2020年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
フォト
無料ブログはココログ

最近のトラックバック

« 明るく陽気に行きましょう | トップページ | JR鶴見線大川支線制覇の巻 »

掃溜めに鶴

長野から上京した千曲川さん曰く。浅草名画座で『日本大侠客』(1966東映)を観たい。しかしこの映画館には行ったことがない。それに場所が浅草でしかもヤクザ映画である。女ひとりで行くのがちょっと怖いからつきあってはくれないか云々。

友人であり、彼女の東京の保護者でもあるサワコさんも同道くださるということだが、なんといってもここは浅草名画座。ふたりといえど、妙齢の女性だけで行くのは危険(笑)。相も変わらぬ彼女の趣向はさておき、私も案内人として浅草に出向くことにした。

浅草の匂いをプンプン漂わせるオヤジたちは、千曲川さんの存在に気づいて、みな意外そうな顔をする。なかにはニヤリ、と相好を崩すオヤジもいる。緊張気味の千曲川さんは何も気づいていない。私とサワコさんで顔を見合わせて苦笑い。掃溜めに鶴というかなんというか。恵比須ガーデンシネマに浅草のオヤジがひとり紛れ込んだと言えば、例えが適切かどうかよくわからないのだが、おわかりいただけるだろうか。まあそういうことです。

ここは相変わらず奇声独言飲酒喫煙なんでもありの映画館。それでも愛して止まぬ岡田英次が登場するやいなや、千曲川さんは身悶えしつつ、拍手はするわ椅子から身を乗り出して画面を凝視するわ…千曲川さん、入れ込み過ぎです。まあ、なんでもありだからいいのか。それにしても刺客の岡田英次、明治時代なのに着流しで労咳病みときたもんだ。おまえは平手造酒か。

ところで『日本大侠客』だが、鶴田浩二、藤純子、大木実、近衛十四郎、木暮実千代、岡田英次、内田朝雄、河野秋武…東映仁侠映画の常連から、フリーの名脇役まで見応えのある映画だった。情念の脚本家・笠原和夫の筆も冴えている。スクリーンを観ながら、これはヤクザ映画っぽくないなあ、と思う。なにしろ鶴田浩二演じる吉田磯吉は、ヤクザでもなんでもなく、沖仲仕たちからアニキと慕われる、キップの良さと人の良さが売り物の、北九州若松の料亭のボンボン。まあ最後は大木実、岡田英次たちと、悪役内田朝雄の屋敷に殴り込みに行くんだけどネ。

左巻き評論家風に書けば、非搾取階級である港湾労働者たちが、かれらから不当に搾取する資本家(ヤクザの内田朝雄たち)および資本家と癒着する官吏(柳川某という代議士だが、内田朝雄と義兄弟という設定)の横暴に耐えかねて、資産階級でありながら、無産階級に正しく転向した革命の英雄=鶴田浩二のもとに一斉蜂起、悪の資本家と腐敗した官吏は打倒される、という映画。惜しむらくは、鶴田浩二以外の脇役に、革命理論と主体性が缺如している(笑)。

プロレタリア映画として問題があるとすれば(なんだそりゃ)、資本家である内田朝雄たちは実は一幇流氓(ごろつき)であり、かれらは別の資本家(企業)の弱腰につけこんで、利権を一手に握ろうと画策し、自分達と癒着している官吏に裁定を仰ぐ。当然、官吏は一幇流氓に有利な裁定を降し、別の資本家(企業)は権力には逆らえない。という設定。最終的に、資本家のなかに一幇流氓と企業、つまり悪役とそうでないのがおり、悪の資本家である一幇流氓は打倒されるが、資本家そのものである企業の反動性は糾弾されない。このへんの描写がプロレタリア映画(違うって)としては詰めが甘い、と批判されても然るべきである(何が「然るべき」だ)。資本家はなんであれすべて反動である。このあたりを徹底的に改良すれば、無産階級の正しい指導につながる作品となったであろう。そして(以下、省略)

かつてのソ連や中国ならけっこうウケたんだろうなあ。それにしても藤純子の艶やかさったら、ない。

笠原和夫も、この作品はあまりやくざ映画っぽくない、という指摘に答えて、次のように述べている。

笠原「だから、どちらかというと西部劇ですよね。西部の流れ者がある町にやってきて、家族をつくって牧場を開いたら、そこにインディアンが襲ってきて必死に守るという、そういうスタイルですよね」(『昭和の劇;映画脚本家 笠原和夫』太田出版, 2002)

上映後、伝法院沿いの煮込み通りで酎ハイ片手にバカ話。東京の保護者たる私とサワコさんで、長野に岩波ホールならぬ千曲川ホール(時代劇専門館)を開きなさいとけしかける。まずはこういう手順でこことあそこに渡りをつけて、それからどこそこに話を持ちかけて…他人のことだから言いたい放題である。

つくばエキスプレスで秋葉原に出て駅前のメイド服のオネエサンを見物し、山手線で目黒に出てサワコさん御推薦の沖縄料理屋で飲む。オリオンビール、泡盛を飲み、ゴーヤチャンプル、ヒラヤーチ、ラフティー、豆腐よう、島らっきょうをつまみにふたたびバカ話で夜が更けた。

« 明るく陽気に行きましょう | トップページ | JR鶴見線大川支線制覇の巻 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

おかげさまで楽しゅうございました。ありがとうございました。
名画座がおっさんだらけなのにつけ、ああいう時ですねえ「オトコだったらよかったのになあ」と思うの。まーオトコだったら岡田英次にきゃあきゃあ言っていないと思うけど…。

映画を1回見ただけで、ここまで細かく覚えていて分析できるなんてすごいなー、ああ、あれはそうだったのか、などと思い出しながら拝読しておりました。

何回か読ませていただくうち、さっき気づきました。

>ふたりといえど、妙齢の女性だけで行くのは危険(笑)。

これは、ワタクシに対して気を使ってくださっているのですね? ありがとうございます。

でも(笑)ってあるねぇ。

千曲川さま
>名画座がおっさんだらけなのにつけ
例えば京橋の国立フィルムセンターはそんなことないですよ。あるいはジェラール・フィリップ映画祭なんかは女性だらけだし、問題は、オッサンが佃煮のように集まる作品、またはそういう作品を上映する映画館を選択することにある、と思います。
じぶんを見つめ直して強く生きてください。

サワコさま
>でも(笑)ってあるねぇ。
(笑)は「妙齢の女性ふたり」ではなく「浅草名画座」にかかっています。つまり浅草オヤジの殿堂が危険地帯である、という暗喩であり、かつまた軽く揶揄しているわけです。
こまかいことは気にせず、心を開いて明るく生きてください。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 掃溜めに鶴:

« 明るく陽気に行きましょう | トップページ | JR鶴見線大川支線制覇の巻 »