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2009年3月

杉と男は…

佐渡のトキ保護センターで孵化したトキが自然に放されて暫くたつ。関係者は雄と雌の自然交配を期待していたのだが、雌が新潟県外にまで飛んで行き、雄はずっと県内にとどまっている。このままでは直近の自然繁殖は難しいとやきもきしているらしい。

だいたい自然繁殖可能な個体数が少なすぎるんだろうね。県北には冬になるとシベリアからたくさんの白鳥が飛来して越冬する。実家の近所でも田んぼにたくさんの白鳥が飛んできてエサをついばんでいる。それくらいの個体数がいないと自然繁殖はできないだろうなあ。

「新潟では杉と男は育たない」というのは、新潟県民なら誰でも知っていることわざ。雪が降り続く冬の期間が長く、寒く陰鬱な曇天のせいで極端に日照時間が少ない土地では杉の木は育たない。農業が盛んな新潟では農家の長男がだいじにされ、その一方で次男以下は家を出されて県外に出て行く。だいじにされた長男はたいがいダメ男で働き者の女房が家を維持する、ってのを自嘲気味に揶揄したことわざだろう。

今頃新潟では「新潟ではトキの雄も育たない」と言われているはずだ(苦笑)

もうオジサンなんだなあ

私が定期的に読んでいる雑誌は『週刊文春』と『ビッグコミック』、うーんオジサン一直線だなあ(苦笑)

最近『ビッグコミック』で連載中のマンガ『上京花日』(いわしげ孝)が気に入っている。主人公は鹿児島の書店で店長を勤めているが、新規開店の大店舗を手伝うため単身赴任で東京にやってきた。九州男児丸出しの、暑苦しくて、うざったくて、おせっかいな46歳のオヤジである。最初は「ウザいオヤジがやってきた」と若い書店員たちは敬遠していたのだが、彼の暑苦しくてアナクロな、しかし圧倒的なヴァイタリティーと優しさが、やがて周囲からの信頼を得ていく。

以前書店員だった私としては何とも懐かしい。今でもほぼ毎日書店に立ち寄る癖のある書店好きのため気に入っている。毎回いわくありげな人物が登場したり、迷惑客とのトラブルが起きたり、基本的には中年オヤジ讃歌。ああ、私はやっぱりこういう世界が好きなんだなあ…人間がアナクロでアナログだし(苦笑)

単行本第1巻を読んでいてわかったこと。

その1 主人公が勤める書店がある「東京郊外M市」は町田市である。
第1話に「この街は、昔からの地元書店が駅前とデパートに二つあり、コミックス専門店に新古書店も多い」というセリフがある。「昔からの地元書店」は『久美堂』のこと、コミックス専門店は『まんがの森』『福家書店』『ジュンク堂』、新古書店の『ブックオフ町田店』は最近まで日本一のフロアを誇っていた。その他にも町田駅周辺には『有隣堂』と『LIBLO』などがシノギを削っている。第2話ではJR町田駅前のデッキから小田急線町田方面を描いたカットがあり、ほかにも町田駅周辺の風景が描かれている。

その2 主人公は和泉多摩川から小田急線で通勤している。
単身赴任者寮『リバーサイドハウス』は多摩川沿いにある。第2話に主人公が通勤する電車のカットがあるが、これは小田急線4000形車輛。それから主人公が窓から多摩川を眺めるカット、多摩川の向こう側に山が描かれているが、これはおそらく丹沢山系だ。ということは主人公は小田急線の和泉多摩川(世田谷区)から町田へ通勤している。

主人公が通勤ラッシュに辟易する場面があるが、小田急線の下り列車は上り列車に比べて混雑は緩和されているはず。まあ書店員の出勤が午前10時という設定なので通学する大学生たちで混雑することはある。また鹿児島から20年ぶりに上京したという設定なので、これくらいでも混雑していると感じるのだろう。

その3 主人公は毎日定刻ギリギリに出社している。
第6話で、主人公は単身赴任者寮の仲間から「書店は10時出社でうらやましいね」と言われている。ということは主人公は10時少し前には町田駅に到着しなければならない。そして和泉多摩川から町田へ通勤する場合、主人公は和泉多摩川駅9時26分発の各駅停車本厚木行きに乗って9時55分に町田駅着というのが順当。1本後の和泉多摩川発9時32分各駅停車本厚木行きに乗っても、新百合ケ丘駅で後から来る9時47分急行小田原行きに乗り換えれば、9時57分に町田駅に到着する。
また第2話の冒頭、主人公は遅刻しそうだ、と慌てて駅まで走って行くが、そのとき部屋の時計は9時25分を指している。ということは単身赴任者寮は和泉多摩川駅まで徒歩3〜4分、走って1〜2分ということになる(笑)

クサいマンガではあるがオジサンには絶対ウケそうなマンガ。興味がある人はご一読ください。

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新潟地区限定

年末、実家でぼんやりしているうちにどうしても列車に乗りたくなり、ターミナル駅の新津まで出かけて磐越西線に乗って来た。

新津は信越本線、羽越本線と磐越西線の分岐駅。かつて新津は鉃道の街として発展したのだが、上越新幹線開通にともない寂れてしまった。私が高校生の頃は新津の駅舎も味がある古い建築だったのに、数年前に改築されてしまった。

駅のホームでぼんやりと佇んでいると新潟方面からE127系がやってきた。県民にはおなじみのE127系は私の大好きな車輛のひとつ。羽越本線、白新線、越後線、信越本線と大糸線という新潟地区限定(笑)と言ってもいい車輛。ね、目がちっちゃくてなんかかわいいでしょ? 

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新津駅停車中のE127系


磐越西線に乗って馬下(まおろし)まで行き、誰もいないホームで1時間ほどぼんやりしてから新津に戻った。

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冬枯れの馬下駅


磐越西線もキハ40系がだんだん少なくなって、新型のキハ110系が目立つようになってきた。

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新型の割にはちょっと…(苦笑)


がんばれ、キハ40系…また会いたいなあ…最近は忙しくて鉃道旅もできない…

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新津駅構内で待機中のキハ40系新潟色

王さん

鈴木洋史『百年目の帰郷 王貞治と父・仕福』(小学館文庫)を読む。

王貞治といえば世界のホームラン王。タイガースファンの私も子どもの頃は王さんには一目置いていた。ピッチャーの投げるボールが、1本足で立つ王さんのバットに吸い込まれていき、王さんのバットが一閃、後楽園球場のライトスタンドへ飛び込んでいく。江夏豊、上田次朗、江本孟紀、山本和行…タイガースが誇るエース級のピッチャーも王さんの餌食だった。

王さんが打席に立つ姿はとても迫力があった。夏場は半袖でもちろん手袋などはしない。素手でバットを握り肩から肘にかけて鋼のような筋肉が盛り上がる。あの印象的な目がテレビの向こうから私たちを睨みつける。あの頃の子どもたちならみんな真似した1本足打法。真似してわかったその凄さ。王さんのようにピタリと静止、なんてしていられないのである。

ベーブ・ルースの記録を抜いた715号、ハンク・アーロンの記録を抜いた756号。特に756号のカウントダウンは大騒ぎだった。いつ出るかいつ出るか、私も毎晩オヤジといっしょにテレビを観ていた。後楽園球場でのヤクルト・スワローズ戦、マウンドにいたのは鈴木康二朗。190㎝を超える身長なのに眼鏡をかけた姿はあまりプロ野球選手らしくないピッチャーだった。

当時スワローズには安田猛という名投手がいた。公称170㎝の身長のサウスポー、針の穴を通す精密なコントロールと七色の変化球を投げ、手足が短いその姿からペンギンとあだ名されていた。左のサイドスローから投げる超スローボールは絶品だった。いしいひさいちの『がんばれ!タブチくん!』ではタブチの親友として有名(笑)安田猛は王さんの好敵手として知られており、756号騒動のときも安田猛は王さん相手に敬遠などせず真っ向勝負を挑んだのは有名な話。当時のスワローズには速球派のエース松岡弘、ぼおっとした井原慎一郎、老練な神部年男と、なかなかユニークなピッチャーが多かったなあ。

閑話休題。王さんはその姓からもわかるように中国籍、さらに言うなら中華民国籍である。私もずっと王さんは臺灣の人なんだと思っていた。王さんは臺灣の少年野球チームの英雄だったし、何度も臺灣を訪れている。後に日本プロ野球界で活躍した郭源治(中日ドラゴンズ)、郭泰源(西武ライオンズ)、呂明賜(読売ジャイアンツ)にとっても王さんは祖国の英雄だった。

しかし王さんの父、王仕福氏は大陸の出身なのだ。現在で言うなら中華人民共和国浙江省青田県の小さな村から日本へ渡った。1922年のことである。ご承知のように日本は中国と泥沼の戦争を繰り広げた。そして敗戦。大日本帝国はアメリカの占領下に置かれ、陽気な進駐軍兵士がジャズとベースボールとラッキーストライクとともにやって来た。日本軍が一掃された大陸では国民党と中国共産党が内戦を続けた。国民党は共産党に圧倒されて臺灣に逃げ込んだ。そして1949年10月、北京の天安門に五星紅旗が翻りアジアの赤い巨龍が誕生した。

王仕福は中華民国の国籍を持っていた。王仕福が日本に渡ってきた頃は中国といえば中華民国だった。1949年に中華人民共和国が建国されても日本と外交関係は1972年まで断たれていたからである。このへんの王仕福の立ち居振る舞いはそのまま在日華僑のアイデンティティの混乱に重なる。ましてや王さんの母は日本人(後に中国国籍になる)、王さん自身は東京の墨田区で生まれ育ち、もちろん中国語は喋ることができない。しかも母が中国国籍を取得するまでは母の実家の姓を名乗っていた。だから“在日華僑之英雄”「王貞治」が誕生するのは戦後になってからのこと。そして王さんは未だに中華民国のパスポートを持ち続けている。ここにも王さんの誠実な人間性が表れているのだ。

王貞治という昭和を代表するスーパースターを巡る二つの祖国と彼の葛藤、同じく二つの祖国を巧みに使い分けた王仕福。祖国という言葉には共感を覚えるものの、国籍については殆ど意識することがない私たち日本人にとって、このノンフィクションは重くのしかかってくる。

Yes, We...Can?

門倉貴史『貧困ビジネス』(幻冬舎新書)を読む。

だいぶ以前のことだが、実力主義社会を歓迎する若者たちのトーク番組があった。そこに登場する一流大学の学生たちは真剣な表情で実力主義社会待望論を語っていたが、それを聞いていたパネラー(俳優)の発言が印象的だった。

「君たちさあ、みな実力主義社会は良い良いって言うけどね、君たちはみんなそのなかで生き残れるわけじゃないよ。君たちの半分、いやそれ以上はどんどん脱落していくんだよ、それでも君たちは良いのかな? 君たちの世代はみな君たちと同じエリートじゃないし、生き残る人はほんの一握りだよ。自分たちだけじゃなく周りの普通の若者もそれを歓迎しているのかな? そもそもそういう視点を君たちは持っているの?」

「貧困ビジネス」とは何か? 著者は「NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長の湯浅誠さんは、『貧困ビジネス』を『貧困層をターゲットにしていて、かつ貧困からの脱却に資することなく、貧困を固定化するビジネス(『世界』2008年10月号)と定義しています。本書では、湯浅誠さんの定義をもう少し緩めて、貧困層をメインのターゲットにして、短期的な利益を追求するビジネス全般を「貧困ビジネス」と呼ぶことにしたいと思います」と書く。貧困ビジネスのターゲットになりやすい層は…ワーキングプア、(日雇いを含む)短期派遣労働者、生活保護受給者、ホームレス、ネットカフェ難民、(5件以上の)多重債務者なのだそうだ。いずれも最近耳にすることが劇的に増えた言葉である。

かつては貧乏人からむしり取ることは卑しいとする意識があったと思う。鼠小僧次郎吉などに代表されるいわゆる義賊が講談などでもてはやされたことがその証拠だ。しかし穿って考えてみれば、こういう義賊が英雄視されたということは、それだけ貧乏人から金をむしり取る現実があったということの裏返しでもあろう。まあそれにしても貧困ビジネスの多種多様さには改めて驚くばかりである。ゼロゼロ物件、保証人ビジネス、リセット屋、名簿屋、紹介屋、整理屋、ホームレスの生活保護のピンハネ、ホストクラブにハマった女性を風俗に売り飛ばす、多重債務者からさらに搾り取るレンタル屋と質屋の共謀、慈善募金を装った詐欺……よくもまあこれだけ知恵をしぼって法律や制度の裏の裏をかくビジネスを考え出すものである。不謹慎ながらここまでくると却って感心してしまう。このへんは『難波金融伝ミナミの帝王』や『ナニワ金融道』のディティールの細かさと同じだ。

現在の世界不況の導火線に火をつけたサブプライムローン問題も貧困層をターゲットにしているし、アメリカ南部を壊滅させたハリケーンに乗じて募金詐欺のウェブサイトがネットに乱立、これは中国四川大地震でも同様の募金詐欺サイトが乱立して中国国内でも問題になった。海外、特に東南アジアで顕著なのはプロの乞食であろう。インドやパキスタンでは人為的に足や腕を切断してより哀れみを乞う乞食がいるという。しかもまだ幼い頃に親により足や腕を切断されてしまうというからなんとも陰惨な話だ。しかも彼らを多く抱える組織があり、彼らは時間になるとトラックに乗せられて何処へともなく去って行く。こうなると物乞いタレントを抱えるプロダクションである。そういえば『角兵衛獅子』の子どもたちもそうかもしれない。子どもたちは常に貧困の犠牲になるようで、フィリピンに代表される臓器売買ビジネス界でも貧困層の子どもの臓器が高値で売買されている。

専門技術者から一般労働者にまでステイタスが落ちた派遣労働者も貧困ビジネスと言える。一般企業の社員では養成困難だった、システムエンジニアに代表される専門技術者を派遣でまかなっていた頃はまだよかったのだが、派遣の範囲が一般事務まで拡大されたことにより派遣労働者は単なる人件費抑制の道具と化した。非正規雇用問題についても1980年代から欧米では普遍的に存在しており、職にあぶれる若者たちを描く映画もたくさんあった。本書のあとがきにも記されているようにゴーゴリの『外套』も貧困ビジネスの構図を持っているし、小林多喜二の『蟹工船』や老舎の『駱駝の祥子』も貧困層を描いて後世に残る不朽の名作である。かつて石川啄木が「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢつと手を見る」と読んだ頃から、世界はほとんど何にも変わってはいないように見える。

いま安定した生活を得ている人々ですら定年後は貧困ビジネスの餌食になるおそれがじゅうぶんにある。比較的裕福な老後を送る団塊より上の世代も、振り込め詐欺に蓄えを根こそぎ奪われる事態が続いており、今後もさまざまな手口で裕福な高齢者から財産を騙し取る手をいくつも編み出すことであろう。知り合いの中国人が「私が育った頃の中国は今より貧しかったけどのんびりしていて楽しかったよ…文化大革命の頃はよくわからないけどね(笑)…でも今の中国は生活も忙しなく人の心も世知辛くなってきて、なんだか疲れるね、ニッポンと同じだよ(苦笑)」と笑って話してくれたことがあるが、現在の私たちは「船に乗り遅れまい」としてみな必死に走り続けているのだろう。

アメリカは自由の国だが、それは国民が権力から自由だということで、だからこそ権力は国民を基本的には守ってはくれず、国民は自助努力で自分たちの生活を守らねばならない。1990年代以降のニッポンには、アメリカ型市場主義を喧伝する一部の経済人とそれに乗じた一部の権力者の政策によって現在の状況が生まれた。北欧諸国のように公共福祉が充実した国家の実現を期待する声が高まるなか、政府がそれを拒否し続けているのはアメリカ型市場主義路線に乗っている以上しかたない。しかしこのままだと確実にニッポンは崩壊への道を歩むだろう。

「人間は万物の霊長だっていいますがね」「ンなこたアないよ、人間なんざロクなことしねえんだから、人間がいなくなりゃ地球もよくなるよ」とは立川談志が演じるご隠居の言葉だが、まあそうなんだろうなあ…ナンダカワカンナイなあ…どうすりゃいいんだろうなあ…私たちに何ができるんだろうなあ…

大佐、水底より帰還

サンダース大佐、道頓堀から帰って参りました!

http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/sports/hanshin_tigers/

巷の虎ファンは大騒ぎです。かくいう私も朝刊でこのニュースを知り、出勤途中のキオスクで「デイリースポーツ」(別名:タイガース新聞)を買ってしまいました。もちろん終面で大特集(笑)職場のプロ野球ファンのオネエチャンに「カーネル・サンダースの上半身が見つかったぞ!」と報告。昼過ぎには別のプロ野球ファンのオネエサマから「下半身と右手首が見つかったわよ!」と嬉しい報告が…

「デイリースポーツ」紙上では月亭八方、松村邦洋という錚々たる虎ファンが祝辞を述べているのであった。作業中に大佐を発見したゼネコンの現場監督(虎ファン)は大佐と並んでVサインを決めた写真が掲載されている。メディアでは「奇跡の救出」と騒がれているが、冷静に考えたら大佐にしてみれば「おまえらが勝手に放り込んだくせに、何を言っておるのか…」と言いたいことだろう。

ま、それはそれとして今年のタイガースにはおおいに奮闘してもらいたい。いいんです、優勝しなくても。銭を払ってスタジアムに出かけるファンを最後まで楽しませてくれたらそれでいい。

さて残るは左手首と眼鏡を発掘して甲子園球場に「カーネル・サンダース神社」を建立だ!

ローランド・カーク

ラサーン・ローランド・カーク(1936-1977)というミュージシャンがいた。盲目であるがゆえに黒いサングラスをかけ、一度に三本の管楽器を吹くため首から三本の管楽器をぶら下げている。その他ホイッスルやら何やらをあちこちにぶら下げている。ジャズシーンに話題になった1960年代当時はその音楽性や見た目から「グロテスク・ジャズ」と紹介されたこともあるという。

しかしその音楽性は、大衆性から離れ始めた当時のジャズが置き去った「大道藝的」なギミックやスピリチュアルブルースの要素を秘めており、一部に熱狂的なファンを生んだ。必殺1人三管アンサンブル(例えばテナーサックスとマンゼロとストリッチ)と言っても単なる曲藝ではなくその音楽性は高い。また主要楽器のテナーサックスは凡百のミュージシャンを凌駕する。1970年代からはリズム&ブルースやファンク寄りのコンセプトに移行していく。

私が好きなアルバムはジャッキー・バイアード(p)リチャード・デイビス(b)エルビン・ジョーンズ(ds)という強力無比なリズムセクションを従えた傑作『リップ、リグ&パニック』、力強く暖かい音楽性が詰め込まれた『溢れ出る涙』、ゴリゴリと熱いパフォーマンスを繰り広げる『ヴォランティアード・スレイヴリー』あたりだ。

林建紀『週刊ラサーン』(プリズム)という新刊を読んだ。呆れた(笑)。カークの録音から使用楽器解説からリズムセクション比較から、ローランド・カーク好きにはたまらない1冊に仕上がっている。言わば『磯野家の謎』ローランド・カーク版と言ったところだ。例えばカークが多用した管楽器「マンゼロ」と「ストリッチ」と「サキソフォニウム」とは何か? 「サーロルオフォン」って知ってる? うーん、ナンダカワカンナイでしょう、ってわからなくってもだいじょうぶです。私もよくわかってません。それにわからなくてもあなたの人生に何の問題もありません(笑) 

これはジャズ評論家の中山康樹のウェブサイトに連載されたものが本になった。このようなマニアな話題は『ジャズ批評』…最近全然読んでないなあ…の独壇場なのだが、まさかこれだけで1冊刊行できるとは思えない。ペーパーバック装幀で1000円という値段なら納得。まさにインターネット時代ならではの刊行物である。どれだけ売れるのか知らないが、きっと私のようなヤツが書店で見つけて「おおっ!なんじゃこりゃ!」と呟き乍ら買うのだろう。興味のある方はどうぞ、といってもいないよね(爆笑)

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