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言語と国家

通勤電車のなかでつらつらと『内村剛介ロングインタビュー:生き急ぎ、感じせく 私の二十世紀』(恵雅堂出版)を読んだ。

内村剛介といえばロシア文学者としてだけでなくロシア学/ソ連学の巨人として知られている。書店の棚から抜き出してみると、ジャケットに写るのは何処かの水辺に立つ内村氏のポートレート、がっしりとした体躯、オールバックの髪に太い眉、大きな鼻の下にはへの字に結ばれた口、意志の強そうな眼がこちらを見つめている。(これは読まなくてはならない)と直感した私はすぐに手に取ってページを捲った。

内村剛介(本名:内藤操)は1920年栃木県生まれ。15歳で満洲に渡り1940年に満洲国立大学哈爾濱(ハルビン)学院に入学しロシア語、ロシア文学に触れる。卒業後は関東軍でロシア語翻訳などを手がけ、1945年の敗戦直後、避難民の世話やソ連進駐軍との交渉通訳などに忙殺されるうち、ソ連軍の捕虜となり悪名高きラーゲリ(強制収容所)で11年間を過ごす。1956年に帰国の後、商事会社で対ソ貿易に携わり、その後は北海道大学、上智大学で教授を勤めた。近現代ロシア文学の翻訳や評論でも大きな業績を残した。2009年1月死去。享年88。内村氏の語るロシア人・ソ連観は眼からウロコが落ちるものの連続、まさに端倪すべからざる知識ばかりであり、その洞察力は人をして彼を巨人と呼ばしめるだけのものである。

ソ連の担当将校から「ロシア共和国警報第五十八条第六項及び第四項により二十五年の禁錮刑」を言い渡された内村氏は腹の中でこう考えた。

 (前略)自分が日本人として生を享けたことは、僕自身の選択外なわけですから、その存在を存在たらしめた日本国こそがこの不条理を引き受けるべきなのに、私と言う個人が今それを負わされているということ。これはやはり大問題なんですよね。しかし、その責を日本国が負うにせよ内村個人が負うにせよ、僕は、僕自身をここまで拉致してきたところの理論をそもそも正しいと認めたくないわけですよ。そして、ここから僕は彼らの理論が間違っているということを自分なりに論証してやろうと決意するわけですね。「レーニンをしてレーニンを論破してみせる」という、前々回述べたカザフ人トロツキスト囚人との獄中でのやりとりはこのことに関連しています。そして、こうも考えました。二十五年の刑を彼らが言い出した。しかし、自分はここで二十五年を生き永らえるとは思えない。すると、この二十五年のうちに、俺が死ぬかソ連が無くなるか、どちらかだろう。ソ連が永遠に生きてみせると豪語するのは勝手だが、このソ連帝国だっていつかは滅びるんだ。二十五年だって? よし、その間に俺が滅びるかお前が滅びるかであって、二十五年に限って言えば、問題の形式は何も変わらんということだ、と。何で俺がここにいるのか、いなきゃならんのかということにケリをつけるのは、それしかないと思いました。つまり、原理的なレベルで、ソ連はあっていけないか、あるいは自分があってはいけないか、どっちかだということです(§4 スターリン、燦惨(サンザン)たる無)

生き延びるためとはいえにわか社会主義者が頻出した捕虜のなかで、ソ連をソ連帝国(何たる洞察力!)と決めつけ翻って祖国と同胞について深い考察を巡らせるところも凄い。帰国後、松田道雄(評論家)に、当時公式には存在しないとされていた「ラーゲリ」について問われたときも、ラーゲリのことを説明し、ついでにこのようなことも説明している。

 「ラーゲリ」とは、ロシア語では「ゾーナ」(英語の「ゾーン」)と言っていますと。さらに言えば、小さいゾーナと大きいゾーナがありまして、「マーラヤ・ゾーナ(小さいゾーナ)」がラーゲリで、「ボリシャイヤ・ゾーナ(大きいゾーナ)」がソ連邦ですと。それはもうしっかり定着していて、ラーゲリの住民のみならずソ連ならどこにでも通る用語として誰でも周知のことです。「じゃあ権力に対して一般民衆はどのように立ち向かうのか?」と問う。ソ連社会は完全な面従腹背ですから、彼ら民衆はいつひっくり返ってもケロッとして「ラーゲリなんてあったのかよ」という顔をするでしょうと僕は答える(§5 帰国。ただし十一年後の)

おそらく戦後日本において盛り上がった社会主義運動と社会主義者たちはこのようなソ連観を持ってはいなかった、あるいは眼をつぶっていたはずだ。社会主義の総本山であるところのソビエト連邦においてこのような “何処にでもあるような不正義” はその存在を許されるものではない。あたかも虚像とされた「ラーゲリ」同様に。

話はいったん横にそれるが西原理恵子の名著『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(理論社)・・・サイバラ版『君たちはどう生きるか』・・・を読んでいたら、競争社会や日本から落ちこぼれても絶望したり死んだりせずに逃げちゃえ、と語る部分があった。日本ではまだ数少ない「アジア人」たる西原理恵子らしい言葉であるが、同じようなことを内村氏も語っている。

 勇者なるが故に圧制から逃亡する。つまり、圧制から逃亡する者は、なべて「勇者」なんですね。だからそれに対しては敬意を払うというのがロシアです。ロシア語で「ベジャーチ」と言いまして、これは「逃げる」ということ、「走り去る」ということです。日本では「逃亡者」「敗残兵」とかいうのは不名誉ですが、ロシアでは「英雄」なんですよ。つまり真正面に反抗できないような強大な権力と対峙したとき、それに反抗はできないとしても、しかし自分は「逃げる力」だけはもっていると、そこで、彼は断固として決断し、そこから逃亡する。つまり、権力に背を向けては知る。権力のない世界を求めて走るわけです。これは言わばアナーキズム、しかもアナーキズムの権化です。極端な無制限な権力の集中に対する、無制限な権力からの解放です。したがって、「逃亡する」とは、自分の自由を守るための英雄的な行為なんですよ。ロシアでは今でも「逃亡した」というのは肯定的な意味に使われています。ひところ流行った浅田彰流の「逃亡」じゃないんです(笑い)。ロシアでは「逃亡者」、「逃亡囚」、「逃亡兵」といった存在はみな偉いとされ、尊敬されるんですね。(§8 プラトノイ、あるいは「逃亡は美徳である」について)

言語を学ぶということはすなわち人間を学ぶということ。それを体現した内村剛介の書はもっと読まれて然るべきである。

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