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2008年7月

われわれはアジアだ

Dsc00219

ここは川崎コリアンタウン、決しておとぎの國じゃない。韓國といえば竹島問題が熱い。文部科学省が学習指導要領で「竹島は日本固有の領土と教えること」とぶちあげちゃったから大変だ。韓國の人達が一気にヒートアップ。韓國側では竹島を独島(トクト)と呼んでいる。ここには韓國兵も駐屯していて事実上、日本人なんか誰もいないじゃないか、古来よりここは韓國領土なのだ、と熱く主張してやまない。漁業権なんかもあるだろうから領土ならぬ領海争いもなかなか難しいものだ。さて地図でこのあたりを眺めてみると朝鮮半島と北九州のだいたい真ん中くらいに対馬があって、さらにその北東に竹島がある。國境線を挟んで鬱陵島があるから、見た目はバランスが取れていて、竹島は日本でいいんじゃないかなあ、などと思う。ところがダメなんです。独島なんです。そもそも日本海も“日本海”じゃなくて”東海(トンヘ)”なんです。中國も韓國も北朝鮮もそこを日本海と呼ぶのが許せない。まあそうだろうなあ。

でも韓國でもつい最近までは日本海と呼んでいたんだ。1991年に韓國と北朝鮮が同時に國連に加盟してから「國際的な海に特定の國の名前を使うのはおかしい。だから日本海と呼ぶのはおかしい。変更してくれ」と言い出した。その後も國際会議などで侃々諤々の議論もあったけど、長い間通用してきた名称だからこのままでいい、という意見が圧倒的。これで韓國と北朝鮮が怒った。でも韓國は”東海”を主張しているのに、北朝鮮では”朝鮮東海(チョソントンヘ)”とか”朝鮮海(チョソンへ)”がいい、と足並みが揃っているようで揃っていない。反日抗議では負けていない中國も日本海って言ってるし、ロシアはイポンスカエ・モーリエ(日本海)って言ってるし、韓國は東シナ海に対しては何も言ってない。まあ早い話が”日本海”じゃなきゃいいんだろう。

ところで私が初めて國境を見たのは1980年代の中國でのこと。長春から夜汽車に乗って明け方に到着したのが図們という街。ここは吉林省延辺朝鮮族自治州というだけあって北朝鮮と國境を接している。そして図們の街は図們江の畔にあって川の向こうは北朝鮮なのであった。初秋の青空の下、小高い丘に登ると対岸に南陽(ナムヤン)という埃っぽい街が見えた。丘の上には黄色い朝鮮牛が草を食み私を見つめてモオーッと鳴いた。図們の街の食堂でカルビクッパを食べているとき、店員のお姐さんが「そうよ、あたしの伯母さんが北朝鮮に住んでいるの」と話してくれた。隣のテーブルのオッサンは「おお、親戚がときどき行商に来るんだ。でなあ、そいつがウチに居候してなかなか帰らないんだ(苦笑)…中国は豊かだって言ってな」という話をしてくれた。川の向こうに外國。柳ジョージじゃないけれど”フェンスの向こうのアメリカ”を実感した21歳の秋でした。

その後、ハルビンから汽車に乗って汽車に乗ってバスに乗って、大興安嶺を見上げつつ”満洲”の大平原を走って着いたところが黒河という街。ここは黒龍江(アムール川)の畔にあって川向こうはソ連(当時)のブラゴベシチェンスクという國境の街。ほんと多摩川の下流域くらいの川が流れるその向こう岸に、けっこう大きな街があり人々が歩いたり車が走るのがはっきり見えた。食堂で固いパンと濁った珈琲のようなものと格闘しているとき、ウェイトレスのオネエチャンが「冬になると川が凍っちゃうのよ、歩いて渡れるわ、もちろん渡らないけどね、国境警備隊に撃たれるのはイヤだし(笑)」などと話してくれた。川の水に手を浸したらきりりとした冷たさを感じた、なんとも呆気ない國境体験。暫しぼんやりと感慨に耽る21歳の晩秋でした。

図們の街のはずれに國境を結ぶ橋がある。橋の中央までは歩いていくことができる。それでも北朝鮮側の橋のたもとには朝鮮人民軍兵士が銃を提げて立っている。ギリシャ映画の巨匠テオ・アンゲロプロス監督の佳作『こうのとり、立ちずさんで』の主人公のように、國境の橋の中央で”こうのとりのポーズ”をとってもよかったかな? でもその頃はまだこの映画は制作されていなかった…

竹島が日本じゃなくてもよさそうなものだけど、領海くらいは確保してほしいもの。北方領土だってロシアがどんどん日本の痕跡を消していく。絶海の孤島の沖ノ鳥島だって、中國が「領土であることは認めるが経済水域とは認めない。だって島じゃなくて”岩”じゃねーか」と主張して、石原慎太郎が怒っている。ここはひとつ韓國を見習って駐屯地にすればいいのかも。あ、その前に土木技術の粋を尽くして埋め立てて広げなくちゃいけない(苦笑)…アメリカが何か言ってくるかもしれないけれど、ここはひとつ無視を決め込もう。だってあいつらから見たら日本も韓國も中國も臺灣もみーんな”アジア”なんだから。

筒井康隆健在也

桐野夏生『東京島』(新潮社)
無人島に漂着したただ一人の女は、同様に漂着した多くの男たちから女神と崇められる。しかしその女神はまた娼婦でもあった。日本人たちはこの島を「東京島」と呼ぶようになる。やがて中国人たちが漂着し無人島はひとつの“社会”へと変貌する。日本人社会と中国人社会は対立の様相を呈し、あまつさえ日本人社会からはじき出される“同胞”まで現れる。

脱出と絶望、生と死、どこにも行くあてもない東京島を舞台に、熱に浮かされたような狂気が充ちていく…ひさしぶりに桐野夏生を読んだけど、やっぱり面白いなあ。


三崎亜記『鼓笛隊の襲来』(光文社)
遠く南洋海域から日本を襲う鼓笛隊の恐怖。覆面法が施行された世界。公園に現れたほんものの“象”の滑り台。家の中で異次元に入り込んだ男。校庭のまんなかに建つ家に住む家族……日常にスルリと入り込む怪異と恐怖は、いまどき珍しい岡本綺堂のホラーを思い出させてくれる。


筒井康隆『ダンシング・ヴァニティ』(新潮社)
「……さっきバッハの対位法の話が出たけれども、あれなんかベケットのやったことからだいぶ遅れているわけです。文学では誰もあれをやってない。つまりあれは反復するわけです。音楽には反復ということがある。いま聴いたばかりのメロディーを、あれはいいからもう一度聴きたいという聴衆の希望があるでしょう。音楽の場合、それをすぐ叶えてくれる。小説でなぜそれがないのか。つまり、いま読んだ文章がいいから、もう一度読みたいということはあると思うんですよ……」

というわけで、小説で“それ”を実現してしまうところが筒井康隆の筒井康隆たる所以。いやあ、さすが筒井康隆である。日常を遠く離れた“小説”の高みを存分に堪能させてくれます。

チャイ語?

書店に行くとついつい語学書コーナーを覗いてしまう。そしていつも中国語のテキストがたくさん出ているなあと思うのである。

私が中国語を学んでいた頃…1980年代半ば…はそれほど多くの種類は出ていなかったように思う。どれもこれも今から見れば堅苦しいテキストが大半を占めていたような気がする。イラストや写真も堅苦しくて、街角の中国人は人民服を着て自転車に跨がっていたような記憶がある。写真も天安門広場、天壇公園、頤和園、九龍壁…そんなもんでした。それがいまでは百花繚乱の如くさまざまな中国語テキストが出版されては消えて行く。

1980年から現在までを検索してみると、中国語のテキスト…厳密には辞書も含まれるがまあそのへんはご容赦…総数は1727件がヒットする。年代別に見てみると以下の如くだ。

1980年代 342件
1990年代 704件
2000年代 681件 ※2007年度まで

データベース:紀伊國屋書店BookWeb 
検索キーワード:中国 
NDC(日本十進分類):82△(言語:東洋諸語)

改革開放政策が始まった80年代に比べて、改革開放政策が全開になった1990年代はほぼ倍増しており、2000年代に入ってからも出版点数は上がるばかりだ。現在ではたとえばイラストひとつをとってもかつての堅苦しい挿絵からポップなものに変わり、天安門広場を行き交う中国人も人民服など着てはいない。紙質もよくなり(笑)付録CDもあたりまえのようについている。かつては別売のカセットテープ(しかも高価)だったのが昔日の感ありだ。

検索語を「中国語」ではなく「中国」としたのは、「中国語」以外に「チャイニーズ」「漢語」といったタイトルも少数だが標題に含まれているからだ。しかしどの本にも「中国語」という標題は含まれているので検索漏れはない(はず)。国内の出版物でまずお目にかかれないのが「華語」。これは臺灣や東南アジアで使われている単語だ。例外的に2冊だけ出版されていた。就中店頭で見つけて吃驚したのが標題に堂々と「チャイ語」と書かれたテキスト。そういえば学生たちが「チャイ語取ってる?」「チャイ語、単位落としそう…」などという会話を耳にして、チャイ語って何だ…としばし考えてから、ああ中国語のことかあ!とようやく気づいたことがあった。注意して聴いているとフランス語をフラ語などと言っていたっけ。

ちなみに同じ条件で「広東語」は58件、「台湾(臺灣)語」は22件がヒットする。広東語は1990年代の香港映画ブームの影響があるのだろうか。現在、中国に返還された香港では標準語(普通話)の学習熱が高まっているらしいが、香港では広東語が必須なので学ばないとダメ。臺灣語に至っては外国人が使う機会がほとんどなく、また臺灣では標準語(國語)が通用するためあまり需要はないからこんなもんだろう。

ついでに主な東南アジア諸語テキストについても調べてみた。ちなみに検索条件は同じ。

韓国・朝鮮語は全部で532件ヒット。そのうち「韓国語」を含むものが453件、「朝鮮語」を含むものが79件あった。ここでややこしいのが「ハングル」というキーワード。「ハングル」+「韓国語」と「ハングル」+「朝鮮語」といった、「ハングル」併記のものもあるのだが、分けて検索できない。検索キーワードを「ハングル」としてみると191件ヒットする。「ハングル」は文字のことであり言語のことではない。ハングル文字を学ぶためのテキストなら頷けるのだが、「ハングル」を冠して語学テキストとしているものも相当数あり、就中「ハングル語」などという噴飯ものの標記も散見される。それじゃ「ひらがな語」とか「アルファベット語」ってのもありか? 532件のうち2000年以降の出版が343件を占めており、これは間違いなく韓流ブームの影響であろう。その他「コリア語」1件、「コリアン」12件、「韓語」1件がヒット。まあこの言語は、日本に於いては主体の政治的立場が強く影響されるからしかたないですね。

タイ語は119件ヒットし、うち2000年以降が71件を占めている。ベトナム語は56件ヒットし、うち2000年代以降が30件を占めている。いずれも1990年代から出版点数が急増しているが、これは1990年代のアジアブーム、バックパッカーブームや、バブル経済崩壊後、東南アジアに生産拠点を移すなどして現地に在留する日本人が増えたこと、また東南アジアから就労や留学などで多くの外国人が流れ込んで来たことも関係していると思う。

岩波写真文庫

ここしばらく出張に出かけたりしてヘロヘロになりつつある。それでも出先に書店があればついつい入ってしまうし、手ぶらで出てくることなど殆どない。

『これが中国人だ!』(祥伝社新書)
『中国雑学団』(マガジンハウス)
『トンデモ大国中国の素顔』(彩図社)
『中国語基礎知識』(大修館書店)
『ソ連・中国の旅』(岩波写真文庫)
『汽車の窓から』(岩波写真文庫)
『ホテル・ニューハンプシャー』(新潮文庫)

以下3冊は古本…
『江戸川乱歩傑作選』(新潮文庫)
『旅の終わりは個室寝台車』(新潮文庫)
『全線全駅鉄道の旅4:関東1500キロ』(小学館)

それにしても最近は中国豆知識みたいな本が多いなあ。北京五輪もそうだけど四川大地震だのチベット暴動だの…最近だと貴州省プイ族自治県で起きた暴動もあるな…いったいこの大国がどうなるのだろうという興味と不安があるのだろう。

それはそうと復刻版岩波写真文庫がとても新鮮で面白い。すでに『汽車』『本の話』『ソ連・中国の旅』『汽車の窓から』を買ったが、どれもこれも興味深いものばかりだ。戦後間もない頃に活字主体から写真主体という、しかもコンパクトな新書サイズでシリーズ刊行された。当時はきっと斬新で新鮮なイメージを持って迎えられたのだろうなあ。

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