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2006年11月

居酒屋で『居酒屋』について語る

月曜日
腰が痛くて午前中休み。それでも今日やらねばならない仕事があるので午後から出勤。いろいろとイヤなこともあるけど黙々と仕事。A君、M嬢と仕事の打ち合わせなどして六時半退勤。帰途書店に寄ってシオドーラ・クローバー著;行方昭夫訳『イシ:北米最後の野生インディアン』(岩波現代文庫)、顧頡剛著;平岡武夫訳『ある歴史家の生い立ち:古史辧序』(岩波文庫)、山内志朗著『ライプニッツ:なぜ私は世界にひとりしかいないのか(シリーズ・哲学のエッセンス)』(NHK出版)購う。ゾラ『居酒屋』読む。

火曜日
M嬢と昼餉。こんどのイベントについて打ち合わせる。午後も仕事ばっかりして夕方から生協の理事会出席。今日は大学運営について批判しながら教職員、学生と侃々諤々の議論。終わった時はかなりくたびれてしまう。図書館に戻りA君たちと雑談。八時半退勤。ゾラ『居酒屋』読む。

水曜日
教授と食堂で図書館運営について謀略を巡らせつつ食事。実現したら面白いことになる。もちろん図書館にとって良いこと。終日予算分析。Y姐が「仕事なんかやめて飲みに行こうよ」という。こちらもだいぶ煮詰まっていたところだったし、正しい図書館員たるべく七時退勤。駅前の居酒屋で図書館運営について策略を巡らせつつ飲みかつ喰らう。ゾラ『居酒屋』読む。登場人物のバカっぷり、ますます佳境に入ってきたぞ。

木曜日
薄ら寒い曇天の勤労感謝の日。午後からパルテノン多摩へ行き、写真展『電車にみる都市風景1981-2006』を見る。こぢんまりとした会場だがなかなか見応えあり。石元泰博という写真家の作品が面白かった。1980年代の山手線沿線の風景が懐かしく面白い。上野公園の西郷隆盛像の前に並ぶ、修学旅行とおぼしき女子高生たち。みごとに全員がロングスカートに松田聖子カット。現在のステンレス製ではない鉄製総緑色ペイントの山手線車輌が懐かしい。一見の価値あり。

http://www.parthenon.or.jp/museum/art2.html#art061118

金曜日
予算申請書作成もいよいよ大詰め。来週に摺り合わせと思っていたら、課長から「明日までに作りなさい」と言われて焦る。見積もりなどはだいたい集まっているのだが、打ち合わせ用にまとめてはいないのである。残業しながらせっせとまとめに入り八時半退勤。Y姐と居酒屋でゾラの『居酒屋』について雑談、異様に盛り上がる。

土曜日
午前中いっぱいかかって課長と予算申請書の摺り合わせ。あとは来週だ。五時まで請求書などを処理して退勤。古本屋で邱永漢『象牙の箸』購う。博多ラーメンを啜り乍ら読む。面白い。どうにも疲れて電車で居眠りし、帰宅して風呂に入って寝てしまう。『居酒屋』読了。とうとう最後まで一片の救いもない凄い小説。

日曜日
午前中はTBSラジオ『美輪明宏・薔薇色の日曜日』で目が覚める。日曜日の朝から聞く声ではないが、まあこちらは夢うつつだからさほどでもない。次第に覚醒してきて『全国こども電話相談室』、安住紳一郎の『日曜天国』あたりは珈琲を啜り乍ら聴いている。『バックグラウンドミュージック』で若山弦蔵の渋い喋りを聴きつつパスタなど茹で、食後の珈琲を啜り乍ら『伊集院光・日曜日の秘密基地』を聴く。夕方、床屋に行き頭をさっぱりと刈って帰宅。ロッド・スチュワートのCDを大音量でかけ乍ら夕餉。ブルースとロックのなかにケルト音楽があちこちに隠し味となっていて、今さら乍らその音楽性に驚嘆する。明日から雨らしい。


パルテノン多摩の巨大キティちゃん

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金は天下の回りもの

おそらく終戦後の十年間ほど、ジャズと自由が表裏一体となった時代はなかったであろう。戦時中に抑圧された娯楽のはけ口として、敗戦の焦土の上でみごとに結実したのが、ジャズとベースボール(どっちもアメリカ文花)だったというのは、いくら進駐軍の政策だったとしても皮肉だ。石原裕次郎主演の『嵐を呼ぶ男』(1957日活)にもその片鱗が窺えるが、とにかく戦後のジャズ・ブームというのは相当なものだったという。よく知られているエピソードのひとつに、とにかくギャラが凄くて金が儲かってしかたがなかった、というのがある。

当時の売れっ子バンドだった『ジョージ川口とビッグ・フォー』…ジョージ川口(ドラム)、松本英彦(テナーサックス)、中村八大(ピアノ)、小野満(ベース)…などは、一晩のステージが終るとギャラがボストンバッグに入り切らず、札束を足で押し込んだものだという。私はこのエピソードについて、敗戦国日本の何処にそんな金があったのだろう、という疑問を持っていた。米軍キャンプの公演が多かったとはいえ、進駐軍もそれほど金を持っていたわけではあるまい。この小さな疑問に答えてくれたのは、青木誠『ぼくらのラテン・ミュージック;日本中南米音楽史』(リットー・ミュージック)の一節だった。

戦時中にジャズが敵性音楽であるとされ、活動中止を余儀無くされたジャズメンたちは、戦後になるといっせいに陽の当る場所に踊り出てきた。なかでも進駐軍からその音楽性に対してSA(スペシャルA)とランク付けされたジャズメン…これが松本英彦たちなんだろう…のギャラはそれはもう凄いものだったという。この本の記述によれば、ジャズメンたちにはそれぞれのランクを記したIDカードが交付され、時間あたりのギャラをPD(物資調達要求書)で受取ったという。PDは一種の小切手で後で現金化して日本円に換えたというのだ。そしてこの日本円は誰が負担したかというと、なんと!日本政府だったというのだ。

「“PD”による支払いは戦後処理費に計上されたが、昭和22年度の歳出総額がおよそ2000億円と見積もると“PD”による戦後処理費はおよそ585億円、なんと30パーセントを占めていたのだから巨額である。おもしろいモンである。バンドマンの雇主は占領軍だから、ヤンチャで音楽好きなアメリカ軍将兵をすっかり“のせて”やたらと“PD”を乱発させ、おかげでバンドマンのふところに多額の札束がすべりこんだとして、そのつけは全国の日本人が支払っていたのだ。バンドマンは日本政府発行の小切手を片手にジャズをやっていたことになる」(同書134ページ)

 松本英彦もジョージ川口も、敗戦国の同胞からいただいたギャラで毎夜毎夜ドンチャン騒ぎをしていたのだ。うーむ、敗戦国の悲哀を感じさせる話である。

祖父の掌

そろそろ熱燗の季節になったわねえ…(はい、熱燗来ましたよ)…あ、どうもありがと、やっぱりお刺身と熱燗がいいわ。

このあいだ田舎に行ってきたのね。ううん、あたしの田舎じゃなくて別れた夫の田舎。義母が脳硬塞で倒れて寝たきりになっちゃったのよ。夫と別れてからもずっと盆暮れのつきあいはあったのね。ほんとによくしてくれる義母でうちの息子も可愛がってくれるし。

病院に行ったらもう意識はなくて、でも完全看護だからとりあえず義父は何もしなくてもいいんだけど、やっぱりねえ……もう八十過ぎだし、息子…別れた夫だけど、そいつは何処にいるんだか帰ってきてないし(笑)、まああたしはもう縁が切れてるんだけど息子はネ…(内孫ですね)…そうそう、息子は血が繋がった内孫だから、これが最後かもしれないと思っていっしょに連れていったのよ。うちの息子ときたらさあ、もう大学生で独り暮ししてるくせに電車の乗り方も慣れてなくて、なりだけは立派なくせにほんとにでくの坊(苦笑)

義母はもう意識がないから挨拶もなにもないんだけど、義父はむかしは機関車の運転手でいまでもがっしりした体格、朴訥でとっても良い人なのよ。山歩きするのが趣味でいまでも○○山なんか歩き回っていて…(○○山ですか、そりゃたいしたもんだ)…そうでしょ? 日に灼けて見た目はとても元気なんだけど、まあ八十過ぎてるし、実際はいろいろ持病持ちなんだけどね。

息子に向かって「おまえに会えてよかった、おばあちゃんもきっとよろこんでいるよ、来てくれてありがとう」って訥々と言ってくれて……うちの息子もさあ、もう少し気の効いたこと言えばいいのに「……うん」なんて、ほんとにしょうがない(苦笑)…(大学生くらいならそんなもんですよ)…ははは、そうかしらね、

別れ際に「おじいちゃんと握手しよう」って息子と握手したのよ。あたしも握手したんだけど、八十過ぎとは思えないくらい力強い握手なのよ(笑)、吃驚したわあ。武骨で節くれだってるんだけど大きくて暖かくて、息子もあとで「おじいちゃんの握手、凄かった……」って言ってた。

帰りの電車で息子は窓の外をずっと眺めてて、あたしが「○時に東京に着くからご飯食べて帰ろうか?」って言っても「ああ」とか「うん」とか、ろくに返事もしなくてさ(苦笑)…(なにか感じることがあったんでしょ、良い話ですねえ)…そうでしょ? 良い話でしょ? 誰かに話したかったのよ。

今日は娘が友だちと旅行に行くって出てっちゃって…(私は一家団欒の代打か)…まあいいじゃない、どうせ家に帰っても独りなんでしょ、感謝しなさい(爆笑)……(おおきなお世話だ)


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ドジでノロマなジェルヴェーズ

先週からゾラの『居酒屋』を読んでいる。

十九世紀のパリを舞台に繰り広げられる、なんともはやドロドロの愛欲ドラマ、昼メロも真っ青という感じの小説。不幸と貧困から脱出したジェルヴェーズがどうしようもないダメ男、それもふたりにまとわりつかれて、ふたたび沈没してゆくというお話である。

ジェルヴェーズと再婚したクーポーは、もとは真面目な働き者だったのだが、不幸な事故に遭ってから酒浸りになっていく。ジェルヴェーズを捨てていった、悪魔のような最初の夫ランチエは、ある日ふたたびジェルヴェーズの前に現れて、彼女をふたたび堕落させていく。もっともずるずるとこのふたりの夫と同居することになるジェルヴェーズもダメ女なのであるが……

毎日泥のように疲れて帰宅する途中、電車のなかでこのドロドロ小説を読んでいると、これが実に面白い。疲れが吹っ飛ぶ、というほどではないが、登場人物のあまりのバカっぷりに、爽快な気分にさえなってくるところが面白い。

さてこれからこの話、どうなっていくのであろうか。まるで大映ドラマみたいな小説だ。

鉄橋の下、多摩川は流れる

月曜日
最近、業務ノートを新しいものに変えた。無印良品で売られているノートで、ちょうど新聞4コマ漫画みたいにコマが縦に4つ並んでいるだけ。1ページに縦2列あるだけなのだが、これがなかなか使いやすいのである。やらねばならぬこと、飛び込みの仕事、電話記録、伝言、思いついたことなど、なんでもコマごとに記入して終了したら×を書き入れる。関連するものはコマとコマを線でつなぐ。継続案件は忘れないように業務手帳に転記しておく。いいもの見つけたって感じ。残業していたら「忘年会の下見に行くよ」とM嬢に言われてホイホイついて行く。鮟鱇の肝とホタルイカの沖漬けを肴に麦焼酎をちびちび。電車のなかでエミール・ゾラ『居酒屋』読む。

火曜日
今日は目録作業の日と決めて朝から夕方まで本の山と格闘。時おり襲ってくる電話や来客、メールを躱し乍らどかどかとかたづけていく。Y姐とランチを食べ乍ら雑談。忘年会は和食か洋食かと聞かれたので「和食です」と答える。残業タイムに突入してから報告書や予算書類を取りまとめる。八時過ぎに近所の牛丼屋に入ったら国際センターの課長に会う。十時を過ぎてしまったので引き揚げ。電車のなかで『居酒屋』読む。

水曜日
朝から電車で広報室のK嬢を見かけたので声をかけたが、思索にふけっているらしく反応なし。おいこら、と些か乱暴に声をかけたら吃驚していた。報告書と電話対応に追われて日が暮れる。研究業績課のF課長とデータベースについて雑談。今日も今日とて九時退勤。何やってんだか。電車の中で『居酒屋』読む。

木曜日
夕方、学生主催の平和フォーラムに世話人として参加する。広島の原爆を扱った映画の上映に続き、原子力発電と環境問題のプレゼン、日本人学生と留学生たちのディスカッションがおこなわれる。司会から仕切りからすべて学生たちにまかせ私たち教職員は傍観。世話人に徹し口は出さない。さてどうなることかと成りゆきを見守っていたが、なかなかどうして、いまどきの学生にしては積極的に議論を戦わせていてちょっと感心する。核保有について冷静に分析した留学生の発言に、反論したくても自分には反論するだけの知識がない、と悔しがる日本人学生もいた。職場に戻り仕事をこなし今日も九時退勤。電車の中で『居酒屋』読む。

金曜日
朝から会議。さすがに金曜日ともなるとへろへろ、黙々とノートパソコンを叩いて議事録に専念。教授とM嬢と昼餉。あれやこれやと雑談。午後からずっと書類作成、見積もり点検、経理処理などなど。経理でコピーしてもらった請求書の写しを生協の事務所に忘れて焦って取りに走る。こりゃダメだ。とうとう今日も残業となり延々九時まで。電車の中で『居酒屋』読む。

土曜日
午後から市民平和フォーラム参加。知り合いがコーディネーターとして参加しているので挨拶する。映画上映、被爆体験者のお話、環境問題に関する講演となかなか盛りだくさんで面白いフォーラムだった。木曜日の平和フォーラムを組織した学生が挨拶にくる。来週の打ち合わせ予定など確認。さすがにくたびれる。電車の中で『居酒屋』読む。

日曜日
朝から冷たい雨が降る日曜日。薄暗くていい感じ、などと暢気なことを思っていたら腰に激痛。疲労が腰にきたようだ。ギックリ腰再発はイヤなので昼間からゆっくりと風呂に浸かる。湿布を貼って夕方まで寝床で読書。明日は仕事に行けるだろうか? ラジオで小耳にはさんだ情報。風邪の予防にニンジンとホウレン草のソテーが良いらしい。


二子新地駅ホームより多摩川方面を眺める。
写真の奥、電車が停まっているあたりが二子玉川駅……住民はみんな歩いてニコタマにお買い物。

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伝説の男(2)二子新地散策

以前、花形敬殺害事件について考察をおこなった。ひさしぶりに二子新地界隈を散策してきたので、今回は写真を加えた補足レポートである。(『伝説の男』2006年2月26日参照)

私の考察は、本田靖春『疵(きず)〜花形敬とその時代』(文春文庫)の記述/読売新聞記事昭和38年9月28日朝刊の記述/『川崎市北部明細地図昭和37年度版』(経済地図社)、この3つのソースをもとに花形敬が町井一家の刺客に襲撃され、逃走、絶命した場所を、当時の住宅地図をもとに推理した。

道路の先が二子橋の川崎側たもと、東急田園都市線が走っている。昭和38年9月27日深夜、花形敬は車で二子橋を渡ってきた。いまではビルが林立しているが当時は低い家並で、夜はいまよりも闇が深かったであろう。

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<花形敬が車を駐めた場所は、二子56番地へまっすぐ続く露地の入り口の森谷酒店(二子264番地)あたりだったと推測できる>(『伝説の男』2006年2月26日より引用、以下同じ)

花形敬は二子橋から大山街道に入り、私が襲撃現場と推察した森谷酒店(二子264番地)は、現在丸八商店になっている。

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写真の右側が丸八商店(かつての森谷酒店)、道路の先が二子橋の川崎側たもとである。丸八酒店の脇に高津方面に抜ける細い露地が走っている。丸八酒店の反対側(写真左側)にも国道246方面へ抜ける細い露地が走っている。つまりここは大山街道と露地の四つ角になっているのである。

<ここで刺客に襲われた花形敬は致命傷を負ったままこの露地に逃げ込み、二子56番地あたりで力尽きた>

致命傷を負った花形敬は写真左側、国道246方面へ抜ける露地に逃げ込んだ。

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入ってすぐ露地は追い分けになっている。

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ここを右側の露地を走り抜けると私が殺害現場とした旧二子56番地(現川崎市高津区二子1丁目)にぶつかる。

<花形敬が刺された現場「二子五六さき路上」は、おそらくこの四つ角の民家から割烹旅館、そして空家へと続く路上であると推測できる。しかも道路を挟んだ反対側はかなり広い空き地であった。現在は大きなパン製造工場が建てられているが、これだけの敷地が昭和三十七年当時は空き地だったとなると、夜は人通りも途絶えて闇の色が濃かったことだろう> 

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このあたりはいまでも露地が複雑に入り組んで走っている。

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花形敬の隠れ家はこんなアパートだったのではあるまいか。

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中央に聳えるビルは二子玉川駅至近の超高層マンションである。多摩川を境に、むかしながらの住宅地である二子新地と、セレブが集うオシャレな二子玉川の違いを象徴している。なんとなく宮部みゆきの傑作ミステリー『理由』を思い起こさせる風景。

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隠れ家にひっそりと暮していたであろう愛人も、花形敬の無事を祈り二子神社にお参りしていたのだろう。二子新地はかつての三業地でもあり、いまでも境内には三業地であったことを示す古い表示が遺されている。

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二子新地は岡本かの子生誕の地。境内にはかの子の息子、岡本太郎の彫刻が建てられている。『誇り』と題されたこの彫刻は昭和37年11月に建立され、除幕式には川端康成も列席したという。花形敬も愛人とこの彫刻を眺めたのだろうか。

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What' s Going On ?

わけあってタイトルは秘すが、手許に1枚の幻のアルバムがある。入手困難な激レアもので、たまたま手に入ったのでそれを聴いているわけだが、このアルバム、脱力加減がなんともたまらない魅力に溢れている。古今東西の脱力系歌謡曲を集めたオムニバス。プロデューサーの選曲眼が光っている。

80年代なのにまるっきりモータウンサウンドの「東京ディスコナイト」(スクーターズ)、宇宙的に脱力度満点「アンドロメダの異星人」(あおきあい)、80年代なのにアストロノウツ、ついでに小林旭テイストも味わえる「東京キケン野郎」(沖山優司)、ちっともロケンロールじゃない「Rock'n Roll ふるさと」(舟木一夫)、柄本明が歌う「What's Going On」に至っては、マーヴィン・ゲイと肩を並べるとは本家に大変失礼なのだが、それでもけっこうイイ味出している。

それにしてもなぜ柄本明が「What's Going On」なんだ? まさに What's Going On (何が起こってるんだ?)……まあ、勝新太郎が歌う『マイ・ウェイ』は換骨奪胎の傑作だし、近藤真彦だってビートルズを辱めるとしか思えない『抱きしめたい』を歌っているし、柄本明は渋いからイイです。アレンジもかっこいいし。本家のマーヴィン・ゲイも、ダニ−・ハザウェイのカバー(大傑作『Live!』収録)も、柄本明もいいです。やっぱりこれって名曲なんだな。

70年代のシカゴで活躍したという日系ソウルシンガーのアイコ・コシジが(嘘)、ウィリス・ジャクソン、メルヴィン・スパークス、パウリーニョ・ダ・コスタという豪華なミュージシャンをバックに(嘘ですからね)、イケイケドンドン、ブーガルーサウンドでシャウトする『おさけ』(越路愛子)も凄い。サックスのブロウなんかマジでかっこいいからなかなか聴き応えがある。

先週のできごと

月曜日 
週明けなのに予算書類や報告書作成など9時まで仕事。まったくもって社会人として情けないかぎりである。仕事なんかさっさと終わらせて飲みに行くのが正しい社会人、正しい図書館員だ。帰りの電車で『犬神家の一族』読む。

火曜日 
まったく請求書というやつは、ちょっと目を離すとすぐにいっぱいになりやがる。コンチクショウとばかりにやっつけるも返り討ちにあってちょっとブルー。『犬神家の一族』読了。うーん、映画のシナリオはよくできているなあ。サスペンス度と謎とき度は映画の方が上だ。来月のリメイク版封切が楽しみ。

水曜日 
今日は請求書も申請書類もぜんぶ放り出して目録作業に没頭する。仕事が終わらないのに館長が来てメシを喰いに行こうというのでつきあう。どうせおごりだからビールを飲んでやった。ごちそうさまでした。

木曜日 
請求書の束に上司のハンコを貰って経理課に提出。印刷屋から見積もりを受け取る。M嬢と近所の食堂でランチ。書店の営業氏から見積もりを受け取り契約について相談。夕方は教員と図書館主催イベントの打ち合わせ。忙しくて目が回りそうだった。帰りの電車で爆睡。あやうく乗り過ごすところだった。

金曜日
図書館用品の在庫をチェックして不足分を発注。印刷屋と見積もりについて打ち合わせ。イベント関係であちこちにメールを打つ。午後から若手がみんな出張に出かけてしまったので閲覧係から何かにつけて呼び出される。残っているのはみんなオバサンばかりだからしかたない(笑)。残業して予算書類を作っているうちに、このまま仕事を続けたら絶対夜が明けると確信したので放棄。居酒屋でY姐とロシア文学とフランス文学と『嫌われ松子の一生』の話をして酔っ払う。

土曜日
雨がそぼ降る肌寒い一日。M嬢と忘年会の打ち合わせを兼ねて近所の和食割烹でランチ。雑誌の一括請求書をとりまとめ、業務報告と予算書類に取りかかるが終わらない。ええい、来週だ来週。帰宅してパスタを作って食べる。ラジオをつけたら『Quick Japan』編集長の森山氏が喋っていたのでちょっと吃驚。 眠くてたまらず10時過ぎに寝てしまう。

日曜日
つけっぱなしのラジオから美輪明宏の声が聞こえて目が覚めてしまう。朝から耳にする声じゃないよ。早朝からよく晴れて肌寒い。青森旅行中のSさんから携帯メール着信あり。送信時刻をみると私が睡没していた頃だ。ぼんやりしながら珈琲を啜りSさんに返信。時刻表を片手に旅行計画。旅行よりも時刻表のほうが好きなのかも……。夕方、ふらふらと書店に行き『累犯障害者:塀の中の不条理』購う。Sさんからふたたび携帯メール着信。文面に爆笑する。夜、吾妻光良とザ・スウィンギン・バッパーズのCDを聴く。「ババもイノキもみんな食ってるぜー♪」(「やっぱり肉を食おう」)まったくいつ聴いてもカッコイイぜ。


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『Squeezin' & Blowin'』(吾妻光良とザ・スウィンギン・バッパーズ)

ちょっと前の話ですが

大木金太郎死去。享年77。

いま40歳以上の元プロレス少年なら誰でも知っているあの原爆頭突きの大木金太郎。韓国からやってきた金一(キム・イル)だ。在日韓国人レスラーのキム・ドク(タイガー戸口)とのコリアンコンビで全日リングを暴れ回っていた。

朝鮮半島出身の故・力道山を慕って密航同然で来日、拘留中に出した力道山あての手紙が縁で保釈され、プロレス入りしたというから凄絶。もちろんこんなことは知らない私たちプロレス少年は、スキンヘッドから繰り出される頭突きを飽きることなく真似してプロレスごっこに興じていた。いつの頃からかアナウンサーが「韓国の虎、キム・イル」とかなんとかと実況中に口走るのを耳にして、ああこの人は韓国人なんだ…と思ったものだ。ひょっとすると私が最初に認識した韓国人かもしれない。

山本小鉄・星野勘太郎のヤマハ・ブラザース、ラッシャー木村(こんばんは、ラッシャー木村です)、ストロング小林(怒濤の怪力)、サンダー杉山(雷電ドロップ)、グレート草津(元ラガーマン)、マイティ井上(サイケデリック・パンツでおなじみ)、アニマル浜口(いまじゃすっかり京子の父)、大熊元司・グレート小鹿のごぞんじ極道コンビ!、、、かつてのプロレスラーはなんともオジサンばかりだった。考えてみればこういうオジサンたちの試合にドキドキしていた子どもたちというのも、いまから思えば不思議な気がする。合掌。

いまから突撃しまーす

林葉直子自己破産。

現在の肩書きがタロット占い師だったとは知らなかった。でもあまり意外とは思えないのは、やはりあの風貌のせいだろうか。六本木でインド料理店を経営していたらしいが、まあサイババに会いに行くくらいだから、自分のアーリア人的な雰囲気をよくわかっていたのだろう。しかしこの人、ジュニア小説を書いたり全裸になったりと、なんともカタギとはほど遠いところでしか生きられない体質なのである。

自己破産したところで公民権(選挙権など)が停止されるわけでもなく、資格(公務員や医師資格)を剥奪されるわけでもない。そもそも林葉直子は、そういうところから遠く離れた場所で生きているのだから、痛くもかゆくもない。苦労して身につけた資格ではなくもって生まれた才能だけで生きているわけで、一般的にいえば時間をかけてコツコツと努力すれば、才能はよりいっそう光り輝くことができるものだ。

早い話がこのひと、将棋の才能があったのに将棋に飽きてしまったのである。美少女棋士などともてはやされ、それでも当時はまだ将棋の世界は墨絵のように地味だったので、おのれの奇矯な性格と周囲の空気に齟齬をきたしてしまったのではあるまいか。

某名人との性愛に溺れたというが、たぶん某名人のほうが林葉直子の身体に溺れ、林葉直子のほうがあっけらかんとセックスを楽しんでいたのだろう。そう、この人は楽しんでいたのである。某名人はマジメ一徹なだけにマジメに真剣にセックスしていたのである。若い娘とのセックスに夢中になり過ぎてマジメのたががはずれ、留守番電話に「いまから突撃しまーす」などと吹き込むくらい壊れてしまったのだ。このときはさすがに「突撃くらいさせてやれよなあ」と思ったものである。

豪邸建築の借金が払えなくなって自己破産したところで、このひとには何の影響もない。かえって足枷がなくなってのびのびしていることであろう。「私がこうなる運命だということはタロットカードが示していました…」などとシャアシャアと言ってのけることは想像に難くない。

そもそも女流棋士という存在が、まるで女子アナのように世間に認知される基礎を築いたのは、ほかでもないこの林葉直子という“天才”のおかげなのである。林葉直子に特に興味はないが、この転がる石のような天才はこの先どこへ向かうのだろうか、ということをこれから数年に一度くらいは思い出すかもしれない。

空にゃ今日もアドバルーン

友人の千曲川さんと世田谷界隈を散策。彼女はあるイベントに参加するために上京したのだが、イベントの主催者が準備で多忙のため、今日は彼女の接待をするよう主催者から頼まれたのである。というわけで、今日はイベント前日の東京散歩とあいなった。

新宿駅で待ち合わせルミネ2のレストランフロアに行く。目当てのロシア料理店は行列が出来ていたのでパスし、となりのアジア料理の店に入りビールを飲みつつ雑談。それから小田急線に乗り世田谷代田駅周辺を散策。豪徳寺駅で降りてぶらぶら歩く。井伊直弼の菩提寺である豪徳寺境内を散策し、宮の坂駅から世田谷線に乗り三軒茶屋へ。千曲川さんは世田谷線初乗車ということでけっこう喜んでいた。

キャロットタワーの展望台を案内してから三軒茶屋界隈散策。何処まで行ってもどの露地に入っても商店街が途切れない。三軒茶屋商店街迷宮を堪能。千曲川さんは路地裏の室内釣り堀が面白かったようではしゃいでいた。千曲川さんの希望で焼肉を食べに行く。安くて美味しい店で私たちが入ったあとからどんどんテーブルが埋まっていく。焼肉食べてビール飲んでさすがにくたびれた。千曲川さん、お疲れさまでした。

家から駅まで歩いていく途中でアドバルーンを見た。青空にぽっかり浮ぶアドバルーンを見るのはひさしぶり。最近はこんな余裕なんてなかった。もっと余裕を持たなくちゃ、とちょっと反省。

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カレーの夜

日曜日に頼まれものを届けに江古田へ。時間が中途半端なので友人とデニーズでお茶しながらだらだらと雑談。暗くなってから友人と別れて江古田駅のそばにある古本屋にて野村進『アジア定住』購う。

腹が減ったので駅前商店街のなかにある『スワガット』(インドレストラン&バー)に入ってみた。狭い階段をあがっていくちょっとあやしげな雰囲気の店だが、中に入ってみたら思いのほか広くてこぎれいな店内。

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カダイチキンのカレーセット、ラッシー付き。ひと匙ごとに汗が吹き出てくる辛〜いカレーだが、辛味と酸味がうまくマッチして、生の青ピーマンがアクセントになっている。こりゃ美味しいわ。これで足りるかなと思うくらいの盛りなのだが、食べ終わったらもうお腹いっぱい。インドカレーってほんとうに美味しい。

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