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戯夢人生

『戯夢人生』 (1993)を観た。

『恋恋風塵』『悲情城市』などで飄々とした演技を披露した、侯孝賢作品の名脇役・李天祿の半生を綴った作品。ここで侯孝賢監督は、臺灣が日本に統治されていた時代を、布袋戯(ポテヒ)と呼ばれる人形劇(臺灣の伝統藝能)の名手である李天祿の半生を題材に描いてみせる。

清朝末期に生まれた李天祿は幼くして母を亡くし冷たい継母に育てられた。幼い頃から布袋戯の才能を見込まれて旅回わりの劇団で働く天祿の前半生は、そのまま大日本帝国の臺灣統治時代と重なっている。布袋戯の題材も中国の古典劇から、鬼畜米英をやっつける戦争劇に変わっていく。天祿が家族を連れて臺北から田舎に“疎開”したとたん、終戦の詔勅がくだり日本の長い臺灣統治は終りを告げた。ところが疎開したおかげで天祿の父はマラリアを患って死に、天祿たちもマラリアで苦しみ、臺北に戻ったあとで幼い次男もこの世を去る。疎開なんて日本だけかと思っていたが、臺灣でも疎開なんてやっていたのである。なんということだ。

この映画では、日本の臺灣統治時代が良かったとか悪かったとか、日本帝国主義を肯定・否定するとか、とにかく政治的なイデオロギーはほとんど描かれない。侯孝賢監督は李天祿という“老臺灣(オールド・タイワニーズ)”の回想を淡々と描いているだけだ。しかしイデオロギーを主張せず淡々と描くことで、日本統治下の臺灣の苦しみや悲しみがうっすらと、しかも新鮮に浮かび上がってくるという効果を生んでいる。要所要所で画面に登場して往時を回想する李天祿の飄々とした姿がなんとも味わい深い。

切符を買うとき、モギリ嬢が「今回の『戯夢人生』は、オリジナルプリントの35ミリフィルムではなくDVDでの上映になっているんですけど、よろしいですか?」と聞いてきた。まあそのへんは別に気にはしないが、なんでまたオリジナルプリントが手に入らなかったのか、と尋ねると「もともとその予定だったのですが、直前になってキャンセルになってしまいまして、、、」と言う。まあいろいろあるのだろう。それでも映画を観たあとではやはり35ミリフィルムのワイドスクリーンで観たいなあと思ってしまった。

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