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2009年5月

二刀流?

電車の中で知り合いの女子大生が忙しそうに携帯電話をいじっていた。一段落したところで彼女が私に気づいて挨拶、しばし雑談しているうちにカバンの中から別の携帯電話を取り出してメールチェック。

「携帯電話2台も持っているの?」と言うと「サークル用とプライベート用ですから(笑)」だそうです。だめ押しは「○○ちゃんは3台持ってますよ(笑)」なんでそんなに使い分けるんだあああ? 

理由を聞けば、ああなるほどねえ〜とは思うが、サラリーマンが業務用携帯電話とプライベート携帯電話を持っているのと同じようなものか…電話といえば黒電話にピンク色の公衆電話(青と黄色もあったナ)という私のようなオジサンにしてみれば、携帯電話なんぞ1台あればじゅうぶんなのだが、携帯電話文化の彼女たちにしてみればそれがかえってウザイのかも? 安く揃えられるということも背景にあるのだろうけど、なんとも理解しがたい。

携帯電話が爆発的に普及してあっという間に日常と化したここ10年、実は携帯電話文化とはそれまでの日本社会を隔てる凄い文化なのではなかろうか。

失われた世界

コナン・ドイル『失われた世界』(創元SF文庫)を読む。

SFの古典中の古典、ひさしぶりに読んだが面白い。龍口直太郎の翻訳も時代がかっておりちょっと読みにくいのも味わいのひとつ。村上春樹や池澤夏樹あたりの新訳が読みたいところだ。

ただいま文庫創刊50周年記念フェア開催中。今なら楽しいアランジアロンゾの限定カバーで絶賛発売中…って私は営業か(笑)

辰巳ヨシヒロ

辰巳ヨシヒロ『大発掘』(青林工藝社)を読む。

私が中学生の頃だが隣町の本屋でつげ義春『ねじ式』(小学館文庫)を買った。当時ダリやマグリット、キリコといった超現実主義絵画が好きだったので、超現実主義的マンガにも興味を持って買ったのだと思う。とはいえそれは表題作の「ねじ式」「ゲンセンカン主人」くらいなもので、後はユーモアと不安に彩られたつげ義春の世界。これが私のつげ義春体験ですぐに『紅い花』も読んだ。

この頃続けて読んだのが辰巳ヨシヒロ『鳥葬』と『コップの中の太陽』、林静一『赤色エレジー』(小学館文庫)、山上たつひこ『喜劇新思想体系』(秋田漫画文庫)……だいたい小学校低学年の頃に床屋で『ゲゲゲの鬼太郎』、『河童の三平』、『漂流教室』を読むのが好きな子どもだったわけで、こういうチョイスになるのも当然かと……

辰巳ヨシヒロは1935年大阪生まれの漫画家。最近まで知らなかったが「劇画」という言葉を最初に考案・使用した人である。その作風を一言でいえば「場末のうらぶれ感」だろうか。登場人物はおしなべて工員、店員、チンピラ、定年間際のサラリーマン、無職といったいわゆる下層階級の人々。たまにファッションモデルや歌手なども登場するが、みな二流、三流あるいはすでに盛りを過ぎた過去の人、みな陰鬱で暗くて孤独で苦悩に喘いでいる。よく読めばユーモラスなギャグも微かに感じられるのだが、まあ中学生が熱心に読むようなマンガではない。

それもそのはず彼の作品は青年マンガ雑誌に掲載されるもので、乾いた大都会、日が当たらない都会の四畳半、饐えた匂いが漂う場末の連れ込み宿、何処にも行き場のない男女のセックス、誰からも顧みられることのない死…当時の私は何故こういうマンガに惹かれたのだろう。近年再評価が高まっており『大発掘』『大発見』『劇画漂流』(いずれも青林工藝社)といった作品集が刊行されている。

絶対お薦め…とは言わないけれど、興味があったら読んでみると面白い…かもしれません。保証はしかねます(苦笑)

ここ数日Macの調子が悪くアプリは開かないわ、レスポンスは悪いわ、どうしようもないのでOSを再インストールしてあちこち設定しなおして漸く復旧。パソコンは苦手(苦笑)


都筑道夫から岡本綺堂へ

都筑道夫『都筑道夫ポケミス全解説』(フリースタイル)を読む。

都筑道夫(1929-2003)といってもミステリファンでなければ知らないかもしれない。戦後の翻訳ミステリ、サスペンス、SF、ホラーに関する評論、エッセイを読めば、その大半に都筑道夫という名前を目にすることができる。

都筑道夫自身も推理小説家/翻訳家としてよく知られた存在だった。私は熱心なミステリファンではないが、時代小説と落語とミステリを絶妙にブレンドした『なめくじ長屋捕物さわぎ』(岡本綺堂『半七捕物帳』へのオマージュ?)や『悪魔はあくまで悪魔である』『黒い招き猫』という優れたホラー小説集で都筑道夫に親しんだクチである。

都筑道夫が早川書房に編集者として在籍していた1956年から1960年頃までに執筆したポケミスの解説を集めた1冊。ポケミスというのは早川書房から現在も刊行されている『ハヤカワ・ミステリ・シリーズ(A HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK)』の愛称。新書判サイズでビニールカバーが着いていて、天・地・小口が黄色に塗られている特徴的な装幀。書店で見たことがある人もいるかもね。

ともかく本書は戦後の翻訳ミステリ史をたどる一級の資料と言えるだろう。どこから読んでもいいし知っていても知らなくても面白い。欧米の出版界ゴシップ的覗き見的要素も垣間見える。海外が遠い遠い時代だったのだなあ。ちなみに本書はポケミスそっくりの装幀というところが洒落ている。私はてっきりポケミスだと思って買ってしまった(笑)

余談だが『推理作家の出来るまで(上・下)』(フリースタイル , 2000)という本がある。作家都筑道夫の自伝であり、日本ミステリ史、東京っ子の昭和庶民史という超一級の史料。上下合わせて1200頁を超える厚さにゲンナリする人もいざ読み始めると止められない面白さだ。

さらに余談だが最近『読んで、「半七」! 半七捕物帳傑作選(1)』(ちくま文庫)が刊行された。編者は北村薫と宮部みゆき。推理小説と時代小説、怪談に加えて江戸や明治の風俗をみごとに活写した名作『半七捕物帳』はぜひ読んでほしい。『半七捕物帳』や岡本綺堂についてはまた後日…

1973年のピンボール

村上春樹『1973年のピンボール』(講談社文庫)を読む。

ひさしぶりに再読し、あらためてじわじわと青春の終りというテーマが胸に突き刺さってくる。かつて西日の当たるアパートの窓辺でタバコを吸い乍ら“煙草を買い忘れたので共同経営者からセブンスターを一箱もらい、フィルターをちぎりとって反対側に火を点けて吸った”というくだりで、わざわざセブンスターを買いに行き(私はマイルドセブンを吸っていた)「フィルターをちぎりとって」吸ったりした。“カセットテープで古いスタン・ゲッツを聴きながら”というくだりで、当時1枚だけ持っていたスタン・ゲッツのLPをターンテーブルに乗せてみた。でも私の周りにはシャレたバーもレストランも海が見える丘もなかった。私はそんな小説の雰囲気と小道具だけに浸っていたロクでもない読者だったのである。

村上春樹は1990年代後半から臺灣、中国、韓国といった周辺国の若者たちに圧倒的な支持を受けている。村上春樹作品を数多く翻訳している青島海洋大学の林少華教授は、村上春樹は従来の日本文学特有の「どろどろとした、すっきりしない」文体を採用しなかったことで「かえって中国の読者の眼には、彼の小説は日本の小説ではないように見える。そして日本の小説臭さが希薄であるからこそ、中国の読者が自然に彼の作品を受け入れ、たちまちその中に引き込まれてしまうのである」と述べている。村上春樹が特定の国民性にとらわれない世界文学として2006年にフランツ・カフカ賞を受賞したことは象徴的だ。

住みなれた街を出る決心をした鼠がジェイズ・バーのバーテンに向かって言う。
「なあ、ジェイ、だめだよ。みんながそんな風に問わず語らずに理解し合ったって何処にもいけやしないんだ。こんなこと言いたくないんだがね……、俺はどうも余りにそういった世界に留まりすぎたような気がするんだ」「ずいぶん考えたんだ。何処に行ったって結局は同じじゃないかともね。でも、やはり俺は行くよ。同じでもいい」

「もう帰って来ないのかい?」と問うジェイに対して「もちろんいつかは帰って来るさ。いつかはね。別に逃げ出すわけじゃないんだもの」と鼠は答える。たぶんこれは日本(日本文学)からの決別宣言とも読めるだろう。そんな解釈をしたところで村上春樹は何も答えてはくれないだろうが…

『1973年のピンボール』は日本文学史のなかに軽やかに打ち込まれた「村上春樹以前/以後」という楔。郊外の元養鶏場だった倉庫で古いピンボール台たちと再会するシーンは圧巻。失われた青春との邂逅はほんのわずかな時間にとどめることが望ましい。

小説の楽しさ

村上春樹『風の歌を聴け』(講談社文庫)を読む。

『1973年のピンボール』の前にこちらを読んだ。たぶん二十年ぶりに再読…当時の私はこの感性が理解できなかったのだろう。リアリティが感じられなかった、というかフィクションの楽しみ方がよくわかっていなかったのだろう。今になって楽しんで読むことができた。

「誰もが知っていることを小説に書いて、いったい何の意味がある?」
まさにこの感覚が理解できていなかったのだ。私はロクでもない読者だったのである。それでもこの作品が日本文学の大きなターニングポイントになったことは当然だろう。これはまさに日本文学の枠組みを軽々と超えている。


ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』(新潮文庫)を読む。

これも十数年ぶりに再読…こちらも最初に読んだときとは違った深い感銘を受けた。孤島に不時着した子どもたちが子どもならではの獣性によって闘い傷つけあうという寓話。これは何処にだってある人間社会の持つ闇なんだ。救いのないところもたまらない。

私はアメリカよりもイギリスの映画のほうがどちらかといえば好きなのだが、それはイギリスの伝統でもある重厚さと過激さが好きなんだと思う。もちろんアメリカ映画だって重厚なものや過激なものはある。たぶん私は、たとえばニューヨークの頽廃よりロンドンの頽廃のほうが好きなんだと思う。若い移民国家であるアメリカが社会に要求する自由と救心性よりも、老いた伝統国家が社会に要求する自由と規律が好きなんだろう。そして伝統。

伝統からはより過激な自由が生まれる。たとえば『モンティパイソン』のような過激さ、ローリングストーンズのような猥雑さ、いずれにも共通するカリフォルニアの青い空とは正反対な陰鬱さが好き…うーんなんだかうまく言えないな。

飯山線のふたり

ほくほく大島を後にして十日町でJR飯山線に乗り換える。
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最初はJR六日町で上越線に乗り換えて長岡に出ようと思っていたのだが、ふと思いついて時刻表を調べてみたら飯山線で越後川口まで行きそこで本来乗る予定だった上越線に乗ることができる。飯山線も私が好きな路線なので急遽予定を変更。十日町で飯山線に乗り換えてキハ110系に乗り込んだら、ロングシートの向かい側に地元の高校生の男子と女子がふたり、ちょっと間を空けて座っていた。
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ふたりとも美男美女と言ってもいいだろう。そしてホームには友だちらしき女子が数人キャアキャア騒いでいる。どうもこの子たちは同級生で男子と女子は越後川口方面へ、ホームで騒いでいる女子たちは津南方面へ帰るらしい。で、ホームの女子たちはふたりで列車に乗ったカップル(?)を「あのふたり、あやしぐねえ? つぎ合ってるんでねえか? キャアキャア」とはやしているらしい。で、こっちの女の子は「ちょっとやだオレー、ちゃんと説明してよー」と困った顔で男子に言っている。男子はちょっとテレながら「んでも別に誤解されることねえろー、オレなんもしてねえし…」とまんざらでもない様子。
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この光景を眺め乍らかつて高校生だったオジサンは(オレが高校生の頃は女の子とつきあうこともなかったんだよネ、なんかいいよネ、しかしふたりとも田舎の高校生って顔じゃないネ、時代は変わったなあ…)などと心中で呟く昼下がりなのであった。
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飯山線キハ110系は終点の越後川口駅に滑り込んだ。飯山線のふたりは、相変わらずちょっと間を空けて改札を出て行き、私はホームでぼんやりしているうちに六日町方面から上越線115系長岡行きがやってきた。
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北越急行

くびき駅で1時間ほどぶらぶらしてからほくほく大島へ向かう。
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ほくほく大島でほくほくしようと駅に降りたらトンネルとトンネルに挟まれた無人駅だった。
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駅を出ると丘陵に囲まれたのどかな風景で清流が滔々と流れている。ここでも1時間ほど待つので清流の護岸で昼寝。青い空、雲雀の鳴き声、水の音、初夏を思わせる陽気で身も心も弛緩する。
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駅舎の裏にはほくほく清水があった。冷たくて微かに甘くて美味しい清水。
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駅舎に戻って列車を待っていると天井から懐かしいモノが…アース製薬の強力殺虫剤バポナだ。昔は家の台所から吊るされていたけど、今じゃ劇薬指定のため買うのに署名捺印が必要なんだってね。ちなみに黒いスーツのおねえさんは北越急行の乗務員さん。JTB時刻表的に言えば鉄おとめだナ。
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私も一票

忌野清志郎逝く
…私と同じように、授業を抜け出し屋上でトランジスタラジオを聴き乍らタバコを吸って青空を見上げたかつての高校生はどれくらいいるんだろうなあ。

クライスラー経営破綻
…私と同じように、ニュースを耳にして「それでは試験にクライスラ〜♩」という小林旭の歌を連想した人はどれくらいいるんだろうなあ。


越後平野の秘密基地

GWに新潟へ行ってきた。始発の上越新幹線とき301号に乗ったのだが予想どおり丸い鼻の200系がホームに入ってきた。
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上越新幹線開業のときにデビューした200系も流線型のMax号に圧されて花形の座を降りた。昨年引退した0系の姿を伝える唯一の車輛なのだが、やっぱり新幹線っていえばこれだよねえ。
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越後湯沢で北越急行に乗り換える。大河ドラマ『天地人』で脚光を浴びている直江兼続、というか妻夫木聡ラッピング車輛。ヘッドマークが愛だよ、愛(笑)まずは越後湯沢から犀潟まで乗ってみた。
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犀潟はJRと駅舎を共有。ここから折り返して次のくびきへ行ってみた。
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くびき駅のホームから奇妙な銀色の球体が見える。
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まるでSF特撮ドラマの秘密基地のようだ。
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実はコレ、北越急行くびき駅の駅舎なのである。
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中はこんな感じになっていてしかも無人駅というところがまた可笑しい。
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なんか有名な建築家の設計だそうだが地元の人はどう思っているのだろう。
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ちなみに北越急行は特急列車が最高時速160㎞で走るので駅のホームでは気をつけましょう。
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