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東武日光線を行く

東武日光線に乗って日光まで行ってきた。といっても東照宮にも行ってないし、そもそも駅舎から出ていない。いつものように電車に乗りに行ってきたわけだ。今日の目的は、東武日光線のなかでも絶滅寸前の木造駅舎、知る人ぞ知る北鹿沼駅探訪である。

朝も早くから東武伊勢崎線に乗り、荒川を越え利根川を越えて栃木に入り、東武動物公園駅で後発の東武日光行きに乗り込む。窓の外は雨。もともと無計画の旅だからどうしようもない。そもそも私の人生が無計画無目的だからどうってことはないのである。東武日光駅まで来たはいいが外は雨だし折り返しの浅草行き区間快速に乗らねばならぬ。したがって雨に煙る駅前の風景を眺めただけで、早々と日光を後にするのであった。せっかく来たので日光自慢の駅弁「味わい街道」を頂く。

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下今市を過ぎて区間快速は北鹿沼駅に停車し、私はそそくさと駅に降り立つ。後に続く人は…誰ひとりとしていない。まあ当然だナ。浅草行き区間快速は小雨のなかに消えてゆき、私はひとりホームに残る。そして…北鹿沼駅。いやはやなんとも、期待通りの素晴らしい駅舎でありました。

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窓枠が一部アルミサッシになっているところが惜しいが、それでも堂々たる風格の木造駅舎であります。資料によれば昭和4(1929)年開業当時そのまんまということだ。人間でいえばもう喜寿を過ぎていらっしゃる。無人駅なのでICカード対応機器が無粋に立っているが、これとアルミサッシを除けばまさに戦前の香り漂う木造駅舎である。

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今日の目的は北鹿沼駅だけだったのだが、東武日光に向かう車窓から意外なものを見つけた。それは楡木駅の駅舎。噂によればすでに改築が始まっているとのことだったが、車窓をぼんやりと眺めていたら、なんと木造駅舎がまだ健在の様子。というわけでこのまま栃木まで戻る予定を変更して、北鹿沼の後に楡木駅で下車したのである。

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なんとなんと、ここは北鹿沼駅以上の素晴らしさでありましたよ。窓枠はどこもかしこも木枠でICカード対応機器以外は、北鹿沼駅舎を凌駕してあまりある素晴らしさでした。ふだんは無人駅らしいのだが今日はなぜか臨時に駅員さんが詰めていた。やはり人がいる駅舎は生きている感じがするなあ。ここも昭和4(1929)年開業当時の面影をそのまま残している。

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駅員さんに「この駅舎も改築されちゃんですねえ」と話しかけたら、朴訥な北関東訛りで「いやあ、なにしろ古くてネ、開業当時からほとんど変わってませんから…それだけにイメージも悪いし…(苦笑)」そんなことはないと思うのだが、まあこれも会社の方針だからしかたない。改築はこれから始まるということで、まさにギリギリセーフ。僥倖、僥倖。駅舎ファンよ、楡木に行くなら今のうちだ!

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やがて日光方面からやってきた各駅停車に乗り込んで、さてあとはガタゴトと浅草まで出るかと思っていたが、突然栃木駅に降りてみようという気になった。繁華街でもぶらついてみようと思ったのだ。どうせいきあたりばったりの人生だし(笑) ところが駅前に出てみて愕然としてしまう。なんと寂しい駅前なのだろう。栃木駅なのに……賢明なみなさんはもうお気づきであろう。そうです。栃木県の県庁所在地は宇都宮なのでした。朝が早くて睡眠不足のせいもあり、私は迂闊にもここで降りてしまったのである。

ここで20分ほど待てばJR新宿行きの特急列車があるのに気づいた。東武からJR乗入れ? 鬼怒川から栗橋を経てJR区間に乗り入れ、大宮経由で新宿まで行く特急なのだった。これを逃せばもう二度と乗る機会などないだろう。特急きぬがわ号はあっという間に新宿に到着したのでありました。

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コメント

栃木県は長野の母の生まれ故郷です。
小さい頃に居ただけらしいんですが、今でも叔父達が住んでいる模様。(その後東京の下町に移った為か、母は『し』と『ひ』が混ざります。)

数年前、片岡という所に叔母の法事が有って出掛けました。
な~んにも無かったです。

JRの車内で我が家のリビングに居るかのように寛ぐ皆さんに癒されました。

お母さんは栃木生まれでしたか。片岡というのは現在の矢板市片岡ですかね。東北本線の片岡駅はまだ降りたことがありません。つつじが咲き誇る駅として知られているようです。

ウチは父も母も新潟なので県外に親戚がほとんどいません。父は死ぬ迄新潟弁でしたが、母は満洲育ちのせいか訛りがありません。中国語は喋れないけどネ。

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