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夜がおとなのものだった頃

静かな夜に聴くジャズはボーカルに限る。などと言い始めるのは私も歳をとったせいか(苦笑)・・・最近ずっと聴いているのが『ナンシー梅木アーリー・デイズ1950-1954』(VICJ-60714)

ナンシー梅木は本名梅木美代志といい1924年に北海道小樽市で生まれた。若い頃から音楽のレッスンを受けた彼女は、終戦後にアメリカのポピュラーソングに興味を持ち、札幌の放送局などで舞台に立つようになる。

やがて1948年に上京、角田孝(g)のバンドで歌っていたが1950年にレイモンド・コンデ(cl)がリーダーの名門コンボ『ゲイ・セプテット』に参加し一躍花形歌手となり、その後も『渡辺弘とスターダスターズ』『小原重徳とブルーコーツ』といった当時の名門バンドや、ラジオ放送などその活動の場を広げていった。

1955年に駐留軍兵士の勧めで渡米、ロスアンジェルスのクラブなどで活躍した後、1957年には『サヨナラ』という映画で東洋人の女性を演じてアカデミー助演女優賞を受賞することになる。そしてリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世によって『フラワー・ドラムソング』のヒロイン役に抜擢され、彼女は一流スターへの階段を上っていく。2007年8月逝去。

もう20年以上前のことだが、私は徒然なるままに日本のジャズ史を調べていた時期があり、その過程でナンシー梅木の存在を知ったが、その頃は戦後の日本ジャズの音源を気軽に聴くことはできず、どんな歌手なんだろうなあ・・・と思っていただけである。

この復刻版を静かな夜に聴いているとなんとも巧い歌手だということがわかる。柔らかなビブラート、ビロードのような声、夜がおとなのものだった時代の雰囲気がしみじみと伝わってくる。

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