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2008年6月

そろそろ…夏

演藝研究会例会でひさしぶりに末広亭に行ったら凄い行列。今日の夜席のトリは柳家小三治だからしかたないか。二階席に通されるがここもほぼ満員で一階席では立ち見もちらほら。

笑組(漫才)、柳家はん治、古今亭志ん橋、太田家元九郎(津軽三味線)、柳家小袁治と来て五街道雲助が『皿屋敷』を演じる。花島世津子(マジック)は相変わらずホノボノしたトークとユルいネタで客席を和ませる。柳家〆治に続いて柳家さん喬の代演、金原亭伯楽が『宮戸川』を一席。『皿屋敷』に『宮戸川』…そろそろ夏だなあ。

仲入りの後は柳家禽大夫、柳亭燕路に続いてぺぺ桜井(ギター漫談)登場。相変わらずペラペラと喋りまくって「今はギターが大ブームなんです!」いったいいつのネタなんだよ(爆笑)。水戸大神楽の柳家小雪の代演なんだろう。ひさしぶりに小雪ちゃんの曲藝を見たかったな。

いよいよ懸案の(笑)入船亭扇橋師匠登場。

「まさか今日も『つる』じゃないだろうなあ…」
「今日も『つる』だったら、いよいよ扇橋師匠危ないぞ(笑)」

『三人旅』のさわりのようなのをのらりくらりと喋り始めたと思ったら「空はどうして青いの〜、海の色がうつるから〜♪」と唄いだしてそのまま高座を降りてしまった。永六輔と誰かがデュエットしていた『どうして』という歌じゃないか(苦笑)

「扇橋師匠くらいになると何をしてもいいんだな」
「さすが落語界」(意味不明)

「いっちょうけんめい演ります」の春風亭一朝が爽やかに『湯屋番』を演じて、林家二楽(紙切り)がゆらゆら揺れて、いよいよ真打登場だ。

今日の小三治は気持ち良さそうに『馬の田楽』を演じた。これも夏だよなあ。マクラで戦後の思い出を語っていたが、幼少だったとはいえ、小三治も戦前を語れるひとりなんだ。

赤の時代

洋書は滅多に買わないのだが面白いものがあるとつい買ってしまう。先日は『SOVIET POSTERS』(PRESTEL)を買った。

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簡単に言うとソビエト社会主義連邦時代のプロレタリアアート全開ポスターを集めた本。中身はこんなにポップでキッチュなデザインから写実的な絵画調まで多岐にわたっていて、ページを繰っていても飽きることがない。革命の風に帆を張るロシア・アヴァンギャルドの息吹が波打っている。ポストモダンも裸足で逃げ出すくらいの迫力だ。とはいえ今見ると少々うるさいかもしれないけどネ。

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こちらの『CHINESE POSTERS : Art from the Great Proletarian Cultural Revolution』(Lincoln Cushing and Ann Tompkins)は、1966年から1976年にかけて中国全土を揺るがしたプロレタリア文化大革命のポスターを集めた本。

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どうですか、ソ連のプロレタリアアートとは打って変わったこのわかりやすさ。写実的だったり山水画だったり伝統絵画だったりするけど、全体のトーンは一貫している。つまり藝術的なデザインは皆無に近い。

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やはり西欧文化の伝統があるソ連と中国四千年の伝統中華との違いなんだろう。ま、プロレタリアート文化大革命ってくらいだから、農民を代表とする労働者層に理解しやすいデザインじゃなくちゃいけなかった。それに変に“藝術的”になるとたちまち走資派(資本主義傾向の実権派)とみなされて打倒されてしまう恐れがあった。藝術は労働者や社会に貢献しなければいけない、というプロレタリア藝術運動を素直に採択した結果だろう。中華人民共和国が成立する以前の中国では、ロシア・アヴァンギャルドに影響を受けた絵画やポスターが多く発表されている。

毛沢東もスターリンも不必要に大きく描かれているが、これは社会主義プロパガンダの常套表現。労働者は繰り返し繰り返しこの種のポスターを見るうちに、カリスマは巨大な存在であるという意識を刷り込まれる。最近では朝鮮民主主義人民共和国の金日成を描いたポスターや絵画がこういう構図だ。

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社会主義の始祖ソビエト連邦と、ソビエト中央を指導者と仰ぐ中国が手をつないでいた時代のポスターがこれ。このあとにスターリン批判に端を発する中ソ対立が起こってしまうのである。いまじゃロシアも中国も金儲けに奔走してるしねー。レーニンもスターリンも毛沢東も周恩来も草葉の陰でどう思っているのだろう。

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祝・副都心線開業

月曜からずっと働き続けてきて終末…いや週末になるともうくたびれ果ててしまい、今日は一歩も家を出ずに寝倒してやろうかとか、寝床のなかで本を読みまくろうとか、そんなことを考える。でも平日は働きづめで週末は引きこもりというのもつまらない。しかも今日は東京メトロ副都心線の開業日。家に引きこもってはいられないのだ。というわけで副都心線に乗りに行ってきた(馬鹿まるだし)

田園都市線渋谷駅ホームに降りるとすでに副都心線乗り場への案内板が設置されており、ホームの中ほどに副都心線への階段が…エスカレーターを降りて真新しい通路を歩いていくとここは副都心線渋谷駅改札。おお、渋谷から池袋を通って和光市や飯能まで行けるぞ。


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だだっ広い地下ホームには人、人、人…そんなに人気があるのか副都心線。東京メトロ10000系が入線してくるたびにデジカメとケータイを持つ手が伸びる、伸びる、伸びる! ま、それはともかくまずは列車に乗らなくちゃいかん。というわけでやってきた各駅停車に乗って出発進行。おお、新品車輛だ。吊革も座席も新品。適度に満員の車輛は走る。それにしても新型車輛は加速がいいねえ。スーッと走り出したらあっという間にトップギアって感じ。こんどは急行に乗らなくちゃ(笑) 

渋谷から明治神宮前、北参道を経て新宿三丁目に到着。ここでたくさんの人が降りて行く。新宿駅から離れている伊勢丹もこれで勢いを盛り返すのかも。東新宿を経て西早稲田で降りる。昨夜の『タモリ倶楽部』で紹介されていた「壁から生えている椅子」を見物するのである。人目をひく椅子なのでみんな写真を撮っている。「これこれ、昨日『タモリ倶楽部』に出てた」という声もちらほら。マニア番組の王道だな、まったく。私もしっかり座ってきたが思いのほかしっかりしていて、ベンチに座り込むのが辛い腰痛持ちの人にはいいかもしれない。

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ここは急行通過駅なので急行が凄い勢いで走りすぎるのを眺めてから、次にやって来た各駅停車で雑司ヶ谷に降りる。暫くホームをうろついてから今度は池袋へ向かう。ホームの椅子があの西早稲田にあったものと同じだ。そうか、西早稲田ではこれが壁から生えているのかあ…

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さてやって来ました急行列車。これに乗って渋谷まで直行だ。おお速い速い! いやあ加速が良いなあ。新宿三丁目の次はもう渋谷。さて私もここらで10000系の写真でも撮るか、と歩き出したが、撮影スポットには黒山の人だかりでなかなか思うように写真が撮れない。ちょっと前まではこういう場面には鉄ヲタしかいなかったのだが、電車ブームとケータイ撮影の普及でオジサンオバサンや若い女性もたくさんいて、なんかヘンな感じ(笑)それでもなんとか写真を撮った。それでも10000系じゃない西武6000系や東武9000系がやって来て拍子抜けしたりする。乗り入れ路線だからなあ。それにしても同じ乗り場に東京メトロと西武と東武の列車が入れ替わり立ち替わり入線してくるのが面白い。なんかどこかで見たことがあるなあ、と思ったら名鉄名古屋駅のホームみたいだ。


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いまのところ渋谷駅が終着駅なのだが将来は東急東横線乗り入れに備えて2面ホームで4線(1番線〜4番線)を使うことになる。しかし当面は両端の2線(1番線と4番線)のみ使用なので2番線と3番線はこういうふうになっている。遺跡発掘現場か(笑)

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透明なアクリル板が効果的に使われていたり、ホームから改札まで吹き抜けになっている箇所があったりして開放感のある駅になっている。うーん、面白いぞ東京メトロ副都心線。

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切符を買いに中国へ

星野博美『愚か者、中国をゆく』(光文社新書)を読む。

なんと心に響いてくる一冊であろう。著者は1966年生まれだから私と同世代だ。中国に興味を持って大学に入学したものの、周囲は欧米一色、青い目の西洋人に群がる日本人学生たちを眺めて「ここは植民地か?」と違和感を抱き、まだ見ぬ中国への憧憬を募らせていた若き日の著者。うーん、わかるわかる。私も似たようなものだった(笑)

1980年代初めに中国語だの中国文学だのを学ぼうとする連中は、おしなべてどこかひねくれていた、というか変わり者というか、とにかくまだまだ中国に対する日本人の認識は低かったと言わざるを得ない。1970年代後半の中国報道は私も憶えている。毛沢東の死去、四人組裁判、人民法廷で怒鳴り散らす江青、中国残留孤児の来日、そしてNHKの『シルクロード』放映開始……ついでに言えば藤原新也の写真&紀行文『全東洋街道』、短波放送から聞こえてくる北京放送と中国古典音楽、人民服を着たYMO『ソリッドステイト・サバイバー』のジャケット(笑)……中国文学科に在籍して真面目に中国語や中国文学を学ぼうとする志の高い学生から見れば、私のような学生はみごとにトンチンカンだ。

著者は1986年に香港へ語学留学に赴くが、香港は紛れもなく「植民地」だった。ここでも著者の違和感は続く。そして1987年の春、著者はクラスメートのアメリカ人マイケルとともに1ヶ月に渡る中国本土への旅に出かけた。1980年代の日本人とアメリカ人の若者が見た中国本土は、それはそれは驚天動地の国だった。ふたりは汽車を乗り継いで広州から西安経由でシルクロードの烏魯木斉(ウルムチ)を目指す。著者は初めて中国個人旅行を経験したものが必ず遭遇する「切符は何処だ?」問題に直面する。とにかく駅の窓口で求める切符を買うことの困難さに絶望し続ける。

「明日の北京行き寝台切符を一枚ください」
「没有!(ない)」

嗚呼「没有!」「没有!」「没有!」何処へ行っても「没有!」「没有!」「没有!」だ。それでも硬座(文字通りの木製の座席)切符を持って汽車に乗り込むと硬臥(やや固めの寝台)はいくつも空いている。人々は知恵を絞って友人知人のネットワークやコネを利用して長距離切符を手に入れる。況や外国人においておや。外国人特権を行使すればわりと簡単にいくこともあるのだが、なぜか若者はそれを行使したがらない。中国人民と同じ汽車に乗り同じ宿に泊まり同じものを食べることこそ、真に中国を知ることなのだ、と頑に信じている。資本主義バリバリの母国にいるときとは違い、なぜあれほどストイックな気持ちになれたのだろう?

「辛い修行をすればするほどステージが上がり、楽をした者はステージが下がる。ほとんど宗教と同じだった」(同書 p59)

いまでもバックパッカーたちはそうなのだろうが、とにかく貧乏でハードな旅をしてきたものは、旅の達人という称号を贈られ、ある種羨望の的となる。「哈爾濱(ハルビン)から上海まで硬臥で行ってきた」「おれなんか上海から西安まで硬座だぜ」「烏魯木斉からカシュガルへ行ってそこからアフガニスタンに抜けて戻ってきたんだ」「成都のドミトリーは値段が安くてよかったよ。でも半端なく汚いからなあ」延々と自慢合戦は続く。「辛い修行」を「辛い旅」と言い換えればあなたにもおわかりだろう。そう、1980年代の中国には修行に励む世界の若者がたくさんいたのである。

行く先々で切符確保に躍起になる日本人の著者と、たまには切符なんか忘れて旅を楽しもうとするマイケルは、ときに仲良くときに喧嘩し乍らシルクロードを目指す。著者はこの不条理な旅のなかで、嫌というほど中国という異文化に叩きのめされ、マイケルというアメリカ人とのコミュニケーションに悩み、そして自分の頭と身体で中国という国を、中国という異文化を、中国人という人々を理解したのだった。なんとすばらしい青春であろう! 同時代に同時期に中国というよくわからない国をうろつき回っていたかつての若者たち必読の一冊だ。

本馬鹿

こう毎日忙しいとストレスがたまる。ストレスがたまると本を買ってしまうのが悪い癖だ。癖というかもう病気だな。この10日間で買った本の一部がこれ。

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だってちくま学芸文庫の復刊フェアなんかしてるから『江戸の悪霊祓い師』『南方熊楠随筆集』を買わなくちゃいけないし、小島信夫の小説集が並んで置いてあったりするし、星野博美の中国本が新刊平台に積んであるし、小説コーナーに行くと筒井康隆に三崎亜記に古川日出男の新刊が置いてあるし、斎藤美奈子が二冊も置いてあるし、中公文庫の復刊なんか見つけちゃうし……魯迅や三国志の研究書も分厚いポル・ポトのノンフィクションも置いてあるし……どうしよう……仕事休んで読もうかなあ、有給休暇たくさん残ってるし(笑)

1989年6月4日

1989年6月4日、北京の天安門広場で起こったあの惨劇から19年が経った。連日の報道を食い入るように見つめていたあの頃からもう19年が経ったのだ。

いま日本のあちこちの大学で学んだり、さまざまな場所で働いている中国の若者たちの殆どは、天安門事件を“歴史的事件”として認識している。

あの日あの時、天安門広場を揺るがした中国人民のために、今夜は黙祷を捧げよう。

『蟹工船』再読

およそ20年ぶりに『蟹工船』を再読。

いま読むとその“面白さ”がよーくわかる。やはり社会経験がないといまいちピンとこないな……というか想像力の問題かもしれない。でもやはり社会経験を経るといろいろと細部まで理解できる。

若者が共感しているのは、労働者たちの素朴な連帯感といたわり合い、不当に搾取される労働者たちの悔しさと悲哀、権力への抵抗、勝利と敗北、そして明日につながる希望……といったところなのだろう。

人材派遣会社の不当就労斡旋行為が問題視されているいま、フリーターは使い捨てという現代社会の流れは、まさに『蟹工船』の世界とほぼ同じだ。これじゃ共感する若者が多い(らしい)のもむべなるかな。

とにかく使い捨てにされないためにも自ら学ぶことはだいじなんだよ。「大人はわかってくれない」とか「学校や先生はなにもしてくれない」と尾崎豊みたいなことを言うのも無駄とは思わないけど、いつまでも青春は続かない。

若者よ『蟹工船』を読め! って私ごときが言うことじゃないか(苦笑)

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