過剰な物語
池上永一『シャングリ・ラ(上・下)』(角川文庫)を読む。
舞台は近未来、地球は温暖化が加速しCO2削減がキーワードとなっていた。世界は資本主義経済から、炭素を削減することで利益を生み出すから炭素経済に移行した。CO2排出国の株価は下落し排出を削減した国の株価は上がる。カーボニストと呼ばれるトレーダーはCO2の状況に一喜一憂している。東京は都市機能を平地からアトラスと呼ばれる超高層建築に移した。東京の中心地には摩天楼が聳え立ち、渋谷や池袋は深い森に覆われていた。
アトラスに住めるのはあらかじめ恩恵を受けている富裕層と抽選に当たった恵まれた市民、それ以外の人々は森林に取り残され難民と化していた。政府はCO2削減のために東京を森林に変えた。ところが森林は急速にかつての街を呑み込み、瘴気を発する暗黒の森と化して難民を恐れさせた。やがて政府の反政府ゲリラたちが政府に向かって攻撃を開始した。
元・女子高生の北条國子は反政府ゲリラメタル・エイジの拠点ドゥオモの若き総統だ。モモコは武術の達人でニューハーフで國子の“母親”、祖母の凪子、ドゥオモの武闘派リーダー・武彦、牛車に乗った十二単の謎の少女美邦と彼女に付き従う医学博士・小夜子、炭素経済市場に殴り込みをかける少女・香凛、政府軍の若き兵士・草薙、その他さまざまなキャラクターがそれぞれの都合と利益のために凄絶な闘いを繰り広げる。
香凛が生み出した電子頭脳メデューサは香凛たちに莫大な利益をもたらすのだが、やがてメデューサは自らの知能を獲得し世界を破滅に追いつめていく。アトラスを司る電子頭脳ゼウスと國子たちメタル・エイジの死闘、やがて國子の出生の謎にまつわる鍵が東京を世界を変えていく。
いやはやトンデモナイ物語である。何もかもが過剰だ。情報量も描写も爆撃も死者も負傷者も、そして面白さも何もかもが過剰。鬱陶しい梅雨の入り口で読むにはなかなかの近未来SFの佳作である。
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