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1973年のピンボール

村上春樹『1973年のピンボール』(講談社文庫)を読む。

ひさしぶりに再読し、あらためてじわじわと青春の終りというテーマが胸に突き刺さってくる。かつて西日の当たるアパートの窓辺でタバコを吸い乍ら“煙草を買い忘れたので共同経営者からセブンスターを一箱もらい、フィルターをちぎりとって反対側に火を点けて吸った”というくだりで、わざわざセブンスターを買いに行き(私はマイルドセブンを吸っていた)「フィルターをちぎりとって」吸ったりした。“カセットテープで古いスタン・ゲッツを聴きながら”というくだりで、当時1枚だけ持っていたスタン・ゲッツのLPをターンテーブルに乗せてみた。でも私の周りにはシャレたバーもレストランも海が見える丘もなかった。私はそんな小説の雰囲気と小道具だけに浸っていたロクでもない読者だったのである。

村上春樹は1990年代後半から臺灣、中国、韓国といった周辺国の若者たちに圧倒的な支持を受けている。村上春樹作品を数多く翻訳している青島海洋大学の林少華教授は、村上春樹は従来の日本文学特有の「どろどろとした、すっきりしない」文体を採用しなかったことで「かえって中国の読者の眼には、彼の小説は日本の小説ではないように見える。そして日本の小説臭さが希薄であるからこそ、中国の読者が自然に彼の作品を受け入れ、たちまちその中に引き込まれてしまうのである」と述べている。村上春樹が特定の国民性にとらわれない世界文学として2006年にフランツ・カフカ賞を受賞したことは象徴的だ。

住みなれた街を出る決心をした鼠がジェイズ・バーのバーテンに向かって言う。
「なあ、ジェイ、だめだよ。みんながそんな風に問わず語らずに理解し合ったって何処にもいけやしないんだ。こんなこと言いたくないんだがね……、俺はどうも余りにそういった世界に留まりすぎたような気がするんだ」「ずいぶん考えたんだ。何処に行ったって結局は同じじゃないかともね。でも、やはり俺は行くよ。同じでもいい」

「もう帰って来ないのかい?」と問うジェイに対して「もちろんいつかは帰って来るさ。いつかはね。別に逃げ出すわけじゃないんだもの」と鼠は答える。たぶんこれは日本(日本文学)からの決別宣言とも読めるだろう。そんな解釈をしたところで村上春樹は何も答えてはくれないだろうが…

『1973年のピンボール』は日本文学史のなかに軽やかに打ち込まれた「村上春樹以前/以後」という楔。郊外の元養鶏場だった倉庫で古いピンボール台たちと再会するシーンは圧巻。失われた青春との邂逅はほんのわずかな時間にとどめることが望ましい。

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