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2008年9月

不管白猫黒猫、捉到老鼠就是好猫

荷物はちゃんとトランクに入れた? よしそれじゃ出発しよう。ドア閉めるよ…あんた今日帰国するのかい? 新竹はどうだった? そうかい楽しかったかい。そりゃよかった、おれは新竹人だからね。臺灣は暑かっただろう、うん、7月から8月にかけては暑いんだが、もう9月になるからね、今日はだいぶ涼しいよ。え? 今日も33度あったって? ははは、それでもだいぶ過ごしやすいんだ。新竹から臺灣桃園国際空港まではタクシーだと1時間かからないからだいじょうぶだよ。高速道路もあるしさ。

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臺灣料理はどうだった? 口に合ったかな? そうかい、もう何度も臺灣に来ているのか、それじゃあだいじょうぶだね、それにあんた國語も喋れるし、何処だってだいじょうぶだろうさ。新竹米粉も美味しかったかい? あれは今じゃ最初から最後まで機械で製造するのが主流なんだが、おれたちが子どもの頃はみんな人の手で作ってたもんさ。米粉を作る製麺機があってそれで作った米粉は美味しいよ。まだあるのかって? うん、まだあるよ。今度来たら手作り米粉を食べてみな、美味しいよお(笑)

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東京も暑いんだってねえ、地球温暖化の影響だな、ここ数年臺灣もひどく暑いよ、まあむかしだって暑かったけどねえ(笑)、こんど来るんだったら春や秋に来るといいよ、気候がいいからねえ、でも冬は寒いよ。昼間だって10数度くらいにしかあがらない。東京はもっと寒いって? それじゃあだいじょうぶだね、おれたち臺灣人は寒くていられないかもな。おれは一度だけ東京に行ったことがあるよ。東京はいいところだね、物価は高いけどさ、それでも給料が高いんだろうからしょうがないさ。

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ところで質問があるんだが…日本のサラリーマンはどうしてみんなスーツを着ているんだい(笑)夏なんか暑いだろ? あれがどうも不思議なんだよ。臺北のビジネスマンならともかく臺灣じゃあまりスーツは着ないなあ。それも揃いも揃ってみんなスーツ姿…不思議だなあ……そうかい、あれが制服みたいなものなのかい、みなスーツを着るのが常識なんだね、へえ、さすが日本だ。

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新竹は臺北や臺中に比べて物価が高いのさ。なんでかわかんないんだけど野菜ひとつ買うにも他の街より高いんだ。うーん、なんでかよくわからないんだけどね(笑)それよりも臺灣はいま物価高騰で困ったものだよ、失業も多いしさ、政治が悪いんだよ政治が。陳水扁のニュース観ただろ? 政治家が金を稼いで裕福に暮らしているのにおれたちは毎日たいへんさね。息子の学費も稼がなくちゃならないし、毎日仕事仕事だよ、また東京に行きたいねえ、でも金無しヒマ無しだからいつになるやら(笑)

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おれは国民党が嫌いなんだよ、いまさら中国と仲良くしたっていいこたあないよ、でも臺灣は小さい島だからねえ、このままじゃどうなるかわからない不安もある。でも民進党だってたいしたことはない。陳水扁を見りゃわかるだろ?(笑)、国民党だろうが民進党だろうが、おれたちの暮らしがよくなるんだったらどっちだっていいんだよ、つまり俺たちの暮らしをよくしてくれる政権だったら、それが良い政権だってことさ。

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さあもうすぐ空港に到着するよ。時間はだいじょうぶかい? またいつでも臺灣に来てくれ。そして新竹に来たときはまたおれの車に乗ってよ(笑)ああ、気をつけてね、一路平安! 

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長々と書き連ねて来た臺灣旅行記、これにて幕でございます。
駄文乱文におつきあいいただきありがとうございました。謝謝大家!

彰化扇形車庫

彰化の駅からちょっと歩くと『交通部臺灣鐵路管理局彰化機務段(機関区)』に着く。ここには臺灣屈指の扇形車庫があり見学することができる。今回は是非ここに行きたいと思っていたので迷うことなく行ってみた。受付で入場手続きをして中に入ると真ん中に転車台が位置した扇形車庫が…おおこれは凄い。

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扇形車庫にはおなじみのオレンジ色のディーゼル機関車がたくさん停まっている。そのなかに真っ黒い蒸気機関車が2輛停車していた。ひとつはDT668、もうひとつはCK101で、特にCK101は1916年に製造された骨董品ともいうべき蒸気機関車。さらに見かけたことがない南アフリカ製の電気機関車E101がいた。

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ふだんは子ども連れのお父さんお母さんが見学に来るらしく、いい歳をしたヘンな日本人が興奮して写真を撮っているのを見た機関区のおじさんがいろいろと解説してくれた。

「このCK101蒸気機関車とE101電気機関車はもう国宝級の車輛なんだよ。もうすでに臺灣にはここ彰化機務段に1輛ずつ残っているだけなのさ。この車庫も戦前に日本が建てたんだけどね、921地震のときにもほとんど損傷を受けなかったんだよ。日本の技術は凄いなあって思ったよ(笑)…そうそう今日はこれから機関車が発車するから見学していきなさい。今日は1回だけだからちょうどよかったね」

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超レアな列車が2台並んで私の眼前にいる。来てよかった……しかもそれだけでなく今日1回だけの転車台操作を見学できるとは、どうしてこの運の良さがふだんの生活に活かされないものかとちょっと苦笑い。

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ゆっくりと転車台が回転を始め、これから出庫するR69ディーゼル機関車のいるレールにぴたりと連結した。そしてエンジン音も高らかにR69はゆっくりと転車台に乗る。転車台がふたたびゆっくりと回転して本線へ向かうレールに連結し、運転手と整備士が臺灣語で何やら言葉を交わして、機関車は彰化駅へ向かって走り去るのであった。

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臺灣の水力発電所

二水から集集線に乗って終点の車程で降りると朋友の知り合いの某氏が出迎えてくれた。彼の車に乗って水力発電所(水力電厰)を見学に行く。受付で軽く手を振って挨拶を交わして車は何事もなく施設の中へ。そんなに簡単に見学できるのか。まあ小学生の社会科見学でもダムに行くしね。

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終点の車程からさらに山の中へ入っていくと観光地としても有名な日月潭がある。日本統治時代に水力発電所を建設するため、もともとあった湖に濁水渓から水を引き込み現在の大きさになった。いわば半人造湖である。この水力発電所が戦後に大觀発電所(大觀電厰)となって現在に至っている。更に日月潭の下流に明潭ダム(明潭水庫)というダム湖があって、ここにも大きな鉅工発電所(鉅工電厰)がある。大觀発電所は日月潭から流れ出る水を使って発電しており、さらにここから流れ出た水が下流の明潭水庫に注がれる。そして明潭水庫から流れ出た水を使って発電しているのが、水里にある鉅工発電所なのだ。なんとも効率の良い構造だ。

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まず私が向かったのが鉅工発電所。車を降りて大きな建物に入ると巨大な発電機がぐわんぐわんと動いていた。おお、これはすごい。某氏がいろいろと説明してくれるのを聞き乍ら、おおこれは凄いこれは面白いとあちこち見て回る。

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こっちに来いというので階段を降りていくと巨大なタービンがグルングルンと凄い勢いで回転している。さきほど1階で動いていた発電機のタービン部分なのである。さらにこの下に轟々と水が流れていてこれが明潭水庫から流れ出ているのだ。もっさりとしてどことなく蛭子能収に似た雰囲気を醸し出す某氏は、ヘンな日本人が凄い凄いと喜んでいるのをニヤニヤ笑って眺めている。

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ああ面白かった、と喜んでいたらまた車に乗せられてさらに山奥に入っていく。またもや受付をフリーパスで通り抜けてトンネルに入っていく。と、トンネルが行き止まりになっているところで車を停めここで降りろという。ん?何だここは? 

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ここは大觀発電所、トンネルの奥にある大きな扉から中に入ると巨大な体育館くらいの空間があった。奥にはステージがあり壁には『濁水渓流域水力電厰分布圖』というパネルが…やはり社会科見学で使ったり見学者に説明したりする空間なのだろう。床の真ん中には発電機があってぐわんぐわんと動いていた。

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「ありがとうございます。いいものを見せてもらいました」と言ったら、某氏はにっこり微笑んでまたこっちに来いと階段を降りていく。また地下を見せてくれるのかと後をついて行くと、さきほどと同じように巨大なタービンがグルングルンと凄い勢いで回転している。タービンの他、計器盤だの制御装置だの複雑な機械があっちこっちにあって盛大に発電しているのだった。

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某氏はさらに階段を降りていく。地下1階、地下2階……とうとう地下5階まで連れて行かれた。「ここが一番深いところだよ。ほら見てご覧なさい」と言って指差す場所を見ると金網の下を凄い勢いで水が轟々と流れている。私はいまどれくらい地底にいるのだろう?

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「この大觀発電所は戦前に日本が建設したんだよ。戦後は臺灣の発電所になって臺灣全島の水力発電の半分以上をここでまかなっているんだ。921地震のときもこのへんは被害を受けたんだけどこの発電所はびくともしなかった。日本の建設技術はたいしたものだよ(笑)」

朋友も「ふつうはここまではなかなか見ることができないんだ、今日はよかったね」と言ってくれた。それはそうと某氏はどういう人なの?と尋ねてみたら、彼は発電所の偉い人、それも相当な地位にいる人だった。それじゃ受付フリーパスも当たり前、蛭子能収だなんて失礼しました(笑) わざわざ私ごときのために時間を割いていただき感謝感謝である。

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歌仔戯

歌仔戯(ゴアヒ)を観に行った。と言ってもあちこちを巡業している劇団なので、たまたまそこに行ったら上演されていたというわけだが。

朋友に連れられて夕食に行く途中でお寺に寄ったら、きらきら輝くステージでマイク片手に大熱演の野外公演に遭遇。暫くじっと眺めていたがこれがまたなんとも面白くて釘付けになってしまった。歌仔戯のセリフは臺灣語だから何を言っているのかさっぱりわからない。さっぱりわからないのだけれども面白くて面白くてしかたがない。

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歌仔戯は臺灣語で語られる臺灣の歌劇で臺灣オペラとも言う。ちなみに中国には地方劇がたくさんある。有名な京劇は北京や上海で発展したもの、粤劇(広東省)、川劇(四川省)、昆劇(江蘇省)……書ききれません。

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京劇のような洗練や技術はないけれど、街角のあちこちで地元の爺さん婆さんが楽しそうに観劇し、最初は物珍しそうに観ていた子どもはそのうち飽きて走り回り、トラックの荷台に連結された移動ステージの前を二人乗りのスクーターが通り過ぎたり、このどさ回り感がたまらない。ステージの上の舞台と客席(つまり街角)の渾然一体となった雑然とした雰囲気がたまらないのである。

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しかし何言ってるんだかさっぱりわからないな。きっとこの姐ちゃんは悪代官に迫られていて嘆き悲しんでおり、やがて後半ではかっこいい男が現れて彼女を救ってめでたしめでたし…とまあ、そんなふうに言い切ってもあながち間違いではないのだろう。

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歌舞伎や人形浄瑠璃、京劇や宝塚歌劇…演劇が民衆を非日常の世界に連れていくということが少しわかったような気がした暑い暑い臺灣の夜。

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敵国って…

一日余裕があったのでわが愛しの基隆へ行ってきた。新竹から基隆行きの區間車に乗って車窓を眺め乍らのだらだら旅。旅の基本はだらだらである。桃園、山佳、鶯歌と過ぎて臺北に到着。さすがに人の乗降が多い。臺北を過ぎると區間車は地上に出て松山、南港と市街地をひた走り東部幹線との分岐点である八堵を過ぎる。ここまで来ると基隆はもうすぐだ。

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基隆市街の三坑を過ぎて區間車は静かに終点の基隆に到着。一年ぶりの基隆だ。この街並みこの雑踏港の風景、ああ基隆は良いなあ。そろそろお昼なので迷わず廟口へと向かう。夕方ともなるとこの一帯は名高い廟口夜市として賑わうのだが、さすがに昼間は夜の賑わいはない。それでもかなりの人混みだ。まずは奠濟宮に拝拝をしてから油飯(中華おこわ)と蟹の餡かけスープを汗を流し乍ら食べる。やっぱりこのコンビは最高! 

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今回も和平島海浜公園へ行くために市内バスに乗った。相変わらずのおんぼろバスは基隆市内を走り抜ける。やがて終点の和平島で降りて公園に入り海岸の遊歩道をぶらぶら。そういえば昨年はこの海岸で尼さんからお数珠を貰ったのだった。今日はお姿が見えなかったがお元気でいらっしゃるのだろうか。ぼんやりと海岸を散策してからバス停に戻ろうと歩き出す。

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さてバス停はこのへんだったかな…とチンタラ歩いていたら道路脇に立つ警察官に「○△※■&#$!」と怒鳴られてしまった。だから私は臺灣語はわからないんだってばあ…ただ道を歩いているだけだし、何かしましたか? 私は日本人の旅行者なんですがいったいなにごとでしょうか?と丁重に尋ねたら、警察官は(ありゃ、こいつは日本人か)てな顔をして「『#○%▼』!…そこのベンチに座っていなさい。3時で終わるから」臺灣語と國語のチャンポンでそう言った。

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詳しく尋ねようと思ったがピリピリとしてそんな悠長な雰囲気ではない。「#○%▼」? 何それ? 臺灣語なので何だかわからないが、日本でも中国でも臺灣でも公安や警察に逆らってはいけません。おとなしく座って時計を見たら午後2時50分。あと10分で何やら終わるらしい。そういえば道路には車が一台も走っていないし、道路には人っ子一人おらず、街はひっそりと静まり返っている。いったい何が起こっているのだろうか? 

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やがて時計が3時になると港の向こうから大きなサイレンの音が港に響き渡った。もちろん未体験だが一瞬「空襲警報?」という単語が頭をよぎる。そしてサイレンによって魔法が解けたように車は動き出し、人々も家の中から外へ出てきて街はいつもの賑わいを取り戻す。まるで夢を見ているようなひとときだった。

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「ええ?『#○%▼』? ははは、それは『萬安演習』(と國語で発音してくれる)だよ。え、何だって? 違うよ『晩安(おやすみなさい)』じゃないよ!(爆笑) 今日は『萬安演習』だったんだけど、そうか、知らなかったんだ? 『萬安演習』というのは国防演習のことで、一年に一度臺灣全島で行われるんだ。30分くらいなんだけど、その間は人は建物のなかにいなければならず外に出ることはできない。車は高速道路などを除いてすべて運転禁止。鐵道は走行中の場合はいいけど駅にいる旅客はすべてじっとしてなくちゃならないんだ」

「まあ臺灣はいつ敵国(笑)から攻めてこられるかわからないから(苦笑)…というかそういう意識を常に持っていなければならない、ということなんだ。ホテルに戻ったらニュースを見てごらん。『萬安演習』のニュースを報道するはずだよ。むかしは同日同時刻に全島一斉に行われたんだけど、最近は地域ごとで行われるようになった。まあ臺灣人のなかには肯定・否定といろいろと意見もあるんだよ」

その夜、新竹の街で朋友が食事をし乍ら話してくれた。
うーん、敵国ねえ…いったいどこなんだろう、敵国…(苦笑) 

ま、たしかに臺灣の駅舎やいろいろな施設には空襲の際の避難経路図が目立つところに掲示されているから、臺灣はまだ戦時下なんだなあと思ったことを憶えているが、偶然乍らこういうことを体験してみて、臺灣が置かれている政治的情況はなかなかに複雑なんだなあ、と改めて実感した一日だった。

(注)「萬安」と「晩安」は同じ發音(wan an)

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内灣線と集集線

臺灣鐵路には主要幹線の西部幹線と東部幹線のほかいくつかの支線がある。

平渓線(瑞芳~菁桐)
内灣線(新竹~内灣)
集集線(二水~車程)
林口線(桃園~長興)

このうち平渓線以外は未乗車なので今回の旅を機会に内灣線と集集線に乗った。

内灣線は西部幹線の新竹から分岐して山の中へ入っていき終点の内灣まで行く路線。しかし現在起点の新竹から途中の竹東までが工事中のため竹東から内灣の間を往復している。これは臺灣高速鐵道の開業や旅客列車運行の改善にともなう工事計画の一環。再開は2012年ということなので、もっと早く乗ればよかったなあ…まあそれはそうと新竹駅からバスに乗って竹東へ向かう。

竹東の駅舎は戦前の日本統治時代の雰囲気をよく残した名駅舎でとても楽しい。ホームに入るとすでにDR1000形気動車の1輛編成が発車を待っていた。運転席にはタブレットが置かれていてローカル線の雰囲気満点。近年は臺灣でも鐵道人気が高まっており、内灣線もかつては寂れたローカル線だったが、一種のレトロブームもあいまって週末ともなると若い人達がこぞって訪れるという。今日もたくさんの若者たちで1輛編成のDR1000形は満員御礼。

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竹東を発車してからしばらく田園地帯を走り抜ける。車窓からは水田や畑や椰子の木が現れては消えてゆき、川を渡ったと思えば県道と並走したりしてなかなか面白い。やがて山間部に入り取ってつけたような富貴を過ぎてトンネルを抜けると終点の内灣に到着。辺りを山に囲まれた静かな街…だったのだろうが、今では駅前は食堂や土産物店が林立する賑やかな商店街に変貌している。

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侯孝賢監督の映画『川の流れに草は青青』で都会から田舎の小学校に臨時教員としてやってきた青年が降り立つ駅がここ内灣だ。青年が下宿することになる古ぼけた映画館はそのまま残っており、今は映画館兼レストラン兼土産物店になっている。地図を見ると小学校もこの近くにあるはずだ。

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駅の反対側の崖の上に日本家屋が見えたので行ってみるとここはかつて日本統治時代の駐在所だったところ。なんといまでも現役の駐在所として警察官が詰めている。こんどは一日ゆっくりと市街地も散策してみたいところだ。

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彰化から嘉義へ向かう途中に二水という駅があり、ここから山のなかへ集集線が走っている。集集線の終点は車程という街でここからほど近いところにダム湖としても名高い日月潭がある。ここにはかつて日本統治時代に建設された巨大な発電所(發電厰)があり臺灣全島に電力を供給している。

二水駅でDR1000形気動車に乗り換えていざ出発。本線と別れて鄙びた風景の中を走るとこぢんまりとした源泉の駅に着く。すぐに発車してお次は濁水、龍泉と停まっていく。このあたりは1999年の台湾大地震(921地震)で大きな被害を受けたところ。これから向かう集集の駅舎も大きな被害を受けたという。こぎれいな濁水の駅舎も地震後に再建されたのだそうだ。いまだに土台から傾いたままの鉄塔があって吃驚したりする。だいじょうぶなのか? 

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そしていよいよ集集に到着。集集線のハイライトはこの駅なのでほとんどの旅客はここで下車。地震で復元されたとはいえ日本統治時代の名建築名駅舎の白眉であろう。駅のそばに集集線のことを書いた石碑があり地震で倒壊したあとも地元の人々の要望や尽力でそのまま復元されたのだという。

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過去のことはどうあれ戦争を知らない日本人の私が素直に感じるのは、それほどこの駅舎は地元の人々に愛されていたのか、ということである。ありがたい話だ。それにしてもすばらしい駅舎である。一日中ここに居たいくらいだ。駅のそばにアメリカ製の古い蒸気機関車が展示されており、なぜか戦車も展示されている。

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ふたたび集集から終点の車程へ行き暫く散策してから再び集集線に乗って水里で下車。水里の街を散策してからスコールの中を集集線は二水へ向かって走り出したのである。

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これにて内灣線(一部)と集集線乗車完了。残るは難攻不落の林口線(笑)だな。何しろ一日に二往復(早朝と夕方)しかないのだ。次回は必ず乗るつもりである。

灼熱の臺灣に地獄を見た

臺灣中西部の街、彰化を訪れた。

市内には八卦山という山があり公園になっている。山の上には寺廟があって巨大な大仏がある。いちおう彰化の名所なので行ってみた。ちょうど中元節だったので朝から拝拝…お参り…の準備に大わらわ。境内は参詣の人々とお供物で埋め尽くされ盛大にお香が焚かれていた。

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巨大な大仏は中が空洞になっていて上まで登れるという。中に入ってみると象が柱を支えていた。

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大仏の上から眺めると広い境内いっぱいに赤い円卓がずらり。上に乗っているのはお供物。こういう構図が中華文明っぽい。

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八卦山を堪能してから山門を出て山を下る。ふと見ると脇道の坂の下に薄汚れた怪しげなお寺が…臺灣の街は寺廟だらけなので驚きはしないが、何かに引き寄せられるように私の足はその坂を下っていった。すると…

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もうこれは行かざるを得ない。いや行くべきである。なにしろ「全部電動」だ。

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八卦山の賑わいが夢幻のように思える寂しい境内、入り口のオバちゃんに50元払って中に入ると、期待を裏切らない、いやがうえにも期待が盛り上がる入り口が…

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さて十八地獄巡りの始まりだ。まずは真っ暗な回廊に足を踏み入れると、とつぜん足下の床がグラグラ揺れたり、暗闇から血みどろの人形が飛び出してきたり…お化け屋敷だよ(笑)

回廊を抜けると地獄のジオラマが並んでおり、人が通るとセンサーで感知して「全部電動」がその全貌を現す。機械音とともに人形たちが動き出し、見るだに恐ろしい、身の毛もよだつ地獄の光景が展開される。


腸を抜かれている
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首を裁断されている
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セイロで蒸されている
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頭を揚げられている
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舌を抜かれている
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お茶を注いでくれる天女(?)なのだが顔が怖い…
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ヘタクソなのでうまく撮れていないけれど、いやあこれは50元じゃあ安いくらいのワンダーランドだな、しかもユルユル。あまりにもユルいので暫し暑さを忘れてしまう。うーん、また行きたいスポットに出逢ってしまった。彰化に行くことがあったら絶対はずせない彰化南天宮である。

臺灣快樂!

日本の眼鏡ブランド『99.99』(フォーナインズ)が臺灣に!と思ったら…ヒトケタ足りないぞ(笑)
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ここは有名な嘉義車站阿里山森林鐵路キップ売り場です。
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阿里山森林鐵路の運行區間は「嘉義〜奮起湖~阿里山~沼平」です。阿里山森林鐵路は運行區間は基本的に「嘉義〜阿里山」なのです。

ところが春先の山崩れで奮起湖から先が一部不通になっていました。だから「嘉義〜奮起湖」間を折り返し運行しているわけです。

だから急遽、途中の奮起湖までしか行かないことになっても、車体にサボ(行き先表示板)が設置されていないので、思い切りチョークで書きなぐったというわけです。鐵道好きじゃないとわかりにくいか(苦笑)
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カタカナは間違いやすいよね。「ン」と「ソ」、「ツ」と「シ」をうまく書き分けられない日本人もいっぱいいます。わかるわかる…でも「ゴ」はないだろう「ゴ」は…
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カタカナは間違いやすいよね。「ン」と「リ」をうまく書き分けられない日本人もいっぱいいます。わかるわかる…でもなんか可愛いよね「パチリコ(笑)」
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蛙の屋台?と思いきや、これはタピオカの看板です。日本ならこういう表現はしない。たしかにカエルの卵塊に似てるけどさあ(苦笑)
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臺灣快樂(臺灣は楽しい)!

頓知が効いてる

こんな看板につられて買ってみた…
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なるほど春巻だが…
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中には甘いソフトクリームが…
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奮起湖駅の近くで食べた春捲氷淇淋(春巻ソフトクリーム)…暑い午後に美味しいデザートでした。


これは何か…?
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甘い酢味噌の下にはさつまあげ、ちくわ、つみれ、大根…
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食後はスープを注いでもらいます。
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これは臺灣名物の甜不辣(テンプラ)です。おでんの具をカップに入れて、上から甘い酢味噌をたっぷりかけていただきます。ちなみに「甜不辣」とは「甘くて辛くない」という意味。

おでんは「関東煮」という名前で夜市(夜店)や便利商店(コンビニエンスストア)で普通に売られています。ちなみに鹿児島あたりでは「さつまあげ」のことを「てんぷら」と言うそうです。何か関連があるのかしらん。


日活寫眞館

早朝の新竹市内をウロウロする。

新竹にもたくさんの日本統治時代の建物が残っていて散歩も楽しい。東京の街にも戦前の建物が残っており…たとえば神保町古書店街とか…現代の建物と戦前の建物が同居している。それでも古いアールヌーボー的建物はもう少数派。現代建築のなかにひょっこり顔を覗かせているのがふつうだ。

ところが臺灣にはいたるところに日本統治時代の建物が残っていて、それがいまでもちゃんと使われているところが面白い。「古いことは古いんだけど、でもしっかりしてるんだよ」と話す人もいる。

さてここ新竹の北門街は古い建物がたくさん残っていることで知られている。私も朋友に教えられて朝からウロウロと散歩。こんな建物がたくさん残っているのである。

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しげしげと眺めていたら建物の二階部分になにやら文字が彫ってあるのに気がついた。ナンダロウと近寄ってみると…『館眞寫活日』…じゃなくて(笑)『日活寫眞館』と彫ってあるのが見えた。

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おお、ここは写真館だったのかあ、と写真を撮っていたら、近所に住んでいるオジサン(横縞のシャツを着ている人)が「そうだよ、ここは写真館だったんだよ」と話しかけてきた。

「ほらここにそう彫ってあるだろ。それにこの建物は、今じゃいくつかに分けられて人が住んでいるけれど、むかしはひとつの建物だったんだ。戦後に分割されてしまったけれどね。この下から奥に入っていくと小さな中庭があってね、古いことは古いけれどしっかり造ってあるんだよ。それから、ほらあそこに見える建物はむかしは医院だったんだよ」

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かつてここでたくさんの日本人や臺灣人が、家族写真や結婚写真や七五三の写真なんかを撮影したのだろうなあ。むかし新竹に住んでいた人には懐かしい場所なんだろう。

臺灣水果

南国臺灣は果物天国です。今まではあまり食べなかったのですが、今回はいろいろと食べてみました。

火龍果 「紅龍果」ともいうなんとも不思議な形状のフルーツ。見た目は強烈ですが味は淡白。
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中身はこんなです。
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香蕉 おなじみ臺灣バナナ。これは臺中産ですな。
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木瓜(パパイヤ)
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楊桃子(スターフルーツ)不思議な形状で横に切ると星形になります。甘くなくやや酸っぱめで水分が多く喉が渇いたときなど最適。
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龍丸 ライチみたいな果物です。
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ドリアン、椰子、鳳梨(パイナップル)勢揃い
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海線山線

数回の訪臺で臺灣鐵路の大部分を乗車してきたが、今回の目標は未乗車の海線と成追線乗車。まず最初に説明しておくと、西部幹線というのは以下の路線の総称である。

縦貫線(北段)基隆ー臺北ー新竹ー竹南
臺中線(山線)竹南ー臺中ー成功ー彰化
海岸線(海線)竹南ー大甲ー追分ー彰化
成追線    成功ー追分
縦貫線(南段)彰化ー嘉義ー臺南ー高雄
塀東線    高雄ー竹田ー塀東ー枋寮

とりあえず新竹から大甲間の切符を買う。臺中まで買ってあとで補票(精算)してもいいのだが、大甲でも乗り換え時間があるし駅舎も撮影したい。新竹駅のそばで小龍包を買って朝食とする。うん、美味しい。

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自動售票機(自動券売機)で大甲までの切符を買い停車中の區間車(各駅停車)に乗り込んで発車を待つ。食後のデザートとして昨夜買った柚子…といってもラグビーボールみたいにでかい…を食べていたら、切符を持ったオネエチャンが不安そうに話しかけてきた。「この列車は香山に停まりますか?」彼女が持っている切符は「新竹ー香山」間だった。香山は新竹の次だしこれは區間車だから停まりますよ、と教えてあげたらホッとしていた。列車に乗り慣れていないんだろう。あるいは地元の人じゃないのかも?

これが臺灣の柚子…
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定刻どおりに発車。私がもぐもぐと柚子を食べているうちに香山に到着。件のオネエチャンは私に向かってニコッと笑って降りていった。やがて區間車は山線と海線の分岐駅である竹南に到着。車窓から赤い大魔神のような巨大な像が見えてきた。なんだこりゃ? 

あとでわかったことだがこれは五穀先帝とか神農大帝という農業の神様なのだそうだ。この像の下には寺廟があるというのでいつか行ってみようと思う。それにしてものっぺりとした町並みのなかにそびえ立つ五穀先帝はインパクト大。

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竹南を発車した區間車は山線と別れて海線に入るがここから油断はしていられない。竹南から大甲の間には、日本統治時代に造られた臺灣鐵路でも有数の木造駅舎が点在しているのである。區間車が走るにつれて車窓から海岸が見え隠れしている。

そして談文、大山、新埔、日南と点在する木造駅舎の素晴らしいこと…ただし運行本数の関係でこの4駅に下車するには事前計画が必要だ。しかも談文駅の周囲には田んぼしかないし食糧の準備も必要だ。というわけで次回は必ず全駅に下車することを誓った。ふたたび車窓から東シナ海が見えてきた。ロングシートの區間車はガッタンゴーと走り続ける。

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大甲に到着。いったん改札を出て駅前を散策し、大甲から臺中までの切符を買う。臺中ー大甲間を走る列車が多いのでここはそれなりに重要な駅なのだろう。

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こんどは大甲から臺中へ向かう。ここから先は海も見えずけっこう退屈、とはいえそれなりにローカル線ののんびりした雰囲気に浸っているうちに、やがて區間車は追分に到着。追分は小さな駅ではあるがここは重要な駅なのだ。

写真を見ていただければおわかりだが、この追分と山線の成功を結ぶわずかな路線がある。これが成追線という海線と山線を結ぶ連絡線なのである。彰化行きの海線は追分から成追線と分岐している。海線→山線あるいはその逆の場合も、いちいち彰化まで行くのは時間の無駄だしね。

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そもそもこの路線が開業した当初は、大甲方面からやってきた海線はいったん成功駅に入線し、スイッチバックで彰化へ行っていた。これを避けるためにも海線と分岐する追分駅を新設したのだという。追分(おいわけ)というのは、ひとつの道が二股に別れる場所のことだから、いかにも日本統治時代の産物という感じがする。

成追線と名前はついているが成追線じたいの時刻表というものは存在しない。あくまで連絡線としての存在でしかないのだ。かの宮脇俊三(1926-2003)も『台湾鉄路千公里』のなかでこの成追線……宮脇俊三は「循廻追分線」と書いている……に乗るか否かの逡巡について数頁を費やしているが、鐵道好きにとってこの気持ちはよくわかる。

もっともこの旅行記が書かれた当時(1980)はこの「循廻追分線」は「一日二往復の客車列車が走って」いたということで、今よりも乗るには時間がかかったのだろう。というわけで私は追分から成功までの間…あっという間に到着…を乗って無事成追線乗車完了。

やがて列車は烏日、大慶を過ぎて臺中に到着した。台湾第二の大都市である臺中、その荘厳な臺中駅舎は人をして感動せしめずにはおかない。

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ここで私は臺中の正面改札から出ることをせず、噂に聞いていた(笑)後駅(臺中後站)から出札することにした。臺中駅の地下通路をあまり人が行かない方向に歩いていき、階段をあがると目の前に小さな改札と小さな駅舎があった。ここが臺中後站…1905年建造の荘厳な臺中駅舎とはうらはらな、静かで小さな駅舎なのだった。駅の裏側にも街が広がっておりここを利用するひともけっこういるらしい。

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さて後站を出たはいいがここからどうやってメインの駅前に行けばいいのだろう。なんかどっかに通路か歩道橋があるはずだがよくわからない。腹も減ったことだしここらで昼飯にしようと歩き出して目についた小さな食堂に入り、鶏肉飯と貢丸湯というシンプルな昼餉をとる。

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店の老板(オーナー)に「駅前に行きたいのですがどうすればいいですか?」と尋ねると「後站の方向に戻って建設工事中の建物の角を曲がると地下道の入り口だよ」と教えてくれた。お礼を言って歩いて行くと、なるほど地下道の入り口があった。

臺中のメインの駅前に出て暫し散策した後、駅に戻ってこんどは新竹行きの切符を買った。ここから先はもう山線に乗って戻るだけ。昼飯を食べたし後はだらだら乗っていればいいや。

臺中を出た列車は豊原、三義を過ぎて銅鑼に停車。ああ銅鑼だ銅鑼。ここは侯孝賢監督の名作『冬冬の夏休み』(1984)の舞台となった街。夏休みを過ごすために臺北からお爺ちゃんの家にやってきた冬冬が、駅前で遊んでいた地元の子どもと、自分のラジコンカーと亀を交換する場面が可笑しい。いつかゆっくりと訪れたい街である。

そして列車は苗栗を過ぎ、再び現れた竹南の五穀先帝像を後にして、夕闇迫る新竹の街へと向かうのであった。これにて臺灣鐵路西部幹線全線乗車完了。

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続アジワン in 臺灣 2008

通路だけど、何か?(奮起湖にて)
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なんでおめえ白いんだよ、ああ?(奮起湖にて)
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はあ〜、暑い暑い(彰化にて)
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魚に餌やるんならおれにくれよ(新竹にて)
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なに見てんだよ(内灣にて)
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ねえねえとうちゃん、ねえねえ
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ねえ、とうちゃんってばあ…
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…ちぇっ……
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いいもん、にいちゃんと遊ぶもん!(以上、臺中にて)
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あれえ、ここはどこ? かあちゃんはどこ?(彰化にて)
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ぼくは屋台の上が好きなんだい!(水里にて)
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恥ずかしいから撮るなよ…(内灣にて)
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臺灣にはやたらと黒犬が多いのですが、朋友によればこれらは「臺灣土狗(臺灣犬)」なんだそうです。野良犬も黒や茶色が多いです。都市部では洋犬や大型犬(シベリアンハスキーとか)を連れている人もよく見かけました。ちっちゃい臺灣犬の仔犬をポケットに入れて歩いているオジサンもいました。

臺灣好吃

まずは名物料理からご紹介。

米粉(ビーフン)と貢丸湯(コンワンタン)
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米粉は新竹と埔里が名産地。貢丸湯(豚肉団子)はつみれ団子を薄味スープに浮かべて熱々をいただきます。臺灣のあちこちにあります。写真は米粉の本場、新竹の新竹米粉!


肉圓(バーワン)
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筍と肉の入った餡をでんぷん質の芋粉で包んで蒸したもの。臺灣では人気の点心でどこに行ってもみんな食べている。今回は新竹と彰化、水里で食べたがいずれも味わいが異なる。とにかく食べ応えがあり一杯でおなかいっぱい、と言ったら朋友に笑われた(苦笑)
國語では肉圓(ロウユァン)だが現地では臺灣語の「バーワン」でOK。写真は彰化肉圓。油でサクッと揚げてあります。新竹肉圓は紅麹入りなので紅い色。水里肉圓はモチモチでした。


油条(ヨウティアオ) & 豆漿(トウジァン)
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朝はお粥…というのもありだけど、私は絶対にこれ! 私はこれが大好きなんだなあ…揚げたての油条を豆漿(豆乳)に浸してかぶりつく。温かい豆漿との組み合わせが最高。

食堂はだいたいこんな感じ。
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肉粽(ロゥゾン)
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おなじみの「ちまき」です。これは内灣で食べた客家肉粽。客家人の伝統料理でとても爽やかな香りの強い笹の葉に包まれていて新鮮。


貢丸(コンワン)三種
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白い貢丸はイカ、黒いのはイカ墨入り、紅いのはタコだそうです。


嘉義鶏肉飯(チァイージーロゥファン)
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嘉義名物の鶏細切り肉かけごはん。淡白なのに味わい深い…

(続く)

アジワン in 臺灣 2008

臺灣の夏は朝から暑いので寝る。
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昼間も暑いので寝る。
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駅のホームでも寝る。
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仲良く寝る。
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親子でくつろぐ。
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たまには川にも入る。
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でもやっぱり暑いので寝る。
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(続く)

臺灣電視

臺灣のホテルに泊まったときの楽しみは、なんといっても電視節目(テレビ番組)である。臺灣は有線電視(ケーブルテレビ)が発達しているので頻道(チャンネル)数はゆうに100を超える。報道番組からバラエティ、ドラマ、アニメ、テレビショッピング…さらにアメリカや日本のドラマや映画、記録番組(吹き替えも字幕版もいろいろ)。

最近は韓流ドラマも人気らしく『チャングム』みたいな歴史ドラマもあった。さらには株式番組から仏教法話もある。またラブホテル兼用のホテルに泊まると無修正ポルノビデオがばんばん流れている。臺灣ではラブホテル兼用のホテルが多くふつうに友達同士や団体で泊まる。もちろん実質はラブホテルなのだが安いわりに設備がいいのでけっこう人気なのだとか。

報道番組はだいたい同じ形式で流暢な國語(中國語)で政府批判から街角のB級ニュースまで報道する。昨年から前総統の陳水扁(民進党:現在は離党)一族の選挙資金不正蓄財疑惑にからんだ洗銭案(マネーロンダリング問題)が臺灣全島を揺るがしている。昨年に訪臺したときもテレビ番組では熱烈報道だったが、今年も相変わらず熱烈報道の真っ最中だった。しかも今年は陳水扁や車椅子の愛妻呉淑珍、陳水扁の息子夫婦に娘、さらには資金提供したと噂される遠東集團董事長がSOGO百貨店の株式獲得に絡んだりと、どのチャンネルでも喧しいことこのうえない。

「私は総統の馬英九(国民党)が好き、だっていい男だし(笑)…でも国民党が政権を取っても物価高騰や雇用不安は止まらないんです…市民の不満もたまっているし、それもあって陳水扁が叩かれているんです」(ホテルのフロントの小姐)

新たな新証言が毎日のように報道され、弁護士だの法律家だの評論家だの有象無象が次から次へと現れる。だいたい臺灣の報道は苛烈なのだが、息子の陳致中夫婦がアメリカから帰国すれば、インタビュアーやカメラマンが空港にイナゴのごとくつきまとい、街角を歩く娘はテレビカメラの前で父親の無罪を絶叫。顔出しオールOK、人権意識などない(笑)もちろん当事者だってこそこそ隠れるという意識はないらしく、堂々とカメラの前で話をしたり叫んだり泣いたり怒鳴ったりする。人権意識はあるんだろうけど顔出しOKというのは意外と国民性なのかもしれないな。

「おれは陳水扁が嫌いだ。息子夫婦だってがっぽり金を手にしているはずさ。それにあの娘…ぎゃあぎゃあわめいてさ、おれは大嫌いなんだよ(笑)」(屋台のオジサン)

北京五輪では女子テコンドーの蘇麗文が一躍臺灣の英雄になった。脚の骨折と靭帯損傷に耐えて奮闘した姿が臺灣全土を感動と賞賛の嵐に包み、連日の報道でその勇姿が映し出された。三回戦で敗退しメダルには届かなかったが臺灣では英雄扱いである。馬英九総統も賞賛のコメントを発し、彼女が車椅子で帰国したときには、空港は熱烈歓迎の人々で埋まった。同じ日の午前中には件の陳致中夫妻が帰国したので、テレビや新聞では「午前中は疑惑の人物が、午後には臺灣の英雄が空港に現れた」という文字が踊っていた。試合直前で負傷退場した中国の劉翔(110メートル障害)にあてこすり、負傷に負けず戦った蘇麗文を賞賛するコラムもあったが、大陸寄りの政策をとる国民党政権下なので控えめな扱いだった。

臺灣ではさまざまな殺人傷害事件や事故が起こっても、よほどの事がない限りモザイク無しで報道する。傷害事件や殺人事件の犯人も顔出し当たり前で、こういうところは日本も見習うといいなあ、と思った。しかし交通事故報道にはいつも驚いてしまう。たとえば交通事故現場に急行した報道クルーは、道路に横たわる血まみれの男に近づいていく。

(もう死んじゃってるのかなあ…)と思って観ていると、インタビュアーが男にマイクを向ける。「どうですか、だいじょうぶですか?」(だいじょうぶじゃないよ)「…うう、痛えよ…なんてこった…ちくしょう…」(まだ生きている)「事故のときは誰が乗っていたのですか?」「おれと友人の2人だ…」まあ迫真の報道であるのは確か(苦笑)

バラエティ番組は揃って日本のそれと(たぶん)同じ構成だと思う。若いタレントや歌手があけすけな恋愛トークを繰り広げたり、ベテランタレントに叱られていたり、スター発掘コンテストがあったりする。若者向けの青春、恋愛ドラマがあれば、中高年向けの歴史ドラマ、歌仔劇(ゴアヒ)もべったべたの愛憎メロドラマも嫁姑ドラマもちゃんとあります。

また臺灣は漢字の国なので字幕を見ていると不思議な気持ちになる。例えば日本だったら若い女性タレントが「私は恋人としかエッチしないわ」というところが、臺灣では「エッチ」というぼかした表現をせず「性行為」と発言し同じ字幕が出る。若い女性タレントがやたらと「性行為、性行為」と連発しているところがなんとも面白い。

原住民チャンネルというのもある。臺灣原住民のアミ族やブヌン族といった南洋系の民族文化を紹介したり、原住民出身のタレントや歌手がトークを繰り広げたり、歌を歌ったりしてなかなか面白い。

ぼんやりと臺灣電視節目を観ているとたまに日本のニュースが流れる。そうかあ、六本木のヒルズ族は「丘族」というのかあ…ここは臺灣…

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Ilha Formsa!

また今年の夏も臺灣へ行ってきた。8月下旬なら少しは涼しいかなと思ったのだが…やっぱり暑かった(苦笑)それでも7月から8月上旬までの気が遠くなるような暑さとは違い、まあこれなら死ぬことはないかもな…というくらいの気が遠くならないくらいの暑さ…やっぱり滝のように汗をかきまくってきた。

電視新聞節目(テレビニュース番組)を観てもあまり日本のことは報道されていないので、日本で何が起こっているのか全然知らないまま帰国。なんか大雨が降っていたらしい…北京五輪も後半は殆ど観なかったなあ。

今回は新竹を拠点に嘉義、彰化、鹿港、阿里山、臺中、内灣あたりを経巡ってきた。懸案の内灣線、集集線、西部幹線海線、成追線(支線)、阿里山森林鐵路に乗車して、これで臺灣の鐵路はほとんど乗車したことになる。ただし…内灣線の拠点である新竹〜竹東間は改修工事中のためあと数年は乗れない。阿里山森林鐵路は今年の春先に山崩れで一部区間が不通のままなので、私が乗れたのは嘉義〜奮起湖間と阿里山〜神木間。それから臺灣鐵路の林口線はさすがに今年も乗れなかったので、次回は是非乗るつもりである。

臺灣鐵路では今年6月のダイヤ改正により、西部幹線の普快(平快)車が全廃、東部幹線の宜蘭〜花蓮間の普快車も姿を消して、ついに花蓮〜臺東間のみの運行になってしまった。廃車寸前のおんぼろ客車(非冷房)の運行もあとわずかだ。あの楽しさを是非もう一度味わいたい。それから新型通勤車輛の區間快車はきれいで快適だった。おなじみの區間車よりもまだまだ運行が少ないが、使い方によっては便利な列車だと思う。それから例の臺灣高鐵(高速鐵道)にも少し乗った。日本の新幹線並みに綺麗で揺れが少ないし、臺北から左營(高雄)まで最短1時間半というから凄い。

朝から晩まで街の屋台や食堂で飯を食い、あちこちに残る日本統治時代の老建築を観察し、いろいろな人にお世話になり、さすがにくたびれたけれど充実した臺灣旅行になったと思う。ああ次回は是非夏以外に行きたい。さすがに暑いよ、夏の臺灣(笑)

というわけで暫く臺灣小吃、新聞(ニュース)、鐵路、列車、ヘンな看板、歌仔劇(ゴアヒ)、臺灣狗(イヌ)等々、臺灣ネタが続きます。


新竹米粉と名物の貢丸湯
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