遊亭圓丈 / 居残り左平次
川柳川柳 / 首屋
三遊亭圓丈 / 夢一夜
川柳川柳 / 昭和の笑話

おそらく最後の破天荒な落語家・川柳川柳、現在の新作落語の開拓者・三遊亭圓丈の共演である。そしてこの二人はともに昭和の大名人・六代目三遊亭圓生の弟子、ということは二人は兄弟弟子なのである。特にここ数年ずっと三遊亭圓丈のCDを聴き込んでいるが、高座を見るのは久しぶりだ。

前座の玉々丈、師匠圓丈譲りの『名古屋版・金明竹』を軽やかにこなしてなかなか聴かせる。省略の仕方も巧い。次のめくりは…オープニングトーク…何かと思えば着物姿の圓丈とスポーツシャツ姿の川柳が登場。後から弟子の川柳つくしがついてきた。川柳師匠、どうやら遅刻したらしい(笑)

「アニさん(兄さん;兄弟子)の移動手段は都バスですから、多摩川越えられないんです…(三遊亭)圓生の弟子で元気なのは私とアニさんくらいなもので、圓楽さんはいなくなっちゃうし…残ったのは新作派のわれわれ…それにしてもこの二人会、これで最後でしょうねえ(笑)」
「オレは圓生を越えるよ、歳だけは(笑)」

六代目圓生は79歳で死んだ。川柳師匠は78歳、そして圓丈師匠は64歳。まだまだ元気。

つくしは小渕優子や麻生太郎が登場する『少子化対策』で笑いを取る。つくしちゃん、巧くなったなあ…エロネタもきれいにまとめるところは師匠の反面教師だね。マクラで「さっきのオープニングトーク、私は要らないですよねー、あの二人(川柳・圓丈)はとても仲よしなんですけど、二人だけだと照れくさいみたいで、直前に『つくし、お前も来い!』って(笑)」なんかイイ話です。

圓丈最初の高座は『居残り左平次』…マクラで自分が落語家になった頃はまだ吉原の話がリアリティを持っていたから観客の共感を得たのに、現在は吉原(遊廓)のことをそのまま話してもリアリティが持てない…つまり「古典落語を『そのまんま演じる』ヤツはダメ、古典落語を現代の観客にもわかるようにアレンジしなくちゃ」という自説を、吉原(遊廓)を例に取ってサラリと開陳する。解りにくいサゲを解りやすく、しかも違和感のないサゲに変えていたが、このへんも圓丈の心意気なんだろうな。

続いて川柳、今日は古典の滑稽噺『首屋』…これ圓生師匠も演じてましたな。川柳はやっぱり「声が良い」。侍のセリフや所作が綺麗で格好が良くてお見事でした。長い長いマクラで放送禁止用語の読み替えをバカにしたり、扇子に書いたカンペを読んだり…「いいですよねえアニさんは…高座でカンニングペーパー読んで…あれじゃ落語じゃなくて朗読だ(笑)」という圓丈の言に「70歳過ぎたら何やってもいいんだよ!」…なぜか納得(苦笑)

仲入りの後は圓丈の新作『夢一夜』…末期がん患者が病院を抜け出しタクシーに乗って羽田空港に行く。患者の夢は日本庭園が見える和室の畳の上で死ぬこと。というわけで羽田空港のロビーにプレハブのお座敷と庭を拵えて死ぬというストーリー。金に釣られて予約カウンターのおねえさんが藝者になったり機長が幇間になったりするギャグが笑える。患者がくだらないことを言って運転手がクサると「末期がんジョークだよっ!」というところが何とも可笑しい。さすが圓丈師匠、お見事の一席。

大トリは川柳で『昭和の笑話』…昭和庶民の娯楽の王様だった映画が、やがてテレビにその座を奪われていく過程を面白可笑しく語っていく。確か『TVグラフティ』という題でも演じていた噺だ。嵐寛寿郎や市川歌右衛門演じる鞍馬天狗や旗本退屈男の荒唐無稽さを茶化して笑わせる。時代劇映画いじりは林家木久翁よりオモシロい。

戦争に負けてアメリカに占領されていた日本人のルサンチマンを晴らしたのは力道山、というくだりで「彼は朝鮮人、今の北朝鮮です。その力道山が憎きアメリカ人を空手チョップで叩きのめす、それを見てわれわれ日本人はやんやの喝采を送ったのです。だから北朝鮮を悪く言っちゃあいけません…援助しようよ」

悲しいかな木久翁はこういうネタの展開ができない。さすが川柳師匠。

Dsc06280

幻想としての江戸

先日、渋谷のリブロで三遊亭圓丈の『ろんだいえん:21世紀落語論』(彩流社)を見つけた。渋谷のリブロで売られているあたりがかっこいい(笑)

圓丈は言うまでもなく新作落語のスター、というか実験落語の王様というか、とにかく日本の古い古い伝統社会であるところの落語界に身を置いて、しかも常に前衛であり続けている落語家である。昭和の大名人・六代目三遊亭圓生の弟子で、三遊亭圓楽や川柳川柳が兄弟子にあたる。その独特の個性とまさに圓丈ワールドと呼ぶしかない数々の新作(創作)落語で一部の落語ファンを惹き付けて止まない。斯く言う私もそうだが…何が良いといって圓丈の落語は古典に寄りかからないところが潔いと思うのである。

古典落語というのは言わば「大樹」であり、古典落語を演じていれば「寄らば大樹の陰」というか、少々下手な高座でも何となく済ませることが可能。客も「コレは八っあん、熊さんが出てくるから古典落語だナ、長屋のお内儀さんとか大家さんとか出てくるんだナ、で最後になんかオチがついて終わるんだナ」という、一種の安心感というか何も考えなくてもいいというか、まあそういう境地に安住することができる。ま、私はそういうの割と好きですけどネ。寄席だと二十人からそこらの藝人が出てきて入れ替わり立ち替わり落語を演じる。ひどいときは一時間くらい何も考えなくてもいいことがあるくらいだ。さらに寄席以外での落語会でもそういうことがある。

しかしそれはいくらなんでもアレじゃないかな。たまには垂れかけた目蓋をパチッと開かせてくれる高座があってもいいだろう。「寄席とは退屈を楽しむところである」というには色川武大の名言だが、私がこの境地に足を踏み入れたかナ?と感じられるようになったのは割と最近のことで、色川氏の名言を知らなかったら今頃まだボヤイていたことであろう。さて寄席の香盤に圓丈の名があるとこれは楽しい。前後に出てくる落語家とは雲泥の差がある、というか落差が凄い。八っつあん、熊さんどころの騒ぎではない。何を喋るのやら皆目見当がつかないところがスリリング。

いったい何が面白くて落語家をやっているのだろうと思わせる落語家は実に多い。圓丈もそう思っているようで哀切極まりない名作『横松和平』のマクラでも「東京には落語家が五百人もいるんですが…そんなに要りません。新聞配達じゃないんですから」と笑わせているがコレは圓丈の本音であろう。以前にも書いたような気がするが、江戸前の落語なんてものは今やもう無い。私は江戸の風情だとか江戸の人情だとか、そういうことには殆ど興味が無い。そういう落語を演じられたのは古今亭志ん朝が最後で、今やもうそういう落語家はいません。そんなものを求める客がまだいるという現状がすでにヘンだと思う。

まあこれは最近の落語ブームでマスメディアがこぞって落語や寄席を取り上げ「寄席に行くと着物を着た落語家が出てきます。八っつあん熊さん与太郎さん、江戸の風情です、江戸の人情ですねー、こういう趣味が今かっこいいんですよー」と言うのに乗せられている。つまり現代の観客は「幻想としての江戸」更に言えば「幻想としての江戸、のようなもの」を楽しんでいるわけだ。

もちろんそれが悪いと言っているのではない。しかし「江戸」は「もう無い」のである。そして「江戸」という冠を取っ払った「風情」とか「人情」を、現代の感覚で演じているのが立川談志であり、立川志の輔、柳家喬太郎、春風亭昇太、そして三遊亭圓丈だ。だからこそ彼らは他の落語家を凌駕し、かつ多くの落語ファンを魅了するのである…てなことを考えながら、こないだ川柳・圓丈二人会を聴きに行ってきた。

粋な学者

書店で徳永康元『ブダペストの古本屋』(ちくま文庫)を見つけてすぐに購入。生前に出された数冊の著作に収録された随筆から編まれたアンソロジーだが、ひとつひとつが実に滋味あふれ、戦前モダニズムの香り漂う粋な1冊。このタイトルが秀逸である。

ハンガリー文学者の徳永康元(1912~2003)は東京帝国大学文学部言語学科に学び、卒業後、東京帝国大学付属図書館勤務を経てブダペスト大学に留学した。ちなみにハンガリー語は独学。戦後は長く東京外国語大学で教鞭を取り後進を育成した。

ハンガリーの作家モルナールの戯曲『リリオム』は初期新劇の主要な演目だった。徳永康元は戦前の築地座でこの『リリオム』の舞台に魅せられハンガリー文学を志した。築地小劇場と築地座のスタッフ対照表が掲載されていて、築地小劇場バージョンは友田恭助、山本安英、高橋豊子、東山千栄子…築地座バージョンでは友田恭助は同じだがその他配役は田村秋子、清川玉枝、杉村春子…となっている。演劇に疎い私はこれらの役者たちの殆どを映画俳優として認識しているがそれにしても錚々たる顔ぶれ。片岡千恵蔵の映画『金的力太郎』(1931日活)や榎本健一の『天国と地獄』(1954新東宝)も『リリオム』の翻案ものだった(「リリオム」の俳優たち)という文章を読むだけでもこの本の価値はある。

欧州の古本屋巡りや古書にまつわる話題も小粋にサラリと語って秀逸。ブダペスト留学時代に買いそろえた本を戦火で失い、帰国後も空襲で蔵書を焼かれ、それでも古本屋通いを止められない相当のビブリオマニアである。駄本ばかり集めている私が情けなくなってきた(苦笑) 

戦前の東京帝国大学附属図書館勤務の頃、ブダペスト留学の頃、そして独ソ開戦にともない欧州の孤島と化したハンガリーからユーラシア大陸を横断して帰国の途についた回想など、戦前のリベラリズムやリベラルアーツの芳香が、古本屋の微かな匂いの向こう側に漂っている。

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »