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2008年4月

赤めだか

立川談春『赤めだか』(扶桑社)を読む。

雑誌『en-taxi』の連載が本になった。連載中から興奮しつつ読んでいたので、書店で見つけて即購入した。帰りの電車のなかで読み始めたら止まらなくなった。本を持つ手が震える。苦笑爆笑、そしてため息が漏れ涙が滲む。談春といっしょにドキドキする。ホッとする。凄い、凄いぞ、談春。

帯に「サラリーマンより楽だと思った。とんでもない、誤算だった。落語家前座生活を綴った破天荒な名随筆」とあるが、なにより破天荒な談春が凄い。立川談志の高座に衝撃を受ける高校生というのも凄いし、古今亭志ん朝より立川談志のほうが凄いと理解した感性も恐ろしい。落語に賭けた青春などというとなんだか文部科学省推薦みたいだが、もしも文部科学省が『赤めだか』を推薦したとすればその了見やよし。まあそんな酔狂なやつは役人にはいないだろうが。

談春は私と同世代。だから談春の青春時代は私の青春時代だ。私が高校生から大学生、社会人になるまでの時代が強いリアリティとともに心に迫ってくる。この頃私は何をしていたのだろう、と記憶をたぐり寄せ乍ら読む。あの白々しい1980年代が蘇ってくる。いやどんな時代だったなんてことはどうでもいいのかもしれない。私の青春時代(苦笑)が白々しかったなどというのは寂しい。寂しかったとしてもそれは時代のせいではなく自分のせいだ。文章を追うたびにページをめくるたびにそんな思いが強くなっていく。

というわけで今年度随筆ベスト1は『赤めだか』に決定。たったいま私が決めた。四の五の言わずにいますぐ読みなさい。

What A Diff'rence A Day Makes

昨夏、臺灣へ行ったときのこと。ローカル線も屋台も堪能した私は臺北に近い基隆に宿を取り、暫くこの趣き深い港町を散策することにした。基隆車站(駅)を中心に市内の繁華なあたりは散策したので、こんどは郊外を散策することにして、路線バスに乗って和平島へ行ってみた。ここは海岸一帯が公園になっており、波風に浸食された不思議な形の奇岩群で有名。その日は小雨模様で空も海も鈍色、風の強い海岸は散策する人も少なく荒涼としていた。

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私が荒涼とした海岸を歩いていると岩のあいだで何かしている人影が見えた。岩のあいだに座り込んで何やら熱心に草を採っているらしい。ふだんはそんなことはしないのだが、なぜだか私は声をかけてみた。近づいてみてわかったのだがその人は年配の尼僧だった。

「こんにちは。ここで何をしておられるのですか?」
「こんにちは。私は海苔を採っているんです」
「こんなところに海苔が?」
「ええ、満潮のときはこのあたりも海の底ですから」
「仏門の方とお見受けしますが、なぜ海苔を採っておられるのですか?」
「ふだんは寺にいるのですが時間があるときはここで海苔を採っています。これを市場に売るといくらかになるのですよ(笑) この海苔は多くは採れないうえに品質が良いので、これでもけっこう高く売れるのです…ほら、これが海苔です。よく揉んでゴミを取るのですよ。どうぞ食べてみてください」

尼僧から渡された海苔は見たところ毛糸の固まりのようだが、口に含んでみると潮の香りが強く、舌の上で溶けてゆくとまさに海苔の味がした。しかもたいそう美味しい。とても美味しいですね、と答えると尼僧は嬉しそうににっこりと笑った。

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暫く四方山話をしたのだが、尼僧はこんなことを話し始めた。

「私は四十歳を過ぎてから仏門に入ったのですよ。もう二十年以上むかしのことです…ええ、まあいろいろありましてね(笑)…仏にすがることでようやく生きる意味を見出したのです。いまは寺でお勤めをするほかは心安らかに暮らしています。あなたは日本の方? 日本でも仏に祈るときは『阿弥陀仏』と言いますか? そうですか『南無阿弥陀仏』と言うのですか? 殆ど同じですね」

私がそろそろ失礼します、と言うと、尼僧は腕にはめていた数珠を取って私に差し出した。

「あなたにこの数珠を差し上げます。どうぞご遠慮なく…これはどこでも買える安いものです。あなたはこれから海を越えて故国へ帰るのですからこれを持ってゆきなさい。『一路平安』(道中ご無事で)ですよ(笑)」

恐縮する私に数珠を渡すと尼僧はにっこりと微笑んだ。

「たいせつなのは数珠ではありません。数珠などいくらでも手に入りますから…ここで私たちが出会ったのは何かの縁です。だからこの数珠をあなたに差し上げるのも縁なのですよ」

何度もお礼を言って私は尼僧に別れを告げて歩き出した。暫く歩いてから後ろを振り返ると、尼僧はもう岩のあいだにしゃがみ込んで海苔を採っていた。私は声をかけずにもういちど尼僧に頭を下げてまた歩き出した。

数珠のおかげか、私は無事に日本に帰ってくることができた。尼僧にもらった数珠は今でも私の家にある。

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餃子餃子した街

宇都宮へ行ってきた。といってもいつものように鉄道に乗ってきたのだが、やはり宇都宮に来たからには餃子を食べねばならぬ。「ならぬ」って気張るこたぁないのだが、名古屋に行ったらきしめんを食べにゃあならぬのと同じだ。それがお約束というものである。

とはいえ独り旅なのでそんなにたくさんハシゴすることもできず、とりあえずJR宇都宮駅前の『宇都宮餃子館』に入ってみる。とりあえず生ビールに焼き餃子を一枚注文しひと齧り……まあこんなもんかなあ……決して不味くはないが、といって吃驚するほど美味しくもない。

店でもらった餃子マップを片手に市内メインストリートを歩く。マップに載っていない餃子屋もあちこちにあるようだ。露地裏にある小さな餃子屋に長い行列ができていたりして、さすが餃子の街だけのことはある。

オリオン通りという商店街を抜けると東武宇都宮駅にぶつかる。このへんでもう一軒の店に入ってみる。名前は『宇味屋(うまいや)』という店だ。カウンターと小上がりしかない小さな店でなんとなく居酒屋風。ここでは生ビールに水餃子を注文。ほどなく出てきた水餃子は一個がけっこうな大きさ。決して不味くはないが、といって吃驚するほど美味しくもない。噛んでもスープが出てこないし水餃子が浮いている湯(スープ)も味が無い。

「餃子マップには乗って(ママ)いない店」と壁に大書してあるが、このあたり宇都宮餃子振興会(そんなのあるのか)との確執とかナントカ、まあそういったムニャムニャというかドロドロというか、そういうものがあるのかもしれないナ……と気楽な旅人は邪推するのであった。

やっぱり中国や臺灣の水餃子のほうがいいなあ。小ぶりで皮がぷりぷりしてて、噛むと熱々のスープがジュワッと出てきて、茹でたスープもダシが効いてて……いや、そうではない。宇都宮で本場の餃子を求めるのがそもそも間違いなのである。ここは北京でも上海でも香港でも臺北でもない。ここは宇都宮、北関東の地方都市なのだ。ここにあるのは「宇都宮餃子」という餃子の一種なのである。

「餃子」というのは水餃子のことであり、焼き餃子は別の料理である。「まんじゅう」はふつう蒸し器で蒸したもの。それをふつうは「蒸しまんじゅう」とは言わず単に「まんじゅう」と言う。そしてそれを焼いたものを「焼きまんじゅう」と呼んで区別するようなものだ。

よく焼き餃子と称するものは「鍋貼児(guotier)」と言う、と言う人がいるが、実は違う。「鍋貼児」というのは餃子の形状をしておらず、餡を皮の真ん中に置いて春巻きみたいに皮を畳んだ……両端をひねったりせずに包んだ……ものである、とかつて中国人の教師から聞いたことがある。

……などとウンチクをたれるほど宇都宮餃子を食べ歩いたわけじゃないナ、と反省。それにしてもなんと餃子餃子した街であることよ。

関東平野のブラジル

JR取手駅から関東鉄道常総線という地方ローカル線が伸びている。守谷、水海道、下妻を過ぎて関東平野をガッタンゴットンと走り乍ら、JR水戸線の下館駅に到着するなんとものんびりしたローカル線。水海道駅で各駅停車に乗り換えたときにホームから駅前を眺めていたら駅前にこんな店があった。

SUPER MERCADO TAKARA…しかもブラジル国旗? なぜ水海道にブラジルスーパーが? あとで調べてみたら水海道近辺には在日ブラジル人がたくさん暮らしており、下妻市にはブラジル人学校もあるのだそうな。そういえば常総線にはラテン系の方々が乗っていたなあ。

どんなブラジルフードやブラジルグッズが売られているのだろう? こんど機会があったら水海道で下車して中を覗いてみたいものである。

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どこまで続く『鉄子の旅』

上野駅で『鉄子の旅プロデュース 日本縦断弁当〜こだわり東日本編』を買った。それにしても長い名前だ。

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中身はこんな感じで、おかずのメインは山形県のいもこ煮(牛肉、里芋、ねぎ、こんにゃく)だそうな。菜の花の辛子和えやいぶりがっこといった意表を突いた脇役もいい感じ。目玉は駅弁には珍しいアンコウの味噌煮。ぷりぷりした食感が面白かった。デザートのずんだ餅がとっても美味しかった。でもこの弁当の良い点は、ゴマを散らした白米が美味しいということ。名前負けしない駅弁でした。

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ちなみに包装紙に描かれたJR久留里線下郡駅はホントにこんな駅です。

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