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2009年1月

UMEZU KAZUTOKI PLAYS THE ENKA

のっけから激情のアルトサックスが迸る。のたうち回るようなフリーキーなメロディのなかから、やがて立ち上がってくるのは「唐獅子牡丹」。「花と蝶」「夢は夜ひらく」といった演歌の名曲から「ざんげの値打ちもない」「北帰行」「リンゴの唄」といった流行歌、韓国民謡とバラエティに富んだ選曲だ。

『Show the Frog』に続く木管無伴奏ソロアルバム『梅津和時、演歌を吹く』。今回の梅津和時はアルトサックス、クラリネット、バスクラリネットを次々と持ち替えて、ときに激しくときに淡々と木管楽器を響かせる。

仕事帰り、冷たい雨が降る駅のガード下でタバコを吸い乍ら、iPodでこのアルバムを聴いた。ぼんやりと街灯に照らされた線路を電車が走り過ぎていくときに「女の操」が聴こえてきた。情念がうねる、まさにブルース、背中がゾクッとしたのは寒さのせいだけではないだろう。

明日は元旦

冷たい風がぴゅーっと吹いて、物干竿が、こう、カラカラカラーンッと回ったりなんかいたしまして…とは古今亭志ん生の『富久』のマクラだが、年の暮れともなるといやあ寒い寒い。今日は旧暦(農暦)の大晦日、やっぱり旧暦ってのは確かなものだと実感。やっぱり歳末と新年ってのはいちばん寒い時期なんだ。『富久』に出てくる幇間の久蔵が、芝のあたりで火事だ、こりゃ旦那の一大事ってんで、浅草三軒町から芝久保町まで夜道を走りに走るときの寒さの描写、こりゃ今頃のことなんだなあ。おお寒い寒い。明日は元旦だから朝からお屠蘇なんか頂いて家でゆっくりしたいねえ、できないけど(笑)

バスクラリネット

私がバスクラリネットの音色を初めて耳にしたのは天才エリック・ドルフィーの『ラスト・デイト』、A面1曲目の“エピストロフィー”、あの立体的な音の塊がスピーカーから飛び出してきた瞬間だ。もちろんセロニアス・モンクの曲ということもあるのだが、エリック・ドルフィーという希有な音楽家の奏でるバスクラリネットの印象は強烈だった。木管楽器特有のあの暖かみのある深い深い音色と、腹の底までズズン、と響き渡る音圧に圧倒された。

日本が世界に誇るサックス奏者・梅津和時はアルトサックスのほかにバスクラリネットも吹く。この『Show the Flog』は全編これバスクラリネット1本で吹き込まれたソロアルバム。ジャズのスタンダードナンバーからオリジナル、果てはアイヌ音楽までバラエティに富んだ内容。バスクラリネットという楽器の魅力が存分に堪能できる。耳馴れた“I want to talk about you”のバラード演奏は名演と言い切ってしまおう。梅津さん、凄いよお。

くさやの茶漬け

『人生、成り行き〜談志一代記』(新潮社)を読んだ。落語会の巨人、立川談志の半生を最良の聞き手吉川潮がまとめたインタビュー。なぜ談志の落語が凄いのかをずっと考えてきたが、恥ずかし乍らこの本を読んでようやくその一端が理解できたような気がする。

そもそも私が落語が好きなのは、物語が好きでそれを面白可笑しく聞かせる藝だから、ということ。落語を聞き始めた小学生の頃はもう何がなんだかわからないけど、いい大人が着物を着て座布団に座り、扇子と手拭をあれこれ使って面白いことを言っているということに喜んでいた。

爾来30余年、だらだらと落語を聞き続けてくるとだんだんこちらも耳が肥えてくる。いや肥えてくるったってこちらもそれ相応に歳をとっているわけだ、子どもの頃にはわからなかった噺の意味とか登場人物の気持ちとか物語の背景とか、そういったものを自分のものとして嫌でも理解するようになる。そうじゃなければただのバカだ。まあこちらも相変わらずバカだけどさ(苦笑)

『芝浜』の魚屋みたいに仕事なんかしたくねえなあ、金のたんまり入った財布を拾ってみたいなあとか、『野ざらし』の八っつあんみたいに骸骨でもいいから良い女を抱いてみたいなあとか、それなりに大人として生きていると日常のなかのそういう願望だの妄想だのが生まれてくる。たまには『文七元結』の左官の長兵衛みたいに保身を無視した行動をしたりとか、オレここでこんな立場に立つと損なんじゃないか?などとわかっていても、もう自分の気持ちだけが先走って所謂「理屈」というものが後回しになってしまったりする。

周りからは「あんたバカじゃないの?」と言われても「言っちゃったものは仕方ねえじゃねえか」と嘯いて、それでも心の中では「あ〜あ、やっちゃったよお…まあいいか」なんてこともある。こういうことはしないのが所謂「大人」なのだろうが、そう言う意味では私はまだ「ガキ」であろう。それでも人間には必ず「ガキ」の顔があるに違いない。

周りの「大人」を見ているとたいてい「ガキ」の顔を隠している。ただ「大人」と「ガキ」の顔を上手に使い分けているところが私と違うところだ。さすがに私も、ここで「ガキ」の顔をしちゃいけないな、という勘所はだんだんわかってきたが、それでもまだまだ「大人」ですと言えるような人品骨柄ではない。


ここで、<芸>はうまい/まずい、面白い/面白くない、などではなくてその演者の人間性、パーソナリティ、存在をいかに出すかなんだと気がついた。少なくも、それが現代における芸、だと思ったんです。いや、現代と言わずとも、パーソナリティに作品は負けるんです。それが証拠の(明治の四天王の一人で、ステテコの三遊亭)円遊であり、(大正から昭和初期にかけての柳家)三語楼であり、(三語楼の弟子で、兵隊落語と新作の柳家)金語楼でありという<爆笑王>の系譜ではなかったか。その一方、彼らのパーソナリティに負けちゃうんで、<落語研究会>といった作品を守る牙城ができたんじゃないのか。もう少し考えを進めると、演者の人間性を、非常識な、不明確な、ワケのわからない部分まで含めて、丸ごとさらけ出すことことが現代の芸かも知れませんナ。


それに<イリュージョン>と繋がる話になりますが、人間にはどこにも帰属できない、ワケのわからない部分があって、そこを描くのが本当の芸術じゃないですか。でないと、ゴヤの自分の子を喰らう怪物の絵が良いとされている意味がわからないでしょう。あんな絵、貰ったって困るヨ。モジリアニの不気味に首の長い女の絵や、フェリーニの畸形がいっぱい出てくる映画だってあるいはゴッホだってピカソだって、見ていて不快になる人もいるでしょうが、それは常識の範疇をこえたもの、非常識とすら呼べないもの、人間の帰属しえない、イリュージョンの部分を捉えようとしているんじゃないですか。


古稀を過ぎて尚こんなことを考え乍ら高座に上がっている。こんな落語家はいない。私が漸く理解したのは、私たちは立川談志が演じる「落語」を聞いているのではなく、落語を演じる「立川談志」を聞いているのだ、ということだ。そうなんじゃないかなあ、と自分で薄々気がついてはいたが、恥ずかし乍らこの本を読んでそのことに確信を持った次第である。

落語は好きだしとりわけ古今亭志ん朝が好きだが、立川談志は嫌いだという場合、それは談志のパーソナリティが性に合わないということだろう。志ん朝は茶漬けを茶漬けとして食べさせてくれる。しかもその茶漬けは、米の炊き具合も茶の入れ具合もお新香の漬け具合もまことにけっこう。そんじょそこらの落語家の茶漬けとは訳が違う。

そして談志の茶漬けも最高級なのだが、その茶漬けは日によってタイ米だったりウーロン茶だったりくさやの干物が乗っかってたりする。こりゃ不味い、と思っても実はえも言われぬ味わいだったりするのだが、江戸前の茶漬けが最高と思っている人には、なんだこりゃ、という代物にしかならない。

結局「自分」なんだな、「自分」を殺して…「自己犠牲」なんて言葉があるけど、あれも「自分」を殺したつもりで結局「自分」をアピールしている、「無私の行為」ったって、そういう見方もあるんだヨ、てことを落語は教えてくれる、ということを私たちは談志から教わってきたわけだ。

こういう了見を「ひねくれている」というんだろう。しかし「ひねくれている」からこそ面白い。奥が深い。うーん、ナンダカまとまらない……

夜がおとなのものだった頃

静かな夜に聴くジャズはボーカルに限る。などと言い始めるのは私も歳をとったせいか(苦笑)・・・最近ずっと聴いているのが『ナンシー梅木アーリー・デイズ1950-1954』(VICJ-60714)

ナンシー梅木は本名梅木美代志といい1924年に北海道小樽市で生まれた。若い頃から音楽のレッスンを受けた彼女は、終戦後にアメリカのポピュラーソングに興味を持ち、札幌の放送局などで舞台に立つようになる。

やがて1948年に上京、角田孝(g)のバンドで歌っていたが1950年にレイモンド・コンデ(cl)がリーダーの名門コンボ『ゲイ・セプテット』に参加し一躍花形歌手となり、その後も『渡辺弘とスターダスターズ』『小原重徳とブルーコーツ』といった当時の名門バンドや、ラジオ放送などその活動の場を広げていった。

1955年に駐留軍兵士の勧めで渡米、ロスアンジェルスのクラブなどで活躍した後、1957年には『サヨナラ』という映画で東洋人の女性を演じてアカデミー助演女優賞を受賞することになる。そしてリチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世によって『フラワー・ドラムソング』のヒロイン役に抜擢され、彼女は一流スターへの階段を上っていく。2007年8月逝去。

もう20年以上前のことだが、私は徒然なるままに日本のジャズ史を調べていた時期があり、その過程でナンシー梅木の存在を知ったが、その頃は戦後の日本ジャズの音源を気軽に聴くことはできず、どんな歌手なんだろうなあ・・・と思っていただけである。

この復刻版を静かな夜に聴いているとなんとも巧い歌手だということがわかる。柔らかなビブラート、ビロードのような声、夜がおとなのものだった時代の雰囲気がしみじみと伝わってくる。

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幻の名盤

CDショップで見つけた『DANISH JAZZMAN 1967』(DEBUT 1149) を聴いてひさびさにジャズにハマった。

1曲目、仄暗い音色のフルートとトランペットがユニゾンでテーマを奏でる「B's Waltz」でもう心が躍る。ベント・イェーディックのフルートが絶妙な響きでカッコいい。

アラン・ボッチンスキーといえば、ジャズベースの巨人オスカー・ペティフォードがデンマークのジャズマンと共演した『BLUE BROTHERS』にも参加している。これも良いアルバムだったなあ。

ちょっと酔っぱらったバド・パウエルみたいなベント・アクセンのピアノも面白いが、なんといっても凄いのがニールス・ヘニング・オルステッド・ペデルセンのベースだ。

低音から高音まで、太い音から鋭い音まで、弦がギリギリとフレットを刻むかのように唸り、4ビートでラインを刻むだけではなく、まさに自由自在縦横無尽にソロを繰り広げて(これはもうベースソロ!)バンド全体をリードしている。まさに欧州が生んだ天才ジャズベーシスト。それだけにピアノソロの後に来るベースソロは余計、だってもうソロを取る必要ないから(笑)

ラテンリズムのテーマがハードバップらしい「Doo's Bluse」、イェーディックのテナーサックスがブリブリ唸ります。そしてキレの良い演奏がかっこいい「Atlicity」と続いて静かなバラード「I Remember O.P.」でアルバムは終わる。名手ダスコ・ゴイコヴィッチはこの曲のみ参加。

いやあ、このアルバムは凄いわ。1960年代、北欧の地デンマークでこんなにも熱い演奏が繰り広げられていたとは驚きである。ひさしぶりにジャズの凄さをじっくりと堪能させられた。

『DANISH JAZZMAN 1967』(DEBUT 1149)
BENT JADIG (ts,fl)
ALLAN BOTSCHINSKY(tp)
DUSKO GOYKOVICH(tp)
BENT AXEN(p)
NIELS HENNIG ORSTED PERERSEN(b)
ALEX RIEL(ds)
Feb. 8, 9, 20, 1967

年末年始で食べたもの

塩尻駅で買った幕の内弁当・・・可もなく不可もない駅弁なんだけど、塩鮭は諏訪湖の鮭なのか?
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長野で千曲川さんにご招待を受ける。

「きのこ鍋」・・・まいたけを基本にした野趣溢れる素朴な美味しさ。
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しょうゆ豆・・・これは美味い! 翌日お土産に買っちゃいました。
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野沢菜漬け・・・基本ですねー、基本。
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新蕎麦・・・酒宴の〆に最適でした。
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新津駅で買った「まさかいくらなんでも寿司」
ま(鱒)さ(鮭)か(蟹)いくら・・・という意味だそうな
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高山駅で買った「味の合掌づくり弁当」・・・こーんな絵が描かれた蓋を開けると
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こーんなごはんとおかずが現れます。うまいネ、どうも。
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世界の紅白

昨夜の『紅白歌合戦』でいちばん笑ったのは、石川さゆりの『津軽海峡冬景色』で登場したマーティ・フリードマンだった。
『タモリ倶楽部』のファンなら思わず失笑したはずだが、そうじゃない人は「この外人、何者?」と思ったことであろう。しかも途中からいなくなるし(笑)
どうせならサンタナみたいに泣きのギターソロを聴かせてほしかったなあ。
そんなこんなで今年もよろしくお願いします。

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