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Shall we dance ?

近所に二子新地という街がある。川向こうは二子玉川といういたってお洒落な街だが、こちらは急行電車も止まらない多摩川河畔の小さな街。東急田園都市線の各駅で、つい最近までエレベーターはおろかエスカレータすら設置されていなかったという疎外された街でもある。それでもこの街の歴史は古く、江戸時代に流行した大山参りの街道沿いにあるため、多摩川の渡し場として栄えていた。どうりで道が縦横無尽、というよりはてんでんばらばら東西南北に走っている。もともと農村だった土地の名残りだ。青葉台、鷺沼、たまぷらーざといった高度成長期に造成された、いわゆるニュータウンとは一線を画する街並。うっかりするといまでも道に迷ったりしてしまう。戦前の東京地図をみると、多摩川を挟んで両岸には料亭が立ち並んでいたことがわかる。田山花袋の『東京近郊;一日の行楽』によれば、明治から大正の頃は、清流だった多摩川での鮎釣りや川遊び、川魚料理を出す料亭などで賑わっていたという。

宿場町で料亭とくれば芸者、芸者とくればとうぜん置屋、そして待合。そう、「新地」という地名でもわかるように此所は花柳街でもあったのだ。といっても今は花柳街のよすがを残す物件はほとんど残っていない。それでも古い地図をたよりに花柳街だったあたりを散歩し乍ら丹念にあたりを見渡すと、かすかに往時の名残りが見受けられる。

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川沿いのアパートは黒板塀に囲まれた敷地内にある。黒板塀というのは料亭につきものだから、このアパートはもともと料亭があったところに建てられているのだ。しかも近代的なアパートに似つかわしくない黒板塀の玄関に富士山がある。なんのことかというと、欄間に富士山をかたどった建築意匠をごぞんじであろう。こんなのは普通の民家にはない。たいていが商売をやっている家にあるのだ。

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さらに裏露地に入るとやはり黒板塀の家がある。しかも造りがみごとに料亭なのである。広い敷地に複数の棟があって、それが渡り廊下と一体化した座敷で繋がっている。今は民家らしいがここも三業地(料亭・置屋・待合の三業種がある街)の名残りをとどめている。もう一軒黒板塀の家があって、此所は今でも料亭として営業しているらしい。

さて突然だが、ここで日本のタンゴ歌手の草分け藤沢嵐子の回想。

「昭和二十三年でしたね。多摩川の上流に二子新地前(管理人註:以前は「二子新地前」という駅名だった)というところがありますでしょ。あそこに『リバーサイド』ってダンスホールがあって、私、すこしうたってたことがあるんです。ところが多摩川の向こう岸にもダンスホールがあって、そちらはアメリカ兵のGI専門で日本人は入れないんですネ。こちらの『リバーサイド』はもちろん日本人専門です。そこでMP(憲兵)が橋を渡って見まわりに来るんです。『リバーサイド』にはGIがいてはいけない。あちらのダンスホールに日本人がいてはいけない。でも実際は、うちのバンマスなんかあちらの演奏を聞きにいくし、GIは『リバーサイド』におにぎり食べに来るし、けっこういり乱れてあっちこっちしてました。MPが来るとGIを物陰に隠したりしてね、情がうつるんですよ」(青木誠『ぼくらのラテンミュージック〜ものがたり日本中南米音楽史』リットーミュージック)

かつて二子新地にダンスホールがあった!
ダンスホールというと、バンドが演奏してて綺麗なオネエチャンがいっぱいいて、天井からミラーボールが下がっていて、というイメージがある。それはキャバレー? まあいいや。さていったいどのあたりにダンスホールがあったのだろうか? 現在のゴチャゴチャした街並からは想像もつかない。ゴチャゴチャしているのはいまに始まったことではなく、前述したように農村だった頃の名残り。世田谷区が良い例で、あのあたりは戦前は広大な農村地帯だったのである。もちろん山あり谷ありという起伏に富んだ地形でもあり、成城学園のような、最初から住宅地として区画整理されたところは別だが、ちょっと路地裏に入るととたんにわけがわからなくなる。

とりあえず近所の図書館へ出かけて郷土史料をあたることにした。図書館のオネエチャンに「昭和二十三年頃の二子新地界隈の地図はありますか? できたら施設や番地が載っているとありがたいんですが」と尋ねた。最近は公共図書館の司書職を育成せず、人件費を抑えるために業務の外部委託が猖獗を極めており、ご多聞に漏れずこの図書館も殆どが書店のネーム入りエプロンをつけたオネエチャンばかりだ。こういうレファレンスは委託業者の範疇ではなく、わずかに残っている専任の司書が担当することになっているようで、事務室から出てきた司書にもういちど用件を伝えたのだが、、、(続く)


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