名人の弟子

演芸研究会梅雨の例会は横浜にぎわい座で『川柳・圓丈二人会~六代目三遊亭圓生譲りの古典&十八番新作共演』

三遊亭玉々丈 / 名古屋版・金明竹
オープニングトーク
川柳つくし / 少子化対策
三遊亭圓丈 / 居残り左平次
川柳川柳 / 首屋
三遊亭圓丈 / 夢一夜
川柳川柳 / 昭和の笑話

おそらく最後の破天荒な落語家・川柳川柳、現在の新作落語の開拓者・三遊亭圓丈の共演である。そしてこの二人はともに昭和の大名人・六代目三遊亭圓生の弟子、ということは二人は兄弟弟子なのである。特にここ数年ずっと三遊亭圓丈のCDを聴き込んでいるが、高座を見るのは久しぶりだ。

前座の玉々丈、師匠圓丈譲りの『名古屋版・金明竹』を軽やかにこなしてなかなか聴かせる。省略の仕方も巧い。次のめくりは…オープニングトーク…何かと思えば着物姿の圓丈とスポーツシャツ姿の川柳が登場。後から弟子の川柳つくしがついてきた。川柳師匠、どうやら遅刻したらしい(笑)

「アニさん(兄さん;兄弟子)の移動手段は都バスですから、多摩川越えられないんです…(三遊亭)圓生の弟子で元気なのは私とアニさんくらいなもので、圓楽さんはいなくなっちゃうし…残ったのは新作派のわれわれ…それにしてもこの二人会、これで最後でしょうねえ(笑)」
「オレは圓生を越えるよ、歳だけは(笑)」

六代目圓生は79歳で死んだ。川柳師匠は78歳、そして圓丈師匠は64歳。まだまだ元気。

つくしは小渕優子や麻生太郎が登場する『少子化対策』で笑いを取る。つくしちゃん、巧くなったなあ…エロネタもきれいにまとめるところは師匠の反面教師だね。マクラで「さっきのオープニングトーク、私は要らないですよねー、あの二人(川柳・圓丈)はとても仲よしなんですけど、二人だけだと照れくさいみたいで、直前に『つくし、お前も来い!』って(笑)」なんかイイ話です。

圓丈最初の高座は『居残り左平次』…マクラで自分が落語家になった頃はまだ吉原の話がリアリティを持っていたから観客の共感を得たのに、現在は吉原(遊廓)のことをそのまま話してもリアリティが持てない…つまり「古典落語を『そのまんま演じる』ヤツはダメ、古典落語を現代の観客にもわかるようにアレンジしなくちゃ」という自説を、吉原(遊廓)を例に取ってサラリと開陳する。解りにくいサゲを解りやすく、しかも違和感のないサゲに変えていたが、このへんも圓丈の心意気なんだろうな。

続いて川柳、今日は古典の滑稽噺『首屋』…これ圓生師匠も演じてましたな。川柳はやっぱり「声が良い」。侍のセリフや所作が綺麗で格好が良くてお見事でした。長い長いマクラで放送禁止用語の読み替えをバカにしたり、扇子に書いたカンペを読んだり…「いいですよねえアニさんは…高座でカンニングペーパー読んで…あれじゃ落語じゃなくて朗読だ(笑)」という圓丈の言に「70歳過ぎたら何やってもいいんだよ!」…なぜか納得(苦笑)

仲入りの後は圓丈の新作『夢一夜』…末期がん患者が病院を抜け出しタクシーに乗って羽田空港に行く。患者の夢は日本庭園が見える和室の畳の上で死ぬこと。というわけで羽田空港のロビーにプレハブのお座敷と庭を拵えて死ぬというストーリー。金に釣られて予約カウンターのおねえさんが藝者になったり機長が幇間になったりするギャグが笑える。患者がくだらないことを言って運転手がクサると「末期がんジョークだよっ!」というところが何とも可笑しい。さすが圓丈師匠、お見事の一席。

大トリは川柳で『昭和の笑話』…昭和庶民の娯楽の王様だった映画が、やがてテレビにその座を奪われていく過程を面白可笑しく語っていく。確か『TVグラフティ』という題でも演じていた噺だ。嵐寛寿郎や市川歌右衛門演じる鞍馬天狗や旗本退屈男の荒唐無稽さを茶化して笑わせる。時代劇映画いじりは林家木久翁よりオモシロい。

戦争に負けてアメリカに占領されていた日本人のルサンチマンを晴らしたのは力道山、というくだりで「彼は朝鮮人、今の北朝鮮です。その力道山が憎きアメリカ人を空手チョップで叩きのめす、それを見てわれわれ日本人はやんやの喝采を送ったのです。だから北朝鮮を悪く言っちゃあいけません…援助しようよ」

悲しいかな木久翁はこういうネタの展開ができない。さすが川柳師匠。

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幻想としての江戸

先日、渋谷のリブロで三遊亭圓丈の『ろんだいえん:21世紀落語論』(彩流社)を見つけた。渋谷のリブロで売られているあたりがかっこいい(笑)

圓丈は言うまでもなく新作落語のスター、というか実験落語の王様というか、とにかく日本の古い古い伝統社会であるところの落語界に身を置いて、しかも常に前衛であり続けている落語家である。昭和の大名人・六代目三遊亭圓生の弟子で、三遊亭圓楽や川柳川柳が兄弟子にあたる。その独特の個性とまさに圓丈ワールドと呼ぶしかない数々の新作(創作)落語で一部の落語ファンを惹き付けて止まない。斯く言う私もそうだが…何が良いといって圓丈の落語は古典に寄りかからないところが潔いと思うのである。

古典落語というのは言わば「大樹」であり、古典落語を演じていれば「寄らば大樹の陰」というか、少々下手な高座でも何となく済ませることが可能。客も「コレは八っあん、熊さんが出てくるから古典落語だナ、長屋のお内儀さんとか大家さんとか出てくるんだナ、で最後になんかオチがついて終わるんだナ」という、一種の安心感というか何も考えなくてもいいというか、まあそういう境地に安住することができる。ま、私はそういうの割と好きですけどネ。寄席だと二十人からそこらの藝人が出てきて入れ替わり立ち替わり落語を演じる。ひどいときは一時間くらい何も考えなくてもいいことがあるくらいだ。さらに寄席以外での落語会でもそういうことがある。

しかしそれはいくらなんでもアレじゃないかな。たまには垂れかけた目蓋をパチッと開かせてくれる高座があってもいいだろう。「寄席とは退屈を楽しむところである」というには色川武大の名言だが、私がこの境地に足を踏み入れたかナ?と感じられるようになったのは割と最近のことで、色川氏の名言を知らなかったら今頃まだボヤイていたことであろう。さて寄席の香盤に圓丈の名があるとこれは楽しい。前後に出てくる落語家とは雲泥の差がある、というか落差が凄い。八っつあん、熊さんどころの騒ぎではない。何を喋るのやら皆目見当がつかないところがスリリング。

いったい何が面白くて落語家をやっているのだろうと思わせる落語家は実に多い。圓丈もそう思っているようで哀切極まりない名作『横松和平』のマクラでも「東京には落語家が五百人もいるんですが…そんなに要りません。新聞配達じゃないんですから」と笑わせているがコレは圓丈の本音であろう。以前にも書いたような気がするが、江戸前の落語なんてものは今やもう無い。私は江戸の風情だとか江戸の人情だとか、そういうことには殆ど興味が無い。そういう落語を演じられたのは古今亭志ん朝が最後で、今やもうそういう落語家はいません。そんなものを求める客がまだいるという現状がすでにヘンだと思う。

まあこれは最近の落語ブームでマスメディアがこぞって落語や寄席を取り上げ「寄席に行くと着物を着た落語家が出てきます。八っつあん熊さん与太郎さん、江戸の風情です、江戸の人情ですねー、こういう趣味が今かっこいいんですよー」と言うのに乗せられている。つまり現代の観客は「幻想としての江戸」更に言えば「幻想としての江戸、のようなもの」を楽しんでいるわけだ。

もちろんそれが悪いと言っているのではない。しかし「江戸」は「もう無い」のである。そして「江戸」という冠を取っ払った「風情」とか「人情」を、現代の感覚で演じているのが立川談志であり、立川志の輔、柳家喬太郎、春風亭昇太、そして三遊亭圓丈だ。だからこそ彼らは他の落語家を凌駕し、かつ多くの落語ファンを魅了するのである…てなことを考えながら、こないだ川柳・圓丈二人会を聴きに行ってきた。

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粋な学者

書店で徳永康元『ブダペストの古本屋』(ちくま文庫)を見つけてすぐに購入。生前に出された数冊の著作に収録された随筆から編まれたアンソロジーだが、ひとつひとつが実に滋味あふれ、戦前モダニズムの香り漂う粋な1冊。このタイトルが秀逸である。

ハンガリー文学者の徳永康元(1912~2003)は東京帝国大学文学部言語学科に学び、卒業後、東京帝国大学付属図書館勤務を経てブダペスト大学に留学した。ちなみにハンガリー語は独学。戦後は長く東京外国語大学で教鞭を取り後進を育成した。

ハンガリーの作家モルナールの戯曲『リリオム』は初期新劇の主要な演目だった。徳永康元は戦前の築地座でこの『リリオム』の舞台に魅せられハンガリー文学を志した。築地小劇場と築地座のスタッフ対照表が掲載されていて、築地小劇場バージョンは友田恭助、山本安英、高橋豊子、東山千栄子…築地座バージョンでは友田恭助は同じだがその他配役は田村秋子、清川玉枝、杉村春子…となっている。演劇に疎い私はこれらの役者たちの殆どを映画俳優として認識しているがそれにしても錚々たる顔ぶれ。片岡千恵蔵の映画『金的力太郎』(1931日活)や榎本健一の『天国と地獄』(1954新東宝)も『リリオム』の翻案ものだった(「リリオム」の俳優たち)という文章を読むだけでもこの本の価値はある。

欧州の古本屋巡りや古書にまつわる話題も小粋にサラリと語って秀逸。ブダペスト留学時代に買いそろえた本を戦火で失い、帰国後も空襲で蔵書を焼かれ、それでも古本屋通いを止められない相当のビブリオマニアである。駄本ばかり集めている私が情けなくなってきた(苦笑) 

戦前の東京帝国大学附属図書館勤務の頃、ブダペスト留学の頃、そして独ソ開戦にともない欧州の孤島と化したハンガリーからユーラシア大陸を横断して帰国の途についた回想など、戦前のリベラリズムやリベラルアーツの芳香が、古本屋の微かな匂いの向こう側に漂っている。

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郭英男

郭英男『Voice of Life-Difang』を聴く。

郭英男は臺灣先住民族アミ族の長老、その卓越した歌声で一躍世界的に有名になった爺さん。民族名はDifang、郭英男というのは漢族風の姓名である。アミ族は臺灣の東部(花蓮から臺東、塀東辺り)に広く居住している。日本統治時代には高砂族という名称で他の民族(タイヤル族、プユマ族など)と一括りにされていた。ちなみにかつて中日ドラゴンズで活躍した郭源治もアミ族出身である。

臺灣に出向くようになってから郭英男という名を知ったが、その時にはもうCDは店頭では見かけなくなり、郭英男も2002年には81歳でこの世を去ってしまった。というわけでいまその歌声を聴いているわけだ。郭英男がソロを取った後、コーラスが入ってまた郭英男のソロに戻る、というのを繰り返すのが基本。この微妙な節回しとハーモニーが絶妙なのである。ちょっと聴くと気仙沼あたりの漁師が歌っているようだが、日本の民謡はハモリがなくあったとしてもユニゾンなのですぐわかる。

しかしまあこの爺さんの歌声ときたら、いやはやなんとも心に沁みる。まさに神の声、いやいやそんなことを言うと言い過ぎだ、大自然の声だ。それにしてもいいなあ、この歌声。

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携帯電話と自由は手をつなぐか?

古雑誌をパラパラめくっていたら携帯電話の予測についてのコラムを見つけた。タイトルは『ポケットベルの普及と自動車用電話の出現、携帯電話の時代はいつくるか…』、掲載誌は『ブルータス』1巻9号(1980.12.1)、署名はSF作家の高斎正。今から29年前のコラムだ。

自動車電話が普及し始めたこと(当時としてはまだ高額であるが)から始まり、かつてはオープンリールを使っていた録音機も、煙草の箱くらいのマイクロカセットレコーダーにまで進化・小型化した経緯を述べ、そして電話機もやがて小型化=携帯電話へと進化していくだろうと筆を進める。いくら小型化するといっても実用に堪えない形状では意味が無い。

「人間の耳と口の距離はほぼ決まっているから、携帯電話のイヤホンとマイクを別々にするならともかく、扱いやすい一体式にするなら、大きさは自動的に決まってしまう。使う時には大きく携帯時に小さくとなれば、折畳み式であろう。ロングサイズのたばこの箱くらいの大きさで、ポケットベルと同様に、アンテナなしでも呼び出しを受けることができる。(中略)マイクとスピーカーが口と耳の間隔にセットされ、中央部にカード電卓のようなプッシュホンの押しボタン式ダイヤルが現れる」

まあ、ちょっと人間工学をかじった人ならこれくらいのことは予測できたのであろうが、実に卓見である。さらにここがSF作家たる所以なのだが、価格も一般大衆が使えるほど安価になる、と論じたうえで「そうなれば一億総背番号ならぬ一億総電話番号という時代だ」「これは便利な機械であるが、ポケットベルでさえ、会社や家庭に縛りつけられていると感じている人には、人間の自由を束縛する機械が、一段と進歩したと感じるかもしれない」と断じている。これもジョージ・オーウェルの『1984』や筒井康隆の『48億の妄想』に代表される衆人監視社会の現実化である。

しかし高斎正の予測がほぼ的中した現在「人間の自由を束縛する機械が、一段と進歩したと感じる」人はどれだけ生き残っているのだろうか。さすがに携帯電話が「ただの電話機」ではなく「電話機」と「メール」「写真・動画撮影」「動画受信・配信」「ビジネス」までを包括したモノにまで進化するとは彼も予測できなかっただろう。ここまで携帯電話が進化すると「人間の自由を束縛する機械が、一段と進歩したと感じる」モノよりは「自由を束縛されてまでも使わざるを得ない」モノになりつつある。

人は携帯電話など使わなくても生きていけるんだけど、今の時代、携帯電話を持たないことは「社会とつながることをあるていど拒絶する覚悟」が必要になる。ま、自由のためにはそれなりの「覚悟」が必要なんだよね。自由のためにそんな「覚悟」をするよりは、携帯電話で縛られているくらいのほうが心地良いわけで、現代人の言う「自由」なんてそんなものなんだろう。

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日本の車窓から

小田急線下北沢駅にて

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駅長「わが駅でもマスコットキャラクターを作ってはどうか」
助役「は、まことにけっこうなご発案と存じます」
主任「それではさっそく駅員に命令いたします」
山田「えー、忙しいのになあ…」
主任「山田君、どうかね? こないだの件」
山田「時間無いんで…こんなもんですけど」
主任「(なんだこりゃ)まあいいんじゃないか」
助役「(なんだこりゃ)今日が締切だしなあ」
駅長「(なんだこりゃ)ま、とりあえずってことでいいんじゃないか」
まさか…ね


JR武蔵溝ノ口駅にて
大東北特集です。
米沢牛にさくらんぼ、玉こんにゃく…山形っていいところです。

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世田谷線三軒茶屋駅にて
こうして見るとヨーロッパの鉃道みたいです。

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楽しい読書生活

何しろ本を読むのが好きなもので家には本が山積みになっている。といってもちゃんと本棚に入れればいいわけだが…ところが本棚がいっぱいなのでしかたなく床に積んであるわけだ。当然この次のステップとしては、1:本棚を増設して収納する 2:処分する 3:現状維持 ということが考えられる。

1については多少考えてもいるのだが際限が無くなる恐れがあるため躊躇しているところだ。わが家は図書館ではないし、私は貴重本のコレクターでもない。

2はいちばん現実的な方法である。読んだら処分する。なんとすがすがしいことであろう。たぶんこの方法が一番いい。古本屋に売るという方法があるが、これはブックオフなどの新古書店に頼むのが現実的。というのは街場の古本屋はウチにあるような駄本を山ほど引き取ってはくれないからだ。

街場の古本屋に電話を入れても「ウチはご自宅まで買い取りには行きません。持ってきてくれたら引き取りますよ。あ、全部引き取るかどうかは見てみないとね」「文庫本が数百冊? ああダメダメ、他をあたってください」などと言われるのがオチ。

更に本好きの友人にいきなり送りつけるという荒技がある。ただしこの方法には

ア:感謝される 
イ:怒られる 
ウ:お返しに本が送られてくる 

という副作用がある。

3 まあ当面これでいくことになるだろう。

世の中には読書好きがたくさんいて、そのため読書を楽しむためのグッズというものがたくさん売られている。売られているということは買う人がいるということだ。かくいう私も革製を含めて数種類のブックカバー(文庫用、新書用、四六判など)を持っていて実際に使っている。ブックカバー、しおり、読書用ライト、本棚、書見台などなど、なんとまあ世の中にはかくも多くの読書グッズがあるものだ。

ページを開いたままにしてデータ入力をしたりするのに便利な「ブックストッパー」というのがあって、これは便利なので実際に職場で使っている。これを見た同僚が「あ、これいいですねえ」といって早速購入してきた。

通勤電車の中で立ったまま本を読むときに便利、というふれこみの「サムシング」…あ、これは something じゃなくて thumbthing です。親指サムってことですな。私も買ってはみたもののどうも馴染めなくて放ったらかし。すでに立ったまま片手で本を読む技術については十数年の蓄積が、つまり自分の「型」が出来上がっているため、一見便利に見えるこのサムシングはかえって使いにくいのである。ま、いろいろあるわナ。

本のカバーにバーコードが印字してあるが、あれがISBNである。ISBNというのは International Standard Book Number : 国際標準図書番号 の略である。グループ記号(国別あるいは言語圏別)+出版社記号+書名記号+チェックデジットからなる13桁(2006年以前は10桁)の数字。

手もとにあるリチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』(新潮文庫)を例に取ると、978-4-10-214702-3と印字してある。978という数字は、それまでの10桁では対応しきれなくなったため、あらたに先頭に付与された番号である。その次の 4 が日本(日本語圏)、10 が新潮社の番号である。ちなみに0は岩波書店。なぜか納得。 214702 というのは新潮社がこの文庫本に与えた固有の番号、最後の 3 がチェックデジット。

で、このISBNを個人でデータ入力するための「バーコードリーダ」なんてもの売られている。個人蔵書をパソコンに入力して蔵書管理をしたい人にはうってつけのアイテムなのだそうだ。私に言わせれば個人でこんなことをしないほうがいいです。まあ楽しんでいるならそれはそれでけっこうなことだが。

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2009年6月4日

早いものであの日から20年が経つ。
私は毎年あの日が来ると日本の何処かで黙祷する。
別に民主中国支持者でも熱烈なリベラリストでも無い。
ただ海を隔てあの日を共にした同世代の日本人として。
他の人よりちょっとだけ中国という国に深くかかわった日本人として。
今夜も公園の桜の樹の下で黙祷したのであった。

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過剰な物語

池上永一『シャングリ・ラ(上・下)』(角川文庫)を読む。

舞台は近未来、地球は温暖化が加速しCO2削減がキーワードとなっていた。世界は資本主義経済から、炭素を削減することで利益を生み出すから炭素経済に移行した。CO2排出国の株価は下落し排出を削減した国の株価は上がる。カーボニストと呼ばれるトレーダーはCO2の状況に一喜一憂している。東京は都市機能を平地からアトラスと呼ばれる超高層建築に移した。東京の中心地には摩天楼が聳え立ち、渋谷や池袋は深い森に覆われていた。

アトラスに住めるのはあらかじめ恩恵を受けている富裕層と抽選に当たった恵まれた市民、それ以外の人々は森林に取り残され難民と化していた。政府はCO2削減のために東京を森林に変えた。ところが森林は急速にかつての街を呑み込み、瘴気を発する暗黒の森と化して難民を恐れさせた。やがて政府の反政府ゲリラたちが政府に向かって攻撃を開始した。

元・女子高生の北条國子は反政府ゲリラメタル・エイジの拠点ドゥオモの若き総統だ。モモコは武術の達人でニューハーフで國子の“母親”、祖母の凪子、ドゥオモの武闘派リーダー・武彦、牛車に乗った十二単の謎の少女美邦と彼女に付き従う医学博士・小夜子、炭素経済市場に殴り込みをかける少女・香凛、政府軍の若き兵士・草薙、その他さまざまなキャラクターがそれぞれの都合と利益のために凄絶な闘いを繰り広げる。

香凛が生み出した電子頭脳メデューサは香凛たちに莫大な利益をもたらすのだが、やがてメデューサは自らの知能を獲得し世界を破滅に追いつめていく。アトラスを司る電子頭脳ゼウスと國子たちメタル・エイジの死闘、やがて國子の出生の謎にまつわる鍵が東京を世界を変えていく。

いやはやトンデモナイ物語である。何もかもが過剰だ。情報量も描写も爆撃も死者も負傷者も、そして面白さも何もかもが過剰。鬱陶しい梅雨の入り口で読むにはなかなかの近未来SFの佳作である。

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二刀流?

電車の中で知り合いの女子大生が忙しそうに携帯電話をいじっていた。一段落したところで彼女が私に気づいて挨拶、しばし雑談しているうちにカバンの中から別の携帯電話を取り出してメールチェック。

「携帯電話2台も持っているの?」と言うと「サークル用とプライベート用ですから(笑)」だそうです。だめ押しは「○○ちゃんは3台持ってますよ(笑)」なんでそんなに使い分けるんだあああ? 

理由を聞けば、ああなるほどねえ〜とは思うが、サラリーマンが業務用携帯電話とプライベート携帯電話を持っているのと同じようなものか…電話といえば黒電話にピンク色の公衆電話(青と黄色もあったナ)という私のようなオジサンにしてみれば、携帯電話なんぞ1台あればじゅうぶんなのだが、携帯電話文化の彼女たちにしてみればそれがかえってウザイのかも? 安く揃えられるということも背景にあるのだろうけど、なんとも理解しがたい。

携帯電話が爆発的に普及してあっという間に日常と化したここ10年、実は携帯電話文化とはそれまでの日本社会を隔てる凄い文化なのではなかろうか。

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失われた世界

コナン・ドイル『失われた世界』(創元SF文庫)を読む。

SFの古典中の古典、ひさしぶりに読んだが面白い。龍口直太郎の翻訳も時代がかっておりちょっと読みにくいのも味わいのひとつ。村上春樹や池澤夏樹あたりの新訳が読みたいところだ。

ただいま文庫創刊50周年記念フェア開催中。今なら楽しいアランジアロンゾの限定カバーで絶賛発売中…って私は営業か(笑)

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辰巳ヨシヒロ

辰巳ヨシヒロ『大発掘』(青林工藝社)を読む。

私が中学生の頃だが隣町の本屋でつげ義春『ねじ式』(小学館文庫)を買った。当時ダリやマグリット、キリコといった超現実主義絵画が好きだったので、超現実主義的マンガにも興味を持って買ったのだと思う。とはいえそれは表題作の「ねじ式」「ゲンセンカン主人」くらいなもので、後はユーモアと不安に彩られたつげ義春の世界。これが私のつげ義春体験ですぐに『紅い花』も読んだ。

この頃続けて読んだのが辰巳ヨシヒロ『鳥葬』と『コップの中の太陽』、林静一『赤色エレジー』(小学館文庫)、山上たつひこ『喜劇新思想体系』(秋田漫画文庫)……だいたい小学校低学年の頃に床屋で『ゲゲゲの鬼太郎』、『河童の三平』、『漂流教室』を読むのが好きな子どもだったわけで、こういうチョイスになるのも当然かと……

辰巳ヨシヒロは1935年大阪生まれの漫画家。最近まで知らなかったが「劇画」という言葉を最初に考案・使用した人である。その作風を一言でいえば「場末のうらぶれ感」だろうか。登場人物はおしなべて工員、店員、チンピラ、定年間際のサラリーマン、無職といったいわゆる下層階級の人々。たまにファッションモデルや歌手なども登場するが、みな二流、三流あるいはすでに盛りを過ぎた過去の人、みな陰鬱で暗くて孤独で苦悩に喘いでいる。よく読めばユーモラスなギャグも微かに感じられるのだが、まあ中学生が熱心に読むようなマンガではない。

それもそのはず彼の作品は青年マンガ雑誌に掲載されるもので、乾いた大都会、日が当たらない都会の四畳半、饐えた匂いが漂う場末の連れ込み宿、何処にも行き場のない男女のセックス、誰からも顧みられることのない死…当時の私は何故こういうマンガに惹かれたのだろう。近年再評価が高まっており『大発掘』『大発見』『劇画漂流』(いずれも青林工藝社)といった作品集が刊行されている。

絶対お薦め…とは言わないけれど、興味があったら読んでみると面白い…かもしれません。保証はしかねます(苦笑)

ここ数日Macの調子が悪くアプリは開かないわ、レスポンスは悪いわ、どうしようもないのでOSを再インストールしてあちこち設定しなおして漸く復旧。パソコンは苦手(苦笑)


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都筑道夫から岡本綺堂へ

都筑道夫『都筑道夫ポケミス全解説』(フリースタイル)を読む。

都筑道夫(1929-2003)といってもミステリファンでなければ知らないかもしれない。戦後の翻訳ミステリ、サスペンス、SF、ホラーに関する評論、エッセイを読めば、その大半に都筑道夫という名前を目にすることができる。

都筑道夫自身も推理小説家/翻訳家としてよく知られた存在だった。私は熱心なミステリファンではないが、時代小説と落語とミステリを絶妙にブレンドした『なめくじ長屋捕物さわぎ』(岡本綺堂『半七捕物帳』へのオマージュ?)や『悪魔はあくまで悪魔である』『黒い招き猫』という優れたホラー小説集で都筑道夫に親しんだクチである。

都筑道夫が早川書房に編集者として在籍していた1956年から1960年頃までに執筆したポケミスの解説を集めた1冊。ポケミスというのは早川書房から現在も刊行されている『ハヤカワ・ミステリ・シリーズ(A HAYAKAWA POCKET MYSTERY BOOK)』の愛称。新書判サイズでビニールカバーが着いていて、天・地・小口が黄色に塗られている特徴的な装幀。書店で見たことがある人もいるかもね。

ともかく本書は戦後の翻訳ミステリ史をたどる一級の資料と言えるだろう。どこから読んでもいいし知っていても知らなくても面白い。欧米の出版界ゴシップ的覗き見的要素も垣間見える。海外が遠い遠い時代だったのだなあ。ちなみに本書はポケミスそっくりの装幀というところが洒落ている。私はてっきりポケミスだと思って買ってしまった(笑)

余談だが『推理作家の出来るまで(上・下)』(フリースタイル , 2000)という本がある。作家都筑道夫の自伝であり、日本ミステリ史、東京っ子の昭和庶民史という超一級の史料。上下合わせて1200頁を超える厚さにゲンナリする人もいざ読み始めると止められない面白さだ。

さらに余談だが最近『読んで、「半七」! 半七捕物帳傑作選(1)』(ちくま文庫)が刊行された。編者は北村薫と宮部みゆき。推理小説と時代小説、怪談に加えて江戸や明治の風俗をみごとに活写した名作『半七捕物帳』はぜひ読んでほしい。『半七捕物帳』や岡本綺堂についてはまた後日…

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1973年のピンボール

村上春樹『1973年のピンボール』(講談社文庫)を読む。

ひさしぶりに再読し、あらためてじわじわと青春の終りというテーマが胸に突き刺さってくる。かつて西日の当たるアパートの窓辺でタバコを吸い乍ら“煙草を買い忘れたので共同経営者からセブンスターを一箱もらい、フィルターをちぎりとって反対側に火を点けて吸った”というくだりで、わざわざセブンスターを買いに行き(私はマイルドセブンを吸っていた)「フィルターをちぎりとって」吸ったりした。“カセットテープで古いスタン・ゲッツを聴きながら”というくだりで、当時1枚だけ持っていたスタン・ゲッツのLPをターンテーブルに乗せてみた。でも私の周りにはシャレたバーもレストランも海が見える丘もなかった。私はそんな小説の雰囲気と小道具だけに浸っていたロクでもない読者だったのである。

村上春樹は1990年代後半から臺灣、中国、韓国といった周辺国の若者たちに圧倒的な支持を受けている。村上春樹作品を数多く翻訳している青島海洋大学の林少華教授は、村上春樹は従来の日本文学特有の「どろどろとした、すっきりしない」文体を採用しなかったことで「かえって中国の読者の眼には、彼の小説は日本の小説ではないように見える。そして日本の小説臭さが希薄であるからこそ、中国の読者が自然に彼の作品を受け入れ、たちまちその中に引き込まれてしまうのである」と述べている。村上春樹が特定の国民性にとらわれない世界文学として2006年にフランツ・カフカ賞を受賞したことは象徴的だ。

住みなれた街を出る決心をした鼠がジェイズ・バーのバーテンに向かって言う。
「なあ、ジェイ、だめだよ。みんながそんな風に問わず語らずに理解し合ったって何処にもいけやしないんだ。こんなこと言いたくないんだがね……、俺はどうも余りにそういった世界に留まりすぎたような気がするんだ」「ずいぶん考えたんだ。何処に行ったって結局は同じじゃないかともね。でも、やはり俺は行くよ。同じでもいい」

「もう帰って来ないのかい?」と問うジェイに対して「もちろんいつかは帰って来るさ。いつかはね。別に逃げ出すわけじゃないんだもの」と鼠は答える。たぶんこれは日本(日本文学)からの決別宣言とも読めるだろう。そんな解釈をしたところで村上春樹は何も答えてはくれないだろうが…

『1973年のピンボール』は日本文学史のなかに軽やかに打ち込まれた「村上春樹以前/以後」という楔。郊外の元養鶏場だった倉庫で古いピンボール台たちと再会するシーンは圧巻。失われた青春との邂逅はほんのわずかな時間にとどめることが望ましい。

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小説の楽しさ

村上春樹『風の歌を聴け』(講談社文庫)を読む。

『1973年のピンボール』の前にこちらを読んだ。たぶん二十年ぶりに再読…当時の私はこの感性が理解できなかったのだろう。リアリティが感じられなかった、というかフィクションの楽しみ方がよくわかっていなかったのだろう。今になって楽しんで読むことができた。

「誰もが知っていることを小説に書いて、いったい何の意味がある?」
まさにこの感覚が理解できていなかったのだ。私はロクでもない読者だったのである。それでもこの作品が日本文学の大きなターニングポイントになったことは当然だろう。これはまさに日本文学の枠組みを軽々と超えている。


ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』(新潮文庫)を読む。

これも十数年ぶりに再読…こちらも最初に読んだときとは違った深い感銘を受けた。孤島に不時着した子どもたちが子どもならではの獣性によって闘い傷つけあうという寓話。これは何処にだってある人間社会の持つ闇なんだ。救いのないところもたまらない。

私はアメリカよりもイギリスの映画のほうがどちらかといえば好きなのだが、それはイギリスの伝統でもある重厚さと過激さが好きなんだと思う。もちろんアメリカ映画だって重厚なものや過激なものはある。たぶん私は、たとえばニューヨークの頽廃よりロンドンの頽廃のほうが好きなんだと思う。若い移民国家であるアメリカが社会に要求する自由と救心性よりも、老いた伝統国家が社会に要求する自由と規律が好きなんだろう。そして伝統。

伝統からはより過激な自由が生まれる。たとえば『モンティパイソン』のような過激さ、ローリングストーンズのような猥雑さ、いずれにも共通するカリフォルニアの青い空とは正反対な陰鬱さが好き…うーんなんだかうまく言えないな。

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飯山線のふたり

ほくほく大島を後にして十日町でJR飯山線に乗り換える。
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最初はJR六日町で上越線に乗り換えて長岡に出ようと思っていたのだが、ふと思いついて時刻表を調べてみたら飯山線で越後川口まで行きそこで本来乗る予定だった上越線に乗ることができる。飯山線も私が好きな路線なので急遽予定を変更。十日町で飯山線に乗り換えてキハ110系に乗り込んだら、ロングシートの向かい側に地元の高校生の男子と女子がふたり、ちょっと間を空けて座っていた。
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ふたりとも美男美女と言ってもいいだろう。そしてホームには友だちらしき女子が数人キャアキャア騒いでいる。どうもこの子たちは同級生で男子と女子は越後川口方面へ、ホームで騒いでいる女子たちは津南方面へ帰るらしい。で、ホームの女子たちはふたりで列車に乗ったカップル(?)を「あのふたり、あやしぐねえ? つぎ合ってるんでねえか? キャアキャア」とはやしているらしい。で、こっちの女の子は「ちょっとやだオレー、ちゃんと説明してよー」と困った顔で男子に言っている。男子はちょっとテレながら「んでも別に誤解されることねえろー、オレなんもしてねえし…」とまんざらでもない様子。
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この光景を眺め乍らかつて高校生だったオジサンは(オレが高校生の頃は女の子とつきあうこともなかったんだよネ、なんかいいよネ、しかしふたりとも田舎の高校生って顔じゃないネ、時代は変わったなあ…)などと心中で呟く昼下がりなのであった。
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飯山線キハ110系は終点の越後川口駅に滑り込んだ。飯山線のふたりは、相変わらずちょっと間を空けて改札を出て行き、私はホームでぼんやりしているうちに六日町方面から上越線115系長岡行きがやってきた。
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北越急行

くびき駅で1時間ほどぶらぶらしてからほくほく大島へ向かう。
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ほくほく大島でほくほくしようと駅に降りたらトンネルとトンネルに挟まれた無人駅だった。
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駅を出ると丘陵に囲まれたのどかな風景で清流が滔々と流れている。ここでも1時間ほど待つので清流の護岸で昼寝。青い空、雲雀の鳴き声、水の音、初夏を思わせる陽気で身も心も弛緩する。
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駅舎の裏にはほくほく清水があった。冷たくて微かに甘くて美味しい清水。
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駅舎に戻って列車を待っていると天井から懐かしいモノが…アース製薬の強力殺虫剤バポナだ。昔は家の台所から吊るされていたけど、今じゃ劇薬指定のため買うのに署名捺印が必要なんだってね。ちなみに黒いスーツのおねえさんは北越急行の乗務員さん。JTB時刻表的に言えば鉄おとめだナ。
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私も一票

忌野清志郎逝く
…私と同じように、授業を抜け出し屋上でトランジスタラジオを聴き乍らタバコを吸って青空を見上げたかつての高校生はどれくらいいるんだろうなあ。

クライスラー経営破綻
…私と同じように、ニュースを耳にして「それでは試験にクライスラ〜♩」という小林旭の歌を連想した人はどれくらいいるんだろうなあ。


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越後平野の秘密基地

GWに新潟へ行ってきた。始発の上越新幹線とき301号に乗ったのだが予想どおり丸い鼻の200系がホームに入ってきた。
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上越新幹線開業のときにデビューした200系も流線型のMax号に圧されて花形の座を降りた。昨年引退した0系の姿を伝える唯一の車輛なのだが、やっぱり新幹線っていえばこれだよねえ。
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越後湯沢で北越急行に乗り換える。大河ドラマ『天地人』で脚光を浴びている直江兼続、というか妻夫木聡ラッピング車輛。ヘッドマークが愛だよ、愛(笑)まずは越後湯沢から犀潟まで乗ってみた。
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犀潟はJRと駅舎を共有。ここから折り返して次のくびきへ行ってみた。
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くびき駅のホームから奇妙な銀色の球体が見える。
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まるでSF特撮ドラマの秘密基地のようだ。
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実はコレ、北越急行くびき駅の駅舎なのである。
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中はこんな感じになっていてしかも無人駅というところがまた可笑しい。
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なんか有名な建築家の設計だそうだが地元の人はどう思っているのだろう。
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ちなみに北越急行は特急列車が最高時速160㎞で走るので駅のホームでは気をつけましょう。
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村上春樹を探せ!

今日は朝から電車が急病人発生ということで大混乱。具合悪かったら休めばいいのにねえ。と言っても休めない用事があったのか。健康あっての人生だ。私も肝に銘じよう。健康のためなら死んでもいい(笑)

午後から都内へ出張。車内で岡本薫著『世間さまが許さない!』(ちくま新書)を読む。これ、すごい面白い!読み終わったらまたレビュー書こう。帰りは都心から郊外へ帰宅。それほど混雑していなかったのが幸いか。

ひさしぶりに明るいうちに駅に着いたので景気づけ?に立ち呑み屋で酎ハイを呑み、古本屋で河野典生の短編集を見つけたので買う。『街の博物誌』『緑の時代』なんか高校生の頃よく読んだなあ…

村上春樹の『1973年のピンボール』を読みたくなったのだが、たぶん家の何処かにあるはず…探して読むか、買って読むか…悩むところである。

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