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長野 ⇒ 東京

早朝の長野駅から軽井沢へ向かう。早朝の長野はさすがにキリリと寒い。千曲川さんは「今年は暖かいです」と言っていたがやはり他県の人間としては寒い。

7:02長野発しなの鉄道小諸行きに乗り、長野駅で買ったサンドイッチを食べる。正月早朝のしなの鉄道だがそれなりに乗客はいる。昨年は車窓から雪景色が見えたのだが、今年は雪などほとんど積もっていない。

安茂里、川中島、今井、篠ノ井、屋代、戸倉、坂城…すっかり耳に馴染んだ駅名だ。列車は8:02に小諸に着き8:10発軽井沢行きに乗り換える。このあたりからは御代田、信濃追分、北軽井沢と冬枯れの高原風景が続く。

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8:34軽井沢着。シーズンオフの軽井沢駅前は早朝であり閑散として寂しいことこのうえない。さすがに軽井沢まで来ると寒さもひとしお。橋上駅舎のデッキから眺めると山々はところどころ白くなっている。それでも雪は少ない。

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かつて軽井沢〜横川間は信越本線が走っていたのだが、長野新幹線開業のともない在来線は廃止されてしまった。今はJRバスが軽井沢〜横川間を運行している。なかなか来ないバスを待っているあいだに身体が凍えきってしまうが、ようやくやって来たバスに乗り込んで座席に座ってほっとひといき。

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バスは9:10に定刻発車。碓氷峠をくねくねと曲がって越える。群馬県側に出ると晴れ間が見えてきてあっという間に晴天になった。途中、女性客が「あー、サルがいる!」と歓声をあげる。見ると待避所に停車した車の周りにニホンザルが群がっていて、運転手が車に乗ったまま餌を与えていた。

「あんなことするからサルが人里にまでやってくるんだよ、サルにとってもよくないことなので、ああいうことはしないでくださいね」バスの運転手はさも迷惑だというように乗客に向けてアナウンスをした。

バスは峠を降り定刻より早くJR横川駅に着いたので、高崎行きが出るまで十数分の余裕ができた。そして横川に来たら峠の釜めしを買わねばならぬ。「釜めし釜めし」と叫び乍ら意気揚々と閑散としたホームの端に行ってみると、みごとに軽井沢方面のレールが撤去されており、かつての信越本線横川駅がただの盲腸線の終着駅になっていた。哀れなものである。それでも峠の釜めし元祖おぎのや本舗はしっかりと釜めしを売ってくれた。早い時間だったせいか詰めたてホカホカであった。

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ひさしぶりに来た横川駅舎は木造の柱や梁が鄙びた感じで雰囲気満点。9:55横川発信越本線高崎行きに乗り発車してから釜めしを食べる。ホカホカなので実に美味しい。西松井田、松井田、磯部、安中と過ぎて乗客が少しづつ増えてくる。高崎に遊びにいくのだろう、典型的な北関東のヤンキー少年たちは元気いっぱい。

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10:26高崎着。ここで10:34高崎発八高線高麗川行きに乗り換える。さすがに疲れが出て倉賀野、北藤岡を過ぎたあたりからうとうとと眠り、目がさめると小川の手前だった。このへんは東武東上線が走っているため東京に近づいてきた気分になる。

11:58高麗川着。さらにこのへんまで来ると東武越生線、JR川越線が走っているので旅情もすっかり薄れてしまう。12:09高麗川発八高線八王子行きが入線してきたときは決定的。八王子……すっかり日常に戻ってしまった。

高麗川〜東飯能間は単線が雑木林のなかを走る。なかなか良い雰囲気。12:15東飯能着。ここから西武線を乗り継ぎ友人宅へ向かう。それにしても西武線は錯綜していてまごついてしまう。乗り馴れていないせいもあるのだろうが、どの列車にどこで乗り換えたらいいのかよくわからない。旅先で聞く駅名よりも都内なのに耳馴染まない駅名。東武線とともに西武線は私にとって未知なる路線だ。


……鉄道は私に、「移動」という冒険をさせてくれます。しかしそれは全く先の見えない冒険ではない。行きつく先は絶対に駅で、走るのは絶対に線路の上。知らない駅から鉄道に乗る度に覚える、「冒険をしているのだ」という不安感と、駅と線路とが必ず与えてくれる安心感。両者を同時に得ることができるが故に、鉄道は魅力的なのです。(中略)鉄道は全てを自由にさせてくれるわけではありません。ダイヤは決まっているので、車のようにいつでも出発できるわけではない。レールの上しか走れないし、駅でしか乗降することができない。鉄道側に決められたことには乗る側が絶対に従わなければならないところも、「何でも自由」な今を生きる者にとってはかえって新鮮……(酒井順子『女子と鉄道』)

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今回も昨年に引き続きローカル線乗り継ぎの独り旅だった。ローカル線に乗るのは楽しい、各駅停車は楽しい、ということを改めて感じた独り旅。酒井氏の書くように私が鉄道に求めるものは“安心感”なんだろう。

かつて少年だった頃、私は“自由”に憧れていた。親からも家からも田舎からも遠く離れて、何でも独りでやって生きていくことに憧れていた。しばらくのあいだ独りで“自由”に生きてきたつもりだったが、最近はいささか“自由”に疲れてきたのかもしれない。これが“老い”というものであろうか。

私が車に乗らない(たまに運転はするが)のは、どこに行くのも自分で運転しなければならないのが面倒くさいからでもある。そのかわり鉄道は乗れば必ず目的地に行ける。そのうえ乗り換えという“自由”もある。“決められたレール”などというとマイナスイメージに偏りがちだが、決められたレール以外の人生を生きることは、強靱な意志が不可欠なので、私のようなイイカゲンな人間にとっては、かえってローカル線に揺られているほうがいいのかもしれない。

土日にもうひとつ休みをつけ足して三日もあればそれなりに独り旅が楽しめる。私は“鉄”でいえば“乗り鉄”のようなものなので、列車に乗っていればそれで満足。時刻表をひねくりまわして乗り換えや接続を調べ、それが正しいことを確認してニンマリしている独り旅。

リュックサックを網棚に乗せ、クロスシートに身を沈め、コップ酒をちびちび飲み乍らぼんやりと車窓を眺める快楽。私にとってはそれで満足、満足。同行者も話相手もいないけど、そういうことを犠牲にしてこその独り旅……単なるひとづきあいの苦手な偏屈オヤジだナ(苦笑)


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