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おや、こんなところにタマ公が

新潟まで来たというのに実家には寄らず、新潟駅前のビジネスホテルに宿泊。新潟の名物料理に舌鼓…といきたいところだが、あいにく県民なので特に珍しいものもない。翌日は朝早くから新潟駅へ向かう。改札の向こうに旧国鉄色のキハ50系車輌が停車しているのが見えた。慌てて改札を抜けてプラットホームに出てみたら、おお、米坂線快速べにばな号だ。しかもキハ50系と20系の2輛連結だ。こいつぁ朝から縁起が良い。これから快速べにばな号は新潟から白新線を経て新発田へ、新発田から羽越本線に入り、坂町から米坂線に入り、急峻な小国峠をウントコドッコイショと越えて米沢へ向かうのである。なんともいじらしいではないか。

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私は信越本線新津経由長岡行きに乗り東三条で降りた。ここから弥彦線に乗り換えて終点の弥彦へ向かうのである。小学生の頃に弥彦神社に来たことがあるのだが、それ以来だから実に30年近く昔のことだ。何しに行ったのかすらもう憶えていないくらいひさしぶりの乗車である。弥彦線はここ東三条から越後線の吉田まで行き、ここで暫く停車してから終点の弥彦へ向かう。東三条〜北三条〜燕三条〜燕〜西燕〜吉田〜矢作〜弥彦という、わずか8駅しかない全長17.3kmのローカル線。山手線の新宿〜東京間の距離とほぼ同じである。東三条駅は明治時代から続く歴史のある駅で、そこかしこに昭和の香りが漂っている。東三条駅の0番線ホームに弥彦線115系車輌が停まっていた。弥彦線独特の白い車体に薄い黄色のツートンに薄い緑色のライン。信越本線や上越線のきまじめさとは異なり、なんともほんわかとした彩色だ。新潟車輌区はほとんどが115系なのだが、色が異なるだけでこんなに印象が変わる。

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平行する信越本線と越後線を繋ぎ、弥彦神社に詣でる人々が利用する路線なので、東三条を発車したときには満員電車並みの混雑ぶりだ。あちこちからのんびりとした新潟弁の会話が聞こえてくる。若い人はさすがに標準語に近いが、年輩者はおしなべて新潟弁で話している。燕三条でたくさんの人が降りて行き、燕から吉田までは街のなかをガタクリガタコンと走って行く。燕三条は上越新幹線の乗り換え駅でもあり、駅周辺には大型店鋪が並び賑やかな雰囲気。燕の辺りの線路の両側には民家が続き、まるで路面電車のような雰囲気だ。私は小学校に入学するまで燕市に住んでいた。かつて燕から新潟市内まで新潟交通の路面電車が走っており、幼い私は母に連れられて何度もこの路面電車に乗ったものだ。昭和40年代前半のことである。緑とオレンジの車輌がとても懐かしい。

吉田で10分ほど停車して弥彦へ向かう。のどかな田園風景の中を走っていくうちに弥彦山が迫ってくる。海岸線に近いところにこんなに大きな山があるというのも考えてみれば不思議な話だ。弥彦駅は神社を模した駅舎が印象的で、改札では若い女性の駅員さんが参詣客を迎えていた。

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今日私は午後の新幹線で東京へ戻らねばならない。ところが次の弥彦発東三条行きは2時間後なのである。弥彦神社へ詣でるのも一興だがあいにくそういうつもりはない。すぐにタクシーに乗って吉田へ戻り30分ほど待って越後線下りで新潟へ。新潟駅の新幹線改札へ向かうと、笹団子売場のそばに忠犬タマ公の像があった。新潟駅に来るたびにあちこちに移転されているタマ公像だが、こんどはこんなところに置かれているのか。同じ忠犬でもハチ公とは待遇に差があるなあ(苦笑)

    弥彦
    |
    矢作  
    |
  −−吉田−−−内野−−新潟−−
    |        |
    燕三条      亀田
    |        |
  −−東三条−−加茂−−新津−−
             |

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