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二刀流?

電車の中で知り合いの女子大生が忙しそうに携帯電話をいじっていた。一段落したところで彼女が私に気づいて挨拶、しばし雑談しているうちにカバンの中から別の携帯電話を取り出してメールチェック。

「携帯電話2台も持っているの?」と言うと「サークル用とプライベート用ですから(笑)」だそうです。だめ押しは「○○ちゃんは3台持ってますよ(笑)」なんでそんなに使い分けるんだあああ? 

理由を聞けば、ああなるほどねえ〜とは思うが、サラリーマンが業務用携帯電話とプライベート携帯電話を持っているのと同じようなものか…電話といえば黒電話にピンク色の公衆電話(青と黄色もあったナ)という私のようなオジサンにしてみれば、携帯電話なんぞ1台あればじゅうぶんなのだが、携帯電話文化の彼女たちにしてみればそれがかえってウザイのかも? 安く揃えられるということも背景にあるのだろうけど、なんとも理解しがたい。

携帯電話が爆発的に普及してあっという間に日常と化したここ10年、実は携帯電話文化とはそれまでの日本社会を隔てる凄い文化なのではなかろうか。

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コメント

携帯電話…確かに私達が大学生の頃にはありませんでしたねぇ(遠い眼(笑))…。

ケイタイで当世恋愛事情も変わっているんだろうなぁ?と思うこともあります。
(私の若い頃は家電しかなかったもんなー(笑))

「個」に埋没していくツールが「ケイタイ」ではないか?と、ある日電車に乗っていて恐ろしく思いました。
ラッシュ時、ある駅に電車が滑り込むと、整然と整列しているサラリーマン・OLの7割近くが携帯を見て、携帯の向うと会話をしている?異様な光景。

朝の風景も、空気も、そして時間の流れさえも…携帯の画面に抗えない、「感じられない人」が増えてしまっているのかな?などと。

そんなコトを考えるコト自体が、すでにババァなのかな?(笑)

いつでもどこでも(アンテナ立ってれば…)メールも動画も楽しめるわけで、そうなりゃたいがいの人はああなりますわな。

アレも最初は違和感アリアリでしたけど、最近は「よーするにみんな新聞読むのに熱中してるんだ」と思っています。そう思えばあまりヘンだと思わない(笑)

日本人は電車の中で本を読む人の數が他国に比べて異常に多いらしい。もともとこうなる傾向はあった、のでしょうかね。

新聞を読んでいるんじゃぁ、ないと思うな。
新聞は、あちらからの一方的な情報の伝達に過ぎないでしょう?

携帯は、その向うに「相手」がいる場合が往々にしてある(Webを見ている人も当然多いと思うけど)。メールしかり、掲示板しかり、ブログもそれに近いかな?

「一人では寂しい病」ではないけど…今までだと他人と繋がる「ツール」というものが無かったのに、いきなり…ケイタイ&メールというものを与えられて、振り回されている人多いのではないかな?などと…思っております。

結局「自分が自分であること」を認識しなければ、あの中毒から逃れることはできないんじゃないかな。恐ろしいことです。

仲間と繋がりたいなら、それはそれでいいんじゃないかな。私は独り好きだからあまり気にしないけど。独りってのは場合によっては良いものではなく、場合によってはとても良いものだからね。

ツールを使いこなすためにはどうしても訓練が必要だから、上手なやつも下手なやつもいるでしょう。だいじなのは、朝の電車の中で友人を見かけたら、いつでも携帯電話を閉じて「おはよう!」と言えること、だと思う。

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