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2008年12月

今年の反省

うすらぼんやりとしているうちに2008年も暮れようとしている。

今年の反省
殆ど映画を観なかったなあ・・・来年は月に1本くらいは映画館に足を運ぼう。
あまり本を読まなかったなあ・・・来年は週に1~2冊くらいは読もう。
じっくりと落語を聴く機会を持たなかったなあ・・・来年は月に1回くらいは落語会に行こう。

来年の抱負
JR東日本完乗を目指したいなあ・・・青森~岩手はやっぱり遠いよ。
台湾鉄路林口線と花東線の旧型客車にも乗りたいな。

・・・ってもちろん仕事はちゃんとやります(笑)

みなさまよいお年をお迎えください!

年末鉄道放浪記

東京から名古屋経由で長野へ。恵那で明知鉄道を望見、いつか乗りに来るからね~。塩尻~辰野間を走る2ドアロングシートの123系ミニエコーは車輌も景色もステキ。

そんなこんなで漸く長野に到着し友人たちと忘年会。まずは長野電鉄長野線で権堂まで行き、年末電撃入籍の千曲川女史に長野の山幸をたっぷりご馳走になる。前途に幸あれ!多謝!その後、一仕事終えたつたえつ姐さんも合流しひさしぶりに歓談。しかし姐さんとも長いつきあいだなあ(笑)またゆっくりと飲もうね。

翌朝は市内一面の雪景色、駅では長野新幹線がトラブルで運行停止のためちょっとした騒ぎに。私は長野から飯山線に乗ったが大雪でダイヤは遅れ気味、でも雪の山道をキハ110系はガタクリガタコンと走る。可愛いやつじゃ(笑)

十日町から北越急行に乗り換えたらこれがまた雪と強風で遅延。六日町に着いたら上越線が乗り換え客を待っていた。長岡に着いたら信越線も強風で遅延。羽越本線も強風で遅延だったし、どうやら2005年12月の羽越本線砂越~北余目間の突風による列車転覆事故で、JRはまだかなりナーバスになっている模様。

年末の越後はどうやら雪模様らしい。ま、それが越後の冬だけどさ・・・

みちのく鉄道独り旅拾遺

仙台駅にて快速リゾートみのりに遭遇。和風の塗装がシックでいい感じ。いつか乗ってみたいなあ。
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仙台駅で購入した『こだわり弁当幕の内各駅停車』
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そして包装紙にこんな人が…これは本人了解なのか?
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新庄駅の車庫にリゾートみのりが停車していた。今朝仙台で出逢ったヤツかなあ?
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東北新幹線ならではの光景(新庄駅にて)
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秋田でなまはげに遭遇。男鹿線車体ペイントです。
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マタギの里を行く

JR鷹ノ巣駅の端に1輛編成の列車が停まっている。
これが秋田内陸縦貫鉄道線だ。
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ちなみにJRと秋田内陸縦貫鉄道の駅名は表記が違う。
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山小屋風の待合室で終点までの切符を買いAN8800(昭和63年新潟鐵工製)に乗り込む。ちんまりとした車内はがら空きだったが、発車の頃には半分くらいが乗客で埋まる。ほとんどが地元の人々で、物見の客は鉄道マニアとおぼしき初老の男性と青年と私の三人だけ。
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やがてブルルルルーとエンジンの音も高らかに鷹巣駅を発車。暫く奥羽本線と並走したあと列車は雪原の中へと分かれて行く。いよいよマタギの里への列車旅が始まる。

西鷹巣、小ケ田と小さな無人駅で地元の人々が乗ったり降りたり、地元の大事な足になっていることがよくわかる。米内沢~桂瀬を過ぎた辺りからいっそう深山の色が濃くなってきた。
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鬱蒼とした秋田杉の中を走るとまるで杉のトンネルを走っているようだ。途中の主要駅である阿仁合では多くの人々が乗り降りした。ここは車輛基地になっていて色とりどりの列車が停まっていた。
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岩野目の辺りで大館で買った鶏めし弁当を開く。うーん、美味しい美味しい。阿仁合から羽後長戸呂までは山また山雪また雪の區間。こんな山の中の雪深い土地土地に家があり人々は暮らしているのだなあ。
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上桧木内で行き違いのため10分間停車。駅の周囲は一面の雪。駅はまるで雪の海に浮かぶ島のよう、列車は舟のようだ。
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羽後長戸呂を過ぎて山を下って行きトンネルを抜けるとまるで魔法のように雪景色が消滅。逆『雪国』だな。やがて列車は田沢湖線と並走し終点の角館に到着。なんとも素晴らしい秋田内陸縦貫鉄道の旅でありました。
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秋田から大館へ

秋田の朝は寒かった。寒いはずだよ雪が降っている。まだ暗いうちから宿を出て駅へ向かう。

早朝の秋田駅構内にはキハ40男鹿線色が停まっていた。ああこんどはこれに乗って男鹿半島へ行きたいなあ。
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高校生を満載した701系は秋田駅から奥羽本線を北上する。高校生たちは渋谷辺りと同じ若者言葉で喋っているが、その中に素朴な秋田弁のイントネーションが見え隠れ。学校がある駅で高校生たちがどどっと降りて八郎潟を過ぎると車内はがら空きになる。車窓はどこもかしこも雪景色。次第に雪は深くなっていく。いいぞいいぞ、これこそ日本の冬だあ。

東能代で数分間停車。反対側に五能線キハ40が停まっていた。ああ五能線にも乗りたいなあ。
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五能線キハ40を見送り701系は内陸側へ大きく曲がって弘前方面へ。
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もう外はずっと雪景色。白神山地の玄関口でもある二ツ井辺りから先は雪が深くなる。
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鷹ノ巣~糠沢~早口~下川沿を過ぎて大館到着。なぜここで降りるかというと名物鶏めし弁当を買うためである。
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駅前の元祖ハチ公像にご挨拶。
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再び上り列車に乗って鷹ノ巣へ。いよいよここから秋田内陸縦貫鉄道に乗り換えるのである。

いぶりがっこの夜

仙台の朝は列車から始まる(笑)
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まずは東北本線利府支線。もともとこちらが東北本線だったのに、輸送の関係から盲腸支線に転落してしまった悲しい支線。丹那トンネル開通にともない東海道本線から支線に転落した御殿場線と同じ運命だ。
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それから仙台空港線に乗ってそのまま仙台へUターン。ほんとは石巻線や仙石線にも乗りたかったのだが、今回は奥羽本線で秋田へ行くのだ。

東北本線の小牛田で陸羽東線に乗り換えて新庄へ向かう。太平洋側は空がきれいに晴れて気持ちいい。途中の最上で行き違いのため数分間停車。このへんは宮城県と山形県の境目、奥羽山脈の中ほどにあるからさすがに空気が冷たい。
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新庄駅から奥羽本線で秋田へ向かう。東北の各路線を走る701系がちんまりと停車していた。さすが奥羽山脈を越えるとどんよりとした曇り空、線路の辺りは雪が…これこそ日本海側の冬だあ。
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真室川を過ぎた辺りから次第に勾配がきつくなり、大滝~及位~院内あたりは嶮しい山間部を走る。もちろん辺りは雪景色。ちなみに難読駅名として知られる及位(のぞき)は、三遊亭圓歌師匠が岩倉鉄道学校を受験したときの駅名読み方問題だった、って落語のネタだよお(笑)
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横手で北上線と分かれ大曲で田沢湖線と分かれ701系は暗闇の中を秋田へ向かう。秋田は冷たい氷雨が降っていた。寒いなあ。宿に荷物を放り込み夜の街へ夕飯を食べに出る。とりあえず適当な居酒屋に入って刺身を食べてしょっつる鍋とハタハタ塩焼き、いぶりがっこが美味かった。うーむ、スモークチーズのような香りなのにタクアン。秋田銘酒をちびちび飲んで良い気持ち。秋田は良いところだなあ。

秋田は山形の次に好きな県に昇格!
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阿武隈急行線

今年もよく働いた。そんな自分にご褒美を…というわけでもないが要するに乗りたいから行ってきた東北冬の旅2008。

まずは東北新幹線で福島まで行き阿武隈急行線に乗る。JR福島駅から少し歩くと阿武隈急行線と福島交通飯坂線の共有駅がある。
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お得な一日周遊券を買っていざ出発。今回はあぶくま駅に降りてみたが、さすがに阿武隈川沿いにぽつんとある駅は寂しそう。併設されている物産館では地元のオバちゃんがストーブにあたってました。
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線路沿いの道でぼおっとしていたら遠くから汽笛の音が…あれ?まだ列車が来る時刻じゃないのにおかしいな? と思ったら槻木方面から列車がやって来た! ええ?何で? 
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よく見ると方向幕に『試運転』と書いてある。実はこれ、試運転列車だったのだ。ああ吃驚した。慌てて撮ったのでブレてます(笑)

あぶくまから梁川に戻って行き違いの下り列車に乗り換えてそのまま仙台へ。宿に荷物を放り込んで夕飯を食べに街へ出た。お約束の仙台牛タンを食べて大満足でありました。

ウガンダと私

ウガンダ共和国
首都:カンパラ
人口:2,640万人
公用語:英語、スワヒリ語

ウガンダといえばアミン大統領。いやあ日本でも吹き荒れましたねえ、アミン旋風。何しろ「食人大統領」「黒いヒトラー」の異名を持ち、2m近い巨漢でヘビー級ボクサーという経歴の持ち主。恐怖の独裁政治で反政府勢力を殺しも殺したり推定30万人というから凄い。

アントニオ猪木と異種格闘技戦を行うという話もあったが、残念ながら政変でお流れになってしまった。まさかマジだったわけじゃないだろうが(だったら凄い)ファイトマネーは欲しかっただろう。

ウガンダといえばウガンダ・トラ。今年惜しくも若くして亡くなられてしまったが、日本人にとってウガンダといえばウガンダさんのことだろう。さすがミュージシャン、ドラム叩かせたら一流だった。タイトなリズムとビートが凄くかっこよかった。『オレたちひょうきん族』で見せたマイケル・ジャクソンの『スリラー』が懐かしい。

うーん、日本人はウガンダに対する知識が無さ過ぎる! 何しろアミン大統領とウガンダ・トラだけじゃねー……ってそれは私!

オシャレじゃない…

イタリア共和国
首都:ローマ
人口:5,800万人
公用語:イタリア語

いつもイタリアとスペインがごっちゃになる。地図を見ればイタリアとスペインの間にはフランスがあって隣接していない。イタリアの首都はローマだしスペインの首都はマドリード。イタリア語とスペイン語はきっと違う(はずだ)。まあどちらもロマンス語群だから似ているのだろうけれど、たぶんどっちもラテン系というイメージだけでごっちゃになっているのだろう。闘牛はスペインだけどイタリアで行われていると言われても、たぶん多くの人はそうだそうだとシュプレヒコールを挙げるはずだ。

イタリアといえばパスタとワイン。他に無いのかと言われても困る。あ、そうだ。ローマとヴェネチアとフィレンツェという古代都市があるのがイタリアだ。国民が賑やかで情熱的でロマンチック、気候が暖かくて男がスケベ(笑)という印象もあるなあ。私はパスタは好きだがワインは飲まない。女性に人気がある国らしいがこれじゃあ私は女性と話が合わないなあ(苦笑)どうして私は欧州にあまり興味が無いのだろう。

イタリアといえば独裁者ムッソリニーだが、ムッソリーニの息子はイタリアの有名なジャズピアニストだった。愛人と揃って屍を吊るされた父を持つ息子がジャズに走った背景にはどんな葛藤があったのだろうか。あ、そうだ。イタリアは第二次世界大戦中の日本の同盟国だ・・・うーん、ますます女性と話ができないぞ(笑)

名も知らぬ遠き島より

インドネシア共和国
首都:ジャカルタ
人口:2億4,000万人
公用語:インドネシア語

私がインドネシアについて知っていることはほんのわずかだ。まずクロンチョン。インドネシアのポピュラー音楽の名曲『ブンガワン・ソロ』は日本でもよく知られている。ソロ河の美しい流れを唄った歌で、グサン・マルトハルトノのオリジナルヴァージョンもいいが、潘秀瓊の漢語ヴァージョンもすてきだ。

それからダンドゥットというちょっとインド音楽っぽいテイストとロックビートを効かせたポピュラー音楽も良い。スーパースター、ロマ・イラマや女王エルフィ・スカエシが有名。インドネシア料理といえばナシゴレンくらいしか知らない。太平洋戦争中は日本軍が統治していたこともあるから、ある世代の日本人にとっては懐かしいイメージもあるようだ。

それにしても不思議ではないか。2億4,000万人という人口は中国、インド、アメリカに次いで世界第4位。太平洋戦争でも日本と深い関係にあった国なのに、音楽と料理と観光地くらいでしか知られていない。本島と無数の島々で構成されるインドネシアは他民族他言語国家でもある。

インドネシアとニューギニアはどこがどう違うのかというと、地図をみればわかる。ニューギニア島の半分がインドネシア領で、半分がパプアニューギニアなのだ。スマトラ島、ボルネオ島、ニューギニア島はそれぞれ日本の国土に匹敵する大きさ。この三つの島と無数の島々がインドネシア共和国を構成しているのだ。しかも首都ジャカルタはジャワ島にあり、ボルネオ島の東にはセレベス島がある。

これじゃあひとくちにインドネシアと言われても、なんだか茫洋としたイメージしか浮かばない。インドネシアに行きました、と言ってもジャカルタに行ったのか、スマトラに行ったのか、ボルネオに行ったのか、はたまたニューギニア島に行ったのかでは全然違うのではなかろうか。

ジャワ島の東にスラバヤという都市がある。スラバヤと言えば『スラバヤ殿下』という、昭和30年に森繁久彌主演で制作された怪作がある。ペテン師の森繁がスパイに追われてのドタバタを繰り広げ、スラバヤから漂着した土人に化けて一躍スターになるという、よくわかったようなわからないような映画。顔を黒く塗って腰蓑つけて思い切りステロタイプの土人姿の森繁が、日劇の舞台でデタラメ外国語の歌を歌いまくり踊りまくるという、いまでは考えられない作品。

たぶんその頃の(あるいは現在の)日本人は、インドネシアもジャワもボルネオもパプアニューギニアもフィリピンも、きっとハワイやグアムまでも「南洋」というイメージで一括りにしていたのだろうなあ。

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