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2006年12月

年末のタイムカプセル

「この箱のなかにあんたの本が入っているんだけど、どうすんの?」

大晦日、車に老母を乗せて買出しに出かけ、実家の蛍光灯をかたっぱしから取替え、床の間に正月用の掛け軸を掛け、玄関の注連縄を取り替える。

一息ついて茶の間でぼおっとしていたら母に呼ばれたので行ってみると、納戸の奥に汚い段ボール箱がいくつか転がっていた。蓋を開けてみたら私が中学生~高校生の頃に買い集めた本やマンガが詰まっていた。てっきり処分してしまったものだと思い込んでいたので吃驚。

星新一、小松左京、筒井康隆、光瀬龍、横田順彌といった日本SF黄金時代の文庫本、『男おいどん』『漂流教室』『すすめ!パイレーツ!』、、、おお、懐かしいなあ。思わず『すすめ!パイレーツ!』を全巻読みきってしまう。ひとコマひとコマから、1978年から1980年にかけてのあの時代の匂いが一気に甦ってきた。

あれからもう30年近い歳月が流れたのだなあ…思わぬ年末のタイムカプセルであった。

硫黄島の陰に隠れて

稲垣武『沖縄 悲遇の作戦:異端の参謀八原博通』(光人社NF文庫)を読む。

クリント・イーストウッド監督の 『硫黄島からの手紙』が大ヒットしているらしい。太平洋戦争末期、辺境の激戦地硫黄島で、少数部隊にもかかわらず圧倒的な物量を誇る米軍に対し徹底抗戦、米軍に莫大な出血を強いて壮絶な戦死を遂げた栗林忠道中将(渡辺謙)率いる硫黄島守備隊を描いた作品。

栗林忠道(1891-1945)はアメリカ留学経験もある日本陸軍にあって数少ない知米派の軍人だった。日本陸軍は米軍の実力に対して過小評価しており、昭和18年に至っても対ソ戦研究に没頭していたという。栗林は米軍の圧倒的な物量と輸送力を早くから理解していたが、当時の陸軍にあっては少数派に過ぎなかった。

栗林忠道は島の天然洞窟をそのまま戦略基地として活用し、縦横につながる洞窟から昼夜を問わず奇襲攻撃をかけて、自軍の3倍近い米軍を40日に渡って戦い続けたのである。米軍は最初、硫黄島占領は数日でかたがつくと踏んでいたというが、ようやく占領を終えたときには戦死者・戦傷者2万名を超えていた。

栗林忠道が評価されているのは、米軍が「バンザイ・アタック」と称した、命を捨てて突撃してくる玉砕を兵士に禁じたことである。いたずらに命を捨てることなく、最後の最後まで知力を絞って米軍に立ち向かった姿勢が、ほとんどが全滅という結果に終わったとはいえ、米軍に対して恐怖と尊敬の念を抱かしめたのである。なお、日米の地上戦において、米軍の死傷者が日本軍のそれを上回ったのは、実にこの硫黄島だけだという。

『激動の昭和史 沖縄決戦』(1971東宝)という映画がある。これは太平洋戦争で唯一の地上戦の舞台となった沖縄本島で沖縄守備隊・第32軍が、少数部隊で圧倒的な物量を誇る米軍に対し徹底抗戦、莫大な出血を強いてほとんど全滅した戦いを描いている。軍人から民間人、ひめゆり部隊まで、さまざまな登場人物が織りなす群像劇。戦争映画といっても決して戦争を讃美してなどおらず、なかなか見応えのある映画なのだ。

数知れぬ沖縄の人々が老人から子ども、ひめゆり部隊として知られる女学生たちまでが命を奪われた。沖縄は本土に捨てられた、と沖縄人が恨むのは当然であろう。しかし軍人たちも実は同じなのであった。大規模な地上戦が予想された沖縄戦線だが、大本営が第32軍に与えた武器も資材も人数も、軍司令部をして甚だ失望させる貧弱さであったという。第32軍司令部はほとんど死を覚悟していた。戦争末期の大本営は混乱甚だしく、作戦や指示がころころと変わり、数多くの軍人は敗戦と死を予感していたという。

この映画の主要キャストは沖縄守備隊・第32軍司令官牛島満中将(小林桂樹)、長勇参謀長(丹波哲郎)、そして八原博通高級参謀(仲代達矢)である。高級参謀の八原博通(1902-1981)は日本陸軍にあって数少ない知米派の軍人。アメリカに留学しアメリカ人の気質や軍備について熟知していた。本人も合理的な理論派として知られ、精神主義が幅をきかせた陸軍において異端の軍人だったという。

第32軍は、沖縄の天然洞窟を戦略基地として活用し、いたずらに命を捨てる特攻を諌め、命ある限り戦い続けるという八原の作戦を実行し、質量ともに優位に立つ米軍に多大な損害を与え、徹底的に抗戦して壊滅した。珊瑚礁という天然の要塞は米軍の艦砲射撃をくい止め、米兵は姿の見えない日本兵と、闇に乗じて襲いくる砲弾に恐怖のどん底に叩き込まれた。日本兵は「バンザイ・アタック」をしかけてくる、という思い込みがあっただけに、八原の作戦は実に効果的だったという。

そう、八原博通は栗林忠道とほとんど同じ立場にあるのだ。しかし栗林忠道は戦史に残る名将として讃美されているが、八原博通を知る人は少ない。それはとりもなおさず、第32軍壊滅後、民間人に変装して脱出しようとして捕虜となったからである。

八原博通は自決した牛島・長両将軍の命を受け、戦訓伝達のために脱出を試みた。上官の命を受けた行動であり断じて敵前逃亡したわけではない。しかし日本軍には「生きて虜囚の辱を受けず」という軍人訓があり、一兵卒に至るまで「捕虜となるくらいなら自決せよ」と教えられていた。一兵卒ならともかく八原博通のような将校クラスが捕虜となったわけで、これが八原博通の評価を貶める原因になっていることは想像に難くない。

硫黄島戦は辺境の地(住民はいたにせよ)が舞台だった。それゆえ一般的には純粋な軍隊どうしの戦いという印象がある。それに比べ沖縄戦では多くの島民が犠牲になり、その悲惨さがいまも語り続けられている。『ひめゆりの塔』などがいい例だ。そういう背景がある以上、沖縄戦で戦った日本軍人を讃美するようなことははばかられるということもあるのだろう。

また硫黄島の栗林忠道の場合は彼が全権の責任者であったのに対し、八原博通は牛島司令官と長参謀長という上官がいた。また大本営からの要請であくまで攻撃作戦をとらざるを得なかった事情もある。八原は軍備の手薄な第32軍では手堅く持久戦に持ち込むことを肝要としていたが、牛島・長両将軍は結局大本営に従い、八原は断腸の思いで攻撃作戦に転じ、その結果は無残なものであった。ここにきて牛島中将は、漸く八原の作戦が効果的であると判断したが、ときすでに遅かったのである。

ともに知米派であり、ともに命を大切にする戦略を採り、ともに島嶼戦を繰り広げ、ともに少数部隊で何倍もの兵力を誇る米軍に多大な損害を与えた栗林忠道と八原博通。ただ違っていたのは、栗林忠道は壮絶な戦死を遂げ、八原博通は米軍の捕虜になったことだった。

内地の長男に宛てて、この戦争で日本が敗れたらきっと新しい世界が来る、そのためにおまえは家族を守ってしっかり生きてゆけ、という意味の手紙を書いたという八原博通は、偏狭な日本陸軍において真に先見の明を持っていた、数少ない軍人のひとりだった。

京急大師線を歩く

昨日は仕事が休みだったので昼から川崎界隈を彷徨った。JR川崎駅に直結したラゾーナという巨大ショッピングモールを見物。東芝だかどこだかの工場跡地を再開発してできたところで、平日の昼間というのに親子連れとアベックが大量に群れている。食堂街はどこも順番待ちの盛況ぶりで孤独な散歩者の入り込む余地は無い。

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しょうがないから楽器屋に入ってフェンダーのジャズベースなどを品定め、といって当面必要なこともないので見物のみ。ウクレレはたくさんあったけどマンドリンは置いてなかった。そういえばマンドリンなんて何処で売っているのだろう? 

そそくさとラゾーナから退散し、駅前のスタンドでカレーを食べ、京急川崎駅から大師線に乗る。途中で車窓から巨大な門らしきものが見えた。あれが水門か? 後で寄ってみようと思う。終点の小島新田で下車。いちど来てみたかった街である。京急川崎駅からわずか6駅という支線のどん詰まり。工場地帯のなかにある想像どおりの寂れた街で、駅前にわずかばかりの飲食街があるだけだ。ちょっと驚いたのはこんな駅前のわずかなスペースに、タクシーが3台も客待ちをしていたこと。ここから先は路線バスもなさそうなので、それなりに需要があるのかもしれない。

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跨線橋を渡って工業地帯へ向かう。跨線橋からは東海道貨物線の線路が冬の午後の弱い陽射しに鈍く輝いているのが見える。道端の古ぼけた家の庭に蜜柑の実が枝から二つぶらさがっていた。もう少し歩いてみたかったのだが、今日は時間がないのでふたたび小島新田駅に戻り京急大師線に乗る。

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途中の鈴木駅で下車し、車窓から見えた水門めざして歩き出す。ところが多摩川側には工場が立ち並び通り抜けできそうにない。結局港町駅まで戻って多摩川河畔に沿って鈴木町方面へ戻ると、ようやく巨大な水門が見えてきた。

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これは『川崎河港水門』という昭和三年に建造されたパルテノン神殿を思わせるような建造物。水門の下から見上げるとかなりの大きさだ。多摩川からの冷たい風が吹きつけ、思わずコートの衿を立てて身体を硬くしてしまう。午後の夕日はすでに傾きつつある。水門の下に立っていると、ときおり近所の住民が自転車や徒歩で行き過ぎていく。

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さて、また港町駅まで歩いて戻るのか。足も疲れてきたしなあ…などと年寄りじみた気分でいたら、ひとりのおじさんが工場の向う側から犬を連れて歩いてくるのが見えた。ひょっとして通り抜けできるのか? もうひとりのおじさんが河川敷から工場敷地を抜けて歩いていくので、私もその後をついて歩き出す。トラックやフォークリフトが佇む工場敷地を歩き、わずか数分でさきほど歩いてきた道路に抜けた。なんだ、ここから通り抜けできたんだ。徒歩3分で鈴木町駅に到着。京急川崎駅に戻り銀柳街をぶらついて電車に乗る。

新宿駅でN嬢と待ち合わせステーキを食べに行く。白系ロシア人の血をひくという噂?のN嬢とクリスマスディナー。残念乍らロマンチックな雰囲気など微塵もないままバカ話をしてステーキを食べて解散。


犬神家の一族(3)

『犬神家の一族』は、家族の愛情を生涯拒絶し続けた犬神佐兵衛、親子の愛情には薄かったが実の息子たちには惜しみなく愛情を注いだ松子、竹子、梅子の娘たちの親子愛、莫大な遺産相続に巻き込まれた佐清、佐智、佐武、そして謎の男・青沼静馬、犬神佐兵衛の異常な性愛と野々宮珠世の秘められた関係…これらがみごとにつなぎ合わされ、本格推理と怪奇趣味がみごとに織り込まれた横溝正史ミステリの傑作。

青沼静馬と犬神佐清は戦地で宿命的な邂逅をする。静馬はあらためて犬神家に復讐を誓い、佐清は自分の不注意で部隊を全滅に追い込んでしまった負い目から復員を躊躇う。この時間差と親子の愛情が致命的となり惨劇の扉を開けてしまった。

犬神家の一族は揃って古い因習のなかに生きている。日本の近代化の節目節目に起こった戦争と、戦争によって大きくなっていった犬神財閥は、そのままポジとネガの関係にある。もう戦争は終わったはずなのに、戦地から悪魔が牙を磨いで犬神家に舞い降りてきた。そしてこの惨劇のなかでただひとり冷静に戦後を生きているのは野々宮珠世だけだ。

珠世は冷静にゴムの仮面を被った男が誰なのかを見極めている。しかし松子以下、圧倒的な因習の群れの前で孤独に立ち尽くしていた。その彼女の前に現れたのが近代合理的精神の権化・名探偵金田一耕助なのである。

ある意味で珠世は『青い山脈』の原節子と同じ戦後女性の象徴であろう。松子も佐清も戦争を引き摺っている。佐清に至っては戦争責任をひとりで背負い続け、戦後を生きる気力を失いかけている。珠世はそんな佐清に「戦争は終わったのに、なぜあなたは今でも戦争を引き摺っているのですか」と問いかけ続けているのである。

映画のなかで珠世が佐清に「この時計は戦争中に狂ってしまいました。この時計を直せるのは佐清さんだけです」と言って懐中時計を手渡すシーンがある。戦争中に何もかもが狂ってしまった。その狂ってしまった何もかもを直せるのは佐清をおいて他にはいない。それを冷静に指摘するのは珠世だけなのである。珠世だけがそのことを理解しているのだ。

しかし松子も竹子も梅子も、わが子可愛さのあまり、佐清にすべてをまかせるということに気づかなかった。佐智も佐武も金と情慾に駆られて盲目になってしまった。それが故に犬神家に悪魔を招き入れることになってしまったのだ。

信州の美しい自然と街並(いまだにこの古い街並が遺されているところに感心)、大野雄二の前作を踏襲した美しい音楽がみごとに溶け合って効果をあげている。名匠・市川崑監督も90歳を超えてなおこの映画に心血を注ぎ、新旧の名優たちが熱演をみせるこの映画は、『犬神家の一族』ファンとしては実に嬉しい年末の贈り物だった。

犬神家の一族(2)

竹子の夫・犬神寅之助は岸部一徳(前作は金田龍之介)が演じている。デブの金田龍之介からヤセの岸部一徳という対比が面白い。遺産相続に執着が薄いという印象だが、実はそのうちに狂的な執着心を秘めているという、複雑な性格を演じて絶妙。さすが巧いねえ。そういえば前作では役名が寅之助で役者が龍之介というシャレか?

梅子の夫・犬神幸吉は蛍雪次朗だが印象は薄い。もともと前作の小林昭二もうだつのあがらない入り婿という設定なので、そういうところは前作を踏襲している。前作で小林昭二が見せたふすまの演技(ご存じかな)が省略されているところが惜しい!

犬神家財産相続権者その1・犬神佐清は尾上菊之助(前作はあおい輝彦)。戦争で顔面を損傷しゴムの仮面を被ったあの佐清だ。仮面を被っているので演技も何もない、というところだが、前作に比べてより気味の悪い雰囲気を醸し出しているあたりは評価できる。ぜひ映画をご覧になってもらいたい。

犬神家財産相続権者その2・犬神佐武は葛山信吾。前作は地井武男が演じていた、ということは意外に知らない人が多いかも知れない。地井武男がブレイクしたのは前作からだいぶ後のことだからね。気持悪さではいい勝負かもしれないが、武骨な地井武男よりも葛山信吾のほうがやさ男なので、そのへんで損?をしているかも。

犬神家財産相続権者その3・犬神佐智は池内万作。前作はパッとしない役者の川口恒だから池内万作のほうが良い? いやいやそんなことはありません。たしかに川口恒はパッとしない役者ではあるが、彼の狡猾さと粗暴さ(演技ではない可能性大)は池内万作の及ぶところではない。このへんが作品全体のなかでの評価(認識)というところだ。だからリメイクは難しい。

佐清の実の妹で従兄である佐智の恋人という複雑な役・小夜子を演じたのが奥菜恵。映画のなかで兄と恋人を殺されて、最後は発狂してしまうという汚れ役を演じて評価に値する。徹頭徹尾クールビューティーの体当たり演技はお見事だ。最後はちゃんとデカい食用蛙を抱いてました。気持悪くなかったのかなあ…。ところで前作で小夜子を演じたのは川口晶。川口晶は川口松太郎(小説家)と三益愛子(女優)の娘で、兄が川口浩、川口恒、川口厚という役者兄妹。だから前作で佐智を演じた川口恒は実の兄。長兄の浩は名優として名を成したが恒、厚、晶はパッとしない役者で終わった。

余談だが、川口恒、川口厚、川口晶は揃って大麻所持で逮捕され藝能界から消えた。クスリ三兄妹! 前作のスポンサーでありプロデューサーであり、刑事役で出演して旦那藝を披露した角川春樹も、後に大麻所持で逮捕され角川書店社長の座を追われている。犬神製薬も麻薬製造で巨万の富を築いたという設定になっているから、実は前作はクスリ映画でもあるのだ(笑)

古館弁護士は中村敦夫(前作は小沢榮太郎)。小沢榮太郎の渋さとはいちがいに比較できないが、一貫して名脇役だった小沢榮太郎に対し、中村敦夫はしばらく政治の世界にいたので、そのへんがどうなんだろう。まあただの観客である私にはよくわからない。もともと老けていた小沢榮太郎と、老け役に挑んだ中村敦夫では、その渋さもおのずと違っていることは当然。飄々とした小沢榮太郎のほうが似合っていると思うなあ。

那須ホテルの女中・おはるは深田恭子(前作は坂口良子)だが、これはもうフカキョンには申し訳ないけど坂口良子に軍配を上げよう。フカキョンもかわいくてけなげでいいんだけどネ。私たちの世代にとって、坂口良子のおはるは永久に不滅です! もうほんとにかわいくてかわいくて…前作では石坂浩二と坂口良子は実際の年齢も近く、映画でも金田一耕助に対してほのかな恋心を匂わせる演出がたまらなくよかった。今の石坂浩二とフカキョンではほとんど父と娘だからなあ…

那須ホテルの主人は作家の三谷幸喜。なにしろ前作は原作者の横溝正史翁が飄々と演じていて、演技ともなんとも言えぬ旦那藝だった。これはもう、三谷幸喜が良いとか横溝翁が良いとかそういう問題ではない。なんというか“いてもいなくてもいい”役なのだ。いまどきの映画ファンならこんな場面に三谷幸喜が!と喜ぶことであろうが、横溝正史ブームをモロに経験している私たちの世代にとっては、あの映画であの場面で横溝正史翁があの役を演じているだけで嬉しいのである。

商人宿柏屋の主人は林家木久蔵。この配役は完全に前作の三木のり平を踏襲している。当代随一の名喜劇役者と木久蔵師匠を比べるのが無理というものだ。何気ないしぐさのひとつひとつがどうしようもなく可笑しいという、三木のり平はほんとに凄い役者だったのだ。

今回の配役の妙として柏屋の女房を演じた中村玉緒がいる。前作は沼田カズ子という無名の役者さん。強力にパワーアップした役どころだ。前作ではほとんど存在感のない役だったが、そこは中村玉緒である。金田一耕助とのやりとりでしっかり笑いを取っていた。しかも強引(笑)。

仙波刑事は尾藤イサオ。これはちょっとひねってあって、前作では井上刑事という役を辻萬長が、渡辺刑事という役を角川“スポンサー”春樹が演じていた。もともと刑事役は1人でいいのだが、角川春樹の旦那藝のために2人になったのだろう。

指紋の鑑定をおこなう藤崎鑑識課員は石倉三郎。前作は怪優・三谷昇だったので印象が100%違う。三谷昇は白衣が似合う指紋マニアのマッドサイエンティストぶり全開でハマり役なのだが、石倉三郎は白衣が似合わずちっとも科学者っぽくない。なんとなく指紋鑑定に来た御用聞きみたい。

猿蔵は永澤俊矢、長身でワイルドな野生児である猿蔵、という役どころは前作の寺田稔と同じだ。ああ、なるほどねえ、というくらいの印象かな。

冒頭でさっさと死んでしまう犬神佐兵衛は仲代達矢。臨終シーンのほかには、亡霊のように顔がスクリーンに映るシーン、あとは大広間に掲げられた肖像写真くらいの出番しかない。だからといって一代で財閥にのしあがった怪物的キャラクターだから、仲代達矢くらいの役者じゃないとインパクトは薄い。たとえば西村晃(故人)ならけっこう良い感じではあるが、如何せん小柄だからちょっと違う気もする。小林桂樹でも善人すぎて怪物というイメージはない。だから前作の三國連太郎〜仲代達矢というラインはベストキャスティングなのだ。

前作はいたけど今回は消えた配役のひとつとして「犬神奉公会の人」というのがある。前作を観ていない人にはなんだかわかんないだろう。観ている人もよく憶えていないかもしれない。犬神佐兵衛翁の衝撃的な遺言状が披露されるシーン、小沢榮太郎の古館弁護士が「すべての相続権者が相続権を失うかまた死亡せる場合、犬神家の全事業全財産は、犬神奉公会に全納されるものとす」と読み上げたとき、ババーン!というSEととともにペコリ、と御辞儀をする紋付き袴、黒眼鏡の人物。登場シーンはここだけで映画には何の影響も及ぼさない配役。これもまた“いてもいなくてもいい役”なのだが、私はなんだかこの役が好きなのである。今回は誰がやるんだろう?と興味津々だったのだが、今回はまるまるカットされていてちょっと残念。まあどうでもいいことだが…(続く)

犬神家の一族

『犬神家の一族』を観てきた。

私は1976年に製作された市川崑〜石坂浩二版『犬神家の一族』(以下、前作)の大ファンで、いつでも頭の中でまるごとリプレイできるくらい大好きだ。今回は実に30年ぶり(!)のリメイクということで、この話題が発表されてからいままでずっと楽しみにしてきた。リメイクと言っても監督も主役も同じだし、前作でも名演技を披露した橘警察署長こと加藤武も「リメイクというよりニューメイク」と言っている。

前作の素晴らしさと言っても30年のうちに何人もの名優がこの世を去っている。富司純子が高峰三枝子を超えられるのか? などという議論は意味がない。例えば前作で犬神佐智を演じた川口恒はパッとしない役者だったが、評価が定着している前作という作品全体において「佐智は川口恒」という評価(というか認識)をされている、と考える。つまりその役者が名優であれどうであれ、その作品のなかではずせないパーツ、あの役はあの役者じゃなくちゃね、ということになるのだ。ストーリーはみなご存じだろうし、ネタばらしは御法度なので、ここでは前作と新作の役者比較をしてみよう。

主役の金田一耕助は石坂浩二。前作から数えてたっぷり30歳は老けている。一見して「歳とったねえ」というのが正直な感想。走るシーンがつらそうだった(苦笑)。それでも円熟した金田一耕助を観ることができるのは犬神ファンとしては嬉しいかぎり。

石坂浩二と同じく前作に引き続き出演しているのは加藤武。しきりに粉薬を飲み(これは映画では言及されていないが犬神製薬の薬だろう)、難事件捜査の随所で「よおし、わかった!」と先走る県警の署長である。石坂浩二も60代だが加藤武はすでに80歳を超えている。前作と同じ演技や雰囲気を求めるのが無理というもの。印象的なギョロ目も影をひそめ、声にも張りが無くなっているけど、さすがに大ベテランだけあって、観ているだけで嬉しくなってしまう。

犬神家の秘密を知る大山神官を演じる大滝秀治に至ってはもう90歳近い。画面で観られるだけで僥倖であろう。常に変わらぬ飄々とした演技は涙モノ。

上記3人は前回と同じ役を演じているが、前回とは違った役で出演している人もいる。前作で犬神三姉妹の三女・梅子を演じた草笛光子は、前作で岸田今日子が演じた盲目の琴の師匠を演じている。こういうのはやりにくいだろうなあ。岸田今日子はご存じ個性派中の個性派。その彼女が演じた盲目の琴の師匠というこれまた個性的な役を演じるのである。それでも印象はズバリ「巧い!」のひとこと。

同じく犬神三姉妹の次女・竹子を演じた三条美紀は、前作で原泉が演じた犬神松子の母・お園を演じている。原泉(故人)も個性派中の個性派だ。原泉とは違って実にあっさりとした出番なので比較も何もない。みすぼらしい老婆の扮装だったし、本人もすっかり老けていたので、一瞬、北林谷栄かと思った(笑)

悲劇のヒロイン野々宮珠世は松嶋奈々子。前作は島田陽子が演じていた。どちらも清楚で理性的な美女という設定なのだが、まあこれはどっちもどっちということになるかな。島田陽子の雰囲気と松嶋奈々子の雰囲気はぜんぜん違うし、どちらが美しいかと言ってもタイプが違うからなあ。だいたい私はこの野々宮珠世って女がどうも好きになれない。

そして犬神三姉妹…今にして思えば前作は、高峰三枝子〜三条美紀〜草笛光子という王〜長嶋〜末次という黄金のクリーンアップというか、ゴジラ〜モスラ〜ラドンという怪獣大行進というか…凄い女優陣だったなあ。

長女・松子は富司純子。前作は大女優の高峰三枝子(故人)が演じた重要な役どころだ。何しろ前作での高峰三枝子は風格も体格(失礼)も迫力満点、彼女が発する「凄み」は時に観客を慄然とさせた。ところで富司純子は細身だが、実は原作の松子に近いのである。そして富司純子が高峰三枝子と決定的に違うところは、その艶やかさ、色気という部分なのだ。何があっても動じない鬼女のごとき高峰三枝子も凄いけど、強靱な意志のなかに崩れ落ちそうな弱さを秘めた母親、という演技が良い。お約束の血まみれシーンもどこか色っぽくてよかった。

次女・竹子は松坂慶子(前作は三条美紀)。かつてのスレンダーぶりは何処へやら、すっかりふくよかになってしまった松坂慶子だが、息子を殺されて狂乱する母親の演技はさすがに堂に入っている。

三女・梅子は萬田久子(前作は草笛光子)。竹子に比べて理性的な梅子を巧く演じていたが、如何せんこの人、演技が硬い。息子を殺されたときの狂乱ぶりは、前作の草笛光子のほうが巧かった。(続く)

図書館のおねえさん

先日、某所にて大学図書館員合同忘年会が秘密裏に開催された。

会場のA姐邸に到着すると、宴はすでに始まっており、食卓にはサラダ、鯵たたき、ホウレン草の白胡麻和え、鱈ちりなど山海の珍味、各種ワインに日本酒、ビール、焼酎と酒も豊富。女性陣は美女揃いのうえに話題も豊富で、図書館界の学術動向から八百屋の野菜のお値段まで網羅。B氏、C姐と旧闊を叙し、初対面のD嬢やE嬢、F嬢に挨拶。お互い共通の知人がいることがわかり話も弾む。

「ほら、酔っ払って帰宅するとさ、素っ裸で寝ちゃうでしょ?」
「それはあんただけ!」
「なんでパジャマ着ないのよお」
「えー、だって脱ぐのは楽だけどパジャマ着るの面倒じゃん(笑)」
「あたしはトイレでそのまま寝ちゃうとかもあるなあ」
「……ないよ(笑)」
「道路で寝ると翌日身体痛いよねえ」
「……寝るなよ(苦笑)」

図書館で清楚にお仕事しているおねえさんの実態はすごいぞお。
まあわれわれ男どもも他人のことは言えないが(苦笑)

ハンガリービールは赤かった

親友Aからデートのお誘い。コンサートにご亭主と出かける予定だったが、彼の都合が悪くなり代打で呼び出されたのである。

夕方に自由が丘駅で待ち合わせる。先日、待望の女児を出産したAだが体調もよろしくけっこうなことである。自由が丘デパートのなかにある洋食屋『カントリー』で夕餉。ここはハンガリー料理が売り物の珍しい店。無難にコース料理を注文。前菜はなんの変哲もないサラダと具のないコンソメスープ。私はグノーシュという牛肉とジャガイモのシチュー、Aはハンガリー風ロールキャベツ。バター濃いめのソースはハンガリー名物パプリカで赤い色をしていてライ麦パンによく合う。ハンガリービールを頼んでみた。パプリカは入っていないようだが赤っぽい色のヴァイツェンといった感じで美味しい。

自由が丘駅から十分ほど歩いて奥沢にある宮本三郎記念美術館に到着。ここは世田谷美術館の分館で、昭和画壇の巨匠・宮本三郎の個人アトリエ跡に建てられたというが、私は寡聞にして宮本三郎なる画家を知らない。今夜はここで『クリスマス音楽の夕べ〜アイルランド音楽の世界』というミニライブが開催される。出演はアイリッシュ音楽家の守安功・雅子夫妻。今を去ること十年前、A夫妻の結婚式二次会で演奏を披露してくれたのが守安夫妻なのである。Aはアイリッシュ音楽ファンなのだ。

守安功氏は軽妙なトークとともにウッドフルート、ティンホイッスルを、雅子さんはアイリッシュハープ、手風琴、パーカッションを駆使して、ゆったりとした曲からアップテンポの曲まで、リクエストを交え乍ら90分のステージをこなす。みたところアイリッシュ音楽マニアは三割くらいで、残りのお客はクリスマス音楽の夕べ、ということで来た人も多いらしい。それでもアイリッシュ音楽は日本人にも親しみやすい旋律なので、お客さんたちは楽しげにリラックスして聴いている。うーん、ギネスとフィッシュ・アンド・チップスが欲しい。Aが守安夫妻と旧闊を叙しているあいだにぼんやりとロビーで待つ。駅でAと別れて帰宅。

電車のなかで、Aの共通の友人である私とSさんが、インチキくささ満点の格好で件の二次会に出席して笑われたことを思い出した。まっとうな社会人であるA夫妻の友人知人たちはきちんと正装で出席していたのに、私はヒゲ面に坊主頭でアロハシャツ、サングラスをかけ、Sさんは長髪にバンダナ、ラブ・アンド・ピース的70年代ファッション。A夫妻は「まったくしょうがないんだから(笑)」と許してくれたが、私たちを知っているK嬢を除いて、他の出席者は誰ひとり私たちに近寄ってこなかったなあ…

残業と接待と風邪薬

月曜日
終日予算書作成と予算会議に明け暮れる。業務について上司から懇々と説教されちょっとめげる。Y姐と喫茶店で議論。毎日新聞社会部著『縦並び社会』読む。

火曜日
午前中請求書処理。M嬢と昼餉。図書館大作戦について打ち合わせ。午後請求書処理、予算書作成、オンラインジャーナルの見積もり合わせ。Y姐と喫茶店で議論。『縦並び社会』読む。知り合いから大学図書館員合同忘年会開催のお知らせメール来。爆笑。

水曜日
終日予算書作成。上司の無茶な注文をこなす。なんだかなあ。M嬢と昼餉。図書館のイベントについて雑談。八時半退勤。『縦並び社会』読む。

木曜日
午前中請求書処理。M嬢と昼餉。午後会議報告書作成。黙々と仕事をこなしていたら、上司から無茶な注文がきたので黙々とこなす。やっているうちにバカバカしくなってきたので九時退勤。泉昌之のマンガ『芸能グルメストーカー』読む。

金曜日
今日から師走。午前中会議。長引いて昼休みに食い込む。食堂でさっさとカレーを食べて生協へ行き専務と打ち合わせ。教授の研究室に寄って打ち合わせ。夕方から予算書の仕上げ。上司の無茶な注文を泣き乍らこなす。おかげで宴会に遅れてしまう。取引先書店の接待?なので酒を飲み鍋を食う。接待を仲介した旧知の営業氏とふたりで二次会。ピンサロやファッションマッサージが入っている雑居ビルの地下にジャズバー発見。穴蔵のような小さな店だが小室等似のマスターも話好きでいい感じ。ここで営業氏とは商売の話はいっさい抜き、友人として楽しく雑談。ほぼ一年ぶりの再会。もう十年以上のつきあいだがおたがい老けたものである。嗚呼。終電が無くなったので小田急線で登戸へ行き、寒風吹き荒ぶなかタクシー待ちの長蛇の列に並ぶ。午前1時半帰宅。

土曜日
風邪をひいたか鼻水がひどく出る。頭もぼおっとして熱っぽいので風邪薬を呑んで布団に潜る。小沢昭一の節談説教CDを聴きつつ眠る。

日曜日
快晴。晴れた日曜日はひさしぶり。具合もだいぶよくなっている。だんだん身体も弱っていくのだなあ。親友Aからデートのお誘い。夕方から自由が丘。ハンガリー料理を食べてアイリッシュ音楽のミニライブに出かける。

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