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なぜ人は本を読むのか?

学生たちに読書に親しんでもらおうという企画をおこなっている。教員とともに実行委員会をたちあげ、試行錯誤しているのだが、なかなかこれがたいへんなのである。本好きな教職員から公募した推薦図書を図書館に展示して貸し出している。最初はあまり動かなかったが徐々に貸し出しも増えてきて、なんとか実行委員会の面目を保っているところだ。この企画を始めてから、学生たるもの本を読まねばならぬという時代はとっくに過去のものになりつつあるのだなあということと、いつの時代でも本を読むやつは読むもんだなあということを強く感じている。

図書館ではないが、大学生協では読書マラソンというイベントをおこなっており、全国の大学生協のうちけっこうな店鋪がこれを実施している。本をよんでコメントカードを書いて提出してもらっているのだが、やはり本を読んでなにかコメントを書こう、というところまではなかなかいかないようだ。生協の理事会に首を突っ込んでいる関係上、いろいろと企画書に目を通す機会があるが、学生たちも硬軟とりまぜてけっこうな本を読んでコメントカードを提出している。少しでも本を読み本を買い本に親しむ学生がいれば、それはそれでけっこうなものであると思う。

いまの学生は本を読まない、とはいつの世にも聞かれるおとなの苦言だが、言わせてもらえば「じゃああんたたちはそんなに本を読んでいたのか?」と問いたくなる。いまのおとなたちだって、その頃インターネットと携帯電話とi-podがあったら…本など読まなかったことは想像に難くない。などとあまり根拠のない戯言を言ってもしょうがないが、いまも書店に行けば若者はたくさんいるし本だって売れている。書棚にはベストセラーも、面白そうだがどれほど売れるのだろうという本も、知的好奇心を刺激する本も、資源の無駄遣いとしか思えない本もたくさん並んでいるし、茶髪金髪の兄チャンが岩波文庫のカントやヘーゲルなんぞを手にとっていたりする。近所の図書館も人がいなくてガラガラなんてことはないし、ほんとうにいまの学生は本を読まないのだろうか?(続く)

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