2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 筒井康隆健在也 | トップページ | あの夏の日々が… »

われわれはアジアだ

Dsc00219

ここは川崎コリアンタウン、決しておとぎの國じゃない。韓國といえば竹島問題が熱い。文部科学省が学習指導要領で「竹島は日本固有の領土と教えること」とぶちあげちゃったから大変だ。韓國の人達が一気にヒートアップ。韓國側では竹島を独島(トクト)と呼んでいる。ここには韓國兵も駐屯していて事実上、日本人なんか誰もいないじゃないか、古来よりここは韓國領土なのだ、と熱く主張してやまない。漁業権なんかもあるだろうから領土ならぬ領海争いもなかなか難しいものだ。さて地図でこのあたりを眺めてみると朝鮮半島と北九州のだいたい真ん中くらいに対馬があって、さらにその北東に竹島がある。國境線を挟んで鬱陵島があるから、見た目はバランスが取れていて、竹島は日本でいいんじゃないかなあ、などと思う。ところがダメなんです。独島なんです。そもそも日本海も“日本海”じゃなくて”東海(トンヘ)”なんです。中國も韓國も北朝鮮もそこを日本海と呼ぶのが許せない。まあそうだろうなあ。

でも韓國でもつい最近までは日本海と呼んでいたんだ。1991年に韓國と北朝鮮が同時に國連に加盟してから「國際的な海に特定の國の名前を使うのはおかしい。だから日本海と呼ぶのはおかしい。変更してくれ」と言い出した。その後も國際会議などで侃々諤々の議論もあったけど、長い間通用してきた名称だからこのままでいい、という意見が圧倒的。これで韓國と北朝鮮が怒った。でも韓國は”東海”を主張しているのに、北朝鮮では”朝鮮東海(チョソントンヘ)”とか”朝鮮海(チョソンへ)”がいい、と足並みが揃っているようで揃っていない。反日抗議では負けていない中國も日本海って言ってるし、ロシアはイポンスカエ・モーリエ(日本海)って言ってるし、韓國は東シナ海に対しては何も言ってない。まあ早い話が”日本海”じゃなきゃいいんだろう。

ところで私が初めて國境を見たのは1980年代の中國でのこと。長春から夜汽車に乗って明け方に到着したのが図們という街。ここは吉林省延辺朝鮮族自治州というだけあって北朝鮮と國境を接している。そして図們の街は図們江の畔にあって川の向こうは北朝鮮なのであった。初秋の青空の下、小高い丘に登ると対岸に南陽(ナムヤン)という埃っぽい街が見えた。丘の上には黄色い朝鮮牛が草を食み私を見つめてモオーッと鳴いた。図們の街の食堂でカルビクッパを食べているとき、店員のお姐さんが「そうよ、あたしの伯母さんが北朝鮮に住んでいるの」と話してくれた。隣のテーブルのオッサンは「おお、親戚がときどき行商に来るんだ。でなあ、そいつがウチに居候してなかなか帰らないんだ(苦笑)…中国は豊かだって言ってな」という話をしてくれた。川の向こうに外國。柳ジョージじゃないけれど”フェンスの向こうのアメリカ”を実感した21歳の秋でした。

その後、ハルビンから汽車に乗って汽車に乗ってバスに乗って、大興安嶺を見上げつつ”満洲”の大平原を走って着いたところが黒河という街。ここは黒龍江(アムール川)の畔にあって川向こうはソ連(当時)のブラゴベシチェンスクという國境の街。ほんと多摩川の下流域くらいの川が流れるその向こう岸に、けっこう大きな街があり人々が歩いたり車が走るのがはっきり見えた。食堂で固いパンと濁った珈琲のようなものと格闘しているとき、ウェイトレスのオネエチャンが「冬になると川が凍っちゃうのよ、歩いて渡れるわ、もちろん渡らないけどね、国境警備隊に撃たれるのはイヤだし(笑)」などと話してくれた。川の水に手を浸したらきりりとした冷たさを感じた、なんとも呆気ない國境体験。暫しぼんやりと感慨に耽る21歳の晩秋でした。

図們の街のはずれに國境を結ぶ橋がある。橋の中央までは歩いていくことができる。それでも北朝鮮側の橋のたもとには朝鮮人民軍兵士が銃を提げて立っている。ギリシャ映画の巨匠テオ・アンゲロプロス監督の佳作『こうのとり、立ちずさんで』の主人公のように、國境の橋の中央で”こうのとりのポーズ”をとってもよかったかな? でもその頃はまだこの映画は制作されていなかった…

竹島が日本じゃなくてもよさそうなものだけど、領海くらいは確保してほしいもの。北方領土だってロシアがどんどん日本の痕跡を消していく。絶海の孤島の沖ノ鳥島だって、中國が「領土であることは認めるが経済水域とは認めない。だって島じゃなくて”岩”じゃねーか」と主張して、石原慎太郎が怒っている。ここはひとつ韓國を見習って駐屯地にすればいいのかも。あ、その前に土木技術の粋を尽くして埋め立てて広げなくちゃいけない(苦笑)…アメリカが何か言ってくるかもしれないけれど、ここはひとつ無視を決め込もう。だってあいつらから見たら日本も韓國も中國も臺灣もみーんな”アジア”なんだから。

« 筒井康隆健在也 | トップページ | あの夏の日々が… »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/155421/42024878

この記事へのトラックバック一覧です: われわれはアジアだ:

« 筒井康隆健在也 | トップページ | あの夏の日々が… »