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もしもインドへ行けたなら

インド
首都:ニューデリー
人口:11億3,000万人
公用語:ヒンディー語、英語他

学生の頃、暫く姿を見せなかった先輩がある日学校に現れた。聞くとインドを旅していたのだという。「すげーよ、インドは。インドに行くと人生観変わるぜー」と先輩は口にしていたが、まあそんなものかなあ、と思っていた。インド帰りの人は口を揃えて「インドに行くと人生観が変わる」「インドに行った人は徹底的にハマる人と、金輪際もうインドには行かない、という人に二分される」と言う。つまりそれだけ強烈な国なのだということだろう。

その後私も中国に行くことになったのだが、そこで私が感じたことは「中国に行くと人生観が変わる」「中国に行った人は徹底的にハマる人と、金輪際もう中国には行かない、という人に二分される」ということ。つまり中国もそれだけ強烈な国だったわけだ。だいたいアジア諸国のなかで異質なのは日本のほうであって、日本からアジア諸国へ行けば、たいてい強烈な印象を受けるのはあまり変わらないのだろう。

藤原新也の『全東洋街道』にもガンジス川の中州に屍体が転がっている写真が載っている。汚物や屍体が流れる川で水浴をして祈るという光景が、日本人や欧米人に強烈なカルチャーショックを与えるのだろう。生と死が隣り合わせにしかも極めて直接的に存在しているため、インドにハマる人は徹底的にハマるのではなかろうか。まあ程度の差こそあれちょっと前の日本でも生活の中に死はかなり当たり前に存在していたのだけど。

私が高校生の頃、ヒンディー語を勉強したいと思って外国語大学や専門学校の願書を取り寄せたことがある。ヒンディー語を学んで将来はヒマラヤでヤギを飼って暮らしたいと思ったのだ。よく考えたらそのためにはインドはインドでもネパール国境のあたりで、あるいはヒンディー語ではなくネパール語が必要なのだが、つまりそれだけアホな高校生だったというわけだ。それでも若い頃にヒンディー語でも勉強しておけば、今頃あの不思議なナーガリー文字が読み書きできたかもしれない。なにしろ हिन्दी でヒンディーと読むのである。ちゃんと学習すればなんのことはないのだろうが、字面だけ眺めているとなんとも不思議だ。

アルファベット系と漢字以外の文字は見ていてとても面白いのだが習得するには根気が必要。ハングルとキリル文字は仕事で必要になったのでしょうがなく読み書きだけは憶えたが、ただ書いてある文字を「読める」だけで意味はよくわからない。ましてやヒンディー語、チベット語、タイ語、カンボジア語、ビルマ語、アラビア語のあの複雑怪奇な文字をいま習得する根気は、残念ながら無い。ベトナム語はアルファベット表記だし、發音も広東語に似ているからなんとかなるかと思い、短期講習に通ったら文法でつまづいてそれっきりだ。

インドと言えばカレーとナン。エスニック料理がごくフツーに食べられるようになった今と違い、むかしはインド料理はそうそう簡単に食べられるものじゃなかった。特に田舎ではインド料理を食べさせる店などは皆無だった。今でもたまに近所のインドレストランでカレーやナン、タンドリーチキンなどを食べることがあるが、初めて食べたナンは美味しかったなあ。もしもインドに行くことがあったらインドカレーを食べて、ガンジス川のほとりでインドビールを飲みたいと思う。

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