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2008年3月

ノルウェーの森

東海道線のJR吉原駅から岳南鉄道という地方民鉄に乗り換える。岳南鉄道吉原駅はまるで古い倉庫みたいな駅舎。

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京王電鉄から譲渡された車輛は街のなかをゴトゴトと走る。まるで東急世田谷線の雰囲気だ。車窓からは家並みに富士山が見え隠れして楽しい。

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発車のベルが鳴り終わっても駅員がホームの後方を見て声をかけている。なんだろうと思ったら杖をついたおばあちゃんがのそのそと乗ってきた。こういうところがローカル線の良いところなんだよなあ。

終点の岳南江尾駅はおんぼろ駅舎の無人駅。前面が緑に塗装された車輛と赤に塗装された車輛が走っているが、こうして並んでいると『ノルウェーの森』を思い出す。後方を斜めに走っているのは東海道新幹線。車窓から岳南鉄道が見えるんだなあ。こんど東海道新幹線に乗る機会があったら注意してみよう。

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今日の「常識」

ビルの上から「常識とは何か」と問われても何も答えられない。
それにしても存在じたいが藝術なんだよなあ…岡本太郎。


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それでも地球は回っている

午後から用事があって都内へ出かけた。用事を済ませてから、ふらりと地下鉄に乗って日比谷線の霞ヶ関駅で降りてみる。

1995年の今日、日本を騒がせていた新宗教の教徒が撒いた劇薬のせいで多くの人が傷つき亡くなった。あの日、私の職場のアルバイトの学生が「父が日比谷線で通勤しているので心配です…」と家に電話していたことを思い出した。

寒の戻りか、冷たい雨と北風の吹く春分の日。霞ヶ関駅のホームにはサラリーマンやOLの姿は少なく、嬌声をあげる若者とゲームボーイに興じる中学生がちらほら。

奇妙に乾いた熱狂の世紀末から夢の21世紀へと時代は移り変わった。地下鉄に劇薬が撒かれても、大地震が起こっても、餃子に農薬が混入されても、西藏で僧侶が殺されても、それでもいまのところ地球は回っている。


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堤さんちの都合?

最近乗った路線……東武東上線、東武越生線、西武豊島園線、西武有楽町線、西武山口線、西武西武園線、京王競馬場線、多摩都市モノレール線……ようやく西武線は西武秩父線を残してすべて乗りつぶし完了。京王線もこれにて完了。これより東武線乗りつぶし大作戦は、東武野田線、東武伊勢崎線、東武小泉線、東武佐野線、東武桐生線、東武宇都宮線、東武鬼怒川線と、北関東方面鉄路網へと進撃を開始する。

それにしても西武線の乗りつぶしにはひと苦労であった。なんなんだ、あの無秩序な路線は? 西武新宿線と西武池袋線はいいとして、西武多摩湖線、西武山口線、西武国分寺線のあたりの無秩序さときたら…地元住民は慣れているのかスイスイと乗り換えていたが、私は時刻表と路線図を見比べて神経使ったぞ(笑) まあ西武グループの事業と連動してるんだろうけどね(笑) 

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京王競馬場線は東府中から伸びているたった一駅の盲腸線だが、さすが競馬ファン御用達の路線らしく、8輛編成の長い列車が停まるホームは、それはそれは長くて広々としていました。レースが終わった頃に行くとあまりの寂しさに感無量でしたが…

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あやや&ヒノテル

『服部良一〜生誕100周年記念トリビュートアルバム』(UNIVERSAL SIGMA / UPCI 1071)を店頭で見つけて買ってしまう。服部良一作品のカバーは概して秀逸なものが多く、これも楽曲といい参加ミュージシャンといいファンとしては見逃せない。

福山雅治の『東京ブギウギ』…うう、かっこいいロックンロール・ブギウギ。ゴスペラーズの『銀座カンカン娘』…渋い。ヘイリーという女性歌手が唄う『白バラの歌〜White Rose』、若手ジャズシンガー小林桂が唄う『午前二時のブルース』もいい。バカボン鈴木のギリッとしたウッドベースの音色がいい感じ。私の大好きな『東京の屋根の下』はゴージャスなビッグバンドをバックに一青窈が唄っている。一青窈の歌声もいい感じなのだが、やはりこの歌は灰田勝彦の歌声がハマり過ぎるほどハマっているなあ。

松浦亜弥のボーカルに日野皓正のラッパが絡む『ラッパと娘』は凄い! イナタいリズムにあややの歌声が映え、日野皓正のブリブリしたラッパがグルーブしてます。オリジナルは笠置シヅ子(昭和14年発売)なのだがこれがまた凄い。スリリングの一言に尽きる名演だ。笠置に絡むラッパは戦前の名トランぺッター森山久(森山良子の父)、機会があればぜひ聴いてほしい。興奮しますよ。

圧巻は、このアルバムの白眉を飾る井上陽水の『胸の振り子』…井上陽水がほんとうに心からこの歌を愛していることがよくわかる。井上陽水らしい、のびやかで力が抜けた歌声が、暖かくてせつないこの歌を彩っている。まるで雲の上の音楽のようだ。

その他のミュージシャン:関ジャニ∞、東京スカパラダイスオーケストラ、さだまさし、山崎まさよし、佐藤しのぶ、徳永英明、布施明・森山良子、小田和正

町田の古本屋

某月某日
『ぐうたら好奇学』を三十年ぶりに再読したら面白くてしかたがない。というわけで遠藤周作『ぐうたらシリーズ』を探しに町田の古本屋巡りに出かける。

はじめに高原書店にて遠藤周作の『ぐうたら交友録』、『ぐうたら人間学』(講談社)、『狐狸庵閑話』(新潮文庫)、『狐狸庵交友録』(河出文庫)を購う。さすが町田市の古書店。遠藤周作邸(通称『狐狸庵』)は町田市玉川学園にあるからだ。勢いづいて遠藤周作の友人であり同じ「第三の新人」安岡章太郎の『良友・悪友』(角川文庫)、『へそまがりの思想』(角川文庫)、吉行淳之介『悪友のすすめ』(角川文庫)、小島信夫『墓碑銘』(講談社文芸文庫)を購う。その他、尾崎一雄『楠ノ木の箱』(旺文社文庫)、ねじめ正一『ねじめ正一詩集』(思潮社)を購う。鉄道関連書コーナーにて『全線全駅鉄道の旅6 中央・上信越2100キロ』(小学館)を見つけたのでついでに購う。

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高原書店はかつて小田急町田駅第一踏切前のPOPビル(その前はミドリヤビル)に入っていた。その後、現在の場所に移転して営業を続けている。雑居ビルの1階から4階に間借りしているため、部屋が細かく区切られていて、絶版文庫の部屋や社会科学の部屋なんて感じになっていて面白い。探索しがいのある大型店舗なので、町田へお越しの際はぜひ足を運ばれたし。きっとお探しの本が見つかるでしょう。


ジャバーウォックにて伊藤桂一『黄土の狼』(集英社文庫)、林京子『上海/ミッシェルの口紅』(講談社文芸文庫)、高橋源一郎『追憶の一九八九年』(角川文庫)、チャールズ・ブコウスキー『ブコウスキーの酔いどれ紀行』(河出書房新社)を購う。

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ここは町田では新しい古本屋で、古本のほか、絵本やフィギュア・骨董が置いてある、小さい乍らも賑やかな古本屋だ。ポストモダン、映画、ジャズ、アート系など思わず食指が動く品揃えも魅力的。


成美堂書店ではあまりめぼしいものはなかったが、荒川洋治『本を読む前に』(新書館)を一冊だけ購う。

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ここは上記3軒のうち最も渋い古本屋。インターネットで見てみると古い絵葉書が充実している。


町田市内には上記3軒の古本屋のほか、久美堂、有隣堂書店、リブロといった新刊書店、巨大店舗のBOOK OFF町田店があり、本好きにとってはかなり満足できる環境。かつては原町田1丁目のあたりに二の橋書店という渋い古本屋があったのだが、だいぶ前に移転してしまった。ここにも足しげく通ったものだったなあ…

狐狸庵先生の渋谷

某月某日
古本屋にて遠藤周作『ぐうたら好奇学』(講談社)を発見。懐かしくて思わず手に取る。ほかにも遠藤周作『ぐうたら生活入門』(角川文庫)、吉行淳之介/開高健『街に顔があった頃』(新潮文庫)、上前淳一郎『イカロスの翼 美空ひばりと日本人の40年』(文春文庫)を購う。

某月某日
本を探しに新刊書店に行く。探していた本は品切れらしく見当たらないので古本屋で探すことにする。都築響一『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』(晶文社)、小牟田哲彦『今でも乗れる昭和の鉄道』(東京堂出版)、荒木経惟『さっちん』(新潮社)を購う。『さっちん』は若きアラーキーの魅力あふれる写真が文句なしに楽しい可笑しい。元気の出る写真集だ。

某月某日
近所の古本屋を覗くも収穫なし。もう一軒の古本屋を覗くと、宮脇俊三と原田勝正が編集委員を務めた『全線全駅鉄道の旅シリーズ』の端本があった。その中から思い入れのある路線部分の『東北2800キロ』(小学館)、『奥羽・羽越1700キロ』(小学館)を購う。昭和五十年代半ばの本なので国鉄時代の写真がふんだんに掲載されていて楽しい。


私が中学生の頃、家に遠藤周作の『ぐうたらシリーズ』があって熱心に読んだ。正直、子どもにはよくわからない大人のシャレたユーモアと、子どもにもわかるくだらないユーモアが混在して、楽しく読んだものである。今になってまた読み返したらこれが実に面白い。面白いと同時にユーモアのなかに人生の機微と哀感を描いた随筆が胸にしみてきた。

昭和三十年代の渋谷の街を舞台に綴られる随筆など、これぞ名文というすばらしいものであった。田舎の中学生にはぜんぜんわかるはずもない。だいたい渋谷がどういうところであるか知らないのだから。それでも大人になって上京してから渋谷を知り、渋谷を徘徊して酒を飲んだり飯を食ったりするようになった今、ひとつひとつの文章が心にしみてきて心地よい。遠藤周作が駒場の借家に暮らしていた昭和三十年代の話である。

この頃遠藤周作は三十代半ば、今の私よりずっと若かった。それでいてこの大人ぶり…我が身を省みて悄然としてしまう。


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