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2007年9月

臺東のカツカレー

基隆から臺東へ向かう。
臺東は臺灣の東南部にあり、臺北から特急列車で5時間はかかる。臺北の朋友も「臺東は遠いから行ったことがないよ」という。今回はここにある國立史前博物館を見学に行くのが主な目的。昨日と同じく5:58に基隆を出て宜蘭に向かい、宜蘭から普快車に乗り換えて花蓮に到着。花蓮からキョ光號の切符を買って臺東へ向かった。

臺灣は南北に山脈が走っている。山脈の西側(臺中〜嘉義〜臺南)には広い平地が広がっていて、東側(宜蘭〜花蓮〜臺東)の大部分は山が海岸まで迫っている。特に花蓮から臺東にかけてはそれが顕著で、山岳地帯に住む原住民(アミ族、タロコ族など)が多く住んでいる。臺東は特に原住民の多いところで、あちこちにあきらかに漢民族とは違う風貌の人々を見かける。花蓮を過ぎると車窓から椰子の木が目立つようになり、異国情緒がふんだんに感じられてくる。

臺東駅に着いたのはもう夕方近かった。臺東駅は郊外にあるので、市内までバスに乗って行かなくてはならない。夕暮れの臺東郊外を走って終点のバスターミナルで下車。道端で、さて今晩はどこに泊まろうかと考えていたら、強烈に訛ったジイサンが声をかけてきた。

「あんた、今晩はどげんすると? ホテルは決まっとると? 予算はなんぼ出せるとね? うーん、そうかあ、そんならよかホテルがあるばい。そこの社長は日本語が話せるとヨ。案内するばってん、オラのタクシーに乗るばい、よかよか、金はいらんとヨ、サービスばい」

要するにこのジイサン、ホテルに客を紹介していくらか貰っているのだろう。めんどうくさいのでタクシーに乗る。乗ること数分、着いたホテルは見るからに怪しげなホテル(苦笑)、とはいえ街の中心部にあるし、一泊1000元というわりにはちゃんとしているので、ここに泊まることにした。オーナー社長は怪しげな日本語を話す兄チャンでしきりに話しかけてくる。といっても日本語はかなりいいかげんなので、会話の大部分は中国語で済ませる。ロビーの隅で茶をガブガブ飲まされておしゃべりにつきあっていたらだんだん腹が減ってきた。

とにかく飯を食おうと街に出る。さすがに臺東まで来ると地方都市らしい田舎っぽさがそこかしこに漂っている。だらだらと歩いていたら『福爾摩沙餐廳』(フォルモサ・レストラン)という看板が見えた。しかも日式食堂と書いてある。日本料理? それにしてはよくある“誤解されたニッポン”“エキゾチックジャパン”という感じではなく、落ち着いた外観のレストランという風情。臺東で日本レストラン? しかもシックな? どういうこと? 面白そうなので入ってみた。

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店内はとても綺麗でシックな木目調で統一されている。私以外には誰も客がいなかったのだが、原住民らしいかわいい小姐が席に案内してくれる。メニューを見たらカレーセットとか海老フライセットとか、要するに洋食屋なのである。小姐に「『日式排骨加哩飯(日本式カツカレー)』とは、どのへんが日本式なのか?」と尋ねたら「日本風の味付けよ」と教えてくれたのでそれを頼んでみた。待つこと暫し、出てきたカレーは紛れもない日本の洋風カツカレーだ。実に美味しい。小姐が目をパチクリさせて「美味しい?」と聞くので「うん、美味しい」と答えたら嬉しそうに厨房へ駆けていった。

食後の珈琲を飲んでいたら厨房からオジサンが出てきて「日本の方ですか?」と声をかけてきた。彼は成田さんといって本職は日本の高校の先生とのこと。なぜ高校の先生が臺東でレストランを??? 珈琲を飲み乍らお話を聞かせてもらった。

「彼女(店員)が『中国語を話す日本人が来ているよ!』というんで…ようこそいらっしゃいました。ありがとうございます。どうしてまた臺東へ? ああ、そうですか、史前博物館がお目当てですか。だいたい市内は観光地じゃないからねえ、知本温泉とかあっちのほうが有名だし、あまり市内に外国人はいないですよ…」

「ええ、私はふだんは日本にいます。いまは夏休みなんで1ヶ月ほど臺東に滞在しているんですよ…私は大学生のとき動物学を専攻していて、タイワンザルの生態調査のために臺灣に来たんです。もう40年もむかしのことですよ…ほら、臺東の沖に藍嶼(Lan yu)という島があるでしょ、あそこに暫く滞在してねえ、そのときに原住民の人たちにそれはそれはお世話になったんですよ。だからいつか恩返しがしたいなあ、って思って…ええあの娘もアミ族です。若い世代になるとアミ語を話せないのも増えてますけどね…臺東の原住民たちともつきあいが始まって、その後もなんだかんだと臺灣と日本を往復していつしか40年が経ちました」

「ここもネ、私と私の仲間が金を出し合って建てたんですよ。原住民の若者たちの就労援助とか、そんなことができたらいいな、と思いましてネ…ええ、それがなかなか儲けを出すまでにはいかないですよ(笑)…まあ原住民の連中はのんびりしてますから(苦笑)…商売をやる以上はあるていどガツガツしないと儲けが出ないでしょ。でもかれらはなかなかそこまでやらないんだなあ…でも赤字じゃあ困るんでね、まあもう少しもう少しって感じで…気の長いつきあいですなあ(笑)…」

「しかしあなたもよくこの店を見つけてくれました(笑)ありがとうございます。臺北ならともかく、臺東だからねえ…とにかく辺鄙だから、まず知っている人が少ない(苦笑)、また臺東にお越しの際にはぜひお立ち寄りください。お友だちにも宣伝してください……といってもねえ、臺東くんだりまで来るやつはそうそういないよねえ(苦笑)」

そんな田舎の臺東ですが、もしも行く機会があればぜひ『福爾摩沙餐廳』に足を運んでみてください。中華料理に飽きたときのいいアクセントになりますよ。

『福爾摩沙餐廳』
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臺東市中正路331號(臺東醫院の近く)

ガーコン総理

池袋演藝場にて演藝研究会例会。
今日は古今亭志ん朝と柳家小さん一門の中堅〜ベテラン勢揃いという豪華な香盤、お得感ありでした。
演者と演題は以下の通り。

古今亭志ん八『狸賽』
古今亭志ん馬『三方一両損』
笑組(漫才)

柳家小さん『親子酒』
柳家亀太郎(粋曲)
柳家権太楼『金明竹』

〜〜仲入り〜〜

古今亭八朝『持参金』
柳家さん八『按摩の蚊帳』
林家正楽(紙きり)

古今亭志ん五『柳田角之進』

小さん師匠は大名跡を襲名してからますます渋くて良い味わいになってきたなあ。先代譲りのまるっこい高座姿も黒い紋付も良い感じ。前半は延々と枕を語り(これが絶品)後半で『親子酒』をさらりと語る。このへんは兄弟子の柳家小三治譲りか。

仲入り前に権太楼師匠登場。もう出てくるだけで可笑しい。これも才能だ。何を演じるかと思ったら『金明竹』、もう爆笑に次ぐ爆笑。ちなみに三遊亭圓丈は『名古屋弁金明竹』という隠し技を持っている。

さん八師匠は『按摩の蚊帳』という珍しい噺を披露。先代柳家小さんも時おり演じたということだが、盲人が主人公ということで、放送ではできないネタである。

志ん五師匠は『柳田角之進』を一席。志ん五師匠もすでにベテラン、もう与太郎という柄ではないのだろう。それでも寄席で早い出番のときにはアブナイ与太郎全開ですけどね。もともと志ん五師匠は顔が怖いので侍を演じると凄みがある。

西口路地裏にて演藝研究会会長とふたりで反省会。自民党総裁ほぼ確定の福田康夫元官房長官と、最後の酒仙藝人であり『ガーコン』でもお馴染みの川柳川柳師匠がよく似ているという話になる。

「その話を聞いてから、福田康夫が川柳師匠に見えてしょうがない」
「いよっ! ガーコン総理(爆笑)」
「落語ファンにしかわからないぞ(笑)」

福田康夫オフィシャルサイト
http://www.y-fukuda.or.jp/

落語協会>川柳川柳
http://www.rakugo-kyokai.or.jp/Profiles.aspx?code=19

菁桐のムカ竹筒

神社の絵馬にはさまざまな願い事が書かれている。なかには不届き千万かつ分不相応なことが書かれている絵馬もあり、これらは1990年代後半、漫画家のみうらじゅんによって「ムカ絵馬(ムカつく絵馬)」と命名された。
まあ、だいたいこういうものは万国共通のようで、何処だったか、金網に南京錠を取り付けて願掛けをするというのがあったが、あれも同じ類の習慣であろう。そしてここ菁桐の駅前にも竹筒に願い事を書いて吊るしてある一角があった。

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でもって菁桐の竹筒、大半はちゃんとした願いごとが書かれているのであるが、なかにはやっぱりこんな願い事も吊るされているのであった。

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これにいたっては地に落ちてるし・・・

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我要女朋友(彼女がほしい!)

ちょっとひとやすみ

週末に新潟に行ってきたので小ネタ特集。

新潟県民なら知らない人はまずいない地元密着ファストフード『みかづき』万代店。
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とりあえず新発売の「和風きのこイタリアン」を食べてみた。和風なのに玉子とキクラゲのあんかけ…中華風あんかけヤキソバだ(笑)※画像が縦になっているので適当に修正してください
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ここは新潟市内の繁華街、古町。そこに忽然とそびえ立つ大仏像。昔から知っているけどちっとも変わってません(あたりまえか)
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新潟駅連絡通路にあった段ボールハウス。けっこうな広さでございます。
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朝晩は涼しくて、新潟は秋の気配でした。

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